【黒ウィズ】ひねもすメアレス Story4
story
q遠くに旅行に行きたーい!
〈ボンノウン〉の姿が、フッと消えた。
なに!?
レッジは、あわてて辺りを見回す。
q旅ィ――――!!
消えたはずの〈ボンノウン〉が、背後から突っ込んでくる。振り向いたときには眼前に迫っていて――
レッジさん!
qほげー!
〈ボンノウン〉がレッジに体当たりを決める寸前、脇から突っ込んできたミリィが、〈ボンノウン〉を強烈に蹴り飛ばした。
大丈夫ですか?ていうかなんでこんなに〈ボンノウン〉いるんすか!?
知らん!それより――
周囲に、ぽわぽわぽわん、と新たな〈ボンノウン〉が湧いて出る。
そう。文字通り、唐突に湧いて出たのだ。
q旅って……いいよね!
〈ボンノウン〉たちの姿が一斉に消える。レッジはミリィと背中合わせに身構えた。
来るぞ!
来るってどっから!?
あちこちだ!
実際、その通りになった。
四方八方から、唐突に体当たりが来る。レッジとミリィは転がるようにこれをかわした。
のわぉわぁ!
くそっ!
受け身を取りながら、レッジは思考を巡らせる。
(旅する煩悩……それに基づく瞬間移動。それが、こいつらの能力か。
ただそれだけの〈ボンノウン〉なら、襲いかかってくる理由がない。なんらかの影響で狂暴化しているのか?
なんにせよ、まずはこいつらだ。普通に攻撃しても瞬間移動で避けられるだろう。確実に仕留めるためには――)
レッジは龍手からふたつの魔輪を取り出し、魔弓に装着した。
〈戦小鳥〉合図を頼むー!!
合図!?どのタイミングで!?
奴らが消えて、出てくるときだ!
q旅に……出た――――い!
フッ、とすべての〈ボンノウン〉が消えた。
レッジはウィールに手を添え、身構えた。精神を研ぎ澄ませ、来るべき一瞬を待つ。
――来ます!
ミリィが叫んだ瞬間、レッジは即座にふたつのウィールを回転させた。
〈ディテクトプラストウィール〉!
〈ボンノウン〉が四方八方に現れ、勢いよく突っ込んでくる――
そこに、光が花咲いた。
レッジの持つ魔弓から無数の光の矢が放たれ、あらゆる方角へとほとばしる。
光矢はすべて、レッジ自身や、驚き顔のミリィのそばを通り過ぎ、向かい来る〈ボンノウン〉だけに飛んでいく。
qほにょーーーーーーー!?
すべての〈ボンノウン〉が光の矢と正面衝突し、間抜けな声を上げながら消滅していった。
はー……すご。今の、新しいウィールですか?
いや。〈プラストウィール〉の射撃に〈ディテクトウィール〉の探知を重ねて、追尾をさせた。
レッジは魔弓の具合を確かめる。
魔輪の同時起動は魔弓に強い負荷をもたらす。だが、〈園人〉との決戦以来、調整を重ね、かなり負荷を軽減できるようになっていた。
とはいえ。
ミリィの助けがなければ、今の手は使えなかった。レッジだけでは、敵の再出現に反応しきれず、攻撃をかわすので精一杯だっただろう。
どれだけ道具を便利にしたところで、使いこなせなければ意味がない。まだまだ修練が足りないということだ。
課題だな。
苦々しくつぶやくレッジを、ミリィは、「なんで勝ったのに悔しそうなんだろう」という不思議そうな顔で見つめていた。
***
q強く……なりた~~~~~~い!
そう叫びながら突っ込んでくる〈ボンノウン〉の群れを見て、ラギトは静かに唇を歪めた。
そうか。俺もだ。
瞬時に装甲をまとい、拳を振り抜く。
qわひ~~~~~~!!
強烈な一撃を受け、〈ボンノウン〉の群れはたちまち吹き飛んだ。
あらら。相変わらず、容赦のないこと。
屋根の上からルリアゲハが降りてくる。
彼女が手にした得物を見て、ラギトは軽く眉を上げた。
ほう。散弾銃(ショットガン)か。
ある人から銭別に貰ってね。数の多い相手にはちょうどいいかと思って。
ルリアゲハは不敵に笑った。
右手に散弾銃。左手に短刀。多勢を誇る敵陣に自ら飛び込み、薙ぎ倒す構えである。
(こういうところが、彼女の強みだな)
様々な武器を使いこなす巧みな戦技。肉弾戦に特化したラギトや、剣に特化したゼラードとは異なる、彼女ならではの強さだ。
面白い。どうだ、〈墜ち星〉。ひとつ、どちらが多く倒せるか、競争と洒落こまないか。
qえっ。
よくてよ、〈魔魔装〉。勝ったら〝最強の〈メアレス〉〟の称号もらっちゃうけど、いーい?
望むところだ。
qええっ。
並び立って構えるふたりに、〈ボンノウン〉の群れは、おずおずと問いかける。
qえ~~~~~と……そんな強くなりたい?
モチの
ロンだ!
答え、ふたりは同時に駆け出した。
story
q拾え。
は?
〈ボンノウン〉は口を開き、そこからザバーッと大量の金貨を吐き出した。
q拾え。
えっ……これどういう煩悩ですか?
q貧者どもが金に群がる滑稽な様を楽しみたい。
うわあ。ゲス。
qさあ拾え。ほらほら。金だぞー。拾え。
ハッ、馬鹿にしやがって!いくら金が欲しいからって、戦闘中に拾う馬鹿がいるかってんだ!
あの、お父さん。拾ってます。めちゃくちゃ拾ってます。今。
え?おあ!?いつの間に!?
q金が欲しいかー!拾え拾えー!
避難していたはずの市民たちが、ワッと道に落ちた金貨に群がっていく。
金銭欲を増幅する……これがこいつの能力!?
qおまえも拾えー!
金貨を拾おうとしないコピシュに向かって、〈ボンノウン〉が勢いよく襲いかかる。
その道のりを、閃く刃が遮った。
金貨を拾っていたはずのゼラードが、瞬時に剣を振り抜いたのだ。
qえっ?おまえ、なんで、拾わない……のぉぉおおお!?
〈ボンノウン〉の身体が、ぱっくりと2つに割れ、叫びと共に消えていく。
ゼラードは鼻を鳴らし、ニヤリと笑った。
てめえが斬られに来たからさ。
(すごい……!)
コピシュは戦慄にも近い思いで、父の背中を見つめていた。
〝つい金を拾ってしまう〟という能力の影響下にありながら、ゼラードはー瞬で〝剣の境地〟に至り、相手を斬ってのけたのだ。
〝剣の境地〟は、無我なる境地。そこには、金銭欲などありはしない。ないものを増幅できるはずがないのだ。
無論、その境地に至るには極度の集中を要する。コピシュは魔力で集中を補っているが、父は、今やほんのー瞬でその集中が可能なのだ。
(さすがです――お父さん!)
さて、野郎もくたばったところで――金だ金だー!
あれ?ねえぞ!?1枚もねえ!クソッ、あれか、死んだら消えるヤツか!?あーくそ、なんか買ってから斬るんだった!
お父ーさーん……。
story
足がもつれた。限界だった。
フィネアは、通りの片隅にがくりとしゃがみこんだ。
クラースとダリクが立ち止まり、後ろを振り返る。
D来て……ねえよな?
Cああ。……フィネア、だいじょうぶか?
Fは、はい……。
Dくそっ。なんだったんだ、ありゃ。いったい――
ダリクが横に吹っ飛んだ。
しゃがんだフィネアに、影がかかる。フィネアはハッと顔を上げた。
vちょーだい。
C逃げろッ!!
クラースが女に体当たりした。
女は眉をひそめ、クラースをつかむと、どこかの店舗へぞんざいに放り投げてしまった。
再びフィネアに向き直り、にっこり笑う。
vその魔法、ちょーだい。
Fい、いや……。
後ずさる。背中が壁にぶつかった。その冷たさが、ぞっとフィネアの背筋を冷やした。
F(取られる――魔法を――)
やっと、見つかったのに。
やりたいこと。やってみたいことが。やっと見つかって、必死に努力してきたのに。
奪われる。なすすぺもなく。父に夢を断たれたあの時と、同じように。
「それでいいの?」
声が聞こえた。そんな気がした。
「あんたのやりたいこと。やってみたいこと。願い。望み。希望……夢!
こんな奴に、それを取られて――あんたは本当に、それでいいの!?」
F……嫌だ……。
涙がこぼれた。自分でも、なぜ流したのかわからない涙が。
同時に、胸の内から湧き上がるものがあった。
熱――そして、炎。
頭のてっぺんまで焦がすほどの思いが――自分の中にあったとは思えないほどの感情が、にわかに心に燃え上がるのを感じた。
フィネアは叫んだ。その思いにすがりつくように。燃え上がる熱を抱きしめるように。
Fい――いやだ――嫌だ!諦めたくない――手放したくない!二度と――もう――ニ度と!
「なら、やることはひとつでしょ?」
握りしめた手に涙が落ちて、燃えるような温もりを灯した。まるで誰かが、そっと手を添えてくれたように。
途方もない勇気が湧いてくるのを、フィネアは感じた。
自分の気持ちを、理解してくれている人がいる。誰か。誰なのか、わからないけど。理解し、叱咤し、励ましてくれる誰かが。
だから。
フィネアは顔を上げ、屹然と敵を見据えた。無様な姿を見せたくなかった。自分にも。自分の背を押してくれる誰かにも。
人を睨むのも、敵意を向けるのも、初めてだった。フィネアはそれを、とても恐ろしいこと、してはいけないことと教え込まれてきた。
「そんなの構うもんか!
あいつはあんたを踏みにじろうとしてる。あんたの願いも気持ちも全部、踏みつけて、ぐちゃぐちゃにしようとしてるんだから!」
Fだったら……。
「戦ったっていい。抗ったっていい!」
Fあんな奴に――
「負けて――」
Fたまるかぁああああっ!
吼える少女の身体から、爆発的な魔力が噴き上がった。
それはあらゆるすべてに抗う力(・・・・・・・・)となって、伸ばされた手を猛烈に押し返す。
vえ?なにこれ。え。魔法?
F繋げ――
〝〈秘儀糸〉ッ!!
立ち上がりながら、フィネアは叫んだ。
カッと女を睨み据える瞳から、ぼろぼろと熱がこぽれる。そのわけは、フィネア自身にもわからない。
ただ――少なくとも。
吐くべき言葉だけは、わかっていた。
F修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て降り荒べ!
〈秘儀糸〉で織りなされた無数の魔法陣から、細い雷条が次々と吐き出され、女へ向かって捧猛に馳せた。
vひょわわわわ!いた!あいた!
雷撃を受けて怯む女へ、
D守るんだよ!今度こそ
Cこれ以上、なくしてたまるかっ!
ダリクとグラースが飛び込んでいった。ふたりは同時に体当たりを決め、女を大きく弾き飛ばす。ふたりは決然としてフィネアの前に立ち、それぞれの得物を構える。
C魔法、行けるか、フィネア!
Fはい!やれます……やってみせます!
Dいいね、クソに顔を突っ込んだみてーな状況が、ゲロをぷっかけられたくれーにはマシになった!
vんもー、邪魔~!
わめく〈ボンノウン〉へと、フィネアは雷撃を、グラースとダリクは銃弾を、それぞれ一斉に撃ち放った。
***
いたぞ。あそこだ!
駆けつけた君たちが見たのは、高らかに呪文を唱え、魔法を放つフィネアの姿だった。
F馳せ来れ、咆嘩遥けき地雷!
蛇のようにのたくる雷撃が、女を襲う。女はすばやく身をかわし、右手をかざした。
右手が、〈ボンノウン〉の頭部に変わる。その〈ボンノウン〉は快活に叫び、炎の球を吐き出した。
q火って……燃えるよね!
めちゃくちゃ聞き覚えのある煩悩だ……などと思いながら、君は防御魔法を放って火球を止めた。
古雅なる雷火よ、躍り咲け!
さらにリフィルが、扇状に広がる雷火を放つ。女は、慌てて魔法の範囲から飛びのいた。
うまく魔法を使えてるようね、フィネア。助けなんていらなかったかしら?
Fいえ!いえ、ぜひ!ぜひ助けてください!
よーし。先輩風を吹かせちゃうぞー!ビュンビューン!
vむぅぅうう~。こうなったら――
強い煩悩!来い来い来い来い、来い来い来――――い!
「「「わーーーー!!」」」
あちこちから〈ボンノウン〉が集まってきて、アースラヴァヘと融合していった。
q勝ちたい!
q撃ちまくりたい!
qぶっとばしたい!
q泣き叫びながら情けなく命乞いする姿が見たい。
やべえ煩悩が混じってるな、と君は思った。
vみなぎるよー、みなぎってるよー、煩悩全開、ボンボボーン!!もはや誰にも止めらんなーい!
止められないなら、潰して砕く!
いつも通りにね、と言って、君はカードに魔力を込めた。
***
vほぎょん!
君たちの魔法を喰らって、アースラヴァは地面に突っ伏した。
ここまでよ。欲に任せて暴れ回る煩悩など、ここで潰す!
最後の術を練るリフィルを見上げ、アースラヴァは駄々っ子のようにわめいた。
vなんでさー!欲なんて、あって当然のもんじゃんかー!
そうね。
生きてる限り、欲とは無縁じゃいられない。
それに、ああしたい、こうしたいという思いが背中を推して、新たな力や技術が生まれるのも確かよ。魔法なんて、特にそうね。
vでしょ!?でしょ!?
でも。
リフィルの瞳が、鋭くきらめく。
だからこそ、欲を制する意志が要る。ただ欲望に従うだけでは、活かすどころかその身を滅ぼす!
望みを形にするのが魔法なら、欲と向き合い、渡り合う意志こそが、魔法使いの持つべきものよ!
まっっっったくもってその通りにゃ!
食欲の権化が何か言ってるな、と君は思ったが、水を差すのはやめておいた。
代わりにカードに魔力を込めて、リフィルたちと同時に魔法を放つ。
目覚めよ神雷!
F空の静寂打ち砕き――
あえかな夢を千切り裂け!
vほんぎゃあああああーーーー!!
四つの魔法をその身に受けて、煩悩の化身は、たまらず散り散りに砕けた。
エピローグ
vあきゅううう……。
あ、まだ生きてる。すごいね~。
とはいえ、魔力のほとんどを失っている。仲間の〈ボンノウン〉を呼び寄せることも、もはやできないようだ。
お、なんだ、終わっちまったのか?せっかく駆けつけてやったのによ。
〈ロードメア〉が来ているということは、やはりただの〈ボンノウン〉の仕業ではなかったようだな。
まあな。詳しいことは、〈黄昏〉と魔法使いに聞いてくれ。
〈ロードメア〉は、力を失い小さな怪物に戻ったアースラヴァを、ヒョイとつまみ上げた。
こいつは俺が預かろう。
いいの?と君は尋ねた。魔法の力が狙いなら、そいつは〈ロストメア〉さえ襲うかもしれない。
あの森に連れて行けば問題ない。〈ピースメア〉の〝争いを止める力〟が働いているからな。
人擬態級になったということは、自我が芽生えたということだ。ただ煩悩に従う以外の生き方も、できるかもしれん。
だから助けてやるってか?アホみてえに面倒見のいい奴だな。
それが、俺という〈夢〉だからな。
静かに笑い――〈ロードメア〉は、別の方向に目を向ける。
Cフィネア、大丈夫か?怪我は?
ありがとうございます。大丈夫です。おふたりに守っていただいたおかげで……。
D逆に俺らが守られたけどな。
Cいい魔法だった。願いが叶って、良かったな。フィネア。
F――はい!
笑い合う3人を、〈ロードメア〉はまぶしそうに見つめ、きびすを返した。
話していかないのか?彼らと。
話すべきことなどない。お互い、見知らぬ間柄だ。
〝あいつら〟の願いが、〝今〟に生きている。それがわかっただけで、充分だ。
そう言って、彼は〈ボンノウン〉を抱え、去っていった。
さて、一件落着したところで……この後は……どうするにゃ?
もちろん、当然――
打ち上げ、どかーん!
毎度。人数は……合計11人と1匹ね。
あ、すごい。大所帯ですね。
そろそろ黄昏が終わる。他の〈メアレス〉も店に集まる頃だ。急がないと、テーブルが空いてないかもな。
こういうときは~?
伝家の宝刀~?
〈ゲイルウィール〉!
てなわけで、ヨロ。
お ま え ら。
こうして、また、ひとつの戦いが終わった。
しかし、〈メアレス〉として生きる彼らにとって、戦いは日常の一幕である。
これからも、多くの敵と戦いながら、生きていくことになるのだろう。
そう、いまだ見ぬ多くの敵と――
q毎日いっぱい二度寝したーい!
qみんなにいっぱいちやほやされたーい!
q浴びるほどお酒を飲みたーい!
qウニで儲けたーい!
………考えてみたら、ー件落着したからって、別に〈ボンノウン〉が減るわけじゃないのよね。
……そうね。