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エデンの箱船 Story・後編

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作成者: にゃん
最終更新者: にゃん

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 暗闇を抜けて、飛び出した先は海だった。

にゃにゃ!

 突然のことに何もできず、君は海に飛び込む覚悟をし、身構える。

だが服の襟首をつかまれた感覚と、ガクンと重力に逆らい、持ち上げられる感覚が同時にやってくる。

気付けば君は海面すれすれに留まっている。浮いているというよりは、吊り下げられているに過ぎないが。


大丈夫か。

大丈夫ですかー?

 小脇にリザを抱えたまま、腕一本で君を持ち上げている。

 涼しい顔はいつも通りである。

リザ、ここには陸がないのか?

 彼の言うように、その世界は見渡す限り海しかなかった。

陸?島のこと?

ああ。そうだ。

島なら、上に。


 君とアルドベリクは上を見上げる。その世界の島は空に浮いていた。

 君たちは、ひとまず上空浮かぶ島のひとつに腰を落ち着けた。


 アルドベリク。ルシエラ。


 イザーク。ミカエラ。


 リザとリュディ。

 それに――。

後は火を焚くだけにゃ。


 君は持ってきた道具を配置して、火を焚く。

 以前と同じように牛と馬の人形が震えだした。



まいど。

まいど。

便利にゃ。どこへでも移動できるにゃ。

そうでもないんや。こっちで儀式してくれなアカンし、そんなに長くはおられへん。

体もまがい物だし。

 最後にヴェレフキナとシミラル。

 彼らはリザとリュディの世界を救うために、集まったのだ。

 もちろん君も。

さて。全員揃ったところでやるべきことをやろうか。

ええ。こうしている間にも、この世界は滅びつつあります。急ぎましょう。

んー。でも敵はどこですか?隠れているんでしょうか?

ここにおるのは本体ちゃう、残りカスや。そこまで上等な思考は持ってへん。

ちょっと探したら、見つかるやろ。

その必要はないようだぞ。

 君は気配に気づき、背後を見やる。魔界で見たのと似た怪物がそこにいた。

 似てはいるが、やたら巨大だった。

思ったより大きいな。

ええ。そうですね。

 とはいえ、彼らにとってはどうという問題ではないようだ。

まずは一戦交えてみるか。

それじゃあ、皆さん! ぶっとばしますよ!


 ***


 完勝だった。

 敗れた怪物の体がボロボロと崩れていく。力を失い、形を保っていられなくなったようだ。


思ったより早く終わりそうにゃ。

 いたずらっぽくウィズが言った。確かに頼もしい仲間は多い。

 これなら討伐はすぐに終わるだろう。


 ふと君は風切り音に気がつく。遠くの空に小さな何かが見える。それは段々と大きくなっている。

 近づいている。そう思った時には、それが人だとわかった。

 猛スピードでふたりの少女がやってきて、君の前で止まった。



 ???  

あなたたち……誰?


 ???  

怪物を倒したのは、あなたたちなの?


 その声を聞いて、リザとリュディが顔を出す。


レオナ!カリン!


リザ、リュディ!どうして戻ってきたの!せっかく逃がしてあげたのに!

この世界と一緒にあなたたちまで死ぬことはない。予言とともに滅びるのは私たちだけで充分なのよ。

違うよ。滅びるために帰ってきたんじゃない。そんな予言を、蹴っ飛ばしにきたのよ!

僕たちにはすごい味方がいるんだ!

 両手を広げて、後ろに控える君たちを紹介する。子供なりの精一杯の表現だ。

何者なの……。人ではないわよね。

 少女は君たちの前に降り立つ。靴先に宿る光が優しく消える。

どうやらあの靴を使って飛んでいるようだ。


何者か……どうする?神や正義を名乗るのは、嫌だぞ。

 アルドベリクは仲間たちに確認する。それならとばかりにルシエラが答えた。

では通りすがりのお人好しということでどうですか?

それがいい。で、まだ怪物はいるのか?

ええ。とんでもなく強いのが3匹。

でも正直どうすればいいのか、わからない。あなたたちは強い、でも……。

予言が気に入らないなら、信じなければいい。別の運命を自分で作ればいい。

あたしたちは旅でそれを学んだのよ。

時として子供の方が正しいことを言うものです。正しい道に進みなさい。私たちが手伝います。

 少女たちは静かに頷いた。

では参りましょう。

 羽を広げる者、再び不思議な道具に光を宿す者、みんな空へと上がってゆく。

ちょ、ちょっと待つにゃ!私たちは飛べないにゃ!

 抱えてもらいながら戦うのもさすがに気が引ける。

それなら大丈夫です。私たちには船団があります。

その一員として戦ってください。



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……すごい。

 これまでただ打ちのめされるだけだった自分たちが攻勢に出ている。

その単純な事実に、思わず感嘆する他なかった。それも全て、別の世界から来た者たちの力のおかげだった。


どうしました?まだ戦いは終わっていませんよ。

いえ、本当に予言が覆るかもしれないから……。驚いてしまって。

あなたたちにとってはとても重要なものだったのですね、その予言は。

私たちの世界はかつて一度滅びたと伝えられています。その時に全ての大地が海底に沈んだと。

私たちは再び起こるであろう滅びの時を、予言によって、思い出すように生きてきました。

でも、いま思うと予言とは何だったのか……。分からなくなりました。

戒めは大切です。どんな時でも。

予言のために不幸になった人もいました。

彼らのことを考えると……。

言葉に縛られたり、囚われたりすることはない。

お前たちの世界はそれを身を以って知った。重要なことだ。

 無言のまま少女は頷いた。まだ全てに納得できたわけではない。消化しきれない何かが残っている。

だが、過去に囚われるわけにはいかない。もちろん予言にも。

行きます。この勝利をみんなに伝えないと。

 と言って、少女は飛び去っていった。

 ふたりだけとなった空で、イザークが唐突に言った。

ヴェレフキナに話を聞いてみた。

 かつて話題にあがったイアデルの話のことだと、ミカエラはすぐに察した。

 イザークが話し始めるのを、彼女はただ静かに待った。

魂は記憶の集合に過ぎない。

だから俺の記憶の中にあるイアデルが何と言っているかが重要らしい。

で、父はなんと言っていましたか?

言葉に囚われるな、だ。さあ、次の戦いがある。行こう。

 と簡潔に答え、イザークはその会話を終わらせた。

 ミカエラも追及はしなかった。

 だが脳裏に浮かぶのは、ふたりを分かつことになった父の言葉である。

 それに囚われるな。イザークの中の父はそう言った。ではミカエラの中の父は?

ええ、行きましょう。戦いが待っています。

 それだけ言って、彼女はイザークの後を追った。



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往生しいや。

 と言って、ヴェレフキナは海に沈んでいく怪物を見送った。

 どこか優しげな視線だった。

 反対に、忌々しげに恨みの言葉をカリンは呟く。


アイツのせいでどれほどの人々が命を失ったか。

 水面を見つめながら、ヴェレフキナは言った。

キミの意見はもっともやけど、ボクらの考えは違う。

魂に罪はない。

 君はふと思い出す。魂は記憶の集まりに過ぎない、という彼らの発言を。

肉体を失った魂は死界で浄化され、再び別の生を生きる。

彼らの世界の理から見れば、確かに罪はないのかもしれない。

それなら罪はどこにあるの?アタシたちはこの悔しさをどうすればいい?

キミらとはどうせ話合わんから。これ以上は言わんけど……。

そんなこと考えながら生きてておもろいか?

面白いとか面白いではない!

 憤慨するカリンを気にすることもなく、シミラルが言った。

生きていることは記憶の蓄積でしかない。それなら良い記憶を溜めないと、時間の無駄。

きれいな景色や美しい生き物。美味しい食べ物や楽しい人々。

私は造られた存在だから、単純に良い記憶を蓄積できることがうれしい。

あなたがもっと前向きに考えてくれたら。この戦いのことが良い記憶になる。

 カリンは黙っていた。むしろ黙っているしかない、といった様子だった。

にゃは。いまは無理でもいずれは前を向くしかなくなるにゃ。

それでいいにゃ。

……わかった。

この旅は楽しかった。ヴェレフキナ、ありがとう。

あなたが私を造ってくれなかったら。この気持ちもなかった。

ええんや。

 海が怪物の巨体を全て呑み込むと、海面に大きな渦が生まれた。

 ふたりはその渦を静かに見つめていた。

本気にするなよ、トーヘンボク。

キミ、ほんまに……。かわいい奴やで。



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 侵略者との戦いにも終わりが見えつつあった。と、同時にそれは別れが近づいているという意味でもある。


この戦いが終わったら、やっぱり元の世界に帰っちゃうの?

まあ、そうだな。

そうか……。

 リュディは残念そうに俯いた。

リュディ、無理を言ったら駄目よ。アルさんにはアルさんの事情があるんだから。

 リザがリュディをたしなめる様子を見て、アルドベリクはふたりをよく出来た子供たちだと思う。

 どちらかが挫けても、きっとどちらかが肩を貸す。

 このふたりなら戦いで疲弊した世界でも、上手くやっていけるだろう。


その顔は、さては言い訳を考えていますね。

言い訳?何の言い訳だ?

ふたりなら上手くやっていけるとかなんとか言って。自分に言い訳しているんです。

それは言い訳とは言わん。ただの事実だ。

 まあ、それでもいいでしょう。と言わんばかりにルシエラは目を細める。

別にどれだけ長居したっていいと思いますけどね。帰らなきゃいけない理由なんて特にないんですから。

俺には国がある。そういうわけにはいかん。

あ。また言い訳です。

これは、……違う。

ルシエラ、アルさんをいじめないで。僕は少し寂しく思っただけだよ。

そうよ。リュディって案外情けないんだから。

本当に私たちは全然平気だから。アルさん、ありがとう。

 ルシエラは黙って首を横に振る。

ふたりとも嘘つきは泥棒の始まりですよ。

みんな、どうして自分に言い訳したり、嘘をついたりするんですか?

一緒にいたいなら、我慢なんかしないで、一緒にいればいいじゃないですか。



 その素直な言葉がアルドベリクと子供たちに突き刺さる。

 効果の具合を確かめ、ルシエラはさらに続ける。

アルさん!アルさんは何者ですか?

……?魔王だな。

それなら魔王らしいことをすればいいんですよ。……さらっちゃえ。

 意表を突く発言に、その場にいた者は思わず顔を見合わせた。

 しばらく続いた沈黙の中で、内緒のやり取りが生まれる。

 言葉は何もなかったが、考えていることは同じだった。

 一同はそれぞれのやり方で笑顔を見せ、その秘密の約束が結ばれたことを示す。


いいだろう。魔王らしいことをやろうか。


リザ&リュディ

やったー。

ではでは。可愛い姉弟をさらっちゃいましょうかー。

ふっふっふー。

 それを聞き、リュディとリザはきょとんとして言った。

違うよ。私たち、許嫁よ。

え!あらまあ……。

 それには流石の魔王と天使も、目を丸くして驚くしかなかった。


 ***



「もう! お母様の嘘つき。」

「あら。母親に向かってなんてこというの、グレイス。」

「だって、お母様とお父様が天使と魔族に育てられたなんてちょっと荒唐無稽過ぎます。」

「私が嘘をついているとでも?」

「ええ。そうです。」

「では、グレイス。これまで私が嘘ついたことがありますか?

雷が鳴ってもおヘソを取られないことを教えてあげたのは誰ですか?」

「お母様です。」

「しゃっくりが止まらなくなっても死なないと教えてあげたのは?」

「……お母様です。」

「誕生日の前夜に、あなたの枕元にプレゼントを置いたのが、妖精さんではなく、お父様だと教えたのは?」

「お母様……です。」

「私が嘘をつかないということを、思い出してくれたようね。」

「はい。でもそれならお母様は魔族の方に影響されてしまったんですね。そんな気がします。」

「いいえ。むしろ天使に影響されました。」

「ええ!?」


「はっはっは、グレイス。きょうのおやつはビーンケーキだぞ。」

「お父様、聞いてください! お母様ったら、自分が天使に似ていると言っているんですよ。」

「似ているぞ。」

「ええ!?」

「激似。」

「えぇ……。私、お母様みたいな天使は嫌です。」


「グレイス、世の中全てが自分の思い通りにはならないのですよ。」

「でもでも、お母様とお父様はしばらくその天使と魔族と一緒に暮らしたんですよね。

私、その時の話が聞きたいです!」

「そうね……その話は……。

 内緒です。」

「ええ!どうして!ひどーい!」




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