エデンの箱船 Story・後編
story
暗闇を抜けて、飛び出した先は海だった。
突然のことに何もできず、君は海に飛び込む覚悟をし、身構える。
だが服の襟首をつかまれた感覚と、ガクンと重力に逆らい、持ち上げられる感覚が同時にやってくる。
気付けば君は海面すれすれに留まっている。浮いているというよりは、吊り下げられているに過ぎないが。
小脇にリザを抱えたまま、腕一本で君を持ち上げている。
涼しい顔はいつも通りである。
彼の言うように、その世界は見渡す限り海しかなかった。
君とアルドベリクは上を見上げる。その世界の島は空に浮いていた。
君たちは、ひとまず上空浮かぶ島のひとつに腰を落ち着けた。
アルドベリク。ルシエラ。
イザーク。ミカエラ。
リザとリュディ。
それに――。
君は持ってきた道具を配置して、火を焚く。
以前と同じように牛と馬の人形が震えだした。
最後にヴェレフキナとシミラル。
彼らはリザとリュディの世界を救うために、集まったのだ。
もちろん君も。
ちょっと探したら、見つかるやろ。
君は気配に気づき、背後を見やる。魔界で見たのと似た怪物がそこにいた。
似てはいるが、やたら巨大だった。
とはいえ、彼らにとってはどうという問題ではないようだ。
***
完勝だった。
敗れた怪物の体がボロボロと崩れていく。力を失い、形を保っていられなくなったようだ。
いたずらっぽくウィズが言った。確かに頼もしい仲間は多い。
これなら討伐はすぐに終わるだろう。
ふと君は風切り音に気がつく。遠くの空に小さな何かが見える。それは段々と大きくなっている。
近づいている。そう思った時には、それが人だとわかった。
猛スピードでふたりの少女がやってきて、君の前で止まった。
???
あなたたち……誰?
???
怪物を倒したのは、あなたたちなの?
その声を聞いて、リザとリュディが顔を出す。
両手を広げて、後ろに控える君たちを紹介する。子供なりの精一杯の表現だ。
少女は君たちの前に降り立つ。靴先に宿る光が優しく消える。
どうやらあの靴を使って飛んでいるようだ。
アルドベリクは仲間たちに確認する。それならとばかりにルシエラが答えた。
少女たちは静かに頷いた。
羽を広げる者、再び不思議な道具に光を宿す者、みんな空へと上がってゆく。
抱えてもらいながら戦うのもさすがに気が引ける。
その一員として戦ってください。
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これまでただ打ちのめされるだけだった自分たちが攻勢に出ている。
その単純な事実に、思わず感嘆する他なかった。それも全て、別の世界から来た者たちの力のおかげだった。
私たちは再び起こるであろう滅びの時を、予言によって、思い出すように生きてきました。
でも、いま思うと予言とは何だったのか……。分からなくなりました。
彼らのことを考えると……。
お前たちの世界はそれを身を以って知った。重要なことだ。
無言のまま少女は頷いた。まだ全てに納得できたわけではない。消化しきれない何かが残っている。
だが、過去に囚われるわけにはいかない。もちろん予言にも。
と言って、少女は飛び去っていった。
ふたりだけとなった空で、イザークが唐突に言った。
かつて話題にあがったイアデルの話のことだと、ミカエラはすぐに察した。
イザークが話し始めるのを、彼女はただ静かに待った。
だから俺の記憶の中にあるイアデルが何と言っているかが重要らしい。
と簡潔に答え、イザークはその会話を終わらせた。
ミカエラも追及はしなかった。
だが脳裏に浮かぶのは、ふたりを分かつことになった父の言葉である。
それに囚われるな。イザークの中の父はそう言った。ではミカエラの中の父は?
それだけ言って、彼女はイザークの後を追った。
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と言って、ヴェレフキナは海に沈んでいく怪物を見送った。
どこか優しげな視線だった。
反対に、忌々しげに恨みの言葉をカリンは呟く。
水面を見つめながら、ヴェレフキナは言った。
君はふと思い出す。魂は記憶の集まりに過ぎない、という彼らの発言を。
肉体を失った魂は死界で浄化され、再び別の生を生きる。
彼らの世界の理から見れば、確かに罪はないのかもしれない。
そんなこと考えながら生きてておもろいか?
憤慨するカリンを気にすることもなく、シミラルが言った。
きれいな景色や美しい生き物。美味しい食べ物や楽しい人々。
私は造られた存在だから、単純に良い記憶を蓄積できることがうれしい。
あなたがもっと前向きに考えてくれたら。この戦いのことが良い記憶になる。
カリンは黙っていた。むしろ黙っているしかない、といった様子だった。
それでいいにゃ。
あなたが私を造ってくれなかったら。この気持ちもなかった。
海が怪物の巨体を全て呑み込むと、海面に大きな渦が生まれた。
ふたりはその渦を静かに見つめていた。
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侵略者との戦いにも終わりが見えつつあった。と、同時にそれは別れが近づいているという意味でもある。
リュディは残念そうに俯いた。
リザがリュディをたしなめる様子を見て、アルドベリクはふたりをよく出来た子供たちだと思う。
どちらかが挫けても、きっとどちらかが肩を貸す。
このふたりなら戦いで疲弊した世界でも、上手くやっていけるだろう。
まあ、それでもいいでしょう。と言わんばかりにルシエラは目を細める。
本当に私たちは全然平気だから。アルさん、ありがとう。
ルシエラは黙って首を横に振る。
みんな、どうして自分に言い訳したり、嘘をついたりするんですか?
一緒にいたいなら、我慢なんかしないで、一緒にいればいいじゃないですか。
その素直な言葉がアルドベリクと子供たちに突き刺さる。
効果の具合を確かめ、ルシエラはさらに続ける。
意表を突く発言に、その場にいた者は思わず顔を見合わせた。
しばらく続いた沈黙の中で、内緒のやり取りが生まれる。
言葉は何もなかったが、考えていることは同じだった。
一同はそれぞれのやり方で笑顔を見せ、その秘密の約束が結ばれたことを示す。
リザ&リュディ
やったー。
ふっふっふー。
それを聞き、リュディとリザはきょとんとして言った。
それには流石の魔王と天使も、目を丸くして驚くしかなかった。
***
「もう! お母様の嘘つき。」
「あら。母親に向かってなんてこというの、グレイス。」
「だって、お母様とお父様が天使と魔族に育てられたなんてちょっと荒唐無稽過ぎます。」
「私が嘘をついているとでも?」
「ええ。そうです。」
「では、グレイス。これまで私が嘘ついたことがありますか?
雷が鳴ってもおヘソを取られないことを教えてあげたのは誰ですか?」
「お母様です。」
「しゃっくりが止まらなくなっても死なないと教えてあげたのは?」
「……お母様です。」
「誕生日の前夜に、あなたの枕元にプレゼントを置いたのが、妖精さんではなく、お父様だと教えたのは?」
「お母様……です。」
「私が嘘をつかないということを、思い出してくれたようね。」
「はい。でもそれならお母様は魔族の方に影響されてしまったんですね。そんな気がします。」
「いいえ。むしろ天使に影響されました。」
「ええ!?」
「はっはっは、グレイス。きょうのおやつはビーンケーキだぞ。」
「お父様、聞いてください! お母様ったら、自分が天使に似ていると言っているんですよ。」
「似ているぞ。」
「ええ!?」
「激似。」
「えぇ……。私、お母様みたいな天使は嫌です。」
「グレイス、世の中全てが自分の思い通りにはならないのですよ。」
「でもでも、お母様とお父様はしばらくその天使と魔族と一緒に暮らしたんですよね。
私、その時の話が聞きたいです!」
「そうね……その話は……。
内緒です。」
「ええ!どうして!ひどーい!」
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