【黒ウィズ】黄昏メアレス2 Story4
story
〈夢〉は、黄昏に輝いていた。
〈オルタメア〉――そう名乗る〈夢〉。門と都市、その膨大なる魔力を受けて、黄金色に輝いている。
ラギトの鎖につながれたままの〈ラスティメア〉が、茫然と声を上げた。
おまえたちが集めてくれたこの魔力を、まるごと一気に俺のものにするためにな。
それを殺して、すり替えておいた。〝みんなを守る〟とかいう、ちみっちぇえ夢。あいつがいちばん成り代わりやすかったからな。
激情に任せ、〈ラスティメア〉は引きちぎる――鎖に絡め取られた己の肉体の方を。
そして頭を中心に瞬時に再生――落ちていた火炎放射器を拾い、〈オルタメア〉へと橋を駆けた。
猛る激情、荒ぶる魔力のすべてを炎に変える。灼熱の業火が地獄めいた産声を上げて燃え盛り――
腕の一振りで割かれて、消えた。
さらにその腕は、愕然と凍る〈ラスティメア〉の頭をつかむ。
君たちは、見た。
〝失われたものを取り戻す夢〟――それゆえに失われたものを復元する力を持つ、その〈夢〉が。
一瞬にして、赤黒く錆びていくさまを。
悲鳴だけを最後に残し、〈夢〉は砕けた。
錆まみれの魔力が、砕けながら風に広がっていく。
そのあっけなさに、誰もが言葉を失った。
そいつをちょいと〝変えて〟やれば……こうなる。
〈レベルメア〉が悲鳴めいた糾弾の声を上げた。
〈オルタメア〉は、瞳を殺意に濁らせ、槍のような眼差しで少女を射抜く。
俺は〝世界を変える夢〟。〝〈ロストメア〉のいない世界に変える夢〟だ!てめぇらなんぞの仲間になったつもりはねぇ!
辛かったぜえ……?〈ロストメア〉の仲良しごっこに付き合うのはよ。吐き気がするったらなかった……。
少女は信じられないとばかりに叫んだが、〈オルタメア〉は、それすら肴にせせら笑った。
そして、くるりと背を向ける。
君たちと〈ロードメア〉は、四方から一斉に仕掛けた。逃れようのない集中攻撃が〈夢〉に殺到する。
〈オルタメア〉の身体から、カッと黄金色の魔力が放たれる。
それは君たちの攻撃をことごとく打ち払い、君たち自身さえも強烈に跳ね飛ばした。
一蹴。そう呼ぶしかない一撃だった。君たちは強烈な衝撃に打ち抜かれ、苦鳴を上げて橋上に倒れる。
〈夢〉は、そんな君たちに目もくれず、歩みを再開する。
君は、どうにか身体を起こした。鈍い痛みが身体に響く。意識さえ、半ば飛びかけていた。
何かが違う。魔力の量が違う、というだけではない。力の〝質〟が違う――異様なまでに!
レッジが、苦痛にうめきながら言った。
弓を杖代わりに、レッジは起き上がろうとする。
歯を食いしばり、目に光を宿し――必死に、戦いの意志を燃やし続ける。
ふと、彼を優しく呼ぶ声があった。
振り向くレッジ――その肩に、〈ラウズメア〉が、そっと手を触れていた。
あなたはもう、解き放たれてる。自分の心で、道を決めてる。
私……叶っていたのよ。レッジ――
彼女は、にこりと微笑んで。
歩き去ろうとする〈オルタメア〉に、毅然と言葉を叩きつけた。
その身が、淡く輝き始める。まっすぐな意志――誇りに満ちた決意のもとに。
どんなに小さな夢だろうと、どんなにくだらない夢だろうと……〝願われた〟ことに変わりはない!!
輝きが強まるとともに、人の輪郭が薄れていく。
あるべき形を失って、戻りゆく。
〝夢〟そのものへ。
ハッとなる〈レベルメア〉を振り返り、彼女は決意の声で言う。
光が砕けた。
ガラスめいた魔力のかけらが、黄昏の光を受けて、きらきらと踊る。
それは、導かれるように、ひとりの男に吸い込まれていく。
〈ロードメア〉――決然と拳を握る男のもとへと。
開いた拳を天へと伸ばし――
〈夢〉は、渾身の咆呼を放った。
あっけに取られたような声を上げ、〈オルタメア〉が足を止めていた。
それは、君たちも同じだった。誰もが、まさか、という顔で、見上げていた。
空を――星の瞬く、静かな夜空を。
荒い吐息とともに、〈ロードメア〉が言った。
〈オルタメア〉は、感情の見えない瞳で〈ロードメア〉を見つめ――
気のない声で言って、歩き出した。
倒れたまま、レッジは声を絞り出す。
だが、それが限界だった。
夜の闇に消えていく〈オルタメア〉――
その背を追う力は、誰にもなかった。
***
〈オルタメア〉から受けた傷の治療を終え、君たちは、〈巡る幸い〉亭に集まった。
重苦しい空気が、卓を包んでいる。
完敗――そう呼ぶしかない戦いだった。
圧倒的な力の差を見せつけられ、誰もが重く口を閉ざしていた。
こういうとき、口火を切る力がウィズにはある。君は半ばほっとして、師の言葉の続きを待った。
ミリィは、ちらりとテーブルの隅を見やった。
そこには、本来ここにいるはずのない、ふたりの姿がある。
ぼそりと告げる〈ロードメア〉。ゼラードが、盛大に顔をしかめた。
唐突な言葉に、場が静まり返る。
みなの視線が集中するなか、リフィルは厳然と腕を組み、続けた。
確かに、と君はうなずく。
他の〈夢〉のふりさえしていたくらいだ。〈オルタメア〉が黄昏まで本気で逃げ回ったら、見つけ出せるかどうかは定かではない。
リフィルは、意味深な視線を〈ロードメア〉に向けた。
こちらに勝ち目があるとは、向こうも思ってないでしょうね。だからこそ力押しで来るはずよ。
その油断に付け込み、潰す。
堂々たる宣言に、〈メアレス〉たちは、顔を見合わせ――
いずれも、その顔に戦意の笑みを浮かべた。
リフィルがそう言うからには勝算があるのだろう、という確信に満ちた笑みを。
陰鬱な空気から一転、〈メアレス〉たちは、どこか楽しそうに笑みを交わす。
あきれたようにそのさまを見てから、レッジはリフィルを振り向いた。
問いに、リフィルは勇ましい笑みで答えた。
***
〈オルタメア〉は、夜に沈む都市を見つめていた。
(予定なら、今頃、叶ってるはずだったのにな)
予定を狂わされてしまった。
〈ラウズメア〉。〈ロードメア〉。ただ利用するだけのはずの相手に。
(思えば、狂わされっ放しだぜ……)
自らを叶えるため、〈ロードメア〉たちを利用しようと思い至り、〈アイアンメア〉を殺して魔力とすり替えた。
そこまではよかった。
あとは、彼らの計画の成就を待ち――最後の瞬間、黄昏の直前で魔法陣を〝改変〟すればよかった。
それが、途中で死を装ったせいで、計画成就の前に〈ロードメア〉たちが狩られる危険性が増してしまった。
本当なら、そんな必要はなかったのだ。〈アイアンメア〉として潜り込ませた魔力を操り、堅実に事を運んでいればよかった。
なのに、あえてそうした理由は――
いちいち、今よ、〝失われたものを取り戻す夢〟!とかやってらんないっしょ。つか、あんた長い。
「…………。」
〝世界を変える夢〟――〝〈ロストメア〉のいない世界に変える夢〟。
その彼にとって〈ロストメア〉は嫌悪の対象だ。
無論、自分も含めて。
だから、あえて、こんな外見をしている。彼にとって、この姿はサナギだった。いつか蝶となり、はばたくための。
(諦めた夢が勝手に化け物になって、勝手に叶って世界を書き換えちまうなんざ、おぞましくってしょうがねえ。
そんな存在のくせして、自分たちで名前つけて、人間みてぇに笑い合いやがって――)
それを見ているのが、耐えられなかった。
人の見た夢の残りかすでしかない者どもが、人の物真似をしている光景が――
見ていられなかった。
だから、あえて死んだと見せかけて、彼らから離れた。
戦力を低下させることで、〝強引に門を突破する〟選択肢を奪うため、という理由も、あるにはあったが、後付けだ。
(まあいい。明日にはすべてが終わる。世界が変わるんだ。連中のことなんざ、忘れちまえばいい。忘れちまえば……それでいい……)
思いは、夜陰に溶けていく。