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【黒ウィズ】天上岬【バックストーリー集・後編】

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作成者: にゃん
最終更新者: にゃん

ファラフォリア



……困ったことになった。

積年の恨みの相手が、まさか我を守っていたとは。

「私も知らなかった。"とこしえの樹"が生まれ変わって、樹の記憶が流れ込んでくるまで。あなたが樹の力を抑えていてくれたことも」

一面の闇が広がる世界の中心で、"とこしえの樹"の姫君……エテルネは苦笑しながらつぶやく。

それに対し、我も穏やかな言葉でこう返した。もう、互いに敵意は微塵も抱いていない。

「我々は……ただ、知らなすぎたのだ。お互いのことを」


闇は、光に弱い。それは当然のことだ。だから、"とこしえの樹"は我々の棲むこの世界……"夜"を、その花の蕾に隠し、今まで守ってきた。

"とこしえの樹"が生え変わる時、樹は今まで貯めこんできた魔力と力を全て使い、花を咲かす。その時、我がつかの間外へ出られるように、解き放たれた"夜"を支え……朝焼けと共に新しい命を咲かせる。

それが、真の"とこしえの樹"が持つサイクルだったのだ。


「しかし、良いのかエテルネ。お前はもう、戻れないのだぞ」

「……ううん、いいの。お別れはもう、済んでるから」

あの時、エテルネはその身を一本の花枝に変えたのではなかった。

彼女は我と一緒に、この"夜"という閉じた世界へと来るために……ただただ、この真実を伝えるためだけに、天上岬と決別したのだ。


定命のうちに、二度と戻れないと知りながら。


「知らなかった。あなたが大きくなりすぎる"とこしえの樹"の力を吸い上げて、ずっと、ここで受け止めてくれていたなんて」

「我はただ生きるために必死だっただけだ。それは意図したことでは……」

「でも、あなたが居てくれたお陰で、天上岬は保たれているのよ。平和で、美しい形に」

そこまでいうと、彼女は苦笑した顔のまま、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

「本当に長い間……長い、あまりにも長い間、あなたを閉じ込めていて、ごめんなさい……!」

泣き声混じりの声で、エテルネは我にすがりつきながら言う。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」


……困ったな。我以外の生き物など、触れるのは初めてだ。

我は、彼女の髪を、指先でそっと撫でてやる。あまりに小さなその体を、傷つけないように、壊さないように。

「……いいのだ、お前が気に病むことではない。もう、過ぎたことなのだから」

「でも……それでも、私はあなたに謝りたい。過ぎたことかもしれないけれど……積み重ねた時間が、あなたと私を作っているんだから」

……なんという慈愛の心だろうか。我はそれに気づかず、ただ恨みを重ねていたのか。物言わぬ"とこしえの樹"が、エテルネという存在を生み出そうと考えるほどに……!!


……しかし、だからこそ我はやはり"とこしえの樹"を許すわけにはいかない。

確かに言葉でしか伝わらないことはある。だが、ただの言葉を伝えるためだけに、樹がエテルネを産んだとしたならば……それはあまりにも、むごいではないか……!


「……お前に感謝しなくてはな」

我はそっと、エテルネをきしむ手で包み込む。

「ファラフォリア? 何を……!」

言葉を紡ごうとするエテルネを、手の中に閉じ込め、我は"夜"の魔力を込める。すぐに声は掻き消え、エテルネは小さなタネへと姿を変えた。

「……このことは忘れん。”とこしえの樹”の姫に、最高の祝福を」


改めて言おう。我が名は"常闇の樹"ファラフォリア。"とこしえの樹"の仇敵にして、唯一の天敵。

貴様の思い通りの運命など、一切認めてたまるものか。

役目を終えたエテルネが、ここで枯れることなど、容認してたまるものか!


我が産む、"とこしえの樹"――エテルネから作りし一粒のタネよ。

夜を越え、光の下へ向かうがいい。





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ファム・リリー



私、困ったなぁ、って思ってる。

しばらく放っておいて欲しいのに、フェルチお姉さまが外に行く準備をしろってうるさかった。

(……お姉さまの言うことだし、聞いとこうかな。はぁ……もうなんだか面倒くさくなってきたなぁ)

そう思いながら、のそのそと準備をして、お姉さまについて行くと、"とこしえの樹"から程遠くない森へと連れて来られた。

「ファムさま……」

そこにはアネーロやベアード教授、ブレドやカルテロ、ソリッサたちも居て、私を見るなり驚いた顔でソワソワとしはじめる。


……私は、その皆の姿を見て、少しイライラし始めていた。


「……なんなんですか、皆そろって。放っておいてくれてもいいじゃないですか」

自分で言うのもなんだけれど、私はそんなに怒りっぽい方じゃない。というか、ほとんど怒ることなんてない。

でも、もう我慢の限界だった。カッと胸の底が熱くなり、自分の気持ちが爆発するのがわかる。

「いつもの私に戻るまで待ってくれてもいいじゃないですか! 少し待ってくれればいいのに! ちょっとくらい落ち込ませてよ!」

もう、そこからは止まらなかった。言葉と一緒に、私の目からは涙がポロポロと落ちていく。

この天上岬のどこからでも、"とこしえの樹"は見えてしまう。その頂上に咲いているあの子のことを見上げる度、太陽が目に染みて、夜のないこの場所のことが嫌いになってしまう。

それが心底悲しかった。大好きなこの天上岬を、嫌いになってしまうのが。

「私だって、悲しいことがあったら落ち込むんだから!」

私は叫んで、工房に帰ろうと踵を返した。


「知ってるわよそのくらい!」

フェルチお姉さまの大きな声が、森を揺らす。

「落ち込んでるのくらい見たら分かるわよ! でもこっちは、一人でウジウジしてるファムを見るのが辛くて仕方ないのよ!」

お姉さまは私に向かって歩きながら、叫ぶように言う。

……お姉さまが本気で怒ってる姿を、私は初めて見た気がする。でも、それに負けないくらい私も怒っていた。

「じゃあどうすればいいんですか! 落ち込むなってことですか!?」

私は言い捨てると、皆に完全に背を向ける。放っておいてくれるまで、お姉さまとは口聞かないんだから!

そう思い、一歩踏み出そうとした、その時。


「私たちは一緒に悩んだり落ち込んだりできるって言ってんのよ、このバカァ!」

泣き声混じりのその声で、私の足は止まった。


「一人で抱え込まないでよ! 一緒に泣いたり笑ったり出来るでしょ!? 言葉にしてよ、ぶつけてきてよ!」

「フェルチお姉さま……」

「いつも隣にいるのに、なんでこういう時に頼らないのよ……バカァ……ファムのバカ……!!」

私と同じように、涙をポロポロこぼしながら、フェルチお姉さまは私に叫ぶ。それを見て、私はハッと気付いた。

……そうだ、言葉にせずに、何も伝えずに、ただ塞ぎこんでいたのは、私。

拒否されても、跳ね返されても、フェルチお姉さまは私に何度も踏み込もうとしてくれていた。

傷つきながら、泣きながら、手を伸ばそうとしてくれたのに――!

「――ッ、お姉さま!」

座り込んでしまったお姉さまに、私は思わず駆け寄った。

そして、それを見つけたの。


……皆の後ろに咲く、大きくてたおやかな花を。

そこですやすやと眠る、見覚えのある、あの子の姿を。


「……ねえ、ファム。今度からは、落ち込んだりしたら、お姉ちゃんたちにも相談してよ」

困ったなぁ、皆がいるのに、涙が止まらない。息が出来ない。胸が苦しい――!

言葉が出ない私に、フェルチお姉様は優しく語りかける。

「今日みたいに、奇跡くらいなら起こせると思うからさ」



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とこしえの樹のタネ



どうしよう、どうしよう……!

お母様が私を抱きしめたまま離してくれない。

「お、お母様……?」

困ったことに、私が声をかけても、お母様は返事をしてくれない。ただずっと、私に抱きついているだけで、何も言ってくれないし、手を離してもくれなかった。


「あの、私……勝手に居なくなっちゃって、ごめんなさい」

「いいよ、そんなこともうどうでもいい!」

私を抱きしめたまま、お母様は叫ぶようにそう言う。怒られているような気がして、私は心底申し訳なく思ってしまう。

「ごめんなさい……。あの、お母様、怒らないで……!」

そう言っても、お母様はずっと黙ったまま。だんだん私は悲しくなって、お母様に嫌われてしまったんじゃないかと怖くなって。

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

私はもう、謝ることしか出来なかった。涙が後から後から溢れ出てきて、止まらない。


ただ私は、嫌われたくなかった。

なぜなら、私は――”とこしえの樹”は、孤独だったから。


夜が閉じる時、私の中に蘇った樹の記憶は、終わることのない孤独感で占められていた。

他の樹よりも大きいせいで、他の植物と話すこともできず、声も聞くことが出来ず……ただ、永劫に続く繰り返しの中で、立ちすくむだけの毎日。

植物以外の友達を作ろうとしたけれど、近寄ってきた生き物は皆、樹を傷つけたり、切ろうとしたり、ひどいことばかり……それがたまらなく悲しくて、私は結界で世界を拒絶した。

けれどもやっぱり寂しくて、光に弱いファラフォリアを見つけて守ろうとしたりした。けれど、結局それもファラフォリアを傷つけるだけで、ずっと長い間恨まれてしまった。

何もかも裏目に出ちゃって、焦る心とは裏腹に体だけは大きくなっていって、どんどん皆との距離が広がっていく。


……だから、私が生まれた。誰かと繋がりたくて、話をしたくて。


私の言葉を、私の声で伝えたくて。


ごめんなさい、とファラフォリアに伝えたくて。

そして叶うなら、友達を、仲間を――家族を作りたくて。


もう、ひとりは嫌だった。

だから、私は体を捨てて、タネに心を移して、外へと出た。それが”とこしえの樹”が、私を作った理由。そして今の私の目的。ひとりは嫌。そして、嫌われるのはもっと嫌……!

「ごめんなさいお母様、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」

だから、私は何度も何度も繰り返して言う。長い長い時間をかけて得た"言葉"を使って、気持ちを伝えようと。


でも、お母様は何も言わない。


「どうして……どうして何も言ってくれないんですか……? 嫌いにならないでください、一人にしないでください……」


私はうつむいて、自分の手で顔を覆う。何をしても伝わらないなら、誰かを傷つけてしまうなら、もういっそ、枯れ果ててしまいたい――!


そう、私が思った時だった。


何も言わず、お母様は泣き顔のまま微笑むと、私を抱きしめる。ゆっくり力を込めて、温かく、優しく、力強く。

それから、ただ一言、お母様は言った。


「おかえりなさい、エテルネ」


……それだけで充分だった。言葉はそれ以上いらなかった。

私は今、言葉を持てたことを、お母様に出会えたことを、何かを感じる気持ちを持てたことを……そしてこの世界に生まれたことを、心から感謝した。


抑えられない涙を流しながら、私は言う。

ただ、ただ一言。


「ただいま……お母さん……!」


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エピローグ




「ファムー、ファムー、起きなさーい、もうごはんできてるわよー?」

フェルチお姉さまの大きな声がする。私はまだねむい目をこすりながら、ベッドの上でムニャムニャとあくびをする。

「んんん……まだ眠いですー……」

「めっ! さっさと起きる! エテルネとアネーロはもうご飯食べてるんだから」

言いながらお姉さまは視線を移し、釣られて私もその方向を見た。


「あのね、エテルネ。何度も言うようだけど、私の方がファムさまとフェルチさまに弟子入りしたのが早いんだから、ちゃんと敬意を払って――」

「ヤです。アネーロがもうちょっと植物とかの知識ついたら考えますけど、今はまだ私の方が勝ってますもん」

「エテルネは"とこしえの樹"の知識とか記憶受け継いでんだから、私が勝てるわけないじゃない! それよりね、バターはパンに塗って食べるの! パンと別々にパクパク食べない!」

「えっ!? 一緒に食べるって、こうじゃないんですか……? どうりで美味しくないと……」

「いいから、ナイフ貸しなさいよもぉぉ……こうやってパンに塗るのよ、ほら!」

「ありがとうアネーロちゃん。……おお……美味しい」

食卓の上でいつものやり取りをしながら、エテルネとアネーロはブレド特製のパンを食べている。まるで姉妹のようなその様子に、私とお姉さまは思わず吹き出してしまった。

「工房もにぎやかになりましたねぇ、お姉さま」

「ええ、ほんと。毎日飽きないわ」


あれからエテルネはアネーロに続く新しい私達の弟子として、工房に住むことになった。

ベアード教授の話によれば、本来植物に近かったエテルネは、今は何故かより人間に近い生物に変化しているみたい。

エテルネいわく、「ファラフォリアのおかげ」ってことだったんだけど、私は詳しくは聞かなかった。言いたくなったら、きっとあの子の方から話してくれるはずだと、私は思ってる。


カルテロとブレドは、相変わらずケンカばっかり。でも、最近ブレドがロゼッタにやたらと好かれてて(狙われてて?)、カルテロは面白くないって愚痴を言ってた。そう言うカルテロも、ソリッサに結構懐かれちゃって、彼女を後ろに載せて時々走っているのを見かける。


フェルチお姉さまは、相変わらず世話好きで、アネーロとエテルネに調香についての色んな事を教えてる。まだまだ成長期の二人はメキメキと実力をつけてきてて、気を抜くと追い抜かれてしまいそう。


「私も、頑張らないとなぁ……」

「はいはい、そう思うならさっさとベッドから出る!」

思わず私の口をついて出た言葉に、フェルチお姉さまは耳ざとく反応する。しぶしぶベッドから降りて、私は皆の待つ食卓についた。

寝癖でモサモサになっている髪を手櫛で直して、私は改めてみんなに朝の挨拶をする。

「おはようございます。アネーロちゃん、フェルチお姉さま」

「お早うございます、ファムさま!」

「ん。おはよ、ファム」

二人はいつも通りに、笑顔と一緒に返事をしてくれた。それからもう一度、私はおはようを言う。この工房に加わった、新しい家族に。

「おはようございます、エテルネちゃん」

にっこりと笑う彼女は、まるで太陽みたい。

「はい、おはようございます、お母様!」



ミルクリーフ入りの紅茶をひとくち飲んで、私は窓の外を見る。

遠くに見えるのは、大きくそびえる"とこしえの樹"と、分け隔てなく光を降らせる、白い太陽。

色んなことがあったけれど、私たちは、この"天上岬"で生きている。

これまでも、そしてきっと、これからも。


――今日も、良い一日になるといいな♪




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