第二章「万念エントロピー」

MAJO本部の神秘のベールが剥がれていく。魔女、エレベーター、そして終末の使命——行く手は想像よりもずっと荒唐無稽だった。誰が夜を見張っているのか。そして誰が闇の中から覗いているのか?
CARACTER
登場人物
| キャラ名 | 概要 |
|---|---|
![]() | 黒い毛玉のような姿をしたMAJOのマスコット。「私、超可愛い」が口癖。空間を越えて魔女を移動させる力を持ち、MAJO本部の中央エレベーターの動力源でもある。 |
MAJO
| キャラ名 | 概要 |
|---|---|
![]() | MAJOに所属する魔女。看護師のような格好をしており、自ら希望して医務室で研修を続けている。明るく人懐っこいが、「自分を食べてもらう」ことに独特の価値観を持ち、料理の練習にも励んでいる。 |
![]() | MAJO本部訓練場の責任者。新人観測者の指導も担当する魔女。非常に厳しく好戦的で、熱血師匠になることを夢見ている。観測者には、魔女の命を背負う覚悟が必要だと考えている。 |
STORY
正式にMAJOの観測者となった俺は、シェンジに呼び出され、再び本部へ戻ってきた。
以前の騒動が嘘だったかのように、館内は何事もなかったように整えられている。
結局、本当に戻ってきてしまった。
しかもシェンジは、俺が逃げた場合に備えて追っ手まで差し向けていたらしい。
やはり、簡単に逃げられる場所ではない。
シェンジはそんな俺を連れ、本部内を案内し始めた。

資料閲覧室には、MAJOが生まれるより遥か以前から存在していたという魔女たちの記録が残されていた。現在の魔女たちが使うコードネームも、かつて実在した魔女たちの名を受け継いだものだという。
「──世界の終末が来るからです」
MAJOは、エントロピーを宇宙全体のエネルギーが衰退する過程で生まれるものと考えている。
それを放置すれば、やがて宇宙は正常に機能する力を失い、「熱的死」と呼ばれる終末へ向かう。
だからMAJOは魔女を送り、エントロピーを排除し続けているのだという。
世界の終末を遅らせるために。
だが、それを聞いても俺は素直に納得できなかった。
世界を救うためなら、何をしても許されるというのか。
父さんに罪を被せた――そう考えていた過去が脳裏をよぎる。

するとシェンジが、俺の思考を見透かしたように告げた。
「すでに『忘れた』ことを、再び思い出すのは危険です」
それ以上、何も説明しないまま。
次に案内されたのは、食堂だ。
これまでのどこか無機質な部屋とは違い、壁には弾痕と、赤い血痕がこびりついていた。
そこへ、看護師のような格好をしたツインテールの女性が飛び込んできた。
ジージェ。
明るく人懐っこい彼女は、俺に自作の肉スープを振る舞ってくれた。
シェンジは、「その肉スープの材料だけは絶対に聞くな」と俺に念を押し、急用の電話を受けて食堂を離れていった。
いったい、何の肉なんだろう……。

俺はジージェと二人きりになった。
最初は、この本部では珍しくまともな医療スタッフなのかと思ったが、彼女も魔女だった。
彼女は、夢を実現するために医療知識を真剣に勉強しているという。
「あなたになら、食べられてもいいかな〜……物理的に」
やっぱり、まともではなさそうだ。
ジージェが厨房に戻り、一人になった俺は、本部内を歩き回ることにした。
そこで見つけたのが、猫の頭を模したドアノブだった。
煙とともに、黒い毛玉のような何かが現れる。
「私超可愛い、超可愛い! 私と一緒に遊ぼう〜」
次の瞬間、俺は見知らぬ女子更衣室に放り出されていた。

当然、そこにいた女たちには変態扱いされる。
逃げる間もなく今度は浴場の女湯。さらに女子トイレ。
どこへ飛ばされても悲鳴を上げられ、追い回され、殴られる。
「くそ! 猫でも虫でも、もう遊ぶのはやめろ!」
ようやく黒い毛玉を捕まえて食堂へ戻った時には、もう完全に消耗していた。
だが、そいつはまだ遊び足りなかったらしい。
今度は大量のエントロピーを呼び寄せた。
「私はたくさんたくさん仲間を見つけてきたの〜」
冗談じゃない。
俺はエントロピーと戦わされ、どうにかその場を切り抜けた。

「バーチ、いたずらはほどほどにしなさい」
戻ってきたシェンジが、黒い毛玉へ声をかけた。
バーチ。
こいつはただの奇妙な生き物ではなかった。
MAJOのマスコットであり、異なる空間にいる魔女たちを本部へ呼び寄せることのできる存在。
俺たちが使っている中央エレベーターも、実際にはバーチの力を人間にも理解しやすい形にしたものなのだという。
さっきの転移さえ、バーチにとってはただの「遊び」。
本当の力がどんなものなのかは、シェンジさえ見たことがないらしい。
その後、俺は本部の訓練場へ連れていかれた。
そこで待っていたのが、責任者のマロだ。
俺を見るなり、彼女は言った。
「……出来損ないだな、こいつは」
実戦経験が少なく、覇気もない。
数回の戦闘すら持たないだろう。
散々な評価だったが、俺自身、反論するつもりはなかった。
ベテランの魔女たちと比べれば、その通りだ。
ところが、なぜかそれが気に入ったらしい。
「今回の小鳥はちょっと違うようだ」
次の瞬間、マロの刃が飛んできた。
こうして強引に訓練が始まった。

マロの動きは、目で追うことさえ難しい。
だが彼女が試していたのは、俺の戦闘能力だけではなかった。
訓練の最中、マロに弾き飛ばされた俺の剣が、シェンジへ向かって飛んでいく。
やばい――。
そう思った。
だが次の瞬間、別の考えが脳裏をよぎった。
「この人が死んだら、俺はMAJOに加入しなくて済むのか?」
剣がシェンジへ突き刺さる、その直前、マロが凄まじい速さで飛び込み、剣を受け止めた。
そして彼女は、俺の一瞬の迷いを見逃していなかった。
「戦場では、観測者であるお前がそれが有利だと判断すれば、いつでもシェンジを犠牲にしていい」
魔女たちは、その覚悟を持ってMAJOへ入っている。
そして観測者は、その命を背負って判断しなければならない。
「魔女の命を背負う覚悟がなければ、観測者にはなれない」
そんな覚悟が、俺にあるわけがない。
なぜ俺が、他人の命まで背負わなければならない。
俺はただの普通の人間だ。
自分のことだけを考えて何が悪い。
気づけば外は暗くなっていた。

医務室で、俺はシェンジから最後の任務を告げられた。
「私と一緒に寝てください」
要するに、彼女の「夜番」をしろということらしい。
シェンジは不眠に悩んでおり、誰かがそばにいると、相手と目が合う気まずさから早く眠れるのだという。
彼女は長い間、不眠に悩まされているらしく、
誰かが隣に居てくれることで、その気まずさから、早く寝ることができるらしい。
普段はシンジが夜番をすることもあるという話から、俺は初めてシンジの過去を少しだけ聞かされた。
シンジは成人後にMAJOへ入り、その前に重罪を犯していた。
行き場を失いMAJOの庇護を求め、上層部は彼女の能力と持っている情報に価値があると判断した。
だが、何をしたのか。
どんな情報を持っているのか。
シンジ自身は語ろうとしないらしい。
俺がさらに尋ねようとした、その時だった。
赤いセキュリティアラームが点灯する。
そして医務室に、突然エントロピーが現れ、俺たちに襲い掛かってきた。
「まさかまたバーチが──」
だが、今度は様子が違う。
駆け込んできたジージェが叫んだ。
「エントロピーがたくさん!シェンジ、なんで血を流してるの!?」
シェンジは血を流しながらも、俺の前に立つ。
「準備はできていますか、観測者?」
MAJO本部で、また何かが始まろうとしていた。
BOSS






