【黒ウィズ】黄昏メアレス2 Story5
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……へえ。
悠然たる足取りで、そいつは歩いてくる。
ちょっかいかけて来ねえと思ったら、まさか、ここでやり合うつもりだったとはな。
〈オルタメア〉が、じろりと見やる先――門の前の広場に、君たちはいた。
〈メアレス〉たちと、ふたりの〈ロストメア〉。そして、魔法の妖精と、異界から来た魔法使い。
それが一丸となり、立ちはだかっている。
俺が叶えば、〈ロストメア〉は消えてなくなる。めんどくせぇ悪夢が起こらなくなるんだ。世のためを思うなら、俺を通すべきだろ。
〈ロストメア〉が〝現実〟に出たら何が起こるかわからない。だから止めるのよ。たとえそれが、どんな〈夢〉であろうともね。
だいたい俺たちゃ正義の昧方じゃねえんだ。〈ロストメア〉が消えちまったら、おまんまの食い上げなんだよ。
これが〈メアレス〉――〈夢見ざる者〉よ。〈オルタメア〉。
戦う理由は自分で決める!おまえの言葉に乗る道理はない!
リフィルは、高らかなる叫びを上げる。
紡げ――〈秘儀糸(ドゥクトゥルス)ッ〉!
その手から伸びる光の糸が、彼女の周囲に複雑な魔法陣を紡ぎ上げていく。
振動――大地が震える。都市に刻まれた蜘蛛の巣状の魔法陣が輝き、鳴動を始めている。
なんだ……!?
〈オルタメア〉の表情が変わった。余裕から一転、警戒をあらわに手をかざす。
そこに禍々しい魔力の槍が生じると同時、リフィルは詠唱を終えた。
その身は鉄、血は鋼!不壊なる無窮の魂よ、我が呼び声に奮い立て!
〈鉄身鋼血(クルオル・フェッレウス)〉!
唸りを上げて、〈オルタメア〉の槍が飛ぶ。
黄昏の門の魔力によって生み出され、何者にも防ぎえぬほどの力を宿した槍を、
〈ブラストウィール〉!
横合いから喰らいついた光の矢が、一撃で破砕した。
ほう……。
弓を携え、前に出るレッジ。その身体は、ほのかな黄金の輝きをまとっている。
彼だけではない。君を含め、その場にいる全員が、等しく同じ輝きをまとっていた。
書き換えた。おまえが〝改変〟した魔法陣を。おまえではなく、私に力を捧げるように。
そして、その力を魔法で分け与えた。この場のみなに。おまえと戦えるように!
すさまじい力が湧き上がってくるのを、君は感じる。
黄昏にのみ開く門の魔力――その絶大なる力が、リフィルを中継点として、君たちの身体に流れ込んできている。
相手と同質の力……これなら勝負になるはずにゃ!
書き換えた、ねえ……俺の〝改変〟の力ならともかく、まっとうな手段でアストルムの秘儀をいじくるのは相当に難しいと聞いたが――
〈オルタメア〉は、じろりと〈ロードメア〉に視線を送った。
てめぇが手を貸したってわけか、〈ロードメア〉まさか、〈ロストメア〉と〈メアレス〉が仲良く足並みをそろえるとはな……。
どちらにとっても、おまえは倒すべき敵だ。我々が手を組んではいけない理由など、どこにもあるまい。
だからなんだ。ちみっちぇえ雑魚が群れたところで、なんの意昧もありゃしねえ――
〈オルタメア〉の身体から魔力があふれた。
それは無数の〈悪夢のかけら〉となって、瞬く間に広場を埋め尽くしていく。
この身体には、もうじゅうぶんすぎる量の魔力が溜まってる。
今さらてめえらがちょいと強くなったところで、無駄なんだよ!
〈オルタメア〉の威勢を、リフィルは鼻で笑った.
だったら、おまえが〈悪夢のかけら〉を出す理由がない。
だな。わざわざこいつらを出したということは、俺たちにタコ殴りにされるのは嫌だということだ。
嫌だと聞くと、やってあげちゃいたくなるわねえ.
雲霞のごとき数の〈かけら〉を前にして、〈メアレス〉たちに恐れの色はない。むしろ挑戦的な笑みさえ浮かべている。
あんだけの相手だ。報奨金は相当だな。
持ってる魔力だけでも、すごい量ですね。
誰が首を落とすか競うのはいいが、連携は怠ってくれるなよ。
うすうす!わかってますって!
みんなで力を合わせて、がんばろー!おー!
君はリフィルの隣に並び、カードを構える。
リフィルは君の方を向いて、ひとつうなずいた。
ちょうどよくこの都市に来た以上、使い倒させてもらうわよ、魔法使い。
君は苦笑し、うなずきを返した。
〝人々の奉仕者たれ〟――それが魔道士ギルドに属する魔道士の精神だ。人のために戦うことに、否やはない。
君の答えに、リフィルは、ふっと笑った。
……そうね。それが、あなたという魔道士の生き方だったわね、
そしてリフィルは前を向く。並み居る敵へ――その奥に立つ悪夢へと向かって。
自分で吐いた血反吐に沈め――凶夢!!
***
他の〈メアレス〉を呼ばなかったのには、理由がある。
リフィルの術で力を流し込める対象の数には制限があったからだ。
君を含め11人。大軍を相手取るには心許なすぎる数。
だが、君の心に恐れはなかった。この11人なら勝てる――その確信が、君を衝き動かしていた。
まとめて〝なます〟にしてやるぜ!
コピシュから受け取った二刀を縦横無尽に振るう、〝剣の境地〟に達した男の太刀筋は、命断つ刃の重さすら、芸術めいた軌跡に変える。
ファルシオン!レイピア!エストック!カットラス!イルウーン!バスタード!――クレイモア!
背の剣すべてを念動で操り、敵の群れへ飛ばす。あるいは斬り、あるいは刺し、あるいは薙ぎあらゆる剣がそれにふさわしい動きで舞い踊る。
こうなりゃ火事場のなんとやら!でぇぇえぇえいっ!
反射的に攻撃をかわし、半ば本能的に逆襲する。飛び交う敵に砲撃をブチ当てながら、近づく敵には至近距離から杭を叩き込む。
目に物見せてやりますか!
短刀を右手に持ち替え、当たるを幸い撫で斬りに華やかな剣舞で敵陣を切り崩しつつ、背後から迫る敵を後ろ手に銃撃して仕留める。
昔取った杵柄だ!
異形の鎖を振り回し、並み居る敵を薙ぎ散らす。荒々しくも精確に襲い来る黒き暴風――呑み込まれたものは、ことごとく打ち砕かれる。
やり返さずにいられるもんかぁーっ!
敵が吐き出す魔力の矢、そのすべてを宙で止め、倍以上の勢いを与えて跳ね返す。己の矢を返された敵は、内側から爆裂していく。
引導をくれてやる!
重く鋭い拳と蹴りが、敵の急所を撃ち抜いていく、生半可な技量では、その撃からは逃れられない、吸い込まれるように、導かれるように直撃する。
〈クラッシュウィール〉!
敵が密集したところへ、破壊の力と共に殴り込む、回転する車輪が魔性の力を存分に引き出し、十数という敵を一挙にまとめて打ち砕く。
人殺しの趣味はねえつつってんのによ……仕方ねえ、ぶっ潰れろッ!!
〈オルタメア〉が動いた。〈かけら〉を相手取る同の隙を衝くべく、魔力を無数の矢に変えて放つ。
〈光華月鏡(パルマ・ルーキス)〉!
マゴノテマゴノテサルノーテ!うんたらかんたら、かくかくしかじかぁー!
君たちの魔法が、飛来する矢のすべてを弾き散らした。
〈オルタメア〉は、君たち3人の魔道士を見つめ、忌々しげに舌打ちする。
俺を生んだ男はなァ――立派だったよ。
奴ァ学者だった。だが、〈ロストメア〉が〝現実〟に出たせいで、島が沈んで妻子が死んだ!
それで〈ロストメア〉の研究を始めた!〈ロストメア〉なんてもんを、この世から完全に消し去るために!
夢を叶える。その執念に満ちた男さ!死ぬ寸前まで研究を続けた。死んだら死んだで、〝世界を変える夢〟が生まれることを狙ってな!
その〈夢〉が!人生を賭けた執念が!その場しのぎで人生やってるようなてめえらに、止められてたまるかァッ!
知ったことか!!
執念だろうとなんだろうと……そのためなら同じ〈夢〉さえ利用する、そんなおまえに虫唾が走る!
何が悪い!〈ロストメア〉だぞ!捨てられたくせに未練がましくあがいてやがる、そんな連中を使い潰して何が悪い!
いいも悪いも関係ない。虫唾が走ると言っている!
昂然と叫ぶリフィル。その意気に呼応して、紡ぎ上げた〈秘儀糸〉の魔法陣が、カツと鮮烈なる輝きを放つ。
〈メアレス〉たちに夢はない。殉ずる大義もない。ただその日々だけを生きている。
それでも――あるいは、だからこそ。
彼らは戦う。戦う理由を吐き出せる。〝許せない〟〝気に食わない〟――素直な心、ただ純然たる思いのために、戦える。
行くぞ――魔法使い!
〝ない〟を〝ある〟に変える――不落の城を打ち崩す!
そうであってこその魔法だと――ここで示す!!
***
がぁぁああっ……!
n君たちの魔法を受け、〈オルタメア〉が膝を突く。
まさに、不落の城が崩れた瞬間だった。
しかし、君たちも限界に近付きつつあった。絶大な魔力を使うのに、身体が悲鳴を上げている。
決めてやる!
リフィルとリピュアが、同じ構えを取った。まったく異なるふたりの唇が、まったく同じ魔性の呪文を紡ぎ出す。
ク、ソ、がぁっ!!
ふたりの詠唱を阻止するべく、〈オルタメア〉は力を振り絞り、無数の魔力の矢を放つ。
おぉぉおぉおおおぉおっ!!
駆け込んできたレッジが弓の車輪を回転させた。
魔匠の弓が、こちらも無数の光の矢を放つ。矢時雨と矢時雨が空中で激突し、花火のように光のしぶきを散らせた。
いや。それだけではない。1本だけ激突の隙を縫って走った光矢が、〈オルタメア〉の胸に突き刺さっていた。
てめぇっ……!!
意地の一矢だ……とっておけ!
力を使い果たし、膝をつきながらも、レッジは声を張り上げる。
ぶちかませっ!〈黄昏(サンセット)〉!
こくりとうなずき、リフィルは詠唱を締めくくった。
目覚めよ神雷!空の静寂打ち砕き、あえかな夢を千切り裂け!
無数の雷条が寄り合わさり、恐ろしく太い柱と化して、轟然と〈オルタメア〉へ向かう。
こんなもんでよぉっ!
〈オルタメア〉が目を見開いた。両の手に魔力を集中柱を受け止める。
押しきれない。魔力そのものを肉体とする存在だ、こちらと違い、肉体への負荷がない。まだ余力を残している……!
それを見て、君は静かにカードを取り出した。
今このときのためにあったのだとばかり、懐で熱く震える枚のカードを。
魔法使いそれは……!
「あの子と友達になれますように。
もし、私が消えても……あの子に、同じ魔法使いの友達が、できますように。
がんばるあの子を、助けてくれる……隣で支えて、いっしょに戦ってくれる。そんな魔法使いが、来てくれますように――」
来たよ、と君はつぶやいて。
呼びかけに応え、その力を解き放った。
「目覚めよ神雷!空の静寂打ち砕き、あえかな夢を千切り裂け!」
力は清らかなる光と変わり、紫電をまとい――〈オルタメア〉が受け止める柱に吸い込まれ、さらなる力をもたらした。
う……お……おぉぉおぉおおっ!
雷を受け止めたまま、〈オルタメア〉が後ずさる、その腕が、ぶるぶると激しく震えている――みっつの力に抗しきれずに。
こんな……こんなっ!こんな、もんでぇぇえっ……!
「「「「「「行けえっ!」」」」」」
お――おぉぉぉおぉおおおおおっ!
そして、光が突き抜けた。
上へ。天へ。
〈オルタメア〉の両腕に逸らされて。
ハッ――ハハッ――
どうだ……これで!俺の、勝ちだ!
いいや――おまえの負けだ。〈オルタメア〉。
〈ロードメア〉が静かにつぶやいた瞬間。
天に逸らされた雷が、あるべき姿を思い出したように降り落ち、真上から〈オルタメア〉を直撃した。
がっ――ぁぁああぁああぁああっ!!
雷の柱に全身を呑まれた〈オルタメア〉の、断末魔の絶叫が轟く。
〈ロード……メア〉!て、めえ……!
俺は〝みなを導く夢〟だ。ならばこれは、みなの力。みなの怒りだ。
踏みにじった者たちの怒りに焼かれろ――〈オルタメア〉!
ぐぅあぁぁああぁあぁあああぁあああーっ!!
光のなかで、〈夢〉は弾けた。
燃えたぎるほどの熱情、恐ろしいほどの執念を抱いたまま――
果たせざるまま、砕けて消えた。
陽が、ほっとしたように墜ちきろうとしている。
激しい戦いの爪痕が刻まれた広場は、薄闇と静寂に包まれていた。
その闇と静けさに溶け込んでしまいそうな背中へ、君は、ありがとう、と声をかける。
俺は、導いただけだ。おまえたちの力なくして、奴は倒せなかった。
小さく笑って、〈ロードメア〉は歩き出す。
〈レベルメア〉とともに、きびすを返し一門に背を向けて。
その歩みが、地面に座るレッジの隣に差しかかったところで、わずか、止まった。
おまえの意志が、〈ラウズメア〉を叶えた。彼女と共に戦った〈夢〉として、礼を言う。
敵に礼を言われてもな。
仏頂面で答えるレッジに、〈ロードメア〉は、思いつきのようにつぶやく。
彼女がおまえの感情を引き出したのは、おまえの心の奥にあるものを信じてのことだったのかもな……。
わかるか。今さら。死んだ奴が何を考えていたかなんて。
レッジは、ひとつ大きく嘆息した。
……だが、〈ラウズメア〉のおかげで、ユイアが何を思っていたかはわかった。あいつには感謝している……。
そして、じろりと〈ロードメア〉を睨む。
ここで仕留めてやりたいところだが、あいにく今は気合が品切れだ。次に会ったら容赦はしない。
お互いにな。
穏やかに笑い彼らは、薄闇に消えていった。
はぁ……なんとかなりましたねぇ……。
も、無理です……一歩も動けません……。
右に同じ~~~~。
で?今日のこれは、いくらになるんだ?
そういえば、誰がとどめを刺したことになるんだろうな。〈ロードメア〉はさすがに省くと思うが。
この場合、魔法使いさんってことになるのかしら?
みんなで分けて、と君は苦笑する。
もらえるものはもらいたいけど、しょうがないにゃ。
なにしろ、君とウィズの身体は、光に包まれ始めている。
今度は、お別れを言うくらいの暇はありそうね。
なら、言うべきことは言っておかないとな。
きまじめにうなずいて、レッジが君の前に立った、
助かった。……いろいろと。おまえがいなかったらと思うと、ぞっとする。
これからどうするの?と君は尋ねる。
とりあえず、今の仕事を続けるさ。まちがっても、家や親父のためじゃなく……ユイアのために。
君はうなずき、がんばって、と笑いかけた。
いよいよ、光が強くなるのを感じる。もう時間らしい。
また会える?魔法使い。
と、いうか……結局あなたって、どうして突然来たりいなくなったりするのかしらね。
愛と希望の魔法の力みたいだよ、と答え――
君は、薄れゆく意識を光にゆだねた。
エピローグ
かんぱーい!
夜の酒場に、賑やかな熱気が満ちている。
〈オルタメア〉を倒した〈メアレス〉たちの、戦勝祝いの席だ。
とどめを刺したのは黒猫の魔法使いだったので、魔力と報奨金は、みなで山分けになった。暖かくなった懐でさっそく宴、というわけだ。
fそれにしても、今回は難儀だったねえ。まさか〈ロストメア〉を消し去る夢なんてものが出て来るとは。
俺たちの敵じゃあなかったがな。おう、〈夢魔装(ダイトメア)〉、そこの肉もらうぜ。
お父さん、ナイフ投げない!
てゆかさあ、ラギトくん何?昔は鎖使ってたの?昔取った杵柄って、杵柄ってあっひゃははははは!
ド下戸!?
……そうなんだ。しかもなぜか〝強い〟。以前、宴の席に乱入してきた〈ロストメア〉を、謎の拳法で殴り倒した。
喧噪をよそに、リピュアが皿にサラダを盛ってリフィルヘ渡した。
はい、リフィル。どうぞ。
ありが……なにこれ。
サラダシチュー。略してサラデュー。
いっしょにする意味あった?
あきれ顔で皿を受け取りながら、リフィルは考え続けていた。
(門の力をこの身に受けたとき……
何かを感じた。何かが流れ込んできた)
ある言葉。そして、漠然としたイメージ。それが、拭いがたく脳裏にこびりついている。
(〈絡園〉とは何?そして……)
う……うう……。
小さな影が、闇と闇の狭間をふらつきながら進んでいく。
ザ、と地を踏む音が、その行く手をさえぎった。
まだ息があったとはな。
おまえ……どうして……。
俺自身を、貴様のいる場所へと導いた。この手でとどめを刺すためにな――
ほの暗い魔力が、男の身体から立ち昇る。
迫り来る終焉――それに抗うすべは、ほとんどすべての力を使い果たした〈夢〉にはもはやなかった。
だからだろうか。
〈夢〉が、その言葉を口にしたのは。
〈絡園〉……。
なに?
〈絡園〉を……探せ。〈園人(そのびと)〉が来る前に……。
〈見果てぬ夢〉でも……救われたいならな……。
何を言っている?
救われたいなら……だと?なぜ、おまえがそんなことを。
てめえらのためじゃねえ……結果的にはそうなるだろうがな……俺の夢のためだ……。
〈絡園〉……それさえ見つかれば……こんな世界――
そこまで言ったところで、〈夢〉は砕けた。
手を下すまでもなかった。そもそも、すでに崩壊寸前だったのだろう。
〈絡園〉……。
その言葉を、〈ロードメア〉は舌先で転がす。
聞き覚えはない。それに、〈ロストメア〉を憎む〈ロストメア〉の言だ。信用するには値しない。
それでも、捨て置きがたい何かを感じた。
あの〈オルタメア〉が末期の際に言ったこと。まるで意味のない戯言とは思えない。
……調べてみる価値は、あるかもな。
つぶやいて。
〈夢〉は闇へときびすを返した。