【黒ウィズ】黄昏メアレス2 Story2
story
翌日、君たちは例によって、〈巡る幸い〉亭に集まっていた。
難敵のひとりを討ち果たした――喜ぶべきことのはずだが、みな、複雑な表情をしていた。
重い刃物で言葉を断ち斬るような言いように、ウィズが君の肩の上で、そっとささやいてくる。
君も同感だった。だいじょうぶだろうか、と思っていると、ミリィが元気よく店に入ってきた。
重い空気を明るい声で蹴っ飛ばし、君たちのテーブルに滑り込んでくる。
みなさんおそろいで……って、コピシュ、いっしょじゃないんですか?
レッジが、ふとその名をつぶやいた。苛立ちが鳴りを潜め、思案げな表情になる。
君とウィズは、驚いて顔を見合わせる。
でも、夢を持っていては、〈ロストメア〉とは戦えないはずだ。
身体に魔力を巡らせ、感覚を増幅……無理やり、無我なる〝剣の境地〟に立つことで、〈ロストメア〉の叫びを無効化しているのさ。
君とリフィルは、同時に立ち上がった。
こちらを見つめてくるリフィルに、君はうなずきを返す。
とにかく状況を確認しないと。まずはコピシュを拾いに行く!
清潔に整えられたベッドの上で、ゼラードは腕組みをして唸った。
しゅんとなって、うつむくコピシュ。ゼラードはそんな娘の頭に手を伸ばし、軽く触れて笑いかける。
コピシュが、ふっと口元を緩めるのを見てから、ゼラードはベッドに身体を戻し、退屈そうにつぶやく。
ぞんざいに、うなずきながら。
ゼラードは、かってアフリトと交わした会話を思い出していた。
「……ずっと不思議に思ってたんだ。なんで俺は生きてんだろう……ってな。
あのとき……俺は死を覚悟して戦った。どう考えても死ぬはずの傷だった。そのくらい、経験でわかる……。
あのとき……俺は死を覚悟して戦った。どう考えても死ぬはずの傷だった。そのくらい、経験でわかる……。」
「いかにも。あれは本来、致命傷だった。が――
わしが、だから、理をいじった。おまえさんは生き永らえたのだ。」
「やっぱ、おまえの仕業かよ。」
「借金を残したまま死なれては困るのでな。」
「何をどうやったか知らんが……ま、礼は言っとくぜ。」
「だがな――セラード。わしが歪められたのは、〝死ぬ〟という理だけでしかない。
ただ〝死ななかった〟だけなのだ。たとえ傷が治ったところで、再び満足に動けるようになるわけではない……。」
「つまり……。
剣士としての俺は、死んだってことか……。」
ゼラードの病室を出て廊下を歩いていたコピシュは、そこで見覚えのある背中を見つけた。
思わず、まじまじと見直して――
見間違いではないと確信した瞬間、ぞっと背筋を戦慄が駆け抜けた。
声に、男はゆるりと振り向く。
コピシュは即座に剣を抜き、臨戦態勢を取った。
朝食でも買いに来たかのような、ごくなんでもないあっさりとした口調で、〈夢〉は言った。
霊安室に寄って来たが、ドンピシャだったぜ。今ここには、活きのいい死体がわんさかある。
そして――
背後から迫る気配を、コピシュは察した。〈ラスティメア〉から注意を逸らさぬまま、半身だけ振り返る。
視線の先にあるモノを見て、少女はさらなる戦慄に襲われた。
そこにいたのは――よろよろと歩いてくるのは、何人もの人間の、命尽き果て動かぬはずの、死体の群れだった。
穏やかと言っていいほどの冷たい微笑。
てめェらも生きるために他の命を奪うだろ。それと同じだ、ぎゃあぎゃあぬかすな。ついでに――
おとなしく死んで、そいつらの仲間入りをしてくれや。
増えていく。死体が。こちらに来るものだけではない。響く悲鳴――奥にも死体が向かっている。
コピシュは、かつてないほどの憤激に、携えた剣を強く強く握り締めた。
***
病院は、阿鼻叫喚のるつぼと化していた。
死体が人を襲い、そうして生まれた新たな死体が動き出す。逃げ惑う人々の悲鳴と絶叫が響く。
君たちは生き残った人々をかバいながら、襲い来る死体に攻撃を叩き込む。
なにせ死体だ。急所もへったくれもない。リフィルの雷撃を受けてバラバラに千切られても、その四肢はもぞもぞと動き続ける。
市民へ迫る死体を魔匠弓のー撃で吹き飛ばしながら、レッジが叫ぶ。
その腕を、ガッと誰かがつかんだ。
死体――ではない。恐怖に震える、小太りの男だ。
男は必死の形相ですがりつき、震える手で、懐から札束を取り出して見せる。
そのさまに、レッジがカッと目を見開いた。
こちらが驚くほどの激昂を見せ、男を他の市民たちの方へ蹴り飛ばす。札束が羽のように虚しく散った。
レッジは烈火のごとき怒号を上げ、市民に近づこうとする死体を力任せの打撃で粉砕する。
その時、豪快な撃砕音とともに、死体たちが吹き飛んだ。
遅れて病院に飛び込んできたミリィとラギトが、それぞれ杭打機と拳とで殴り飛ばしたのだ。
その場をミリィとラギトに任せ、君たちは病院の奥へと向かった。
魔力を帯びた2振りの剣が閃く。
コピシュに近づいてきた死体は、腕や足を寸断され、床に転がった。
〈ラスティメア〉よりそちらが優先だ。コピシュは廊下に居並ぶ死体の群れへ突撃する。
その心に、今は怒りも焦り迷いもない。夢すら忘れる〝剣の境地〟――限りなく研ぎ澄まされた集中力の賜物だった。
〈ラスティメア〉。背後から来る。コピシュは振り向きながら曲刀で斬りつけた。
首筋狙いの一撃を、相手は左腕で受ける。刃は腕の半ばまでを切り裂いて止まった。
みぞおちに爪先をぶち込まれ、コピシュは床を転がった。こぼした剣が床に落ち、硬い音を響かせる。
半ば斬り断たれた腕を再生させながら、〈ラスティメア〉は笑った。
ぼろぼろに朽ち果てた機械の塊を構える。失われたものに活力を与え、暴走させる力――流し込まれた魔力が先端に収束していく。
機械――火炎放射器が、火を噴いた。燃え盛る炎が、狭い廊下を舐め尽くしていく。
起き上がろうとするコピシュだが、みぞおちを突き抜かれた衝撃が残っている。
逃れようもない。迫り来る紅蓮の波濤を、、ただ見聞かれた瞳に映すことしか――
炎が、裂けた。
その場に走り込みざま、コピシュが落とした剣を拾い上げた男の、その一閃で。
彼と彼女を避けるように――左右に裂けた。
ぶん、と手にした剣を一振りし、男は少女を振り返る。その口元に、たくましい笑みを浮かべて。
警戒の表情で武器を構える〈ラスティメア〉ヘゼラードはニヤリと笑い、剣の切っ先を向けた。
肩慣らしをさせてもらうぜ!〈ロストメア〉!
***
病院の奥に辿り着いた君たちが見たのは、驚くべき戦いだった。
炎にまみれた廊下で、ふたりの男が激突している。
いや。激突というには一方的な戦いだった。
疾風怒濤と刃が唸り、魔力がしぶく。容赦のないゼラードの剣撃に、〈ラスティメア〉は完全に圧倒されていた。
距離を取り、〈ラスティメア〉はうめく。
眉をひそめるゼラードに、コピシュがあわてて後ろから声を上げる。
わかったようなわからないような、という顔でうなずいてから、ゼラードは壮絶な笑みを浮かべた。
ゼラードの箆に、刃のような鋭さが宿る。
叫ぶや否や、瞬時に肉薄。火炎放射器をあらぬ方へ蹴り上げながら、〈ラスティメア〉の頭部に斬りつける。
〈ラスティメア〉は左腕を差し出して、その斬撃を受けきった。
手にした剣が、鮮やかに翻る。速い。これまでとは違いすぎる一刀。〈ラスティメア〉の反応は追いつかない。
怒涛と斬りつけていたのは、相手の弱点を探るためだった。
そしてそれがわかった今、逃れようのない本気の一閃が弧を描く。
弱点たる頭部に剣が届く――
寸前、〈夢〉の姿が、かき消えた。
声は通路の奥から響いた。
〈ロードメア〉。その傍らには、先ほどまでゼラードの目の前にいたはずの〈ラスティメア〉の姿がある。
〈ラスティメア〉が斬られる直前で、自らのもとへと導いたらしい。
ゼラードは、油断なく剣を構えた。鋭さの極致に達した瞳に、警戒の色を乗せている。
〈ロードメア〉が肩をすくめた直後、〈ラスティメア〉が、火炎放射器から炎をばらまいた。
彼らと君たちの間を、炎の壁がさえぎる。
君とリフィルが魔法で火を消し飛ばしたときにはその向こうに〈夢〉の姿はなかった。
コピシュの言葉に、レッジが憤激の顔で弓を握り締める。
手にした剣で軽く己の肩を叩き、ゼラードはニヤリと振り返った。
***
路地裏の壁に背を預け、つぶやく〈ロードメア〉近くの暗がりにしゃがんだ〈ラスティメア〉が、そっぽを向いた。
ふたりのじゃれ合いをよそに、〈ラウズメア〉は〈ロードメア〉に呼びかける。
女の瞳に、苛烈なまでの決意が宿る。
女は、こくりとうなずいた。
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突如として都市全域に走った魔力の胎動。
君はリフィルと協力してその調査を行った。
君は、魔道再興の夢のことを思い出す。
〈ロストメア〉が自らを叶えるにあたって、世界にどれだけ影響を及ぼせるかは、その〈夢〉の持つ魔力の量によるらしい。
魔道再興の夢は、〝世界に魔法を復活させる〟という夢を叶えるため、膨大な魔力を求め、この魔法陣を作った。
門に魔力を集めた上で、〈ラウズメア〉がその力を極限まで引き出したなら……。
そうなの?と君は尋ねる。
低い声で睨みつけてくるレッジに、ゼラードは余裕の笑みを返す。
だがな。俺たちは、喰ってくためにこの仕事をやってんだ。金の話は命の話も同然なんだよ。
レッジはそっぽを向いた。言い募るつもりはないが、納得したわけでもない、そういう態度だった。
それを見て、ルリアゲハが首をかしげる。
ずばりと切りこまれ、レッジは一瞬、言葉を失った。
だが、そんな自分に苛立ったように頭を振り、ぽつりと一言だけ答える。
そして、背を向け、歩き出す。
それだけを言い残し、彼は去っていった。
なるほど、と君はうなずく。
魔法を伝え続ける一門と、魔匠技術を駆使して門を管理する一門。確かに、交流がありそうなものだ。
意味深な笑みを浮かべるルリアゲハを、リフィルは半眼で見やる。
一同、顔を見合わせる。
誰がいつからこの都市にいるのか、お互いに把握しているわけではないらしい。
なぜかウィズが興味津々に仕切った。
実際に並んでみると――
一列に並んだ〈メアレス〉たちは、あのときはああだっただの、最初に出会った時はこうだっただの、わいわいと思い出話を始めた。
〈ロストメア〉たちの襲撃で沈んでいたムードが、ゼラードの復帰で和んだのかもしれない。
君も、どこかほっとする気持ちで、思い出話に加わっていった。
そこに戻ってきたレッジが、
一列に並んだまま談笑する君たちを見て、ひどく真剣な表情でつぶやいた。
***
休憩を終えた君たちは、当初の予定通り、〈ラウズメア〉探しを開始した。
コピシュが抜ける代わりにラギトを加え、大通りを歩き出す。
レッジの魔匠具を頼りに、〈ラウズメア〉がいる方角へと進んでいく。
車輪によって効果が違うの?と、君は尋ねる。
つと、リフィルは君の方に視線を向ける。
いや、と君は首を横に振る。前回も今回も、自分の意志とは関係なく、この世界に飛ばされてきてしまった。
そうだね、と君は笑った。
驚きもするし、大変でもあるが、知らない土地に行き、知らない人々と出会う経験は、自分を大きく成長させてくれている。
レッジの声には、どこかうらやむような響きがあった。
旅が好きなの?と君は尋ねる。
かぶりを振って、レッジはわずかに視線を落とす、瞳に、痛みの色が広がっていく。
広がる痛みを焼き尽くすような怒りの炎が、レッジの瞳に踊った。弓を握る拳に、震えるほどの力がこもる。
どこか、確かめるような声音だった。自分の中の怒り。苛立ち。それを再確認して、戦う理由をひねり出そうとするような。
〝外〟のいろいろな場所の話を聞いて、俺は夢中になって……それで、頼み込んだんだ。この都市を出たい。旅に連れていってほしいと。
あいつはうなずいた。でも、それからすぐに姿を消した。
後で知ったよ。俺の親父が手切れ金を渡したんだってな……。
俺は……金に負けたんだ。そんなもののために……夢を捨てさせられたんだ……。
レッジの声は、煮えたぎる怒りに焦がされていた、まるで内側から炎で焼かれているようだった。
その怒りは、憎しみのそれではなかった。身を切るような切なさで己の心を焼き続ける、そうせずにはいられない、悲しい怒りだった。
いい気味だ。金なんかのために人を裏切るから、そういうことになるんだ。
唐突に、リフィルが口を挟んだ。
睨みつけてくるレッジの視線を真っ向から受け止め、ひたりと瞳を見つめて続ける。
彼女と一緒に旅に出たい――そんなあなたの夢が、あの姿になった。その可能性もある……。
怒りと動揺の声を上げるレッジヘ、静かに告げる。
レッジは、唸るような声を絞り出した。
ある〈夢〉の話を、リフィルはした。
リフィルに憧れた少女の夢から生まれた、純粋無垢な〈ロストメア〉の話を。
話を聞くうちに、レッジの顔から怒りが消えた。
最初は戸惑いがその顔に浮かんだ。やがてそれは、神妙な色へと変わっていった。
話し終えたリフィルに、レッジは、ぽつりと問うた。
前は、家のために生きることが当たり前で、それ以外、私には何もなかった。
今は、見つけたいと思ってる。夢がないなりの生き方を。
そのために〈メアレス〉をやっている。今は、〈メアレス〉である自分が、いちばんしっくりくるから。
もう誰にも強制されていないのに、あなたが門の管理者をやっているのは、なんのため?
レッジは、うつむいて答えた。
その声音には、ただ痛みしかなかった。
***
君たちは都市中を歩き回ったが、〈ラウズメア〉を見つけることができずにいた。
相談するレッジたちをよそに、君はリフィルに近づいた。
少し意外だったから、と君は笑いかける。
最後の魔法使いとして、魔法の存在を世に示し続ける――
君が以前、この都市に来たとき、リフィルはただそのためだけに生きていた。
〈ロストメア〉を倒すのも、その魔力を奪って、人形に魔法を使わせ続けるためだったはずだ。
あなたに〈ミスティックメア〉に〈ピュアメア〉自分以外の魔法使いに3度も遭遇すれば、どうしたって考え方も変わってくる。
ふと、空を見上げ――リフィルは、つぶやくように言った。
でも、だったらどうあるべきか。それはまだ、わからない。どうすれば、それが見えてくるのかも。
君は、ふと思う。
〈ピュアメア〉という子は、リフィルが〝見させられ〟すぐに捨てた、夢を取り込んで、アストルムの魔法を使ったという話だった。
そのときリフィルが見た夢とは、いったいなんだったのだろう?
それを尋ねると、
なぜか睨まれてしまったので、君はその質問を引っ込めた。
ウィズが話題を変えてくれた。
ニヤニヤしながら言うウィズに、リフィルは撫然とした顔を見せる。
まあまあ、と君は間に入りながら、ウィズの言うとおりだと感じていた。
レッジだけでない。コピシュのことも、自然と気遣うそぶりを見せていた。他者とどう関わるか、その考え方に変化があったのはまちがいない。
その変化が、いつか夢になるのだろうか。
リフィルが心から望み願う、純粋な夢に――
緊迫の声に、君たちはあわてて振り向いた。
強く弓を握り締め、レッジは告げる。