【黒ウィズ】ザ・ゴールデン2017 アリス&エリカ編 Story2
最終話



アムドは黙って様子を見ている。



アムドは黙って様子を見ている。



マターとバズミイは言葉を交わし、仕事に向かった。アムドは黙って様子を見ている。
どうやら、存在を認識されていないようだ。いつもと同じ態度なのは、アムドだけ。

しかし、アムドは工具箱を持って立ち去った。別に見えていたわけではないらしい。
アムドについていき、整備班に合流したが、誰もエリカに気づくものはいなかった。
ならば、とエリカはアリスの部屋に忍び込む。

ベッドサイドには、ポプリが置かれていた。

代休をもらったアリスはぐっすりと眠っている。

エリカはアリスの布団の中に潜り込み、力いっぱい暴れまわる。しかし、アリスに触れることができない。

いくら声を張り上げても、アリスが起きる気配はない。
部屋を散らかして暇をつぶそうと思い、クローゼットからアリスの服を引っ張り出そうとするが、触れることができない。
机の上に置いてある日記帳の1ページでもなんとかめくれないか、格闘していると、アリスが目を覚ます。
ポプリの入った小瓶に触れようとじたばたしていると、アリスが小瓶に顔を近づけ、ポプリの匂いを嗅ぐ。


アリスの鼻先が、エリカに触れそうになる――が、触れ合うことはない。

エリカは自らが導き出した恐ろしい仮説が、真実であるように思えた。
自分はアリスの黒い部分の塊だ。
そんな黒い自分である。いい子になるというのは、自らの存在を否定することではないのか。
黒さを消した結果、存在が消えかけているのではないか。
先日は夜中のキッチンに忍び込み、久しぶりにいたずらをやろうと思った。
しかし、エリカ渾身、真夜中の砂糖たっぷりケーキのいたずらは不発に終わった。
アリスに感謝されてしまった。
そして、あろうことか、疲れているアリスが笑顔になって、よかったと思ってしまった。
上辺だけのいい子でなく、心までいい子になってしまったのが致命的だったのかもしれない。
それから調子が悪くなり、しばらく寝込んだ。
そして、久しぶりに起きだしてみれば、誰にも気づかれない始末だ。
なにか悪いことをして存在感を回復せねば。
しかし、誰にも気づかれないし、声も届かない。
日記の1ページもめくれなければ、乾燥した花びらの一片にさえ触れられない。

story3-2



ポプリの花びらに、灰色の綿ボコリのようなものが混ざっていた。





もう、それでもいいから出てきてほしかった。

悪い勘はよく当たる。だからこそ、アリスは焦っていた。
悪だくみなんかよりもずっと悪い、最悪の事態をちらりと思い浮かべてしまったのだ。


ミュウに手を握りしめられる。きっとひどい顔をしていたのだろう。

――怖かった。
まさかとは思うが、そのまさかが起こるようなことをエリカがしでかしたのかもしれない。
エリカはなにか悪いことをして、女神様たちに消されてしまったのではないか。
「そんなわけ……ないよね。」
嫌なことを先送りにしてどうする。
時間が解決してくれる問題でないことくらい、時詠み師でなくてもわかるだろうに。
アリスは自分を叱咤して、三女神のところへ向かい、事情を説明する。


努めて明るくしゃべってみたが、自分でもわかるくらいに顔が引きつっている。

ルドルフが作った〈バグ〉検知機を使ってもエリカを見つけることはできなかったが、現在の時を管理するセリーヌなら――


ステイシーが未来を見てくれているようだがー―



押し黙っていたイレーナが、ゆっくり口を開く。

エリカはアリスの黒い部分として存在してきました。
生まれた経緯が、経緯です。改心などないものと思っていました。
本来は、考えられないことなのです。エリカの本質を考えれば、改心など………。
うつむくイレーナに、女神らしい威厳は見られない。

三女神様は過去、現在、未来のすべてがわかる。でも、時詠みのこととエリカのことは、私のほうが、詳しいですから!
エリカはきっと、どこかに隠れているだけです。ごめんなさい、お手数をおかけしました!
アリスはにっこり笑い、三女神の前から立ち去った。
きっとただのいたずらだ。そうに決まってる。
もしかしたら、さびしくなってこちらが泣き出すのを待っているのかもしれない。
いかにもエリカらしいやり口だ。
「エリカ、いるんならさっさと出てきなさいよ。今出てきたら、―緒に遊んであげるから。
かくれんぼがいい?それとも、一緒にお菓子作りなんてどう?
あ、そうそう。この前、エリカに似合いそうな可愛いリボンを見つけたの。」
物音ひとつしない。
エリカはなかなか強情みたいだ。ならばこちらが大人になるべきだろう。
泣けばエリカが満足して出てくるなら、そうしてあげようではないか。
「うわーん。エリカがいなくてさびしいよー。」
泣いたらエリカが出ると踏んだくせに、嘘泣きしかできなかった。
泣くのは我慢しなくちゃ。アリスは歯を食いしばる。
だって、本当に泣いたら、…………エリカが消えたと認めたみたいじゃないか。
「……早く出てきてよ。」
ぼそりとつぶやいた直後、部屋のドアがノックされる。
「エリカ!?」
「……アリスちゃん? 私、ユッカだけど。」
エリカがノックなんてするはずない。


アリスは布団の中に潜って、ぎゅっと目を閉じた。
story3-3
時詠みの仕事には出た。
その間のティータイムは欠席した。5回も休んだ。
たとえ仕事きっちりやったとしても、ティータイムを欠席するのは、時計塔においては非常によからぬことだった。
だからなんだとばかりに欠席を続けていたアリスだったが、観念してティータイム顔を出すことにした。
これ以上、ユッカやミュウに心配をかけるわけにはいかない。
うまく笑える自信はないけど、いつまでも、部屋にこもっているよりはマシだと思う。
久しぶりのティールームは、とても賑やかで少し緊張した。
大皿の上には、いろんな焼き菓子が盛られている。

小気味良い食感が懐かしい。少しだけ、元気になる。
続いて、小さなマドレーヌを熱い紅茶に浸して食べる。
甘くて優しい香りが鼻を抜ける。
ふと、エリカの記憶が鮮やかによみがえる。
いつかの晩の、エリカのいたずら。びたびたのマドレーヌ。
あれからエリカは大騒動を起こして、みんなに迷惑をかけて、女神様に叱ってもらって、瞬く間にいい子になって、消え去ってしまった。
それが呼び水となり、エリカの記憶で胸がいっぱいになる。
初めて会った時から憎まれ口を叩いて、可愛くないと思った。
皮肉っぽい笑顔がいじわるそうで、どうしてか表情のない人形までそんな顔をしているように見えた。
知れば知るほど嫌いになるのに、どこか懐かしい感じがして放っておけなかった。
こんなへそまがりとずっと一緒だなんてうんざりする一一そう思っていたのに、勝手にいなくなってしまった。

頬を伝って、涙がティーカップにぽたりと落ちる。
ついに泣いてしまった。ずっと我慢してたのに。

みんなもそれでいいでしょ?ちょっとくらいエリカがいたずらしても許してくれるでしょ?
ティールームにアリスの声が響き渡ったあと、しんと静まり返る。

誰かエリカを連れてきて!今すぐここに連れてきて!私の大事なエリカなんだから!
感情にまかせて泣きわめいていると、不意に口を塞がれる。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
いや、一瞬どころか、目の前で何が起きたのか、いつまでたっても理解できない。
突如現れたエリカに、口の中にマドレーヌを詰め込まれた。


アリスは悪い子です。エリカがいないといい子にしていられないのですか?

エリカはぴんと人差し指を立て、アリスの胸元を指す。

とエリカは体感から推測します。
口にマドレーヌを突っ込まれたまま呆然としていたアリスは、エリカを抱きしめる。
エリカの存在を確かめるように、強く抱く。
女の子の姿をしたエリカを抱きしめたのは初めてだけど、この子は確かにエリカだとアリスは確信する。





イレーナがゆっくりと口を開いた。




あなたのためにこんなに涙を流してくれるアリスを残していなくなれますか。

アリスは甘える子どものように、エリカの腕にすがりつく。

悪い子である自分を否定していい子になっても、アリスを想う気持ちが存在をつなぎとめるでしょう。






アムドはティーポットを持って様子を見ている。
アリスがエリカの頬の涙をぬぐう。

エリカはごしごしと乱暴に目元をぬぐったあと、人形の姿になる。








ヴァイオレッタはふわふわと宙を漂うエリカに銃を向ける。
―――
――その日のティータイムは、紅茶とお菓子の香りに混じって硝煙の匂いが漂ったという。
そんな物騒な匂いさえ、アリスにとっては今日という大切な日を彩る素敵な記憶の一部となるのだった。
― アリス&エリカ編 ザ・ゴールデン2017 ―

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