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その光は淡く碧く 最終章 Story【黒猫のウィズ】

最終更新日時 :

白猫ストーリー

黒猫ストーリー


2017/00/00

目次


Story1 乗り越える過去

Story2 継承戦争の真実

最終話 照らす善き光



主な登場人物






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story1 乗り越える過去



生きているものたちは、栄誉と利益を求めて暴走する。

その果てに生じるのは、新しい憎しみの芽生えである。

そして、憎しみは仇となり、平時に乱が巻き起こる元凶となる。


「レグア家は大公に封ぜられたのち、何代にも渡って、その地位を受け継いできた実力者たちです。

その主であるサクシード公が、牢に繋がれるなど、彼らにとって看過できる事態ではないでしょうね。」

「仰るとおりです。」


サクシード・レグアの反乱は失敗に終わった。

皇帝の“剣”であるテオドールを陥れ、シャロンの力を削ぎ落とし――

そして、サクシード自身が、皇帝の服に就くという目論みは、あえなく崩れ去った。


「レグア家は、うちとは比べものにならないほどの歴史を持ち、実力も兼ね備えています。

彼らが本気になって反旗を翻せば、20年前の継承戦争と同じ規模の内乱が起きるでしょう。」

「戦争は、なんとしても避けたいものです。」


先の継承戦争についての話は、この間までシャロンも知らなかったこの世界の「歴史」である。

あまりにも陰惨かつ生々しく、またシャロンにとっても他人事ではない話であるため――

周囲のものたちが気遣い、長らくシャロンの耳に入れないようにしてきたのだ。

だが、シャロンは、なにも知らないお飾りの皇帝のままでいたくなかった。

20年前に『皇帝の座』を巡って起きた継承戦争のあらましを、ライオットから聞き出したのである。


「レグア大公と、その一族は我が国において、長らく強大な権力を引き継ぎ、権勢を誇ってきた者たちですね?」

過去には、皇帝と何人も婚姻関係を結び、レグア大公の縁者が、皇帝になったこともある。

「直系の姫君であるサクシード殿が、皇帝の座に野心を燃やすのも、やむをえないことでしょう。」

たとえ反乱の切っ掛けが、サクシードの個人的な野心からくるものだったとしても。

サクシードが動くということは、必然的にレグア家と皇帝との対立へと発展してしまう。


「失礼します。ライオットさま……ご報告が。」

「……失礼をば。」


席を立つライオット。しばらくして、表情を曇らせながら戻ってきた。


「やはり、レグア家の配下が、大公領内にて兵を挙げたようです。

表向きは、サクシード殿の解放を求めておりますが……。はたして、それだけですむかどうか。」

「戦を避けられないとは……。我が身の不徳を、ただただ嘆くばかりです。」

「ご心配なく。非力ながら、私めが、彼らの内乱を未然に防いでご覧に入れます。

この世界の秩序と平和を……。そして皇帝陛下をお守りいたします。」

「頼りにしています。」


シャロンの言葉は、どこか虚ろだった。 

このような不安な時に、一番側にいて欲しい人が、いまはいない。

寂しさを顔に出すことがないように懸命に努めてはいるが、それでも“皇の剣”の存在が恋しかった。


 ***


シャロンはひとり、共も連れずに宮廷にある小さな部屋を訪れた。


「……どなたかな?」


先客がいたことに驚きながら、シャロンは燭台をテーブルに置いてからベッドの側に立つ。

「テオの容態を見に来ました。」

「皇帝陛下がおひとりで、こんなところまでいらっしゃるとは。

こいつが知ったら、顔を青くするでしょうな。」

顎で指し示した先には、ベッドで眠るテオドールがいた。


 「……。」

身体に鞭打ち、サクシードの反乱をひとりで治めたテオドールだったが――

無理をした代償は、彼の心と体を蝕み、皇の剣としての意思と能力を奪った。


「テオ……。」

シャロンはベッドに寄り添い、彼の手を取る。

冷たい手は、血が通っていないかのようだった。

「眠り続けて、もうひと月以上にもなる。頭部に外傷がないのに、これだけ眠り続けるのはおかしい。なにか理由があるはずだ。」

「わたしが無理をさせたからです。」

「陛下、あなたにお聞きする。皇の剣とはなんだ? その地位にどんな秘密がある?」

「皇の剣は、皇帝を守る剣です。そう聞かされております。

ただ、わたしにとってテオは守護者であり、かけがえのない人でもあります。」

「……どうやらなにも知らないようだな? それじゃあ、こいつは救えない。」

剣を持って立ち上がる。

「どこへ行かれるのです?」

「あんたが知らないって言うなら仕方ない。代わりに俺が、“皇の剣”の真実を突き止めてこよう。」

「それが、テオを救うことになるのですか?」

「……さあな。」

レブンは部屋から立ち去った。


先の反乱では、サクシードに加担し、テオと剣を交えた彼が、いまはテオのために力を尽くしてくれる。

シャロンにとって頼もしくもあり、申し訳なくもあった。


「テオ、あなたはみんなに愛されているわね。早く目を覚まして。あなたの声が聞きたいわ。」

シャロンは、テオの額に唇を近づけ、そして優しくキスをした。


 ***



同じ頃、宮廷内にある部屋の一室で不審な爆発が起きた。

レグア家の手の者が、虜囚の身になっているサクシードを救い出すために行動を開始したのだった。


「陛下のご宸襟を悩ませる下手人を捕らえろ!」

あらかじめ伏せていたライオットの手勢によって、ザクシードを奪還しようとするレグア家の兵たちは、一網打尽にされた。

宮廷での反乱の火を未然に防いだ形になるが、これで、すべてが終わったわけではない。

「無用な乱を起こして、陛下のお心を患わせるな。次は容赦しないぞ。」


レグア家の名前を汚さないように、サクシードには、できる限りの温情をかけていたつもりだった。

だが、レグア家には、ライオットすら想像もつかないほどの、現体制への憎悪が募っている。

因縁の切っ掛けになったのは、20年前の皇位継承戦争。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


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story1-2



数日前。


「ケルタ卿。赤薔薇の継承戦争とは、いったいどのような戦いだったのですか?」

「陛下はご存じなくても、よいことでございます。」

これまでも国の歴史や、皇位継承の経緯を学ぼうとするたび、いまのような返事によってはぐらかされてきた。

信頼するライオット・ケルタですら、これまでシャロンにお飾りの皇帝でいることを望んできた臣下たちと同じなのかと落胆した。

「……と、これまでなら、そう言われてきたでしょうね。」

「わたしには、知りたいことを知る自由すらありませんでした。」

権力の頂点にいるはずなのに、シャロンは誰よりも無知であり、誰よりも孤独だった。

「味方になってくれたのは、テオひとりです。ですが、テオですら継承戦争のこととなると言葉を濁します。

いったい、わたしが生まれる前になにがあったのですか?」


ライオットの表情から緩みが消えた。


「……わかりました。すでに陛下は、善悪をご自分で判断できるお年頃です。

私の口から、すべてをお教えいたします。そのうえで、ご自身で答えをお出しください。」

一定の覚悟を強いる重い言葉だった。

シャロンの出す”答え”次第では、また多くの血が流れるかもしれない。


「我がケルタ家は、先々代の皇帝陛下の時代より、陛下のお側にて執務の補弼を担う宮中伯としてお仕えしてまいりました。

だが、継承戦争が起きた時代は、何年も皇帝が不在となった《大空位時代》。

我が父はささやかな野心を抱いて、皇帝の座を狙うとあるお方に、助力することを決意したのです。」

「そのお方とは……まさか?」

「あなたのお父上である《イェルグ辺境伯》です。」

シャロンは、自分の父を覚えていない。

シャロンが、生まれた直後に死亡したとしか、聞かされていなかった。

しかしまさか、生前の父は、皇帝の座を狙う、辺境領主にすぎなかったとは驚きであった。

「驚くことはありません。陛下のお父上も、レグア家、ケルタ家と同じく、元は皇族に連なる御家系。

空位となっている皇帝の座を狙う資格はあります。」

「わたしの父は……。継承戦争の切っ掛けを作ったのですか?」

皇族に連なる貴族の家系といえど、しょせん辺境の地を治める領主にすぎない。

身の程をわきまえぬ野心を露わにしたシャロンの父が、周囲から反発を抱かれるのも無理からぬこと。

「長く玉座の主がいなかったことが、異常事態なのです。

イェルグ辺境伯が手をあげなくとも、きっと他の誰かが、手を上げていたことでしょう。

レグア大公などは、皇帝がいないことをいいことに、まるで皇帝のごとく振る舞っていた、と言われております。」


レグア大公は、皇帝に次ぐ地位と権力を有していた。

一方シャロンの父は、身分こそは辺境の領主であったが、厳しい北方の地で鍛えられた兵馬を大量に抱えていた。

当時、イェルグ辺境伯の軍勢は、大陸一の勇猛さを誇ると顕われていた。


「皇帝の座を巡って、レグア大公とイェルグ辺境伯が激突しました。

ケルタ家の先代――我が父は、当然、陛下のお父上にお味方いたしました。」

「父に代わって感謝申し上げます。」


だが、長きに渡り空位になっていた玉座の主が、1年や2年の戦で決まるわけがなかった。

継承戦争は泥沼と化し――

レグア大公側、イェルグ辺境伯側、どちらも決め手を欠いたまま――

ただひたすらに無益な血が流されつづけたのである。 


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story2 継承戦争の真実



皇位継承戦争――通称、赤薔薇の継承戦争と呼ばれる大戦は、長期に渡って継続した。

赤薔薇と冠されたのは、戦にて兵たちが流した血によって、庭に咲く花が薔薇のように赤く染まったところから来ている。

当事者であるシャロンの父であるイェルグ辺境伯と、レグア大公の両者は――

皇帝の座を求めて、血で血を洗う抗争をつづけた。

その戦いに大陸中の諸侯は巻き込まれた。

彼らは、『大公派』と「辺境伯派」にわかれて終わりなき争いが、長期に渡って繰り広げられたといわれている。


「多くの人が争い、奪い合う。皇帝の座には、そこまでの価値があるのでしょうか?

「皇帝陛下のお言葉とは、思えませんね。そんなに、いまの玉座は、居心地が悪いですか?

手厳しい言葉で返され、シャロンは思わず□ごもるしかなかった。

「わたしは、ただ……疑問に感じただけなのです。

「失礼。少々意地悪でしたね。陛下に無礼なことを申し上げました。

でも、驚きました。この世界で唯一玉座に座る資格を持つお方が、その玉座の価値をわかっていないとは……。

立て続けに浴びせかけられる手厳しい言葉に、シャロンは目にうっすら涙を浮かべて、悔しさを滲ませる。

「これまで誰もわたしに、皇帝が存在する意義を教えてくれませんでした。

言いわけに聞こえるかもしれませんが、わたしたって、そんな状況に甘んじていたわけではないのです。

「陛下を責めているのではありません。

あなたに“籠の鳥”でいてもらった方が、都合のいい輩どもがいるのは事実です。

ですが、陛下は“籠の鳥”でいることを拒否なされた。

ご自身の意思で、皇帝の役割を果たそうと決意なされた。それは大きな一歩です。

「腰掛ける玉座が、いかに血にまみれているか、真実を直視する時が来たと、思っております。

それで、ケルタ卿。赤薔薇の継承戦争のつづきを教えてください。わたしの父は、どうなったのでしょう?

「継承戦争に勝者はおりません。戦いは泥沼と化し、辺境伯側も大公側も、兵力が底を尽き、戦いの継続は困難となりました。

シャロンがいつも眺めている宮廷の前庭は、当時戦死した兵たちによって、足の踏み場もないほど埋まったそうだ。

「むごい……。

「兵たちに与える糧食が枯渇したレグア大公が、先に領地に引き上げました。

それ以上、戦いを続けると領地の維持すら困難になりそうだったためだと言われておりますが……実は、罠だったのです。

「罠? もしかして罠にかかったのは……。

「レグア大公が兵を引き上げた隙を衝いて、イェルグ辺境伯が宮廷に入り、玉座に座ったそうです。

どんな形であれ、敵がいなくなった以上、シャロンの父が継承戦争に勝利したことになる。

ですが、その玉座に座れたのも、たった3日のことでした。

「父は……死んだのですね?

「はい。暗殺です。

イェルグ辺境伯を殺したのは、当時皇の剣であった“ザザ”の名を受け継ぐ剣士です。

辛い事実を聞かされ、シャロンは一瞬感情を露わにしかけたが、ぐっとこらえた。

「テオドール殿ではありません。彼の前任のものですね。

ザザの名字は、代々皇の剣となったものに受け継がれるものだった。

きっと、そのものとテオドールとの血縁関係も存在しないだろう。

なぜ、父は皇の剣に斬られたのです?

陛下もご存じのはずです。皇の剣は、皇帝の剣であり、皇帝を守護する者ですが……。

皇帝の資格がないものが玉座に座った時は、それを排除する役目も担っていると。

まるで、知っていて当然のような□ぶりだったが、シャロンにとっては初めて聞く事実だった。

テオドールから、そのようなことを打ち明けられた覚えはない。

テオドールが話してくれない以上、シャロンが知るよしもない。

「皇の剣による排除。それそのものが、レグア大公の罠だったのです。

「ち……父を殺した皇の剣は、その後、どうなりました?

生きていたとして、なにをするわけでもないのだが――

シャロンとしてはどうしても、訊いておかなければいけないことだった。

当時イェルグ辺境伯の配下だった我が父によって斬られたそうです。表向きには病死とされておりますがね。

「……。

シャロンの父が殺害されたあともしぱらく継承戦争はつづいた。

だが、長くつづいた戦争をこれ以上続ける余力は、どの諸侯にもなかった。

貴族たちは、事態を収束するために話し合いの場を設けた。

そこで出た結論は――

どの諸侯にとっても害のないお飾りの皇帝を一旦玉座に座らせて、ひとまずこの戦を終わらせようというものだった。

「無力で無害なお飾りの皇帝。それが、当時、なんの力も持たなかったわたしだったのですね?

「たった3日とはいえ、陛下のお父上は玉座に座られた。

その娘である陛下には、あとを継いで玉座に座る正当な理由がございます。

シャロンにとって望んだものではない玉座。

いまでも、その玉座に座る価値を見いだせていない。

でも、シャロンが玉座にいる限り、世界は一応のまとまりを保っている。シャロンが皇帝でいる意味はある。

そう思いたかった。



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story2-2




「シャロンさまは……どこにおられる?」

「テオさま! まだ万全ではありませんのに急に動かれては……。」

「私は皇の剣。私の居場所は陛下のお側です。これ以上、床に伏しているわけには、いきませんよ。」

そう、ミーに告げた表情からは、明らかに生気が失せていた。

まだ当分、療養が必要な身体ながら、テオドールは気力だけで、シャロンの元へ向かおうとする。

「それにしても……このような身体になってしまうとは、我ながら情けないですね。

しかし、宮廷の雰囲気から察する限り、シャロンさまに対する反乱の芽は、まだ完全に摘み取られたとはいえない様子。

この命に代えてもシャロンさまをお守りしなければ……。うううつ!」

壁に手をついたまま、テオドールは崩れ落ちた。

歩くこともままならない己に歯がゆさを感じながら、シャロンと思い出を重ねた宮廷の庭を見つめる。

噴水の向こうに人影が見えた。シヤロンかと思ったが違う。


「不肖の弟子よ。お前に出来ることはなにもない。すぐに引き返すことだな。

「これは謀反人の用心棒殿。まだ生きておられたのですね?

「お前から受けた傷は、まだ完全に癒えてはいないが、ふっ。いまのお前よりは、まだ剣士として役に立つさ。

「あなたを倒すために多少無理をする必要がありました。そのせいで、このようなありさまです。

不肖の弟子としては、師を超えるのが、せめてもの恩返しだと思いましたので――」

「ふんっ、言うようになったな? 上達したのは、剣だけではないようだ。」

「茶飲み話はここまでにしましょう。シャロンさまのところに向かわなければそこをどいてください。」

レブンを押しのけて、王座の間へ進もうとする。

「悪いが、お前を通すなと命令されているのでな。」

レブンが剣の柄に手をかけていた。

「あなたは、サクシードの反乱に加担して彼女の代わりに戦った。もう十分ではありませんか。」

勝負は前回でついたはず。

それでもなお、未練がましくテオドールの邪魔をしようとするレブンには、哀しみしか感じない。

権力か、それとも金か。レブンの心を曇らせたのは、なんであろうか?

「シャロンさまのところへ行かせないというのでしたら、もう一度、斬るだけです。」

 「テオさま、そのお身体で戦うのは無茶です。」

「おっと、勘違いするなよ。俺はもう、レグア家に雇われた剣士ではない。

お前を陛下の元に行かせないよう命じたのは、ライオット殿だ。

 「……そんな。」

「まさか……。なぜ、ライオットさまが?」


レブンは無言だった。俺の代わりに本人から聞け、とでも言うようにテオドールの背後を顎で示す。

「これも、シャロン陛下をお守りするためだ。皇の剣殿には、ご自重いただきたいものだな。」

涼やかな声と共に現れたのは、見目麗しき若い公子。

「ライオットさまは、私かシャロンさまを傷つける可能性があると仰りたいのですか?」

それは、テオドールにとって、もっとも許せない発言だった。

「そう尖ることはない。なにも臣下の関係を引き裂こうとしているのではない。」

「では、なぜ邪魔をするのです?」

「歴代皇帝の霊。あのものたちの執念は、間違いなくこの世に存在する。」

「なにをバカなことを。サクシードに取り憑いていたのは、まるっきり偽の亡霊でした。」

「そのとおりだ。歴代皇帝の霊は、世に安定をもたらすために存在しているのだ。

サクシードのような、みずから乱を招く愚か者に憑くわけがない。」


ライオットは、テオドールを指さした。


「歴代皇帝の霊は、テオドール殿、あなたのなかにいる。」

「私が、血迷つているように見えますか? ふざけたことを仰ると、あなたといえど許しませんよ?」

「シャロン陛下に前回の皇位継承戦争の経緯をお聞かせしている最中、ふと気づいたのだ。

なぜ、シャロン陛下のお父上であるイェルグ辺境伯は、自分を守護するはずの皇の剣に斬られたのかを。

もともと皇帝の資格がないと判断されたものを皇の剣が排除する歴史は、これまでたびたびあった。

だが、その“判断”は、誰がしているのか、ずっと疑問だったのだが……。」

「皇の剣は、代々その資格あるものに“ザザ”の名と共に受け継がれるものだ。

だが、受け継がれるのは、名前だけではないはず。それはお前の方が、よくわかっているだろう?」


テオドールは、とっさに皇の剣に任命された時のことを思い返す。

「根拠のない言いがかりは、やめていただきたい。皇の剣は――」

不意にとてつもない胸の苦しみと、堪えきれない頭の痛みを感じた。


「ぐっ……。これは……。」

「それが、お前に嵌められた伽だ。皇の剣であることに疑問を抱いた時点で、奴ら(・・)がお前を苦しめる。」

「この身体の不調は、すべて歴代皇帝の霊の仕業だと? そう仰りたいのですか?」


その時だった。

テオドールの声を聞きつけたシャロンが、駆け足で向かってくるのが見えた。


「テオ? テオなの?」

「シャロン……さま。」


レブンとライオットは、再会の邪魔をあえてしなかった。

わざとテオドールに道を譲り、シャロンの元に向かわせようとする。


「うっ……。」

テオドールの脳裡にぼんやりとした像が浮かぶ。

一面に赤い血が飛び散り、それは、赤い薔薇のように咲き誇っていた。

その中央に倒れ込むシャロンの姿……。

そして、テオドールの手には、血にまみれた剣が握られていた。


いま、シャロンと顔を合せてはいけない――


「どこにいくの? テオ!? テオ!」



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story3 照らす善き光



凍えるように冷たい地下道。薄暗い闇のはるか先にまで石畳がつづいている。

ここは宮廷の地下にあたる場所。

過去の皇帝たちが、緊急時の脱出路として用意していた隠し通路である。


「冬の訪れが近いようですね。」

ここに来て1時間もたたぬうちに指先が、かじかんできた。

堪えきれないような寒気に支配された冷えた空間だった。

だが、この冷たさは、混乱した頭を冷やし、体と心を凍えさせるには、ちょうどよかった。


「……。」

石畳の上に座り、目を閉じて考えていた。

皇の剣として、これまで歩んできた道。そして、自分が守ってきたシャロンのことを。


『すべてをあなたに捧げよう――死の渇きが、この身を奪う、その日まで。』

「私は、そうシャロンさまに誓って皇の剣となったのです。その私が、シャロンさまの命を奪うことなどありえない。」

さりとて、このような人の目の届かない冷たい地下道にて、死が訪れるまで待ち続ける気はなかった。

「絶零剣の奥義を用いて、私の心に巣食った悪しき霊どもを排除する。

たとえ時間がかかろうと、必ずやり遂げてみせる。

どうか、シャロンさま。それまでお待ちください。」


氷塊のなかにいるような凍りついた寒さが、テオドールの身を切り裂く。

だが、それにも動じず、石畳の上にじっと座り込み、剣|士として鍛え上げた理力を己の内側に流し込んでいった。


「だが、なぜだ? なぜいまになって、歴代皇帝の霊などが目を覚ました?

この10数年、彼らの存在を一度も感じることはなかった。なのに……。

ぐふつ! ごほつ! ごほつ!」

胸の苦しさを感じて、激しく咳き込む。

送り込まれた理力によって押しつぷされまいとする、何者かの強い抵抗がある。

それは、テオドールにとって一体を蝕む毒のようなものであった。

サクシードの乱において、歴代皇帝の霊はシャロンさまの治政に疑念を持ったというわけでしょうか?

私の手によってシャロンさまを亡き者にし、そしてまた、別の新しき皇帝を据えようというのですか?

いったいなんの権限があって、そのような理不尽なことをなさるのです?」

聞く者は誰もいない。地下道の隅にてテオドールは、ひたすら己のなかに巣食うものどもと戦っていた。


「ぐはつ! ごほつ、ごほつ! はあ……。はあ……。」

みずからに攻撃を加えようとする宿主に対し、歴代皇帝の霊は、肉体を蝕んで反撃する。

戦いはすべて、テオドールの内部で起きていた。

最初の意気込みは消え失せ、とうとう力尽きたテオドールは、座っていることもままならず、倒れ込んだ。

そしてテオドールは、狭く暗い地下道で膿腫とした意識のまま、死を予感するのであった。


ひたすら長い時間が過ぎた。

どれだけの時がすぎ去ったのか、この場から一歩も外に出ていないテオドールにはわからない。



「シャロンさま……。」

精魂尽き果てていた。壁に背を預けて、弱々しい息を吐き出している。

歴代皇帝の霊との戦いは、もはやテオドールには打つ手がなかった。

残る手段は、テオドールがみずからの命を絶つこと――

「私の手でシャロンさまを傷つけるぐらいならは、そのほうがいいのです……。」


人の気配もなく、ただ冷たい空気と静寂だけが支配する薄闇のなか。

テオドールは、シャロンのことを思いながら、そっと目を閉じる。


「シャロンさま、私かはじめてあなたとお会いした時、あなたはまだこんなに小さかった。」

かすむ瞳は、どこも見ていない。

意識は朦朧とし、テオドールはシャロンとすごした過去の夢(・・・・)という幻だけを見ていた。

「私は、あなたにすべてを捧げると誓った。そしてあなたは、私を「皇帝の護衛」以上の存在として頼ってくださった。

そのご恩に報いるために、空白だったあなたの世界に少しずつ、人生に必要なものを捧げさせていただいたつもりです。

でも、まだ足りません。

シャロンさま。あなたに教えてさしあげたいことや、見て欲しいもの。授けたいものは、山のようにあるのです。

だからどうか……。このまま、私の話を聞いてください。」

そう呼びかけてみたものの、返ってきたのは、地下道を流れゆく冷えた風の音だけであった。

虚しさを感じたあと、テオドールはまたしても血を吐いた。

「もう、打つ手はないようですね……。」

いまになってテオドールは気づく。

シャロンの思い出と、多くの時間を童ねていくうちに――

テオドールもまた、己の世界にシャロンの存在が、欠かせないものになっていたのだと。

「今日は、聖夜なんでしょう? 下界ではこの宝石を、大切な人に贈る日だって聞いたから……。

ええ、だってテオはわたしの大切なひとだから……。

シャロンには、テオドールが必要であるのと同じく、テオドールにも、いつの間にかシャロンが必要になっていた。

いや、ひよっとして最初から、そうだったのかもしれない。

皇の剣である己の立場を忘れないよう、心に歯止めをかけて、己の本心に気づくまいとしていただけなのだ。


「もし……生まれ変われる機会があれば、今度は皇の剣ではなく、ひとりのなんでもない男として、シャロンさまと巡り会いたい。

それが、私の最期の願いです。」

テオドールは、末期の言葉をしぼり出し、この世のすべてに決別を告げるように静かに目を閉じた。


寒気に満ちた地下道に、足音が響く。

それは、春の日差しのごとき温もりを宿す人物。


「テオ……。こんなところで、眠っていてはだめよ。風邪を引くわよ?」

死人のように冷えきった彼の手に触れる。

シャロンと肌を触れあわせた部分から、あらゆるものを包み込む陽光にも似た暖かな感情が、流れ込んでいった。


「テオ、一緒に帰りましょう。あなたのいない世界は、やっばり味気ないもの。」



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story3-2



氷室のように凍える地下道のなかで、テオドールは、救済の光のごとき暖かみを感じた。

あれは幻だったのか、それとも死後の体験だったのか。

明確な確証をえないまま深いまどろみに漫かっていたテオドールは、ある瞬間、ふと目を覚ました。

窓からさしこむ日の光。

白いシーツにくるまれたまま、テオドールは夢から半分さめやらぬ頭で、周囲を見回していた。

「ずっとシャロンさまの手が、私の手を包んでくれていたような……。

まだはっきりとしない頭をふりたくって、記憶を探ろうとする。

「……テオ、目が覚めたのね?

薄暗い地下道のなかで思い焦がれたシャロンの声は、予想外に近くから聞こえてきた。

ふと視線を移せば、ベッドのすぐ側にシャロンが立っていた。


「シャロンさま? いつからそこに?」

「ずっとよ。テオが目を覚ますまで、ずっとここにいたわ。」

「気づかずに眠りつづけていたとは……。失礼いたしました。」

「謝らなくていいです。それでテオ。お体の具合は、いかがですか?」

「そういえば……。」

あれだけ苦しかった胸が、嘘のようになにも感じない。

痛みがなくなっただけではない。胸の奥をざわめかせていた歴代皇帝の霊の気配も、消え失せていた。

「これは、どういうことでしょうか?」

「歴代の皇の剣は、皇帝の守護者であることはたしかです。

ですが、いざという時、世に混乱をもたらそうとする皇帝を斬り、混乱を未然に防ぐ役目もある……そうです?」


「仰るとおりです。」

いつの間にか、ライオットが部屋にいた。

テオドールは、まだ事情がつかめていなかった。

「皇の剣に殺された皇帝は、過去にいました。私の父もそうだったようです。


ですが、殺されなかった皇帝もたくさんいたのです。

その違いはなんなのか、シャロン陛下は、過去の文献を片っ端からお調べになり、ようやく突き止められたのです。

「皇帝が皇帝でありつづけるためには、皇の剣に宿った歴代皇帝の霊を皇帝みずから制御する必要があるのだと知りました。

「では、私に流れ込んできたあの暖かな光は、やはり、シャロンさまでしたか。

「皇帝としての慈愛。そしてすべてを受け入れて、人々の安寧を願う強い心。

それこそが、歴代皇帝の霊に認められるために必要なものでした。

「皇帝で居続けるための最後の試練だった。そういうわけでしたか……。


シャロンの父は、そのことを知らずに殺された。

いや、初めから人々の安寧を祈る心など持ち合わせていなかったのかもしれない。


「だから、テオ。そんな不安そうな顔をしないで。わたしたちは、もう大丈夫なのよ。

その言葉を疑うテオドールではない。

シャロンが大丈夫だと告げてくれたおかげで、たちまち不安は消えていく。

「シャロンさまに助けていただけるとは。なんとお礼を申したらいいのか。」

「ううん。お礼を言いたいのは、わたしの方だわ。

わたし気づいたの……。テオがいなくなった間、わたしはずっと空白(・・)だったわ。

わたしの世界には、あなたがいてこそ成立するの。だから、もうわたしの側を離れないで。

「実は私も、シャロンさまにお伝えしたかったのです。

私の世界もシャロンさまがいてこそ成立するのです。……遅ればせながら、ようやく気づきました。

だから、これからも、お側でお仕えさせてください。」

「仕えるだけでいいの?」

「え? あ……と、当面は。」

「うふふ。いまのテオの戸惑った顔、とってもよかったわ。もう一度見せて。」

「シャロンさま……。からかわないでください。」


そんなふたりを横目で見ながら、ライオットは静かに部屋を出て行こうとする。


「ケルタ卿。あの……色々ありがとうございました。」

「陛下のお役に立てたのでしたら幸いです。反乱のことは我らに任せて、今日はごゆっくりお休みください。」


 ***


「ふっ……。」

「どうされたのですか? とても晴れやかな顔をされていますが?」

「なんでもない。自分に素直になれないふたりの仲を取り持つのは、大変だなっと思ってな。」

「……どういう意味でしょうか?」

「気にするな。おっと、いまは部屋のなかに入らない方がいい。しばらくふたりきりにしてやろう。」


 ***



「シャロンさま。私は悪い家臣です。

身分の差をわきまえず、シャロンさまを独り占めしようとするなど、許されることではありません。」

「そうね。テオは、とっても悪い人ね。だって、あなたは、ずっとわたしの心をつかんで離してくれないもの。」

「そんなつもりはありませんでしたが、手放したほうが良さそうですか?」

「あら? テオは、わたしを手放したいの?」

「いいえ。できれば、ずっとシャロンさまの心をつかんでいたい。それが、私の正直な想いです。」

「わたしもよ。この先も、ずっとテオと繋がっていたい。わたしが皇帝でない時もね。

いいでしょ? テオ?」

「はい。私もそうしたいと思っていたのです。

あなたが玉座にいないときは、私だけのもの……。それで、よろしいですか?」

もちろんよ。わたしもそれを望んでいるわ。だから、これからもずっと一緒よ?」

「ええ。生涯、あなたを離しません。きっと幸せにしてみせます。」








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