【黒ウィズ】ルナリィ・ヘレラ
ルナリィ・ヘレラ
ウィズセレ
……どこまでも続く、深く、広く、そして重たい――「黒」。
ルナリイ・ヘレラは今、そんな空間にいる。
自分が止まっているのか、前へと進んでいるのか……それすらもわからない。
彼女は自分の体を見ようとするが、闇よりも暗い光なき『黒』の中で、それは叶うべくもない。
……そもそも私は立っているのだろうか? 座っているのだろうか?
どうやら体の感覚まで、この『黒』は私から奪ってしまうらしい。
――遠くの方で何かが光った。
「……あっ! 母さんのマフラー!?」
彼女は反射的に手を首にやる――。
柔くて、暖かくて、優しい匂いのするマフラーの感触を、しかし彼女は感じることが出来ない。
「待って!」
泳ぐ様に、あがくように、彼女は感覚のない足を必死に前へ動かした――。
次の瞬間、彼女の体が落下する――。
「……っ!」
彼女は長い、長い落下の中で、視界が血の色に染まっていくの感じる。
そして彼女は目覚める。仄暗い森の中で。
「……また……同じ夢……。
大丈夫……。体も、母さんのマフラーも、ちゃんと……ここに、ある。それに……これも……。」
と、彼女は傍らに置かれた魔剣を手にとって立ち上がる。
「……先に、進もう。」
story2
暗く深い森をひとり、ルナリイは行く。
幼い頃に、母を魔物によって奪われた彼女は、その仇を追って旅をしている。
母親だけではない。魔物はルナリイの住んでいた村ごと焼き払い、彼女から全てを奪った。
『……オマエに私を使うだけの決意があるの?』
初めてその魔剣に出会った時、封じられていた“彼女”はルナリイの心にそう問いかけた。
「……私にはもう何もない。ただ、母さんの仇を討つことが出来れば……それでいい……。」
『……私の力を使えば、オマエの願いは叶うだろう。ただし、それには代償が伴う……。
……私を使う度に、オマエは少しづつ人ではなくなっていく……。魔に近づいていく……。
……仇を討つ頃には、オマエ自身がすっかり魔物になっているかもしれない……。
「……構わないわ。」
『……分かった。私がオマエの剣となろう。』
そして彼女は、躊躇なくその魔剣を手にした。
以来、ルナリイは数え切れないほどの魔をその剣で斬ってきた。
そして今夜も――。
story3
「……また、違ったか……。あの魔物は……母さんを奪ったアレは、こんなに弱くない……。」
魔物を切り伏せたルナリイは、そう言って魔剣についた血を払った。
「うぐっ……!」
瞬間、剣を振るった右の腕が疼いた。
魔剣がまた少し、彼女を魔物へ近づけたのだ。
疼きは、彼女の中の『人』と『魔』がせめぎ合う結果として顕れる。
ここまで戦ってこられたのは、間違いなく魔剣のおかげだ。
魔剣の力は圧倒的で、年端もいかぬルナリイは、魔物狩りの名手として名を知られる様になった。
しかし同時に、彼女の中の『魔』は、確実に大きくなり始めていた。
「……次の魔物を……探そう……。」
右腕の疼きを振りきって、ルナリイは歩き出す。
魔剣を携えた彼女の孤独な旅は続く。
母を奪った魔物を討つその日まで……。
あるいは――彼女が魔物と成り果ててしまうその日まで……。