【黒ウィズ】ケネス編(クリスマス2020)Story
ケネス編(クリスマス2020)
2020/12/17
目次
登場人物
![]() | ケネス |
![]() | 老婦人 |
story1 幸せなプレゼント
写真機の下から特製のフィルムを引き出し、ケネスはパタパタと振る。
愚痴も白い息となるほど気温は低かったが、街はどことなく浮ついた気配を漂わせていた。
それを証明するようにとある家族の笑顔がフィルムに浮かんでくる。
独占的な技術として持っていれば諜報活動などで他国との優位性を保てていただろうが、いまやその知識も他国に流出していた。
現在では様々な試作機が出回り、どの国とも優位性などなく子どもたちに科学の不思議を与える技術でしかなかった。
と、リーリャが家族に日用品とお菓子を渡す。
プレゼントというには実用的過ぎるが、その家族にとっては寒い冬をやり過ごすのに必要なものだった。
この日、ケネスはリーリャが同胞たちのために開いた感謝祭を祝う催しを手伝っていた。
貧しい彼らに施しを与えるための催しだった。
いつかこの日々を笑って思い出せるように、思い出は残しておくべきですよ。
そうだね、君も同意した。
そうだそうだ、と君はウィズに追従した。
君は人々への奉仕だから、と返した。
よく言われる、と自慢げにリーリャに答えた。
君はウィズを抱え、ポーズを撮る。
君はそうだったと、慌てて着ぐるみを脱ぐ。
お。いいじゃん。たまにはそんな顔も悪くないな。ほら、撮るぞー!
***
午後の部が始まるまでの間、君たちはポーカーで遊んでいた。
ぶつくさ言いながらカードを集めるケネスの横にいつの間にか老婦人が立っていた。
ギャスパーが立ちあがり、老婦人に席を譲る。老婦人は椅子に腰かけ、鞄を自分の膝に置いた。
ケネスがカードを配ると老婦人は楽しそうに、自分の手札を確かめていた。
***
待ち合わせの友人がやってきたところで、ゲームは終わり、老婦人は帰っていった。
ケネスは撫然と老婦人を見送っていた。
と、妙に機嫌が悪かった。
相当な悪人だ。
***
そんなことがあった翌日のカイエ社。
ケネスはドッグレースのプログラムと睨めっこ。ギャスパーは眼鏡を拭いている。そんな静かな昼下がりだった。
いつもうるさくしているはずのちゆう、気まぐれに顔を出すヴィッキー、それに我が道を行く今久留主。
彼女らはとある仕事に精を出していた。
あら、黒猫さん。お留守番ご苦労様です。
ひとり見知らぬ少女がいた。君が誰だろうと思いながら、黙っていると。
少女が頭の毛をずるりと取り外し、服を脱ぎ捨てる。
その瞬間少女は、少年探偵今久留主好介となり、君の前に立っていた。
趣味だからです!!
ー瞬、どこの女の子だろう、と思ったよ、と君は今久留主に伝える。
お股に挟んでますからね!!
D王国の建築家も言っています。細部に神は宿る、と。当然でしょう。
と、こんな感じではあるが、彼らは遊んでいるわけではなかった。
都市伝説のひとつ〈レッドキャンディ〉を追っているのである。
しかし、ついていったが最後。あげると言われたキャンディは宝石となる。ついてきた子供を人さらいに売って……。
人間失踪のよくある都市伝説の類ですが、問題なのはこれが現実に起きていることです。
リンリンと電話が鳴り響く。君はすぐに受話器を取り上げる。君宛の電話なのは予めわかっていたからだ。
今日、あんたの所に行くって言ってたからよろしく頼むよ!
というなり、ガチャンと切ってしまった。相変わらずだな、と受話器を下ろす。
すると、まるで計ったようにオフィスのドアがノックされた。
ちゆうが応じて、ドアを開ける。そこには、いつか見た老婦人が立っていた。
どなた?
君はどうぞ、とソファのあるスペースヘ促す。
老婦人の正面にはドッグレースのプログラムと睨めっこをしているケネスがいた。
ウィズがケネスに体当たりをして、席を空けるように促すが、老婦人は構わないという様に手で制した。
君は老婦人がこの街で人を探していることを説明した。
君は、それならいつか貸したお金を返してほしい、とケネスに言う。
と、渋々ケネスは立ちあがった。
story2 娘を探して
本人の言う通り、紳士で、正々堂々とした騎士道精神にあふれた方だった。娘はその方に恋をしたの。
ふたりは結婚し、子どもを作った。でもその翌年、娘の夫の戦闘機は地上からの機銃掃射を受け、撃墜されたの。
ー命は取り留めたけど、たくましい体も凛々しい顔も失ったわ。
まだ若かった娘はその現実が耐え切れずに、夫の下を去ったわ。子どもを連れて。
老婦人はこくりと頷いて、ケネスの手帳に書きつけた。
この街は身寄りのない女子供が平和に暮らしていける所じゃないからな。
親族を探す方に対して随分と辛辣なケネスの肘を小突く。
本人も自覚していたのか。黙ってメモ帳を手に取り、近くの電話へ向かった。
君は老婦人に小さな声で謝罪した。
と、老婦人は否定とも肯定とも取れない言葉を漏らした。
その頃、カイエ社には、リーリャがやってきた。
顔色や目つきなどから良からぬことが起こっていたとすぐに知れた。
電話をかけていたギャスパーが受話器を下ろし、言った。
感謝祭の近い街は、人が多かった。
家族連れの買い物客はもちろん、身なりのよい男女が映画館や劇場まで時間をつぶそうとカフェやバーに立ち寄っていた。
君たちもケネスの情報網から何らかの連絡があるまでの時間をカフェで過ごしていた。
新聞社の社員ふたりと老婦人と黒猫である。明らかに異質なグループである。
ゲーム?と君は返した。
父を追い出した祖父も賭け事のせいで首をくくったけど。
給仕が持ってきたのは、白ワインと炭酸水だった。
ふたりの奇妙な勝負はしばらく続き、最終的にはほとんどのものがケネスの下に渡った。
た俺の勝ちだ。悪いな婆さん。娘さんが見つかる前にすっからかんになるぜ。
老婦人は自分の財布を探り、気づく。
と、老婦人はおもむろに自分の指を口の奥に突っ込んだ。
驚驚驚(ゲゲゲ)!!
老婦人はメリメリと嫌な音を立てて、何かを引き抜き、ハンカチで拭う。
自分が飲んでいた炭酸水のグラスに何かを入れた、金色に光ったそれは、歯だった。
老婦人はそう言って、口元をハンカチで拭う。白いハンカチが真っ赤な血に染まっていた。
赤と白に彩られた街に現れた異様な「赤と白」だった。
配下からの連絡を受けて、ギャスパーたちは共和F国の行政区にある路地に来ていた。
キャンディなんかもらっていたかな?とても嬉しそうでしたよ。
グラスの中の金歯から小さな泡が昇っていた。
君もケネスもハンカチをコートのポケットにしまう老婦人の動きを注視していた。
目には目を、歯には歯を。というくらいだ。次はお互い目を賭けようじゃないかい。
いつからかその口調も不気味な響きを濃くしていた。
老婦人は鞄からー枚の写真を取り出した。
それはこの街ではそうそう見かけることのないインスタントフィルム。写っているのは、数日前の催しの風景だった。
乾いた小枝のような指が亜麻色の髪の少女をとんとんと叩いてみせた。
君はコートの裏に仕込んだカードに手をかけた。しかし、何もすることは出来ない。ゲームは老婦人のルールの上で進んでいた。
老婦人がケネスの言葉を遮る。
勝負の方法は……そうだね。
あの間抜けそうな男が連れた間抜けそうな犬が、次の電柱でションベンするかを当てっこしようか。
私はする方に賭ける。しなかったらあんたの勝ちだ。
いいかい、あんたのどっちかの目はあの犬があそこでションベンした瞬間に無くなっちまう。
最後に見た光景が、犬のションベンだ。負けたらこれは悔しいねえ!
何も知らぬ飼い主と犬が歩いている。指定の電柱に犬は止まり、頭を下げて臭いを確かめる素振りを見せた。
君もウィズも息をのんだ。
犬は再び頭を上げると、そのまま進んでいった。
ケネスが冷たくそう言い放った。賭けで得られるものをよこせと言っているようでもあった。
老婦人は事も無げに目に指を突っ込む。君もケネスも驚きを噛み殺し、黙って見ていた。
取り出した目をハンカチでふき取り、使われていない灰皿の中に置いた。カツンと冷たい音が鳴る。
すっかりスカンピンだよ。でもまあ、最後の最後に勝てばいいのが賭け事だよ。
最後の最後に負けたら首をくくることになるのも賭け事だけどねえ。
安心しな。賭けられるのはあんたの命じゃない。
また、乾いた小枝のような指が少女を指し示す。ケネスはその様子を見もせずに答えた。
story3 プレゼントを賭けて
ドラム缶の中で生きてる。薬が効いてぐっすり眠っているだけさ。
ま だ ね。
あんたが勝てば、娘の居場所を教えてやるよ。負けたらなしだ。おっと!私を締め上げようっても無駄だよ。
私に何かあれば娘の命はない。意味は分かるね?それに私に拷問なんて通用しないよ。ババアの痛覚の鈍さを舐めんじゃないよォ?
何が面白いのか、老婦人はしゃくり上げるように笑い続けた。
冷静にケネスが返す。
あんたの力は賭けに勝って人の力を奪うんだろ。でもその勝負は自分から提案しなきゃだめだ。人の提案じゃその力は発揮しない。
その証拠に何回も負けているのに私は力を奪われてない。
俺が折りたたんで棺桶に突っ込んでやるよ。
老婦人はテーブルの上に重ねられた金貨に手を伸ばす。
老婦人がコインを壁に向けて、投げつける。コインは壁の手前に落ちて、いくらか跳ねる。
弱々しく壁に当たって、跳ね返った。止まったのは壁と握り拳くらいの距離を隔てた所だった。
あれより奥に落とさないとあんたの負けだ。娘は死ぬねえ。腹が立つなら私を殺してもいいさ。
そんなことしても何にも変わらないけどね。死ぬのは怖くないよ。ババアの余命を舐めんじゃないよォ!
老婦人をまるで相手にする様子もなく、ケネスはコインを指先で弄んでいた。
それだけ言い捨てると、ケネスは指先で弄んでいたコインを投げた。
君とウィズがそろって声にならない叫びをあげそうになった。明らかに飛び過ぎていた。
コインは直接壁に当たる。その瞬間、老婦人はケネスの顔を覗き込んだ。
君とウィズは声にならない叫びをあげた後、さらに絶句していた。
ケネスが投げたコインは壁に当たり、跳ね返ることなくそのまま壁に張りついていたのだ。
ケネスがキャンディの包み紙を老婦人に示して見せる。
老婦人の瞼が魚の口のようにパクパクと閉じ開きした。
ややあって老婦人は前のめりの体を椅子に戻す。
今回は負けておいてやるよ。
そう言って、老婦人はー枚の紙と鍵をケネスに差し出した。
と路上に立つ工部局の専用電話を指さした。緊急時に工部局の関係者が使うためにあるものだ。
ここから直通電話までの距離は少しあった。
君たちの傍に、車が横付けされる。
乗っていた男に見覚えがあった。何よりも助手席から顔を出す犬を覚えていた。
同じ痩せた斑の犬。老婆とケネスが賭けた犬だった。ケネスもそれは気づいていただろう。
全て計算ずくということだったのか、と君は思った。
ケネスは立ち上がり、腫を返した。君もそれに続くように、少女の居場所を書いた紙片を手に取る。
その言葉を合図に君とケネスは直通電話に向けて、駆けだした。
街の送電線を駆け巡り、少女の居場所は工部局に知らされることとなった。
街のー部では、感謝祭の雰囲気は消し飛び、少女の家族はその夜は天に深く感謝することとなった。
どの新聞も事件の詳細を書くことはなかった。真相を知っていたはずのカイエ社の紙面も変わりない。
救出劇の奇跡を称えるだけだった。真相はあまりにも奇妙で、悪趣味過ぎた。
君はこの事件の表には出ないであろう報告書を書いていた。事実を事実として残すために。
ケネスは賭けに勝って得たはずの物を苦々しい顔で見つめている。
ウィズがケネスの座るソファに飛び上がり、その顔を覗き込んだ。
勝ったら喜ぶ。それくらい単純な方がケネスらしいにゃ。
君はケネスにー枚の写真を見せる。そこに写る少女はこの写真のようにまた笑えるはずだ、と言い添えて。
饐えた臭いの漂う路地を、不釣り合いなほど小奇麗な老婦人が歩いていた。
路傍には裸同然のボロを着た少年や少女たちが膝を抱いて、道の中央を歩く彼女を見上げている。
老婦人が手に持った杖を少年の前に投げる。ありがたそうに少年はそれを拾った。
手袋、帽子、眼鏡、指輪。と老婦人は少年少女に自らの装飾品を次々と差し出す。
コートを脱ぎ捨てた後、何もないであろうもうやれるものは老婦人の手に少年がすがった。
なんということであろうか。少年はそれを聞いて、老婦人の腕を引き抜いて持って行ってしまった。
作り物の腕であった。
老婦人は車のヴァンパーに腰かけると、代わりの腕が差し出され、付け替えられた。艶のある見事な指先だった。
もうー方の腕。右足。左足。引き抜かれては付け替えられる。猫背気味だった体もいまではしゃんとしていた。
老婦人はおもむろに口に指を突っ込む。上あごを、次に下あごを引き抜き、空気の抜けたボールのような顔だけが残った。
骨格を失い、へしゃげた顔に新しい構造物を入れ込むと、そこに現れたのは若々しい女の顔だった。
それすらもその女の本来の顔かすら怪しかった。
女は老婦人の服を脱ぎ捨て、白髪頭のカツラを外し、ぴったりとした不気味な黒い衣装に身を包んだ。
そう言って、女は微笑んだ。
胸元の大きくひらけた黒装束の下には、唯ー生身であろうと思われる肉感的な体が収まっている。
月明かりに照らされた青白い肌の上で、黒いトカゲの入れ墨が蠢いていた。
![]() | ![]() | ![]() | ![]() | ![]() |