【黒ウィズ】神都ピカレスク2 Story5
目次
登場人物
story
月明かりを背に受けて、リーリャが夜の空を跳躍する。
数棟の建物を軽々と超え、目的のデパートの上にふわりと舞い降りる。
遅れて到着したヴィッキーが感嘆する。
自分でも怪物みたいだな、って思います。でもこの力、夜だけなんです。
たぶん、月の光が関係していて、直接肌で受けることで力が強くなるみたいです。
太陽の光に弱いわたくしの体質がまるで裏返ったみたいですね。ますます、吸血鬼みたいになってきました。
ただ、その服は……まあいっか。
屋根の上へうんしょ、うんしょと這い上がってくるのはちゆうであった。
はい、これ。ホットドッグでもどうですか?途中で頂いてきました。
ヴィッキーが受け取ったホットドッグをパクリと握る。
ヴィッキーは、構わない、と2度ほど手を横に振った。
少し前だと考えられなかった変化です。
ヴィッキーが微笑んだ。
リーリャのその言葉を聞けただけでも、いつか約束した「夜の散歩」に誘ったことは成功だった。
穏やかに笑い合うー同の耳に、文明的な叫び声が聞こえた。
自動車のブレーキ音。それが助けを求める叫びのように、夜の気配を切り裂いた。
そして叫びはその甲斐なく激しい衝突音によって、終わった。
ちゅーか、黒猫はんが最近、変な事故が多いって言ってはったなー。気いつけよー。
自動車が無ければ、自動車事故なんてなかった。想像すらしなかった。飛行機事故もそうですね。
新しい発明は、新しい事故を生む。想像をしなかったような、不幸な事故を。
眼下の人だかりが増して来た。
リーリャたちが、小さく頷くと、それぞれ思い思いのやり方で、消えて行った。
story
ちゆうから事故の話を聞き、君は現場にやってきていた。
現場を調べていた工部局の職員はそう言った。
機械が言うことを聞かなくなったら、機械のせいにするか、体のせいにするんですよ。
君は同じ言い訳が流行っているんですよね、と職員に返した。
君がわざわざ死者の出なかった事故の現場に来ているのは、運転者の「言い訳」を聞きたかったからだ。
皆、同じ言い訳をしているのだ。
急に、体が動かなくなった。
ウィズに促され、君は車の中を調べたいと職員に伝える。怪冴な顔をした職員に、記者証を見せた。
どんな細工しているかはわからなかったが、ギャスパーが用意してくれた記者証の効果はいつも抜群だった。
怪厨な顔がー変し、笑顔で警戒線の奥へ案内してくれた。
大丈夫ですよ、賢い猫だから。と君が返すと。
これもいつものことだった。ギャスパーの記者証は本当に抜群の効果があった。
大差ないじゃないか、とウィズに言い返す。
車はビルの角にぶつかっており、ボンネットは完全に潰れていた。
ただ、ぶつかる前に消火栓に当たって、車がー回転したようだ。丸いタイヤの跡が残っている。
消火栓を倒して、水が噴き上がったせいで、車体が燃えなかったのも好都合だった。
ウィズが小さい体を活かして、運転席の下に潜り込んだ。引っ張り出してきたのは、新聞だった。
今までの現場では車が燃え上がり、ほとんど車内の調査は出来なかった。
君は湿った新聞に触れた瞬間、わかった。
原因はこれだ、と。わずかに魔力が残っている。
他紙にはざっと目を通しているが、この新聞は見たことがない。名前を確認しようと1面を見た。
〈リドルトゥデイ〉。その名は君の背筋を寒くさせた。
大通りでざわめきが起こる。いつもは川のように流れている車が、折り重なるように道の脇で停滞している。
悲鳴が聞こえる。別の所でまた車が他の車に追突する。
君は手に持った新聞に目をやった。そこにはいくつもの答えのない〈なぞなぞ〉が載っていた。
カイエ社に戻ると、街の非常事態を察して仲間たちも集まっていた。
君は現場で見つけた新聞を差し出した。
その新聞を読むと体が動かなくなってしまうにゃ。
何にせよ、新聞という媒体を使い、街中に影響を与えようとしている。とても危険な状態だ。
君たちが沈黙していると、ドアをコツコツとノックする音がした。
入って来たのは今久留主好介、その人だった。
実は僕も、外務省にいる兄の命を受け、奴らの企てを阻止すべく調査していました。……協力しますよ。
そのなぞなぞは僕が解きましょう!そしてその答えを新聞にして街中に配布するのです。
前から思っていたけど泥棒のわりには良い人が多いよね、と君は言った。
俺たちゃ根っからの悪党だぜ。本当はな。機会があれば見せてやりたいくらいだよ。
「城」と問われ、君はすぐにある場所を想像した。
魔術王の居城だ。
story
ふたつの班に分かれ、君はケネスとギャスパーと共にグレンの下へ向かっていた。
目的はもちろん、グレンの退治である。
街の混乱はさらに広がっていた。
人々がグレンの力に支配されているのとは別に、ブラックトカゲ会が略奪を行っていた。
少年が必死に車外に引っ張り出そうとしているのは、血塗れの男の手。
後部座席にいた少年だけが生き残っているのだろう。
血と油で汚れている以外は、裕福な家庭であることを思わせる服装だった。
しかし両親を失った彼がこの後、どうなるのか。
せめてあの子の両親だけでも外に出してあげたい。
少年とその両親を混乱の届かぬ場所に連れて行った。黙ってうなだれていた少年に君は何か声をかけようとした。
だが、何を?何を言えばいいのかわからなかった。
すると、ケネスが少年に予備の拳銃を渡した。
小さく頷くと少年は銃を大事そうに握りしめた。
ケネスが君を見た。
君は返す言葉が見つからず、ただ、先を急ごう、とだけ告げた。
***
屋根から屋根へと飛び移り近づいてくる者がいた。ヴィッキーだ。
そんなちゆうの顔を飛んできた紙が覆う。
突然、動かなくなったちゆうがゆっくりと倒れながら、言った。
言い終わると、こてっと倒れた。
***
カイエ社に戻り、謎の答えを教えると、ちゆうは体の自由を取り戻した。
刷ることは可能でも、答えを作成するのが間に合いませんね。
今久留主少年は黙って自分の顎に手をやり、目を鋭く光らせた。
ー同が何言ってんだ、こいつ、という視線を送るのも気にせず、今久留主が続けた。
思わず手が出た。いや、手であればまだよかった。正確には足が出た。
鋭く持ち上げられたヴィッキーの足は、今久留主の今久留主たる深奥、両足の付け根の間に吸い込まれた。
そして今久留主は天を見上げるように倒れた。
それはまるで、ありとあらゆるー切の煩悩を捨て去り、天と地とひとつになるかのようだった。
天があり、今久留主があり、地があった。
天と地との和合。まさしく。
天地人。
すると、突然今久留主が立ち上がり、紙とペンを駆使して熱狂的に何か書き物をし始める。
story
偽りの宮殿に到達すると、君たちを迎えるように、文明の光が灯った。
強烈な光が君たちを照りつけ、目が眩むようだった。そして、光の中から現れたのが。
改心するつもりではなかったのか?と君はグレンに尋ねた。
でも無理。やっぱり無理。全然無理でした。心残りがあるからです。
実はこの映画を企画したのは私の父なんですよ。
そして父の前でこういうつもりでした。ねえ、パパ、パパぁ?這いつくばって俺の靴を舐めろ!ってね。
知らないでしょうね、糞みたいな映画ですから。魔術王は王である父を殺し、母と交わり、そして呪われた子を残すんです。
まるで私だ。私もそうなりたい。……母と交わるのは勘弁ですが。でも、呪われた子を残したい。
それがこの映画というわけなのか?と君は言った。
本当の呪われた子というのは、こいつだったんです。
グレンが君たちに何かが書かれた紙を広げてみせた。どこか魔法陣に似ている気がした。
簡単に説明すると、軽くて耐久性が高く、高温にも低温にも強い。こいつがあれば何が出来るか?
人が月までいける。あるいは、ー万キロ離れた国に火薬をたくさん積んだ物を落とせる。
まだ実用段階ではなかったロケット兵器が実用化する……。それにどんな意味があるかわかりますか?
ウィズが青い顔をするギャスパーに尋ねた。
ちゅどーんちゅどーんちゅどんちゅどんちゅどんちゅどんちゅどんちゅどんちゅどんちゅどん……ちゅっどおおーんってね。
そのためにはサンプルが必要なんですよ。だから神器を集めている。欲しいんだよなあ、神器。
口の端から煙のようなものが出ている。あの煙だろうか?体中に充満している。
君たちは戦いの始まりを予感した。
***
答えると同時に、ケネスと君はグレンに向けて、銃と魔法を放つ。
玉座の裏に隠れ、難を逃れたグレンがひょっこりと顔を出した。
奇襲や不意打ちに効果が高い能力だ、と君が続けた。
びっくりしますよ~。指先から炎が出るものってなーんだ?
グレンが君たちに指先を向けた。
指先から激しい炎が噴出する。君たちは方々に横つ飛びしてそれを何とかかわした。
今度は君たちの周辺に風が渦巻いた。塵や埃が風に実体を与える。竜巻だ。
難を逃れたケネスがズタズタにされたマントを引き剥がして、投げ捨てた。
ほとんど同時に銃を構える。
マントがひらひらと宙を舞う。黒の布に発砲音の数だけ穴が空いた。
マントが床にはらりと落ちる。その向こうには。
無理無理の無理ですよ。いまの私はまさしく魔術王。美味しい料理を生み出すものってなーんだ。魔法。
彼の目の前に豪勢な料理が出現する。ブドウをー粒くわえて、グレンは続けた。
ケネスがやれやれと銃を下ろした。
まだ得意な方だと思うよ、と君は答える。
適材適所ってことでいいんじゃないかな?とウィズに返す。
君はコートの中のホルスターに手をかける。ギャスパーに頼んで作ってもらったものだ。
普通なら銃を入れるらしいが。
君の場合はカードだった。
いい作戦だと思うよ、と君は答え、カードを取り出した。
***
ケネスは追尾してくる氷の矢をかわすために柱の陰に隠れた。
が、ふと思い出し、すぐに頭を下げた。
偽物の柱はいともたやすく氷の矢に貫かれ、矢はケネスの頭上を通り過ぎていった。
今度はグレンが君を睨みつける。
空が渦巻く。どす黒い雲から、君めがけて雷が落ちる。
注意を引こうと銃を乱発するが、グレンは得意の魔法で銃弾を弾いた。
燃えるセットの中から、大丈夫だよとケネスに返す。
君は燃え広がらぬよう周囲の炎を水の魔法で鎮火しながら、グレンを見た。
炎を生み出し、氷の矢を飛ばしてくる。そして今度は雷を落とす。
かなり多彩な攻撃だった。他には何が出来るのだろうか?
あの魔法体系なら色々なことが出来そうだ。そもそも魔法かどうかも怪しい。
だが、ひとつだけ、率直に思ったことがあった。確認の意味を込めて、君はウィズを見た。
ウィズと意見がー致した。君はグレンに尋ねた。
ー度にひとつの魔法しか使えないよね、それ、と。
君はホルスターから取り出したカードを前に投げた。
君の魔力に反応して、カードが光る。
問いかけ。君が答える。カードがさらに光る。叡智の扉が、開く。
5つの魔法が解き放たれる。すべてグレンの横を通り過ぎて、ハリボテの宮殿を吹き飛ばした。
答えはクエス=アリアスの魔法。と君は返す。
その程度の魔法はクエス=アリアスじゃ通用しないにゃ。
バロンの方が数倍強い、とウィズに続いた。
君はグレンを見据え、次は外すつもりはない、と言い捨てた。
グレンはキョトンとした表情で、周囲を見回し、両手を上げた。
悪い条件ではないと思うのですが?
君は、そんなものは必要ない。起こした罪を償わせる、と言い放ち、カードに魔力を込めた。
あの新聞のせいで、罪のない人々が傷ついた。死んだ人もいた。と返す。
私があの新聞を発行したのはみんなに楽しんでもらいたいと思っただけなんです。
あんな事故が起こったのは、偶然です……。夢にも思わなかったんです。
グレンは君の前に脆く。仰ぎ見るように、許しを得るように、見つめてきた。
君は黙って、立つように促した。戦えという意思を込めて。
君は、人殺しは良くない。と返した。
それは街で見た両親を失った子のことだろう。
今ここでやらなければ、私たちはクソッタレだ。
君は、ダメだ。と言った。他に何か方法があるはずだ、と。本当にそんなものがあるとは思えなかったが。
ぽつりとケネスが呟いた言葉に君は耳を疑った。そんなことで決められることじゃない。
魔法使いの原則も戦争もロケット兵器も……人殺しも。何もない。表か裏だ。
俺は、決めにくいことは全部こいつで決めてきた。だから今回もこれだ。
ケネスはグレンを指差す。
けど、表が出たら、殺す。
しばらくの沈黙の後、グレンが答えた。
ケネスがコインを投げようと構える。君はそれ見て、その場を後にした。納得いかなかったからだ。
だが、それ以上の方法も思い浮かばなかった。
魔法使いは、善悪を裁くわけじゃない。人々に奉仕するものだ。
慰めるような声だった。自分の教えを守った君を褒めているようでもあった。
ー方のグレンは自分の強運に賭けた。
次こそこいつらをぶち殺す!!)
コインが宙を舞った。回転し、まるで球体のような姿をして上昇していく。
汚らしい希望と夢とその他諸々を込めて、落ちてくるコインに手を差し出す。
まるで神様が与えてくれる大切な代物であるかのように、グレンはコインを受け止めた。
手のひらのコインは……。
答えは両方表のコイン。
君が偽りの宮殿の出口で待っていると、銃声が聞こえた。
しばらくして帰って来たのは、ケネスとギャスパーだけだった。
君の顔を見て、ケネスがにやりと笑った。
それは力ードだった。恐らくグレンの力を奪い、生まれた力ードだろう。
君の傍をふたりが通り過ぎていく。
君は。
story
君たちは事件の打ち上げがあるということで、街に出ていた。
なんでもギャスパーのおごりだという。
君も週給をもらうようになって、お金を計画的に使うことの大事さを改めて感じていたところだった。
そして、突然降って湧いて来る「おごり」という僥倖。その偉大さをひしひしと感じていた。
お互い別行動していたので、ヴィッキーたちのところで何が起こっていたかは、君も詳しくは知らなかった。
君も何度かヴィッキーに尋ねたのだが、なぜか答えてくれなかった。
予約した店に行く前に、君の新しい服を受け取る為に洋服店に立ち寄った。
戦いでボロボロになってしまったのだ。
洋服店はすごい混雑であった。
そうだね、と君はウィズに返した。
君は急かされ、仕方なく、店員に事情を説明する。試着無しで受け取れないかを聞いてみた。
店員も店員で試着をするように君に言う。どうもそういうパターンで返品が多いようだ。
君はみんなに先に行くように言おうと思った。
だが、見ると試着室に空きがあった。10と書かれた試着室。10番目の試着室である。
君も、それもそうだな、と言って、店員に10番目の試着室を使わせてほしい、と頼んだ。
それに関しては、店員も拒否しなかった。
君はウィズとー緒に10番目の試着室に入ることにした。
なかなか帰って来ないので、
ケネスたちは10番目の試着室に行き、そのドアをノックした。
ー同は、最後にもうー度ドアをノックしてから、開けた。そこには。
誰もいなかった。
「「「「ほ、本物の都市伝説!?」」」」
エピローグ
君はいつの間にかトルリッカのギルドにいた。
試着室に入ったと思ったのだが、気づいたらギルドのー室にいたのだ。
これは都市伝説だろうか。いや、自分の周りではけっこうよくあることだ。
「この部屋と神都が繋がってるのかもしれないにゃ。今度また来てみるにゃ。」
いまは歪みのようなものはない。機を改めようと君は思った。
みんなには悪いが打ち上げは参加できないだろう。「おごり」の機会を逃したのも痛い。
帰り際、バロンに会った。
「はー、はっはっはっは!なんだその格好は!!何かの仮装か?」
異界が変われば、文化が変わる。文化が変わると、服装も変わる。難しいものだな、と君は思った。
ふと「人間獅子B」という都市伝説らしい文言を思いついた。
今度、今久留主先生に小説のネタとして提供しようと心に決め、とりあえずバロンには無言を貫いて、宿に帰った。
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