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MARELESS 夢現の蝶 Story3

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作成者: にゃん
最終更新者: にゃん

中級 夢占いと悪夢



その日は、商売あがったりだった。

夢占い師のほうも、〈メアレス〉のほうも。

日銭を稼ぐのに苦労しているようでは、占いに説得力がない。

だからがつがつせずに悠然と構えているのだが、客は一向にやってこない。

もっと自分に合った、叩き売りスタイルでやったほうが稼げるのかもしれない。

そんなことを考えていると――

ロザリアの蝶がそっと羽ばたき、ゆらゆらと飛んでいく。


どこからともなくやってきて〈メアレス〉たちに寄り添う、謎の蝶。

この蝶がー体何なのか、ロザリアを含め他の〈メアレス〉たちも知らない。

無機質な見た目で生き物という感じではないし,エリンに聞いてみたが魔匠具でもないようだ。

〈夢現〉の間をいきかう習性があるこの蝶には、意思があるように見える。

主人である〈メアレス〉たちについてくるし、ふらふらとどこかへ飛んでいくにしても、知らぬ間にいなくなることは絶対にない。

まるで主人を導こうとする意思が明確に存在しているかのようだ。

「んー、今日はちょっと迷ってるみたいね。」

〈夢現〉を目ざとく見つけてまっすぐに飛んでいくこともあれば、自分自身も迷っているかのような頼りない飛び方をすることもある。

それについて、〈メアレス〉たちの間でもいろんな見方がある。

救いの道を示しているのではないか。いや、破滅へと導こうとしているのだ。

いずれにせよ、ここではないどこかへ――そんな感じがするから、ロザリアは彷徨う蝶を追いかけている時間が好きだった。


いったいどこまで連れて行ってくれるのか。

そんな期待を知ってか知らずか、蝶は円形の広場をぐるぐると回るばかり。

そして、揺蕩うことをやめ、止まった先は、広場の片隅で佇んでいた男の指先だった。

ロザリアは息を呑む。

今の今まで、男の気配を感じなかった。

気づかないということは考えられない。

ロザリアが身なりのいい〝客〟を見逃すはずないからだ。

そこから導き出される答えは――

「あんた、〈存在〉足りてる? そろそろ消えかかってるんじゃない?」

蝶は主を〈夢現〉へと導く。即ちこの男は〈夢現〉。

蝶に導かれるまでロザリアが気づかなかったということは、〈存在〉が不安定なのだろう。


「手伝うわ。ふたりでパパッと〈ナイトメア〉狩りましょう。私はロザリア。あんた名前は?」

「……ノクスだ。偽名だが。」

「なにそれ。素直に偽名を名乗るなんてひねくれてるわね。」

「本当の名前は忘れたんだ。まあ、覚えていても名乗らんがな。」

不思議なもので、一度気づくとノクスと名乗った男の〈存在〉の無さは全く感じられなかった。

「わざわざ恩を売りにきたのか? 大方、仲間を探している〈メアレス〉といったところだろう。

それとも別の目的があるのか?」

「犬死にされたら寝覚めが悪いだけよ。あとは、まー、お金欲しいけど。」

「あいにく、しばらく死ぬ予定はない。いらん節介だ。他をあたってくれ。」

視線を虚空に漂わせていたノクスは、ロザリアをひとにらみした。

冷たく鋭い視線には、底知れない凄味がある。

〈存在〉が消えかかっている〈夢現〉に、こんな真似ができるだろうか?

「……それにしても、ずいぶんと気取ったいでたちね。」

仕立てのよさそうな外套と帽子。凝った意匠の杖。紳士然とした装いは、この街では珍しい。

「中身が空っぽなんだ。格好くらいつけさせてくれ。」

「へえ、潔い。見ない顔だけど、あんた何者? まさか〈ナイトメア〉とか言わないでよね。」

ロザリアが冗談めかして言うと、ノクスは不快げに眉をひそめる。

「……いい加減しつこいな。金がどうとか言っていたが、お前、娼婦か?」

「はあ!? 失礼ね。私は夢占い師! あんたは何者なのよ!」

「占い師なら、それを占ったらどうだ。」

よく言われる、占い師への嘲りだった。

ノクスは小さく笑う。しかしそれは嘲笑ではなく、どこか憂いを帯びた笑いだった。

「いや、本当にわからないんだ。自分が何者なのか。」

いいだろう。占ってやる。ノクスを睨んでいたロザリアは目を閉じる。

深く息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

夢占い師にとって大切なのは、幻視した光景に自分自身を預けること。穏やかな心で夢を視なければならない。

この男の過去現在未来の何が視えるか――


夜間、月光、屋根の上で佇むノクス。その視線の先には、〈ナイトメア〉に〈存在〉を奪われて消滅するロザリアとエリン――


ハッとして目を見開く。目の前に、ノクスはいない。

「……黙って見てないで助けなさいよ。」

額に汗こそすれど、ロザリアは落ち着いていた。

自分が消滅する瞬間を視たのは初めてではない。何度となく死を視て、それを回避し続けてきた。

しかし、他人の未来に自分の死に際が出てきたものだから、少々面食らった。

幻視した未来は絶対ではない。可能性のひとつにすぎず、今後の振る舞い次第でいくらでも変えられる。


陽はまだ高い。

しかしロザリアは家に帰って寝た。とりあえず夜中に出かけるのはよそうと思った。


 ***



あの日以来、ロザリアは仕事に出かける気になれなかった。

一日中ごろごろしていたら、文句を言われるだろうか。横目でちらりとエリンの様子をうかがう。

エリンは気が弱いところがあり、ロザリアに命を救われた恩がある身。

しかしここ最近のロザリアはずっとエリンの世話になりっぱなしである。

住まいもそうだし、食費はすべてエリン持ちだ。力関係はそろそろ逆転するかもしれない。

しかし、そんなロザリアの懸念は杞憂に終わる。

「そういえば私……。どうしてこの街にいるんでしょう?」

小首をかしげたエリンは、小言ではなくたわ言を漏らした。

「魔匠師としての腕を磨きたいとかそんなんじゃなかった?」

「あ、そうでした……あれ、そうでしたっけ。何か違うような……もっとこう、使命感みたいなものがあったような……。」

「あったら忘れないでしょ。そういう軽いノリで来たから死にかけるのよ。」

話しながら、ロザリアは気づいていた。

この間抜けなやりとり。夢のような、地に足のつかない違和感。

現実が夢に侵食されている。歪められているのだ。

「……ちょっと仕事いってくる。」

ロザリアはエリンの工房を出た。〈メアレス〉としての仕事をするために。


<夢と現が歪んでるにゃ。<何かがおかしいにゃ。


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〈ナイトメア〉の正体は、死者の夢が怪物化したものだと言われている。

どうしてわざわざ、現実に化けて出るのだろう。あの世でゆっくりしていればいいのにとロザリアは思う。

きっとそこには夢の事情があるのだろう。しかしそれを現実の人間が知る由もないし、夢も夢で現実を慮る余裕も良心もない。

〈ナイトメア〉は現実を歪めてまで、存在しようとする。


かつて、死んだ〈メアレス〉によく似た〈ナイトメア〉が出現したことがある。

周囲の人間はそれを本人だと思い込み、〈ナイトメア〉であると気づかなかった。

死んだはずの人間が蘇ったと思ったわけではない。

「あいつは死んだ」という記憶が、〈ナイトメア〉によって書き換えられたのだ。

本人に似ていると言えど〈ナイトメア〉。怪物じみた見た目をしている。

しかし記憶を書き換えられた者は、それに気づかない。

異様な世界であるうと、覚めるまではそれが夢だと気づかないように。

そういった〝異様さ〟の一端が、先ほどのエリンの言葉に表れた。

この手の違和感を、ロザリアは鋭く察知する。

〈メアレス〉としての経験よりも、夢占い師としての嗅覚によるものだと思う。


エリンがこの街に来た理由。

強者やならず者の類であるならともかく、あの手の少女がろくな理由もなくこんなところに来るはずがない。

きっと大それた理由があった。しかし、その記憶を書き換えられた。

ロザリアの記憶にも、もやがかかったように判然としない部分がある。

おそらく自分は、エリンがこの街に来た理由を聞いたのだ。

誰かの記憶を歪めるほどの影響力。〈ナイトメア〉が〈存在〉を高めていると見ていい。

そしてエリンとエリンに関する自分の記憶が歪んでいるということは、〈ナイトメア〉はエリンと関係している人物の夢だろう。


「さて。いい悪夢が視られるといいけど。」

ロザリアは夢占い師らしく、自分を占って手がかりを得る。

自分のこととなると、どういうわけか悪夢ばかり視る。だからなるべく自分を視たくはなかった。

しかし、未来の可能性のひとつが、何かのヒントになるかもしれない。

それ以前に悪夢のような未来は、避けるためにも知っておいたほうがいいというわけだ。

自分を占うときは、ガラスの蝶に映った自分を見つめる。

目を閉じると、未来が視える。


白昼、広場、ノクスとの戦い。〝奥の手〟によって負傷の末、敗走――


「……私、負けてるじゃない。悪夢ってのはいい気がしないわね。」

しかし、これで同じ未来を辿ることはなくなった。

相手が隠し持っている〝奥の手〟を知った上で食らうヘマはしない。


 ***


「ノクスだったっけ? この前冗談で言ったけど、あんたって本当に〈ナイトメア〉なの?」


広場の片隅で佇むノクスを見つけた。その周囲には、数人の魔道士が倒れている。

〈メアレス〉としても活勤している、それなりに実力のある魔道士たちだった。

「否定したところで、お前が信じるとは思えん。」

今まで戦ってきた〈ナイトメア)とは雰囲気が違う。かといってふつうの〈メアレス〉という感じでもない。

危険だと思った。

しかし、 この街で生きていく以上、目を背けるわけにもいかない。

「俺がこいつらをやったわけじゃない。〈存在〉が消えかかっている〈夢現〉を見ていただけだ。

助ける義理もないし、お前みたいに恩着せがましくもないからな。」

ノクスは値踏みするような目でロザリアを見る。

「今にもやろうという態度だな。同じ〈メアレス〉として仇を討とうといったところか?」

「がっつり〈存在〉削られてるけど、こいつらは互助組織に入ってるから、消える前に仲間内から〈存在〉をわけてもらえるはず。」

「そんなことはどうでもよくて、私はあんたのこと気に食わないの。私が死ぬところを、黙って見てるんだから。」

「……何の話だ。気でも狂っているのか。」

「あんたの知らない未来の話よ。ちょっと夢占い師の力を思い知らせてあげる!」

ロザリアはエリンから借りた魔匠具の短剣を握りしめ、ノクスに向かっていく。



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夢で視た通り、ノクスの実力は計り知れない。

幻視した夢は単なる夢で、本気で戦えば力で押し切れる――そんな期待もわずかだがあった。

しかしそんな都合のいい考えは淡い夢に過ぎないと知る。

ノクスはロザリアの短剣による連撃を顔色ひとつ変えずにかわしていく。

懐に飛び込めたと思ったら、杖で軽々といなされる。

短剣は、加速の呪文が刻まれた魔匠具だ。

ひと振りしてその効果は実感した。どんな強敵でも一閃で仕留められそうなすごい魔匠具だと思った。

しかし現実はそううまくいかない。

ロザリアの未熟な剣術にも原因があるだろうが、明らかにノクスがおかしい。

攻撃に備えて構えるでもなく、ただ立っている。にもかかわらず、ロザリアの攻撃をのらりくらりとかわしていく。

ノクスのほうから手を出してくる気配はない。それでも、ロザリアは最大限の警戒をする。

そうさせるだけの凄みがノクスにはあった。

輝れを切らしたロザリアはいつものスタイルに切り替える。全身に魔力をまとっての徒手格闘。

とはいえ、この展開も既に夢で視ている。

拳を打ち込み続け、かわされ続け、一瞬の隙を突いた会心の蹴りがノクスの顔をとらえかけるが――

つま先が帽子の鍔を掠めただけだ。

体勢を立て直すために飛び退るロザリアを見て。ノクスは落ちた帽子をゆったりした動作で拾い、被り直す。

「〈メアレス〉の中でも腕が立つようだな。」

何気ない動作だが、ノクスは杖の握りを変えた。

ここだ、と思う。

「「しかし妙な力だ。」」

ふたりの声がぴたりと重なる。

ロザリアは挑発的な笑みを浮かべた。ノクスの目つきが、わずかに鋭さを増した。

そしてロザリアは――両手を挙げて、降参の意を示した。

この先どうなるのかは、わからない。しかしやる価値があると踏んだから、危険を冒してノクスに勝負を挑んだのだ。

「……何から何までわけのわからない女だ。」

「それはお互いさまでしょ。あんたのほうがよっぽど謎よ。」

ロザリアは勝負に出る。

「私も怪我したくないから。知ってるのよ。あんたが隠してる〝奥の手〟のこと。」

ノクスの表情が変わった。わずかだが、驚きに目を見開いている。

「ほう……この街で使った覚えはないんだがな。」

「しばらく共闘しましょう。助け合いってわけよ。」

「俺が気に入らないんじゃなかったのか?」

「私を見殺しにしないなら、話は別。」

「この〈メアレス〉たちは? 俺が殺ったのかもしれない。」

「見たところ、切り傷が中心ね。あんたの〝奥の手〟とは違う。

因縁つけて戦いを挑んだことは、ごめんなさい。でも、これで私の力もわかったはずよ。

それなりに戦えるし、占いの力でいろんなものが視える。あんた、何か探してるでしょ。」

それは占い師としての観察眼によるものだった。

「まさか、この前言ってた自分の名前ってわけじゃないでしょうけど。夢占い師として、何かの役に立てると思う。」

ノクスは押し黙っている。聞き流しているというふうではない。逡巡しているようだ。

「あー、いつも一緒に行動しましょうとかみんなでご飯食べましょうとか、そういうのじゃなくてね。

ただお互いに、どこかで相手を見かけたとき、苦戦しているようなら助けましょう。それだけ。」

「……いいだろう。」

「そうこなくちゃ! 早速だけど、〈ナイトメア〉のこと調べるからちょっとノクスのこと占わせて。」

「なぜ俺を占う必要がある。」

「この前ノクスを占ったとき、未来のあんたの目の前で、私が〈ナイトメア〉に殺されてたの。」

「お前、死ぬのか。ならば今更俺と組んだところで何になる。」

「幻視した未来は可能性のひとつでしかないから。そうならないようにするために、〈ナイトメア〉の正体をつかみたいの。」

「なら、占え。金を出すつもりはないが。」

うまく未来を視れますようにと祈りつつ、ロザリアは目を閉じる。


薄暗い部屋、火にかけた鍋、煮立つ野菜と液体――

「熱ッ……。」

ノクスがスープを飲もうとして舌を火傷したという死ぬほどどうでもいい過去が視えた。


ロザリアは気を取り直し、再び目を閉じる。

薄暗い部屋、皿によそわれたシチュー、木製のさじに息を吹きかけるノクス――

「熱ッ……クソ、早く冷めろ……。」


「しょうもないもの視せないでよ……。ていうかあんた猫舌過ぎでしょ!」

「……お前こそしょうもないものを視てないで、未来を占え。」

ノクスはずれてもいない帽子を被り直す。

「時間はタダじゃないんだ。これ以上厚かましい占い師に付き合いたくはないな。」

猫舌のくせに偉そうだなと思いながら、ロザリアはみたび目を閉じる。


夜中、屋根の上で佇むノクス。その視線の先には、〈ナイトメア〉――

女。どこかで見たおぼえがある。ロザリアにナイフが飛来。そして――


「……私また死んだんだけど。あんた見てるだけで。」

「幻視した未来はあくまで可能性のひとつだろう?」

「助けない可能性はゼロにしときなさいよ。やっぱ信用できないわね……。」

「それで、わかったのか? 〈ナイトメア〉の正体。」

「うーん、見覚えあるんだけど、どこで見たんだったかな……。」

「夢を視る前に、もっと現実を視たほうがいいようだな。

それとも、夢占い師なりのジョークか? 笑えんな。」


とりあえず、引き続き夜間の外出は控えようとロザリアは思った。

あと、猫舌のくせに偉そうだなと思った。



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