【白猫】月に叢雲、花に風 Story
2014/10/17
目次
story1 娘一人に婿八人
お~い、カゲツや~い。
ったくも~、どこにいるのかしら!
この山、あまり人の手が入ってないみたいね。こんなところで修行をするなんて、大変……
きゃあっ!?
<突然、アイリスが地面に埋まった。>
ア、アイリスぅ~!だいじょうぶ!??どうしたの!?
ん、っしょ……平気よ、キャトラ。ただの落とし穴だから。
ならいいけど……って、なんで落とし穴があるのよ!
ごめん!だいじょうぶかい!?
<ガサッ、と音がしたかと思うと、木の上からカゲツが降ってきた。>
カゲツ!?
君たち、どうしてこんなところに?
アンタが山ごもりの修行をしてくるっていなくなってから、あんまり時間が経ったもんだから、心配になって見にきたのよ~!
そしたら、見ての通り、落とし穴にはまっちゃいまして……
そうだったのか……ごめん、それを作ったのは僕なんだ。
<アイリスを落とし穴から引っ張り上げながら、カゲツは、ばつの悪そうな表情をする。>
カゲツが……落とし穴を?いったいなんでぇ~!?
実は……どういうわけか、『この山に美女が住んでいる』ってウワサが立って、大勢の求婚者が押し寄せてきていてね……
どういうわけかも何も、誰かが修行中のアンタを見かけたんでしょ。
それで誰かが一目ぼれして、『美女がいる』ってウワサがすぐに広まってしまったのね。
うぐっ……そういうのがイヤだから、男らしくなるため山ごもりをしようと思ったのに……
とにかく、僕も困ってるんだ。押し寄せる求婚者は罠で撃退しているけど、このままじゃ下山もままならなくて……
はぁ……しょ~がないわねぇ~。アタシたちが手伝ってあげるわよ!
本当かい!?……だけど、どうやって?
ふっふ~ん。アタシにまっかせなさ~い!
story2 兵は神速を貴ぶ
すごいな……不思議なくらい、求婚者が出ない。
ちょ~っと魔物の出やすい下山ルートだからね~。
求婚者の方々には危険だけど、私たちならだいじょうぶ、ってことね。
いや、それでも油断はできない。彼らは僕がどんなに罠を設置しても次々とそれを潜り抜けてきたんだ。
必死ねぇ……美人って罪だわ~。
ひどい侮辱だよ!僕は男だって言ってるのに、話を聞いてくれないんだ!
昔からそうなんだ……まず間違いなく女性だと思われて、男だって信じてもらえない。
最初から僕を女扱いしなかったのは幼なじみの男友達くらいだよ……
それは……その……大変そうですね……
そうなんだよ……どんなに弓の腕を上げても、外見だけであなどられるし……
――いや。
そんな弱音を吐いているから、いけないんだ。精進を重ね、誰もが認めてくれるような武人として成長すれば――
精進を重ねようとした結果、こーして求婚者に追われてるわけだけど。
うぅ……精進が足りないだけだって思いたい……
でも、本当に出てこないね……2、3人くらいは追ってくるかと思っていたんだけど。
あー、それはね。念には念を入れて、オトリを使っておいたから。
オトリ?
! いたぞ! 美人だ!結婚してくれー!!
あンら……
元気のいい坊やたちねぇ~♪かわいかってあげたくなっちゃう♪
…………
ギャーーーー!
story3 山高きがゆえに貴からず
あと一息ね!
うん!ありがとう、みんな。これで無事に下山でき――
……あれは!
<山道の途中で、求婚者らしき男が、大きな魔獣に襲われている!>
ひ、ひぃぃいぃい~!!
危ないッ!
<カゲツは即座に矢をつがえ、きりりと引き絞り――>
……ゆけッ!!
<気合の声とともに、びょうッ、と一矢を放つ!
空を裂く矢は、魔獣の目の前の地面に突き刺さった!
驚いた魔獣は、あわてて逃げ出していく……>
――ふうっ。
お見事!あいかわらず、いい腕前してるわね~!
このくらい大したことじゃないよ。弓士を名乗るなら、できて当たり前さ。
<微笑するカゲツ。形のよい唇が、闇夜を照らす三日月のごとく、やわらかくあでやかに開かれる――
その風姿に、助けられた求婚者が打ち震えた。>
美しい……
げ。
うおおおおお美しいぃぃぃー!ケッコンしてくれえぇぇぇー!!
うわああぁああーっ!だ、だから僕は男だってばぁーっ!
<怒とうの勢いで、必死に山道を駆け下りていくカゲツ。その姿すら美しい……>
……ひょっとして、修行すればするほど美しくなるんじゃないかしら。
カゲツさんの修行講座を開いたら、お客さん、いっぱい来るかもね。
全員男ってオチな気がする。
story4 光陰矢の如し
いないな……?いないな・……!?
<カゲツは、一分のスキもない動きで周囲の気配を探っている。>
そんな心配しなくてもさ~。例の求婚者たちは、とっくにとっか行っちゃったってば。
だといいんだけど……
それで、カゲツさん。忘れ物って、もっと登ったところにあるんですか?
ああ、うん。そうなんだ。山の上の方にこもっていたから、あるとしたらそのへんのはずだよ。
わざわざ取りに行くってことは、大事なものなの?
まあね。思い出の品なんだ。
師匠のもとで弓を学んでいたときに、幼なじみがくれてね……
ああ――あの、男友達の。
そう。
小さい頃から、僕は初めて会う人みんなに女だと思われていて、それが嫌でたまらなかった……
でも、あいつだけが違ったんだ。
泥だらけになって山を登ったりチャンバラごっこをしたり……そういう、男の子らしい遊びをさんざんいっしょにやったものさ。
親友だったんですね。
うん。しばらく会っていないけど、あいつはあいつで、今もがんばっていると思う。
いつかまた、胸を張ってあいつに会えるように……僕も、もっとがんばらないと……!
最終話 知らぬは亭主ばかりなり
このへんかな……あった!
<カゲツは、古びた小さな矢を拾い上げる。>
それ、矢?
うん。<破魔矢>って言ってね。魔を祓う力があるんだ。
幼なじみは、陰陽術っていう、ちょっと特殊な魔法を使えたから、それでこれを作ってくれたんだよ。
なるほどね~。
……って、ん?
<まじまじと破魔矢を見つめたキャトラが、ちょいちょい、とこちらの袖を引いてくる。>
?
<キャトラが視線で示すところ――破魔矢の柄の隅の方を見ると、何かの消えかかった跡がある。
傘のようなマークだ。その下に、カゲツと、かすれて読めないが誰かの名前がある。>
(聞いたことがあるわ…… 東の島には、<アイアイガサ>っておまじないがあるって。
傘のマークの下に名前を書くと、そのカップルは結ばれるとか なんとか……!)
(え? じゃあ、これって……その幼なじみの人が?)
どうしたんだい、みんな?こそこそと、なんの相談?
え、え~っと……ねえ、カゲツ。その幼なじみって。アンタのこと、最初っから男だってわかってた、って話よね?
え?うん。そうだよ。
あいつと出会った当初は、セミのぬけがらを投げつけられたり背中にクモを入れられたり、いろいろされてね。
うれしかったなぁ。いかにも男の子同士のやりそうな遊びって感じだろ?
(これは、男の子が女の子の気を 引こうとしてわざと相手の嫌がるイタズラをするパターン……!)
(それをカゲツさんは、男の子扱いされたと勘違いしちゃったのね……!)
(でも、この破魔矢に残っている マークを考えると、相手が 勘違いしてるのは明白……!)
(そして、2人は誤解の解けないまま別れてしまった……なんて悲しい運命……!!)
……どうしたのさ、2人とも。
ねえ、主人公。僕、なにか変なこと言ったかな?