MARELESS 夢現の蝶 Story2
「魔匠具買って備えたほうがいいよって私が占う。で、客をエリンの工房に案内する。これ、いいと思わない?」
「……それって、インチキですよね?」
「違うって。お金を稼ぐために嘘つくだけだよ。」
「何も違わないです。それをインチキと言うんです。」
ロザリアと暮らし始めてから、10日ほど経った。
この人は正義の味方でもなんでもないんだなとエリンは改めて思った。
とはいえ、命の恩人には変わりないし、今の自分がロザリアなしで生きていけるかといったら怪しいところである。
「しばらく食費は私が出しますから。インチキはやめましょう。
それにしても、お金と魔力と〈存在〉を集めないと生きていけないなんて、〈メアレス〉は世知辛いですね。」
世界で唯一魔法が使える街、〈ラスト・リゾート〉。
この術では、かつてのように魔道士たちが自由に魔法を使っているのだるうとエリンは思っていた。
しかし、実情は違う。呪文を唱えれぱ魔法が使える時代は終わっていた。
魔法を発動させるために必要な魔力は、自力で集めなければならないのだ。
肝心の魔力の入手先というのが、〈ナイトメア〉だ。
悪夢を倒すことで、〈存在〉を得るのと同時に魔力を手に入れることができるらしい。
なぜこの街にだけ〈ナイトメア〉が出現するのか。
そもそも〈ナイトメア〉はどこからやって来るのか。
これらの真相はわかっていないという。
魔法を使うためにこの街にやってきた魔道士たちは、〈ナイトメア〉に〈存在〉を奪われ、〈夢現〉となった。
〈存在〉を得るために〈ナイトメア〉を倒し続けなければならない宿命を背負った彼らは、魔法を使い続けなければならない。
魔力と〈存在〉を確保するために、獲物を奪い合う。
そこには最早、魔道士としての衿持や威厳は無いに等しかった。
今や魔法は魔道士たちにとつての命綱でしかない。民を導く御旗ではないのだ。
「どうせなら、〈ナイトメア〉が3点セットをくれたらいいのに。〈存在〉、魔力、お金!」
ロザリアは稼いだ分はすぐに使ってしまう、その日暮らし気質だった。
金遣いが荒いし、魔力の使い方も粗い。
力加減ができないのか何なのか、低級悪夢〈フエノメア〉相手でも大げさに魔力をまとって全力で殴る。
その割に、金欠になっても魔力不足にならないのが不思識である。
100の魔力を集めるために、120の魔力を使っている……エリンの目にはそう映るが、それでは計算が合わない。
もしかしたら、ロザリアには魔力をうまく扱う特別な才能があるのかもしれない。
だとすれば、それはそれで悲しい話だ。そんな魔道の才能があるのに、生活に追われているのだから。
「やっぱり魔法の時代は終わったんだ。これからは科学だ。私は科学者になって、科学占いをやる。」
「非科学的です。変なこと考えてないで、ご飯食べましょう。」
***
――鳥人形がある広場で食べよう。
露店でパンと果物を買ったロザリアはそんなことを言い出した。
エリンは一瞬、虚を突かれた。
鳥人形。肉屋の看板に描かれている鶏の絵だろうか? しかし人形ではない。
「……もしかしてロザリアさん、〈古の魔道士像〉のこと言ってます?」
まさかと思ったが、まさかだった。
相当な魔力の使い手であるロザリアは、〈古の魔道士〉のことを知らないのだという。
「これって魔道士だったんだ。おもしろ鳥人間かと思ったよ。くちばしみたいなの生えてるし。」
「遥か昔、この世界に魔法をもたらしたと言い伝えられている魔道士です。
その正体は、あの世から帰還した呪われし人間とも、深い森の奥からやってきた妖精とも言われています。私は妖精説推しです。
眉唾ものも多いですが、彼が記した魔道書やその写本も現存していて、熱心に学ぶ魔道士は少なくありません。
中でもアストルム一門は、古の魔道士の教えを踏襲しつつ、新たに独自の魔法体系を編み出したことで有名ですね。
最近はいろいろと不穏な噂も流れていますけど、名門です。」
「あーそういう何とか一門とか言われてもわかんないから。」
魔道の話になってついつい熱が入ってしまったエリンとは対照的に、ロザリアは魔道の歴史に興味がなさそうだ。
「ロザリアさんは、そういった魔道一門で修行なさった経験はないんですか?」
「ないねー。私は亡き母譲りの〈夢占い〉で糊口をしのいできた野良だから。」
ライ麦パンをもさもさとかじるロザリアをエリンはまじまじと見つめる。
戦い続けなければ消滅してしまう〈夢現〉の身でありながらも、自然体でいるロザリアを見ていると、少し気持ちが軽くなった。
……いや、思いたいだけで、心のどこかでは、どうしても気になってしまう。
そんなそわそわした態度が出てしまったようだ。
「〈刻限〉見に行く? よし、見に行こう。」
ロザリアはやおら立ち上がり、エリンの手を引いて歩き出す。
ロザリアに命を救われた翌日、エリンは街中を探し回って自分の〈命の刻限〉を見つけた。
あらかじめロザリアに言われていた通り、それが自分の〈刻限〉だと直感的にわかった。
以来、毎日〈刻限〉を見に来るようになり、見たところで何も変わらないのだからそろそろ控えようと思った矢先の今日である。
心配性な自分に呆れるが、せっかく来たのだからじっくり見ておく。
自分の寿命が道端に転がっているというのは、不思議な感覚だった。
ありふれた時間のうちのひとつに過ぎない。それでいて、確かに存在している。
しかし――人生というのは案外そんなものかもしれない。〈夢現〉の場合は、それが見えるというだけで。
ここ数日、エリンはロザリアに手伝ってもらいながら、白昼の街にぽつぽつと出現する〈ナイトメア〉を倒して〈存在〉を集めた。
もちろん〈ナイトメア〉といっても、倒したのは低級悪夢の〈フエノメア〉ばかりだ。
手強い〈ナイトメア〉を倒せばその分手に入る〈存在〉が多いという。しかし今はコツコツやっていくしかない。
目の前の〈命の刻限〉は若い数字を推している。当分安全ということがわかっただけで、少し落ち着いた。
「そのうち気にならなくなるよ。自分の〈存在〉があとどれくらいあるかは感覚でわかるようになるの。
お腹が空いたことに気づかなくて飢え死にするなんて、ないでしょ? そういう感じ。」
朗らかなロザリアの笑顔を見て、エリンの気持ちはさらに軽くなった。
なにかしてあげられることはないか。居候させるとか、食費を払うといったしみったれたことではなく、もっと大きな……。
あれこれ考えるうちにエリンはひとつの答えに辿り着く。
「ロザリアさん、魔匠具で戦うことに興味ありませんか?」
何枚かの設計図を広げてロザリアに見せる。
「いいよそういうのは。面倒だから。」
「……そうですか。わかりました。」
「あ、ごめんて。落ち込まないでよ。じゃあこの短剣使わせてもらおうかな。」
「落ち込んでません。むしろ、燃えています。ロザリアさんがだだをこねて欲しがるようなすごい魔匠具を作りますから。」
それはロザリアのためというよりも、自分の夢を実現するための手段かもしれない。
でも、きっとロザリアのためになると思う。
エリンは作業台に向かい、魔匠具づくりに精を出す。
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