【黒ウィズ】ひねもすメアレス Story4
story
q遠くに旅行に行きたーい!
〈ボンノウン〉の姿が、フッと消えた。
レッジは、あわてて辺りを見回す。
q旅ィ――――!!
消えたはずの〈ボンノウン〉が、背後から突っ込んでくる。振り向いたときには眼前に迫っていて――
qほげー!
〈ボンノウン〉がレッジに体当たりを決める寸前、脇から突っ込んできたミリィが、〈ボンノウン〉を強烈に蹴り飛ばした。
周囲に、ぽわぽわぽわん、と新たな〈ボンノウン〉が湧いて出る。
そう。文字通り、唐突に湧いて出たのだ。
q旅って……いいよね!
〈ボンノウン〉たちの姿が一斉に消える。レッジはミリィと背中合わせに身構えた。
実際、その通りになった。
四方八方から、唐突に体当たりが来る。レッジとミリィは転がるようにこれをかわした。
受け身を取りながら、レッジは思考を巡らせる。
ただそれだけの〈ボンノウン〉なら、襲いかかってくる理由がない。なんらかの影響で狂暴化しているのか?
なんにせよ、まずはこいつらだ。普通に攻撃しても瞬間移動で避けられるだろう。確実に仕留めるためには――)
レッジは龍手からふたつの魔輪を取り出し、魔弓に装着した。
q旅に……出た――――い!
フッ、とすべての〈ボンノウン〉が消えた。
レッジはウィールに手を添え、身構えた。精神を研ぎ澄ませ、来るべき一瞬を待つ。
ミリィが叫んだ瞬間、レッジは即座にふたつのウィールを回転させた。
〈ボンノウン〉が四方八方に現れ、勢いよく突っ込んでくる――
そこに、光が花咲いた。
レッジの持つ魔弓から無数の光の矢が放たれ、あらゆる方角へとほとばしる。
光矢はすべて、レッジ自身や、驚き顔のミリィのそばを通り過ぎ、向かい来る〈ボンノウン〉だけに飛んでいく。
qほにょーーーーーーー!?
すべての〈ボンノウン〉が光の矢と正面衝突し、間抜けな声を上げながら消滅していった。
レッジは魔弓の具合を確かめる。
魔輪の同時起動は魔弓に強い負荷をもたらす。だが、〈園人〉との決戦以来、調整を重ね、かなり負荷を軽減できるようになっていた。
とはいえ。
ミリィの助けがなければ、今の手は使えなかった。レッジだけでは、敵の再出現に反応しきれず、攻撃をかわすので精一杯だっただろう。
どれだけ道具を便利にしたところで、使いこなせなければ意味がない。まだまだ修練が足りないということだ。
苦々しくつぶやくレッジを、ミリィは、「なんで勝ったのに悔しそうなんだろう」という不思議そうな顔で見つめていた。
***
q強く……なりた~~~~~~い!
そう叫びながら突っ込んでくる〈ボンノウン〉の群れを見て、ラギトは静かに唇を歪めた。
瞬時に装甲をまとい、拳を振り抜く。
qわひ~~~~~~!!
強烈な一撃を受け、〈ボンノウン〉の群れはたちまち吹き飛んだ。
屋根の上からルリアゲハが降りてくる。
彼女が手にした得物を見て、ラギトは軽く眉を上げた。
ルリアゲハは不敵に笑った。
右手に散弾銃。左手に短刀。多勢を誇る敵陣に自ら飛び込み、薙ぎ倒す構えである。
様々な武器を使いこなす巧みな戦技。肉弾戦に特化したラギトや、剣に特化したゼラードとは異なる、彼女ならではの強さだ。
qえっ。
qええっ。
並び立って構えるふたりに、〈ボンノウン〉の群れは、おずおずと問いかける。
qえ~~~~~と……そんな強くなりたい?
答え、ふたりは同時に駆け出した。
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q拾え。
〈ボンノウン〉は口を開き、そこからザバーッと大量の金貨を吐き出した。
q拾え。
q貧者どもが金に群がる滑稽な様を楽しみたい。
qさあ拾え。ほらほら。金だぞー。拾え。
q金が欲しいかー!拾え拾えー!
避難していたはずの市民たちが、ワッと道に落ちた金貨に群がっていく。
qおまえも拾えー!
金貨を拾おうとしないコピシュに向かって、〈ボンノウン〉が勢いよく襲いかかる。
その道のりを、閃く刃が遮った。
金貨を拾っていたはずのゼラードが、瞬時に剣を振り抜いたのだ。
qえっ?おまえ、なんで、拾わない……のぉぉおおお!?
〈ボンノウン〉の身体が、ぱっくりと2つに割れ、叫びと共に消えていく。
ゼラードは鼻を鳴らし、ニヤリと笑った。
コピシュは戦慄にも近い思いで、父の背中を見つめていた。
〝つい金を拾ってしまう〟という能力の影響下にありながら、ゼラードはー瞬で〝剣の境地〟に至り、相手を斬ってのけたのだ。
〝剣の境地〟は、無我なる境地。そこには、金銭欲などありはしない。ないものを増幅できるはずがないのだ。
無論、その境地に至るには極度の集中を要する。コピシュは魔力で集中を補っているが、父は、今やほんのー瞬でその集中が可能なのだ。
あれ?ねえぞ!?1枚もねえ!クソッ、あれか、死んだら消えるヤツか!?あーくそ、なんか買ってから斬るんだった!
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足がもつれた。限界だった。
フィネアは、通りの片隅にがくりとしゃがみこんだ。
クラースとダリクが立ち止まり、後ろを振り返る。
D来て……ねえよな?
Cああ。……フィネア、だいじょうぶか?
Fは、はい……。
Dくそっ。なんだったんだ、ありゃ。いったい――
ダリクが横に吹っ飛んだ。
しゃがんだフィネアに、影がかかる。フィネアはハッと顔を上げた。
vちょーだい。
C逃げろッ!!
クラースが女に体当たりした。
女は眉をひそめ、クラースをつかむと、どこかの店舗へぞんざいに放り投げてしまった。
再びフィネアに向き直り、にっこり笑う。
vその魔法、ちょーだい。
Fい、いや……。
後ずさる。背中が壁にぶつかった。その冷たさが、ぞっとフィネアの背筋を冷やした。
F(取られる――魔法を――)
やっと、見つかったのに。
やりたいこと。やってみたいことが。やっと見つかって、必死に努力してきたのに。
奪われる。なすすぺもなく。父に夢を断たれたあの時と、同じように。
「それでいいの?」
声が聞こえた。そんな気がした。
「あんたのやりたいこと。やってみたいこと。願い。望み。希望……夢!
こんな奴に、それを取られて――あんたは本当に、それでいいの!?」
F……嫌だ……。
涙がこぼれた。自分でも、なぜ流したのかわからない涙が。
同時に、胸の内から湧き上がるものがあった。
熱――そして、炎。
頭のてっぺんまで焦がすほどの思いが――自分の中にあったとは思えないほどの感情が、にわかに心に燃え上がるのを感じた。
フィネアは叫んだ。その思いにすがりつくように。燃え上がる熱を抱きしめるように。
Fい――いやだ――嫌だ!諦めたくない――手放したくない!二度と――もう――ニ度と!
「なら、やることはひとつでしょ?」
握りしめた手に涙が落ちて、燃えるような温もりを灯した。まるで誰かが、そっと手を添えてくれたように。
途方もない勇気が湧いてくるのを、フィネアは感じた。
自分の気持ちを、理解してくれている人がいる。誰か。誰なのか、わからないけど。理解し、叱咤し、励ましてくれる誰かが。
だから。
フィネアは顔を上げ、屹然と敵を見据えた。無様な姿を見せたくなかった。自分にも。自分の背を押してくれる誰かにも。
人を睨むのも、敵意を向けるのも、初めてだった。フィネアはそれを、とても恐ろしいこと、してはいけないことと教え込まれてきた。
「そんなの構うもんか!
あいつはあんたを踏みにじろうとしてる。あんたの願いも気持ちも全部、踏みつけて、ぐちゃぐちゃにしようとしてるんだから!」
Fだったら……。
「戦ったっていい。抗ったっていい!」
Fあんな奴に――
「負けて――」
Fたまるかぁああああっ!
吼える少女の身体から、爆発的な魔力が噴き上がった。
それはあらゆるすべてに抗う力(・・・・・・・・)となって、伸ばされた手を猛烈に押し返す。
vえ?なにこれ。え。魔法?
F繋げ――
〝〈秘儀糸〉ッ!!
立ち上がりながら、フィネアは叫んだ。
カッと女を睨み据える瞳から、ぼろぼろと熱がこぽれる。そのわけは、フィネア自身にもわからない。
ただ――少なくとも。
吐くべき言葉だけは、わかっていた。
F修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て降り荒べ!
〈秘儀糸〉で織りなされた無数の魔法陣から、細い雷条が次々と吐き出され、女へ向かって捧猛に馳せた。
vひょわわわわ!いた!あいた!
雷撃を受けて怯む女へ、
D守るんだよ!今度こそ
Cこれ以上、なくしてたまるかっ!
ダリクとグラースが飛び込んでいった。ふたりは同時に体当たりを決め、女を大きく弾き飛ばす。ふたりは決然としてフィネアの前に立ち、それぞれの得物を構える。
C魔法、行けるか、フィネア!
Fはい!やれます……やってみせます!
Dいいね、クソに顔を突っ込んだみてーな状況が、ゲロをぷっかけられたくれーにはマシになった!
vんもー、邪魔~!
わめく〈ボンノウン〉へと、フィネアは雷撃を、グラースとダリクは銃弾を、それぞれ一斉に撃ち放った。
***
駆けつけた君たちが見たのは、高らかに呪文を唱え、魔法を放つフィネアの姿だった。
F馳せ来れ、咆嘩遥けき地雷!
蛇のようにのたくる雷撃が、女を襲う。女はすばやく身をかわし、右手をかざした。
右手が、〈ボンノウン〉の頭部に変わる。その〈ボンノウン〉は快活に叫び、炎の球を吐き出した。
q火って……燃えるよね!
めちゃくちゃ聞き覚えのある煩悩だ……などと思いながら、君は防御魔法を放って火球を止めた。
さらにリフィルが、扇状に広がる雷火を放つ。女は、慌てて魔法の範囲から飛びのいた。
Fいえ!いえ、ぜひ!ぜひ助けてください!
vむぅぅうう~。こうなったら――
強い煩悩!来い来い来い来い、来い来い来――――い!
「「「わーーーー!!」」」
あちこちから〈ボンノウン〉が集まってきて、アースラヴァヘと融合していった。
q勝ちたい!
q撃ちまくりたい!
qぶっとばしたい!
q泣き叫びながら情けなく命乞いする姿が見たい。
やべえ煩悩が混じってるな、と君は思った。
vみなぎるよー、みなぎってるよー、煩悩全開、ボンボボーン!!もはや誰にも止めらんなーい!
いつも通りにね、と言って、君はカードに魔力を込めた。
***
vほぎょん!
君たちの魔法を喰らって、アースラヴァは地面に突っ伏した。
最後の術を練るリフィルを見上げ、アースラヴァは駄々っ子のようにわめいた。
vなんでさー!欲なんて、あって当然のもんじゃんかー!
生きてる限り、欲とは無縁じゃいられない。
それに、ああしたい、こうしたいという思いが背中を推して、新たな力や技術が生まれるのも確かよ。魔法なんて、特にそうね。
vでしょ!?でしょ!?
リフィルの瞳が、鋭くきらめく。
望みを形にするのが魔法なら、欲と向き合い、渡り合う意志こそが、魔法使いの持つべきものよ!
食欲の権化が何か言ってるな、と君は思ったが、水を差すのはやめておいた。
代わりにカードに魔力を込めて、リフィルたちと同時に魔法を放つ。
F空の静寂打ち砕き――
vほんぎゃあああああーーーー!!
四つの魔法をその身に受けて、煩悩の化身は、たまらず散り散りに砕けた。
エピローグ
vあきゅううう……。
とはいえ、魔力のほとんどを失っている。仲間の〈ボンノウン〉を呼び寄せることも、もはやできないようだ。
〈ロードメア〉は、力を失い小さな怪物に戻ったアースラヴァを、ヒョイとつまみ上げた。
いいの?と君は尋ねた。魔法の力が狙いなら、そいつは〈ロストメア〉さえ襲うかもしれない。
人擬態級になったということは、自我が芽生えたということだ。ただ煩悩に従う以外の生き方も、できるかもしれん。
静かに笑い――〈ロードメア〉は、別の方向に目を向ける。
Cフィネア、大丈夫か?怪我は?
ありがとうございます。大丈夫です。おふたりに守っていただいたおかげで……。
D逆に俺らが守られたけどな。
Cいい魔法だった。願いが叶って、良かったな。フィネア。
F――はい!
笑い合う3人を、〈ロードメア〉はまぶしそうに見つめ、きびすを返した。
〝あいつら〟の願いが、〝今〟に生きている。それがわかっただけで、充分だ。
そう言って、彼は〈ボンノウン〉を抱え、去っていった。
こうして、また、ひとつの戦いが終わった。
しかし、〈メアレス〉として生きる彼らにとって、戦いは日常の一幕である。
これからも、多くの敵と戦いながら、生きていくことになるのだろう。
そう、いまだ見ぬ多くの敵と――
q毎日いっぱい二度寝したーい!
qみんなにいっぱいちやほやされたーい!
q浴びるほどお酒を飲みたーい!
qウニで儲けたーい!