【黒ウィズ】黄昏メアレス2 Story5
story
悠然たる足取りで、そいつは歩いてくる。
〈オルタメア〉が、じろりと見やる先――門の前の広場に、君たちはいた。
〈メアレス〉たちと、ふたりの〈ロストメア〉。そして、魔法の妖精と、異界から来た魔法使い。
それが一丸となり、立ちはだかっている。
戦う理由は自分で決める!おまえの言葉に乗る道理はない!
リフィルは、高らかなる叫びを上げる。
その手から伸びる光の糸が、彼女の周囲に複雑な魔法陣を紡ぎ上げていく。
振動――大地が震える。都市に刻まれた蜘蛛の巣状の魔法陣が輝き、鳴動を始めている。
〈オルタメア〉の表情が変わった。余裕から一転、警戒をあらわに手をかざす。
そこに禍々しい魔力の槍が生じると同時、リフィルは詠唱を終えた。
〈鉄身鋼血(クルオル・フェッレウス)〉!
唸りを上げて、〈オルタメア〉の槍が飛ぶ。
黄昏の門の魔力によって生み出され、何者にも防ぎえぬほどの力を宿した槍を、
横合いから喰らいついた光の矢が、一撃で破砕した。
弓を携え、前に出るレッジ。その身体は、ほのかな黄金の輝きをまとっている。
彼だけではない。君を含め、その場にいる全員が、等しく同じ輝きをまとっていた。
そして、その力を魔法で分け与えた。この場のみなに。おまえと戦えるように!
すさまじい力が湧き上がってくるのを、君は感じる。
黄昏にのみ開く門の魔力――その絶大なる力が、リフィルを中継点として、君たちの身体に流れ込んできている。
〈オルタメア〉は、じろりと〈ロードメア〉に視線を送った。
〈オルタメア〉の身体から魔力があふれた。
それは無数の〈悪夢のかけら〉となって、瞬く間に広場を埋め尽くしていく。
今さらてめえらがちょいと強くなったところで、無駄なんだよ!
〈オルタメア〉の威勢を、リフィルは鼻で笑った.
雲霞のごとき数の〈かけら〉を前にして、〈メアレス〉たちに恐れの色はない。むしろ挑戦的な笑みさえ浮かべている。
君はリフィルの隣に並び、カードを構える。
リフィルは君の方を向いて、ひとつうなずいた。
君は苦笑し、うなずきを返した。
〝人々の奉仕者たれ〟――それが魔道士ギルドに属する魔道士の精神だ。人のために戦うことに、否やはない。
君の答えに、リフィルは、ふっと笑った。
そしてリフィルは前を向く。並み居る敵へ――その奥に立つ悪夢へと向かって。
***
他の〈メアレス〉を呼ばなかったのには、理由がある。
リフィルの術で力を流し込める対象の数には制限があったからだ。
君を含め11人。大軍を相手取るには心許なすぎる数。
だが、君の心に恐れはなかった。この11人なら勝てる――その確信が、君を衝き動かしていた。
コピシュから受け取った二刀を縦横無尽に振るう、〝剣の境地〟に達した男の太刀筋は、命断つ刃の重さすら、芸術めいた軌跡に変える。
背の剣すべてを念動で操り、敵の群れへ飛ばす。あるいは斬り、あるいは刺し、あるいは薙ぎあらゆる剣がそれにふさわしい動きで舞い踊る。
反射的に攻撃をかわし、半ば本能的に逆襲する。飛び交う敵に砲撃をブチ当てながら、近づく敵には至近距離から杭を叩き込む。
短刀を右手に持ち替え、当たるを幸い撫で斬りに華やかな剣舞で敵陣を切り崩しつつ、背後から迫る敵を後ろ手に銃撃して仕留める。
異形の鎖を振り回し、並み居る敵を薙ぎ散らす。荒々しくも精確に襲い来る黒き暴風――呑み込まれたものは、ことごとく打ち砕かれる。
敵が吐き出す魔力の矢、そのすべてを宙で止め、倍以上の勢いを与えて跳ね返す。己の矢を返された敵は、内側から爆裂していく。
重く鋭い拳と蹴りが、敵の急所を撃ち抜いていく、生半可な技量では、その撃からは逃れられない、吸い込まれるように、導かれるように直撃する。
敵が密集したところへ、破壊の力と共に殴り込む、回転する車輪が魔性の力を存分に引き出し、十数という敵を一挙にまとめて打ち砕く。
〈オルタメア〉が動いた。〈かけら〉を相手取る同の隙を衝くべく、魔力を無数の矢に変えて放つ。
君たちの魔法が、飛来する矢のすべてを弾き散らした。
〈オルタメア〉は、君たち3人の魔道士を見つめ、忌々しげに舌打ちする。
奴ァ学者だった。だが、〈ロストメア〉が〝現実〟に出たせいで、島が沈んで妻子が死んだ!
それで〈ロストメア〉の研究を始めた!〈ロストメア〉なんてもんを、この世から完全に消し去るために!
夢を叶える。その執念に満ちた男さ!死ぬ寸前まで研究を続けた。死んだら死んだで、〝世界を変える夢〟が生まれることを狙ってな!
その〈夢〉が!人生を賭けた執念が!その場しのぎで人生やってるようなてめえらに、止められてたまるかァッ!
執念だろうとなんだろうと……そのためなら同じ〈夢〉さえ利用する、そんなおまえに虫唾が走る!
昂然と叫ぶリフィル。その意気に呼応して、紡ぎ上げた〈秘儀糸〉の魔法陣が、カツと鮮烈なる輝きを放つ。
〈メアレス〉たちに夢はない。殉ずる大義もない。ただその日々だけを生きている。
それでも――あるいは、だからこそ。
彼らは戦う。戦う理由を吐き出せる。〝許せない〟〝気に食わない〟――素直な心、ただ純然たる思いのために、戦える。
〝ない〟を〝ある〟に変える――不落の城を打ち崩す!
そうであってこその魔法だと――ここで示す!!
***
n君たちの魔法を受け、〈オルタメア〉が膝を突く。
まさに、不落の城が崩れた瞬間だった。
しかし、君たちも限界に近付きつつあった。絶大な魔力を使うのに、身体が悲鳴を上げている。
リフィルとリピュアが、同じ構えを取った。まったく異なるふたりの唇が、まったく同じ魔性の呪文を紡ぎ出す。
ふたりの詠唱を阻止するべく、〈オルタメア〉は力を振り絞り、無数の魔力の矢を放つ。
駆け込んできたレッジが弓の車輪を回転させた。
魔匠の弓が、こちらも無数の光の矢を放つ。矢時雨と矢時雨が空中で激突し、花火のように光のしぶきを散らせた。
いや。それだけではない。1本だけ激突の隙を縫って走った光矢が、〈オルタメア〉の胸に突き刺さっていた。
力を使い果たし、膝をつきながらも、レッジは声を張り上げる。
こくりとうなずき、リフィルは詠唱を締めくくった。
無数の雷条が寄り合わさり、恐ろしく太い柱と化して、轟然と〈オルタメア〉へ向かう。
〈オルタメア〉が目を見開いた。両の手に魔力を集中柱を受け止める。
押しきれない。魔力そのものを肉体とする存在だ、こちらと違い、肉体への負荷がない。まだ余力を残している……!
それを見て、君は静かにカードを取り出した。
今このときのためにあったのだとばかり、懐で熱く震える枚のカードを。
魔法使いそれは……!
「あの子と友達になれますように。
もし、私が消えても……あの子に、同じ魔法使いの友達が、できますように。
がんばるあの子を、助けてくれる……隣で支えて、いっしょに戦ってくれる。そんな魔法使いが、来てくれますように――」
来たよ、と君はつぶやいて。
呼びかけに応え、その力を解き放った。
「目覚めよ神雷!空の静寂打ち砕き、あえかな夢を千切り裂け!」
力は清らかなる光と変わり、紫電をまとい――〈オルタメア〉が受け止める柱に吸い込まれ、さらなる力をもたらした。
雷を受け止めたまま、〈オルタメア〉が後ずさる、その腕が、ぶるぶると激しく震えている――みっつの力に抗しきれずに。
「「「「「「行けえっ!」」」」」」
そして、光が突き抜けた。
上へ。天へ。
〈オルタメア〉の両腕に逸らされて。
どうだ……これで!俺の、勝ちだ!
〈ロードメア〉が静かにつぶやいた瞬間。
天に逸らされた雷が、あるべき姿を思い出したように降り落ち、真上から〈オルタメア〉を直撃した。
雷の柱に全身を呑まれた〈オルタメア〉の、断末魔の絶叫が轟く。
踏みにじった者たちの怒りに焼かれろ――〈オルタメア〉!
光のなかで、〈夢〉は弾けた。
燃えたぎるほどの熱情、恐ろしいほどの執念を抱いたまま――
果たせざるまま、砕けて消えた。
陽が、ほっとしたように墜ちきろうとしている。
激しい戦いの爪痕が刻まれた広場は、薄闇と静寂に包まれていた。
その闇と静けさに溶け込んでしまいそうな背中へ、君は、ありがとう、と声をかける。
小さく笑って、〈ロードメア〉は歩き出す。
〈レベルメア〉とともに、きびすを返し一門に背を向けて。
その歩みが、地面に座るレッジの隣に差しかかったところで、わずか、止まった。
仏頂面で答えるレッジに、〈ロードメア〉は、思いつきのようにつぶやく。
レッジは、ひとつ大きく嘆息した。
そして、じろりと〈ロードメア〉を睨む。
穏やかに笑い彼らは、薄闇に消えていった。
みんなで分けて、と君は苦笑する。
なにしろ、君とウィズの身体は、光に包まれ始めている。
きまじめにうなずいて、レッジが君の前に立った、
これからどうするの?と君は尋ねる。
君はうなずき、がんばって、と笑いかけた。
いよいよ、光が強くなるのを感じる。もう時間らしい。
と、いうか……結局あなたって、どうして突然来たりいなくなったりするのかしらね。
愛と希望の魔法の力みたいだよ、と答え――
君は、薄れゆく意識を光にゆだねた。
エピローグ
夜の酒場に、賑やかな熱気が満ちている。
〈オルタメア〉を倒した〈メアレス〉たちの、戦勝祝いの席だ。
とどめを刺したのは黒猫の魔法使いだったので、魔力と報奨金は、みなで山分けになった。暖かくなった懐でさっそく宴、というわけだ。
fそれにしても、今回は難儀だったねえ。まさか〈ロストメア〉を消し去る夢なんてものが出て来るとは。
喧噪をよそに、リピュアが皿にサラダを盛ってリフィルヘ渡した。
あきれ顔で皿を受け取りながら、リフィルは考え続けていた。
何かを感じた。何かが流れ込んできた)
ある言葉。そして、漠然としたイメージ。それが、拭いがたく脳裏にこびりついている。
小さな影が、闇と闇の狭間をふらつきながら進んでいく。
ザ、と地を踏む音が、その行く手をさえぎった。
ほの暗い魔力が、男の身体から立ち昇る。
迫り来る終焉――それに抗うすべは、ほとんどすべての力を使い果たした〈夢〉にはもはやなかった。
だからだろうか。
〈夢〉が、その言葉を口にしたのは。
〈見果てぬ夢〉でも……救われたいならな……。
救われたいなら……だと?なぜ、おまえがそんなことを。
〈絡園〉……それさえ見つかれば……こんな世界――
そこまで言ったところで、〈夢〉は砕けた。
手を下すまでもなかった。そもそも、すでに崩壊寸前だったのだろう。
その言葉を、〈ロードメア〉は舌先で転がす。
聞き覚えはない。それに、〈ロストメア〉を憎む〈ロストメア〉の言だ。信用するには値しない。
それでも、捨て置きがたい何かを感じた。
あの〈オルタメア〉が末期の際に言ったこと。まるで意味のない戯言とは思えない。
つぶやいて。
〈夢〉は闇へときびすを返した。