【黒ウィズ】神都ピカレスク2 Story3
目次
登場人物
story
君は試着室の扉を開け、外で待つ仲間たちに着替えた姿を見せた。
君はいま、アベニューDにあるASデパートの洋服店に来ていた。
クエス=アリアスの服では目立ち過ぎるので、ギャスパーに服を買ってもらうことになったのだ。
とても丁寧に作り込まれた服ばかりで、これまで通りの荒っぽい動き方をしていいものかと迷ってしまうほどだ。
君は雨避けの帽子と目についた黒いローブのような服を指差した。
いろいろ道具をしまうのに便利そうだし、これくらい厚みがあれば、ちょっとした刃物なら通さない。
と、店員に手渡されたトレンチコートを羽織りながら、君は説明する。
ウィズが君の肩に飛び乗る。
あと、このコートならウィズの爪で破れることもない。ウィズが君に囁いた。
そして今回のもうひとつの目的がリーリャに外の世界を見せることだった。
彼女は生まれながら、太陽の光に弱い体質だったこともあり、あまり街に出たことがなかったという。
それは体質だけの問題ではない。彼女の出自が問題をもっと複雑にしていた。
けれど、あの事件後、彼女は少しづつ変化しようとしている。ヴィッキー日く、よく笑うようになったという。
Bねえねえ、せっちゃん。トカゲの都市伝説って聞いたことある?
Yあー、知ってるー。この前、とし君とお洋服買いに行った時に聞いたよー。
Rなんか、10番目の試着室に入った友人が忽然と消えてしまうって話らしいね。
Bそうなんだよ。いま、すごく流行ってる都市伝説らしいね。というかまたボク抜きでデートかい?ひどいなー。
Yえ?なんで?なんで、でん君にいちいち許可取らなきゃいけないの?ホント、意味わかんない、この蝶ネクタイ。
B開き直りがひどいな。それと、蝶ネクタイに悪い属性は何ーつないよ。むしろフォーマルだよ。
Rなんでもいいから、とりあえずやってみよー。ボク店員やるから、せっちゃんお客さんやって。
Yすいませーん。試着いいですか?
Rでは、その10番目の試着室をどうぞう。
Rお客さまー、如何ですかー?サイズは合ってますかー?
Yキャアアアーッ!!
Rお、お客さまー!
Yキャー、この服、超かわいいー。
B絶対そういうことすると思ったよ。もうボクが代わるよ、せっちゃんは見てて。
Yいや。でん君と代わるくらいなら、死ぬ。
Rそしてそれを見て、ボクも死ぬ。
Bそこまでなの……じゃあ、遠慮しておくよ。
Yすいませーん。試着いいですか?
Rでは、その10番目の試着室をどうぞぅ。
Rお客さまー、如何ですかー?サイズは合ってますかー?
Yキャアアアーッ!!
Rお、お客さまー!
R……どちらさまですか?
よくいる眼帯モブ男です。ちなみにこの眼帯の奥は……ものもらいです。正確に言うと麦粒腫です。
B誰?
どうして10番目だけなのか。君は感じた疑問を尋ねてみた。
その大富豪が最後にゃって来たゲストを殺して席を確保した、という都市伝説があります。
こちらは〈十影の尻尾切り〉というのですが、どこかでこの話が試着室の噂とー緒になったのではないでしょうか?
十影。10番目の試着室。なんとなくモチーフが似ている気はした。
床を見るとー通の封筒だった。拾い上げ、薄く糊付けされた封が自然にほろりと溶けた。
中には、ひとつのダイスと紙片。文字が書かれていた。
”答えはあくび”
「おじいさんの口からくびが出てきました。それ、なんて「くび」?」
その紙片の端には、謎の王と記されていた。
謎の王
story
帰社したケネスはギャスパーとふたりきりなのを確認すると、切り出した。
だが、相手も我々のことに気づき始めているはずだ。何らかのアクションを起こしてくるかもしれない。
ソファーにどすんと腰を下ろすケネス。やれやれだ、と言葉もなく悪態をついているようだった。
ふとギャスパーがソファーに置いてある奇妙の面を見つける。
ケネスから面を受け取り、ギャスパーはまじまじと見つめる。
と、ギャスパーが突きつけるように、面の鼻をケネスに押し出す。
そんなタイミングでドアが開いた。
今久留主だった。ドアを開ける手が途中で止まっていた。
今久留主が見たのは、赤くて、鼻の長い面を突き出すギャスパーと突きつけられるケネスである。
失礼しました。続けて下さい。僕はこのあたりをぐるりとー回りしてきますよ。出来るだけ、ゆっくりね。
君が会社に戻ると、ギャスパーたちが何やら楽しそうに話していた。
何を話しているのかと尋ねたら、ケネスに嫌な顔をされた。どうやら楽しんでいたわけではなさそうだった。
何やらお面について話しているようだった。そんな時、オフィスの奥にある会議室から誰かが出てきた。
しっかし、けったいなところやな。新聞社のくせに金目のモン何ひとつあらへんちゅーのはどういうこっちゃ。
君とケネスの今週の給料袋を手に持っていた。少女は不意にこちらを見る。
全員と目が合った。
少女は再び給料袋に視線を戻す。
曲者ーッ!
なぜー度、何事もなかったようにスルーしようとしたのだろうか、と君は思った。
ボーボーやでッ!!
君が盗人を捕らえようと前に出る。少女がハッと反応して、目の前の机を叩いた。
小さな手のひらが机を打った瞬間、ものすごい音の圧が君たちを襲った。
あまりの大きな音に怯んだ君たちは思わずよろける。
何とか体勢を戻しオフィスを見回すが、少女はいなかった。
君はギャスパーとケネスに続いてオフィスを飛び出した。
ひとりオフィスに残った今久留主は周囲を簡単に調べて、結論付けた。
***
先行するウィズが声を上げる。空き巣に入った少女がすばしっこく屋根の上を駆ける姿が見えた。
その先は屋根が途切れていた。前に広がるのは自動車の行き来が激しい道路であった。
追いついた君たちが少女を囲む。
少女はちらりと背後を見る。まるで川の流れのように自動車が走っている。
ー台、背の高いバスがやってくるのを確かめ、少女はチュチュチュっと小さな笑いを上げた。
少女がバスの屋根に飛び移る。不格好な着地で2、3度屋根の上をはねたがなんとか留まった。
君は、ギャスパーたちに後で追いついて、と言い残して、ウィズを抱えビルから跳んだ。
交通標識を経由して、さらにもうー度跳んだ。少女のいるバスの屋根に着地し、師匠直伝の受け身を取る。
立ち上がり、君は少女に大人しくするように言った。
くっそー。窮鼠猫を噛むちゅーことわざもあるんやで。ましてや相手が猫飼ってるヤツやったら、負けるわけにはいかへんで!
何だかよくわからない理屈だったが、相手が戦う気を見せてきた。
戦うのは人同士なんだけどね、と思いながら、君は戦いの構えを取った。
撮影所での昼の撮影が終わり、同僚の若手女優たちと昼食の時間。
会話は当然のように、仕事や恋やファッションなどの噂話へと広がった。
Aヘー、じゃないわよ。あなた、興味ないの?超大作のヒロインよ。
***
君は向かってきた少女を怪我をしない程度に懲らしめた。何かすごい力を持っているかと思えばそういうわけでもなかった。
バスの運転手に謝り、屋根から下りると、追って来たギャスパーたちと合流する。
給料袋を取り返して、ギャスパーに渡した。
皆さんは知らんかもしれませんが、帝政T国で「鼠ぽんちの弥太郎はん」ちゅーたら、芝居の演目になるほどの大義賊ですわ。
ウチはその末裔ちゅーことです。元をたどれぱ、萬田十勇士の忍者のひとりやったちゅー話ですから、すごい人なんです。
かつては大義賊の末裔らしく根津家も笑逗の宣さんを狙ってましたが、環境が悪かったんか、それとも怠けの虫が騒いだんか。
気づいたら、ここ三代の根津家は空き巣を専門にするこそ泥に落ちぶれてましたんや。
おじいはんからお父はん、兄、姉、ウチ、しまいには飼ってる鼠まで。あ、これ鼠の甚八ちゅーます。
ま、みーんなこそ泥です。
誰かひとりくらい大物になろうとは思わなかったのだろうか、と君は思った。
そんな変な団体があるのか、と君は思う。
有名なところだった。
よく考えれば、魔道士ギルドもこの世界の人からすれば変な団体だろうな、と君は思った。
ギルドマスター、バロンだし。と、君はウィズを見た。
四聖賢はいま猫になっちゃってるし。
そこでー念発起して、根津家ー同、体の弱いおじいはんを残して、世界中を飛び回っとるちゅーわけです。
言って、ひとつ手を叩いた。
響いたのはやたら気の抜ける音だった。ただ手を打っただけではこんな音は出ない。
ウチがたてる音を思い通りに変化させることが出来るようになったんです。これで音もなく家に入れるんですわ。
ギャスパーたちは首を振って否定した。
ちゅーか、そういうことははよ言うてえや。それならウチかて逆らうつもりもありませんよ。
なんやったら、ウチ、ギャスはんの女になってもええんよ。
そんなこんなで新たな仲間兼後輩社員が出来たところで君たちはカイエ社への帰路についた。
そこで君たちを待っていたのは、リーリャが行方不明になったという報だった。
story
謎の人物を追いかける君たちは、路地へと行きあたった。
左右に分かれる道を見つけ、ケネスが指示を送る。
どうやらこの街の地理に関してはケネス以上に知る者は少ないのかもしれない。
君もケネスに追随する。
君のすぐ下を走るウィズが話しかける。
と問われ、君も小さく頷いた。
あの逃げた男は確かに怪しい。
しかし、それとは別にリーリャはー体どこにいるのか、という問題がまだ解決されていない。
楽天的過ぎるが、それしかなさそうだ、と君は踏み出す足に力を込めた。
ただひとり、部屋に残った今久留主は懸命に脳細胞を働かせていた。
リーリャの不在。それだけが解決していない問題だった。
部屋から持ち出されたものは……何かあるようには見えない。
初めて見た時と変わらぬ様子だった。
思考は暗中模索。どろどろとした沼の中を進むようだった。
今久留主は右手に持ったリーリャの下着を握りしめる。捜査中に見つけたものである。色は白だった。
それを顔の前に持ち上げる。
だが、いまいち興奮しない。
そもそもりーリャは高貴な生まれの女性。それが白。
普通じゃないか。普通過ぎた。普通過ぎだ。
今久留主は歯噛みした。自分は何としても興奮しなければいけない。
これも捜査の為、ひいてはいまにも命の危険にさらされてるかもしれないリーリャの為である。
下着のー枚くらいなんだ。命を救う為である。きっと彼女だって喜んでくれる。ー枚くらい失敬したっていいじゃないか。
そんなことよりも、いまは心を捜査の鬼にして興奮しなければいけなかった。
停滞する脳細胞に性的興奮の信号を送り、脳細胞をひとつ残らず勃起させねばいけなかった。
ここに来て、今久留主は跳躍的な思考に挑戦した。リーリャが白だという事実を捻じ曲げ、黒であると思考した・..
するとどうだろう。脳細胞がむくむくと起き上がるのがわかった。
こうなるともはや実物など思考の邪魔者でしかない。今久留主は手に持った下着をかなぐり捨てる。
そこまでする必要はないな、と思い、拾って懐にしまう。
しかし跳躍的思考の結果、今久留主の脳中に黄金の推理が訪れた。
変な意味はない。比喩である。
リドル王からの封書を手に取り、今久留主はその表面を鉛筆でこする。
こする。こする。こする。
こすった。こすったんだ。
浮き上がったのは、小さな四角い跡だった。サイコロのようなものだろうか?
今久留主は部屋を飛び出し、ヤロスキ夫人に訊ねた。
少年の血走った虹彩異色症の瞳に圧倒され、ヤロスキ夫人は数度うなずくだけだった。
少女が体よりも小さな箱に入れられて、持ち出された……。
今久留主少年は己の野放図な思考に恐怖した。そして、それが現実に起こったとしか言えないことにも。
今久留主はただ溢れる汗を拭った。自分に出来ることはそれしかない、とでも言うように。
リーリャの下着で。
***
先を行く男を追って、君とケネスは駆ける。
男が君たちの道を遮ろうと、立てかけられた梯子や瓶を倒す。
君は素早く魔法でそれらを吹き飛ばし、道を確保する。
っと、走る男の足が止まる。先回りしたギャスパーたちが狭い道に立っていた。
じりじりと男との距離を詰める。男は逃げ場を探すが、当然ない。すると。
それを聞き、男は内ポケットから何かを取り出し君たちの方へ投げた。
コロンコロンと転がったのは四角いサイコロのようなものだった。
そこから、腕が出た。そして、足が出る。また腕が出る。
呆然とその様子を見るよりなかった。あまりの出来事に動けなかったというのが正しい。
小さな箱から出てきたのは、少女だった。
少女はじろりと男を見ると、その頭を手に持った小さな箱の中に入れてしまった。
明らかに質量の法則が捻じ曲げられている。異様な光景。
ケネスの声は絞り出すようだった。
首から上が小さな箱に収まった男は崩れ落ち、足をばたつかせていたが、やがて止まった。
「魔術王の指輪」。サイレント映画の巨匠または映画の父と称されたD.W.ガーフィーが悲願とした企画であった。
しかし、時代はトーキーの登場によってあっという間にサイレントを、映画の父を過去にした。
それでも諦めきれなかったガーフィーは極東の僻地に渡り、制作を企図した。
だが、それも夢半ばで終わり、最後は酒浸りの人生を自ら引き金を引いて終わらせた。
ここは夢の残滓であった。
夜の闇の中に浮かび上がる悪魔たちがヴィッキーを見下ろす。
木組みと合板で作られた魔術王のしもべたちは、金という魔力を失い、不完全な形で佇立していた。
ヴィッキーは周囲を見回した。
何が来ようとも不足はないが、嫌な予感だけはあった。
宮殿の奥から魔術王の如く、ゆっくりと近づいてくる人影が見える。
男。グレン・ヤニングス。
男の影がヴィッキーの足元まで迫る。
魔術王かと思われた男は、口の端を歪める。
Uさて、第1問目です。
その男は、謎の王であった。
***
陰気な少女は、舌打ちをひとつ打ち、小さな箱を取り出した。
その小さな箱の中から、それよりも大きな箱を取り出す。常識外の技だ。
ギャーギャー……ギャーギャー、うるせいし。何が楽しくって……バカみたいに……下らない話してんだ?
頭がクラクラするし……目はチカチカするし……耳はグチャグチャだ。どうして……くれんだ。どうして……くれんだ?
お前らが……うるさいからだ……。
少女は陰気な獣のような視線で君たちを睨みつけ、激しく恨みを叩きつけた。
陰獣の目が鈍く光った。
ケネスに向って箱を投げつける。と、同時に自分も跳んだ。そしてするりと箱の中に滑り込んだ。
受け止めた箱をケネスは怪厨に見つめる。すっと箱に添えた手に細い手が重ねられる。
どこから出てきた?箱の中から。手だけが出てきて、ケネスの手を掴んだ。
かと思うと、ー瞬でケネスは箱の中に引きずり込まれた。
言う間に隣にいたちゆうも引きずり込まれた。
地面に落ちた箱の中から陰気な少女が出てくる。箱を踏みつけ、君たちを見据えた。
相槌代わりににやりと笑って、再び箱を投げつけてくる。今度はふたつ。
君はすぐに魔法で箱を迎撃する。粉々に砕けると同時に白い煙が周囲を覆った。
反射的に君とギャスパーはその場から飛び退いた。
周囲を見回すギャスパーの視線は頭上で止まる。
矩形の提灯がぶら下がっていた。
少女が逆さになって、提灯から出てくる。ギャスパーの胸倉をその手が掴み、上へと引き上げる。
ー瞬、少女が凍り付いた。視線はギャスパーの後ろ、窓ガラスにあるようだった。
君はそれを見逃さず、魔法を放つ。だが、陰気な少女は提灯の中から飛び出し、魔法の矢をかわした。
路地の向こう、大通りの手前に少女は降り立つ。
と、呟いて、大通りを走るトラックの荷台にあったコンテナに飛び移った。
逃げられる。すぐに動いたのはウィズだった。
君はウィズを抱えると、そのトラックに向けて、投げつけた。
ウィズは猫らしく、見事な着地を決めて、雑然とした荷台の影に潜んだ。
ギャスパーは呆然と窓ガラスを見つめている。
君がケネスたちを救おうと提案すると、小さく頷いた。
そして箱の中では。
なんやったら、箱の中で既成事実作ってもうてもええのになー。
これはこれで大変そうだな、と君は思った。
君もこの意見には同意した。
それはともかく、今回は相手のいいようにされてしまった。
ウィズがなんとか尾行を成功させてくれることを願うしかなかった。