【黒ウィズ】エデンの箱船 Story
story1
戦いが終わり、ひと時の休息が訪れる。飛沫をあげる怒涛の時は過ぎ去り、静かな凪の時間が君たちを包む。
疲弊した体は、砂浜の砂のように、癒しをもたらす波を吸う。
そんな優しい時間……。だったらよかった。
あの破壊されたフェスティバル会場は、驚異的な速度で復旧が進んだ。
それは、戦いの疲れが癒えるよりも早く、フェスティバルの再開にこぎつけるほどだった。
ウィズが言うようにその熱意とパワーは魔族ならではの無茶苦茶さがあった。
だが、どんな時でも子供の元気は無尽蔵である。再開の報を聞きつけるなり、はしゃぎ始めた子供たちに講われ、君たちは会場へ来た。
リザが指差した先には、紫色の生き物がふよふよと浮かんでいた。
子供たちにとっては、どうやら見るものすべてが目新しく、驚きの連続らしい。
何よりもあの故郷を襲った敵を打ち破ったことが、彼らの瞳の輝きをよりいっそう大きなものにさせていた。
ただそれは、失った故郷や友人、あるいはもっと親しい人々の上に薄氷を張って、成り立っている輝きでもあった。
ぽつりとルシエラが漏らす。君はちょっと驚いた様子を見せて、意外だと示してみせた。
と言って、ルシエラはペタペタと足音をさせて、子供たちの後について、歩いていった。
怒っているようではなく、少し笑っていた。
その言葉にも、後悔は微塵もなかった。珍しく笑っているようだった。
あるいは自分が知らないだけで、珍しいことではないのかもしれない。と君は思う。
アルドベリクは緩んだ口角を戻した。
君はウィズの言葉に頷く。どこかルシエラに感化されているのだろう。
ただ……。
あるいは、自分たちが知らないだけなのかもしれない。と君は思った。
見物客がつくる賑やかな列に連なり、フェスティバルを見て回る。
遅々として、進まない歩みもフェスティバルの醍醐味だと思って諦めて、その時間を楽しむしかない。
見たこともない出しもの。
見たこともない食べ物。
会場にはまだまだ珍しいものがある。
練った肉を棒に塗りつけて焼いたものらしい。ソーセージの一種だろうか。話ではどこかの地方の食べ物らしい。
棒を引き抜くと、筒状の穴が空いていて、子供たちにとってはそれが珍しいようだ。
そして、見たことのない生き物も……。
タックスヘイブンだゼィ!魔界だけどな!
お金に困っているんですか?と君は率直に尋ねる。
クルスがフェスの期間中働いたら、ダークサンブラッドを好きなだけやるっていうからよ。
ルシエラがリサとリュディの背中を軽く叩くと、予め決められていたようにふたりはアルドベリクをまん丸の目で凝視した。
リザ&リュディ
じー……。
***
そう言ってもらえるとやった甲斐があります、と君は答えた。
というわけでしばらくの間、君はドラク領の宣伝に忙しく働いた。
story2
まだ停戦の約束は生きているはずだ。
ミカエラは驚く様子もなく、ただ見返す。ただし、聖王の顔ではない別の顔でだった。
姉として、そう言われると、イザークもそれ以上言葉を続ける気にはならなかった。
言い訳のようにも謝罪のようにも聞こえる言葉がふたりの間に漂う。
そして、それぞれに割り振られた役を再び演じ始めるまで、それは続く。
イザークは、魔王として言う。
歪みの発生を教えてくれるもので、彼らを元の世界に導いてくれる。
いつか故郷に帰って来られるように、持たせたのだろう。
ふと思い出したように、ミカエラが言う。
冗談を受け流すように呟いたその言葉は、もちろん自分にも向けられていた。
***
会場の一画に異様に人が集まっている場所があった。
何事かと人だかりの中を覗いてみると、小さなテントがあった。
テントから出てくるお客さんは皆一様に満足げであった。何よりもみんな若い女性が多かった。
ご先祖さん大事にしいやー。
骨とか魂とかの悪いイメージしかない死界のイメージアップを目指してね、一肌脱いどるんよ。
通常行われる輪廻の理はイザヴェリ言うんが回してるから問題ないねん。
具体的には何をしているんですか?と君は訊ねる。
あ、死界やからソウルとかそんなんちゃうよ。
また始まったのか、と君が腕組みすると、ヴェレフキナを呼ぶ声かした。
そこを通って、彼らの世界へ向かう。
話を聞いて、リュディとリザは目をぱちくりさせている。何の話か理解できないようである。
失ったと思っていたものを取り戻せる。そんな希望がリザとリュディの体を貫き、喜びいっぱいの笑顔をふたりに残す。
長い寄り道になりそうだね。と君はウィズに言う。
エデンの箱船 Story・前編