【黒ウィズ】リルム編(クリスマス 2016)Story
2016/12/14
story
我だ。
魔杖エターナル・ロアだ。我はいまも小娘と旅をしている。
ちなみにいまは……。
あの世に来ている。
来るのは別にいいんだけど、帰り方がわからないからなあ。
そもそもなぜこうなったのか。そのあたりを説明しなければなるまい。
あれは年の終わりの忙しない時期である。街は赤や白の飾りやキラキラと光るオーナメントで飾られていた。
何もない時は死んだ魚の様な眼をしている小娘もこの時ぱかりは眼を爛々と輝かせた。
そして聞いただけでこちらの思考能力を奪うような声でこう言った。
杖が呼んでも聞く耳を持たないくせに、祭りだと呼んでもないのに、呼ばれた気がするようだ。
アホだから仕方がないので深くは考えないでおこう。だが……。
いつもなら無駄遣いや仕送りが止められるなどで、年中金欠の小娘が、なぜか最近は羽振りが良い。
どうやらソフィから小遣いをせびっているようなのだ。
だらしがなく、自堕落な生活を送っているとは思っていたが、まさか親友にお金をせびるほど落ちぶれていたとは……。
さすがの我も小娘に落胆し、もうそろそろあやつの杖を辞めようかと思っていた。
そんな話をイーニアに相談してみたことがある。ちなみに彼女とは茶飲み友達のようなことをしている。
お互い気苦労が絶えない身である。なんとなく話が合つたのだ。
嘘をつかないことや曲がったことを許さないところとか。
そんなイーニアとのやり取りを思い出した。
小娘の良い所。考えるだけ時間の無駄の様な気がする。
ふと我が物思いにふけっていると。
小娘に置いて行かれた。
***
このままニューイヤーまで一気に駆け抜けるぞー。
シャンシャンリンリンと鐘やら鈴やらの音が情緒的な雰囲気を醸し出す中、よく通る間抜け声を頼りに我は小娘の元へ向かった。
無防備極まりない隙だらけの背後から、我は小娘に声をかける。
ちなみに、小娘を探すために、そこらの人間の体を乗っ取らせてもらった。
バレたらあの娘に気色の悪い目に合わせられるではないか。
お前の名はリルム・口ロットだ。魔道百人組手の為に旅をしている。違うか?
ここまで聞いてようやく合点がいったのか。小娘は目を丸くして驚いた。
大人の人を呼ぶとすごくややこしいことになるから絶対にやめろ。
じゃあちょっとお腹が痛いから向こうで休憩してもいい?
まあいいや。とりあえずその杖、私のだから返して。
そう言われて、我ははたと思い至った。
わざわざ小娘の元になぜ戻って来たのか。このまま逃げればよかったのではないか。
我、杖生最大の失態。
しかし、そう思ってももはや後の祭り。小娘は臨戦態勢に入っていた。
***
飛びかかる小娘を振り払おうとした瞬間、我の手から我がすっぽ抜けた。
いや、何を言っているか我自身も意味不明だが、事実だから仕方がない。
我からすっぽ抜けた我はくるくると回転しながら、空高く舞った。
小娘も何事かと呆然と我を見上げる。
ほんのわずかな時間、お互いが無防備になった。
そして。
我の頭(いつも光っている方)と小娘の頭(空っぽのヤツ)がぶつかった。
こういう場合、よく物語などでは、お互いの精神が入れ替わり、
てんやわんやの大騒動が起こったりもするのだろうが、我と小娘の場合は……。
なぜか両方とも死んだ。
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で、いま我と小娘はあの世にいるわけである。
死んでこれだけ気楽な声を出せるのは小娘の才能かもしれない。
どこで活かせるかはまったくわからない才能である。
歩けば棒にでも当たるだろう。
とまあ、小娘はあの世をえっちらおっちら進み始めた。
棒に当たったところで、何も解決しないだろうしそもそもお前は杖(棒)に当たって死んだのだ。
やはり死んでもアホは治らないのだろう。
などと小言の一つでも言いたいのだが、小娘は都合の悪いことは無視するので、やめておいた。
そうこうすると、目の前から妙な骨が歩いてくる。
あっしはそこらの馬の骨とは訳がちげェんだぜ。
ここらじゃちょっとは名の知れた骨なんだよ。
珍妙な奴だが、害はなさそうだった。
死んだばかりで、右も左もわからないんだよね。
ついてきな!
珍妙な骨についていくと、妖しい雰囲気の女と対面させられた。
女の傍には物静かな少女。
まるで対照的な雰囲気のふたりだが、どこか似ている、そんな気がした。
小娘の気の抜けた挨拶に、眉ひとつ動かさず、女は答えた。
何を連れてきたの?
vイザヴェリ。この子、死ぬべき運命を経ていない。
私には分かる。
Iそうね。随分生臭い。
Iアンタもよ。
vイザヴェリ。表現が悪い。
と、少女が女をたしなめる。なぜあのような少女が、殺気すら漂う女に意見できるのか。
少し不思議な気がした。
とても歪なふたり組である。死の国ならではなのだろうか。
vあなたたちは何かの間違いでここに来たの。
Iだから。帰るか。永遠に、ここに残るか選びなさい。
Iそれなら、案内してあげなさい。
Iそうよ。他に誰がいるの?
有無を言わせぬ眼光に、骨が首をすくめた。
***
我と小娘は珍妙な骨の漕ぐ船に乗って、河を渡っていた。
嬢ちゃんもざぶんとつかって、浮き世の汚れを落としたらどうだい?
我の声が聞こえているくせに、長いこと無視していただろう。
あれは嘘とは言わないのか。
どうやら杖は頭数には入ってないようである。
お。あれは何?
さて。そろそろ向こう岸に着くぜ。
***
船が岸に着くとゆらりと現れた少女が、我たちに声をかけてきた。
案内役を骨から少女に変えて、我と小娘はあの世を進んでいった。
まことに忙しない話だ。とても死んだとは思えないほどである。
随分と若い小僧がやたら偉そうな態度で、我と小娘に話しかけてきた。
と言ってもここは普通の理が通じる世界では無さそうだ。
見た目で判断は出来ない。
ちなみに、ボクの方が偉いからね。ほな。本題に戻るで。
ボクらとしてもそういうイレギュラーは出来る限りなくしたいし、元に戻せるなら戻したい。
幸いキミを元に戻す確実な方法がある。
そうすると、キミは甦れるんや。
キミも自分でちょっとはおかしいと思わんかったん?
それまで暇だなー。何しよっかなー?
というわけで。
我は気持ちを切り替えて、この世に甦った。
しかし。
なぜか小娘の命を任されてしまった。
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というわけで、我は小娘の命を救うべくこの世に帰って来た。
まあ、そういう成り行きになっただけであって、我が杖生最大の災厄である小娘をなぜ蘇らせなければいけないのか。
常識で考えれば、あり得ない話である。
などと考えていると、不意に隣で倒れている小娘の顔が目に入った。
非の打ち所の無いアホ面だった。
アホ面・オブ・ザ・イヤーだった。
甦らせるか放っておくかの答えは保留しておくとして、杖の状態ではそのどちらも出来ない。
なんとか人型にならなければ。誰か我を手に取りそうな人が通らないだろうか。一度、手に取るだけでいいのだが。
そんなことを考えていると。
人に兄者を消し炭にされた恨み。必ずや晴らしてくれるわ!
手が来た。
手の魔物が来た。まあ、我を手に取ることは出来そうなので、贅沢は言わないことにした。
こういうことは独力で、独立独歩の姿勢で達成しなければ意味がない。私はそう考えます。
真面目過ぎるとお笑いになるかもしれませんが、それが私の性分なのです。そうやってこれまでの魔物道を歩んできました。
それに、私には杖を持つ手がありません。残念ながらあなたの頼みは叶いそうもありませんね。
この人の手と私の体、形がちょっと似てるなあ。とか思っていました。なるほど、そういうことですか。
私はいま新しい世界を知りました。そして、この体で一度杖を持ってみたい。そんな気にもなってきました。
私はいまから生まれて初めて杖を握るのですね。さすがに興奮を禁じ得ませんね。では、ちょっと失礼して。
とその魔物は我を手に取った。
しかし身動きが取れるようになったとはいえ、どうするか。
アホ面を眺めながら、我は小娘を蘇らせたところで、この世に何の益があるのか。
むしろこやつを蘇らせない方が、世の中にとっては有益なのではないか。
そんな考えに傾いてきた時、
我と小娘の上に巨大なホウキの影がかかった。見上げると、そこにはソフィのリムジンほうきが浮かんでいた。
黒塗りの大きな柄の真ん中にあるドアが上に持ち上がる。
状況を察したソフィは我に言った。
我は意識のない小娘を抱え、ソフィのリムジンホウキに乗り込んだ。
***
全ての話を聞き終わると、ソフィはキャビネットからグラスをふたつ取り出す。
そして氷が満たされたクーラーに突き刺さっているミルクでその中を満たした。
良く冷えたミルクは、すぐにグラスを水滴の化粧できらめかせた。
我は勧められるまま、ミルクに口をつける。
普段ならこんなものを口にすることはない。
もしかすると、我の中に焦りのようなものがあったのかもしれない。
我は心の奥のむず摩いものを振り払うように、話を続けた。
ソフィは小娘の親友だ。ソフィならば何の迷いもなく、小娘を蘇らせるだろう。
だがソフィは首を横に振る。
昔の自分は槍だったって。
そう言われて、我はこれまであった小娘とのことを思い出してみた。
ムムム……。
聞こえているのか、聞こえていないのか。ヤツは初めてだ。
ロクなことが無かった。
あのろくでなしはお前にも金をせびっているではないか。
そんなヤツを蘇らせる価値があるのか。
ソフィがバーネット商会を設立する時に、リルムちゃんが奔走して、お金を集めてくれたの。
だからリルムちゃんにはその時の報酬として、毎日お金を渡しているの。
あんまり大きな額だと使い過ぎちゃうからって、少しずつ渡してるんだよ。
それは初耳だった。
それが無くなったら子供たち、悲しむと思うな。
***
死ーーーん……。う。ぶぅっはっ!
体は大丈夫?
我は鐘楼の上から祭りで賑わう街を見下ろしていた。
街は近づく夜の薄暗さを、灯の光のほのかな暖色で、染めていた。
今頃、小娘が子供にプレゼントを配っているのだろう。
そんな風なことを呟き、我はこの街を去ろうとした。
すると。
私もソフィちゃんみたいにリムジンほうき作ろうかな。
すぐ会えた。
口の端も乾かぬうちから、性懲りもなく、小娘がわいて出てきた。
気分もへったくれもない登場の仕方である。我は慌てて、物陰に隠れた。
どうやら小娘は屋根伝いに家々を回っているようだった。
黒山の人だかりの街の通りを避けるためだろう。無い知恵を振り絞ったようだ。
登り切った屋根の上で、ぽつりと小娘はつぶやいた。
その言葉を聞き、我も少し感傷的になったのか。
我はなぜか小娘の背中に近づいていった。理由は、説明できない。
あるいは我がただの杖だった時の、持ち主の元へ戻ろうとする感覚が蘇ったのかもしれない。
我は小娘の肩に手を置いた。振り返った小娘の眼は驚きの色に満ちていた。
このぉお!グレェェー―ト……。
そんなことよりも私の杖!おーい、杖の人。元気?
間一髪、体を切り離したおかげで、我は無傷で済んだ。
無くなったのバレたら、またエリスさんにあばばばされちゃうからねー。
よいしょ、ムムム……。
というわけで。
よくよく考えると死んだり、甦ったり、飛んだり忙しい日であった。
しかし……。こんな奇跡のような日があってもいいかもしれない。
一年に一度くらいは。
ところで、体として使っていたあの魔物には少し悪いことをした。
どうなってしまったのだろうか?