【黒ウィズ】メインストーリー 第04章 Story
プロローグ
その声は、不意に君の脳裏に響き渡る。
「問おう。
汝は何者だ?」
この……声は……?
「答えよ。
神託の指輪に選ばれし<所持者>。
未だ己が宿命に気づかぬ稚児。
声なき問いに耳を傾け叡智の扉を開錠し、唯一にして無二の真実を掲げよ。」
…………?
……。
…。
…………ゃ。
何をぼけーっとしてるにゃ?
!
アイヴィアスは迷路みたいな街にゃ。はぐれたら大変って言ったのに。
ごめん、と君はウィズに駆け寄る。
森の都ラリドンを後にした君は、王国北東に位置する湖畔の水都へやってくる。
国王一族が頻繁に訪れる歴史ある宮殿と対岸がかすむほど雄大な湖水。
道行く人々は豪奢な衣服を身につけ、どこか楽しそうで……。
従者を引き連れ闘歩する貴族も多くいる。
あんまりジロジロ見るものじゃないにゃ。<所持者>らしく堂々とするにゃ。
なりゆきの<所持者>だけれど。
にゃはは。偶然と必然は紙―重、なるべくしてなったと思うしかないにゃ。
と、通りを何人かの警備兵が慌ただしく駆けていく。
――――。
……ただ事じゃなさそうにゃね。行ってみるにゃ。
君とウィズが警備兵たちを追っていくと……。
ええい、なんだ貴様ら!私が何をしたというのだ!?
見た目からして犯罪級だ。笑わせてくれるじゃないか。
何が面白い!?私はいたって真面目に――
大人しくしておくほうが身のためです。さもないと……。
何だというのだ!
君は目を疑う。
そこにいたのは……。
bええい、離せ、離せ!バカンスの邪魔はさせんぞ!
話は詰め所で聞きましょう。観念してついてきてください。
バロンは君の姿に気づくと、
bおお……これは奇遇な。お前、説明してやってくれ!
……何だ。仲間か?
警備兵の凄みある声に押され、君はつい言ってしまう。
知りません。
bなんたること!
ますます怪しくなりましたね。王国騎士団にも連絡をした方がー―。
君は慌てて訂正し、バロンが魔道士ギルドのマスターであることを説明する。
怪しんでいた警備兵たちも、バロンが階級章を見せると納得し、
はじめから見せればよかったものを。
非礼にお詫びを、マスター殿。よき休暇を!
去って行く。
bまったく、とんだ目にあった。お前もなかなか人が悪い。
…………っ。
普段のバロンからは想像もできない姿を見てウィズが笑いをこらえている。
bおお、あの猫もー緒か。仲むつまじくて結構だ。
バロンはなぜアイヴィアスに?
b休暇だ、30年ぶりの。
もっとも、明日にはトルリッカヘ戻らねばならん強行日程だがな。
お前の噂は聞いている。順調に腕を上げているそうではないか。
ここへは修行か?
そんなところ、と君は言う。
bリゾート修行とは乙な事を。
鍛錬も結構だが、ときには休息も必要というもの。楽しめよ。
そちらも楽しんで、と君は言う。
bでは、また会おう!
バロンはウキウキと去って行く。
……は一っ!笑い死にするかと思ったにゃ。
あの様子だと、<指輪>のことは知られていないみたいにゃね。
ラリドンの事件を知らない?
ちょっと寄り道しちゃったけれど、そろそろ魔道士ギルドヘ行くにゃ。
話はそれからにするにゃ。
入り組んだ道を抜け、君とウィズは魔道士ギルドヘとやってくる。
――。
入り口付近には兵士が控え、厳重に警備されているようだ。
アイヴィアスの魔道士ギルドヘようこそ。ご用件は……。
ウィズはそっとこのマスターに近づくと、
……私にゃ。ちょっと人払いして欲しいにゃ。
……!
マスターが合図すると、警備の兵たちは外へ出ていく。
久しぶり、ウィズ。行方不明って聞いていたけど――。
ずいぶん可愛い姿になってしまったんだね。
にゃはは、色々あったのにゃ。驚いたかにゃ?
相手が君なら何が起きても不思議じゃない。
ところで、そちらは……?
君はマスターに自己紹介をする。
僕はルシェ。よろしくね。
君はルシェに、太く長い尻尾があることに気づく。
龍族(ドラグニア)を見るのは初めてかい?
喋る猫なら毎日一緒にいるけれど。
にゃはは、違いないにゃ。
ルシェは私が王都にいた頃の知り合いで、あちこちにいいパイプを持ってるのにゃ。
お褒めいただき光栄だね。で、今回はどんな厄介事?
……にゃは。話が早くて助かるにゃ。
君はラリドンでの出来事をルシェに話す。
中央本部の魔法使い、謎のフードの男による襲撃森の奥の聖域と神託の指輪……。
……驚いた。すると君は<所持者>か。
中央本部の様子はどうにゃ?
平穏だよ。アイヴィアスの湖面みたいに。
アナスタシアは?
統治派も今のところ大人しい。
四聖賢が欠けたといっても、ウィズはそもそも聖賢議会に出席していなかったしね。
……何だか拍子抜けにゃ。
アナスタシアが本気で<指輪>の回収をはじめたとすれば――。
僕も、無関係ではいられないだろうね。
ということは、ルシェも……。
僕は<所持者>ではないよ。ロレッタと同じ指輪の守り手に過ぎない。
ラリドンヘ指輪の回収へ来ていた魔法使いのことだけれど。
中央本部から来たってはっきり名乗っていたんだよね?
君はうなずく。
……気味が悪いね。静かなことが逆に不自然だよ。
もう少し深いところまで調べられないかにゃ?
他ならぬ君の頼みだからね。手は尽くすよ。
報告まで、少し時間がかかると思う。それまでゆっくりしてくれても――。
ギルドの依頼を受けてくれてもいい。宿はこちらで手配しておくよ。
助かるにゃ。アイヴィアスは何かと物価が高いしにゃ。
四聖賢の言葉とは思えないな。
にゃはは、今はー匹のただの猫にゃ。
ありがとう、と君はルシェに謝意を伝える。
どういたしまして。これからよろしくね。
水の都アイヴィアス
story
無事に依頼を終えた君は、報告のため魔道士ギルドヘ足を運ぶ。
魔道士ギルドの前では、二人の兵士が直立不動の姿勢をとっている。
明らかに、トルリッカやウィリトナのギルドとは雰囲気が違うような……。
ギルドヘ入る前、君は軽く会釈をするが兵士は微動だにしない。
ギルドでは他の魔法使いが掲示板に貼られた依頼を眺めている。
助かるよ、わざわざ依頼を手伝ってくれて。
君は報告書類に記入しながら、入り口の警備兵について質問する。
国外からの観光客も多い場所だからね。警備だって厳重にもなるさ。
報告文書は意外と数があり全てに記入するのは骨の折れる作業だ。
ルシェは声のトーンをー段下げると、
……軟禁されてるんだ。
君は書く手をピタリと止める。
…………。
背後に目をやると、外にいたはずの警備兵がいつの間にか室内へ入ってきている。
君が書類をルシェに渡すと、
ここ、書き直しておいてくれるかな。
書類の隅に「夜、湖畔で」と走り書きがされている。
君はそこにマルをつけルシェに戻すと、魔道士ギルドを後にする。
story
ルシェに言われるがまま、共に湖畔の探索を続けていた君だったが……。
~♪
その日は夜明けまで付き合わされ、最後に商業区へとやってくる。
ルシェは露店で買った串焼きの魚をかじり、
朝市はいいね、活気があって、色んなものが食べられて。
ルシェは手当たり次第に買い食いを続け、どれほど食べたか見当もつかない。
君が眠い目をこすって歩いていると、向こうから警備兵たちがやってくる。
ただならぬ雰囲気だ。
……時間、かけ過ぎてしまったね。
警備兵は君に剣をつきつけ、
貴様、この方をどなたと思っている!?
よせ、大切な友人だ。僕の方が誘ったんだよ。
……ハッ……。
警備兵はあっさり引き下がる。
殿下。いつも申し上げておりますが、ご自身のお立場を――。
……殿下?
わかったよ、すぐに戻るから引いてくれ。
兵たちはすんなり引き下がり、隊列を組んで去っていく。
予想はしてたけど……。遊びたかっただけにゃ?
思い出したんだ、ウィズとー緒だった頃を。
君は僕の、ただー人の友人だったからね。それでつい。
……?
ルシェはアイヴィアスを統治する、ワダツミ家のご子息様なのにゃ。
今は魔道士ギルドのマスターさ。当主の座は他に譲る。
お父上は認めてくれたのかにゃ?
優秀な弟が生まれてくれればいいんだけど。
あまりに浮世離れした話に、君はあっけにとられてしまう。
そんな人がなぜ魔道士ギルドのマスターを?
地方の当主よりよっぽど魅力的だよ。今は権力より魔法の時代、そうだろう?
君はなんとも答えることができない。
ともあれ、騙すようなことしてごめん。でも、久しぶりに楽しかったし――。
君の魔法の腕もよくわかった。
中央本部の調査結果も、またじきに出ると思う。ギルドヘ顔を出してくれ。
ルシェは尻尾をしなやかに揺らしながら、颯爽と歩いて行く。
君はその後ろ姿に、紛れもない統治者の風格を感じるのだった。
story
君が依頼を探しに魔道士ギルドヘ来ると、ルシェが裕福そうな女性と話している。
思い当たることは、何も……。
手がかりはーつもなし、ですか。
まだ雇ったばかりの二人でしたが、本当によく働いてくれて――。
私たちー家は家族同然に接してきました。だからこそ、どうして、という思いが強くて。
どうしたのかと君が訊くと、
捜索願いさ。使用人が姿を消してしまったらしい。
警備隊にもお願いはしたのですが、とりあっていただけなくて。
彼らだって面倒事は避けたいだろうから。
もう、魔道士ギルドしか頼れないのです。お願いできないでしょうか?
ルシェは難しい顔をして、
受理はしますが、引き受ける魔法使いがいるかはわかりませんよ。
それでも構いません。どうか、どうか……。
女性は深々と頭を下げると、力ない足取りで去っていく。
ルシェは依頼票に目を落とし、
シオンとリアナの兄妹……雇い主と共に10日前にアイヴィアス入り。
姿を消したのは3日前。二人ともゲルニカの民、か。
それって、多分――。
脱走、だろうね。
ゲルニカを雇うなんて、面倒なことをしてくれたものだ。
ルシェは手元の依頼票から目を上げると、何かを言いたそうに君を見る。
引き受けても構わないけれど、と君は言う。
もしこの兄妹を見つけることができたら、僕のところへ連れてきて欲しい。
君はルシェから依頼票を受け取ると、どう調査を進めようかと思案をはじめる。
story
行方不明の二人の手がかりを得た君は、対岸にある小さな祠へやってくる。
本当に、こんなところにいるのかにゃ。
信じ難いのはー緒だけれど、他に有力な証言も得られなかったし……。
辺りを見回すが、どこにも変わった様子はない。水面もとても穏やかだ。
無駄足だったみたいにゃね。いい天気だし、水浴びでもしていくにゃ?
気楽でいいな、ウィズは。
にゃはは、猫の特権にゃ。
ウィズがご機嫌で水際に近づいた、まさにそのときだった。
***
穏やかな水面を突き破って現れた水龍を、かろうじて君は退ける。
水龍は水辺に巨大な身体をさらし、ぴくりとも動かない。
この……龍は……。
……いや、まさかにゃ。そんなはずないにゃ。
…………タイ……。
……ん?何か言ったにゃ?
……イ……タイ……。
君とウィズは同時に水龍へ目を向ける。
次の瞬間。
……っ……。
水龍の姿は消え、異民族の少女が現れる。
……にぃ……。
すぐに少女は意識を失い、倒れこむ。
この肌色……ゲルニカの人間にゃね。
じゃあ、この子が……リアナ?
出血が酷い……すぐに手当が必要にゃ。ルシェのところへ戻るにゃ。
君は召喚した精霊の力を借り、傷ついた少女を街へと運ぶ。
story
リアナと思しき少女をベッドに寝かせると、ルシェが重い口を開く。
なぜ……ワダツミの真名(マナ)が。
……真名?
聞きなれない言葉だ。
……僕らは精霊を呼び出すとき、異界からの呼び声に答えを返しているだろう?
それは、異界の存在がこの世界でカタチを持つために必要な儀式。
導かれた正しい答え――真名が正しくなければ精霊たちはこの世界で存在を保てない。
それは、僕らも同じこと。あらゆる存在は真名を持つ。
でも、本当に水龍が現れたというのなら……。
?
水龍は、封じられしワダツミー族の古の真名。
一族以外の人間、ましてやゲルニカの民がその真名を持つはずがない。
だとすれば――。
それはない……と思うにゃ。この子がまだ生きているのが証拠にゃ。
ルシェはしばらく沈黙を続けた後、
この子はしばらく預かるよ。依頼人には事情を伝えておく。
もうー人、兄の行方も調べておこう。君の方でも何かわかったら教えて欲しい。
story
ゲルニカの少女・リアナが話せる程度には回復したと聞き、君はギルドヘやってくる。
リアナは君の姿を見ると、怯えるように毛布を胸に引き寄せる。
君をここへ連れてきてくれた人だよ。心配しなくて大丈夫。
リアナは肩を震わせたままだ。
……断片的に覚えているみたいなんだ。自分が水龍の姿だったこと。君との戦い……。
ウィズはベッドの隅にちょこんと座ると、リアナをじっと見つめる。
…………?
リアナがおそるおそる手を差し出すと、ウィズはするりと懐へ飛び込み丸くなる。
リアナはウィズの背中をそっと撫でると、ほんの少し笑顔を見せる。
肝心の、なぜ水龍の姿に変わってしまっていたのかは全く覚えていないみたいなんだけど。
リアナはコクリと頷いて、
気づいたら……冷たい水の中にいたんです。
あとは、ただ無我夢中で……。あなたに傷も負わせてしまった。
元気になってよかった、と君は言う。
……ありがとう。
ルシェは君に近寄り耳元に口を寄せ、
中央本部の密偵から報告があってね。
アナスタシアがこの国に入った。
リアナの膝で丸くなっているウィズの耳がピン、と立ったのを君は見逃さない。
今、わかっているだけでこの国にある神託の指輪は三つ。
―つは君の。もうーつはアイヴィアスの。最後は――。
ルシェの視線の先で、ウィズが尻尾を振っている。
猫が尻尾を振るときはどんな気分なんだっけと君は思う。
行方不明、ということになるのかな。
いずれにせよ、アナスタシアが本気なら統治派が黙っているはずはない。
君は黙って聞いている。
君に、人探しを依頼したい。できるだけ、速やかに。
最悪、生死は問わない。
ターゲットの名は、シオン。シオン・ミディアル。
統治派の魔法使いだ。
シオン。その名は、確か……。
あの。
気づくと、リアナがベッドの脇に立ち、
私……わかります。兄の、シオンのいるところ。
お願いです。兄を、助けてあげて欲しいんです。
君はルシェと顔を見合わせる。
兄は……妄想に取り憑かれているんです。放っておいたら取り返しのつかないことを。
妄想?
……とらんす、って……言ってました。
――!
――!
とらんす……?
……真名転成(トランス)。真名を捨て、別の真名を得る禁術。
存在を書き換え、何者にも変異することができる……。
リアナが水龍に化けていたのも?
……失った真名は二度と戻らないはずだ。
リアナ。君は……いや、君たち兄妹はいったい……。
私……わかりません。兄に言われるがまま、ついてきただけで。
魔法だって使えないし……。でも、兄のことはわかります。
私、兄を失いたくないんです。だから――。
……だから……殺さないで……。
ルシェは涙ぐむリアナの肩に手をあて、
……善処するよ。
君もルシェに同意する。
リアナは落ち着くと、シオンの居場所についてぽつぽつと話し始める。
story
湖の畔に建てられたコテージのーつ。
リアナから情報を得たその場所で、君はシオン・ミディアルの影を捕らえる。
湖畔に佇む男の後ろ姿に、君は問う。
男は振り返り、
……誰だ?お前は。
君は魔法使いであることとリアナの存在を話し、魔道士ギルドヘの同行を求める。
なるほどな。
リアナが戻らないわけだ。藻屑と消えたかと心配したが――。
“無事”で何よりだ。
君はついてくるよう要求するが、
つけあがるなよ、魔道士風情が。
シオンがカードを手に詠唱をはじめる。
リアナは<器>、俺たちの希望。お前たちの手には過ぎた代物。
返してもらうぞ。
story
シオンは力を使い果たし、膝を折る。
ばかな……この俺が……。
君もまた、大半の魔力を使い果たしている。体のどこにも余力は残されていない。
シオンは立ち上がり再び詠唱を始めるが、
――ッ。
再び倒れ込み、気を失う。
魔力の尽き果てた君は、精霊を召喚することもできず――。
近隣の警備兵の手を借りシオンを魔道士ギルドヘ連れて行く。
***
魔道士ギルドヘ運ばれた後も、シオンはしばらくの間気を失ったままだ。
リアナは思い詰めた表情で、片時も離さずシオンの手を握っている。
君とルシェが声をかけても、リアナは首を振るばかりでその場を離れようとしない。
唯一、ウィズがすり寄ったときにだけ表情を緩めるが、またすぐにふさぎ込む。
そして、夜更け過ぎ……。
……リアナ……か……?
!
シオンはゆっくりと身を起こす。
お目覚めのようだね。気分はどうだい?
……そうだな。最高に魔道士狩りがしたい気分だ。
そう構えなくてもいい。僕らは君と敵対したいわけじゃない。
外に兵を配備しておきながら、か?
……カンがいいな。
二つ、質問がある。
拒否する権利はあるのか?
君が<統治派>の魔法使いだってことは調べがついてる。
狙いは、指輪か?
神託の指輪……悪くない。売ればー生遊んで暮らせそうだ。
……もうーつの質問だ。君は、リアナに真名転成を行ったね?
それは質問か?それとも確認か?
……なぜ、リアナは生きている?
真名転成を施された者は、代償として肉体を蝕まれ、やがて灰と化し消える運命のはず。
繰り返すぞ。それは質問か?それとも確認か?
…………。
貴様のその尾……龍族だな。とすれば、ワダツミの者か。
……だとしたら?
……クッ……。
……フッ……。
フハハハハハハハ!
何が可笑しい。気でも触れたか?
これが笑わずにいられるか。なァ、リア……。
……リアナ?
いつしか、リアナはシオンから離れ脅えた目で兄を見ている。
リア……ナ……?
兄さん……どうしてしまったの?
……私、怖い……。
シオンは目をしばたたかせ、
い……今さら怖じ気づいたのか!?
思い出せ、ゲルニカの教えを。同胞の嘆きを!
咎人を前にして逃げるのか!?
リアナはただ、首を振るばかりだ。
シオンは何かを悟ったかのようにうなだれると黙り込み、ルシェの質問にも答えない。
やがて、
……仕方ない。
外で待機していた警備兵に、シオンは牢へと連れていかれる。
リアナは虚ろな目で連行されるシオンの背中を見送っている。
……咎人、か。
シオンが警備の手をかいくぐり脱走したのはそれから三日後の夜のことだった。
story
湖から心地良い風が吹くある夜、君とウィズは街を歩きながら話している。
シオンの行方、まだわからないんにゃね。
ルシェは相当な人数の捜索隊を配備したはずなのだけれど……。
狙いが<指輪>なら、放っておいても向こうから仕掛けてくる気もするにゃ。
君は【スマラグド】を取り出すと月光にかざしてみる。
ぱっと見は、何の変哲もない指輪だ。
神託の指輪は<真なる叡智の扉>を開く鍵。
普段キミが使ってるカードとは全く違う次元で異界への扉を開くもの。
ふと気になり、君は問う。ウィズの持つ神託の指輪はどこに……?
……実はにゃ。
わからないのにゃ。にゃははは。
はぐらかさないで、と君は言う。
……置いてきたにゃ。
どこに?
……あ。
そういえば、朝市で気になる食べ物屋さんを見つけたんだけどにゃ。
君は少し怒りを露わにする。
今のウィズは魔法も使えない。狙われれば、命の危険だってある。
……心配してくれるのは嬉しいにゃ。でも、だからこそ――。
魔道士ギルドにさしかかったとき、君とウィズは思いもよらぬ光景を目にする。
入り口にいた屈強な警備兵が、血を流して倒れこんでいる!
ギルドの中に目をやると、明かりは消え窓は割られ、かなり荒らされているようだ。
君が警備兵にかけよると、
あなた……は……?
何があった!?と君は訊く。
シオンが……。殿下と……。ゲルニカの少女を。
……殿下は……水龍の……祠……に。
頼む……殿下を……ルシェ……様を……。
それだけ言うと、警備兵は息絶える。
中の様子を調べていたウィズが出てきて、
誰もいないみたいにゃ。ルシェも、リアナも。
君は警備兵の言葉を伝える。
水龍の祠……リアナを見つけたところかにゃ。
君とウィズは頷き合うと、すぐに行動を開始する。
アイヴィアスの対岸、水龍の祠――。
君とウィズは、祠の前で倒れているルシェを見つける。
ああ……君たち……か。
これは……どういうことにゃ!?
やられたよ。こう来るとは思わなかった。
ルシェが祠を指さす。
扉が開き、地下へと続く螺旋階段があらわれている。
ここは……湖底神殿へと続く道。
指輪とワダツミの真名が……。
……ワダツミ家の者にしか開くことができない扉をこんな形でこじ開けるなんて……。
ルシェの体は傷だらけだ。
リアナも……連れていかれた。頼む……シオンを止めてくれ。
story
君は湖底神殿の最深部へたどり着く。
そのだだっ広い空間は、微かに光る苔、青く透き通る水晶に彩られ――。
中央の祭壇に、二人のゲルニカがいる。
……またお前か。
シオンの右手には指輪が輝き――。
…………。
リアナは虚ろな目線を宙空に向けたまま、ピクリとも動かない。
何をするつもりだ?
黙って見ていろ。
シオンは<指輪>を振りかざすと、詠唱を開始する。
祭壇の周囲から、まばゆい光が溢れだす。
君はそこに、巨大な魔法陣が描かれていることに気づく。
今度は……テストなどではない。
<指輪>に封じられしワダツミの真名、存分に使わせてもらう。
君はシオンを止めるため祭壇へ疾走する。
邪魔はさせんぞ、魔道士!
***
激しい戦いの末、君はシオンの召喚した精霊たちを退ける。
しかし。
……敗北を認めよう、魔道士。
祭壇を包む魔法陣の光は強くなるー方だ。
ふと上を見上げると光は天井まで届き、湖底とは思えない広い、広い空間を照らしている。
だが、―歩遅かったな。
シオンが<指輪>を天に振りかざす。
神託の指輪【サフィラス】に封じられしもの。我が魂の声を聞け。
器はここにあり。汝の名は――。
シオンが名を呼ぶよりも前に、突如魔法陣の光が消え、あたりが薄暗闇に包まれる。
……なんだ!?
ようやく暗闇に目が慣れてきた頃……。
に……兄さん……?
リアナの目には光が戻り、その足元には、
――。
もう……やめようよ。こんなことしたって何にもならない。
お前も一緒に誓っただろう?後戻りはもうできないんだよ。
誓いは守る。でも、兄さんのしていることは違う。
ちっぽけな復讐に心を乱さないで。
ちっぽけ……だと?
シオンは苦々しそうに天を仰ぐ。
家を、家族を、過去を、未来を、全てを失った悲しみをちっぽけと呼ぶか、リアナ。
……血を分けようとも、所詮は他人か。
シオンは再び<指輪>を振りかざす。
魔法陣が光を取り戻しまばゆく輝く。
やめて、兄さん!
兄さんは器じゃない――。
君やウィズが止める間もなく、シオンは詠唱を完了し――。
周囲の光は真っ直ぐにシオンヘ集まり、巨大なうねりとなって渦を巻く。
やがて光が収まった時、そこにある姿を見て君はその目を疑う。
――。
兄……さん……?
……これが。ワダツミの力。
すばら……しい……!
シオンの生み出した水塊が壁面を直撃するとちょろちょろと水が流れてくる。
流れは徐々に強くなり――。
あ――。
!!
崩壊する!
君はリアナの手を引くと全速力で走りだす。
story
13年前、魔法学術都市サイオーンで起きた悲劇。
極秘に行われていた詠唱実験が失敗、多くの魔法使いがこつ然と姿を消した。
魔道士ギルドはこれをー部の魔法使いによる禁忌の詠唱と発表し――。
関係者全てが捕縛・粛清された。
当時の四聖賢にして粛清の実行者。それが、
……祖父だ。
湖底神殿を脱出した君たちは、魔道士ギルドヘ戻り話している。
私たちの父は実験とは無関係の、ただ研究熱心な魔法使いだったといいます。
私もシオンも小さかったから、覚えているのは突然父がいなくなってしまったことと――。
毎晩聞こえる、母のすすり泣く声だけ……。
僕も人づてに聞いた話だけれど。
何しろ、超―流の魔法使い同士の戦いだ。さながら戦争のようだったらしい。
母もほどなくして亡くなり、私とシオンは身を寄せあってなんとか生きてきました。
魔道士ギルドヘの憎しみを抱えながら。
今も、君は……?
君が訊くと、リアナは首を振る。
私、魔法が使えないんです。
シオンの何倍も頑張ったはずなのに、異界の声は一つも聞こえなかった。
多分……魔法そのものを、体が受け付けないんだと思います。
それに気づいた時、魔法を使って復讐しようとしている自分に失望を感じました。
でも、懸命に魔法を学ぶシオンの姿を見たら、そんなこと言い出せなくて。
彼は……<指輪>を。
【サフィラス】を使いこなしたんだね。
私たちから何もかもを奪ったワダツミにゆかりのある人々を、ワダツミの力で蹂躙する……。
それが、シオンの復讐でした。
……黙っていてごめんなさい。
真名転成を行ったシオンは、ルシェそっくりの姿をしていた。
あれが……ワダツミの力?
たぶんそれは、真名が器に行き渡るまでの、仮の姿。
……真の姿を取り戻したら、その時は。
アイヴィアスが危ない……?
……お願いだ、シオンを止めてくれ。
<所持者>である君以外には頼れない。
――。
――。
君は頷くと、懐にしまった【スマラグド】の感覚を確かめる。
story
神殿に流れこむ湖水、シオンが召喚したと思しき水龍たちを打ち倒し――。
君とウィズは、再び最深部へやってくる。
命からがら逃げ出したかと思いきや。
わざわざ湖底を墓場に選ぶとはね。
君は、湖水の漏れだす亀裂を見る。
予想より、遥かに崩落が進んでいない。
ふと、君の頭に仮説が浮かぶ。シオン自身も水の底では生きられない……?
俺は”器”ではないのでね。
少しでも長く復讐を楽しむためにも、時が来るまでこの肉体を傷つけたくはないんだよ。
ということは、まだ真名転成は完全ではないということだ!
君はカードを手に詠唱を開始する。
貴様とやりあうのも、これが三度目か。お互いそろそろ飽きてきた頃だろう。
シオンもまた、詠唱を開始する。
時ハ満チタ。
貴様ノ生ノ終ワリガ、復讐ノ始マリダ!
***
戦いが終わったとき、君の体には魔力どころか両足で立つ気力すら残されていない。
【サフィラス】に眠っていた神龍、ワダツミの真名――。
君の何倍もある巨大な水龍が、肢体を地に横たえている。
……ナゼ……ダ……。【サフィラス】。
コンナ……ハズデハ……。
シオンの肉体が急速に崩壊をはじめる。
器の崩壊、と君は思う。
疲れた。本当に。
へたり、と君はその場に座り込む。流れ込んだ湖の冷たい水に下半身が浸かる。
体温が奪われていく。
…………。
……。
…。
……!……。
ふと、我に返る。
水が……引いている。
君のそばで、びしょ濡れのウィズが心配そうに見つめている。
龍の姿は跡形もなく消えている。
シオンの立っていた崩れかけの祭壇には、
……兄さん……。
……リアナ?
……これで……本当に、―人ぼっちだね。
……でも、兄さんは……これが、望みだったのよね……。
……。
――。
ウィズがそっと、リアナに寄り添う。
リアナはウィズを抱き上げると振り返り、
指輪……こちらに。
君は目を疑う。
リアナは隠し持っていた刃物をウィズの首筋にあてている。
これは……?
聞こえなかった?<所持者>なんでしょう?
魔法はダメでも、ナイフくらいは扱えるのよ。
ウィズは特に怯えるでもなくこちらを見据えている。
はじめから、こうするつもりで……?
まさか。
彼が復讐なんて些細なわがままを主張し続けなければ、こんなことにはならなかった。
牢から出して、最後のチャンスをあげたのに。結局はこのザマよ。
私たちの使命は、<指輪>の回収。
……バカな兄だったわ。予定以上の果実が目の前にあったのに。
さあ、<指輪>を。
君は何か手はないかと考えを巡らすが――。
私、猫は嫌いじゃないのよ。決して人に隷属しないところが特に好き。
だから、無駄な血を流させないで。
君は、懐の指輪を握りしめる。
どうする……。
カウントダウン。
どうする!?
3……2……1……。
どうする!?
……そう、わかった。
【サフィラス】が手に入っただけでもよしとすることにするわ。
リアナがナイフを振りかざす。
何か……何か手は……。
魔力は……底をついた。体は……言う事を利かない。そうだ、何か交渉の材料は!?
考えろ……考えろ!
ナイフがゆっくりと、振り下ろされる。
考えろ。
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ。
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ……。
…………。
……。
…。
「にゃはは。」
……ウィズの笑い声が脳裏をかすめる。
それが、限界だった。
君は神託の指輪【スマラグド】を取り出すと足下へ落とす。
……賢明な判断とは言えないわね。私としては助かるけれど。
そこから離れて。余計な真似ができないくらい遠くへ。
言われるがまま、距離を取る。
リアナはゆっくりと指輪へ歩み寄り、
約束は守るわ。
指輪を拾うとウィズを背後へ放り投げ、走り去る。
君はリアナを追おうとするが、気力はどこにも残されていない。
ウィズがすぐさま走り寄ってきて、
ふざけるにゃ!
君の足にかみつく。
何もできない私なんかより、ずっと、ずっと、<指輪>の方が大事にゃ!
それなのに……それなのに!
私が――。私が!
……私が……悪かったにゃ。こんな姿のままだから。
もう、キミの……足伽にしかならないにゃ。
ウィズはとぼとぼと出口へ歩きはじめる。
君はウィズを追いかけると抱き上げて、
――にゃ!?
濡れた毛並みに顔をうずめて何かを言う。
けれどその声は、涙でかすれて言葉になることはないのだった。
その夜。
魔道士ギルドヘ戻った君とウィズは、ろくに報告もせず眠りに落ちる。
深い、深い眠りの底で、子守唄のようなウィズの鼓動を君は聞く。
story
翌朝。
不覚だったな。警戒すべきはリアナの方だったなんて。
警備隊には行方を追わせているけれど……。
統治派が絡んでるのなら、どうせとっくに逃げ切られてるにゃ。
自己嫌悪だよ。
守るべき真名も神託の指輪も失ってしまった。僕は何の役にも立てずに。
リアナは、どこへ……?
アナスタシアがサイオーン入りしたという情報がある。
リアナの出身もサイオーン。まず、間違いないだろうね。
13年前の事件を知る唯一の四聖賢が、今さら何の用なんだろうね。
13年前。アナスタシアは、何をしていたのにゃ?
粛正に関わっていた、という話は聞いたことがないけれど。
四聖賢――ルシェのお祖父さんが亡くなるほどの戦いだったのに?
そして、ルシェの祖父は当時最も力の強い四聖賢だったはず……。
……僕は。
君たちがアイヴィアスの外に出れば、何の力になることもできない。
共に行けないことを、恥じる。
死なないでくれ。
魔道士ギルドを出て、少しして――。
ウィズが気恥ずかしそうに君に言う。
ありがとにゃ、助けてくれて。
本当はまだまだやりたいことがー杯あって。
そろそろ、マジメに元に戻る方法を考えないといけないかもにゃ。
ふと、君はウィズに問いかける。
にゃ?
ウィズが猫になってしまった――いや、させられてしまったのは、もしかして。
真名転成?
ま……。
まさか~、ってやつにゃ。
猫になってずいぶん経つけど、こうしてピンピンしてるにゃ。
だいたい、私は別に猫になんてなりたく――。
…………。
…………あ。
器の意志、とリアナは言っていた。
猫になったとき、ウィズは――。
「私が猫になって凹んでるとでも思ったにゃ?
読みが甘いにゃ。むしろ余計なしがらみがなくにゃってスッキリにゃ。」
君は真っ直ぐ前を向き、歩み出す。
行こう、サイオーンヘ。
きっと、全ての答えがそこにある。
魔道都市『サイオーン』。
王国南端、高い魔道技術と最先端の施設を擁する異色の魔道都市。
動力トロッコ、明々と燈る道力灯、街の中央に高くそびえ立つ魔道塔(グノスタワー)。
13年前の悲劇の傷跡も癒え、活気を取り戻したこの街で君とウィズの新たな物語は紡がれる。
物語の鍵を握るのは、魔法使いの最高位「四聖賢」の一角にして、魔道士ギルド〈統治派>を総べる女性「アナスタシア」。
淡く光る銀髪、彼方を見通すかのような澄んだ瞳、か細くも威厳ある声音。
ウィズとも因縁浅からぬ彼女の真意は、未だ深い闇の中に隠されていて……
「神託の指輪」を巡る冒険は新たな局面へ。
これまでに無い”新たな力”を身につけた強敵達が君の前に立ちはだかる!
――新エリア『サイオーン』2013年12月開放予定。