【黒ウィズ】黄昏メアレス2 Story2
story
翌日、君たちは例によって、〈巡る幸い〉亭に集まっていた。
難敵のひとりを討ち果たした――喜ぶべきことのはずだが、みな、複雑な表情をしていた。
仲間をかばって散る……そんな〈ロストメア〉がいるとはな。
自分の命を捨ててでも、何かを成し遂げようとする人間はいる。それと同じよ。
なんだろうと、敵は敵だ。奴らが何を考えているかなど、気にする必要はない。
あら。〈ラウズメア〉のこと、気にならないの?知り合いの夢かもしれないんでしょ。
関係ない。知り合いと言っても、ろくでもない相手だ。
重い刃物で言葉を断ち斬るような言いように、ウィズが君の肩の上で、そっとささやいてくる。
出会い頭からつっけんどんだったけど、昨日の戦い以来、いらいらしてるっていうか、どうも余裕のなさそうな感じだにゃ。
君も同感だった。だいじょうぶだろうか、と思っていると、ミリィが元気よく店に入ってきた。
おはようございまーっす!
重い空気を明るい声で蹴っ飛ばし、君たちのテーブルに滑り込んでくる。
いやあ、あれ?
みなさんおそろいで……って、コピシュ、いっしょじゃないんですか?
もうすぐ来るわ。あの子、今朝はゼラードの見舞いに行っているから。
〈裂剣(ティアライザー)〉コピシュ……。
レッジが、ふとその名をつぶやいた。苛立ちが鳴りを潜め、思案げな表情になる。
本当なのか?彼女が〈メアレス〉でないというのは。
にゃ?
君とウィズは、驚いて顔を見合わせる。
そうか。あんたたちにはまだ話していなかったな。
あの子は夢を抱いたのさ。〝父を癒す〟〝父のような剣士になる〟そのふたつの夢をねえ。
でも、夢を持っていては、〈ロストメア〉とは戦えないはずだ。
それが、あの子の面白いところでねえ……。
身体に魔力を巡らせ、感覚を増幅……無理やり、無我なる〝剣の境地〟に立つことで、〈ロストメア〉の叫びを無効化しているのさ。
ただ、そのやり方は、身体に大きな負担をかけることになる。だから、長時間の戦闘は厳しいのよ。
ゼラードさんが早く治ればいいんですけどねー……。
――!
君とリフィルは、同時に立ち上がった。
どうした?何があった。
魔法使い――
こちらを見つめてくるリフィルに、君はうなずきを返す。
都市中を魔力が駆け巡っている。あのとき……〈ミスティックメア〉が魔法陣を形成したときと同じように!
魔法陣って……あの、都市中の魔力を門に集めてたヤツ!?なんでいまさら!
わからない。けど、あの〈ロストメア〉たちが何かしたのはまちがいない。
とにかく状況を確認しないと。まずはコピシュを拾いに行く!
〈ロストメア〉同士、手を組んで襲ってきた、か……そいつは厄介だな。
清潔に整えられたベッドの上で、ゼラードは腕組みをして唸った。
はい。それぞれ特殊な能力を持っていて……わたしの剣が通用しない相手もいて……。
しゅんとなって、うつむくコピシュ。ゼラードはそんな娘の頭に手を伸ばし、軽く触れて笑いかける。
そうしょげんなよ、コピシュ。どうせ、剣でできることにゃ限りがあるんだ。なら、割り切って剣でできることを探しゃいい。
……そうですね。
コピシュが、ふっと口元を緩めるのを見てから、ゼラードはベッドに身体を戻し、退屈そうにつぶやく。
俺も傷さえ治りゃあ、頭数に加われるんだがなぁ。
もう、すぐそういうこと言うんですから。戦いはわたしたちに任せて、しっかり養生してください。
へいへい。
ぞんざいに、うなずきながら。
ゼラードは、かってアフリトと交わした会話を思い出していた。
「……ずっと不思議に思ってたんだ。なんで俺は生きてんだろう……ってな。
あのとき……俺は死を覚悟して戦った。どう考えても死ぬはずの傷だった。そのくらい、経験でわかる……。
あのとき……俺は死を覚悟して戦った。どう考えても死ぬはずの傷だった。そのくらい、経験でわかる……。」
「いかにも。あれは本来、致命傷だった。が――
わしが、だから、理をいじった。おまえさんは生き永らえたのだ。」
「やっぱ、おまえの仕業かよ。」
「借金を残したまま死なれては困るのでな。」
「何をどうやったか知らんが……ま、礼は言っとくぜ。」
「だがな――セラード。わしが歪められたのは、〝死ぬ〟という理だけでしかない。
ただ〝死ななかった〟だけなのだ。たとえ傷が治ったところで、再び満足に動けるようになるわけではない……。」
「つまり……。
剣士としての俺は、死んだってことか……。」
……あれ?
ゼラードの病室を出て廊下を歩いていたコピシュは、そこで見覚えのある背中を見つけた。
思わず、まじまじと見直して――
見間違いではないと確信した瞬間、ぞっと背筋を戦慄が駆け抜けた。
おまえ――〈ラスティメア〉!
声に、男はゆるりと振り向く。
ん?ああ……〈メアレス〉の小娘か。奇遇だな。こんなところで出会うとは。
コピシュは即座に剣を抜き、臨戦態勢を取った。
おまえ――ここで何を!
いや、なに。そろそろ死体の山ができてる頃かと思ってな。
朝食でも買いに来たかのような、ごくなんでもないあっさりとした口調で、〈夢〉は言った。
先日の襲撃で、何人か死なない程度に痛めつけた、そいつらが治療虚しく命を落とす頃合いだ。
霊安室に寄って来たが、ドンピシャだったぜ。今ここには、活きのいい死体がわんさかある。
そして――
背後から迫る気配を、コピシュは察した。〈ラスティメア〉から注意を逸らさぬまま、半身だけ振り返る。
視線の先にあるモノを見て、少女はさらなる戦慄に襲われた。
し――死体……!?
そこにいたのは――よろよろと歩いてくるのは、何人もの人間の、命尽き果て動かぬはずの、死体の群れだった。
失われたものに活力を与える。それが俺の力だ。与えすぎて、暴走させることもな。
おまえッ!!なんて……なんてことをッ!!
なんてこたァねェ。
穏やかと言っていいほどの冷たい微笑。
俺たちにとって、〝自分を叶える〟ってのはてめエら人間にとっての〝生きる〟ってことと同じだ。
てめェらも生きるために他の命を奪うだろ。それと同じだ、ぎゃあぎゃあぬかすな。ついでに――
おとなしく死んで、そいつらの仲間入りをしてくれや。
増えていく。死体が。こちらに来るものだけではない。響く悲鳴――奥にも死体が向かっている。
コピシュは、かつてないほどの憤激に、携えた剣を強く強く握り締めた。
***
病院は、阿鼻叫喚のるつぼと化していた。
死体が人を襲い、そうして生まれた新たな死体が動き出す。逃げ惑う人々の悲鳴と絶叫が響く。
どういう悪夢よ、これってば!
君たちは生き残った人々をかバいながら、襲い来る死体に攻撃を叩き込む。
なにせ死体だ。急所もへったくれもない。リフィルの雷撃を受けてバラバラに千切られても、その四肢はもぞもぞと動き続ける。
こいつらの殲滅は後回しだ!まずは市民の避難を優先する!
市民へ迫る死体を魔匠弓のー撃で吹き飛ばしながら、レッジが叫ぶ。
その腕を、ガッと誰かがつかんだ。
死体――ではない。恐怖に震える、小太りの男だ。
た、助けてくれ!わしを逃がしてくれ!
わかってる!下がってろ!
い、今すぐだ!今すぐ助けろ!こんな地獄にいられるかッ!金なら払う!いくらでも払う!!
男は必死の形相ですがりつき、震える手で、懐から札束を取り出して見せる。
そのさまに、レッジがカッと目を見開いた。
黙っていろッ、ゲスがッ!!
こちらが驚くほどの激昂を見せ、男を他の市民たちの方へ蹴り飛ばす。札束が羽のように虚しく散った。
金で命が買えると思うな――邪魔をするなら、その薄汚い金を抱えたまま死ねッ!
レッジは烈火のごとき怒号を上げ、市民に近づこうとする死体を力任せの打撃で粉砕する。
その時、豪快な撃砕音とともに、死体たちが吹き飛んだ。
遅れて病院に飛び込んできたミリィとラギトが、それぞれ杭打機と拳とで殴り飛ばしたのだ。
みなさんはこっちで避難させますんで!
奥へ向かえ!逃げ遅れた人や、きりゼラードたちがいるはずだ!
……わかった!後を頼む!
その場をミリィとラギトに任せ、君たちは病院の奥へと向かった。
ブロードソード!ファルシオン!
魔力を帯びた2振りの剣が閃く。
コピシュに近づいてきた死体は、腕や足を寸断され、床に転がった。
(お父さんはまだ動けない――!早くお父さんのところへ行かないと!)
〈ラスティメア〉よりそちらが優先だ。コピシュは廊下に居並ぶ死体の群れへ突撃する。
その心に、今は怒りも焦り迷いもない。夢すら忘れる〝剣の境地〟――限りなく研ぎ澄まされた集中力の賜物だった。
ほう。死体程度じゃ怯まねえか。ガキのくせに覚悟決まってんな。そいつは認めてやってもいい。
〈ラスティメア〉。背後から来る。コピシュは振り向きながら曲刀で斬りつけた。
首筋狙いの一撃を、相手は左腕で受ける。刃は腕の半ばまでを切り裂いて止まった。
学ばねェな。
みぞおちに爪先をぶち込まれ、コピシュは床を転がった。こぼした剣が床に落ち、硬い音を響かせる。
げほっ、ごほっ……!
てめェじゃ俺は倒せねェよ。いくら斬ったところで無駄なんだからな。
半ば斬り断たれた腕を再生させながら、〈ラスティメア〉は笑った。
今日はせっかく、運命的な出会いを果たしたんだ。
ぼろぼろに朽ち果てた機械の塊を構える。失われたものに活力を与え、暴走させる力――流し込まれた魔力が先端に収束していく。
運命的にお別れと行こうぜ、〈裂剣(ティアライザー)〉!
機械――火炎放射器が、火を噴いた。燃え盛る炎が、狭い廊下を舐め尽くしていく。
起き上がろうとするコピシュだが、みぞおちを突き抜かれた衝撃が残っている。
逃れようもない。迫り来る紅蓮の波濤を、、ただ見聞かれた瞳に映すことしか――
――おぅらぁっ!!
炎が、裂けた。
その場に走り込みざま、コピシュが落とした剣を拾い上げた男の、その一閃で。
彼と彼女を避けるように――左右に裂けた。
な――
ふぅ……あっぶねえ。剣に魔力が残ってくれてて良かったぜ。いくら俺でも、素で炎は斬れねえからな。
ぶん、と手にした剣を一振りし、男は少女を振り返る。その口元に、たくましい笑みを浮かべて。
無事か?コピシュ。
お――お父さん……。
てめェ――
なんだか知らんが、どうも調子が良すぎて困ってる。
警戒の表情で武器を構える〈ラスティメア〉ヘゼラードはニヤリと笑い、剣の切っ先を向けた。
しばらく運動を控えてたもんでな――うずうずしてんだ。
肩慣らしをさせてもらうぜ!〈ロストメア〉!
***
病院の奥に辿り着いた君たちが見たのは、驚くべき戦いだった。
そらァッ!
くそっ……!
炎にまみれた廊下で、ふたりの男が激突している。
あれは……ゼラード!?
いや。激突というには一方的な戦いだった。
疾風怒濤と刃が唸り、魔力がしぶく。容赦のないゼラードの剣撃に、〈ラスティメア〉は完全に圧倒されていた。
てめェ、まさか……俺の力が作用してやがるのか!?
距離を取り、〈ラスティメア〉はうめく。
認めねエぞ……俺の力は、〝失われたもの〟にしか作用しねェはずだ!仮に効いたとしても、なんで暴走しねェ!
あ?なんだ?どういうこった?
眉をひそめるゼラードに、コピシュがあわてて後ろから声を上げる。
あいつは〝失われたもの〟に魔力を流し込んで、復元したり、暴走させたりできるんです!
はっはあ……なるほど。〝失われたもの〟ねえ……。
わかったようなわからないような、という顔でうなずいてから、ゼラードは壮絶な笑みを浮かべた。
要するに、なんだ。半死人にゃあ、ちょうどいい塩梅だったってことか。
わけわかんねェこと言ってんじゃねェ!
じゃあ、わかりやすく教えてやる。
ゼラードの箆に、刃のような鋭さが宿る。
娘のピンチに気張らねえ親父はいねえ!ウチのコピシュに手え出したのがてめえの運の尽きだぜ、クソ野郎!
叫ぶや否や、瞬時に肉薄。火炎放射器をあらぬ方へ蹴り上げながら、〈ラスティメア〉の頭部に斬りつける。
〈ラスティメア〉は左腕を差し出して、その斬撃を受けきった。
何度斬ったって無駄――
かばったな。
――っ!?
〝そこ〟をかばうってこたあ……〝そこ〟だけは斬られちゃまずいってこったろうがよ!
手にした剣が、鮮やかに翻る。速い。これまでとは違いすぎる一刀。〈ラスティメア〉の反応は追いつかない。
怒涛と斬りつけていたのは、相手の弱点を探るためだった。
そしてそれがわかった今、逃れようのない本気の一閃が弧を描く。
弱点たる頭部に剣が届く――
寸前、〈夢〉の姿が、かき消えた。
……あ?
ぎりぎりで間に合ったな。
声は通路の奥から響いた。
〈ロードメア〉。その傍らには、先ほどまでゼラードの目の前にいたはずの〈ラスティメア〉の姿がある。
〈ラスティメア〉が斬られる直前で、自らのもとへと導いたらしい。
ゼラードは、油断なく剣を構えた。鋭さの極致に達した瞳に、警戒の色を乗せている。
てめえが〝頭〟か?
そんなもんじゃない。せいぜい〝まとめ役〟だ。
〈ロードメア〉が肩をすくめた直後、〈ラスティメア〉が、火炎放射器から炎をばらまいた。
彼らと君たちの間を、炎の壁がさえぎる。
君とリフィルが魔法で火を消し飛ばしたときにはその向こうに〈夢〉の姿はなかった。
〈ラスティメア〉……あいつ、いったいここで何を――
遺体に魔力を流し込んで、暴走させてたんです。そうするために、あの日、あえて人を傷つけていたみたいで……。
コピシュの言葉に、レッジが憤激の顔で弓を握り締める。
そんな手を使ってまで、自分たちの手駒を増やそうとしたのか……ゲスめ!
だとしたら、野郎の算段は裏目に出たな。
手にした剣で軽く己の肩を叩き、ゼラードはニヤリと振り返った。
〈徹剣(エッジワース)〉ゼラード――退院即日現場復帰だ!
***
〈徹剣(エッジワース)〉ゼラードか……。
路地裏の壁に背を預け、つぶやく〈ロードメア〉近くの暗がりにしゃがんだ〈ラスティメア〉が、そっぽを向いた。
俺のミスだ。先走り過ぎた。
あら、意外に殊勝。
てめェのミスは認める主義だ。
なーに、ひょっとして落ち込んでんの?なでなでして慰めてあげよっか。
よせ。うぜェから。
ふたりのじゃれ合いをよそに、〈ラウズメア〉は〈ロードメア〉に呼びかける。
……〈ロード〉。敵の戦力の増加……大丈夫だと思う?
致命的ではない。だが、〝決行〟の難度が上がったのは確かだ。
なら、削るしかない。
女の瞳に、苛烈なまでの決意が宿る。
〝削りやすい〟ところから、戦力を削いでいくしかない。違う?
〈魔輪匠(ウィールライト)〉か……だが、いいのか?〈ラウズメア〉。
女は、こくりとうなずいた。
やるわ。自分を叶える――そのためなら。
story
突如として都市全域に走った魔力の胎動。
君はリフィルと協力してその調査を行った。
やはり、〈ミスティックメア〉が作った魔法陣ね、まったく同じものが起動している。
でもアレ、壊したんじゃありませんでしたっけ?
復元したのよ。〈ラスティメア〉が。〝失われたものを取り戻す〟力とやらでね。
なら連中の狙いも〈ミスティックメア〉同様、己の夢をより強く叶えることか。
君は、魔道再興の夢のことを思い出す。
〈ロストメア〉が自らを叶えるにあたって、世界にどれだけ影響を及ぼせるかは、その〈夢〉の持つ魔力の量によるらしい。
魔道再興の夢は、〝世界に魔法を復活させる〟という夢を叶えるため、膨大な魔力を求め、この魔法陣を作った。
敵の狙いは、他にも考えられる。
門に魔力を集めた上で、〈ラウズメア〉がその力を極限まで引き出したなら……。
一気に門が開きっぱなしになるかもしれない。確かに、彼らの狙いそうなことですね……。
なんにせよ、魔法陣については、わしが解除を試みよう。もっとも、数日はかかってしまうがね。
いや、解除できるだけで驚きなんですけど。
その間に、再度、門への襲撃があるはずだ。黄昏時は門を張っておくべきだろう。
門のガードか。アレなぁ、稼ぐには向いてねえんだよな。
そうなの?と君は尋ねる。
おう。たいていの〈ロストメア〉は、門に来る前に、誰かしら〈メアレス〉に見つかって仕留められちまうからな。
だが、どうしても〝取りこぼし〟はありうる。そういう場合に備え、〈メアレス〉は持ち回りで〈門番〉をやる決まりになっている。
〈門番〉やってるだけでも報酬は出るんだが、〈ロストメア〉を狩るのに比べりゃ、雀の涙みてえなもんでよ。
こんなときまで金の話か。
低い声で睨みつけてくるレッジに、ゼラードは余裕の笑みを返す。
つっかかんなよ。やらねえとは言ってねえ。あの連中に関しちや、まずまちがいなく門まで抜けてくるだろうしな。
だがな。俺たちは、喰ってくためにこの仕事をやってんだ。金の話は命の話も同然なんだよ。
…………。
レッジはそっぽを向いた。言い募るつもりはないが、納得したわけでもない、そういう態度だった。
それを見て、ルリアゲハが首をかしげる。
レッジって、お金が嫌いなの?
金さえあればいいとか、金ですべてが手に入るとか、そんな風に考える人間が好かないだけだ。
〝ユイア〟のこと?
ずばりと切りこまれ、レッジは一瞬、言葉を失った。
だが、そんな自分に苛立ったように頭を振り、ぽつりと一言だけ答える。
……そうだ。
そして、背を向け、歩き出す。
休憩を挟んでから、〈ラウズメア〉を探す。30分後、ここに集合だ。いいな。
それだけを言い残し、彼は去っていった。
なんつうか、肩肘張りまくってる奴だな。
事情があるのよ。彼にもね。
リフィル、ひょっとして前からの知り合い?彼の方も、アストルム一門のことを知ってたみたいだけど。
アストルムの〝リフィル〟は代々、この都市に魔力の補充に来ていたから。彼の家とはつながりが深いのよ。
なるほど、と君はうなずく。
魔法を伝え続ける一門と、魔匠技術を駆使して門を管理する一門。確かに、交流がありそうなものだ。
じゃ、ユイアって人のことも知ってるんだ。
意味深な笑みを浮かべるルリアゲハを、リフィルは半眼で見やる。
知ってるけど、教えないわよ。知りたければ本人に訊くのね。
そうだな。余人が話すべき事情じゃない。
あれっ。ラギトさんも知ってる側すか!?
ああ。2年以上前からこの都市にいる〈メアレス〉なら、みんな知っているんじゃないか。
一同、顔を見合わせる。
誰がいつからこの都市にいるのか、お互いに把握しているわけではないらしい。
ちょっと、この都市に来た順に整列してみるにゃ!駆け足!
なぜかウィズが興味津々に仕切った。
実際に並んでみると――
ま、最初はわしだろうねえ。
次は俺だな。なにしろここで生まれた身だ。
その次が私ね。ここに来たのが14の頃だから、ちょうど2年半前。
あ、ここであたしっすね。1年と……8ヶ月くらい前?
んで、あたしが1年半前。
最後に、俺とコピシュが〈墜ち星(ガンダウナー)〉と同時期、と。
ですね。
うむ!これですっきりしたにゃ!
一列に並んだ〈メアレス〉たちは、あのときはああだっただの、最初に出会った時はこうだっただの、わいわいと思い出話を始めた。
〈ロストメア〉たちの襲撃で沈んでいたムードが、ゼラードの復帰で和んだのかもしれない。
君も、どこかほっとする気持ちで、思い出話に加わっていった。
そこに戻ってきたレッジが、
……なんの儀式だ……?
一列に並んだまま談笑する君たちを見て、ひどく真剣な表情でつぶやいた。
***
休憩を終えた君たちは、当初の予定通り、〈ラウズメア〉探しを開始した。
俺がく裂剣(ティアライザー)と代わろう。彼女がついていないと、〈徹剣(エッジワース)〉が迷子になりかねん。
なるか!
コピシュが抜ける代わりにラギトを加え、大通りを歩き出す。
〈ディテクトウィール〉。
レッジの魔匠具を頼りに、〈ラウズメア〉がいる方角へと進んでいく。
車輪によって効果が違うの?と、君は尋ねる。
そうだ。車輪は魔法陣を模している。これを回転させれば、呪文を詠唱したのと同じことになる。
呪文詠唱の隙がないってわけね。そこに限っちゃ、魔法より便利なんじゃない?
まあね。昔の魔道士も、構造が簡単かつ日常的に多用する魔法については、主に魔匠具で再現していたそうよ。
つと、リフィルは君の方に視線を向ける。
あなたがカードから魔法を使うのも、似たようなものかと思っていたんだけど。
これはそういうものとは違うにゃ。異界の精霊と契約し、問いかけに答えることで魔法を使うための必需品にゃ。
おまえたちが世界を移動できるのは、その魔法を使っているからなのか?
いや、と君は首を横に振る。前回も今回も、自分の意志とは関係なく、この世界に飛ばされてきてしまった。
難儀な話ね。こちらとしては助かってるけど。
偶発的な現象とは考えにくい。何者かの意志が介在しているのか、あるいは、おまえ自身に特異な要因が存在するのか……。
どっちにしても、たまったもんじゃないにゃ。
そうか?労せずして知らない土地に行けるんだ。むしろ、得だろう。
そうだね、と君は笑った。
驚きもするし、大変でもあるが、知らない土地に行き、知らない人々と出会う経験は、自分を大きく成長させてくれている。
……そうか。
レッジの声には、どこかうらやむような響きがあった。
旅が好きなの?と君は尋ねる。
……いや。俺は、門を守るのが仕事だ。この都市の〝外〟に出ることはない。
かぶりを振って、レッジはわずかに視線を落とす、瞳に、痛みの色が広がっていく。
ただ……出たいと思った時期はあった。門を守るだけの一生を送るのが、嫌でたまらなくて――
その夢を諦めて、〈メアレス〉になったにゃ?
違う。俺が〈メアレス〉になったのは、あいつの……ユイアのせいだ。
広がる痛みを焼き尽くすような怒りの炎が、レッジの瞳に踊った。弓を握る拳に、震えるほどの力がこもる。
世界中を旅して回っている女だった。それでこの都市に来て、門に興味を持ち、俺に話しかけてきた。
どこか、確かめるような声音だった。自分の中の怒り。苛立ち。それを再確認して、戦う理由をひねり出そうとするような。
俺は門について話す代わりに、あいつに〝外〟の話をせがんだ。
〝外〟のいろいろな場所の話を聞いて、俺は夢中になって……それで、頼み込んだんだ。この都市を出たい。旅に連れていってほしいと。
あいつはうなずいた。でも、それからすぐに姿を消した。
後で知ったよ。俺の親父が手切れ金を渡したんだってな……。
俺は……金に負けたんだ。そんなもののために……夢を捨てさせられたんだ……。
レッジの声は、煮えたぎる怒りに焦がされていた、まるで内側から炎で焼かれているようだった。
その怒りは、憎しみのそれではなかった。身を切るような切なさで己の心を焼き続ける、そうせずにはいられない、悲しい怒りだった。
あいつがそれからどうしたかは知らない。だが〈ロストメア〉が現れたってことは、どこかで夢を諦めたってことだ。
いい気味だ。金なんかのために人を裏切るから、そういうことになるんだ。
――本当に、ユイアの夢?
唐突に、リフィルが口を挟んだ。
睨みつけてくるレッジの視線を真っ向から受け止め、ひたりと瞳を見つめて続ける。
人擬態級の〈ロストメア〉は、その夢に関連する姿を取る。必ずしも、夢を見た本人の見た目になるとは限らない。
彼女と一緒に旅に出たい――そんなあなたの夢が、あの姿になった。その可能性もある……。
違う!そんなこと……そんなことは……!!
いずれにしたって、覚悟はいる。思い出したくもない過去を見据えて戦う覚悟が。
怒りと動揺の声を上げるレッジヘ、静かに告げる。
それは、避けられない宿命のようなものよ。夢を捨てた〈メアレス〉にとってはね。
……おまえたちは、どうなんだ。
レッジは、唸るような声を絞り出した。
戦ったのか――自分の夢と。
俺は、まだだ。だが、覚悟はしている。いずれ、そのときが来るだろうと。
あたしは特殊。あたしの夢は預けてきたの。預かってくれた人が捨てた夢とは、戦う羽目になったけどね。
私も特殊ね。夢を〝見させられ〟て、すぐ捨てた、それを喰らった〈ロストメア〉となら、戦った。
そんなことがあったにゃ?
あったのよ。あなたたちがいなくなった後でね。
ある〈夢〉の話を、リフィルはした。
リフィルに憧れた少女の夢から生まれた、純粋無垢な〈ロストメア〉の話を。
話を聞くうちに、レッジの顔から怒りが消えた。
最初は戸惑いがその顔に浮かんだ。やがてそれは、神妙な色へと変わっていった。
話し終えたリフィルに、レッジは、ぽつりと問うた。
……辛くなかったのか?そんな〈夢〉と戦うなんて……。
覚悟は決めたわ。〈メアレス〉として戦う道を選んだからには。
アストルム一門のためにか?
前はそうだった。今はそうでもない。
前は、家のために生きることが当たり前で、それ以外、私には何もなかった。
今は、見つけたいと思ってる。夢がないなりの生き方を。
そのために〈メアレス〉をやっている。今は、〈メアレス〉である自分が、いちばんしっくりくるから。
…………。
逆に聞くわ、レッジ。あなたの父親は、1年前に亡くなったそうだけど――
もう誰にも強制されていないのに、あなたが門の管理者をやっているのは、なんのため?
レッジは、うつむいて答えた。
……ほかに何もなくなったからさ。
その声音には、ただ痛みしかなかった。
***
……だめだな。方角はわかるが近づけない。奴め、逃げ回ることに徹しているのか。
君たちは都市中を歩き回ったが、〈ラウズメア〉を見つけることができずにいた。
そろそろ日が墜ちる。今日のところはここまでだな。
あっちだって、いつまでも逃げ回ってるってわけにもいかないでしょうに。なーに企んでるんだか。
相談するレッジたちをよそに、君はリフィルに近づいた。
何か言いたそうね、魔法使い。
少し意外だったから、と君は笑いかける。
私が、家の使命にこだわっていないことが?
最後の魔法使いとして、魔法の存在を世に示し続ける――
君が以前、この都市に来たとき、リフィルはただそのためだけに生きていた。
〈ロストメア〉を倒すのも、その魔力を奪って、人形に魔法を使わせ続けるためだったはずだ。
それしか知らなかったから、そうしていただけよ。
あなたに〈ミスティックメア〉に〈ピュアメア〉自分以外の魔法使いに3度も遭遇すれば、どうしたって考え方も変わってくる。
ふと、空を見上げ――リフィルは、つぶやくように言った。
私は――〝ただ魔道士である〟ことに感惑凶丿納得できなくなった。
でも、だったらどうあるべきか。それはまだ、わからない。どうすれば、それが見えてくるのかも。
君は、ふと思う。
〈ピュアメア〉という子は、リフィルが〝見させられ〟すぐに捨てた、夢を取り込んで、アストルムの魔法を使ったという話だった。
そのときリフィルが見た夢とは、いったいなんだったのだろう?
それを尋ねると、
…………。
なぜか睨まれてしまったので、君はその質問を引っ込めた。
意外っていうなら、レッジの事情に切り込んだこともにゃ。
ウィズが話題を変えてくれた。
前のリフィルなら、他人の事情に口を突っ込むなんて、しなかったと思うけどにゃ。
ニヤニヤしながら言うウィズに、リフィルは撫然とした顔を見せる。
自分の〈夢〉と戦うのは簡単じゃない。そうかもしれないという覚悟を決めておいてもらわないと、こちらも迷惑を被りかねない。
ふーん。
何よ、その顔。
まあまあ、と君は間に入りながら、ウィズの言うとおりだと感じていた。
レッジだけでない。コピシュのことも、自然と気遣うそぶりを見せていた。他者とどう関わるか、その考え方に変化があったのはまちがいない。
その変化が、いつか夢になるのだろうか。
リフィルが心から望み願う、純粋な夢に――
〈黄昏(サンセット)〉、魔法使い!
緊迫の声に、君たちはあわてて振り向いた。
奴がいた。〈ラウズメア〉だ。通りの向こうで反応があった。
黄昏が近い。どうする?
追跡し、仕留める。
強く弓を握り締め、レッジは告げる。
奴さえ倒せば門は無事だ。今ここで、息の根を止めてやる!