【黒ウィズ】アーサー&アリオテス編 (4000万DL)Story
2017/11/30 |
目次
登場人物
story1 新たなる戦火
数度打ち込んでも、攻撃はすべて跳ね返された。木刀を握った手に血と汗が滲む。
これ以上打ち込んでも、どうせ弾かれるだけなのは目に見えている。
だが――
「これなら、どうだ!?」
握りしめた木刀を右斜め上から、勢いをつけて振り下ろす。
「甘えよ!」
渾身の力をこめて打ち込んだ剣だったが、アシュタルは当然のように受け止めた。
次の太刀も同様。片手で易々とはじき返される。
「くそっ! なんでだよ!」
「はあ~あ。チビ。お前は本当に剣が下手だ。一言で言うとセンスがねえ。」
「う……うるせえ!」
「おまけに地力も弱いときてる。はっきり言って戦いに向いてねえ。」
「わかってるよ! でも、もっと成長して、身体が大きくなったら、筋力もついて力も強くなるだろうし……。」
「俺が、そのぐらいの年のころには、いまのお前の倍の背丈はあったぜ。」
「倍は嘘だ。」
「倍は、さすがにおおげさだった。だが、いまのお前より頭2つ分はでかかった。それは、嘘じゃねえ。」
「うー……。じゃあ、俺はガタイが足りないから、剣は向いてない。教えても無駄だって言うのかよ?」
師匠が思う強さってのは、でかいってことなのかよ!? 背が高けりゃ強いのかよ!?」
「早とちりすんな。でかさも強さのひとつだが、それだけじゃねえよ。
チビ、お前はチビであることを自覚して、チビなりにチビの戦いかたを極めろ。俺の真似なんて似合わねえよ。」
「チビチビ言うな! だいたいなんだよ、チビなりの戦いかたって?」
アシュタルは、稽古用の木刀を片手で弄ぶように、軽々と翻す。
なにをしているのかわからず、アリオテスが戸惑っていると。
「いっ!?」
鼻先に木刀の切っ先が、突きつけられていた。
いつ、アシュタルが剣を振ったのか気づかなかった。不可視の一撃。
剣筋は一切捉えられず、剣が風を切る音すらしなかった。
「……どうやったんだよいまの?」
「お前の無意識を斬った。こう……ズバっとな。」
「よくわかんないけど……なんだか凄そうな剣術だな!? それ、俺にも教えてくれよ!」
「もちろん教えるさ。けど、言うほど簡単じゃないぞ。たとえば、俺がこうグッと剣を構えたら。
いまにもズバッと剣が来ると思ってお前は身構えるだろ?」
「当たり前だろ? 斬られたくなけりゃ、防ぐしかないもんな。」
「それじゃあダメだ。敵に剣が来ることを意識させるな。意識の外から、剣を振り下ろせ。
敵がガッツリ身構えていたら、こうサッと剣を振って相手が予想している以上の速さでガッと斬りつけろ。」
「サッとやって、こうガッといくのか?」
「かーっ! ちげえよ! 相変わらずお前は覚えが悪いな? こんなの1回聞いて覚えろよ!」
「師匠の教え方が下手なんだよ!サッとか、ガッとか言われても、わかんねえって!」
***
「ふんっ! てやっ!」
素振りする手を止めて、アリオテスは深く息を吐き出した。
「意識の外から斬る……か。」
教え下手なアシュタルが、珍しく剣の極意のようなことを教えてくれた。それは嬉しかった。
弟子としては、なんとか師匠の教えを理解して、実践に移したいところだったが。
「意識の外からなんて、どうやって斬るんだよ? もっと早く振れってことか? 全然わかんねえよ。」
まぶたを閉じる。アシュタルが突きつけた木刀の剣先が、いまでも鮮明にまぶたの裏に浮かぶ。
音もなく、剣筋も敵に悟らせない、まさに神速の剣。
「認めるのは悔しいけど、さすが俺の師匠だ。
俺も早く、あんな凄い剣を振れるようになりたいぜ。」
再び剣を握って素振りを再開する。
あと何回、素振りをすれば、アシュタルのような剣を振るうことができるだろう?
「ダメだ。ダメだ。余計なことを考えるな!もっと、筋力をつけないと、それから身長も……。」
いまはまだ、足りないものが多すぎる。悩んでもしょうがないことだとアリオテスは自分に言い聞かせた。
近くの茂みが揺れた。できるだけ音を消して、接近してきたのは、赤毛の騎士。
「アリオテスさま。ゲー家臣団、配置につきました。」
「敵の気配はどうだ? 斥候から、なにか報告はあったのか?」
「麓に布陣したイレ家の斥候が、《領主連合》の軍の先陣を捉えたようです。」
「衝突は、近いようだな。いよいよ戦がはじまるのか……。」
人知れず震える手を固く握りしめて、恐怖をかみ殺していた。
「ご心配なく、アリオテスさまの御身は、ゲー家臣団全員でお守りいたします。」
カンナブルに流れ着いた覇眼の継承者たちの6家。
そのうちのひとつであるゲー家は、イリシオスの代には隆盛を誇ったが……。
イリシオス・ゲーが戦死したのち、主を失った家臣たちは四散五裂した。
アリオテスが、父の後を継いでゲー家再興を宣言したいま、かつてイリシオス家に仕えていた家臣たちが少しずつ戻ってきた。
とはいえ、いまゲー家の家臣は総勢で30名程度。戦力として計算できないほど小勢だった。
「《ケルド同盟軍》の一員として今回の戦に参戦したはいいけど………。
たった30騎じゃ、リヴェータ殿やルドヴィカ殿の足を引っ張るだけだ。」
とはいえ、同盟軍の戦に参加するのは、参加領主としての責務。
たとえ戦力にならなくても、形だけでも務めを果たしておく必要があった。
もちろん小勢のゲー家に盟主リヴェーダも気を遣ってくれたらしく――
アリオテス率いるゲー家には、戦場のなかほどに位置する、この小高い山の守備を託した。
山中の守備任務ならば、30名でもなんとかなるだろうというリヴェータの判断であった。
「しょせん相手は、山賊と手を結んだ、ケルド島の没落貴族どもです。
このような戦いで、アリオテスさまみずから剣を振るわれる必要はありません。戦いは、我らにお任せください。」
「やだ。家臣たちに守られるような情けない領主には、なりたくない。」
「そうおっしゃらず……。私はゲーの剣。いまはアリオテスさまの剣であり盾でもあるのです。戦いはお任せください。」
メンジャルたち家臣たちのことは、もちろん信頼しているし、頼もしく思っている。
けど、前の帝国との戦いで、アリオテスはずっとアシュタルに守ってもらった。
そして今回は、メンジャルたち家臣に守られている。
まだ自立した領主として認められていないように思えて、少し寂しかった。
(ここにアシュタルが、いてくれればな……。師匠と一緒なら、俺だって戦えるのに
いや、あんな奴いなくったって平気だ)
不意に出発する直前に交わした。アシュタルとの会話を思い出す。
(戦よりも壷作りのほうが大事だって、はっきり言い切るような奴に守ってもらおうなんて思わない!
俺ひとりで、戦えるってことこの戦で証明してみせる!)
story1-2
「ふあ~あ。眠ぃなあ。徹夜の作業は、さすがに身体に堪えるぜ。
……って、ルミア。荷物鞄に詰めたりして、どうした? 旅行にでも行くつもりか?」
「近くで戦があるようだから、お手伝いにいくの。」
「はあ? 手伝うって言ってもよぉ。ルミアは、剣を振れねえだろ?」
「負傷兵の手当とか、ご飯の用意とか、できることは沢山ある。」
「それは、ルミアがやらなきゃいけないことか?」
「スア家もー応同盟軍に参加している……。お母さんが居ないいま、私か当主だから。」
そう言ってルミアは、大きく膨らんだ鞄を背負う。
なかには包帯や薬などが、大量に詰め込まれていた。その重みで、思わず体勢を崩しそうになる。
「戦なんかに関わるんじゃねえよ! あんなのは、権力志向の強いバカどもにやらせておけばいいんだよ。
あのチビも家臣たちに領主だなんだともてはやされて戦場に向かったまま便りがねえ。
きっと今頃、どこかで野垂れ死にしてるだろうぜ。」
「世の中はアシュタルが思うほど単純じゃない。」
「なに!?」
カンナブルの家々が同盟を組んで、力を合わせて前の大戦から立ち直ろうとしているのに……。
それを邪魔しようとする人たちがいる。
みんなが戦っているのにスア家の娘である私が、なにもしないわけにはいかないでしょ?」
いつの間にか、はっきりと自分の口で主張できるようになったルミアに、アシュタルは正直言って驚いていた。
人形のようだった皆とは、まるで別人だ。
(ルミアも成長したってことか……。それとも、あのチビに影響されたのかねえ)
「……ったくもう、眠いのに面倒だな。
ルミアが行くなら俺もいく。いま剣をとってくるから待ってろ。」
「早くしてね。」
「どこやったっけな、俺の剣は……。」
story1-3
皇帝グルドラン率いるヒペルニア帝国軍の侵略を受けて、このケルド島にいた覇眼戦士たちは――
リヴェータ・イレが盟主を務める≪ケルド同盟軍)として一致団結し――死闘の末に帝国軍の侵略に勝利した。
「帝国兵の数は膨大よ。皇帝ひとりを倒したからといって、それですべてが片付いたわけしやないわ。
海峡を渡りこのケルド島に侵略してきた帝国兵たちの大半は敗戦ののち、ヒベルニア大陸に戻ったが――
取り残された一部の兵たちは、このケルド島に住み着き、山賊や野党に身をやつした。
R山賊退治に飽き飽きしてたのに、また新しい敵が現れるなんて……。ほんと、いつになったら平和が訪れるのやら。
aぼやく気持ちはわかります。ですが、これも時勢でしょう。
Nまさか、このケルド島にいた領主たちが、逃げ遅れた帝国兵と手を結んで、我々に戦をしかけてくるとはの。
G帝国の侵略になにもできなかった腰抜け領主どもになにができるというのじゃ。
J……全員、倒せばいい。
領主たちの背後には、おそらく陰謀めいたなにかが潜んでいるのだ。わかっていながら、尻尾がつかめない。
そのなにか(・・・)を探り当てるためにも、この戦い、必ず勝利しなければいけない。
***
「麓をご覧ください。お味方の布陣を目に焼き付けておくのです。
戦場での指南役は、メンジャルの役目だった。
さすがのアシュタルも、部隊を率いたことがないのでは、「若き領主アリオテス」の師にはなれない。
この点に関しては、アシュタルよりもメンジャルのほうが信頼が置けた。
「やはり、リヴェータ殿率いるイレ家の部隊が、兵の数では断トツだな。
イレ家の部隊は、500を超える騎士と兵が集まっていた。
この狭いケルド鳥では、一番の勢力と言っていいだろう。
故にこれまで、この鳥で幅を利かせてきた領主や貴族たちは、復活したイレ家を面白く思わなかった。
「ルドヴィカ殿率いる《グラン・ファランクス》は数こそ少ないけど、一番勢いがありそうだ。
アリオテスは、ルドヴィカの側で槍を振るう姉のリラを見つけた。
(姉上もお元気そうだ。久しぶりにお話したかったけど、戦が終わるまでは無理だろうな)
「我らはここで、彼らの戦いぶりをじっくり拝見させてもらいましょう。
いまのご時勢、いつ誰が敵となるか、わかりませんからね。
「リヴェータ殿やルドヴィカ殿と、いつか戦うかもしれないと……そう言うわけか?
「この戦乱の時代、盟約がいつまでもつづく保証はございません。
あらゆる可能性を頭に入れておくべきです。
「メンジャル……お前は大人だな。俺はそんなこと、考えもしなかったよ。
「アリオテスさまにお褒めの言葉をいただくとは。亡きイリシオスさまには、一度も褒められたことなかったのに……ううっ。」
「泣くなよ! その様子だと、親父はかなり厳しかったんだな? 辛い思いさせたな。よしよし……。」
「ううっ。面目ありません。戦場で涙は禁物なのに……。」
荒野の果てに敵の布陣が見えた。
しかし、先走ったルドヴィカたちのおかげで戦線は、かなり達くのほうへ押し上げられていた。
アリオテスたちがいるのは、それよりも逢か後方。敵が来そうな気配はまったくなかった。
だが、戦は相手の虚を突くものである。
「メンジャル、うしろだ!」
茂みの陰から数本の刃を輝かせながら、数人の部隊が姿を現わした。
彼らは、アリオテスたちの姿を認めると、一言もなく襲い掛かってくる。
「こいつらは敵だ。敵襲! みんな、戦闘用意だ!」
敵の奇襲であることは間違いない。
彼らはおそらく、リヴェータ軍の背後を突こうと迂回している最中の敵部隊。
「命知らずめ! ここを守るのは、ゲー騎士団だということを知らないようだな?」
敵は、周囲の森から続々と姿を現わし、アリオテスたち、ゲーの騎士と剣を交える。
あっと言う間に混戦となった。剣と剣がぶつかりあい、斬られたものは悲鳴をあげて倒れ込む。
「こ……こいつら、どれだけいるんだ?」
敵は斬っても斬っても木立の陰から、続々と飛び出してくる。
ゲー騎士団の数倍の兵が、この山頂目かけて押し寄せていた。
(アシュタル……)
いまは、アシュタルは側にいない。震える手を強く握りしめて、突き出された剣を弾き返す。
アリオテスさま、ここは私どもが食い止めます! お逃げください。」
「お前たちを置いていけるか!?」
このままでは、敵に包囲されてしまう。そうなれば、引くことも進むことも叶わない。
「こういう時は、どうしたらいい? みんなを救うには、どうすれば……。」
アリオテスの頭は混乱していた。こんなにあっけなく部下たちを危機に陥れた自分の未熟さと――
戦場の怖さ、その無情さに身を切られるような思いだった。
その時、麓から声が轟いた。
「安心しろ。こうなることを予感して、リヴェーダは、俺たちを援軍として遣わしていた。」
その言葉は、天からの救いの声に等しい。
「アリオテス殿には、以前命を救われた……。あの時の借り、いまこそ返す……!」
ジミーの部隊が、助けに来てくれる。
彼らが頂上にたどり着くまで守り切れば、おそらくゲーの騎士団は助かるだろう。
(ガキのこの俺を領主として持ち上げてくれた家臣たちに、俺はまだなにひとつ報えていない!)
「みんな、援軍が来てくれる! それまでなんとしても……生きろ! 生きてくれ!」
領主として、そんなことしか言えない自分が情けなかった。
でも、いまはひとりでも多くの部下を生き残らせたい。
「……。」
その青年は、兵と兵が入り交じる混乱のなか、ひとり孤独に立ち尽くしていた。
ゲーの家臣でも、敵兵でもなさそうな雰囲気の男。
青年自身も、自分の場違いさを理解している様子だった。
「どこに行っても戦ばかりだな……。さすがにうんざりだ。」
物憂げにそう呟くなり、青年は腰の剣を抜いて振りかざす。
見えたのは、白銀の残像のみ。
その青年がかざした剣が、流星のように地上に降り注ぐと同時に何重もの衝撃が地上に拡散した。
(あれは、剣圧なのか?)
そして、わずかの間を置いて、敵兵が一斉に倒れていった。
それは剣圧というには、あまりにも鋭すぎた。
剣より放たれる禍々しき殺戮の力――とでも表現した方が正しいだろう。
恐れをなした敵兵は、命惜しさに我先に逃げはじめた。
(いまのは……アシュタルの剣とはまったく違う。別次元の剣技だ……)
「お前はどこの兵だ? 同盟軍か? それとも、領主たちの配下か?」
「俺の名前は……アーサー。」
青年は、短く答える。希望を一切失った声だった。
「この島に《覇眼の王》がいると聞いてやってきた……。」
振り返った彼の左眼には――
あの忌まわしき呪い――眼より放たれる闇光が宿っていた。
story2 惑わしの覇眼
覇眼の戦士たちは、みずからの存在をひた隠しにして生きてきた。
ケルド島は、元は大陸で没落した貴族や騎士が、逃げ込む土地であり、島民はすねに傷を持つものが大半だった。
ゆえに誰も、他人の素性を探ろうとはしない。他人を詮索すれば、自分も痛い腹を探られるからだ。
「覇眼の王? この島に王なんていねえよ。没落貴族や貧乏領主はいるけどな。」
アーサーと名乗った青年の左眼。そこに輝くのは、忌まわしき覇眼の光そのものであった。
「この島にいると聞いたが? 覇眼とやらを総べることのできる《眼》を持つものが。
悲しいことだが、そいつしか、いまの俺を救うことができないらしい。」
その口ぶりからして、よそ者であり、覇眼のことはよく知らない男だとわかった。
そして、さきほど領主の兵に剣を向けたことからして、今回の戦いとはおそらく無関係。
(よそ者に覇眼の戦士であることを知られてはなりません)
覇眼、その力は強大ゆえにそれを利用しようと企むものが後を断たない。
帝国兵を率い、侵略してきた皇帝グルドランもそうだった。
「覇眼? なんのことかわかんないなあ。それよりこっちは、大事な戦の最中なんだ。
俺たちとー緒に戦ってくれれば、ひょっとしてあとで、それっぽいことを思い出すかもしれないぜ?」
「一緒に戦えだと? 悪いが、それは無理だ。
「じゃあ、引っ込んでろよ。俺たちは、いまメチャクチャ忙しいんだ。
敵軍は、まだかなりの数が残っている。
救援に駆けつけてくれたジミーたちが、敵を背後から襲撃したため、緊急の事態は回避できたが、それでもまだ油断できない。
不意にアーサーの剣が、アリオテスを襲う。
だがそれは、気合いも殺意もこもっていない力の無い剣だった。
「不意打ちとは、卑怯だぜ?」
「すまん。戦う相手は……俺の意思では、選べないんだ。
アイツの眼を見てしまってから……。戦う相手は、すべてこの眼が、勝手に選ぶようになった……。
アーサーは左眼の輝きを手で覆った。疼くような熱とともに、体内で隆起する衝動――
「まただ……。覇眼の拘束力が、これほどのものだとは知らなかったよ。
手放しかけていた剣を握り直す。戦闘の態勢。
さきほどアーサーの剣を見せられているものたちは、一斉に怯えおののく。
「いまの俺は、この左眼に支配されているだけの男だ。
このアーサー・キャメロットの剣の餌食になりたくなければ、いますぐここから立ち去れ。」
立ち去れと言われても、敵は、この山頂の奪取を目的にしている。
ここを敵に明け渡せば、リヴェータたちの本隊が危機に陥る。
(向こうが覇眼に操られているのなら、こっちも覇眼を使えば……
いや、ダメだ。ジミー殿を救えたのは、姉上と一緒だったからだ。
俺ひとりでは覇眼を抑え込むことしかできない。それでも……みんなを救うためには、やるしかない!)
そんなことを考えている間に、アーサーは剣を握りしめて、アリオテスに斬りかかってきた。
「君はまだ若い。死ぬには早いはずだ。死にたくなければ避けるんだ。
苦悶の表情を浮かべながらも眼に操られるがまま、攻撃を繰り出してくる。
アリオテスは、アーサーの剣を受けながら、彼が持つ剣の異様なまでの神聖さに気がついた。
これまで見たどの剣よりも研ぎ澄まされ、透き通るような清らかさを湛えた刃だった。
並大抵の剣士が持てる剣ではないことは明白。
「くっ……そおおおっ。」
アリオテスはなんとか、受け止めた剣を跳ね返した。
だが、そこまでだった。態勢を崩したアリオテスに次の一撃が迫る――
「ゲー騎士団! アリオテスさまをお守りするのだ!」
号令一下、ゲーの騎士団が、アーサーとアリオテスの間に立ち塞がった。
アーサーは、迷わずメンジャルヘと斬りかかる。だがそれは標的を変えたというより。
メンジャルが、ちょうどアリオテスの前面に立ちはだかっていたからにすぎない。
「左眼が熱い……。もしかして、あの子がお前のねらいか?」
左眼の光は、持ち主の問いに答える代わりに一際輝きを増幅させる。
それはアーサーから身体の制御を奪い去る。
そして、目的のためにひたすら剣をふるうだけの殺戮機械を生み出す。
「ひとつ聞きたい。お前に覇眼を使った奴は誰だ? アイツとは誰のことだ?
神聖教と名乗る《邪教の一団》は、皇帝グルドランに死んだミツィオラの覇眼を移植する技術を持っていた。
彼らの存在が、アリオテスの脳裡をかすめた――
「少女だ……銀色の髪をした……。
苦しげに呻く。同時に左眼の禍光が完全に解放されアーサーの持つ剣にも宿った。
これまでとは、明らかに違う。渾身の一撃が、繰り出されようとしている。
「まずい、メンジャル下がれ!」
大きな殺気の塊が、その場にいた全員を押し包む。
ただその気を感じただけで思わず後ずさり、あるものは、戦意を失い剣を手からこぼした。
「私は、アリオテスさまの剣。主に代わって、剣を交えるのが務め。」
だが尋常ならざる剣気にも怯まず、メンジャルは愚直に主を守り続けている。
「いい家臣を持っているな? 忠誠心の厚い騎士は、俺も好きだ。
この左眼さえいつもどおりなら、死なせることはなかっただろう!
自分の意思に反してアーサーは、剣を振り下ろした。受け止めるメンジャル。剣と剣がぶつかり合い、火花が数度弾け散る。
メンジャルも無能な剣士ではない。たったそれだけで、相手の剣技と臂力の差を思い知った。
「だからといって私は、退くことはない。アリオテスさまは、ゲー家最後の希望。
イリシオスさまをお守りできなかった罪は、この場で死を持って償ってみせよう!
「だめだ。メンジャルは死なせない! こんなところで、誰ひとり死なせたくない!
ヴァリオテスの焦りが、右眼の(原初の覇眼)に火を灯す火打金となる。
「覇眼発動!」
「その眼!? やはり、君も覇眼の持ち主だったか?」
「頼む……俺の右眼よ。あいつを止めてくれ!」
アリオテスに受け継がれし(原初の覇眼)。
それは、唯一他の覇眼を制御できる眼。すべての覇眼を統べる原初の輝き。
アーサーの左目に、アリオテスは右眼の光――原初の光をぶつけた。
彼の左眼を制御できれば、この危機は終わる……。
「……うっ。うあああっ! 左眼が……熱い! 眼が……焼けそうだ……。」
原初の光を見てアーサーが呻いた。
その体内で燃焼するアリオテスヘの敵意が、さらに大きく膨らんでいた。
「……なぜだ!? グルドランのときは、眼を暴走させて、その力を抑え込めたのに!」
未熟、未練、生半可、未成熟。失敗した理由は色々あるだるう。またひとつではないだろう。
さらにいえば、アーサーの左順に宿っているのは、通常の覇眼とも、偽の覇眼とも違う、別種の眼(・・・・)の可能性もあった。
「……眼が俺の心を喰らう……。喰らい尽くして、空っぽになるまで、むさぼり続けるつもりだ……。」
その言葉には、ぞっとするほどの絶望が込められていた。
アーサーは、左手で眼を覆い、右手の剣を胸の位置に掲げた。
アリオテスは、振り下ろされる一太刀を受け止めようとしたが、あえなく剣を弾き飛ばされた。
無手となったアリオテスには、最早打つ手がない。
(ごめんアシュタル……。ルミア……。もう家には、帰れないみたいだ……)
覚悟を定め、なにもかも諦めたその時――
「仮面の剣士、見参ってな!」
まさか、助けに来てくれるとは。剣は捨てたと、あれほど言っていたのに。
「ア、アシュ……いや、でくの坊。よく……来てくれたな?」
「泣きそうな顔してるんじゃねぇよ。どいてな。さっさとこいつを片付ける!」
story2-2
「面倒な敵ともめやがって。自分で尻拭いできねえなら、戦場なんかに出るんじゃねえよ!」
アシュタルの言葉は辛辣だった。けど、正しかった。
駆け付けてくれなければ、今頃アリオテスは命を落としていただろう。
「退け……。俺の左眼は、その黒髪の子に用があるみたいだ。」
それは、アーサー自身の言葉ではないことは明白。彼の身体の制御を握る覇眼が言わせているのだ。
「悪いがこいつを死なせちゃあ、夢見が悪い。ここで死なせるわけにはいかねえな。」
アーサーの振るう剣と、アシュタルの剣がぶつかり合い、金属音を戦場に響き渡らせる。
相手の手の内、剣技の巧みさ、腎力の堅強さは、アリオテスはすでに身をもって体験した。
また、師であるアシュタルの腕前も、当然のことながら知っている。
「へー。この島には覇眼の戦士だけじゃなく、こんな強い剣士もいたのか……。」
「だったら、剣を捨ててとっとと降伏しろ。おっと、眼に操られているお間抜けさんには、それはできないのかな?」
このふたりどちらが強いかその答えは簡単には、導き出せない。
なぜなら、ふたりの剣は、どちらも常人とはかけ離れており、名人の域すら超えている。
「お前の剣、血の匂いがする。嫌な匂いだ……。戦場で出会ったら、真っ先に片付けたい相手だ。
「奇遇だな? 俺も同じこと考えていたぜ。
アシュタルの剣は特定の型のない、戦場で自然と鍛え上げられた、自由奔放な剣技。
そして生まれ持った天性の剣才と恵まれた体躯を活かした背力の強さがある。
まさに戦場で敵を倒すために一切の無駄なく磨き上げられ――
なおかつ予測もつかない角度から打ち込まれる変化無窮の剣であった。
こんな素晴らしい戦士と戦えるのなら、左眼が呪われない(・・・・・・・・)うちに、この島に来たかった。
苦渋の表情。いまのは操られていない(・・・・・・)、本心の言葉だろう。
「緊張感のないやつだな? まさにいま、その剣で殺そうとしている相手に言うことかよ?
「あはははっ。たしかにそのとおりだ。
一方のアーサーも、同じく戦場で敵を倒すために鍛え磨かれた剣の妙技を体得していた。
その一撃一撃は重い。そして、正確無比。
濁りのない奔流のごとく繰り出される太刀筋。それには、ある一定の型があった。
それを崩さない限り、勝機は見いだせない。
「やっぱりこいつの左眼をどうにかしないと、終わらないようだな。
(俺が覇眼を使いこなせていれば……。でも、俺ひとりじゃ覇眼の戦士として半人前だ。姉上がいないとダメなんだ……)
型がまったく違うふたりの剣士が、アリオテスの目の前で死闘を繰り広げている。
だが、その戦いは、終わりが見えない。どちらが先に力尽きたほうが、相手に斬られる運命。
「メンジャル、頼みがある。《グラン・ファランクス》にいる姉上をここに連れてきて欲しい。」
「覇眼の力を合わせるのですね?」
「それしか手がないみたいだ。姉上の部隊は、戦場の遥か先にいる。けど……頼む! もうそれしかない!」
本当はこの場で、アリオテス様をお守りしたいのですが、私の剣では悔しいが奴には敵わない。
駆けつけた仮面の剣士。彼の腕前は、メンジャルも前の戦で承知済みである。
「……できるだけ早く戻ってきます! それまでなんとか、生きてください!」
メンジャルは、他の騎士たちにアリオテスを託して、急ぎ山を下りていく。
「……どうした! 動きが鈍ってるぞ!?」
「んなわけねえだろ? 心理戦を仕掛けているつもりかよ。」
ふたりは、息を合わせたように剣をぶつけ合い、相手の太刀筋をかいくぐって急所を突こうとしている。
だが、どちらも相手に隙を突かせるような愚は犯さない。
「俺の左眼を狙おうとしても無駄だ。こんなところで隻眼になりたくない。」
「けっ。」
「それに、この眼には自己防衛本能が備わってる、いまのようなバレバレな狙いは、身体が自然と防いでしまう。」
(いまのを防ぐとは……)
あのアシュタルの剣の速さに負けず劣らずな鋭さを持つアーサーの剣は、敵ながら見事だった。
剣を交えながらアシュタルの頭には、これまで戦場で戦った敵の姿が何度も浮かんでは、消え去っていた。
戦場では、怖いものはなかった。いまも己の剣に絶対の自信を持っている。
刃を交えれば、何合打ち合えば倒せる相手かは、だいたいわかった。
だが、今回の敵は、すでに10合以上打ち合っているのにまったく勝ち筋が見えない。
(強いな。戦場で多くの敵を屠ってきた剣だ。そしてただ斬っただけじゃねえ。同じくらい多くの人間を救ってきた剣だ)
不思議だった。以前のアシュタルならば、戦場でこのような手合いと相まみえれば――
勝ちたいという意欲が湧き出し、覇眼の作用にも似た闘争心の高揚を得られたものだが。
(平穏な生活に馴染みすぎて、闘争心が失せちまったのかねえ。だが、それもしょうがねえ)
脇で手に汗握り、アシュタルの勝利を願っているアリオテスを一瞥する。
「ルミアのためならともかく、こんな生意気なチビを救うのに力なんて湧いてくるわけねえしな。」
「そりゃあ、どういう意味だよ!?せっかく応援してやってんのに!」
アーサーの剣が、刹那の間隙を衝く。
アシュタルの脇腹に浅くではあったが、アーサーの剣先が突き刺さった。
ほんの数瞬、アシュタルが気を逸らしたその間の出来事だった。
「アシュタル!?
帝国との戦いでは、無敵に近い強さを誇ったアシュタルが、敵の剣を受けて負傷している。
「お前ほどの剣士を殺したくない。頼む、ここは逃げてくれ。」
「敵に背を向けて逃げろってのかよ? 見くびりすぎだ。」
いまの一撃は、偶然に偶然が重なっただけだと、アシュタルは自分に言い聞かせる。
「あっちい。汗が目に入るし……邪魔だ!」
仮面を脱ぎ捨て、素顔を晒す。もう周囲の視線に構っている余裕などなかった。
「この傷は、一度剣を捨てた報いかねえ。どうやら、昔の俺を思い出す必要がありそうだ。」
アシュタルは、剣を構えて腰を低く落とした。
これまでアシュタルが、まともに剣を構えるのを見たことがないアリオテスにとって、その姿は新鮮だった。
ただ、それだけアシュタルが追い詰められているということでもあった。
「こんな戦いでお前のような剣士を斬るのは惜しい。できれば、引いてもらいたかった……。」
左眼が、さらなる光を放つ。それは闇のように暗い輝き。背筋に怖気が走るほどの凶眼。
(あの左眼の輝き……あれは、単なる覇眼じゃねえ。新種の覇眼? いや、そんなもの。聞いたことがねえぞ)
アシュタルは、その眼光に一瞬だけ意識が釘付けになった。
アーサーの剣が迫っている。アシュタルは、剣が風を切る音で、身に危機が迫っていることに気づいた。
(しまった……。意識の外からの一撃――)
もはや避けられないことを悟る。
若いころ戦場で手傷を負ったことは幾度かあった。
斬られた時は、いつも思いもよらないところから刃が飛んできたものだった。
(俺としたことが、本気で腕を鈍らせちまったみてえだな)
(すまねえルミア……。すまねえミツィオラ……どうやら、ここまでみてえだ)
しかし。
刃は、アシュタルの肉体を斬り断つ寸前で静止していた。
その剣を受け止めたのは――
「らしくねえぞ!
俺の親父は、そんななまくらな剣に斬られたのかよ!? そんなわけねえよな!?」