【黒ウィズ】聖サタニック女学院 Story5
聖サタニック女学院 Story4
聖サタニック女学院 Story5
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ルルベルの行方を追い、校舎内を歩いていると、君は廊下の隅で、膝を丸めて座っている彼女を見つけた。
楽しそうに休み時間を過ごす生徒たちと違い、むすっとした顔で世界に何も楽しいことなどないと言い出しそうな様子だった。
rなんだニンゲン。何か用か?
君を見て、ルルベルはぶっきらぼうにそう言った。
目を合わせようとしないのは、気まずいからなのだろう。
隣に座ってもいいかな。君はルルベルに訊ねる。
rダメだ。……でも猫はいいぞ。
wそれならお言葉に甘えるにゃ。
ウィズはルルベルの隣に遠慮なく腰を落とす。こういう時、猫の姿は便利だなあ、と君は少しおかしく思う。
君はウィズを挟むような形でルルベルの隣に座る。
特にそれを咎める様子はなかったので、君はそのまま座り続けることにした。
するとルルベルが口を開いた。
rおい、ニンゲン。ニンゲンってなんだ?
わからない。と君は素直に答えた。
迷う素振りもなく答えた君に、ルルベルはまた別の質問を投げかける。
rおい、ニンゲン。邪神ってなんだ?
わからない、と君は答えた。
rあたしも、邪神がわからない。
ルルベルがそういうのを問くと、ウィズはやや大げさな調子で聞き返した。
wそれはおかしいにゃ。邪神は仲間のことを考えないと言ったのは君にゃ。
自分でもわかってないのに、そんなことを言ったのかにゃ?それは嘘つきにゃ。
rうるさい猫。あたしには以前の記憶がぼんやりとしかない。ズローヴァもいないし……。
体もこんなのだし。力もない。ニンゲンより弱いじゃないか。……これが邪神か?
邪神ってなんだ?まったくわからん。
邪神というのはルルベルのことだ、と君は言う。
邪神らしくいたいのなら、ルルベルらしく振る舞えばいい、と続けた。
rそれはあのルルベルか?
中央にそびえ立つルルベル像を指差した。このルルベルだ、と君は間近のルルベルを指差してやる。
ルルベルは相変わらずむすっとした顔で、君の指先を見ていた。
wルルベルはいまどうしたいにゃ?
ウィズの言葉に、ルルベルは膝を抱き寄せる。
rあやまりたい……。
小さな声でそう呟いた。
それなら教室に戻ろうと言い君は立ち上がる。
r邪神らしくいるためだ。仕方ないな。
君が立ち上がったのを見て、ルルベルも恥ずかしそうに立ち上がる。
素直じゃないのも、ルルベル流なのだろう。君とウィズは顔を見合わせて少し笑った。
***
教室に戻ってみると、君とルルベルを見るなり生徒たちが駆け寄って来た。
その顔には戸惑いの表情が浮かんでいる。
見ると、ミィアがぐったりとした様子で、突っ伏していた。
教室に帰ってくるなり、突然体調を崩したらしい。
rミィア……。
傍らには、あの時手渡された黒い薔薇があった。
Iこれは……黒薔薇のディシプリン。
振り返ると、他の生徒に呼ばれてやってきたイーディス、カナメ、クルスが立っている。
うなされるミィアを見るなり、イーディスは「黒薔薇のディシプリン」という聞きなれない言葉を呟いた。
cイーディスくん。その黒薔薇のディシプリンというのは一体何かな?
僕が理事長になったのは、つい最近でね。その言葉を聞くのは初めてだ。
I黒薔薇のディシプリン……って何だったかしら、カナメ。
k覚えてないのね……。
Iええ、まったく。
k黒薔薇のディシプリン。この聖サタニック女学院に伝わる恐るべき決闘方法のひとつよ。
その決闘方法は、二人一組で行われる。
戦うのは、各組の代表者ひとりだが、そのパートナーは遅行性の毒を「黒薔薇」の香りに混ぜられて与えられる。
そして、互いのパートナーが必要とする解毒剤は相手の決闘者が持つ。
解毒剤は相手側が持つ「黒薔薇」である。
kつまり、勝たなければ自分のパートナーが死ぬ。ミィアはそのパートナー役に指名されたのね。
相手の決闘者に……。恐らくアリーサね。
Iあなたたちは決闘者を選んで、アリーサと対決しなければいけないわ。
kそうしなければ、ミィアは死ぬ……。
「死」という言葉が教室を戦慄させる。
kひとつだけ言っておくと、かってこの戦いでふたりとも無事で生還した組は一組しかいないわ。
君の隣に立つルルベルの顔色が変わる。
Uわ、私が……。
名乗り出たウリシラは、直前の戦闘による消耗が顕著だった。
とても戦えるような状況ではない。
sウリシラはダメよ!そんな体じゃもたないよ。それなら私が……。
声は上がるが、どこか自信に欠けた声だった。だが……。
rあたしがやる!
その声だけははっきりとしていた。戦う意思のこもった声だった。
ルルベルの声を受けて、イーディスは言った。
わずかに喜びの感情が、鉄のような彼女の表情からこぼれる。
I決まりね。
kええ。決闘者にふさわしいわね。
sでも……。
kまあまあ、先輩の意見は聞いておきなさいよ。特に……。
I「黒薔薇のディシプリン」を生き残った先輩の意見はね。
さあ、行きましょう。決闘場所は校舎の屋上よ。そこまでは私たちが援護してあげるわ。
***
行く手を阻む生徒会の生徒たちを蹴散らし、君たちは校舎の頂上に辿り着く。
邪神像の頭上が「黒薔薇のディシプリン」の伝統的な決闘場所だという。
そして、そこに立っていたのは、推測通りの、黒薔薇を持った少女だった。
Aよく来たな……。決着の時だ。決闘者は前に出ろ。
応じて、ルルベルが前に出る。アリーサはその光景に少し驚いた顔をした。
だが、すぐさま彼女は顔を怒りに紅潮させて目を剥き叫んだ。
Aバカにしているのか!無能のチビに何ができる?もっとまともな者を出せ!
怒気をはらんだアリーサの叫びを受けても、ルルベルはひるまず、アリーサを見据え続ける。
決して一歩もその場から動こうとはしなかった。
I一番適任の者が出ているじゃない。
と、イーディスが口を開いた。それ以上は何も言わせない。不満も、不服も、それに類するものは何も。
いつもと変わらないイーディスの口調だったが、言外には強く高圧的なものが感じられた。
アリーサはただ、自らの言葉を飲みこむしかないようだった。
kそれよりもあなたの方のパートナーは誰?そちらも身代わりを用意するのが習わしよ。
Aもちろんだ。アリーサの方はこいつだ!
アリーサは力強く、指し示す。
gえ?俺?
その場を謎の沈黙が覆う。
rk(ええー……釣り合ってないー……)
Aついでにパプロ先生もつける!
pえっ!
Aもうふたりには猛毒を盛っておいた。
pg(通りで調子悪いと思った……)
Iオーケー。状況は整ったようね。
k(強引に進めた……?)
c立会人はこのクルス・ドラクがドラク家の名において行おう。
k(乗っかった……)
cあの名高い黒薔薇のディシプリンをこの目で見られるとは……ドラクの血が滾るよ。
k(あなた知らなかったよね……)
A待て。お前の隣のニンゲンはなんだ。戦いは一対一のはずだぞ。
アリーサは君を指さす。確かに君が参加するのはルール違反かもしれないと思った。
wここはルルベルに任せるしかないにゃ。
ウィズの言葉に従い、君は一歩後ろに下がる。だがルルベルは君の袖をつかみ、それを止める。
rこいつは学級飼育のニンゲンだ!ニンゲンは頭数に入らないぞ。
だからここにいても全然問題ない!
問題ない……のだろうか。頭の中ではそう思っていたが、君は黙ってアリーサの言葉を待った。
アリーサはしばらく考えて、納得したように言う。
Aなるほど。そういうものかもしれない。いいだろう、まとめて片付けてやる。
何がなるほどなのだろうと首を傾げながらも、こうやってみんなの窮地を自分で救えることにありがたい思いもあった。
w理由はなんでもいいにゃ。
師匠もそういうことだし、と君は戦いの構えを取る。
rこの戦いは負けられない。
もちろんだ。負ければ大事な仲間を失う。
r絶対に負けられないのよ。
***
君とアリーサの激しい魔力のぶつかり合いが、何度も何度も繰り返された。
ルルベルも彼女なりに出来ることで、君をサポートしていた。
rニンゲン!今度は右からくるぞ!
ルルベルがアリーサの攻撃の出所を君に知らせる、君は即応して、右の防御を固める。
事無く終わる。ルルベルのおかげだ。
アリーサはキッと鋭くルルベルを睨む。上手くいかない苛立ちが全てルルベルに向けられる。
Aちょこまかするな、チビ!邪魔だ!
アリーサの放出する帯状の魔力がルルベルを襲う、咄嵯に君はルルベルの前に出た。
蛇のように不規則な軌道が大挙して君に襲い掛かる。
逃げられない……!
さながら蛇穴に落ちた兎の末路の如く、君の体にアリーサの魔力が際限なく絡みつく。
Aははは。終わったなニンゲン!チビ、次はお前だ。そこで待っておけ。
ルルベルが悔しさに唇を噛み、握りしめた拳を震わせていた。
rぐ……。またあたしは守られるだけ……。
絡みつく魔力の帯は君を締めつける。もがくたびに締め付ける力が増していく。
喉元に冷たい感触が這い、あらぬ方向へと君の首を持ち上げる。
ダメか……!
君の心を諦めの感情が支配し始めた時、締め付ける力が緩んだ。
rチビチビうるさいのよ!
見ると、ルルベルが魔力の帯を鷲掴みにしている。
小さい体のどこにそんな力があるのだろうか。
少しずつ少しずつ君を締め付ける力が緩む。魔力の帯が徐々に細くなっている。
つまり……。
w魔力を吸収しているにゃ……。
まるでルルベルが魔力を喰っているようだった。そして、魔力を喰らうごとにルルベルの力がどんどん増大している。
Iルルベルは魔界の瘴気の淀みから生まれた邪神。
その場の魔力が高まれば高まるほど、自身の力を強くする。
cそれは、面白くなったということでいいのかな?
kアリーサにとっては面白くない状況でしょうけど。
魔力の帯はあっという間にやせ細っていった。
もう君を苦しめるほどの力はない。
Aくそ……何をしたチビめ!
r何もしてないわ……。
ルルベルの体を怪しい光が覆う。その光の輝きはさらに増していく。
爆発的な魔力が渦――激しい過流となり、ルルベルヘと収斂した。
rただ復活しただけよ!
光を集めたその体は、そびえ立つ像そっくりの、邪神へと成長していた。
魔力の帯を引きちぎると、ルルベルは人差し指を天にかざす。その指先に巨大な魔力の塊が生まれる。
傍から見るだけでも、死を予感させるほどの巨大な塊だった。
それをアリーサめがけて振り下ろす。
rこれが邪神の力!味わいなさい!
ものすごい爆発だった。あんなものを喰らえぱひとたまりもない。だが……。
砕けたのは、校舎だけだった。
A……どうして?どうして殺さなかった情けをかける気か!それでも邪神か!
弾道はわずかにアリーサを逸れていた。彼女は傷ひとつ無く、その場に立っている。r勘違いしないで、あたしはルルベル。あたしはあたしのしたいようにやる。
誰の指図も受けない。それだけよ。
ルルベルのロから仲間という言葉が自然と出た。妙な邪神に対するこだわりも消えたのだろう。
wどんなものでも、成長するときは早いものにゃ。
でも、あの子はちょっと急激すぎるにゃ。
とウィズは冗談ぽく笑って言った。
アリーサは悔しそうにうつむいている。
敗北し、情けをかけられる。魔族としてそれは、死よりも重い恥なのかもしれない。
その傍へそっとイーディスが降り立つ。
Iアリーサ。ここまでね。
それでも沈黙を続けるアリーサの背中に、イーディスは語り始めた。
I……ねえ、こんな話があるわ。とある王には三人の息子がいた。いつもケンカばかりするような愚かな息子たちだった。
Jある時、王は息子たちを呼び出し、ひとりに一本ずつ矢を渡したわ。
その矢を折ってみよ、と。……もちろん矢は簡単に折れた。
では三本束ねた矢はどうか、と王は言った。今度はひとりの力では折れなかった。
そして王は言うのよ。三人、力を合わせればどうだ。と。矢はたやすく折れたわ。
A…………。
Iアリーサ。この話、どういう意味。私さっぱりわからないわ。
kいや、大体わかるでしょ。この場に結構あってたし。
cこの聖サタニック女学院のモットーは仲間を大事にする。
生徒会長。君に欠けているのはそれだけだ。それは、すぐに学べることだよ。
k理事長、そんなモットー、うちの学校にはありません。
cうん。いま考えた。
***
黒薔薇の毒から目が覚めたミィアが最初に見たのは、いつも巨大な像として見ていた邪神の顔だった。
rあんた、大丈夫?
心配そうに見下ろしている顔が、自分の知っているルルベルと結びつくには、少しだけ時間がかかった。
m私、寝ちゃったのかな?へへへ……大丈夫、元気だよ。
誤魔化すように笑いながら、もつれた足取りで彼女は立ち上がる。
mルルちゃん、ちょっと見ない間に大人になったね。
rどう?立派な邪神でしょ。
mうん。
r仲間を大事にする立派な邪神よ……。
mルルちゃん……。
頭からなんか出てるよ。
言う通り、ルルベルの頭から紫色の煙が出ている、君もさっきから何だろうと思っていた。
rえ?うわ、うわ!瘴気漏れてる!ちょっと、ちょっ!止まらない!
どうやら吸収した魔力や瘴気が頭から漏れているらしい。どうして頭からなのかはわからないが。
やがて、漏れた瘴気がルルベルの周囲を取り巻き……。
あれー……?戻っちゃった……。
mいいじゃん。そっちの方が似合ってるし。
Uそうだね。かわいいし。
rあたしは強いルルベルでいたいの!
と駄々をこねるルルベルだが、たぶん簡単にもとに戻ることはないだろう。
wやれやれにゃ。まったく人騒がせな邪神にゃ。
いいんじゃないかな、と君は答える。あんな邪神なら何も問題ない。
wそれもそうにゃ。
仲間想いの邪神なら、何の問題もない。
そんな風に考えながら、君はこの奇妙な世界で出会った仲間たちのもとへ歩いて行った。