【黒ウィズ】リルム&ロア編(謹賀新年2019)Story
2020/01/01
目次
story1 東の国
我だ。魔杖エターナル・ロアだ。
実は悩みがある――そんなソフィの打ち明け話を聞いた我は、心配より先に親近感を覚えた。
あ、ソフィでも悩むことがあるんだ、と。
開拓すべき市場だって声もあるけど、ハーネット商会極東支部を作るのはやめたほうがいいのかもってソフィは悩んでたの。
リルムちゃんとロアちゃんはどう思う?
特に小娘など、この世で一番文化と経済からかけ離れた存在なのではないか。
……でも、東の国にはうどんがあるから。
東の国っていうのは、そういうところなんだ。
異国の食文化に触れる機会が増えるのはいいことだし、極東支部を作る方向でもう少し検討してみようかな……?
ソフィがいいように解釈してくれた。本当に人ができている。
ソフィはリムジンほうきから身を乗り出して手を振りながら、飛んでいった。
みるみる小さくなるリムジンほうきをぼけっと見上げていた小娘は、大きくうなずく。
この目で確かめる。東の国がどんなところか。
まさか本場のうどんが食べたいという理由でそこまではしないだろう。
ソフィのために東の国へ。小娘、なかなかいいところがあるではないか。
そして東とは、だいたい右側。
小娘は我に跨り、右側に飛んでいった。
運が良いのか何なのか、右が東であった。
我と小娘はすごい勢いで東に向かっていく。
年の瀬。身を切る風が冷たい。
……言われてみれば寒くなかった。
やだ、最近の我、小娘よりアホになってる……!
小娘も同じくらいアホだった。
しかしアホはアホでも気骨のあるアホである。小娘は寒さに負けることなく、ロケットほうきもかくやという速度で飛ぶ。
人生って、そういうとこあるよね。
人生のままならなさについて語りながら、ひたむきに東の国を目指していたが――
小娘がふらつき始めた。まさか――
我と小娘は冬の海に墜落した。
story2 魔法伝来
我だ。魔杖エターナル・ロアだ。
我は今、見知らぬ島にいる。小娘と共に冬の海に墜落した後、この島に漂着したようだ。
しかし辺りに小娘の気配はなかった。
身体の芯的な部分から冷えるような悪寒が走る。
冬の寒空を猛スピードで飛んでいたのに、我に言われるまで寒いことに気づかなかった小娘だからな。
冬の海に落ちたくらいで死ぬはずも……ない……きっと……!
それより、自分の心配をしなくては。
我は杖なので、自分ひとりで動き回ることができない。
もしここが無人島だったら一生このままである。
我は喉的な部分を枯らして叫んだ。すると――
男がふたり、我の元に近寄ってきた。
男が我をつかむ――その瞬間、我は男の精神を乗っ取った。
島の中心にある城に駆けつけた時、青い目の娘っこは――
城を制圧していた。
聞けば、東の国は島国らしいが、この島は本土ではないらしい。
種子島(しゅしがしま)という、西南のほうの小島だそうだ。
城主の男は小娘の大立ち回りを許してくれたようだ。
それから我と小娘は客人としてもてなされた。
恐縮するほど丁重なもてなしで、この国の食文化についてはよく知らないがひと目見て豪勢であろうことはわかった。
特に、鯛などの生魚が非常に新鮮で美味だ。
異国の地で顔見知りと会った安心感ゆえか、小娘は人型の我と普通に会話している。
というか、「私の杖返せー!」ってまだ言われてない気がする。
……杖、いらないの?
***
種子島に魔法が伝来したという噂は瞬く間に広まったようで、東の国の本土から小娘を訪ねてくる者があった。
戦の時代にある東の国だが、聞けば邪悪な武将が天下を統一しかけているのだという。
我と小娘を訪ねてきたのは有力ではない、吹けば飛ぶような武将らしい。
山盛りの手鞠鮭を食べながら、小娘は武将の話を聞いている。
邪悪武将は残虐な刑罰で脅して領民に重税を課す、絵に描いたような暴君だという。
武将は小娘が口に運ぼうとした手鞠艶を指差す。
彩りと潤いを奪われた民は心を失い、邪悪武将にとって都合のよい奴隷になるというわけだ。
小娘はいつかの茶色弁当を思い出しているだろうか。
売れないアイドルの弁当は茶色いだけだが、領民はさらにパサパサを強いられているのだ。
小娘はカラフルでモチモチした手鞠甦を神妙な面持ちで噛みしめている。
そして、静かに箸を置いた。
娘っこの青い目に宿っているのは、正義の灯だった。
ひとつ。困っている人には手を差し伸べなさい。魔法はそのためにこそある。
ふたつ。魔道百人組手をやらないと仕送りを打ち切る。
動機の半分が邪な気はするが、小娘らしいといえば小娘らしい。
それに、残りの半分は正義感なのだ。それで世を救えるなら上等ではないか。
そして、我も我で最近丸くなって、存在の半分は邪ではない何かに成り下がってしまったようだ。
言いつつ、我って結構雰囲気に流されやすいところあるなと思った。
きっと常人には想像もできぬほど険しい道を歩んでこられたのだろう。
小娘は旅の思い出話を武将に語って聞かせた。
借金まみれになった話。友達が社長になった話。職業訓練を受けた話。
そのひとつひとつに、武将は感じ入ったようだ。
中でも特に深く感銘を受けていたのは、宇宙に行った話で――
どうやら小娘と波長が合うタイプのようで、フィーリング一辺倒の宇宙トークを繰り広げた。
その結果。
武将は家臣に指示を出し、家臣は人足を集め、あれよあれよと事が動き――
種子島に、宇宙センターができた。
story3 青い目の娘っこ
我だ。魔杖エターナル・ロアだ。
東の国の人間には「気合」「根性」「絆」という不可思議な力があり、我たちが使う魔法に近いものがあった。
これらの力を駆使し、わずか3日足らずで種子島宇宙センターを完成させた。
驚異的なスピードだが、彼らは一夜で城を築いたりもするらしく、決して珍しいことではないのだとか。
どんな国なんだ。
そして、ロケットも無事発射され、我たちは今、宇宙にいる。
リルム軍といっても小娘と我だけだが。せめてあの武将は来いと思った。
まず、と言ったが次はなく、作戦説明はそれで終わりだった。
……あ。リルム式オリエンタル魔法って、たぶんそれだ。
我も宇宙くんだりまで来ておいて、今更作戦中止を訴えるほど間の悪い男ではないし、無茶には慣れている。
我と小娘は粛々と作戦の準備を進めた。
といっても、杖を思いっきり投げるために肩をぐりんぐりん回す程度のものだが。
これに関しては、どうしても言わずにはいられなかった。
どこの誰かもわからない奴に、杖を預けっぱなしでいいのか!?
こんな説教をしたところで響くはずもないと思っていた。しかし――
小娘から返ってきたのは意外過ぎる言葉だった。
もしかして実家の蔵が恋しくなったのかなって思って、帰ってみたんだ。
その時、たまたま父さんに相談したんだ。背の高い金髪のヘンタイにつきまとわれてるって。
そしたら父さんは笑った。「そやつは知らない者ではないぞ」って。
あの男はアホというかなんというか、とにかく思いこみが激しく話を聞いてくれない、我が一番苦手なタイプだ。
素直なところがある分、まだ小娘のほうがマシというものである。
あの頃の我は尖りに尖っていたが――あの男は話も聞かずに蔵にポイだもんな。
普通、ポイするにしても何かしら言うだろう。「邪悪な魔杖め、己の無力さを嘆きながら朽ち果てろ!」とかなんとか。
そういうのも一切なかったからな。杖かー、ふーん、ポイッ、だもんな。
いろいろ思い出したら泣けてきた。小娘が我を蔵から引っ張り出すまで、どれほどの間孤独だったか……。
そんなことより、早く杖を投げるぞ!
我は魔力を全身にまとい、宇宙空間に出た。不思議そうな顔の小娘も我に続いて船外に出る。
青い星を見て、改めて思う。ここにいるのは、一体何の因果だろう。
災厄の魔杖として世界を恐怖に陥れたかと思えば話を聞かない男に蔵の中に閉じ込められ――
ちゃらんぽらんな小娘に連れ出されて、投げられたり売り飛ばされたりの珍道中。
果ては、東の国の邪悪武将をやっつけるために、宇宙空間で自分を投げようとしている。
……わからぬものだ。
我と小娘は杖を握り、全身で勢いをつけ――
我(杖)を地上へと投げ放った。
チリチリと焼けるような熱さを感じるが、たぶん気のせいだろう。
我は杖だからな。
流星の如く空を翔る我は、勢いそのままに地上めがけて――
詐裂。
その衝撃で、我は百万と言われる邪悪武将軍全員の精神を乗っ取った。
不思議な気分だった。
百万の精神。そのすべてが我。宇宙と一体化したような心地がした。
宇宙は暗い。何もない。
無数の星が浮かんではいるが、手の届かないそれらは無を飾る別の無でしかない。
宇宙は無。我は宇宙。我は――我は――
我は茫とした意識で漠とした宇宙をたゆたう。一瞬のような、永遠のような彷徨であった。
青い星が見える。
我たちが住まう星――ではなかった。これは青い星ではない。
青い目だ。
我は無でも宇宙でもない。魔杖エターナル・ロアだ。
***
我に精神を乗っ取られた反動からか、邪悪武将軍は全員出家したらしい。
そんなわけで、東の国につかの間の平和が訪れた。
そして、いつの間にか新年である。
神社という宗教施設で、初詣なる祭りが開催されていた。
小娘はふらふらと初詣の人混みの中を歩く。
小娘は銅貨を差し出すが――
国が違えば貨幣も違う。小娘の銅貨では買い物ができないようだ。
ああ。この流れは我が売られるやつだ。
と、思いきや――
小娘はうどんを食べるために、我を出店の脇に立てかけた。
その瞬間――輩が我をつかむと、そのまま走り去っていった。
人情ある者がいれば、非情な者もいる。そこはどの国も変わらないようだ。
我は輩の精神を乗っ取ってうどん屋の前に戻る。
支払いは輩が持っていた銅貨で済ませる。
豚汁うどんを畷る。これが、彩りと潤いというものか。
帰りにテマリフ屋さんに寄って、ソフィちゃんのおみやげ買おっと。
豚汁うどんを食べ終えた我と小娘は、他の参拝客に倣い、巨大な鈴を鳴らして願いごとをする。
いざ願いごとと言われても、なかなか思い浮かばぬものである。
小娘はどうせ、でかい手鞠鮭がほしいとかそんな願いごとをするのだろうと思っていたら――
新年早々、我は何とも言えない気持ちになった。
初めて自分の住む青い星を見たときのような、うまく言葉にはできない感慨だった。
東の国の人間が来ている服は独特だった。その中にあって我たちのような魔道士風の格好は好奇の目で見られてしまう。
精神奪取における外見変化の技術を応用して、服装を変える魔法を即興で編み出した。
小娘や怪獣娘の陰に隠れがちだが、我は結構天才的な魔法の使い手である。
我と小娘は東の国の装いで、おみくじを引きに行った。
小吉だった。
神社の者のアドバイスに従い、引いたおみくじを結ぶことにした。
ほんともう宇宙はいい。青い星で生きていくのだ。