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【黒ウィズ】神都ピカレスク2 ~黒猫の魔術師~ Story 後編

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作成者: にゃん
最終更新者: にゃん

2019/08/15



目次


Story5 架電迷路

Story6 心理解読

Story7 狙撃者の白昼夢


登場人物




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story5 架電迷路


君はギャスパーたちについて、ヤロスキ家へと向かっていた。

その道すがらー連の事件のことを尋ねた。特に彼らがしばしば口にする〈都市伝説〉というものについて。

都市伝説というのは、言ってみれば噂だ。それが人から人へと伝わるうちに、どんどんと拡大していく。

尾ひれがついた噂はやがて想像もしない形で広まっていく。人の欲望や恐れを飲み込み変容していくんだ。

お前の〈黒猫の魔術師〉の都市伝説だって、どんな願いでも叶えるって話になってたぜ。

どんな願いでもっていうのは大げさにゃ。

ま、家の芝の手入れまでやったから細かいお願いも聞いたことはあるかもしれないにゃ。

だけど、そうあって欲しいと思う気持ちは理解できる、と君は付け加えた。

しばらくここに滞在して分かったが、この街はどこか不安定だった。

人も文化も様々なものが入り混じり、それが器一杯に溢れそうな状態だ。

器から溢れ落ちたものが不安や願望となって〈都市伝説〉となるのかもしれない。

今回調べただけでも電話に関する都市伝説は〈黒猫の魔術師〉以外にも色々あったからな。〈謎の王(リドル)〉とかってのもあったな?

どういう話? と君は尋ねる。

電話がかかって来て、取るとなぞなぞを問いかけてくる。答えられないと……「残念、はずれです」と告げられる。

そして、数日後に必ず死ぬ。

にゃー……これから依頼の電話はキミが取るにゃ。

自分がやりたいって言ったくせに……と君はここで仕事を始めた時のことを思い出した。

ただ電話というのは確かに珍しさもあるが、得体の知れなさも同時に持っている、と君は言った。

そうね。新しい道具は新しいがゆえに得体が知れないと思うようになって〈都市伝説〉が生まれやすいのかもね。

電話がどこに繋がるのか。もしかしたらどこか良くない所に繋がってしまう。そんな不安もあるかもしれないわね。



「ねえねえ、とし君、電話って便利よねー。だってでん君の知らない所でデートの約束ができるもんねー。」

「おやおや、せっちゃん。それをボクの前で言ったら駄目じゃないか。ボクが傷つくだろー。」

「でも、電話って怖くない? 間違って知らない所にかかっちゃうこともあるかも。

例えばあの世にかかっちゃうとか……。」

えー、怖い怖いー、でも気になる気になるー。」

「おーけー、じゃーやってみよー。せっちゃん電話かけて。」

「始めるわねー。ジリリンジリリン。ジリリンジリリン。とし君、いるかなー。いるかな、とし君。」

「ガチャ……。もしもし……。」

「え!? 怖い声! あ、あなた、だれ?」

「とし君です。」

「あ、とし君ー!今度の日曜日、屁理屈ヤローのでん君無視してふたりで遊びにいかなーい?」

「ちょっとちょっと、いまの普通に繋がってるじゃないか。それに、ボクの前でボクの悪口はやめなよー。」

「……チッ。メガネが。」

「メガネに罪はないよー。もう一回、ちゃんとやりなよ。」


「ジリリンジリリン。ジリリンジリリン。とし君、いるかなー。いるかな、とし君。」

「ガチャ……。もしもし……。」

「え!? 怖い声! あ、あなた、だれ?」

「とし君です。」

「あ、とし君ー! 今度の日曜日、インテリクソヤロー無視して、ふたりで遊びに行かなーい?」

「ちょっとちょっと、いまのも普通に繋がってるじゃないか。それに、何となくボクの悪口だってわかるからやめなよ。」

「……チッ、横分けが。」

「横分けに罪はないだろー。もうボクが電話をかける側をやるから、せっちゃんは見てなよ。」


「ジリリンジリリン。ジリリンジリリン。とし君、いるかなー。いるかな、とし君。

ジリリンジリリン。ジリリンジリリン。ジリリンジリリン。ジリリンジリリン……。

かけても出てくれないのが一番怖い!」




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story6 心理解読



ふむ。ふむふむ。ふむふむふむ。

リーリャという少女の家に到着し、ギャスパーたちが母親と面会している間、君はサロンで待機していた。

先客として今久留主好介という少年がソファに座っていた。話によると、彼がリーリャの母親を狙撃から救ったらしい。

ウィズは念のため猫の振りをしてソファの隅で丸くなっていた。だがそれよりも。

彼がやたら熱っぽい視線をこちらに寄越してくるのが、とても気がかりだった。

なるほど。貴方が噂の黒猫の魔術師ですか。本当に魔術師なんですか?それとも何かのコスチュームプレイですか?

コスチュームプレイ? 聞きなれない言葉だった。

僕も探偵術のひとつとして変装の心得はありますが、貴方のはそういう類でもない。実に真実味がある。

これは変装じゃないからね、と君は答える。

ほう。では本物というわけですか。あるいは自分を魔術師だと信じ込んだ異常者か。

貴方を同類と見込んで教えますが、僕もよく変装をして街を歩くことがあります。あれは中々いいものです。

特に女装ですね。世界が一変します。周囲の僕を見る目がまるで変わる。いままで気づかなかったことにも気づくことが出来ます。

やがて街を徘徊するうちに「僕」は「わたし」あるいは「あたし」に変わってしまう。そういう感覚はありませんか?

パーティーなどで仮装をした時に周囲の自分を見る目が一変するのを感じる。

あの時は少し不思議な感じがする。と君が告げると、少年は立ち上がり、手を差し出してきた。

貴方とは仲良くなれそうです。よろしくお願いします。

君と今久留主が固い握手を交わしていると、サロンにギャスパーたちが戻って来た。

わざわざありがとうございます。新しいお茶をご用意致します。少々お待ちください。

と言って、リーリャはぺこりと頭を下げ、扉を閉じた。

さて事件のことを詳しく聞かせてもらおうか……って、お前らなに仲良くなってんだよ。

類は友を呼ぶということではないですかね。

あなた、若先生と「類」で「友」なの?

よくわからないけど、険悪な関係ではないと思う、と君は答えた。

では僕の知る事情を説明しましょう。あれは僕がヤロスキ夫人を尾行していた時のことです。

先生はヤロスキ夫人に怪しい所があると仰っていた。それを確かめるために尾行していたというわけですね。

それも少しありますが、8割、いや9割は……。

趣味です。

人はそれをなんて言うか教えてやろうか?犯罪っていうんだよ。

いやいや、誤解しないで下さい。これは僕の血に宿る謎を暴かねばならないという恐るべき欲求……

つまり。性癖です。

言葉を慎め。

君は変わった人だな、と思いながら今久留主少年の話を聞いていた。

狙撃自体は犯人の警告でしかないでしょう。ですが、ヤロスキ夫人の行動には注目するに値する部分があります。

彼女はある場所に足しげく通っていました。一見ただの古道具屋のようなのですが、そこの女主人、占いをやっているのです。

占い。女主人……魔術師。と言ってもいいのでは?

そこはもう調べたんですか?

いえ、まだです。子どもは入れないと言われたんですよ。

……屈辱です。僕は体は子供でも、性欲はバケモノレベルですよ!

知らんわ。

ともかく、その道具屋を調べるっきゃねえな。ギャス行こうぜ。

いや、私は残る。ここを空けるのも良くないだろう。

あたしも残るわ。リーリャが心配だわ。

じゃ、黒猫。お前ついて来い。

君はひとつ頷いて、立ち上がる。

その格好で外に? やはり貴方は僕の見込んだ通りの人だ。

君は徐々に先ほどの握手の意味がわかり、少しだけ後悔しつつあった。


よぉし、黒猫。道具屋に向かうとするか、ってお前何やってんだ?

君がウィズを抱えて屋根の上に登っているのを見て、ケネスが不可解そうに尋ねてきた。

あそこまで言われたら何となくこの格好が恥ずかしくなってきた、と君は答える。

ひと目につかないように、屋根伝いに移動することにした。

気にすることないにゃ。キミはキミ、人は人にゃ。

いや、そういう意味じゃない気がしてきたんだ、とウィズに返し、屋根の上を歩き始めた。


 ***


ケネスが立ち止まったのを見て、君は屋根から下りた。

ここだ。入るぜ。あ、そうだ、お前の知ってる奴の名前を教えてくれよ。

何に使うのだろうか、と思いながら、君はケネスに知り合いの名前をひとつ教えた。

あとは……おい、おっちゃん。その魚一匹くれ。

と言って、行商の男性から魚を受け取り、ケネスは素手で握った後、その匂いを体に軽くこすりつけた。

ケネスが路地の隅にぽいと魚を投げ込むと、わらわらと野良猫が群がった。

そういや、ちょっと気になってたんだけどよ。魔法使いって結局何する人間なんだ? 人助けが仕事なのか。

そうにゃ。人々の奉仕者たれ。というのが魔法使いの原則にゃ。

深く考えることはない。ケネスたちも人助けをしている。それと変わらない、と君は言った。

人助け? 俺はそんなこと考えたこともないぜ。ギャスやヴィッキーは違うだろうが、俺はない。

たいそうな考えなんて、何もねえよ。

そう言って、ケネスは道具屋へ入っていった。彼のそっけない返答に少しだけ拍子抜けした。

この世界ではそういうのが普通なのかもしれないにゃ。

君はウィズの意見に頷き返し、道具屋の中へ入った。


ちょっといいかい? ダメって言われても入るけどな。

道具屋の奥にいたのは女だった。魔術師なのだろうか?

クエス=アリアスの基準に照らし合わせると、ずいぶん軽装だった。

ユーリよ。貴方の名前を教えて。ここに来たってことは占って欲しいんでしょ?

ああ、そうだ。あんたの占いがよく当たるって競馬場で聞いてな。いろいろ不安になることが多いんだ。頼むよ。

ケネスが前に座ると、女は商売道具なのか、水晶の玉に手をかけた。

バロン・ライオネルだ。で、あんたはどこまで占えるんだ?

何でも。未来も過去も。貴方が何に悩んでいるかもわかるわよ。仕事ね。上司との関係に悩んでいるんじゃない?

女性の姿もあるわね。どうでしょう?

どうでしょうっても、世の中に仕事か女かで悩んでいない奴なんていないぜ。

そうね。詳しく当ててあげましょうか?

金だろ?

あなた、お金の悩みがある……ん?

言うと思った。あんた典型的なニセ占い師だな。人が悩んでそうなことを並べて、会話を誘導していくんだろ?

意地悪な人ね。

最後に一度だけチャンスをやるよ。この俺、バロン・ライオネルの住所を当ててみなよ。

女はその質問を聞いて微笑んだ。港……〈バンド〉の方だとすぐにわかった。

ほのかに匂う潮の香り。

〈バンド〉の方ね。ハウスFの辺りじゃないかしら?

じゃあ、電話をかけて確かめてみな。

ケネスは傍にあった電話から受話器を持ち上げ、相手に差し出す。

耳元に電話交換手の声が聞こえてくる。

ハウスFの近くにライオネルさんのおうちはある? バロン・ライオネルさんよ。

女の顔が曇る。

なかったか?ないだろうな。バロン・ライオネルなんてインチキ野郎はこの街にはいねえよ。

正しくはライオン野郎だよ、と君は心の中で注釈を入れた。

あんたは俺の体から魚の匂いがしたから、海の側に住んでる。そう思っただけだ。

あっちにいる真っ黒な服を着た陰気な奴は、俺の相棒で、本物の魔術師だ。占いくらいわけないぜ。

褒められてるのかけなされてるのかさっぱりわからないな、と君は思った。

相棒になった覚えもなかった。

いまから俺はあんたがインチキだって言いふらす。そして相棒があんたに代わって商売させてもらう。

道具を見ていた君の肩をポンと叩いて、ケネスは部屋を出て行く。君もその後をついていった。


出て行っていいにゃ?

あいつが俺たちが探している魔術師なら何かしてくるはずだ。

そう言った矢先に、どこに隠れていたのか奇妙な覆面をした男たちがぞろぞろと現れた。

おや、まあ……気の早いことで。黒猫、コインで決めるぜ。俺は表、お前は裏な。

ケネスはポケットから取り出したコインを投げる。もう一度手に戻って来たコインを君に見せた。

表だ。あいつらのことは相棒、お前に任せた。

コインで決められてもなあ……と思いながら君はローブの裾を払った。

そう言うなよ。コインの結果なら、諦めつくだろ。今日は運が悪かったんだよ。

成り行きはともかく、負けを取り返すにはちょうどいい機会だった。


今久留主好介はティーカップの水面に映る自分を見て、興奮していた。

いや、正しくは、全てを見透かしてしまう自分自身の得体の知れぬ実像に、恐れ、戦き――

興奮していた。

今久留主は飲み終えたティーカップをテーブルに置き、その劣情に似た炎で燃える瞳でリーリャを見すえた。

リーリャさん、そろそろすっぽんぽんになっては如何ですか?

一同が今久留主を、何言ってんだ、こいつ、という目で見た。

は? え? どういう意味でしょうか。

貴方は、リーリャ・ヤロスキなどという名前ではないでしょう。そして、ヤロスキ夫人も貴方の母親ではない。

恐らくあの方は、貴方の乳母、あるいは長く仕えている専属使用人と言った所ではありませんか?

どうしてそう思われるのですか?

手ですよ。夫の資産を受け継いだ女主人に水仕事に馴れた手をしている。手首には火傷のあともあった。

しては、何より未亡人であるにも拘わらず、僕が興奮しない。彼女は未亡人でも、母親でもない。

詮索するつもりはありませんが、10年前粛清されたL皇国の王家の中に難を逃れた少女がいたという都市伝説もありますね。

その少女は6才だったとか?貴方はいま、いくつですか? 肌の肌理、骨格の成長具合。16才といったところですかね?

今久留主の詰問を制止するようにヴィッキーが割って入る。

若先生、何が言いたいの。

犯人もきっと同じことに気づいたんじゃないでしょうか? ヤロスキ夫人と懇意になるうちにね。

占いならそれとなく秘密を探ることが出来ますね。となると、ケネスたちの情報次第では犯人は確定するな。

サロンのドアが開いた。

おーい。帰ったぜー。まー、間違いなくあいつはカタギじゃないな。ちょっとからかったら、手下をけしかけてきやがった。

逃げ切ったのか?

蹴散らしてきたぜ。俺と黒猫でな。

この人、何もしてなかったけどなあ、と君は思った。

もし相手の狙いが〈神農の腕輪〉なら、それを渡しても構いません。

立ち上がり、毅然とリーリャは言い放った。

命を狙われたのは、わたくしの母代わりの使用人ではありません。いまは、彼女がわたくしの母なのです。

それを守るためなら、高い代償ではありません。

パチパチパチとケネスがなおざりな拍手を数回打った。

いい心がけだと思うぜ。ただ、いい考えじゃない。この手の悪党を相手にした時に絶対にやってはいけないことがある。

要求を受け入れることだ。相手はまた別の要求をしてくる。際限がないぜ。

ここは我々に任せてもらえませんか。ただの新聞社だが、少しコネがあるんですよ。

あたしも知り合いの腕っぷしの強い人にお願いしてみるわ。きっと手を貸してくれると思うの。

あの占い師をのさばらせておくと、自分の評判が悪くなる。と君は言う。

そして、手伝うよ、と続けた。

皆さん……ありがとうございます。



では、僕は工部局の方に知らせに行きますので、ここで失礼します。

今久留主が去ると、ヴィッキーは拳を鳴らした。

その魔術師だけはあたしがぶっとばすわよ。あの子にちょっかい出す奴は許さない。

いつも誰かをぶっとばすのはお前の役目だ。言わなくてもわかってるよ。

もうひとりの魔術師もぶっとばしたもんね、と君は冗談めかして言った。

その通りだな。さて、それぞれ準備を始めよう。我々は正々堂々、真っ向勝負だ。


「これは……。」

扉の前には桃の木の枝が落ちている。その枝は、荒々しくふたつにへし折られていた。

どこか挑戦的で、好戦的な、暗喩が込められているようだった。




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story7 狙撃者の白昼夢


君たちは〈魔術師〉の道具屋の前に集まっていた。

周囲は夜の静けさと寂しさに支配され、時折聞こえるのは犬の鳴き声と夜行性の生き物たちのささやきだけだった。

ヴィッキーとギャスは裏口に回ってくれ。

散った仲間からの合図を受けて、ケネスがドアに手をかける。するりと何の手ごたえもなくドアは開いた。


なんだよ。逃げちまったのか? 案外だらしねえ奴だな。

悪態をつきながら、ケネスは窓際に背をもたせ掛けた。

大きな月がこちらを見つめている。その下の屋根の上で何かが光る。

あれは……〈魔術師〉にゃ。

猫独特の夜目が効くウィズがそう言った。ケネスは慌てて振りかえると、すぐに声を上げた。

みんな!伏せろ!

君は指示通りにすぐさまその場に伏せた。

が、肝心のケネスが伏せていないことに気づき、彼のマントを引っ張り、引きずり倒した。

瞬間、窓がひとりでに割れて、さらにその先にあった花瓶が破裂した。

狙撃だ……。

まずいな……。

これじゃあ、まるで袋の鼠じゃない。

その言葉に合わせたように矢継ぎ早に銃弾が撃ち込まれた。

君たちは這いずりながら、机の裏、家具の後ろに逃げ込む。

銃撃の雨が降り終わると、ギャスパーが手元の妙な道具で何かを作り始めた。

(デコイ)を作る。そっちに気を取られたら一気に部屋を出るぞ。

みるみるうちに、精巧な人の頭が出来上がった。それを机の上に置いてみるが……。

反応はないな。まあ、いい。いまがチャンスだ。逃げるぞ。

と、ギャスパーが身を乗り出すと、鋭い銃弾が彼のつま先をかすめた。

どういうことだ。偶然か? まさか正確にこちらの動きを把握しているのか?

どう答えていいものかわからないまま、君たちは沈黙した。

わずかに夜の静寂を取り戻した部屋の中に、文明の呼び声が轟いた。電話だった。

一同を見回し、一番近くにいたケネスが受話器を取り上げた。

実像を失った世界から声が届く。女の声だった。

”貴方の相棒に言いなさいよ。意味のないデク人形をシコシコ作るのはやめなさいってね。

貴方たちのやろうとすることは全部お見通しよ。私には未来が見えるの。

数秒先だけど、でもそれで充分でしょ?

貴方たちが大事な部分を丸出しにした瞬間、お漏らしすることになるわよ。赤くてどろりとしたやつをね。

あー、そうかい。俺は丸出しにして喜ぶ趣味はないんで、遠慮しておくよ。

ケネスは電話の内容を君たちに伝える。相手は話に聞いていた怪人という妙な力を持つ人物だった。

君はやりにくい相手だな、と思う。

ふとケネスの傍に何かのカードが落ちていることに気づく。彼の持ち物だろうか。

落ちているカードに手を伸ばし、わずかに指先が触れた瞬間、君にはわかった。

使える、と。

なに、こそこそしてんだよ、黒猫。あ、それ、俺のカードだぞ。何取ってんだよ。

君はケネスにこのカードをどこで手に入れたのかと尋ねる。

俺が相手の力をぶんどった時に、パンチカードが変化して出来たんだよ。それがどうしたんだ?

君は自分がこのカードを魔法として使うことが出来ると教える。

クエス=アリアスと同じようなカードが生まれてしまったのかもしれないにゃ。まったく可能性がないわけじゃないにゃ。

おい、ちょっと待て。そのカードを使えるってことは。……いいこと考えた。おい、みんな聞いてくれ。


照準器の向こうには動きはない。きっとこそこそといけない遊びをしているのだろう。

だが、何をしたところで意味はない。自分には未来が見えている。

ほら、とっとと出しなさいよ。大事な部分をさ。

頬と肩に挟んだ受話器から声が聞こえてくる。

”おい。ユーリだったっけか? どうだ賭けでもしないか? お前が俺を殺せるか殺せないかだ。”

……いいわこの状態で逃げ切れるなら逃げてみなさいよ。ケツにぶち込んであげるから。

俺は逃げるのは好きだが、ケツを撃たれるのは嫌いだ。頭をやってくれ。

照準器の向こうに、人影が写る。だがこれは囮だ。白い服の男がシコシコ作ったデク人形。

ユーリの脳中に鮮烈な映像が白昼夢のように現れる。次に机の裏から、出てくるのが本命、黒い服の男。

白昼夢の想像が混ざり合う。

引き金が引かれ、窓ガラスを貫き、弾丸が飛び出す。男の眉間に突き刺さる。

やだもう……ぐちゃぐちゃじゃない。

幻は現実によって打ち壊される。

弾丸はケネスの頭を捉えた。

それを確認した君たちは次弾が準備される前に、部屋を飛び出した。


>いまにゃ、一気に距離を詰めるにゃ。

>もう少しにゃ。


照準器から目を外して、状況を確認する。

他の奴らは部屋から出たか。

だが焦る必要はない。ここに来るまでに仕留めればいい。


再び照準器を覗き込んだユーリは、声もなく叫んだ。

頭を撃ち抜いたはずの男がヨロヨロと立ち上がっているのだ。

仕留め損なった? いや、撃ち抜いたはずだ。

”俺はまだ……死んでねえぞ。どうした? 何驚いているんだ? 次はしっかり狙えよ。”

男は銃を持ち上げ、こちらに狙いをつける。想像を超えた出来事に思考が停止する。

本来ならすぐに狙撃の動作に移らなければならないはずが、動けなかった。

男の銃が火花を吹く。

弾丸は耳に轟音を残して、顔の隣をかすめていった。

”ハズレ。あんまり銃は上手くないんだよ。”

目が覚めたと同時に、狙撃の動作に入る。脳裏に幻が浮かび上がる。再び男の頭に銃弾は直撃するだろう。

引き金が、幻と現実を引き合わせる。

頭を撃ち抜かれた男は仰向けになって倒れた。

今度こそ死んだはずよ。

しかし、男はむくりと起き上がる。

”残念、まだ死んでないぜ。”

…………ッ!!

完全なパニック状態ながら、長年培われた動きは乱れることはない。

狙いを定める。再び、照準の中央に男の頭を捉える――

はずが、なぜか碧の光がこちらを見つめていた。生き物のようにそれはコロコロと動いた。

猫の目だ。

にゃは。面白そうな道具にゃ。

ユーリは慌てて起き上がる。

おっと、それは置いていって貰おう。

銃は白い服の男に踏みつけられ、諦めるしかなった。

腰からポケットピストルを取り出し構えたが、銃口は宙をさまよった。

囲まれていたからだ。3人に。

く……くそ。

君はカードを手にし、戦いに備えた。



動くんじゃないわよ!

君の動きを制するように、ユーリは銃を撃つ。

私には未来が見えるのよ。あんたらがどう動こうとしても、私はその先を行くのよ。

わかった? わかったら、おもらしでもしなさいよ。泣いて許しを請いなさい。絶対に許さないから。

何でもいいからとっとと撃ちなさいよ。

銃口がヴィッキーヘと向けられる。

口を慎みなさいよ、このアバズレ。あんたなんて、こいつ一発ぶち込んだらただの糞袋に成り果てるのよ。

だから撃ちなさいって。

かわそうったってそうはいかないわよ。私にはわかるのよ、あんたが右に逃げるのか、左に逃げるのかがねえ!

撃ちなさい。

ユーリの脳裏に幻が浮かび上がる。目の前の女が右に逃げるのか左に逃げるのか。幻がそれを教えてくれるのを待った。

意外なことに幻が教えてくれたのは、這いつくぱり、胃液を吐き出し、地べたを証める――

――自分だった。

なに? これ?

思わず引き金を引く。現実が幻を追い越していく。

ヴィッキーは回転しつつ前に出る。放たれた銃弾を最小限の運動でかわし、前を向き直ると銃を持つ手を取った。

取った手を絞るように内へと引き寄せる。

小さな竜巻となったヴィッキーに巻き込まれた相手を待ち受けるのは、回転力が加わり、打ち出される。

掌底。

はぁっ!!

人体の殆どは水である。ゆえに拳法の術理のひとつに、人体を水袋と考えるというものがある。

外の袋を突き破るか、中の水を揺らすか。掌底は中の水を揺らす拳である。

水は揺られ、洪水を起こし、堰は破られる。

う、うええええええ……!


何秒か先が見えても、あなたが反応出来なきゃ意味ないんじゃない?

君はあの早業を身を以て知っていた分、相手が悪かったな、と思わざるを得なかった。

お。何だ、終わってるじゃねえか。

お前こそ、怪我はないのか?

食らった時はちょっとクラクラしたけど、大したことねえよ。

君はケネスから受け取ったカードを見た。

話によると体を硬質化させる敵だったらしい。それと殆ど同等の魔法をこのカードは使えた。

カードの魔法で硬質化させたケネスを囮にして、相手との距離を詰める。

成功したからいいものの、大胆すぎる手だ。しかし、それを戦いの中で考え実行する。

ケネスという人間の凄みのようなものを君は感じざるを得なかった。


さてと、賭けは俺の勝ちだな。お前の力も頂くぜ。

ケネスが宣言すると、紫の煙が彼の持つカードに吸い込まれていく。カードは君が渡した未契約のカードだ。

煙を全て吸い込むと、カードはパキパキと細かく音を立てて変化していった。

ある種の契約の形なのかもしれないにゃ。クエス=アリアスの魔法は異界の力を借りているけど、あれは同じ世界の力にゃ。

相手の力を強引に奪い取るしか方法はないかもしれないにゃ。

そのカードを黒猫が使えるっていうんだから、不思議な話だな。でもまあ、今回はお前の魔法のおかげだな。

君は2発目を弾けるとは思わなかった、と率直な感想を言った。意外と効果が長かったな、と。

は? じゃあ、2発目で頭を撃ち抜かれてた可能性もあったのか?おいおいおい、それは最初に言えよ!

聞かれなかったし、起き上がって2発目を受けるとは思ってなかったから。と君は返す。

ケネス、お前の悪い所が出たな。だが、いい所も出たじゃないか。意外と運がいい。

ああ、今日くらいは神様に礼を言わなきゃな。



その夜、月明かりが差し込むベランダから、秘密の来訪者が現れた。

こんな時間に起きてるなんて、また夢遊病かしら?

いえ、違います。少し眠れなくて……。

それなら今日はもう安心して眠ってもいいわよ。〈魔術師〉はあなたたちを狙わないわ。狙えないって方が正しいけど。

貴方が退治してくれたんですか?

ま、そんなところ。あたしが狙った秘宝を奪われたくなかったのよ。じゃ、帰るわね。

月明かりのヴェールの奥へ踏み出した女義賊を、リーリャは呼び止める。

いつか、貴方と一緒に夜の散歩がしてみたいです。貴方みたいに軽やかに宙を飛んで。

ヴィッキーさん、貴方のように。

女義賊はニコリと笑って、夜空の向こうへ消えていった。



そうですか。今回の〈魔術師〉の逮捕も先生のお手柄だと思っていたのですが、違うのですね。

ええ。真相は以前皆さんの前で語った通りですが、逮捕はしていません。彼女は工部局の前に捨て置かれていましたからね。

きっとどこかの正義の味方が懲らしめてくれたのね。

そうかもしれませんね。あまり感心はしませんが。正義というのは人の数だけありますから。

ところで、我らの〈魔術師〉殿はどこへいかれたのですか?

ケネスに仕事場を案内させています。もうすぐ帰ってくるでしょう。

示し合わせたようにカイエ社のドアが開いた。

毎朝会社に来たら、まずこのタイムカードを押す。んで、帰る時にも押す。これが現代的な労働ってわけだ。

君は恐る恐るカードを奇妙な機械の中に差し込む。取り出すと、まるで魔法のように現在の時刻が印字されていた。

毎日決まった時間に来て、仕事をして帰る。それを繰り返すことで、週の終わりに決まった額のお金がもらえるらしい。

よくよく考えてみると、そんな働き方をしたことがなかった。少し妙な気分にもなるのは当然だった。

先生、改めて紹介しますよ。うちの新入社員で、オカルト担当記者です。主に占いの記事を担当してもらいます。

ギャスパー、ヴィッキー、今久留主。そして、ケネスも。みんな、歓迎の笑顔を君に向けている。

よろしく頼むぜ、黒猫記者さん。

こちらこそよろしく。と君は返した。


 ***


静かな午後に電話の音が鳴り響く。

「はい。もしもし?」

”おじいさんの口からくびが出てきました。それ、なんて「くび」?”

「は?どなたですか?」

”残念。不正解です。”

と、言った途端、電話はプツリと切れた。

そのわずかな時間は、得体の知れない世界に繋がってしまったかのようだった。

――まるで何かの間違いのように。





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