【黒ウィズ】シュガーレスバンビーナ2 Story4
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調子はどうだ。
あ、キルラ。うまくいってるよ。客の相手もクラブとあんまり変わらないし、警備の看守も……。
<チェチェの答えに、キルラは鞭を打つ音で応じた。>
この場にマディーロ様がいないからといって、勘違いするな。お前たちは罪人。私と対等に話せるなどと思わないことだ。
てめえ、キルラ!チェチェになにしやがんだ!
ダメだよ、マチア!落ち着いて!
<飛びかかろうとするマチアを、チェチェがなだめる。その間、キルラは鞭を構えたまま冷たくふたりを見下ろしていた。>
チッ……わかってるよ……。申し訳ありませんでした。お許しください……。
申し訳ありませんでした、キルラ様。罰するなら、どうかマチアではなく私を。
くだらん茶番に興味はない。お前らは与えられた仕事をこなせば良い。
進捗は順調です。客人も、昨夜の内に全員そろいました。あとは、開幕を待つばかりかと。
……こちらも大丈夫です。開場中の警備は、万全かと思います。
ならばそろそろホールに出ろ。今回のオークションは年に一度の大きなものだ。間違いの起こらぬように勤めろ。
<それだけを告げると、キルラは踵を返し、部屋を出ていく。
かつて自身がファミリーと呼んだ、ふたりの少女にかしづかれながら――>
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<並ぶのは高級そうな調度品。流れるのは品の良い音楽。
すべてが、監獄とはまるで違う世界だった。>
ここ、いったいなんなんにゃ?なんで監獄の地下にこんな場所があるにゃ?
騒ぐな。怪しまれるだろ。
<確かに、周囲には人影がある。看守だ。多数の看守が、警備をするようにそこかしこにいる。
看守の何人かは怪厨な顔をしたが、あまりにもヴィタが堂々としているためか、なにも言ってこない。
だが、もっと気にかかるのは、それ以外の人影だった。
なにせ奇妙な紋様の描かれた四角いかぶりものをしているのだ。なにせ奇妙な紋様の描かれた四角いかぶりものをしているのだ。>
あのかぶりもの、見たことがあるにゃ。
<ウィズに言われて、君は思い出す。
初めてヴィタと会ったとき、尋問をしていたしわがれた声の人物。それと同じかぶりものだ。
いったい、彼らは何者で、なぜここに集まっているのだろう?君の頭は疑問符でいっぱいになる。>
説明はおいおいしてやる。だからあまりしゃべるな。進むぞ。ついてこい。
***
<君はだんだんとわかってきた。
かぶりものの人々は、その場にあるものを品定めしているようだ。金額が小声で言い交わされている。>
そろそろわかってきただろ?ここがなんなのか。
オークション会場にゃ。金額らしい数字と、落札とか入札という言葉が囁かれているにゃ。
正解だよ。なかなか賢いじゃないか。
<だが、人々はまだ到着を待ちわびている商品があるようだ。いったいなんなのかな、と君は訊く。>
なんだ、それには気づいてなかったのか。ま、すぐにわかるよ。
<君がなにかを言おうとすると、それを制するように、ヴィタは先にある扉を杖で指した。>
あそこの警備、なかなか厳しいな。面白いものがあるかもしれない。よし、いくぞ。
***
<君の魔法が敵を薙ぎ倒すと、ヴィタはやる気のない声で褒めた。>
おー、すごいすごい。やるじゃないか。
<さきほどからヴィタは戦いを君に任せている。なんで戦わないの?と君は訊く。>
めんどくさくなってな。ほら、ガキはきまぐれだから。
<ヴィタはそう言うと、守られていた扉をひらいて中に入る。>
都合のいい時だけ子供ぶってる気がするにゃ……。
<まあまあ、と君はウィズをなだめ、ヴィタのあとに続いた。
豪奢な装飾も調度品もその部屋にはなく、剥き出しの壁と質素な寝台があるばかり。まるでここだけが上の監獄と同じだ。
その中心には、鎖に縛られる人物がいた。君は少し驚いた。
大人の女性だ。それも人間の。君がこの異界に来てから、初めて見る。>
あら?あらあら~?お客様かしら~?
<ひどく場違いに明るく優しい声だった。>
う~ん、どうしましょう?なにも用意してなかったわ。とりあえず、お茶だけでも……わっ。
<女性はあわあわと歩きだそうとし、繋がれた鎖に引っ張られて、転びそうになる。
君は前に出て、受け止めようとするが、それよりも先に、ヴィタの手が伸びて、女性の身体を受け止めた。
瞬間、ヴィタの掌が触れた部分から、黒い閃光が放たれ、女性の身体が弾かれる。>
わわわ~。ビックリしましたぁ。
……束縛の呪いか。かなり強いな。
おい、お前。ここでなにをしているんだ?
はい、カティアと申します。よろしくお願いしますね。
……別に名前は訊いてないぞ。
あらあら、ごめんなさいねえ。おばさん、また失敗しちゃったかしら?それで、あなたたちのお名前はなにかしら?
<君は名乗り、ウィズを紹介した。>
あらあら、素敵なお名前ね~。はなまるあげちゃおうかしら?そちらのカワイイあなたのお名前は?
……ヴィタだ。
あらあらあらあら。こちらも素敵なお名前ねえ。どうしましょう、だれにはなまるをあげればいいのかしら?困ったわ~。
<カティアはしばらく小首を傾げた後、両の掌をポンと合わせて、明るく言った。>
わかりました。みんなはなまるです。ぱちぱちぱちぱち~。
な、なんだか気が抜ける人にゃ……。
<ヴィタは見定めるようにカティアをじっと見る。>
お前、ここでなにをやってるんだ?
え~と……なんでしょう?気がついたら、ここにいまして。ふふ。
ここに来る前は、どこでなにをしていたんだ?
ここに来る前?え~と……あれぇ?う~ん、なんだったかしら?
……忘れちゃいました。
<さすがになにもわからないのは怪しい、と君は思った。だが、それを聞いたヴィタは杖を回し、つぶやいた。>
『蓋は解に。枷は風に。』
<杖の先端がカティアを繋ぐ鎖に触れると――鎖が弾けとび、カティアは自由になった。>
あらあら、まあまあ。ヴィタちゃん、優しい子なのね~。
事情がなにもわからないのに、解放して大丈夫にゃ?
<頭を撫でようと伸ばしてきたカティアの手を避けながら、ヴィタはあっさりと言う。>
いいんだよ。他にはなにもないな。行くぞ。カティア、お前もついてこい。
え~、急に言われましても、う~ん、いいわよぉ~。
<本当に迷ったのかと言いたくなる速度で、カティアは快諾した。>
それじゃ、さっさとこんな部屋は出るぞ。
はぁい、いいわよぉ~。
<部屋を出ようとするヴィタに追いつき、なんでそんな簡単に信用したの、と君は訊いた。
返事は――?
……言いたくないことは言わない。そう教えたはずだよな。ガキのあやし方くらい、覚えておけ。
<その言葉は妙に重く、君はそれ以上、追求することができなかった。
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<なにかがおかしい、と君は思った。
ここの人々は身なりも交わす言葉も上品だ。なのに、なにかが致命的にずれている。>
キミもそう思うにゃ?なんだかここ……すごく嫌な感じにゃ。
<君がヴィタとカティアの背後を守りながら、周囲を警戒していると、ふいにヴィタが足を止める。>
どうしたにゃ?
しゃべるな。隠れろ。
<ヴィタは曲がり角に身を隠し、君たちもそれにならう。
曲がり角の先を窺うと――かぶりものをした人々をもてなしている、ふたりの少女の姿があった。>
本日は当オークションにお越しいただき、誠にありがとうございます。お気に召すものはございましたか?
いやいや、さすがコルテロ家の催しだ。どれも良い品ばかりで目移りしてしまう。だが……。
なにか、お目当てのものがおありのご様子……。
もちろんよ。メイン商品がまだでしょう?アレばっかりはこの場所でないと、なかなか手に入らないものですからねえ。
さすがご婦人。お目が高うございます。もう少々だけお待ちを。じきに上から届きますので。
頼むよ、キミ。なった(・・・)ものならどこででも手に入るのだがなりかけ(・・・・)は難儀するものでねえ。
なる瞬間が、一番の醍醐味ですものねえ。ホホホホホホホ。
<いったい、なんの話をしているのだろう?君が考えていると、ヴィタがつぶやく。>
ふん……。チェチェもマチアも板についてるじゃないか。
<あのふたりの少女と知り合いなのだろうか?そういえば、今つぶやいた名前には聞き覚えがある。>
「仲間は何人かいる。パスパル、チェチェ、マチア、ラガッツ――」
ヴィタが言っていた仲間の名前にゃ!あのふたり、ヴィタのファミリーにゃ!
お前、声がデカイよ。見つかるだろ。
<ヴィタの顔を知っているから隠れているようだ。だが、そもそも仲間ではなかったのか?なぜここで働いているのだろう?君はそう訊く。>
知らないよ。あいつらはあいつらの生き方を見つけた。それだけだろ。
<リヴィタの言葉からは感情が読み取れない。いったいなにを考えているのだろう?君がそう思っていると――>
あらあら~、可愛いわねえ。
<カティアがふわふわとした足取りのまま、ふたりの少女に近づいていった。そして――
おもむろにふたりに抱きついた。>
うわっ、なになになに!?
きゃっ!?え、どちら様ですか?なんで抱きついて……。
カティアと申します~。おふたりとも可愛いかったもので、ついつい~。
ついついって……ちょっと、は、放してよ。
あら、照れちゃって~も~可愛いわ~。おばさん、胸がドキドキしちゃう。
わ、私たち、仕事中なんで、あの、困ります。
あら~?じゃあお仕事が終わったら、もっとハグハグしていいのかしら~?
そんなこと言ってな……うわっ!ど、どこ触ってんだよう!うぅ……。だからこんなカッコ、したくなかったんだ……。
<チェチエとマチアはまったく動じずに抱きしめ続けるカテイアを強く拒絶もできず、あわてふためいている。
そのため、当たり前のことに気づいたのは見ていたかぶりものの男女だった。>
おお……人間の大人!それも女性か!もしやこれが……。
これ、もしかしてデモンストレーションかしら?さすがマディーロ様、イタズラ好きねえ。あら、でもそのちぎれた鎖……。
え?あ……!この人、もしかして脱走を……。
チッ、しかたない。
<リヴィタが曲がり角から飛び出し、カティアのもとまで走ると、空いた片手で彼女の手を握ってひっぱる。>
――行くぞ。
え、そんな、いきなり……いいわよ~。
ヴィタ!?なんでここに!
マチア!逃がしちゃダメ!
<逃げるヴィタたちを追いかけるチェチェとマチアの前に――
君が立ちはだかり、足元に魔法を放った!>
煙!?煙幕かよ!こんなものでごまかされると――
ゴホッ!ゴホッ!グォホッ!
マチア、大丈夫?危ないから煙から離れて。
いまのうちにゃ!私たちも逃げるにゃ!
***
どうやら撒いたようだな。
<ヴィタは立ち止まり、カティアの手を放した。>
あら~、お手々つないでおさんぽはもうおしまいかしら~?ざんねんだわあ。
ヴィタはひどいにゃ。キミにばかり戦わせて……。
私のコレは細かいコントロールが苦手なんだ。あそこで使ったら大ごとになっちゃうだろ。
<じゃあ仕方ないね、と君は苦笑をして諦める。代わりに、質問をした。
なんでこの地下に降りてきたのか、そろそろ教えてくれないかな、と。>
言わなくても、もうわかってるだろ。ここをぶっ潰すためだよ。
<そう言うと、ヴィタはカティアから少し離れ、声をひそめた。>
お前ら、あのカティアという女、なんだと思う?
<君は少し黙った後、言葉にするのも嫌な気持ちを堪えて、答えた。
このオークションの、商品だよね、と。>
正解だよ。ここはなんでも――人間でも獣でも売買するオークション会場だ。
あの女、大人なのに人間のままだからな。珍しいってんでさらわれたんだろ。それでああやって閉じこめられていた。
ここに来る前の記憶がないのは、奴らに消されたんだろうな。言動がおかしいのも、なにかされたのかもな。
<なんであの人にそこまで……と君が悲しい気持ちで言うと、ヴィタは鼻で笑った。>
安心しろ。当然あの女だけじゃない。この上の奴らだって、みんな同じだ。
<上?上にあるのは、監獄だ。つまり――
答えに行き着いた時、君の心に驚愕と怒りが湧きあがる。>
理解できたか?そうだよ。ここで主に売り買いされているのは、上の監獄の囚人だ。
囚人にガキが多いのは気づいていたろ?どいつもこいつも、たいした罪なんか犯しちゃいない。
目をつけた奴に難癖つけて捕まえてんだよ。ここで売りさばくためにな。
ここは闇のオークション会場。――この街で、もっとも腐った場所だよ。
そんな場所が監獄の下にあるなんて……なんで取り締まられないにゃ!治安を守る組織はどこにあるにゃ!
奴らは忠実に仕事しているさ。なにせこの施設の真の支配者は、ビスティア市長、マディーロ・コルテロだ。
この廃都を導く政治家様が、住人の血を啜り、肉を喰らい、命を弄んでいるのさ。
<君はカティアを見る。なにも事態がわかっていない様子で小首を傾げていたが、君と視線が合うと、笑って両手をふってきた。>
獣にならねえのは、嘘をつかず、純朴に暮らしている人間だけだ。ま、いい奴なんだろうな。
それを閉じこめ、記憶を奪い売りさぱこうとしてる。魔法使い、お前は許せるか?
<君は即座に首を横にふる。善良に生きる人間が踏みにじられるなど、あってはならないことだと思ったから。>
なら、手伝ってくれ。この先、私だけではちょっとしんどそうだ。
任せるにゃ!
すまないな。とりあえず、一度エレベーターに戻るぞ。カティアを上にあげる。
<了解、と答え、君は前を向いた。>
それにしても、ヴィタはここのことに詳しいにゃ、秘密の場所じゃないのかにゃ?
これでもファミリーのドンだぞ?これくらい、知っているよ。
……そう、よーく知っているよ(・・・・・・・・)……。
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<君たちがあと一歩でエレベーターまで戻れるというところで――>
やっぱここに来たねヴィタ!覚悟しな!
まったく……やっとチェチェとふたりで落ち着けると思ったのに、厄介事起こすんじゃねえよ。
<武装をしたチェチエとマチアが、道を阻んだ。>
ヴィタの仲間だったはずにゃ!裏切って恥ずかしくはないのかにゃ!
ねえよ、んなもん!私はチェチェが守れりゃそれでいい!
そもそも、私たちがこうなったのは、ヴィタがキルラの裏切りに気づかなかったからだろ?それでボス面されてもね。
それともなにか?アンタはあの最悪の監獄にずっといろとでもチェチェに言うのか?この私が許すわけねえだろ、そんなこと!
あらあら、怒っている顔も可愛いけど、ケンカはよくないわよ?そうだ、みんなでお茶しましょう!
カティア、下がってろ。これはファミリーの問題だ。
<君はカテイアの手を引き、後ろに下がらせる。そして、チェチェとマチアに向かい合い、カードを構えた。
どうやって脱獄したのか知らねえが、私たちに見つかったのが運の尽きだ。おとなしく捕まりな。
そうすれば私たちの待遇はもっとよくなる。いずれは歌うステージだって、用意してもらえるはず。
獣に与えられて、嬉しいのか?私たちはきたねえ獣への憎しみでつながったファミリーだったはずだろ。
<その言葉を聞いた瞬間、狂笑が響き渡った。チェチェだ。チェチェが腹を抱えて笑っていた。>
前から訊きたかったんだけどさ、ボス。アンタ、自分たちだけが人間のつもり?
確かに私たちはアンタに〈命の人形〉を預けて、歳はとらなくなったよ。おかげで獣にならずに済んでいる。
けどさ、それで本当に獣じゃないと言えるの?相手がきたねえ獣だからって、騙して、潰して、好き勝手やってさ!
それってどこが獣と違うのさ!説明できるのかよ、ドン・バビーナ!
<返答は、あくびと共に告げられた。>
ふぁ~あ。なんだ、言いたいことってそれだけか。
てめえ、チェチェの言葉を侮辱するのかよ!
いや、いいんじゃないか、反抗期。ガキだからな。それくらい、あって当然だろ。けど、ま、私は一応、ファミリーの長だからな。
反抗期のガキには、お仕置きしてやんないとな。
<ヴィタが笑みと同時に杖を掲げた瞬間――>
やらせるかよ!
<マチアの振るう巨大な斧がヴィタを襲う。――だがそれは、ヴィタに届かなかった。>
させないにゃ!
<君の放った火球によって、斧は大きく軌道をそらし、床に突き立った。>
なんだ?けったいな力を使うじゃねえか。それでビビるとでも思ってんのかよ。
いいじゃない。これでちょうど2対2。負けた言い訳はできないでしょ。ねえ、ボス?
てめえの無力さを思い知って、監獄へ帰りな!
***
<以前、パスパルの怪力は君を苦しめた。だが、マチアのそれは、パスパルの比ではなかった。
自分の肉体よりも巨大な斧を、暴風のごとく振り回し、止むことがない。まるで暴力の嵐だ。
魔法で防御障壁を張ったところで、防げる保証はない。君は避けることに集中した。>
早く死ねよ早く死ねよ早く死ねよ……早く死ねよ!
<言葉と共に叩きつけられた斧が床を破砕する。こんな攻撃、いつまでも続けられるはずがない。君はそう思ったが――>
疲れるのでも待ってんのか?無駄無駄、無駄だよ!
この子の限界、いつ来るにゃ!?
ねえよ、んなもん!愛にはなあ、限界なんてねえんだ!チェチェがいる限り、私は止まらねえ!
<苛烈な想いが、肉体に限界を忘れさせる――それはただの思いこみかもしれないが、倒れるまでその思い込みは続くだろう。
一方、ヴィタは――
ほらほら、どうしたんだよ、ボス!
<チェチェがふりまわすマイクスタンドを、杖で受け止めるので精一杯のようだ。>
このまま決まっちゃうよ!?お得意の呪いとやらは使わねえのか?
あれは結構集中がいるからなあ。こうも休みなく攻め立てられると、なかなかな。
だったら、そのままイッちゃいなよ!
<君はヴィタを助けに行きたいが、眼前のマチアがそれを許さない。
ふたりの呼吸が乱れれば、つけいる間隙があるはずだが――
君が考えていると、ヴィタがうんざりしたようにつぶやく。>
暑いな。だから運動は嫌なんだよ。パスパルみたいに、いい風でも吹かないかな。
<ヴィタは君の方も見てもいない。だが、君にはその言葉の意味がわかった。>
ちょこまかしつけえんだよ!いい加減、くたばれってんだ!
<マチアがふたたび、斧を軽々と振りかぶる。
その瞬間、室内に突風が吹いた。君の魔法だ。
突風はマチアの背を押し、斧を頭上に掲げたマチアを、一歩だけ前進させた。
マチアの膂力(りょりょく)・脚力であれば、強引に止まって、振り向きながら斧を振るうこともできたはずだ。
だが、マチアはそれを選ばなかった。一歩縮んだ距離はチェチエにまで斧が当たる可能性を高くしていた。>
……クソが!
<次の瞬間、斧を手放したマチアが、もんどり打って床に倒れる。万が一にも、チェチェに危険が及ぶのを恐れたのだ。>
マチア!大丈夫!?
<ヴィタを襲うチェチェの猛攻が、一瞬止まった。ふた呼吸分ほどのその間を、ヴィタは逃さない。>
『暗く深く重く沈め』
〝深淵に喚ばれし者〟(デプス・コール)
ヴィタの杖から、禍々しい輝きが放たれ――
無数の手で床に貼り付けられたように、チェチェとマチアは身動きができなくなった。>
これは……やりやがったなヴィタ!
無理に動くなよ。どうなっても知らないぞ。
あうっ……。
<強引に立ち上がろうとしたチェチェが、苦痛の呻きをあげる。>
ほらな?大人しくしておけよ。そんな長い時間かけられるものじゃないんだ。
行くぞ、魔法使い、カティア。
<君たちは悔しそうなふたりを置いてエレベーターに向かう。
その背に、怒りと悲しみと諦念と、すべてが入り混じったマチアの声が投げられる。>
いまさらなにする気だよ!私らはキルラにもマディーロにも逆らえないだろ!
奴らのところに〈命の人形〉がある限りは!
<エレベーターまで戻った君たちは、カティアだけを乗せて、地上にあげる。>
あとはパスパルがなんとかするだろ。
あら、この先にも可愛い子がいるの?ふふ、いいわよ~。
<カティアが姿を消すと、ヴィタは息を吐いた。>
なんか……疲れたな。魔法使い、なんなら帰るか?
<君は首をふる。あの人のような被害者を生み出しているなら、この場所を放ってはおけない。
と、そこで、周囲にアナウンスが流れだした。>
”選ばれしご来場の皆様方。大変お待たせいたしました。ただいまより、オークションを開始いたします。”
<あちらこちらの部屋の扉がひらき、大里の人影が姿をあらわす。その多くが、あの奇妙なかぶりものをしている。
同時に、多数の看守がわらわらとあらわれる。――君たちに銃口を向けながら。>
あれだけ大騒ぎすりや、当然か。ま、いいさ。足手まといはいないんだ。
<無数の銃口に向けて、ヴィタは一歩踏みだす。>
さあ、魔法使い。終わりをはじめるとしようか。
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失礼いたします。マディーロ様。少しばかり、問題が起きているようです。
わかっておるよ、当然な。
<マディーロはひざの髑髏をさすりながら、泰然と言う。
マディーロは呪術によって、すべてを監視しているのだ。
島中にオブジェとして置かれた髑髏。それがすべてマディーロの目の代わりとなる。この島に、マディーロの知らないものはない。
中継用の呪具を使って遠見の力を増幅させることで、地下にいる今も、監獄のすべてを把握しているのだ。>
呪術を使いおるとはの。とはいえ、四言呪程度ではとてもとても……。ホッホッホッ。
リふむ、しかし牢を出る姿は見えなんだな。どうやって監獄を抜け出してここに来たのか、気になりはするが……なに、良い余興よ。
なにより、ようやっと〈奴隷の鍵〉を出しよったどこに隠しておったのかは知らぬが、これは好機というものよ。
ひとたびこの手から取りこぼした世界――今度こそわしのものとする時が来たということよ。
やってくれるな、キルラ。
ハッ。そのための力は、マディーロ様よりいただいております。
<キルラは手にした白鞘の刀をわずかにあげる。>
良いぞ。使いこなしてみせよ。そして証明するのだ。お前の覚悟、お前の力をのう。
ご期待に応えるため、私はコルテロに戻ってまいったのです。どうか、その目でお見届けください。
もちろんだよ、わしの可愛いキルラ。お前はわしを裏切らんだろう?アレとは違ってな。
<アナウンスが響く。>
”ご来場の選ばれし皆様方。大変お待たせいたしました。ただいまより、オークションを開始いたします。”
さあ、ゆこうぞ。すべてを終わらせ、はじめるためにのう。ホッホッホッホッホッホッ!
<マディーロは歩きだす。その手にはバビーナファミリーの命が詰まった鞄が下げられていた……。