【黒ウィズ】機械と少女 Story
開催期間:2016/08/10 |
目次
story1
「ルツィアちゃん、終わったよー。」
声をかけられ、私は両目を開いた。
錆びついた天井と、薄汚い部屋が視界に入る。
「生まれ変わった気分はどう?
「腕のメンテナンスで、生まれ変わるなんてことはありえません。
付け足していえば、気分は最悪です。この匂いは、いつまでたっても慣れない。
私の言葉に、クルル・オムは、何を言うでもなく頷いた。
「……レトロっていうか、クラシックっていうか、そういうの、流行らないと思うぜ。
相変わらずの仏頂面で、ラス・ウォルシュが吐き捨てた。
彼はクルル・オムに造られた機械で、どことなく不快そうなその目は、特殊な光彩を放っている。
「動けば何だって同じです。こんなものに美醜を問うてどうするのです?
「まあまあ、そう言わずに。サービスでその腕改造しておいたからねー。
私の腕は、彼女の技術により機械化されていた。
無骨な鉄くずの、その端くれを集めたような左腕。
機械文明の発達したこの世界において、まるで時代に逆行するかのように使用された、旧世代の産物と郷楡される真楡のそれである。
「サービス? 改造とは何のことです?
私は左手を握ったり開いたり――その繰り返しをしながら、クルル・オムに訊いた。
「聞いちゃうー?
「ええ、聞いちゃいます。私は改造を頼んだ覚えはありませんから。
「その腕の、前腕部分。筆箱にしておいたよ。
「なッ――!?
「万年筆がなんと3本入ります。はい、万年筆を1本プレゼント。
「あ、あなたは、人の腕になんてことを――!
私はクルル・オムと左腕を見比べたあとで、前腕部分に触れた。
……だが、そこが開くことはなかった。
「ぷぷぷ……。
「くっ……。
人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるクルル・オムを見て、私は歯噛みした。
「ルツィアちゃん、顔真っ赤なんですけどー!
「美醜を問わないと言ったアンタが、筆箱は嫌だってか。
機巧技師の彼女は、こと機械に関しては天棄を持っている。
私の腕……神経経路を人工神経でバイパスし、せき髄に伝達させるよう手術を施したのは、誰あろう彼女であった。
「でもいいの? そんな腕で。ルツィアちゃん、お金はあるんだから、もっとまともな腕にできるのに。
「聞き飽きた言葉です。そもそも、このローグスティツでのまとも、とはいったい何を指しているのですか。
クルル・オムは、私の言葉を無視して続ける。
「その金属は、人にとって馴染みが悪いんだよ。真鍮がってことじゃなくってね。
機械技術が加速度的に進化した弊害で、古いものは切り捨てようという動きがあったんだ。
だからそのテクノロジーは、失われつつあるの。これ、どういう意味かわかる?
「ええ。騙し騙し修理を加える程度では、いずれ追いつけぬほどにこの腕が疲弊するということでし
失われつつある、というクルル・オムの言葉には、幾分かの語弊があった。
真鍮を使った金属的な技術はともかく、人間に使用する技術は既に失われている。
クルル・オムを除けば、このローグステイツで私の腕をメンテナンスできる人間はいない。
「旧世代の技術は、人を食べるよ。
「肝に銘じておきます。ですが、それはいらぬ心配です。
私は短く返答し、機械の腕をさすった。
クルル・オムに頼めば、もっと上手くやれる。そんなことはわかりきっている。
蒸気機関を駆動力とする街並みとは対照的に、人に対する機械化、生み出された機械技術は、神の御業と呼べるほどに洗練されていた。
「なんせ、人と見分けがつかない機械がいる時代だ。
そうだ。人工皮膚で覆った、擬似的な神経と骨、筋肉を形成することなど、クルル・オムにとってそう難しくないだろう。
「あたしとしては、そんな腕を捨ててほしいなー。いずれ馴染まなくなって、体が腐敗、侵食されて、それで立ち上がることもままならなくなるよ。
神経を作ったから、痛覚もあるしねー。そんなの欲しがる人、ルツィアちゃんぐらいだよ。
「……それでいいのです。やがて死ぬ、その際まで、私が人でいられるのならそれでいいのです。
「やだね、こじらせた奴は。
「こら、そーゆーこと言わない。
「最期まで人間でいたいだって? 馬鹿言うなよ。全身を機械化したって、人は人だ。そういう風にできてる。おれたちとは違う。
「もう! それ以上ルツィアちゃんと喧嘩するなら、夕食抜きか、手の爪を一枚一枚剥いでいくよ!!
「いやちょっと待て。後者は完全に拷問じゃねえか。
「代金はここに置いておきます。また後日。
ラス・ウォルシュのあたりがきついのは、今に始まったことではない。
互いに無駄な時間を使う前に、切り上げてしまったほうがずっといい。
そうして私はクルル・オムの店を後にした。
「鉄くずは、きらいだ。
ギシリ、ギシリ、と腕が軋む。
私は機械の腕をさすりながら、ゆっくりと横になった。
この機械が与えてくれる痛みは、私が退役してからしばらくして、ようやく味わった感覚だったように思う。
薄汚れた地下。そこが私の寝床だった。
街外れのここは、ほとんど人が近寄らない。ほんの少し前まで、戦場だったからだ。
屍肉が転がり、打ち捨てられた機械類が積み重ねられている……。
だからこそ、誰かが近づけばすぐにわかるし、逃走経路を作っているから、ここを離れるのは容易だ。
軍を退役してからは、何も考えることなく、日々を無為に過ごしている。
戦うことをやめただけで、私はこんなにも空っぽになってしまった。
そういう無頓着な自分を戒めるたび、父の顔が脳裏をよぎる。
私が生まれる前から機械兵との争いは続いていて、特別な恨みや憎しみはなかったけれど、私の役目はそこで戦うことだと父に教わった。
言われるがまま私は軍人となり、そして『彼ら』と戦うこととなった。
血と硝煙と屍肉が転がる違和感だらけの場所で、私は私を作り上げていった――。
そして軍を出て、初めて気づく。私は思いのほか、自分で選択というものができなかったのだ、と。
過去を振り返っても、血なまぐさい鉄くずの場所と、倒れていく仲間や敵の群れしか思い出せない。
私は、そういう人間だった。
「鉄くずは、きらいだ……。
story2 ローグステイツの日常
「ちィッ――!!
ちょうど6発目を撃ち込んだ私は、迫り来る気配から逃れるため、裏路地に逃げ込んだ。
「ああ、もう……面倒だ……ッ!!
空薬莢を全て詰め替えて、私は大きく息を吐いた。
「見つけた」「あそこにいる」「集まれ」「撃て」「生死は問わん」
機械どもの声が聞こえてくる。
「くそッ!!
私は腰のホルスターに銃を収めて、建物を見上げた。
「……ここは、撒くほかないか。
私は瓦磯の山を蹴り上げ、建物――その壁の欠けに手をかけて、力任せに体を持ち上げた。
そのまま壁を登り切って、屋上に到達する。
逃げるだけであれば、そう難しくはない。
「相も変わらず、雑多な街だ。
……迂関だった。
メンテナンスのあとは、深い眠りに落ちてしまう。そのことを私は失念していた。
クルル・オムと出会ったときのことを夢見てしまったせいで、いまいち意識がはっきりしなかった。
重装機械兵の襲撃を受けるとは――いや、正直、身に覚えがありすぎて、なんとも言いがたいところだ。
「しかし機巧刀の代用がほしいとは言いましたが、いったいなんてものを寄越してきたのですか、クルル・オム……。
クルル・オムに渡されたリボルバーは、彼らの首から上を吹き飛ばすほどの凄まじい威力だった。
「見た目は一回り大きいリボルバーという体ですが、とんでもなく抑猛な獣を飼っているようですね。
代償として、自給自足がききませんが……。
特製の弾薬、雷管は、クルル・オムにあつらえてもらうしかない。
そもそもなんだ、この銃のサイズ感は。高威力のためとはいえ、これじゃ鋼鉄の塊だ。人間が使用することを意図していない。
無論、この左腕にも強烈な負荷がかかる。むしろ機械腕でなければ耐えきれず、一発で“壊れてしまっていただろう”。
……彼女の趣味の産物、か。
「アンタ、そんな荒っぽい日常を送ってるのか。どうかしてるぜ、そういうのはさ。
「――――ッ!?
背後から声をかけられ、私は振り向きざまに銃を向けた。
銃口は寸分の狂いなく、数歩先の男――ラス・ウォルシュの額を捉えている。
「お、おいおい……。
ラス・ウォルシュは、驚いた表情を浮かべたまま両手をそっと上げた。
「おれだよ。ラス・ウォルシュ。アンタの、あー……なんだ? 知り合いだ。
「……何故、ここにいるのですか?
「アンタが見えたから何してんのかって思ってさ。そしたら街中でドンバチ始めたもんだから……。ここには普通に登ってきた。階段で。
「私といるとあなたの命が危うい。今すぐここを離れることを勧めます。
それに自身の主の傍にいなくていいのですか?
「あいつは主じゃねえし、おれは従者じゃない。あいつはあいつ。おれはおれだ。
私はひとつ頷いて、建物直下の敵を覗く。
「ふむ。
「気づかれるのも時間の問題です。直下のあれを潰して逃げますが、あなたは?
「ここに残るって言ったら、イカれじゃないか。ついていくよ、当然だろ。
「結構。では飛んでください。
「いや待て、おれに飛行機能はないが!?
「なにを馬鹿なことを。あの連中とは、反対側に飛び降りるのです。
「ばばば馬鹿はおまえだ! 何言ってんだ飛び降りたら骨とか折れるわ!
いやまあ、人体形成の骨格はともかく骨はないけどな、機械だし。どうだ? 新しい機械ジョーク。
「いいから飛んでください。折れないと思えば折れません、そんなものです。
そう言って私は、ラス・ウォルシュの背を蹴り飛ばした。
「ちょ――マジふざけんな。なんだその根性論はあああああああああああ!!
落下したラス・ウォルシュを見届けたあとで、私はひとつ息を吐いた。
さて、邪魔者を潰して私も逃げるとしよう。
「ぎゃー!!
ラス・ウォルシュを引きずって、店に入った瞬間、クルル・オムの絶叫が轟いた。
「なにそれなにそれなにそれええぇ!?
「喚かないでください。さすがに私も堪えているんです。
逃げる際にあの場所から持ち出したリボルバーは、あっさり弾切れになってしまった。
もとより私は、うまいタチではない。
ファニング撃ちで迎えうつなんて芸当も、私の腕ではたかが知れているし、仕方ないので、あとは正面から“斬り捨てた”。
「あの程度なら、逃げるまでもなかったですね。
「腕、曲がってますけど。
「ええ、掴まれた際にへし折られました。
「へし折られたんですね。
「重装機械兵との近接格闘経験はありましたが、殴り飛ばされましたから、左腕だけではなく、骨も少しやられたかもしれません。
「はあ、骨も。それは災難でしたね。
クルル・オムが私とは目を合わせず、―度、二度と首を縦に振った。
「信じられねえ……。この女、おれのこと屋上から蹴落としやがった。ゴミ溜めがなけりゃおれは死んでた!!!
「あの程度の高さで死ぬことはありえません。逃げることを優先するのなら、飛び降りるのが賢明だった、それだけのことです。
「生憎、機械とはいえ、複雑な心ってのがおれにはある! てめえと違って悩みもするし怯えもするんだ!
「うわ一絶望的にかっこ悪いせりふだー。
「私にも悩みぐらいはあります。
口にはしないだけだ。
何度も何度も自問を繰り返し、それで諦めかけた大きな悩みがある。
「それであたしは何をすればいいのでしょう。
「ええ、この左腕の修理と、弾を用意してください。
「なるほど。昨日メンテナンスしたばかりの腕。痛くないのでしょうか。
「言うまでもありません。とてつもない激痛だ。
「うーん……でも銃弾はなあ。仕様の関係で量産ができないんだよねー。
毎日夜なべをして、弾作るのも結構手間だし。
「咄嵯に持ち出したのが2挺とその刀か。アンタ、戦争癖が抜けてないんじゃねえの?
それにあの兵士から逃げたときの動き……。動かなけりや鈍る人間にしては、あまりにもできたもんだったぜ。
アンタ、鈍らないように鍛えてたりするのか?
「それはあなたの目に狂いがあるだけです。そんなことはとうの昔にやめてしまいましたから。
「武器の管理維持はしっかりしてるのにねー。
「それぐらいしかやることかありませんから。
機巧刀――この〈兵器〉には、一際注意を払って手入れをしている。
「おいこっちに向けるな。怖いから。
「それも見てあげよっかー? 十徳ナイフみたいにしてあげるよー?
「なんだそれかっこいいな。
「他人に持たせるつもりはありません。クルル・オム、特にあなたには渡せない。
「ほしいなー!!! ほしいなああああ!!
旧型機巧兵器――既に失われた力を指して〈エルダー〉。
世界に僅かしか残されていない過去の産物を、クルル・オムは欲しがった。
「どうせそんな使ってないでしょ? あんまりいらないでしょ? あたし使うよ。すごく使う。だからそれよこせ。
「お断りします。
「くっ、強情な……ラスやっておしまい!
「無理だ。やられる。……っていうかおれは1回やられてんだ。この女に。完膚なきまでにボコボコに。
「ぷぷ……ラス、足引きちぎられそうになってたんですけどー!
「笑い事じゃねえだろ馬鹿! 強盗とか侵入者とかその類だと思ったんだ! 結果どうだ? ボッコボコだぞ、ボッコボコ!
初めてクルル・オムに出会ったあの日、腕を取りつけてもらったあとで、私はラス・ウォルシュの襲撃を受けた。
こちらも十分、相手がそういう類だと思っていた。だから徹底的にやってしまった。
「エルダーはまあ、この国にもうひとつあるし。そっちもあたしがもらうとして。とりあえず腕、直そっか?
「ええ、お願いします。それとエルダーについては注意したほうがいい。口にするだけで国に追われる可能性がある。
story3 追走、街を越えて
私は走っていた。自動車という乗り物を追っているからだ。
クルル・オムから受け取った回転式拳銃が収納されたガンベルトに触れ、溜め息をついた。
「……ふぅ、無駄に入り組みすぎだ、この街は。
……それにしても、クルル・オムの刻印。銃に名を印すのはよくありますが、これは……。
デフォルメされた何かしらの動物だろうか。
「彼女の変態趣味にも困ったものですが、まさか昨日の今日でさらわれるとは。
やはりこの機巧刀は渡せない。あまりにも危険だ。
旧型機巧兵器エルダー。この脅威は未だ世に根付いている。
粗製濫造された紛い物が出回ったこともあったが、法のもと全てが回収され、製造者は処刑されたと聞く。
「これを見せたのは、失敗でしたね。
機巧刀に触れて、嘆息する。
「先回りすることにしましょう。ラス・ウォルシュ、ついてきてください。
人混みが目立つ表通りでは駄目だ。私は裏にまわり、いつかのように建物に登った。
そのまま2、3、4――と建造物を越え、そこで立ち止まった。
高いところは、視認性が上がる。
「ショットガンをください。
後を追ってきたラス・ウォルシュから、私はショットガンを受け取った。
「ああ……いや、待て。ライフルじゃないのか?
「よく見える――あれは文字通りのならず者のようですね。
徐々に有効射程に近づいてくる彼らを、しかし私は冷静に構え、見据えていた。
「お、おい早くしないとアイツら――。
「もう少し。あと少し。
相手は自動車なんだぞ。知ってるか自動車! 近づくのも速ければ、遠ざかるのもー瞬だ!
「まだー―もう少し。
一瞬で離れる、などということはない。こちらはゆっくり構えていられる立場だ。
それに――狙いを定める必要もないほど、アレはデカブツである。
(――来た)
大きな的をめがけ、私はラピッドファイアで散弾を撃ち込む。
「うわああああ!? 何してんだおまええええ!! クルル! あの車にクルル乗ってんだぞおお!?
次々にゴム製のタイヤを狙い撃つ。
いくつもの戦場を渡り歩いてきた。だが、こうまで気楽な、そういう射撃は初めての経験であった。
私は、煙をあげる直下に目を向けた。住民が群がってきているが、これはちょうどいい。
「すんげえ勢いで建物に激突したように見えるが、果たしてクルルは生きているのでしょうか。
「問題ありません。死なないと思えば死なない。私はこうして生きています。それが証拠です。
「たまに見せるアンタの根性論、マジでやめろよ。
「陰気な顔をしてる君に、あたしが魔法をかけてあげる。
敗残兵となり居場所を失った私に対して、彼女はそう声をかけてきた。
戦場の英雄と呼ばれた過去を引きずり、人間としての緑を失い、辿り着いたローグステイツ。
「なんでも好きなものをひとつあげるよ。さあ、ほしいものを言ってみて。
「見ての通り、私は生きる上で最低限の機能を備えています。だからほしいものは、なにひとつありません。
「あ一、この腕、もうダメになってるね。この痕は刀傷かなー? 焼かれて、腐ってきているねー。
「触れないでください。どこの変態ですか、あなたは。
「失敬な!
「でもまあ、腕がほしいってことでいいのかなー? その刀傷。電磁式の剣、刀、そのあたりだね?自分で焼いたのかな一?
そのままじゃ人でいることも辛くなるぐらい、痛み、腐臭……そういったものがどんどん募っていくよ。
ほら、助けてほしくなったでしょ?
私は嘆息してかぶりを振った。彼女もまた、ローグスティツの住人である、そう思ったからにほかならない。
難癖をつけて金をむしろうという、シンプルな理由ではないことが、最もタチが悪い。
前者は大抵、力で追い払えるが、後者は暴力で説得を試みるのが困難だからだ。
けれど――そのときの私は、自暴自棄だった。隊を壊滅させた愚かさを呪い、死ぬのなら、早く死にたいとさえ思っていた。
「では、私の腕をひとつあつらえてください。できるだけ安くて、痛みのあるものがいい。
ただし、失敗したらあなたを殺します。
「なにー。
「私はこの体を、見知らぬあなたに差し出すのです。当然、あなたもリスクを背負うべきでしょう。
「ガンオイルに濡れた、この薬莢と同じ真鍮がいい。私の左腕は、真鍮を使ったものにしてください。
「なるほどなるほど。こんなものを使った銃を持ってるってことは、要するに軍人さん? そうなんだよね?
「今は違います。
「軍人さんなんて、あたしは運がいいなー!
「ですから、元です。今は違います。
「どっちでもいいよ! 軍人さんなら知ってるかもしれないし!
「……何をですか?
「旧型機巧兵器エルダー。ねえ軍人さん、これ聞いたことある?
***
「わひゃーい目が回るううう……。あひゃひゃひゃひゃ……。
うひゃひゃルツィアちゃんだー。さすがガンスリンガー。あたしのナイト様だ一。うひゃひゃちゅーしてあげよっかー。
「やめてください。だいたいガンスリンガーなのかナイトなのか、はっきりー―ちょっと抱きつかないでください。
クルル・オムを見つけました。生きています。しかしその、狂ってしまったかもしれません。叩けば直るかもしれませんが、加減が難しい。
「お願い叩かないであげて。それと狂っていたとしたら犯人はアンタだ……。
「いたぞ撃て。機巧技師の女は殺すな!
まだ煙で視界が覆われているここに、銃声とともに4人分の足音が聞こえてくる。
「あなたの主人は預けます。今すぐ遠ざかってください。
私はクルル・オムをラス・ウォルシュに投げ渡し、激突の衝撃で意識を失った兵を蹴り上げた。
「近くにいる兵は4人。ただ増援があるかもしれない。アンタも早く逃げるんだ。
銃弾を防ぐ盾として機能させた後、先陣をきって飛び込んできた機械兵にナイフを突き立て、即座に無力化する。
彼が携行していたサブマシンガンを奪い取り、突入してきた残り3人の兵も撃ち抜いた。
「クルル・オムは無事でしょうか。
街は酷い騒ぎになっている。それはもちろん狙い通りだった。
あとは、騒ぎに乗じたクルル・オムとラス・ウォルシュが逃げる時間を稼ぐだけ。
銃声がやまない。上手く逃げられているだろうか。
「…………。
いや――待て。
何故、銃声がやまない? 兵は無力化したし、増援が来るにしても早過ぎる。
私はホルスターから銃を抜き、転がるようにして飛び出した。
「――ッ!?
私の眼に飛び込んできたのは、弾雨にさらされ、全身を貫かれたラス・ウォルシュの倒れ伏す姿だった。