【黒ウィズ】黄昏メアレス4 Story5
story 休息メアレス
と、いうことで、食事になった。
もちろん、いつも通り〈巡る幸い〉亭である。倒れた人々を救助していた他の〈メアレス〉たちも、疲れた顔で集まってきている。
ひょっとしたら私たちは、誰かが夢の中で見た夢が夢の中で見た夢の夢の中の夢の産物なのかもしれない!!!
異界人でーす、と君は答えた。
story
〈戦小鳥〉の使う〈フラグランティア〉は、特に多機能だからな。機能ごとに起動呪文を変えておくこと?スムーズな対応が可能になる。
詠唱の内容はなんでもいいの?と、君は魔道士的好奇心から尋ねた。
「くわばらくわぱら、ぱんかぱかーん!」
「はたはたぎっちょん、ぎっちょんちょん!」
「マジカルドリームレボリューション!」
私たちにもそれができたら、魔法なんて使い放題なんだろうけど。
そこの妖精と同様、別の手段で疑似的に再現しているだけだ。コツとやらを知っているわけじゃない。
明確なものではない、と君は答えた。その精霊が持つ精神的な命題や存在の意義。そういったものにどう答えられるか次第だと。
story
他の異界にも、きっといろんな魔道士がいるんでしょうね。魔法使いは会ったことある?
…………。
ろくでもないのいたよ、と君は言った。
修羅なる下天の暴雷よ!千々の槍以て降り荒べ!
そうなの!?と君は驚いた。
ユバル社って、いろんな魔匠具作ってんですけど、あたしが使うといいテストになるらしくて。
武技に通じたふたりが、うんうんとうなずき合う。
技的なのをやろうとすると、ああしなきゃこうしなきゃってなって、かえってなんもできなくなっちゃうんですよね。
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黄昏に染め上げられた門が、巨大な影を踏み従えるようにして、静かに君たちを待っていた。
門という形、門という意味を与えられ、今や異界とすら通じうる力を得るに至った、この都市の中心にして象徴たる存在。
すっかり見慣れたと思っていても、この時刻、その壮麗な佇まいを前にすると、呑み込まれてしまいそうになる。
並んだ〈メアレス〉たちを前に、リフィルは言った。
リフィルとリピュア。ウィズと君。そして〈ロードメア〉と〈ミスティックメア〉
〈絡園〉に赴き、ディルクルムを倒すための限界人数であり、最善のメンバーだった。
大事な戦力だ、と君はうなずいた。師であるウィズの助言があれば、どの魔法を使うかという判断精度が格段に高まる。
うなずき、リフィルは門へと向き直った。
魔力の糸が門に触れる。
瞬間、覚えのある感覚が君を襲った。
心が――魂そのものが引っ張られる感覚。心構えをしていたので、意識を失うことはなかったが、それでも落ち着かない気分だった。
異界を渡るときの感じにも似ていた。違うのは、身体という重みが消え失せる爽快さと頼りなさだ。
君は息を吐き、まぶたを開く。
もちろん、それは疑似的な感覚だ。今の君は魂だけの存在なのだから。
見覚えのある景色が広がっている。
〈絡園〉。
すべての夢の行き着く場所。
story
歩きながら――噛み締めるように、〈ミスティックメア〉がつぶやいた。
〈秘儀糸〉を介してネブロから聞いてはいたけど……やはり、実際に来ると圧倒されるわね。
〈絡園〉を織りなす魔法陣のひとつに軽く触れ、彼女は、感慨に満ちた吐息をもらす。
敵味方のしがらみなど頓着せず寄ってくるリピュアに、子犬を見るような目を向けてから、〈ミスティックメア〉は言った。
その言葉に、リフィルが眉をひそめた。
そういえば、と君は思う。
〈絡園〉がどんな場所か、リフィルがネブロから説明を受けていたが――そもそもなぜこんな場所が生まれたかは不明のままだった。
ここはね――きっと、こぼれ落ちた思いの塊なのよ。
人が夢を失うとき、心の一部がこぼれて落ちる。〝願う力〟――何かを叶えようという思いがね。
なんにせよ、こぼれた思いはここへ来る。
どこへも行けずさまよう気持ちたちが、延々と降り積もり、絡み合い……そしていつしか、〈絡園〉になった。
あらゆる命の〈ロストメア〉――〝夢を叶える夢〟にね。
目を見張るリフィルに、彼女はうなずく。優しい手つきで魔法陣を撫でながら。
俺が最初の〈ロストメア〉だと思っていたが……こんなところに先達がいたとはな。
それにきっと彼らが〈ロストメア〉になったのは、自分が叶うためじゃなかったのよ。私たちとは違ってね。
叶わなかった自分たちの代わりに、まだ叶えられるかもしれない願いを、助け続ける存在になりたい――
ここには、そんな気持ちが満ちているわ。
だとしたら、と君は言った。ディルクルムを止める理由が、ひとつ増えた、と。
ひとつの願いだけを叶えるために〈絡園〉の力を使うのは、〈絡園〉自身の願いに反している。
この優しさがわからない男に、優しさを語る資格はない。
誰もが、その言葉にうなずいた。
敵であれ、味方であれ。人であれ、〈夢〉であれ、妖精であれ。
その思いだけは、同じだった。
***
ふと、リフィルが疑問を口にした。
その男の〈夢〉であった〈ロードメア〉が答える。やるせなさを帯びた声で。
急激な成長は、既存の枠組みを軋ませる。貧富の拡大――治安の悪化――成長痛のような不和が、世界中に生まれた。
あいつは単に、それを見過ごせなかった。本当に、それだけだったんだ。
「技術の発達が不和をもたらすのなら、そのせいで苦しむ者を救えるのは、我ら魔道の使い手だけではないのか?
〈絡園〉には、さらなる神秘が眠っている。その力を用いれば、人を、世界を正しく導ける!
腹を空かせた幼子を、病に倒れ苦しむ者を、戦に駆り出され死んでいく兵たちを――救いたいとは思わないのか!!」
魔道士は、人々の奉仕者たれ。クエス=アリアスの魔道士ギルドの原則だ。
魔法とは、自分のためだけにあるものではない。自分を含めた、多くの人の幸せのためにある。それが君たちにとっての魔道のあり方だ。
ディルクルムにとっても、そうだったのだろう。
けど、愚かなのはディルクルムも同じよ。だからって、世界から魔法を奪わなくてもいいじゃない。
珍しく、憤憑をあらわにした物言いだった。魔法を失った人々の願望から生まれた彼女としては、許しがたいことなのだろう。
人の心は、そんなに単純じゃない。ルリアゲハが言っていたように、優しさが命を奪うことだってある。
そう告げたところで――伝わらないだろうけど。
かたくなであること。純粋すぎる者の強みでもあり、弱みでもある。
結局――
天がどんなに慈悲深くとも、見下ろすことしかできないのなら。地を這う者の目線は理解できないのだ。
story
膨大な魔力を孕んだ虹色の繭が、深い海の底に眠るような宝玉のような、不思議な色合いで輝いている。
前に見た時よりも、内包する魔力が濃く、強くなっている。都市の人々の〝願う力〟を吸ったことで。
繭の前に立ち、無数の魔法陣を操っていた男が、ぽそりと3つの名を告げた。
振り向く。
Mその邪魔を、許す気はない。
ディルクルム。
すべてを見下ろす天の瞳に、同胞を失った怒りと悲しみが、まざまざと浮かんでいる。
リフィルが、毅然と進み出た。細い指先から〈秘儀糸〉が伸びる。
ディルクルムの手が、スッと持ち上げられる。
青白い糸が、リフィルヘ向かって走り――眼前で、音を立てて弾かれた。
リフィルの人形に対する干渉が拒絶されたのだ。
Mアストルムの〈ロストメア〉……。
あなたが魔道再興を約束してくれるなら、そちらにつくのもやぶさかではないけど――
M不用意に〈絡園〉に干渉する者が現れれば、世の平和が乱されかねない。魔法の存在は、私が管理する。
だから、あなたは焼き尽くす。私が私を叶えるためにね!
おまえのことだ。それを放っておくつもりはあるまい。
M無論だ。世の理を乱す怪物――そんなものを解き放つわけにはいかない。
世界が平和になったあと、私のすべきことは――おまえたち〈ロストメア〉を、残らず消し去ることだ。
おまえを止めるぞ――ディルクルム。まだ叶うかもしれない夢たちのために。彼らを〈ロストメア〉にさせないために!
M〈メアレス〉――〈ロストメア〉この混沌たる世界の象徴。哀れで慄い黄昏の落とし子よ。
古き殼を破り、世に黎明をもたらすために――おまえたちは、我が魔道のすべてを以て討ち果たす!
***
魔法と魔法。魔力と魔力。あらゆる力がぶつかり合った。
アストルムの魔法使い。2体の〈ロストメア〉。異界の魔法使いと妖精。その力を合わせても、ディルクルムを倒しきれない。
激しさを増す戦いの中、突然、ディルクルムが静かに目を閉じた。
古き魔道士の口から、これまでに聞いたことのない詠唱が、酒々と流れ出す。
M無垢なる叡智の階は、聖境を拓く秘鍵なり。古きさだめは解かれ果て、天理あまねく我に帰す――
君たちは全力で攻撃魔法を放った。しかし、そそり立つ魔法障壁が、そのことごとくを打ち払う。
あらかじめ用意していた防御魔法――そのすべてをかき集めたであろう不落の城。
それでも決して無敵とはいかない。乱れ飛ぶ攻撃魔法の嵐を受け、ついに、ディルクルムを守る障壁にヒビが入る。
だが、障壁が砕け散るより早く、ディルクルムは目を開き、術を締めくくった。
M〈天理嚮導(レグナートル・アストリー)〉!
消えた。
すべてが。
すべての魔法が、一瞬で。
誰もが言葉を失い、立ち尽くした。
今まさに放とうとしていた魔法が――妖精魔法が、精霊魔法が、アストルムの魔法が、〈ロストメア〉の能力としての魔法が――
すべて、一瞬で消え失せていた。
君はカードに魔力を込めた。精霊に呼びかけ、問いかけに答え、改めて魔法を発動させようとする。
何も起こらない。
精霊の力が――魔法が発現しない!
M私以外のあらゆる魔道士を無力化する魔法だ。
厳然と、ディルクルムが告げる。
その声は、魔法の絶えた世界に絶望的な宣告として響き渡った。
M私が、〈絡園〉に来てから作り上げた魔法だ――我が記憶、アストルムの知識を持っていようと、対処しようもあるまい。
ディルクルムは、君たちに興味を失ったように、〈ロードメア〉だけに視線を集中させた。
Mこの術で封じられぬのは、おまえだけだ。我が〈夢〉よ。
Mネブロの言った通り、おまえは私の弱さの体現だ。捨てたはずの夢なら、躊躇なく消しておくべきだった。
だから今――おまえを消して、私は、〈園人〉としての大望を果たす!
雷撃が。
おまえの言葉など知ったことかとばかりに走り、ディルクルムの顔面を撃った。
弱く、か細い雷条だった。防御魔法に守られたディルクルムに、ダメージひとつ与えられていない。
M――な。
それでも、彼を驚かせるには十分だった。
ディルクルムは、愕然と顔を撫でた。天の高みにあるべき男が、ありえない、という顔でたじろいでいた。
その目に、ハッと理解の色がよぎった。
M――ネブロか!!
答え、リフィルは〈秘儀糸〉を構える。不屈の意志を、燃える闘志を――確かな意地を瞳に乗せて。
あのときネブロは、私に蝶を飛ばした。自分が敗れるとわかっていておまえに挑み――最期に見たおまえの秘儀を、私に伝えた!
「ディルクルムが使ったのは、おそらく、自分以外の魔道士の詠唱を無効化する魔法よ。
一度使われた魔法を〝場、に記憶させておいて、次にその魔法が使われたとき、詠唱の意味性や願いを切り崩し、効果を打ち消す。
要するに同じ魔法は2度と使えなくなる。そういう結界ね。」
「なるほどにゃ。〝詠唱〟というプロセスを必要とする限り、どんな世界の魔法でも打ち消せる……とんでもなく恐ろしい秘術にゃ。」
「きっと、魔法使いとリピュアが攻撃魔法をあらかた使い尽くした局面で仕掛けてくるはず。
既存の魔法では、太刀打ちできない。だから――
〈メアレス〉流で、行かせてもらう。」
リフィルの手に、〈秘儀糸〉がきらめく。
それは、はるか遠くへとつながっている。遠く、遠く――君たちが通ってきた門の、その先へ。
流れ込む。何かが。門の外から、〈秘儀糸〉を通じ――リフィルヘと。
次の瞬間、彼女の糸が虚空を走り、6つの人影を編み上げて、ディルクルムヘと飛ばした。
先手を取るは〈墜ち星〉。手にした銃が火を噴いて、魔力の弾丸を次々と吐き出す。
避けたところに〈戦小鳥〉――魔力の杭打機がこれ以上ないタイミングで放たれ、ディルクルムの身体に突き刺さる。
続けて踊る〈裂剣(ティアライザー)〉と〈徹剣(エッジワース)〉の双剣が、よろけたディルクルムに容赦ない魔力刃の連撃を浴びせた。
Mぐっ……これは――
逃れようとするディルクルムを鎖で縛り、ダイトメア〈夢魔装〉が痛烈な拳を叩き込めば、
〈魔輪匠〉の魔弓が追い打ちで走り、破壊の衝撃をその身にもたらす。
まさしく文字通り一糸の乱れもない連携を受け、ディルクルムは魔法陣の床に叩きつけられた。
M外の〈メアレス〉の……意志だけを飛ばしたか!
うめきながら起き上がる。先の集中砲火でひび割れていた防御障壁が、ついに耐えきれず、砂のように崩壊していた。
「願いが魔力と結びつき、力に変わる。ここはそういう場所だ。だから、戦う意志そのものが力となっているんだろう……。」
以前、ルリアゲハたちが〈絡園〉で戦える理由を、〈ロードメア〉はそう説明した。
殴る、と思えば殴れる。斬る、と思えば斬れる。単純に言えば、そういう理屈だ。
なら外の〈メアレス〉たちの〝戦う意志〟を、秘儀糸に乗せてここに運べば、彼らの〝攻撃〟を再現することもできる。
自分にすべきことはないとばかり、〈ミスティックメア〉は肩をすくめて笑った。
そういう意味では、現実的な手法ではない。
だが、リフィルの場合は話が違う。
タッグとして、あるいは商売敵として――彼女は他の〈メアレス〉たちの戦いを、幾度となく目にし、呼吸を合わせてきた。
そのリフィルだからこそ、寸分の乱れもなく、彼らの〝意志〟と秘儀糸の呼吸を合わせ、〝攻撃〟に変えられるのだ。
Mしょせんは間に合わせの小技だ!
必要な時間は稼げた。そうでしょう?魔法使い。
M――!?
ばっちりだ、とうなずいて。
君は魔力を解き放った。
***
君の魔法は精霊魔法。精霊の数だけ詠唱がある。手持ちの力ードの魔法は使い尽くしたが――
なら、新たな精霊と契約すればいい。
契約の儀式に必要な精神集中は済んでいる。君は意識を広げ、精霊たちへと呼びかける。
本来、異界の精霊に呼びかけるには、『叡智の扉』を開かねばならない。
だが今回は、その必要もなかった。
〈ロードメア〉の力が、君の魔力を導く。この世界に宿る精霊――誰かが存在した証そのものへと
つかんだ。見えた。問いかけが来る。我が存在を示してみせろと。
わかっている。あるいは、聞いている。
君は告げる。彼らの存在――その真名を。
失われた力を取り戻し――
さらに力を引き出して――
鉄壁の防御を固め――
すべてに抗う意志のもと――
理不尽きわまる暴力を打ち消す!
M――馬鹿な!!
ディルクルムが雷撃を放つが、もう遅い。
飛来する力をすべて防ぎ止めながら、君は砕く。
自分以外の魔法を認めないなどという、反吐が出るような暴力を!
〝場〟に敷かれた魔法陣が、砕け散る。恐ろしいほどあっけなく、木っ端みじんに、散り散りと。
M馬鹿な――こんな――こんな魔法が……!
そうでしょう、そうでしょうとも!いったい誰が想像し、対策できるというの?異界から来た魔法使いの魔法なんて!
〈秘儀糸〉で形作られた6つの人影が、彼女の周囲で身構える。
リフィルはカッと眼を見開き、魂からの烈声を放った。
行くぞ!魔法使いッ!!
君はリフィルの秘儀糸に合わせて、精霊の力を解き放った。
***
「捨てられる痛みなんてわからない奴らがッ!!
「襟を正して死になさい!」「襟を正して行きますよ!」
眠れる力を解き放つ!
意地の一矢をくれてやる!
…………。
刀災絢爛、瑠璃時雨!
羽ばたけもせずに散るものかぁっ!
穿たせてもらうぞ――渾身のピリオドを!
リフィルの編み上げた秘儀糸の〈メアレス〉。君の召喚する〈ロストメア〉の精霊。
「「目覚めよ神雷!空の静寂打ち砕き、あえかな夢を千切り裂け!」」
リピュアの妖精魔法と、〈ミステイックメア〉のアストルムの魔法。
そして〈ロードメア〉の〝導き〟の一撃が、ディルクルムを猛打する。
Mがぁっ……!
叩き伏せられ、無様に地に転がるディルクルムヘ、君たちはさらなる攻撃を重ねようと身構えた。
だが。
Mぐ――お――おおぉおおおおおおおおッ!!
ディルクルムの魂そのものが、なりふり構わぬ絶叫を上げて震えた。
M夢だ――私の――〈園人〉の――大望!優しく――正しく――世界を――導く!!
〈絡園〉が嬬動(ぜんどう)する。君たちの態勢が崩れた。吹き荒れる魔力が、君たちの魂をあおり、薙ぎ倒さんばかりだった。
Mここで――果てるものかぁっ!
〈夢の繭〉に、わずかな切れ目が生じ、そこから虹色の魔力があふれて、滝のようにディルクルムヘ降り注いだ。
Mああぁああああぁぁああああぁあああっ!!
轟く。叫びとも悲鳴とも、怒号とも雄叫びともつかぬ、しかしまちがいなく魂からの叫びが。
めくるめく虹の輝きが、〈絡園〉中を埋め尽くし、そして――
Mはぁっ!!
咆呼とともに、ディルクルムに収束した。
君は、思わず息を呑む。
ディルクルムが、こちらを見ていた。
もはや、天の高みから見下ろす瞳ではない。叩き伏せられ、地に墜ちて、泥にまみれ――そして立ち上がってきた男の瞳だった。
Mおまえたちは、ここで潰す――なんとしてでも!!
血反吐の吐き合いへようこそ――ディルクルム!!
***
誰もが。立っているのがやっとの状態だった。
力という力を出し尽くし、技という技を使い尽くし、それでも、どちらも倒れていなかった。
文字通り、魂をすり減らしながら。
Mおのれ!疑似魔法ごときでェッ!
疑似だろうと、なんだろうと……私は、これで戦ってきた。〈メアレス〉として――〈黄昏〉として――
M夢もないような者などが!
夢も心も使い捨てる、おまえの魔法などに!意地でも負けてやるものかっ!!
Mふざけろォッ!
黒洞洞たる夜らの果て、赫灼灼たる綺羅あらん!天を爪指し見るがいい、くるめくほどの灼光を!
〈破夜天光〉(ディーラケラーティオ・ノクテム)ッ!!
ディルクルムの指先から、渾身の雷がほとばしる。
震える膝を支えるので精いっぱいのリフィルには、それを避けるすべがない。
割り込んだ〈ミスティックメア〉が、燃え上がるような魔法陣を組み上げ、雷撃を阻んだ。
どこに隠していたのかと思うほどの力で雷撃を食い止めながら、彼女は笑った。
それが成るなら――この魔力、全部あげるわ!!
魔法陣が膨れ上がり、爆裂した。
自爆的詐裂。雷撃を粉砕するのと引き換えに、〈ミスティックメア〉の魂が、ずたずたに引き裂かれ、吹き飛ばされる。
リフィルは驚いたようにそれを見つめ――すぐに、ディルクルムヘ視線を戻した。
唇が震える。
つぶやきのように、詠唱がこぽれる。
Mさせ、るかぁっ……!
リピュアの絶叫。沸き立つ魔力の人影が、ディルクルムの放った雷撃を受けて散る。
Mまだだぁっ!
君は、残った力をかき集めて魔法を放った。守護の力が発動し、リフィルに飛んだ雷を弾く。
M止まれぇっ!
ウィズの咆呼。紅蓮の爆炎が吹き上がり、雷撃を呑み込んで相殺する。
なんてことだろう。君は愕然とウィズを見た。〈絡園〉の魔力を強引に使い、カードもなしに『叡智の扉』を開くなんて!
力なく笑い、ウィズが倒れる。何をどうやったのか、君にはさっぱりだが――魂に負荷をかける、相当な無茶だったらしい。
Mこ、の、ォッ……!
息も絶え絶えに放たれた最後の雷が、止めるものも阻むものもなく駆け抜けた。
リフィルのいない虚空を。
M――!?
眼前。
大きく見聞かれたディルクルムの瞳――その前に。
いた。リフィルが。瞳に苛烈な光を帯びて。
〈ロードメア〉。その〝導き〟の果てに。
Mこのッ――、……!?
身構えようとしたディルクルムが止まる。足首に、細い糸が巻きついていた。
伸ばしているのは〈ミスティックメア〉――吹き飛びながら〈秘儀糸〉を放っていたのか。倒れたまま、ニヤリと笑う。
M貴様――
雷撃が。
茫然と固まる男の魂を、呑み込んでいく。
とうに限界など超えていた魂を――ほとんど意地だけで立っていた魂を――
それ以上の意地が、打ち砕いていく。
そのつぶやきは、手向けだったのかもしれない。
優しい世界の夜明けを夢見た男の魂は、苛烈きわまる雷のなかで、薄れ、砕け、
灼(や)き尽くされて、消え散った。
story
主を失った世界に、魂の吐息だけが響く。
ウィズの言葉に、君はうなずく。
ディルクルムは倒れた。〝世界平和の夢を植えつける〟秘儀をついに完成させることなく。
君たちのなすべき戦いが、今、終わったのだ。
……う!?ああ――あああああっ!
突如、リフィルがくずおれ、絶叫を上げた。
君は思わず駆け寄ろうとして、
見た。
〈夢の繭〉。
震えている。熱く。さらなる光を放ちながら嬬勤し、やがて、ピシリと鋭い音を立てる。
割れる。いや――破ける。内側から。
虹色の魔力が、産声のようにあふれ出す。こぼれ落ち、ほとばしり、膨れ上がって強くはばたく。
光。ただ光だけが満ちる。何もかもを埋め尽くし、広がっていく。
崩れ去る視界の中で、君は必死にリフィルに手を伸ばす――
君は、魂が押し流される音を聞いた。
緊迫したウィズの声で、君は意識を取り戻した。
ずっしりとした重みが全身にのしかかる。生身の重み。肉体の重みだ。冷たい風が頬を叩く、それさえ懐かしく思えた。
見回す。都市。どこかの屋根の上だった。
傍らに、ラギトがいる。すでに魔性の装甲をまとっていた。
だいじょうぶ、と答え、君は頭を振る。起き上がろうとすると、まだくらくらした。
いったい何があったの?と聞きながら顔を上げて。
君は絶句した。
とんでもないものが、視界に入ってきたからだ。
〈ロストメア〉。
一瞬、理解が追いつかなかった。
なんだあれは。どうしてあんなところに。いや、あの大きさは――なんだ?馬鹿な。いくらなんでも――大きすぎる!
傍らに、ルリアゲハが跳んできた。脇にリピュアを抱えている。
リフィルは?と尋ねると、ラギトは苦い顔をした。
咆呼が、みなの言葉をかき消した。
白い巨体が、言祝(ことほ)ぐように吠えていた。
長い長いひと鳴きだった。積み重ねた思いの丈をぶちまけるような感慨深い声色が、黄昏の都市に沁みていく。
その余韻の中、〈ロストメア〉は踏み出した。
前へ。
現実に至る門へと向かって。