【黒ウィズ】イザーク&ミカエラ編【クリスマス 2018】
開催期間:2018/12/15 |
クリスマスストーリーズ イザーク&ミカエラ編
目次
story1 再会
聖王の執務室では、毎朝ペン先が紙の上を滑る心地よい音が響くのが、常であった。
ところがこの日は、せかせかと忙しない足音が部屋を占有していた。
でも、ミカエラ様は待ち遠しくないんですか? その……お会いするのは久々ですよね?
何の心境の変化かわかりませんが、今年は式典に参加すると言ってきたのは、少し驚きました。
執務室の扉を叩く音がする。ミカエラが促すと、クリネアがその扉を開けた。
如何致シマショウカ?
今日は降誕祭です。戦いも憎しみも罪も、何もかもに赦しが与えられる日です。魔族といえどです。
案内しなさい。挨拶くらいは必要でしょう。魔族といえど。
ペンを置き、立ち上がるミカエラを見て、クリネアは慌てて、天界兵を急きたてる。
***
引き連れてきた軍勢と共に、イザークたちは長々と門が開くのを待っていた。
そのために、術兵から術兵長へ、さらに天使長。
最終的には、聖王本人まで確認に向かっていたとは彼らもさすがに想像していなかった。
よくまあ、こんなところで暮らしていられたな、イザーク。
ようやく、重たい門が音を立てて開き始めた。ゆっくりと隙間から見える懐かしい光景が広がっていく。
そして、懐かしい顔もそこにあった。
降誕祭への参加を許可して頂き、感謝する。
儀礼的な挨拶を重ねるふたりの間に、クリネアが慎ましさを示しつつ入る。
おふたりともつもるお話もおありだと思いますので、お部屋を用意しました。ご案内致します。
連れは主に酒宴の方を楽しみにしている。がっかりさせないでやってくれ。
と、言って、イザークは天使たちの横を通り過ぎていく。
クィントゥスとエストラがそれに続いた。
しばらく進んだところで、イザークが振り返る。
案内がないなら、勝手に使うぞ。
聖王の城をぞろぞろと魔界の兵が闘歩する様は異様であった。
それを見て、天界に生を受けた者なら眉をひそめぬわけがなかった。
マクシエルの背中に声がかかった。
残念ながらミカエラ様ご本人の判断だ。それは尊重しなければなるまい。
story
式典は滞りなく進み、夜には盛大な晩餐が行われた。
クリネアの配慮からミカエラの隣席にはイザークが配置されていた。
しかし、彼らの交わす会話は聖王と魔界の覇権を狙う者という役割から外れることはなかった。
「魔界は騒乱が続くと聞きます。ずいぶんと長いですね。」
「ご心配なく。ようやく戦いを終わらせる目処が立ったところだ。天界は……大きな混乱もないようだな。」
「そう見えますか?」
「表面上はな。しかし、マクシエルを登用しているとは思わなかった。あれは良くない噂があった。」
「ですが有能な人材です。魔界にとっては嫌な相手になるでしょうね。」
「魔族を心の底から蔑んでいる。そういう奴は、たしかに厄介だ。しかし、内側から蝕む毒でもある。」
晩餐の席から興奮の声が上がった。
中央に剣を握った天使が躍り出たのである。天使は剣を振り、体を回転させ、踊り始める。
振るう剣、体の回転の速度は踊りに合わせて上がっていく。
「珍しい余興だな。」
「私もこういう催しがあるとは知りませんでした。」
見ている者は皆、喝采を上げた。
来賓の歓声に飲み込まれ、見逃すところだったが、イザークはその剣の鍔が緩んでいることに気づいた。
振るうたびに緩みが拡大していく。やがてそれはあらぬ方へと刃を飛ばすことになるだろう。
問題は、舞っている天使の力量なら、敵対する魔族の王イザークの胸へと飛ばすのも不可能ではないことだった。
「クィントゥス、あれを何とかしろ。」
「何の話だ?」
ご馳走を頬張るクィントゥスは顔を上げて、イザークを見た。
イザークの視線が目の前の天使の舞に向かっているをの確かめると、クィントゥスは快男児らしい笑いを浮かべた。
「なんだよ。殺気がプンプンしてるじゃねえか。」
「貴公、こういう席での振る舞い方は心得ているだろう?」
「任せとけって。祭りと喧嘩は魔界の華だぜ!」
と、言い捨て、クィントゥスは卓の上に飛び乗った。並み居る天使も踊る天使もポカンと卓上の男を見上げた。
「おいおい。ここは天界だぞ。恥ずかしい奴だな。」
呆れるエストラを気にも留めず、クィントゥスが続けた。
「おい! 踊りなら俺も得意だ。魔界流のヤツを見せてやるぜ!」
卓から飛び降り、ずかずかと歩いて来るクィントゥスに対し応じるように天使は舞を始めた。
振るう剣が風を切り裂き、唸りを上げる。にもかかわらず、クィントゥスは近づいて来る。
この男、馬鹿なのか?
踊る天使はそう思いつつも、恐れを抱き始めていた。
そして切っ先が届く間合いにクィントゥスが入った瞬間、天使は恐れがら彼の額に向けて剣を振り下ろした。
「おらあっ!!!」
砕けた。
のは剣だった。正確にクィントゥスの頭に振り下ろされた剣は、飴細工の如くもろく砕け散った。
「あ……あ……。」
「天界の剣ってのはヤワなんだな。」
頭をさすりながら、クィントゥスは額から垂れる血をなめとる。
その傷はそうしているうちに消えてなくなっていた。
彼の吸血鬼の血が起こした奇跡である。
「魔界ではこういう催しが行われるのですか?」
「魔界のごく一部の地域、主にあの男がいる所でのみ行われる、変わった催しだ。」
会場はざわめきと同時に異様な緊張感が漂い始めていた。
踊り手が腰を抜かしたのを見て、他の天使たちが、殺気混じりの目をして宴席に現れ始めたのだ。
その気配を吹き飛ばすような声が響き渡る。
「面白れえじゃねえかよ、オメエ! どうだ、今度はこのアクサナ様と飲み比べってのは!」
「へえ。喧嘩は禁止だって話だし、そっちで勝負ってわけだな。」
「そうだ。まずは一杯目だな。」
ふたりがなみなみと注がれたジョッキを手に取ると、先ほどまでの緊張感もどこかへ消え、客も天使と魔族の対決に声援を送る。
「アクサナか……。天界ではああいう催しが行われるようになったのか?」
「あれは天界のごく一部の地域、主にアクサナがいる所でのみ行われるものです。」
「はは。そういう地域はどこにでもあるものだ。」
その後――
杯を重ねた数が250を超えた頃、クィントゥスがいままで飲んだ酒と食ったご馳走を不本意ながら食卓に返却した。
このまさかの行為に激怒したクリネアがクィントゥスを殴りつけたところで、この夜、最大の歓声が起こった。
後にも先にもクリネアが激怒したのは、この時をおいて他になかった。
story2 真意
酒宴も終わり、イザークたちは滞在する館のサロンにいた。
イザークたちが天界で降誕祭に参加している最中にも、魔界ではイザークたちと旧主派の貴族たちの戦いは続いていた。
特に、敵対する8大貴族のひとり、血塗れニコラウスことニコラウス・ゴリアルとの戦闘が激化していた。
「難攻不落と呼ばれるだけのことはあるな。」
「四方を山に囲まれるゴリアル卿の要塞に向かうには、狭い峡谷の一本道を突破するしかありません。
しかし、両側の峡谷には敵が控えていますので、通ろうとしても、雨あられのごとく槍や矢が降って来ます。」
「バカ正直に攻めても、被害が増えるだけだ。やはり奴らの背後に回り、兵姑線を断つしかない。」
「無論、ゴリアル卿はそれも想定しているようです。前面からけん制し、我々の動きを封じています。」
「伏兵の可能性もあるので、容易に迂回も出来ん。このままでは兵姑線が間延びしている俺たちの方が不利だ。」
「打つ手なし、ですね。」
「ああ。野蛮人のニコラウスならそう考えているだろうな。
だが……まさか魔界の外から兵が降ってくるとは思わんだろう。」
***
作戦はこの一晩のうちに終わらせるぞ。速度こそがこの作戦の肝だ。
そのために、ここまで来てんだからな。
魔族たちが、いざ出発とばかりに気持ちを高めていたら、サロンに来訪者が現れた。
ミカエラ様のことです。
story
イザーク、貴様も姉の話であろうが、聞く耳を持つな。お前はもう魔王のはずだ。
怒気の混じった声がぐわんっと部屋に響き渡ると、静けさが訪れた。それを、イザークが破る。
納得のいかない表情のまま、エストラがそっぽを向くと、イザークはアクサナたちに話すように促した。
軍の中に、ミカエラ様に反旗を翻そうとする者がいると。
そう考えるのが妥当では?
傍らのクリネアが口を真っ直ぐに結んだのを見て、イザークは話の終わりを悟った。
クィントゥスがボウルに入った水でバシャバシャと洗う音を背中で聞くと、エストラは話を戻した。
兵の大部分はお前に託す。我々の目的には支障はないはずだ。
気に食わないものを片付ける。充分、魔界らしいやり方だと思うが?
言い捨て、エストラは出発の準備を進めた。そこヘクィントゥスが帰ってくる。
ここに残って、イザークと遊んでいろ。
扉が激しく閉まり、思わずクリネアが体を屈める。
お待ちかねのイザークが来てやったと奴らに紹介してくれ。
冗談は止せ、とばかりに手を払い、イザークたちは部屋を出た。
story3 姉と弟
そこは屯所のひとつであった。扉の前に立つクリネアに離れていろ、と指示を送り、イザークが扉を押した。
***
晩餐の後でも執務室に帰り、仕事を続ける。それがミカエラにとっての日常であった。
ペンが滑る音に紛れて、扉の向こうから靴音が聞こえる。
「……?」
靴音は徐々に近づいて来る。その響きから激しく急いたものだとわかる。
「まさか……。」
ミカエラは傍らの短剣を手に取り、扉を睨みつける。
靴音が扉の前で止まる。一拍おいて、扉が激しく押し開けられた。
閲入したイザークが見たのは、考えていた光景とまるで違ったものだった。
***
鎖に繋がれながら。ぞろぞろと歩く兵士たちを見ながら、アクサナが言う。
「上手くいったじゃねえか。」
「私の兵が上手くやった。それだけだ。」
「自ら囮を買って出たミカエラ様の胆力が重要だと思うけどな。」
「……それもある。だが、アクサナ、約束は守ってもらうぞ。
これ以後はこそこそと軍のやることに口を挟むな。その条件でお前の計画に乗ってやったんだ。」
「軍のやること? お前のやることだろう。いいさ、もうミカエラ様に教師は必要なさそうだからな。」
「では、私はミカエラ様に報告する。」
「待て待て、まだ俺の計画は終わってねえんだ。お前が辛気臭い顔を見せて台無しにすんじゃねえよ。」
と、アクサナはマクシエルの肩に手を回して引き留める。
「たまには一杯やろうぜ。」
***
「貴方も騙されてそのまま部屋に帰るのは、胸のつかえがとれないでしょう。
少し話でもしましょう、イザーク。」
ミカエラの提案に、イザークは意外なほどすんなりと従った。
弟の性格を知る彼女ならではの間があったのだろう。
イザークが部屋の椅子に腰を下ろしたのを見て、クリネアは慌てて、それに続こうとするクィントゥスの袖を引いた。
「お、おいっ? なんだよ。」
「私たちは向こうに行きますよ!」
「なんでだよ。」
「どうしてもです!」
強引につっぱねることも出来ず、頭を掻きながらクィントゥスが部屋から押し出される。
最後に一礼してクリネアが出て行くと、部屋が静かになった。静けさがそれを埋めるための声を促した。
「何か話でも?」
もたれかかった肘掛けで頬杖をついて、イザークが言った。視線はどこでもない場所に向けられている。
ふとミカエラが微笑む。その光景にかつての弟の姿を見たからだ。
「貴方は……昔と何も変わっていませんね。成長していないといった方が正しいかも。」
「人を騙すのが上手くなることを成長と呼ぶのか? 親父が聞いたら悲しみそうだ。」
「その口の利き方、貴方らしいわ。とても懐かしい。」
長くふたりを隔てた時を超え、この狭い一室にたったふたりでいる。
数奇な運命が運んだこの瞬間に、ふたりの距離はより親密になる。
懐かしいまだ何者でもなかった頃のように。
ただの似てない双子だった頃に。
「囮になったのか?」
「ええ。そうする必要があったから。」
「姉さんまで危ない真似をする必要はないだろう。」
「認められる王になるためには、聖王が率先して戦わなきゃ。貴方も同じでしょ?」
「俺と同じというのは、無鉄砲と言うんだよ。いまも兵を連れずに天界をうろついている。誉められたことじゃない。」
「昔もそうでしたね。貴方はひとりで出て行った。全然成長してないわね。
でも、いまは楽しそうだったわ。いまはひとりじゃなかった。良い友に出会えたのね。」
「楽しい? 良い友かどうかは別として、まあ、楽しいかもしれないな。」
「今日見たように、私も良き人々と一緒にいる。」
「よかったよ。」
「ええ、私もよかったわ。」
その言葉を交わした時に、夜を使い切ったことが、ふたりにはわかった。
イザークは静かに立ち上がる。
「もう行く。次会う時は戦場かも知れないな、聖王ミカエラ。」
「お互い、それまで生きていることを願いましょう、魔王イザーク。」
扉が音を立てて、イザークの背中を覆い隠すと、再び姉弟は天界と魔界へと別れた。
ほんのわずかな姉弟の邂逅だった。
story
降誕祭の翌朝だろうと、聖王の執務室では、毎朝ペン先が紙の上を滑る心地よい音が響く。
いつも通りミカエラの傍らで紙葉の束を抱えるクリネアが言いにくそうに切り出した。
「ミカエラ様……。イザーク様がご出立されるそうですよ。」
「そうらしいですね。何事もなく送り出すようお願いします。」
視線を上げずに答えるミカエラに、クリネアはさらに切り出す。今度はほとんど呟くようにである。
「お見送りされなくてもいいのですか?」
「私がですか?」
ペンの音が止んだ。
「必要はありません。かつては魔界まで見送りにいったのですよ。少しは楽をさせてください。」
最後に少し微笑んで、再びペン先が滑る音が始まった。
「それにいつまでも姉に見送られたら、弟も恥ずかしがるでしょう。」
***
駐屯地にイザーク到着の報が届いた。
それがアルドベリクの耳に入る頃には、イザークが駐屯地の真ん中を兵が作る壁を穿ちながら進んでいた。
「首尾は?」
「お前たちが遅かったので、すべて片付けさせてもらった。」
「おい、ニコラウスは生きてんだろうな? 俺がぶっとばすって決まってたんだぜ。」
「ニコラウスなら奴の部下が降伏の手土産に持ってきてくれた。」
「おし。さっそく勝負と行くか!」
「残念ながらそれは無理ですよ。彼らはニコラウスの首から上しか持ってこなかったんです。」
「は!? ……ったく、つまんねえ土産よこしやがって。」
「そうか。皆、俺無しでよくやった。」
「おい。お前の部下になった覚えはないぞ。お前に誉められてもうれしくない。」
「俺も部下にした覚えはない。戦友だろう? 違うのか?」
「いまのところは、それでいい。」
「同感だ。」
ロストエデン mark