【黒ウィズ】黄昏メアレス2 Story3
story 内なる炎を意地として
〈ラウズメア〉の背を追い、君たちは駆ける。
俺が奴を捉える。おまえたちは待ち伏せに対処しろ!
言って、レッジは別の車輪を弓に差し込み、回転させる。
疾風をまとい、急激に加速――車輪を〈クラッシュウィール〉に換装し、逃げる〈ラウズメア〉の背中から弓を叩きつける。
〈ラウズメア〉はさすがに振り向き、足を止めた、振り下ろされた弓を、両手で発止と挟み止める。
至近距離――互いに瞳を見つめ合う。
レッジは容赦なく、弓を押し込んでいく。〈ラウズメア〉は全力で押し返そうとするが、弓に宿った力に抗いきれていない。
抵抗を嘲笑うように、レッジは言う。
じりじりと弓が迫る。〈ラウズメア〉の首筋に、触れんばかりに。
弓に抗いながら――悲しげに、彼女は答えた。
動きが、止まった。
弓が。女の首筋に触れるか触れぬかのところで。震えながら、ぴたりと止まっていた。
凍りつくような静寂のなか、〈夢〉は言う。
そのせいで……刺客に狙われ、命を落とした。
愕然と揺れ動くレッジの瞳を、〈ラウズメア〉の眼差しが貫く。どこまでもまっすぐに。
〈ラウズメア〉は、そっと弓を押しのけた。もはやレッジの手に力はなかった。怯えるように、震えていた。
女の指が、その手に触れる。優しくというよりも、切なげに。もう得られないものへ触れるように。
だからこそ、私は私を叶える。私が叶えば、あなたは自由になる――
ようやく追いつきかけた君たちの背後から、鋭い声が突き刺さる。
繰り出される一撃。ラギトが反転し、それを防ぐ。
その隙にルリアゲハが短刀を抜いて斬りかかるが、〈ロードメア〉は見事な体さばきで回避した。
〈ロードメア〉を彼らに任せ、君とリフィルは〈ラウズメア〉へ魔法を飛ばした〈ラウズメア〉は後退し、魔法から逃れる。
彼女がそうした理由は、すぐにわかった。
君とリフィルがレッジの傍に追いつくと、背後に、上から影が降ってきた。
〈ラスティメア〉と〈レベルメア〉。君たちとラギト・ルリアゲハを分断する構えで、大通りの真ん中に立っている。
これで、君たち全員、〈ロストメア〉に挟み撃たれる格好となった。
皮肉に構わず、〈ラウズメア〉は決然と構える。
だから、それを邪魔する〈メアレス〉は潰す。たとえどんな手段を使ってでも!!
***
たちまち、乱戦となった。
〈ロードメア〉がラギトとルリアゲハ、〈ラウズメア〉が君とリフィルに挑み、間のふたりがそれをサポートする。
慎重な攻め手だった。一気に勢いで潰そうというものではないが、こちらは防戦一方で、力を削られていく。
人間、戦い続ければ疲れて鈍る。だが、相手は〈夢〉だ。力の源は魔力。魔力が尽きるまで戦うことができる。
リフィルが、〈ラウズメア〉の拳を防御障壁でしのぎつつ、通りの端で茫然と立ち尽くすレッジに叫んだ。
震えるレッジの喉から、声がこぼれる。
強烈な違和感が、君を襲った。何かが違う――様子がおかしい。まずい、という予感が同時に去来する。
その予感の正しさを証明するように、レッジが、なりふり構わぬ絶叫を上げた。
胸のなかのすべてを吐き出すような――虚飾もごまかしもない、本音の叫びを。
その声を聴いて、君は悟った。
〝解放の夢〟引き出す力。〈ラウズメア〉はレッジに触れた――そのときに、解き放ったのだ。
彼が抑えようとしてきたもの。心に押し込め続けてきた激情の炎。
そのすべてを。
笑い、〈ラスティメア〉がこちらに武器を構えた、壊れかけた火炎放射器に魔力が宿り、炎の渦が吐き出される。
君とリフィルは、左右に散ってかわそうとして、同時に気づく。
炎はレッジに向かっている。避けるどころか炎を見てすらいない、立ち尽くしたままのレッジに――
君とリフィルはレッジの前に立ち、同時に呪文を唱えた。防御障壁が展開し、炎を食い止める。
後ろを振り向きながら叫ぶリフィルに、レッジは、力なく首を横に振る。
力が、入らないんだ……身体が動かない……気持ちが……押し寄せてきて……何も……。
夢を持つ者なら、内なる思いを解き放たれれば、それを力に変えることができるだろう。
だが、〈メアレス〉が――なかでも夢を失った者たちが胸に秘めるのは、喪失感であり、虚無感であり、無力感だ。
だとしても、彼らは生きている。抱えた想いを胸に封じて。心を蝕む苦痛に耐えて。
もし、封じ込めたその想いを解き放たれたなら。今再び、夢を失ったときの喪失感と虚無感と無力感に支配されたのなら。
何ひとつ――できるはずもない。
〈ラウズメア〉は応えず、跳躍した。家壁を蹴って炎の上を跳び、〈ラスティメア〉の真横に着地する。
瞳は、やはりまっすぐだった。おぞましいほどに目的のためなら感情のすべても殺す覚悟、その冷たさで凍てついていた。
〈ラウズメア〉が、〈ラスティメア〉に触れる。
〈ラスティメア〉から膨大な魔力が引き出され、呼応して、火炎放射器から放たれる炎の量が、一気に数倍に膨れ上がった。
すさまじい負荷が、防御障壁にかかる。君もリフィルも歯を食い縛った。気を抜けば、簡単に破られてしまう……
茫然と、レッジが言う。
想いを解き放たれているというのなら、それは、レッジの心から発した、何より純粋な気持ちだったのだろう。
リフィルは吼えた。敢然と。
その叫びに応えるように、骨骸の人形が、彼女の前に出る。
人形の瞳が、カッとまばゆい光を放つ。
応じて、ごうっ、と風が渦巻いた。
それは、力が生み出す風だった。君の背筋を凍らせるほどの膨大な魔力が、人形の内側からあふれ出してくる。
風と光に、炎が押し返される。その勢いに、〈ラスティメア〉が、ぎょっとして目を剥いた。
その場のすべてが光に呑まれる。何者も抗しがたい、圧倒的なまでの光。燦然きわまる、麗しくも雄々しい輝き。
その光のなか、リフィルが糸を操る姿が、辛うじて見えた。
光が、弾けた。
骨骸の人形――その全身を、内側からバラバラに打ち砕き、リフィルの操る糸に沿って、前へと走った。
炎とぶつかる。かぷりつき、呑み込んでいく。まるで、鯨が竜を呑み込むように。〝より大きい〟という事実だけで圧倒していく。
音を立てて、光が砕けた。
通りを埋め尽くすほどの炎――それが、跡形もなく消え去っていた。光とともに。
リフィルが、がくりと膝を突く。当然だ――これまで溜め込んできた魔力のすべてを、一気に解放したのだから。
その音で、〈ラスティメア〉が我に返った。怒りと戦慄に顔を歪めながら、再び火炎放射器を構える。
その腕を、1発の銃弾が穿った。
膝を着いたリフィル――彼女が取り出した銃から放たれた銃弾が。
〈ラウズメア〉が疾走した。
君はとっさに魔法を放とうとするが、〈ラウズメア〉は呪文詠唱など許さぬ速度で、一気にリフィルヘと躍りかかる。
その速さに追いつけるのは、ひとりしかいなかった。
激しい咆障。渦巻く疾風。
〈ラウズメア〉の拳が少女を撃ち抜く直前、魔性の弓がそれを止めていた。
助けられた借りを返すくらいの意地は!!
拳を止めたまま、レッジは車輪を換装する。
至近距離から光の矢が走る。〈ラウズメア〉は後退しながらそれを打ち払った。
距離を取る〈ラウズメア〉――その目は、レッジをじっと見つめている。
確かめるような静かな問いに、レッジは獣の唸りで答える。
これが誤算なら、〈メアレス〉を舐めすぎている、君は、そう言いながら、レッジの隣に並ぶ。
夢があろうとなかろうと、怒りもすれば泣きもする。
リフィルの意地が、レッジの心に火を点けた。無力感も何もかも吹き飛ばす、戦わずにはいられないような火を。
いや。その火は、もともと彼のなかにあったのだ、己の心を、内側から焼き続けてきた火。それが、正しく外へと向いたなら――
追い風すらも焼き尽くす、猛々しい戦火となる。
炎の声で、レッジは言った。
***
渾身の力を込めて放たれたレッジの一撃が、〈ラスティメア〉の左半身を破壊しながら吹き飛ばす。
そこへ、〈ラウズメア〉が回し蹴りを見舞った。レッジは車輪を換装しつつ、弓で受ける。
蹴りは車輪を直撃し、回転させた。ハッとなる〈ラウズメア〉へ、光の矢が乱れ撃たれる。
側転でかわす〈ラウズメア〉。君はその着地点を狙い、魔法を放つ。
〈レベルメア〉が〝逆流〟の力を解き放った。自分の魔法が跳ね返ってくるのを、君はどうにか回避する。
君の魔法、レッジの矢、リフィルの銃弾。〈ラスティメア〉へと放たれたそのすべてを、〈レベルメア〉が空中で止めた。
君たちは、さらなる魔力と銃弾を飛ばした。
〈レベルメア〉は顔を真っ赤にして、そのすべてを止めきってみせる。
その間に〈ラウズメア〉が〈ラスティメア〉に触れていた。しかし、その顔には迷いがある。
宙で止まっている魔法と矢と銃弾は、もはや、通りを横に埋め尽くさんばかりの量になっている、
〈レベルメア〉の根性に、君は驚嘆した。
みんなで……叶うって!決めたんだからぁっ!
全力を振り絞る少女の背後で、〈ラスティメア〉の力が再び引き出される――
場違いなくらい明るい声が降り注いだのは、そのときだった。
誰もが、思わず、という感じで、空を見上げる。
そして、見た。
空から降り落ちる、無数なる迅雷の槍を。
まさに、暴雷。
落雷の雨が通りを埋め尽くし、石畳という石畳を打ち砕いていく。
耳をつんざく轟音の嵐が巻き起こり、たちまち、粉塵が視界を覆い尽くした。
レッジが弓に宿した魔力から疾風を吹かせた。一気に粉塵が晴れ、打ち砕かれた通りがあらわになる。
上を見上げて、ラギトがつぶやく。
そこから、ひとりの少女が舞い降りてきた。
純粋無垢なる笑顔を浮かべ、ぱたぱたと、蝶のような羽をはばたかせながら。
思わず、とばかり声を上げるリフィルに気づいて、少女はうれしそうにそちらへ駆け寄っていく。
そして、謎めいた呪文を口にした。
すると、通りに散らばっていた人形の破片が淡い光を放ち、ひとりでに浮き上がって――
ひょいひょいと集まり、元の形を取り戻した。
それだけではない。無惨に砕けたはずの石畳も、すべて元の形を取り戻している。
少女は、くるりとターンを決めた。
そして、唖然となるしかないリフィルに、にっこりと微笑みかけた。
同じ魔法使いとして、いっしょにがんばろうね!
story REP
夕暮れが終わり、夜となって。
門を守っていたゼラードたちは、合流早々、にこにこと微笑む少女の自己紹介を受けて、目を瞬かせた。
少女は屈託なく笑い、君とリフィルの手を取った。
リフィル、いーっぱい魔力をばらまいてくれたでしょ?あれ使ってね、やっと実体化できたんだ!
不意に現れ、くつくつと笑うアフリトヘ、リフィルは物言いたげな視線を向ける。
アフリトは彼女の傍らに近づき、何事かささやいた。
人に捨てられたのではなく、人が死んだことで生まれた夢……ゆえに人を恨まぬ、清らかな魂を持っていた。そうでなければ、こうはいかん。
ふたりの会話は、君には聞こえなかった。だが、リフィルの神妙な顔つきからすると、何か、彼女にとって大事なことを確かめていたようだ。
よろしく、と君は差し出されたリピュアの手を握り返した。
苦笑するルリアゲハに、リフィルは、さらりと肩をすくめる。
どこか厳粛な面持ちで、レッジが言った。
あなたの方はどうするの?〈魔輪匠(ウィールライト)〉。門を守る仕事には、愛想が尽きたようだけど。
一瞬、うつむいてから。
レッジは、顔を上げた。その双眸に、決意の火を乗せて。
どんな〈夢〉だろうと、〈ロストメア〉だ。〝現実〟に出せば、世界がイカれる。ユイアは……そうなることを望まないだろう。
だから、〈ラウズメア〉は討つ。今は、それだけ決めた。そのあとのことは、そのあとで考える。
それでいいと思うよ、と君はレッジに笑いかける。
そんなに気にしなくても、と答える君の後ろで、ミリィがパンと手を打った。
わいわいと騒ぎだす〈メアレス〉たち。その光景を見て、ウィズが笑う。
そうだね、と微笑みながらうなずいたとき、君は、懐に熱を感じた。
君は、熱の源――1枚のカードを取り出してみせる。
さあ、と君は首をかしげるしかなかった。
***
あれから、数日の時が過ぎた。
同じテーブルで話し合う君たちの耳に、リフィルとリピュアの声が届く。
てきぱき接客をこなすリフィルと、にこにこ応対するリピュア。ゼラードが、あきれたような声を上げる。
そんなことを話していると、リピュアが笑顔で皿を運んできた。
テーブルに、ドン、と鍋が置かれる。そのなかには、生肉と生野菜と水がまとめてぶちこまれていた。
こほん。ツルカメツルカメ、どっとはらい!
リピュアが、まったく意味のわからない呪文を唱える。
すると、鍋の中身が、一瞬にして、グツグツ煮立つシチューに変わった。
眉をひそめて厨房からやってきたリフィルが、鍋からシチューの噴きこぼれる光景を見て……。
そのまま、そっと後ろ歩きを始めた。
無理。
***
聞かれた門の奥から、続々と隊商が現れる。
君たちは、そんな光景のどこにも異常がないことを逐一確認しながら、〈門番〉を続けていた。
最初に狭間の世界が見つかったとき、今この都市のある場所には、〝現実〟に通じる〝穴〟だけがあった。
そこに門という〝形〟を与えたのさ。実際に門を築き、門を意味する魔匠を彫り込むことでなあ。
それでようやく安定した通行が可能になった。それ以前は、黄昏時に開いたり開かなかったりと、実に不安定な〝場〟だったのさ。
言いつつ、レッジは車輪を取り出してみせる。
リピュアは車輪を受け取り、しげしげと眺める。
そして、おもむろに車輪を指に差し込み、反対の手で勢いよく回転させた。
車輪は勢いよく回ったが、何も起こらなかった。
あ、そだ。リピュアの魔法で、パパーッと強くできたりしない?
ぽん、と音を立て、パイルバンカーから、もくもくと煙が立ち込めた。
煙が晴れ、パイルバンカーがあらわになる。
そう、パイルバンカーが……。
君たちは、ミリィを遠巻きにしてひそひそと会話を始めた。
story 火花散る意志
それよりも――実行すれば、連中はまずまちがいなく、俺たちの居場所を突き止めるだろう。
***
都市が揺れた。
道ゆく人々が茫然となり、あちこちで叫びと悲鳴が上がる。
幸い、立っていられないような揺れではない。だがそれでも、君の背筋は凍っていた。
魔力が、〝逆流〟している!門から――都市全体へと!
君たちは、愕然となった。
〝都市そのものが門になる〟。それが意味することは、すなわち――
この魔法陣は、アストルム一門の秘儀よ。その構造は極めて緻密……ただ〝逆流〟させるだけなら、魔法陣自体が壊れてしまうはず。
レッジはすでに〈ディテクトウィール〉を起動し、方角を探っている。
***
ゼラードたちと合流した君たちは、レッジの案内に従い、目的地へ急いだ。
門のある広場へと通じる、大きな橋。その上に、〈レベルメア〉はいた。
〈ラスティメア〉〈ラウズメア〉〈ロードメア〉これまで君たちが何度も干戈を交えてきた他の〈ロストメア〉たちとともに。
橋の周囲で、いくつもの水柱が上がった。
きらめく虹と水しぶきのなかから、〈悪夢のかけら〉たちが現れる。
油断なく戦闘態勢を取る君たちに、〈ロードメア〉は朗々と告げる。
だが――それでも、俺たちは〈夢〉なのだ!人に捨てられてなお、叶うことを望む〈夢〉そのためだけに生まれた、かりそめの命だ!
俺たちは、弱く儚い……しかし、だからこそ!熱くたかぶる意志がある!なんとしてでも己を叶える……そのための意志が!
夢見る者の強さ――侮ってくれるなよ!〈夢見ざる者(メアレス)〉ッ!!
***
銃声。放たれた弾丸の群れが、〈悪夢のかけら〉たちをことごとく直撃し、その肉体を構成する魔力を打ち砕く。
ゼラードとコピシュが、両手に二刀を構えた。まるで隙のない鮮やかな高速連携で、〈かけら〉たちを薙ぎ散らしていく。
だが無論、敵もそれを見ているだけではない。
剣士2人に向けられる火炎放射器。その銃身を間色の鎖が絡め取り、跳ね飛ばした。
銃身だけではない。足に、腕に、胴に、ラギトのまとう装甲から伸びた鎖が絡み、〈ラスティメア〉の身動きを封じている。
鎖が引かれた。〈ラスティメア〉が橋を滑る。拳を構えるラギトのもとヘ――問答無用の速さで
。
抗うすべとてない〈ラスティメア〉の横っ面に、ラギトの拳が突き刺さった。〈ラスティメア〉は鎖につながれたまま、来た道を吹き飛ばされる。
助けに入ろうとする〈ラウズメア〉に、光の矢時雨が殺到した。
迅雷のごとくそれらをかわしたところへ、疾風のごとく襲い来る影がある。
門の管理者ではなく、〈メアレス〉――〈魔輪匠(ウィールライト)〉として、おまえを止めるぞ!〈ラウズメア〉ッ!
なら、心して受けて立つわ。私も――この願いを叶えないわけにはいかないのだから!
激突する〈メアレス〉と〈ロストメア〉。その脇を、君とリフィルは駆け抜けていく。倒すべき標的――〈レベルメア〉へ向かって。
だが、〈悪夢のかけら〉たちが集い、結合し、強固なる壁と化して、その道行きを阻んだ。
杭打機を手にしたミリィが、雄叫びを上げて壁に突撃していく。
杭に込められていた魔力が起動。一塊の壁となった〈悪夢のかけら〉に内側から作裂し、連鎖的に破壊していく。
以前、〈アイアンメア〉に防がれたそうだが、それは最適な角度を封じるように止められたから、真つ向からの直撃なら、その威力は比類ない。
そうして空いた穴へと、君たちは飛び込んだ。
ふたりは同時に呪文を唱えた。無数の雷槍が宙を馳せる。
相手が跳ね返せる力の量には限度がある。〝逆流〟の力を使い続けている今、放たれた二重の雷槍雨を返せるはずもない。
〈ロードメア〉の〝導き〟が起こった。リピュアの雷槍が導かれ、リフィルの雷槍と激突、互いに干渉して弾け散る。
瞬間、君は魔法を放った。
〈レベルメア〉ではな〈〈ロードメア〉へと――〝導き〟の力を使った隙を衝き、渾身の魔法を叩き込む!
魔法の直撃を受けてよろける〈ロードメア〉へ、リフィルがさらなる追い打ちをかける。
〈ロードメア〉の足元に生じた魔法陣から、天をも穿つ大樹のごとく、膨大な量の雷がそそり立つ。
〈ロードメア〉が、す、と人差し指を動かした。
彼を囲む雷条の1本が呼応し、逸れて、脇の雷条とぶつかり、弾ける。
その衝撃で複数の雷条がまた弾け、別の雷条とぶつかり、弾け、ぶつかり、弾け――
やがて、雷条すべてが互いに干渉、砕けて消えた。
リフィルは、確信と戦慄の瞳でつぷやく。
あの術の構造、構成、その根本たる秘儀と理論のすべてを知悉しているから、できた……。
あの魔法陣もそう。本来〝逆流〟などもっての他、ただし――魔法陣のすべてを把握した上で、特定の箇所の流れを〝導いた〟なら話は別。
しかし、あれはアストルム一門の秘儀のはずだ。それを知っているということは――
正確には――おまえの使う骨骸の人形そいつが生前に見た夢だ!
君は思わず、リフィルの後ろに立つ骨骸の人形へ視線をやった。
人々が魔力を失う未来を予知し、自らの死後、肉体を人形型の魔道書に改造させた、アストルム一門の古き当主――
〈ミスティックメア〉――〝魔道再興の夢〟。その夢ゆえに魔法を使えた彼女なら、それも可能だっただろう。
おまえが誰の〈夢〉でも、退く理由にはならない。祖先が遺した〈夢〉というなら、なおさら潰すッ!
〈ロードメア〉が、笑った。
その全身から、ぞっと魔力があふれ出す。
勝っても負けても最後の瀬戸際――ならば、華を以て終えねばなぁっ!
***
君とリフィル、リピュアが放つ三者三様の魔法が、〈ロードメア〉の力を徐々に削り取っていく。
〝導く〟力を持ち、リフィルの魔法を熟知していても、劣勢には変わりない。彼に勝ち目のある戦いではないのだ。
しかしそれは、勝とうとするならの話だ。〝負けない戦い〟に徹すれば、話は違う。
日没までに彼を倒し、〈レベルメア〉を仕留める、それができなければ、こちらの負けだ。
そして、その意味では、君たちの方こそ劣勢であると言えた。
日が、沈みつつある。
はるかな青空に徐々に赤みが差し、世界が昏さに呑まれようとしている。
魔法を逸らし、魔法をかわし、魔法を喰らい、魔法に耐えながら、〈ロードメア〉は吼える。
満身創痍。傷は深く、魔力の損耗も激しい。それでも彼らに〝疲労〟という概念はない。
生きている限り――命ある限り戦い続ける。その意志が折れることさえないのなら。
その強みが、今、存分に発揮されている。
〈ロードメア〉の攻撃をしのぎながら、強力な魔法を撃ち続けている。君たちの体力は、とうに限界に近付いていた。
倒しきれるか。君の頬を汗が伝う。もう日没まで本当に時間がない。
それまでに奴を下し〈レベルメア〉を倒せるか。それとも、打倒かなわず、都市ごど現実、に至ってしまうか――
あまりにも不意に、声が響いた。
すさまじいまでの力の咋裂とともに。
衝撃を伴う閃光が、君たちを、敵も昧方もなくもろともに吹き飛ばした。
辛うじて受け身を取り、起き上がる君の耳を、聞き覚えのある声が打つ。
爆ぜた光が、収束していく。中心の影――そこに立つ誰かに。
光とは、魔力。門から〝逆流〟し、都市全体に広がりつつあった魔力だった。
それが、収束していく。1点に。とてつもない勢いで、吸い上げられていく。
そのさまを、〈ロードメア〉は茫然と見つめる。
光が消えた。
影でしかなかったもの、その輪郭が徐々に見えてくる。
それは。
にこりと笑う少年の、その全身が、どろりと溶けた。
溶けて――再び人型に盛り上がり、まったく異なる見た目に変わる。
悪夢めいた異形へと。
それが、俺さ。