【黒ウィズ】黄昏メアレス2 Story3
story 内なる炎を意地として
〈ラウズメア〉の背を追い、君たちは駆ける。
単独行動か……罠かもしれない。
見え透いているな。罠は不意を衝いてこそ意味がある。逆に利用し、叩き潰してやる!
俺が奴を捉える。おまえたちは待ち伏せに対処しろ!
言って、レッジは別の車輪を弓に差し込み、回転させる。
〈ゲイルウィール〉!
疾風をまとい、急激に加速――車輪を〈クラッシュウィール〉に換装し、逃げる〈ラウズメア〉の背中から弓を叩きつける。
〈ラウズメア〉はさすがに振り向き、足を止めた、振り下ろされた弓を、両手で発止と挟み止める。
至近距離――互いに瞳を見つめ合う。
レッジは容赦なく、弓を押し込んでいく。〈ラウズメア〉は全力で押し返そうとするが、弓に宿った力に抗いきれていない。
おまえは、誰の夢だ?〈ラウズメア〉……。
抵抗を嘲笑うように、レッジは言う。
ユイアの夢なのか――それとも……。
……ユイアの、夢よ。
なら、あいつは夢を失ったんだな。ハ――いいざまだ!金に目がくらんだ奴の末路ってわけだ!
じりじりと弓が迫る。〈ラウズメア〉の首筋に、触れんばかりに。
で――おまえは、どんな夢なんだ?ええ?
解放の……夢……。
弓に抗いながら――悲しげに、彼女は答えた。
あなたを、家の宿命から解き放つ……あなたを解放する夢よ……レッジ……。
――な。
動きが、止まった。
弓が。女の首筋に触れるか触れぬかのところで。震えながら、ぴたりと止まっていた。
凍りつくような静寂のなか、〈夢〉は言う。
彼女は、あなたを連れて都市を出ようとしていた、あなたの父親に手切れ金を渡されたけど、突き返して……。
そのせいで……刺客に狙われ、命を落とした。
……!?
愕然と揺れ動くレッジの瞳を、〈ラウズメア〉の眼差しが貫く。どこまでもまっすぐに。
それで、私が生まれた。見果てぬ夢が。すべてを解き放つために……。
う……。
〈ラウズメア〉は、そっと弓を押しのけた。もはやレッジの手に力はなかった。怯えるように、震えていた。
女の指が、その手に触れる。優しくというよりも、切なげに。もう得られないものへ触れるように。
私は知ってる。あなたの気持ちも、ユイアの気持ちも……
だからこそ、私は私を叶える。私が叶えば、あなたは自由になる――
う……うう……う……!!
レッジ!
ようやく追いつきかけた君たちの背後から、鋭い声が突き刺さる。
かかってくれたな。
やはり来たか!
繰り出される一撃。ラギトが反転し、それを防ぐ。
その隙にルリアゲハが短刀を抜いて斬りかかるが、〈ロードメア〉は見事な体さばきで回避した。
〈ロードメア〉を彼らに任せ、君とリフィルは〈ラウズメア〉へ魔法を飛ばした〈ラウズメア〉は後退し、魔法から逃れる。
彼女がそうした理由は、すぐにわかった。
君とリフィルがレッジの傍に追いつくと、背後に、上から影が降ってきた。
罠ってのは、わかってても避けられねェように張るもんだぜ。
〈ラスティメア〉と〈レベルメア〉。君たちとラギト・ルリアゲハを分断する構えで、大通りの真ん中に立っている。
これで、君たち全員、〈ロストメア〉に挟み撃たれる格好となった。
直接門を狙うのではなく、まずはこちらの戦力を削ろうという腹か。
人の過去に付け込もうなんて真似、ちょっとあくど過ぎるんじゃない?
皮肉に構わず、〈ラウズメア〉は決然と構える。
私たちは〈見果てぬ夢〉。自らを叶えるために生まれた。夢を叶えられなかった者たちの代わりに――
だから、それを邪魔する〈メアレス〉は潰す。たとえどんな手段を使ってでも!!
***
たちまち、乱戦となった。
〈ロードメア〉がラギトとルリアゲハ、〈ラウズメア〉が君とリフィルに挑み、間のふたりがそれをサポートする。
慎重な攻め手だった。一気に勢いで潰そうというものではないが、こちらは防戦一方で、力を削られていく。
こっちを消耗させて、ジリ貧に追い込むつもりにゃ!
人間、戦い続ければ疲れて鈍る。だが、相手は〈夢〉だ。力の源は魔力。魔力が尽きるまで戦うことができる。
〈魔輪匠(ウィールライト)〉!
リフィルが、〈ラウズメア〉の拳を防御障壁でしのぎつつ、通りの端で茫然と立ち尽くすレッジに叫んだ。
戦え!戦場で動きを止めるな!
俺は……。
震えるレッジの喉から、声がこぼれる。
強烈な違和感が、君を襲った。何かが違う――様子がおかしい。まずい、という予感が同時に去来する。
その予感の正しさを証明するように、レッジが、なりふり構わぬ絶叫を上げた。
俺は……捨てたくて夢を捨てたんじゃない。なりたくて〈メアレス〉になったんじゃないっ!
胸のなかのすべてを吐き出すような――虚飾もごまかしもない、本音の叫びを。
門なんて、潜らせてやればいい!あんなもの……あんなものがあったせいで、ユイアは死んだ!あんなもののために!!
その声を聴いて、君は悟った。
〝解放の夢〟引き出す力。〈ラウズメア〉はレッジに触れた――そのときに、解き放ったのだ。
彼が抑えようとしてきたもの。心に押し込め続けてきた激情の炎。
そのすべてを。
だったらここで死んどけよ。クク――ハハハハハ!
笑い、〈ラスティメア〉がこちらに武器を構えた、壊れかけた火炎放射器に魔力が宿り、炎の渦が吐き出される。
君とリフィルは、左右に散ってかわそうとして、同時に気づく。
炎はレッジに向かっている。避けるどころか炎を見てすらいない、立ち尽くしたままのレッジに――
降り来れ、黄泉をも照らす月鏡!
君とリフィルはレッジの前に立ち、同時に呪文を唱えた。防御障壁が展開し、炎を食い止める。
離脱しろ、レッジ!
後ろを振り向きながら叫ぶリフィルに、レッジは、力なく首を横に振る。
だめだ……。
力が、入らないんだ……身体が動かない……気持ちが……押し寄せてきて……何も……。
夢を持つ者なら、内なる思いを解き放たれれば、それを力に変えることができるだろう。
だが、〈メアレス〉が――なかでも夢を失った者たちが胸に秘めるのは、喪失感であり、虚無感であり、無力感だ。
だとしても、彼らは生きている。抱えた想いを胸に封じて。心を蝕む苦痛に耐えて。
もし、封じ込めたその想いを解き放たれたなら。今再び、夢を失ったときの喪失感と虚無感と無力感に支配されたのなら。
何ひとつ――できるはずもない。
これが狙いか……〈ラウズメア〉!レッジの動きを封じて勝つ!そんなことのために使う力か!
〈ラウズメア〉は応えず、跳躍した。家壁を蹴って炎の上を跳び、〈ラスティメア〉の真横に着地する。
言ったはずよ。自分を叶えるためなら、なんでもやるって。
瞳は、やはりまっすぐだった。おぞましいほどに目的のためなら感情のすべても殺す覚悟、その冷たさで凍てついていた。
たとえレッジを殺したとしても……私が叶えば〝解き放たれたレッジ〟が現実の存在となる――
そんな理屈で命を奪う――だからおまえたちは怪物なんだ!
〈ラウズメア〉が、〈ラスティメア〉に触れる。
〈ラスティメア〉から膨大な魔力が引き出され、呼応して、火炎放射器から放たれる炎の量が、一気に数倍に膨れ上がった。
すさまじい負荷が、防御障壁にかかる。君もリフィルも歯を食い縛った。気を抜けば、簡単に破られてしまう……
やめろ……。
茫然と、レッジが言う。
想いを解き放たれているというのなら、それは、レッジの心から発した、何より純粋な気持ちだったのだろう。
やめろ……死ぬぞ……。ふたりとも――俺のことなんて見捨てて逃げろっ……!
主義じゃない!!
リフィルは吼えた。敢然と。
その叫びに応えるように、骨骸の人形が、彼女の前に出る。
夢がなくても、意地がある。同じ〈メアレス〉がやられるのを、見過ごさないくらいの意地は!
意地……。
諦めな。俺と〈ラウズメア〉の全力の合作だ。てめェらの力なんぞでどうできるもんでもねェ!
そうかしら。
人形の瞳が、カッとまばゆい光を放つ。
応じて、ごうっ、と風が渦巻いた。
それは、力が生み出す風だった。君の背筋を凍らせるほどの膨大な魔力が、人形の内側からあふれ出してくる。
風と光に、炎が押し返される。その勢いに、〈ラスティメア〉が、ぎょっとして目を剥いた。
なんだ――馬鹿な!なんでこんな量の魔力が……!
こつこつ地道に溜めてたからよ!
その場のすべてが光に呑まれる。何者も抗しがたい、圧倒的なまでの光。燦然きわまる、麗しくも雄々しい輝き。
その光のなか、リフィルが糸を操る姿が、辛うじて見えた。
放て――〈秘儀糸(ドゥクトゥルス)〉!
光が、弾けた。
骨骸の人形――その全身を、内側からバラバラに打ち砕き、リフィルの操る糸に沿って、前へと走った。
炎とぶつかる。かぷりつき、呑み込んでいく。まるで、鯨が竜を呑み込むように。〝より大きい〟という事実だけで圧倒していく。
う――ぉぉおおぉおっ……!?
音を立てて、光が砕けた。
通りを埋め尽くすほどの炎――それが、跡形もなく消え去っていた。光とともに。
…………。
リフィルが、がくりと膝を突く。当然だ――これまで溜め込んできた魔力のすべてを、一気に解放したのだから。
その音で、〈ラスティメア〉が我に返った。怒りと戦慄に顔を歪めながら、再び火炎放射器を構える。
認めるしかねェ思い切りの良さだぜ……だが、てめェはそれで終わりだろうが!
その腕を、1発の銃弾が穿った。
膝を着いたリフィル――彼女が取り出した銃から放たれた銃弾が。
なめるな……魔法がなくても……〈メアレス〉でなくなったわけじゃない……!
付け焼刃を!
〈ラウズメア〉が疾走した。
君はとっさに魔法を放とうとするが、〈ラウズメア〉は呪文詠唱など許さぬ速度で、一気にリフィルヘと躍りかかる。
その速さに追いつけるのは、ひとりしかいなかった。
〈ゲイルウィール〉ッ!
激しい咆障。渦巻く疾風。
〈ラウズメア〉の拳が少女を撃ち抜く直前、魔性の弓がそれを止めていた。
意地ならある……俺にだって……。
助けられた借りを返すくらいの意地は!!
拳を止めたまま、レッジは車輪を換装する。
〈ブラストウィール〉!
至近距離から光の矢が走る。〈ラウズメア〉は後退しながらそれを打ち払った。
距離を取る〈ラウズメア〉――その目は、レッジをじっと見つめている。
なぜ、動けるの?レッジ。私の力は、まだ続いているはず……。
だからだろ……。
確かめるような静かな問いに、レッジは獣の唸りで答える。
気持ちがあふれて止まらないんだ。〝何やってんだ、俺は馬鹿か〟……〝なんでもいいからとにかく戦え〟ってな!
これが誤算なら、〈メアレス〉を舐めすぎている、君は、そう言いながら、レッジの隣に並ぶ。
夢があろうとなかろうと、怒りもすれば泣きもする。
リフィルの意地が、レッジの心に火を点けた。無力感も何もかも吹き飛ばす、戦わずにはいられないような火を。
いや。その火は、もともと彼のなかにあったのだ、己の心を、内側から焼き続けてきた火。それが、正しく外へと向いたなら――
追い風すらも焼き尽くす、猛々しい戦火となる。
まだやれるなら、付き合ってもらうぞ。魔法使い。
炎の声で、レッジは言った。
奴らに、意地の一矢をくれてやる!
***
おおぉおぉおおおおっ!
渾身の力を込めて放たれたレッジの一撃が、〈ラスティメア〉の左半身を破壊しながら吹き飛ばす。
そこへ、〈ラウズメア〉が回し蹴りを見舞った。レッジは車輪を換装しつつ、弓で受ける。
蹴りは車輪を直撃し、回転させた。ハッとなる〈ラウズメア〉へ、光の矢が乱れ撃たれる。
側転でかわす〈ラウズメア〉。君はその着地点を狙い、魔法を放つ。
んだりゃあっ!
〈レベルメア〉が〝逆流〟の力を解き放った。自分の魔法が跳ね返ってくるのを、君はどうにか回避する。
くそっ……〈ラウズ〉!もう一度だ!
これ以上力を引き出したら、あなたが保たない。
ブッ壊れるくらい、慣れてんだよ。いいからやれ!
やらせるかっ!
こっちのセリフだっつうの!
君の魔法、レッジの矢、リフィルの銃弾。〈ラスティメア〉へと放たれたそのすべてを、〈レベルメア〉が空中で止めた。
跳ね返せる量には限度があると見た!まとめて叩き込め!
わかった!
君たちは、さらなる魔力と銃弾を飛ばした。
んぐっ、ぐぬっ、んぐぐぐぐっ……!
〈レベルメア〉は顔を真っ赤にして、そのすべてを止めきってみせる。
その間に〈ラウズメア〉が〈ラスティメア〉に触れていた。しかし、その顔には迷いがある。
さっさとやれ!〈レベル〉が死ぬぞ!
……わかった。
まずいにや!早く〈レベルメア〉を倒すにゃ!
ん・ん・ん・ぐぅぅぅうううぅうっ……!
宙で止まっている魔法と矢と銃弾は、もはや、通りを横に埋め尽くさんばかりの量になっている、
〈レベルメア〉の根性に、君は驚嘆した。
やらせる……もんかっ!
みんなで……叶うって!決めたんだからぁっ!
全力を振り絞る少女の背後で、〈ラスティメア〉の力が再び引き出される――
修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て降り荒べ!
場違いなくらい明るい声が降り注いだのは、そのときだった。
は――?
誰もが、思わず、という感じで、空を見上げる。
そして、見た。
空から降り落ちる、無数なる迅雷の槍を。
はぁああぁああああっ!?
まさに、暴雷。
落雷の雨が通りを埋め尽くし、石畳という石畳を打ち砕いていく。
耳をつんざく轟音の嵐が巻き起こり、たちまち、粉塵が視界を覆い尽くした。
ちょっ、ごほっ、どうなってんの?
〈ゲイルウィール〉!
レッジが弓に宿した魔力から疾風を吹かせた。一気に粉塵が晴れ、打ち砕かれた通りがあらわになる。
奴らがいない……退却したのか……?
正しい判断だ。なにしろ――
上を見上げて、ラギトがつぶやく。
またしても、魔法使いが増えたんだからな。
そこから、ひとりの少女が舞い降りてきた。
純粋無垢なる笑顔を浮かべ、ぱたぱたと、蝶のような羽をはばたかせながら。
ごめんねー、やりすぎちゃった。なんかすんごい魔力を感じたから、とりあえず止めようと思ったんだけど。
あなた……。
あ!
思わず、とばかり声を上げるリフィルに気づいて、少女はうれしそうにそちらへ駆け寄っていく。
そして、謎めいた呪文を口にした。
クワバラクワバラ……とっぴんぱらりのぷう!
すると、通りに散らばっていた人形の破片が淡い光を放ち、ひとりでに浮き上がって――
ひょいひょいと集まり、元の形を取り戻した。
――え!?
それだけではない。無惨に砕けたはずの石畳も、すべて元の形を取り戻している。
はい、これでもうだいじょうぶ。だめだよー、もっと大事に使わなきゃ。
じゃなくて……ちょっと待って!今、いったい何をしたの!?
決まってるじゃない。魔法だよ。だって――
少女は、くるりとターンを決めた。
私はリピュア。魔法の妖精、リピュア・アラトだからね!
そして、唖然となるしかないリフィルに、にっこりと微笑みかけた。
あなたがリフィルでしょ?アフリトのおじちゃんから聞いてるよ。
同じ魔法使いとして、いっしょにがんばろうね!
story REP
妖精……だぁ?
夕暮れが終わり、夜となって。
門を守っていたゼラードたちは、合流早々、にこにこと微笑む少女の自己紹介を受けて、目を瞬かせた。
マジっすか……うわあ、羽パタパタしてるぅ。ていうか、この子、どう見ても……。
あのときの――〈ピュアメア〉……ですよね?
――???私は、リピュアだよ?魔法の妖精、リピュア・アラト!
少女は屈託なく笑い、君とリフィルの手を取った。
えヘヘ、やっと会えた!私、ずっと見てたんだよ。あなたたちが魔法を使ってがんばってるとこ!
私たちを?ずっと?
うん。私ね、生まれたばっかで、力が弱かったの。だから、ずっと実体化できなかったんだけど――
リフィル、いーっぱい魔力をばらまいてくれたでしょ?あれ使ってね、やっと実体化できたんだ!
なにせ、2年以上もの間、〈黄昏(サンセット)〉が溜めに溜めた魔力よ。じゅうぶんすぎるほどであったなあ。
アフリト翁……。
不意に現れ、くつくつと笑うアフリトヘ、リフィルは物言いたげな視線を向ける。
アフリトは彼女の傍らに近づき、何事かささやいた。
我が本体――フムト・アラトが、彼女のことを気に入ってしまってねえ。砕け散った魂に妖精界の息吹を与え、生まれ変わらせたのさ。
人に捨てられたのではなく、人が死んだことで生まれた夢……ゆえに人を恨まぬ、清らかな魂を持っていた。そうでなければ、こうはいかん。
どちらにしても……〝あの子〟そのものではない、ということね。
ふたりの会話は、君には聞こえなかった。だが、リフィルの神妙な顔つきからすると、何か、彼女にとって大事なことを確かめていたようだ。
私ね、魔法の力で、みんなを幸せにしたいんだ。だから、いっしょにがんばろうね!リフィル、魔法使いさん!
よろしく、と君は差し出されたリピュアの手を握り返した。
しっかし、溜め込んでた魔力を全部解放して、人形を自爆させるなんてねえ。リフィルも思い切ったもんだわ。
死ぬよりマシでしょ。
苦笑するルリアゲハに、リフィルは、さらりと肩をすくめる。
この世界に魔法の存在を示し続ける……それがアストルム一門の目的で、だからこそ、おまえも魔力を溜め続けていたはずだ。
どこか厳粛な面持ちで、レッジが言った。
なのに……どうして、あそこまで思いきれる?
言ったでしょ。前の私にはそれしかなかった。今はそうじゃない、だから、魔力の使い道くらい自分で決める。
あなたの方はどうするの?〈魔輪匠(ウィールライト)〉。門を守る仕事には、愛想が尽きたようだけど。
……ああ。そうだな。自分でも、どうしたらいいのかわからない。わからないが……。
一瞬、うつむいてから。
レッジは、顔を上げた。その双眸に、決意の火を乗せて。
俺はユイアを誤解していた。その償いはしなければならない。あの〈ロストメア〉を討つことで。
どんな〈夢〉だろうと、〈ロストメア〉だ。〝現実〟に出せば、世界がイカれる。ユイアは……そうなることを望まないだろう。
だから、〈ラウズメア〉は討つ。今は、それだけ決めた。そのあとのことは、そのあとで考える。
それでいいと思うよ、と君はレッジに笑いかける。
おまえにも迷惑をかけたな、魔法使い。だが、おかげで助かった。借りの返し方は、考えておく。
そんなに気にしなくても、と答える君の後ろで、ミリィがパンと手を打った。
そうと決まれば、一丁、パーッとやりましょう!
お、いいねえ。ずっとケチな病院食だったからな、ここいらで肉と酒を補給しとかねえと。
元気になったからって、いきなり暴飲暴食はダメですよ、お父さん。
大丈夫だって。あ、そうだ。つうか俺の復帰祝いどうしたよ
ああ。そういやそんなのもあったわね。退院即日現場復帰とか言ってたから、すっかり忘れてたわ。
ひっでえな!
まあまあ、まとめてやったげるから。あ、〈巡る幸い〉亭でいいでしょ?
わいわいと騒ぎだす〈メアレス〉たち。その光景を見て、ウィズが笑う。
レッジも吹っ切れたみたいだし、これなら、〈ロストメア〉との戦いも平気だにゃ。
そうだね、と微笑みながらうなずいたとき、君は、懐に熱を感じた。
キミ、どうしたにゃ?
君は、熱の源――1枚のカードを取り出してみせる。
にゃにゃ?契約済みみたいだけど……そんな力ード、持ってたかにゃ?
さあ、と君は首をかしげるしかなかった。
***
あれから、数日の時が過ぎた。
今日も空振りだったんすか?〈ラウズメア〉探し。
ああ。リフィルやリピュアの魔法を併用して、さらに探査の網を広げてみたが……それでもだめだった。
完全に、逃げることを優先してるって感じね。さりとて門を襲うわけでもないのが、不気味なところだけど。
前回はこちらの戦力を削りに来たが、それが厳しいとわかってやり方を変えたのかもな、少なくとも何も企んでいないことはないはずだ。
妙ですね。あっちにしてみたら、魔法陣が解除されるまでに決着をつけなきゃいけないはずなのに……。
同じテーブルで話し合う君たちの耳に、リフィルとリピュアの声が届く。
らっしゃーせー。
らっしゃーせー!
てきぱき接客をこなすリフィルと、にこにこ応対するリピュア。ゼラードが、あきれたような声を上げる。
昼も歩き回ってるってのに、よく働くねえ、おまえら。
溜めていた魔力が吹き飛んだ分、ますます節約しないといけなくなったもの。
あれつ、そういや、今は魔カナシってことですか?
俺の手持ちの魔力から補填させてもらった。量が量だから、さすがにすべてじゃあないが、徐々にでも返していくつもりだ。
おっ、つまり……借金か?借金だな?
なんで嬉しそうなんだ。
そんなことを話していると、リピュアが笑顔で皿を運んできた。
マトンと野菜のグツグツシチュー、お待ちどーう!
テーブルに、ドン、と鍋が置かれる。そのなかには、生肉と生野菜と水がまとめてぶちこまれていた。
……って、コレぜんぷ材料じゃねえか。あのなあ、妖精のお嬢ちゃん。料理したもん持ってきてくれよ。
料理なら、これからするよー。
こほん。ツルカメツルカメ、どっとはらい!
リピュアが、まったく意味のわからない呪文を唱える。
すると、鍋の中身が、一瞬にして、グツグツ煮立つシチューに変わった。
にゃにゃにゃ!?
わーいシチューがえええええええなんすかこれ!?何したんすか!?
魔法だよー。
待て、いったい何をどうやった!?料理の全工程をあんな呪文ひとつで済ませたのか!?どういう理屈だ!?
愛と希望の力だよ。
理屈どこだ!!!!!
ていうか、量!量多くない!?なんかどんどん増えて、ああんもう、こぼれてんじゃないのほらー!
ねえ、魔力の気配がしたんだけど――
眉をひそめて厨房からやってきたリフィルが、鍋からシチューの噴きこぼれる光景を見て……。
そのまま、そっと後ろ歩きを始めた。
ティーーーーチャーーーー!!
無言で戻んなよ!おまえも魔法使いだろ、なんとかしてけよ!
無理よ……。その子の魔法、理論もへったくれもないんだもの。
だから、愛と勇気と茶目っ気だって~。
なんかさっきと違うんだけど。
そうだ、魔法使いさん!異界の魔法でなんとかなりませんかね!?
無理。
待てよ。適切な材料が必要ということは、必要な工程をすっ飛ばす時間干渉系の魔法と考えると、まだ納得もできるか……?
我はシチュージン……愛と勇気と茶目っ気の汁……。
おい。しゃべりだしたぞ。シチューが。
――!?!?!?!?!?!?
***
……来ねえな。連中。
来ないっすね。ぜんぜん。
聞かれた門の奥から、続々と隊商が現れる。
君たちは、そんな光景のどこにも異常がないことを逐一確認しながら、〈門番〉を続けていた。
門を潜るのを諦めた、なんてオチじゃねえよな。
それはないと思うんですけど……門を潜るのは、〈ロストメア〉の最終目的ですし……。
そういえば、魔法陣解除のメドって、そろそろ立ったの?アフリト翁。
前もそうだったが、おそろしく精密な陣でな。あと2日はかかると思ってくれ。
魔法陣といえば、この広場にも、それっぽいものがあるけど、あれはなんにゃ?
俺の弓と同じ、魔匠技術の産物だ。門の力を支えている。
もともと魔匠技術は、門の安定化を図るために発達したものだからねえ。
最初に狭間の世界が見つかったとき、今この都市のある場所には、〝現実〟に通じる〝穴〟だけがあった。
そこに門という〝形〟を与えたのさ。実際に門を築き、門を意味する魔匠を彫り込むことでなあ。
それでようやく安定した通行が可能になった。それ以前は、黄昏時に開いたり開かなかったりと、実に不安定な〝場〟だったのさ。
なんか、見てきたように言いますね……。
だから、俺の一族は代々魔匠師をやってるんだ。魔匠技術の専門家でなければ、門の管理はできないからな。
言いつつ、レッジは車輪を取り出してみせる。
あ、それ、気になってたんだ。見せて見せて~。
……変なことするなよ。
リピュアは車輪を受け取り、しげしげと眺める。
ふむふむ……このなかに、魔法の力が入っておりますわけですな……。
そして、おもむろに車輪を指に差し込み、反対の手で勢いよく回転させた。
〈デテクトウィール〉
ディテクトな。
車輪は勢いよく回ったが、何も起こらなかった。
あれ~?なんで?
ウィールだけではだめだ。この弓の機構と連動して、初めて効果を発揮する。
おっ。てことは、あたしのパイルバンカーにその機構を仕込んでもらったら、あたしもウィールを使えるようになります!?
いちおう、ウィール機構は門外不出なんだが……それはいいとしても、改造するのに2年はかかるぞ。
あう。
さすがに2年も待つのはねえ……。
あ、そだ。リピュアの魔法で、パパーッと強くできたりしない?
おい。
やっちゃいますか!
よせ。この流れはダメだって昨日わかったろ!!
チチンプイプイ、ゴヨノオタカラ、あーした天気になーぁれ!!
おい最後!!
ぽん、と音を立て、パイルバンカーから、もくもくと煙が立ち込めた。
ちょっ、ど、どうなったんです!?
――〝パイルバンカーがしゃべる〟にビール1杯。
――〝ニラになる〟にベリータルト。
怖い賭けしないでくださいよ!!
煙が晴れ、パイルバンカーがあらわになる。
そう、パイルバンカーが……。
増えとる!!!!
そっちか……。
……あの。物を増やすって、何気にとんでもないですよね?
まさか……金もか?行けんのか?増やしたい放題か!?
お父さん!
増やしてないよ?これ、もともと割れる仕組みだったみたい。
え?そうなんすか?
あ、ホント。合体させたら元に戻るみたいね。はい、ガチャコンっと。
なるほど、これは面白いな。高威力の合体形態と、小回りの利く分割形態、ふたつを臨機応変に使い分けられる仕組みか。
あ、そういえば、これ買うときに、ユバル社の人がそんなこと言ってたような言ってなかったような……。
君たちは、ミリィを遠巻きにしてひそひそと会話を始めた。
鳥……。
鳥頭……。
〈戦小鳥(ウォープリンガー)〉ってそういう……。
ち、違いますって!ねえアフリト翁、違いますよねってえええええいなーいにういうときだけあの人いなーい!
story 火花散る意志
これでよし、っと。準備オーケーだよ、〈ロード〉。
本当にうまく行くんだろうな。下手すりゃ、この魔法陣自体がオジャンだぜ。
心配するな、〈ラスティメア〉。そうならないよう、都市中に〈導き〉の襖を打ち込んでおいたんだ。
それよりも――実行すれば、連中はまずまちがいなく、俺たちの居場所を突き止めるだろう。
準備は万全だ。今度こそ負けねエよ。
……そうね。
では、〈レペルメア〉。やってくれ。
おっまかせ!!
***
都市が揺れた。
道ゆく人々が茫然となり、あちこちで叫びと悲鳴が上がる。
幸い、立っていられないような揺れではない。だがそれでも、君の背筋は凍っていた。
すごい魔力にゃ!とんでもない勢いで、魔力が都市全体を流れていくにゃ!
門に、さらに魔力が集まるのか?
違う。これは……。逆!
魔力が、〝逆流〟している!門から――都市全体へと!
〝逆流〟……〈レベルメア〉の仕業!?でも、それってどうなるわけ!?
ただの魔力じゃない。門の力それ自体が、都市に広がる……つまり!
この都市そのものが、門になる……!!
君たちは、愕然となった。
〝都市そのものが門になる〟。それが意味することは、すなわち――
逆流しきるには時間がかかる。この分なら、黄昏を迎える頃に、ちょうど完成する!そうしたら……。
黄昏が来ると同時に、都市のすべてが……〈ロストメア〉たちごと〝現実〟に出る!
くそっ……!奴ら、その準備をしていたのか!
……でも、どうして?
この魔法陣は、アストルム一門の秘儀よ。その構造は極めて緻密……ただ〝逆流〟させるだけなら、魔法陣自体が壊れてしまうはず。
今はそれを考えている場合じゃない。〝逆流〟しきる前に、〈レペルメア〉を仕留めなければ。
問題は、どこにいるかにゃ。
それなら、俺がわかる。奴は魔法陣を通じて門に干渉した。〈ラウズメア〉同様、辿れるはずだ。
レッジはすでに〈ディテクトウィール〉を起動し、方角を探っている。
他の〈メアレス〉たちにも声をかけよう。おそらくこれが、奴らとの決戦になる!
***
ゼラードたちと合流した君たちは、レッジの案内に従い、目的地へ急いだ。
門のある広場へと通じる、大きな橋。その上に、〈レベルメア〉はいた。
〈ラスティメア〉〈ラウズメア〉〈ロードメア〉これまで君たちが何度も干戈を交えてきた他の〈ロストメア〉たちとともに。
へえ、今日は肝が据わってるな。ここしばらく、ずっと逃げ回ってたってのによ。
今日は総力戦です。これまでみたいに逃がしたりしません!
同感だ。こちらも――今日ばかりは逃げるつもりはない!
橋の周囲で、いくつもの水柱が上がった。
きらめく虹と水しぶきのなかから、〈悪夢のかけら〉たちが現れる。
油断なく戦闘態勢を取る君たちに、〈ロードメア〉は朗々と告げる。
おまえたちが止めようとする理由もわかる。〝現実〟に生きる者たちにとって、それが歪められる危険はたまったものじゃないだろう。
だが――それでも、俺たちは〈夢〉なのだ!人に捨てられてなお、叶うことを望む〈夢〉そのためだけに生まれた、かりそめの命だ!
俺たちは、弱く儚い……しかし、だからこそ!熱くたかぶる意志がある!なんとしてでも己を叶える……そのための意志が!
夢見る者の強さ――侮ってくれるなよ!〈夢見ざる者(メアレス)〉ッ!!
***
かったるいのはナシで行くわよ!
銃声。放たれた弾丸の群れが、〈悪夢のかけら〉たちをことごとく直撃し、その肉体を構成する魔力を打ち砕く。
コピシュ!
アイアイ!
ゼラードとコピシュが、両手に二刀を構えた。まるで隙のない鮮やかな高速連携で、〈かけら〉たちを薙ぎ散らしていく。
だが無論、敵もそれを見ているだけではない。
まとめて焼いてやる!
剣士2人に向けられる火炎放射器。その銃身を間色の鎖が絡め取り、跳ね飛ばした。
俺の仕事をしておこう。
〈夢魔装(ダイトメア)〉ッ……!
銃身だけではない。足に、腕に、胴に、ラギトのまとう装甲から伸びた鎖が絡み、〈ラスティメア〉の身動きを封じている。
それじゃてめェも動けまいによ。俺を倒せないからって、一緒に仲良くおしゃべりでもする気か?
いや。
鎖が引かれた。〈ラスティメア〉が橋を滑る。拳を構えるラギトのもとヘ――問答無用の速さで
。
抗うすべとてない〈ラスティメア〉の横っ面に、ラギトの拳が突き刺さった。〈ラスティメア〉は鎖につながれたまま、来た道を吹き飛ばされる。
がっ、は……!
再生可能と言っても痛みはあるらしいな。なら、おまえが二度とよみがえりたくないと思うまで、殴り続けてやる。
鬼かよ、てめえ……!
ピリオドを選ばせてやると言っているんだ。おまえは多くの人の命を奪い、利用した。情けの類は、とうにかなぐり捨てている。
〈ラスティ〉!
助けに入ろうとする〈ラウズメア〉に、光の矢時雨が殺到した。
迅雷のごとくそれらをかわしたところへ、疾風のごとく襲い来る影がある。
まだ門を守ろうというの?レッジ!
俺が守るのは門じゃない。その向こうにある世界――ユイアが愛し、旅してきたすべてだ!
門の管理者ではなく、〈メアレス〉――〈魔輪匠(ウィールライト)〉として、おまえを止めるぞ!〈ラウズメア〉ッ!
そう……。
なら、心して受けて立つわ。私も――この願いを叶えないわけにはいかないのだから!
激突する〈メアレス〉と〈ロストメア〉。その脇を、君とリフィルは駆け抜けていく。倒すべき標的――〈レベルメア〉へ向かって。
だが、〈悪夢のかけら〉たちが集い、結合し、強固なる壁と化して、その道行きを阻んだ。
一気にぷち破るには、分厚すぎるか……!
あたしがやりますっ!
杭打機を手にしたミリィが、雄叫びを上げて壁に突撃していく。
かくなる上は――ド直球ッ!!
杭に込められていた魔力が起動。一塊の壁となった〈悪夢のかけら〉に内側から作裂し、連鎖的に破壊していく。
以前、〈アイアンメア〉に防がれたそうだが、それは最適な角度を封じるように止められたから、真つ向からの直撃なら、その威力は比類ない。
そうして空いた穴へと、君たちは飛び込んだ。
げっ、マジ!?
行くぞ、リピュア!
ウルトラオッケー!
修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て降り荒べ!
ふたりは同時に呪文を唱えた。無数の雷槍が宙を馳せる。
相手が跳ね返せる力の量には限度がある。〝逆流〟の力を使い続けている今、放たれた二重の雷槍雨を返せるはずもない。
させる俺ではないと知れ!
〈ロードメア〉の〝導き〟が起こった。リピュアの雷槍が導かれ、リフィルの雷槍と激突、互いに干渉して弾け散る。
瞬間、君は魔法を放った。
〈レベルメア〉ではな〈〈ロードメア〉へと――〝導き〟の力を使った隙を衝き、渾身の魔法を叩き込む!
うそっ、そっち!?
ぐぅあっ……!
魔法の直撃を受けてよろける〈ロードメア〉へ、リフィルがさらなる追い打ちをかける。
八十葉をなして、天霧らせ――地より逆撃つ雷雲樹!!
〈ロードメア〉の足元に生じた魔法陣から、天をも穿つ大樹のごとく、膨大な量の雷がそそり立つ。
雷陣の結界!逸らしようもあるまい!-
〝ない〟を〝ある〟に変えるのが、魔道の理ではなかったか――〈黄昏(サンセット)〉!
――!?
〈ロードメア〉が、す、と人差し指を動かした。
彼を囲む雷条の1本が呼応し、逸れて、脇の雷条とぶつかり、弾ける。
その衝撃で複数の雷条がまた弾け、別の雷条とぶつかり、弾け、ぶつかり、弾け――
やがて、雷条すべてが互いに干渉、砕けて消えた。
む、むちゃくちゃにゃ!なんであんなことができるにゃ!?
おそらく……〝知っている〟からよ。
リフィルは、確信と戦慄の瞳でつぷやく。
あの術の構造、構成、その根本たる秘儀と理論のすべてを知悉しているから、できた……。
あの魔法陣もそう。本来〝逆流〟などもっての他、ただし――魔法陣のすべてを把握した上で、特定の箇所の流れを〝導いた〟なら話は別。
しかし、あれはアストルム一門の秘儀のはずだ。それを知っているということは――
そう。俺は、アストルムの〈夢〉だ。おまえたちが〈ミスティックメア〉と呼ぶ、あの〈ロストメア〉と同じくな。
正確には――おまえの使う骨骸の人形そいつが生前に見た夢だ!
君は思わず、リフィルの後ろに立つ骨骸の人形へ視線をやった。
人々が魔力を失う未来を予知し、自らの死後、肉体を人形型の魔道書に改造させた、アストルム一門の古き当主――
待つにゃ!その人が生きてたのは、数百年前の話のはずにゃ。どうして今になって、その〈夢〉が出てくるにゃ?
長く封じられていた。アストルムの秘儀による魔法でな。
それを解いたのは……そうか、〈ミスティックメア〉か……!
〈ミスティックメア〉――〝魔道再興の夢〟。その夢ゆえに魔法を使えた彼女なら、それも可能だっただろう。
俺は魔法は使えぬが、魔法のすべてを知っている、やり辛かろう、〈黄昏(サンセット)〉。ここで退くなら、見逃してやるが――?
やけに長々と事情を話すと思えば――時間稼ぎと命乞いがしたかっただけか。
おまえが誰の〈夢〉でも、退く理由にはならない。祖先が遺した〈夢〉というなら、なおさら潰すッ!
血の気の多さは、祖先譲りか。
〈ロードメア〉が、笑った。
その全身から、ぞっと魔力があふれ出す。
言っておいてなんだが――おまえが命惜しさに退いていたら、俺は心底、がっかりしたかもしれん。
勝っても負けても最後の瀬戸際――ならば、華を以て終えねばなぁっ!
***
君とリフィル、リピュアが放つ三者三様の魔法が、〈ロードメア〉の力を徐々に削り取っていく。
〝導く〟力を持ち、リフィルの魔法を熟知していても、劣勢には変わりない。彼に勝ち目のある戦いではないのだ。
しかしそれは、勝とうとするならの話だ。〝負けない戦い〟に徹すれば、話は違う。
日没までに彼を倒し、〈レベルメア〉を仕留める、それができなければ、こちらの負けだ。
そして、その意味では、君たちの方こそ劣勢であると言えた。
日が、沈みつつある。
はるかな青空に徐々に赤みが差し、世界が昏さに呑まれようとしている。
もうすぐだ……!
魔法を逸らし、魔法をかわし、魔法を喰らい、魔法に耐えながら、〈ロードメア〉は吼える。
黄昏が来る!もうすぐだ!俺たち全員の叶うときが……すぐそこまで来ている!
満身創痍。傷は深く、魔力の損耗も激しい。それでも彼らに〝疲労〟という概念はない。
生きている限り――命ある限り戦い続ける。その意志が折れることさえないのなら。
その強みが、今、存分に発揮されている。
あきれた根性……!
もうへろへろだよ~。
〈ロードメア〉の攻撃をしのぎながら、強力な魔法を撃ち続けている。君たちの体力は、とうに限界に近付いていた。
倒しきれるか。君の頬を汗が伝う。もう日没まで本当に時間がない。
それまでに奴を下し〈レベルメア〉を倒せるか。それとも、打倒かなわず、都市ごど現実、に至ってしまうか――
どちらも、無理だな。
あまりにも不意に、声が響いた。
すさまじいまでの力の咋裂とともに。
くぁっ――
うぐっ……!?
衝撃を伴う閃光が、君たちを、敵も昧方もなくもろともに吹き飛ばした。
辛うじて受け身を取り、起き上がる君の耳を、聞き覚えのある声が打つ。
やっとこのときが来てくれた。まったく、待たせやがって。
爆ぜた光が、収束していく。中心の影――そこに立つ誰かに。
〈ロード〉!ま、魔力が……!
光とは、魔力。門から〝逆流〟し、都市全体に広がりつつあった魔力だった。
それが、収束していく。1点に。とてつもない勢いで、吸い上げられていく。
そのさまを、〈ロードメア〉は茫然と見つめる。
何が、起こっている……!?
〝改変〟したんだ。〝力を集める魔法陣〟を、〝力を挿げる魔法陣〟にね。
光が消えた。
影でしかなかったもの、その輪郭が徐々に見えてくる。
それは。
おまえ――〈アイアンメア〉――
その名前は正しくないな。
にこりと笑う少年の、その全身が、どろりと溶けた。
溶けて――再び人型に盛り上がり、まったく異なる見た目に変わる。
悪夢めいた異形へと。
おまえたちの流儀で名乗るなら……〈オルタメア〉。〝世界を変える夢〟。
それが、俺さ。