【黒ウィズ】シャロン&テオドール Story
2017/00/00 |
柔らかな日差しが降り注ぐ野には、一面の美しい花が咲いていた。
シャロン・イェルグは野に咲いた花へそっと手を伸ばし、少しの間ためらった後、困った顔をして手を引っ込めた。
「……テオ」
助けを求める表情で見上げられ、テオドール・ザザは微笑みを返す。
そのまま優しい手つきで花を摘むと、彼は何も言わずシャロンの手元へとそれを運んだ。
「ありがとう、テオ」
まるで不安がほどけていくかのように、シャロンは言いながら柔らかくはにかむ。
対し、テオドールは返事の代わりに再び微笑みを浮かべた。
彼の腕の中に収まるほど小さなシャロンは、皇界という名の異界に於いては頂点の存在である。
しかし、あまりに幼いうちに玉座へ担ぎ上げられた彼女は、第三者の評価をして「据え物」
――つまりお飾りとしての価値しかないと目されていた。
つい、先日までは。
(……シャロン様は、変わられた)
シャロンを守るべき「皇の剣」であるテオドールは、改めてそう思う。
皇座を継承した頃のシャロンは役割を果たすためだけの人形のようだった。
自我は薄く、これといった欲求も無く、放っておけば陽の光に溶けてしまうのではないかと思うほどに儚い、
無気力で無感情な少女――青い空を仰ぎながら、テオドールは出会った頃のシャロンを思い出す。
「ねえテオ、あの丘の上に行きたいわ」
日傘を透かした光に照らされる横顔には、その頃の面影は既に無い。
穏やかな性格はそのままであるが、彼女の表情は近頃ころころとよく変わる。
テオドールを困らせるようなワガママも、少し遠慮気味ではあるが、時折口にするようになった。
皇の剣として滅私を誓うテオドールであるが、彼はその変化を心から嬉しく思う。
r……ねえ、テオJ
ゆっくりと花の咲き乱れる丘を、テオドールに抱えられ登りながら、シャロンは彼を見ずにつぶやいた。
テオドールは返事をしない。
「私ね、あなたが居てくれて、本当に良かったと思う」
「……シャロン様」
「ただのお飾りだった私に、テオはいろんなことを教えてくれたよね」
そこまで言うと、シャロンは日傘をたたみ、降り注ぐ陽の光に目を細めた。
ふと、少し強い風が吹く。テオドールはその風からシャロンを守るように、太陽に背を向けた。
「……まるで、テオは大きな空みたいね。
優しく、力強く、私をいつも見守ってくれる。
私の本当に欲しいものを、いつも何も言わずに与えてくれる」
逆光を背負うテオドールを見つめ、シャロンはそう言いながらはにかむ。
思いがけない言葉に、テオドールは胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
「あのね、テオ。私はね……その……」
シャロンは胸につかえた気持ちを、どうにか言葉にしようとした。
だが彼女は、それをどういう言葉にして良いのかわからなかった。
不思議に思ったテオドールは足を止め、シャロンに向けてほんの少し首を傾げる。
「……!」
思いがけずテオドールと目が合い、シャロンは咄唯に唇を噛んでうつむいた。
顔が熱い。この気持ちを言葉にしてテオに伝えたい。
でも、どんな言葉を選べばいいのか、わからない。
「ええと……」
どう言えば、この気持ちがそのままテオに伝わるのだろう。
感謝でもなく、謝辞でもなく、もっともっと違う何か……
ああ、でも、早く言わないと、私の言葉をテオは待ってる。だから、早く――。
「私はね、テオ。私は……!」
心を絞り出すように、シャロンは言葉を紡ごうとした。
だが、テオドールはそっと彼女の唇を人差し指で抑える。
「シャロン様。それ以上は、私には勿体無いお言葉でございます」
言いながら、テオドールはいつも通りに優しく微笑んだ。
シャロンは一瞬きょとんと驚いた表情をして、それからー度目を伏せると、丘の向こうへと目を流す。
「……見て、テオ。綺麗な海」
「……ええ」
小高い丘の上、潮の香が混じるそよ風を受けて、二人は何も言わずに佇んだ。
水平線に混じる空と海を見つめて。
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