【黒ウィズ】その光は淡く碧く 第二章 Story
2016/12/22 |
目次
登場人物
story1
皇帝シャロンを乗せた馬車が到着する。
停車予定地で待っているのは、シャロンを守る皇の剣(おうのつるぎ)――テオドール・ザザ。
「シャロン様。 お帰りなさいませ。」
テオドールは、細く長い身体をしなやかに折り曲げ、馬車を降りてくる皇帝に頭を下げた。
「ご苦労様。テオ。」
短く返事をするシャロン。その表情には、まだ緊張が残っている。
だが、不愉快さや怒りは滲ませていない。きっと今日も意義のある交友に終わったのだろう。
「疲れました。私室に戻ります。」
宮廷に戻るシャロン。背後から付き従うテオドール。
「今日は……あのお方に、昔の話を聞かせてもらいました。」
「それはよかった。ライオット様とシャロン様はお年も近い。
きっと話も合うのでしょう。楽しいお時間を過ごせたと、顔に書いてあります。」
テオドールは、自分に新しい友が出来たかのように喜んだ。
「テオったら、からかわないでください。
でも本当に、あのお方は、わたしの知らないことを沢山知っておられます。」
シャロンの表情が、少し曇った。
「宮廷の外のことも……。わたしが皇帝になる以前のこともご存知でした。」
「シャロン様は、幼くして帝位にお付きになられた。その時は、ライオット様もご幼少であられたはず。」
シャロンが皇帝になる前のことを知っているとしても、子どもの記憶にすぎないと高をくくる。
「ええ、テオの言うとおりだわ。わたしが、帝位に就いた時は、あのお方も幼かった。
でも……やはり、わたしはあのお方と、本当の友にはなれないのかもしれません。」
なにか懸念があるのか、うつむいて小さくため息をつく。
「なぜでしょうか? これまでシャロン様自ら、何度も会いに向かわれているということは――
ライオット様とは、かなり気脈が通じ合っているものだと思っておりましたが……。」
前を行くシャロンの足が、ぴたっと止まった。
もう宮廷は目の前だ。こんなところで立ち止まる理由はないはず。
「……これは、テオには内緒にするつもりでした。でもやはり我慢できません。」
「なにかございましたか?」
「あの方、今日も失礼なことを言ったのですよ!」
と、皆骨に怒りを露わにする。
「『皇位継承に尽力したのは、我がケルタ家です――
シャロン様が、皇帝の地位にあらせられるのは、我々のお陰。少しは感謝して欲しいものです――』
そんなことを言われて、わたし、なにも言い返せなかったの。」
テオは、頭を抱えた。
ライオットが身分の違いを弁えない礼儀知らずなのは、舞踏会でシャロンと出会った時からだったが。
(皇族の中でも、変わり者だとの噂ですし……。懸念はしておりましたが……
皇族のー員だからといって、皇位に就けたことを感謝しろとは――僣越(せんえつ)きわまる物言いですね)
「わかりましたシャロン様。明日、私がライオット様に会ってきましょう。」
「もしかして……ライオット様を叱りに行くの?」
「まさか、皇の剣とはいえ、同じ皇族の方を叱りつける権限などございません。
シャロン様にあまり無礼なことを仰らないよう、やんわりと釘を刺して参ります。」
「やんわりと……ですか?
「はい、やんわりと。」
story1-2
テオドールの手には、紋章がある。
それは舞踏会の時に、ライオットが身分を従者だと偽ってシャロンに近付いたときに手渡したものだ。
紋章は、皇族の一員である『ケルタ家』のものだと、テオドールには一目でわかった。
(シャロン様も、お年頃。ましてや、あのお美しさ。御交友を深めたいと思う異性がいても不思議ではない。
ましてや、その相手が皇族の一員とあらは、私には遮る理由も権利もない)
テオドールは昔のことを思い出す。
「わたしの見る世界は――未来は、あなたの見る世界で、未来なのよ。」
(お言葉は嬉しかった……。だが、シャロン様を籠の鳥にしてはいけないのだと、その時私は気付いたのだ)
だから、ライオットとの交流を始めるように積極的にシャロンに提案したのだ。
ライオットは、変わり者だが、正義感のある御仁だとも聞く。
(きっとシャロン様に新しい世界を見せてくれるお方。実際、シャロン様も興味をもたれた……
しかし、あの発言は看過できない――)
待合室にひとりのメイドが音もなくやってくる。
「おっまたせいたしましたー! ライオット様のお部屋までご案内いたします!」
(気配を感じなかった。この子、ただのメイドではない……?)
「お噂は、耳にしております。陛下の「剣」は、大層な美丈夫であると。
きゃ! ミーったら、ご本人を目の前にして、なんてことを! この口が悪いのね!? えいえい!」
(賑やかな子だ。年はシャロン様よりお若いようだが……
それにしても、美しい髪だ。メイドにしておくのは勿体ないほどです)
「さ、どうぞこちらへ。」
(テオ様が、私の髪を見てる!?テオ様がいらっしゃると聞いて、お姉様に梳いてもらってよかったー!)
案内されて通された広間には、目的の人物が待ち構えていた。
「ミー、お前の話し声が、こっちまで丸聞こえだったぞ?」
「ひっ! すいません、ご主人様! 憧れの人に会えた勢いで、つい口が滑りまくってしまいまして……。」
慌てふためくメイドを叱るでもなく、目の前の若者は、優しく微笑んで下がらせた。
(この御方がライオット・ケルタ様。こうして相まみえるのは、はじめてのはずなのに――
最近シャロン様のお話によく出てこられるせいか、初対面とは思えないですね)
「テオドール殿! よくお越しになられた、と言いたいところだが……俺に抗議に来たのだろ?」
単刀直入だった。
どうやら、形式だけの挨拶などは嫌う御方のようだ。
「ご承知ならば話が早い。陛下にお仕えする者として、お願いいたします。
今後シャロン陛下には、世俗の生々しいお話などなさらないでもらいたい。」
シャロンには、皇位継承時の醜い権力争いなど知って欲しくなかった。
それに、今更知ったところで意味のないことだ。
「それと、ケルタ家のお陰でシャロン様が皇位に就けたと仰るのは――
身分の差を弁えない、乱暴なお言葉に聞こえますが?」
口調は穏やかだったが、言葉には明らかな不快感が宿っていた。
「だが事実だ。そう言うテオドール殿こそ、シャロン陛下に対して無礼ではないか?
龍の鳥として、いつまでも無垢なままでいて欲しいと願うことこそ、陛下に失礼だと思うがな。」
テオドールの抗議など、はじめから織り込み済みだと言わんばかりの態度だった。
「シャロン陛下とお話して分かった。あの御方は、なにも知らない。いや、知らなすぎる。」
ライオットは、どことなく悔しそうだった。なぜそんな顔をするのかテオドールには、理解できない。
「陛下には、テオドール殿という素晴らしい剣があり――その御身は安泰だが……。
敵はなにも、剣や矢で直接陛下を狙うとは限らないのだ。」
「それは私も同意します。シャロン様の心と身体……両方をお守りする者が必要です。」
シャロンの身は、テオドールが剣として全身全霊で守り切る。
もう一方の『心』を守る者こそ、ライオットがふさわしいのでは、と思っていたのだが……。
(刺激も度が過ぎれば、ただの毒だ)
「どうやら、俺はテオ殿に嫌われたようだ。その美しいお顔に、不快な色が宿っている。
わかった。ここは、俺が折れよう。
わざわざお越しいただいたテオドール殿の顔を立てて、あなたの抗議をお受けしよう。」
ライオットが手を叩く。
すると、先はどのにぎやかなメイドが再び現れた。
「なんですかご主人様? え? テオドール様、もうお帰りになるんですか?
そんなー。ケルタ家自慢の薬草風呂で疲れを癒やして頂こうと、準備していたところなのに……。」
「それは、またの機会に……。」
「それでは、玄関までお見送りします。次にお会いするまで、ミーの美しい髪を忘れないでくださいね?」
「もちろんですよ。」
ミーに案内されて、ライオットの前から立ち去る――
「テオドール殿。もうひとつ、あなたにお話したいことがあるのを忘れていた。」
「なにか?」
「俺に仕えないか? ケルタ家の領地の半分を貴殿に差し出すが……どうだ?」
唐突な申し出。テオドールは眉一つ動かさずに……。
「私を……本気で怒らせたいのか?」
(しまった……。つい、昔の癖で……)
しかし、ライオットは怒るでもなく、むしろわずかな笑みすら湛えていた。
その余裕の表情。テオドールの反応を楽しんでいるようにも見えた。
「ふふっ、そうだよな。そういう反応をするよな。よくわかった。今のは聞かなかったことにしてくれ。」
story2 中級 煙火に断ち切られて
(あんな年下の若者に、つい昔の自分をさらけ出してしまうとは。大人げない振る舞いだった。
だが、ライオット様のことがよく分かった。
確かに、あのお方は、人を引きつける不思議な魅力を持っている)
それを感じているからこそ、シャロンは何度も彼に会いに行っているのだ。
ライオットは、宮廷にいる誰とも違う性格の人物。
ライオットの言葉は、刺激的なだけにシャロンに新鮮な感情をもたらしてくれるのだろう。
「……と、いうわけなのです。テオ? わたしの話、聞いてますか?」
「はい。聞いておりました。」
「嘘です。だってテオったら、ずっと外を見ていたではありませんか。」
「さすがシャロン様。なんでもお見通しだ。」
からかわれたと思ったシャロンは、 怒ったように頬を膨らませる。
けどすぐに、気持ちを切り替えた。
「ケルタ卿に会いに行ったというのは、本当ですか?」
「ええ、会いに行きました。想像していたとおり、素晴らしい御仁でした。」
「あら、怒っているわけではないの? テオが、今日考え事ばかりしているのは――
ケルタ卿となにかあったのかと思ったのに……。」
あったと言えばあった。
シャロンに生臭い話をしないように釘を刺した。それに対してライオットは、最初難色を示した。
最終的にテオドールの抗議を受け入れると言っていたが、果たしてどこまで本気なのか……。
「シャロン様は、ライオット様のことをどうお思いになられていますか?」
テオドールの質問に、シャロンはしばし考える。
「とても素敵な方、だと思います……。それに、凄く正直な方です。」
正直、と聞いてテオドールは少し意外に思った。
「時に耳の痛いことも言われますが、その率直さは、わたしに対して正直であるがゆえ。
あのような方にお会いしたのは、初めてです。だから、まだ……なんとも言えません。」
困惑していながらも、ライオットに対して、後ろ向きな感情は抱いていないのがわかる。
(シャロン様が、このようなお顔をなさるとは……。以前よりも世界を広げられたのだろう)
それはとても喜ばしいことだった。
(しかし、なぜだろう? この微妙な胸のざわめきは……)
他人の話をするシャロンを見て、なぜかテオドールの心が揺らいでいた。
ライオットを妬む立場にはないことは自覚しているのに……。
「そういえば、私も素敵な方に出会いました。ライオット様にお仕えしているメイドです。」
黒い髪が特徴的なメイドのミー。彼女のことは、シャロンも知っていた。
「……ぶー。」
ミーの話をしただけで、なぜかシャロンは頬を膨らませる。
「珍しいですね。テオが、他の女性の話をするなんて……。
よっぽど、ミーさんが気に入られたのですね?」
冷たい視線。露骨にシャロンは、面白くないという態度を取る。
それを見てテオドールは、心の中でほくそ笑む。
(ふふっ。シャロン様もまだお若いてすね。感情を表に出しすぎる……)
シャロンがこんな顔を児せるのは、テオドールだけだ。
わかっていながら、シャロンの心を試すような不敬なことをしてしまった……と、心の中で反省する。
「機嫌を直してください。
彼女の髪は、とても綺麗でしたが、まだよくわかりません。
陛下がお気持ちを害されることは、ありませんよ。」
「べ……別に、気を悪くしているわけではありませんから。お構いなく。」
こんなシャロンを見るのは、初めてだった。
その後、ヘソを曲げたシャロンは、3日間テオドールと口を利かず、テオドールを困らせ続けたのだった。
story2-2
「剣に感情を乗せて振るう。それが貴様の弱さであり、強みだな。
だが、それでは俺は超えられん。それでいいのか、テオドール?
強さを求めるなら、感情を殺せ。漬る命の輝きに頼り、その場しのぎの強さだけを求めるな。
それは真の強さではないのだ。
氷塊の中で永劫に眠り続ける、枯れることのない花のような達観。
求める強さは、その奥にある――」
テオドールの剣の師は、いつもそのような話をしていた。
師は、テオドールより若かったが、間違いなく一つの高みに到違していた。
問題なのは、なぜ突然こんな昔のことを今になって思い出したかだ。
(ライオット様の本音が、計り知れない。一体、なにを考えておられるのか……)
このタイミングで、シャロンに接近したのは、なにか狙いがあってのことではないのか?
その疑念が、ずっと心に残っていた。
宮廷のどこかが騒がしくなった。
焦げた臭い――
テオドールは、即座にシャロンの元に駆けつけた。
「テオ? なにがあったのです?」
無事なシャロンの姿を見て、まずは安堵する。
「宮廷内のどこかで火が上がったようです。シャロン様は私の傍を離れませぬようお願いします。」
シャロンは、不安そうにテオの服の袖をつかんでいた。
そこへ、少数の兵が姿を見せた。
宮廷を警護する兵だが……。どことなく、挙動が不審だ。
「そこの兵たち。お待ちなさい――」
警護兵たちは、テオドールに呼び止められ、一斉に浮き足立った。
「宮廷に火を放つ謀反人を捕らえたのは、テオドール殿ですか? さすがは、皇の剣。良き働きである。」
テオドールは、深々と頭を垂れた。
目の前にいるシャロンとほとんど年が変わらないこの少女は――サクシード・レグア。
レグア家も皇族に連なる由緒ある家柄。その若き当主が、このサクシードだった。
「シャロン陛下もご無事でなによりでした。」
「は、はあ……。」
こんな年の近い皇族がいたことを、シャロンは今まで知らなかったようで……どうしたものかと戸惑っている。
(シャロン様、ここは堂々と、夜分に集まってくれたことをねぎらうべきです)
こっそり耳打ちする。
「み……皆の者、夜分遅くご苦労でした。幸い、火も即座に消し止められたようで……。
大事にならずに済みました。皆の働きのお陰です。」
「テオドール殿が捕えた下手人は、本来ならば宮廷を警備する者たち。
なぜ、陛下の御宸襟を悩ますようなことをしたのか、しっかりと取り調べると共に――」
なぜかサクシードは、テオドールの方を向く。
「彼らの背後にいる黒幕を突き止め、真実を突き止めなければいけませんね。
サクシードの言葉が終わると同時に、彼女が引き連れていたレグア家の兵が……。
「この兵たちは、なぜ私を取り囲むのです?」
「宮廷警備の責任者は、テオドール殿です。捉えた下手人たちも、あなたの管轄下にある兵。」
「そんな! テオが犯人だと言うのですか?」
「陛下、この件は私めにお任せを……。我がレグア家は、代々大審院の長を務めてきた家。
世の歪みを正し、陛下のお心を案じ奉るのは、私どもの責務でございますゆえ。
全て私にお任せください。」
「シャロン様……。心配なさらないでください。誤解は直ぐに解けます。それまで御自重ください。」
「テオ……。」
「テオドール殿、申し訳ないが、少しお話を聞かせて頂く。さ、私と共に参られよ。」
story3 上級 主役なき舞踏会
地下牢に幽閉されたテオドール。
本来、皇の剣は皇帝の傍を片時も離れてはならないはずだが……。
(虜因の辱めを受けるとは。シャロン様に顔向けできない……。)
「反省するのもいいですが、それよりもテオ様は、ご自身の身をお案じください。
テオ様は今、反逆者の汚名を着せられようとしているのです。
反逆の意ありと見なされれば、即日死刑ですよ!? テオ様の首がごろーんと転がる所なんて見たくないです!」
「そのような心配は無用です。私かシャロン様に弓引くような愚を犯すわけが――」
「でもでも、どうやって潔白を証明されるのですか!? 火を放った下手人たちは、あっという間に断頭台に送られましたよ!」
テオドールは言葉を失いかけた。
まだ、本格的な取り調べが始まったわけでもないのに、犯人を死罪にするとは――
「早すぎますよね? テオ様は、どう思いますか?」
「犯人たちが、すでにこの世にいないとなれは、私が黒幕ではないと証明する者は、どこにもいないですね……。」
「そんなのんきなことでいいんですか!? うちのご主人様も、心配してましたよ!」
ミーの主人であるライオットは、今シャロンの腰衛についているらしい。
ライオットからの申し出らしいのだが……。
(あのお方が、お守りくださるのなら、ひとまず安心だが……。いや、安心していいのだろうか?)
「テオ様! ほっとしている場合ではありません!
このままですと、謂れのない罪をかぶせられて断頭台送りです!」
そう。問題なのは、テオドール自身だ。
このままシャロンと引き離されたままで、いいわけがない。
「シャロン様、ご安心ください。皇族、貴族たちの中には、陛下に弓引く不届き者は、おりませんでした。
レグア家が、保証いたします。」
そう言われても、一向にシャロンの顔色は優れない。
「テオは……いつ、解放されるのでしょうか?」
「テオドール殿が取り調べに非協力的なせいで、真実の解明に難渋しております。」
「あのテオドール殿が、協力しないなんてこと、ありえるかな?」
「ライオット、あなたはなんの権限があって、シャロン陛下の傍にいるのですか?」
「俺は頼まれたんだ。シャロン陛下に、傍にいて欲しいと……。ですよね?」
「……え、ええ。」
「まあいいでしょう。シャロン陛下、私どもにすべてお任せください。
私ども、家名は違いますが、元は同じー族同士。こういう非常時は、協力し合うのが当然でございます。」
「頼もしく思っております。ですが、皇族の皆様方とおなじく、わたしにはテオドールが――」
「あ、そうそう。私、いいこと考えました。宮廷の皆様を安心させるために――
舞踏会を開こうと思うのです。近々、本当の犯人も捕まるでしようし……。問題ないですよね?」
「大変です。テオ様! 大変ですよ!」
宮廷の様子を探っていたミーが戻ってきた。
「……舞踏会を開く? このような時に、シャロン様が許可されるはずがない。」
まだ放火事件の全面解決には至っていないはずだ。それなのに……。
「あのレグア家の御当主様は、相当なやり手みたいです!
事件の担当者として陛下に接近してから、瞬く間に宮廷の権力を掌握しちゃいました。どうされます?」
どうすると言われも、囚われの身である以上、テオドールにはどうにもできない。
ただひとつの願いは、シャロンと直接会いたい。
シャロンの不安を取り除きたいし……。なによりも、「剣」には収まるべき「鞘」が必要だ。
「これ以上の迷いは不要でしようね……。」
すると、選ぶべき道は、たった一つしかないことに気付く。
諸々の気遣いを捨てて、ただシャロンのことだけを考える――
「ミー、あなたにお願いがあります。」
「脱獄ですね? 実は、テオ様ならそう仰ると思って、準備してきました!」
黒い髪の中に無造作に手を突っ込む。取り出したのは、カギを開けるための道具。
(脱獄になるが、それも致し方ない。これも、シャロン様のため――)
冷静な顔をしながら、昔の若い頃の血が騒いでいた。
story3-2
宮廷は、華やいだ雰囲気に満ちていた。
この前の放火事件の騒動を忘れようとばかりに、貴族や皇族連中が、大いに着飾り、騒いでいる。
このような華やかさの裏に隠れている腐りかけた宮廷の雰囲気にテオドールは、目をつぶってきた。
高貴な連中の行いは、皇の剣である自分には、関係ないと思っていたからだ。
(シャロン様は、どこにおられる?)
テオドールにとって、脱獄は罪ではない。
シャロンを守れないことこそ、罪だと考えている。
「この会場にはおられないようですね。でも、皇帝陛下のいない舞踏会は、なんだか……。
陽の明かりの差さない世の中みたいですね。でも、私にとっての太陽は、テオ様おひとり……。
きゃっ! 言っちゃった! んもう、ミーったら口が軽いんだから。こいつっ!」
と、自分自身につっこむミーを尻目に、テオドールは会場の中を進んでいく。
(無視ですか!? やはり、テオ様はシャロン陛下一筋なのですね。
そういう頑なでー途なところが、また……す・て・き!)
(ここにいないということは、やはりお部屋か)
会場は、宮廷の警備兵たちが守っている。
彼らは、テオドールたちの姿を見るなり色めき立ったが、構わず先を急いだ。
「お急ぎのようだな、お嬢さん? どこに行くか知らないが、一曲俺と踊らないか?」
「何者です!?」
振り返ったテオドールを守るように、ミーが立ちはだかる。
「なんだよ、男か……。髪が長いから、女と見間違えちまったぜ。」
舞踏会に帯刀を許されている者は、この宮廷の警護兵か、皇族の守護者だけだ。
「レブン……。こんな場所であなたと出会うとは。驚きです。」
目の前にいるレブンという男。その立ち姿だけで、並の使い手でないことがわかった。
「テオ様、このお方は……?」
「俺もどうかしちまったぜ。不肖の弟子とはいえ、貴様を女と見間違うなんてな。」
「え? 弟子?」
「ご無沙汰しております、師匠……。と、ご挨拶をしたいところですが、少々急いでおりますので。」
(ええっ!? テオ様にお師匠がいたんですか!? 師とは、つまり……剣の師匠ですか!?
これは、初めて知る情報です!テオ様マニアの私としては、しっかりとメモしておかなければ!)
「そう急ぐな。俺は、久しぶりに会ったお前と話がしたい。
脱獄してどこへ行こうとしているのか、聞かせてくれないか?」
レブンが、剣の柄に手をかけた。
「……なぜあなたが、宮廷の警備兵のまねごとをなさっているのです?
世俗を嫌い、山奥に隠棲して剣の腕を磨くことのみを追求していたあなたが……なぜ?」
レブンの剣技は、世界中探しても比肩する者がいないと言われている。
テオドールさえも、レブンには敵わなかった。
いや、テオドールに強さの種を植え付け、育てたのがこのレブンだった。
「世に乱れがあれば「剣」は必要とされる。それゆえよ……。」
テオドールの存在に気付いた警備兵たちが、援軍を呼び、態勢を整えようとしている。
「すまないが、立ち話をしている暇もないようです。再会を祝うのは、のちほど。」
「このまま大人しく行かせる俺だと思うか?」
会場の雰囲気が暗く沈んだ。
テオドールを取り囲む、無数の殺気。
この会場の至る所に、レブンの配下が潜んでいたのだと気付くには遅すぎた。
「ミー! 力尽くで突破します! ついてきなさい!」
「もちろんです! テオ様のためなら、地獄の底までお供します!」
story4 封魔級 若き皇帝
story1-2
story5絶級 絶海に浮かぶ魔宮
story1-2
story 覇級 折れた剣
story1-2
その光は淡く碧く | |
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第一章 ~皇帝と剣~ | 2015/12/24 |
初登場 テオドール (ウィズセレ) | 2014/03/31 |
初登場 シャロン (ウィズセレ) | 2014/04/14 |
シャロン&テオドール (3000万DL記念) | |
第二章 ~儚き聖域~ | 2016/12/22 |
最終章 ~終極の聖祈~ | 2017/12/24 |
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