【黒ウィズ】空戦のシュヴァルツ Story4
目次
その黒い空賊艦は、碧空を覆う白い天幕を突き破った。
そして、壁のように囲続するフェリクスのゲヴィツター号に肉薄する。
一瞬、煌めき。光と共に、またしてもナイフが投げ放たれた。
ナイフは、羊皮紙のような古代遺物をかすめて通りすぎる。
お前のような、ゲスが持つにはふさわしくない。命のあるうちに、それを置いて逃げろ”
周囲の空賊たちから、どっと哄笑があがる。
身の程知らずなジークの申し出に、その場にいた誰もが、笑いを抑えきれなかった。
笑いながら手を振ろうとする。合図を送る相手は、ランダバルだ。
ハリールースを守る用心棒。韋駄天の仕置き人を動かせば、勝負は一瞬で決する。
「俺たち空賊は、どこにも所属しない。どの国ともつるまない。それが信条だ。」
意味ありげな言葉の裏に隠された本意。それを探りたくなったハリールースは、味方に合図を送るのをやめた。
ラウリィ・グラントが管理していた資源山。
そこに埋蔵されていた鉱石燃料を奪ったハリールースの手下は、それらをすべてドルキマス国に流していた。
鉱山にいたハリールースの手下を捕まえ、輪送先を吐かせて掴んだ事実だった。
配下の空賊たちが、ざわめきはじめる。ランダバルの正体を知るものは少ない。
いつも単独で活動している孤高の空賊だと言う噂だけが、まかり通っている。
そんな一匹狼のランダバルが、突然、ハリールースの元にやってきて、彼の用心棒らしいことをはじめたことに驚いた空賊も多かった。
あの時は、シュネー国の軍服を着ていたはず。その男がなぜ、空賊としてここにいる?)
ナハト・クレーエ号に囚われているローヴィが、提供した情報だった。
忠誠を尽くす祖国が、空賊を利用しているなど、当初は信じられるわけがなかった。
だが、ジークに明碓な証拠を突きつけられ、ランダバルの存在を思い出したのだった。
元は、ドルキマス国の軍人。そして、いまハリールースを援助して、その見返りを受けている。
おそらく軍需大臣か、参謀総監の仕業だろう。空賊を利用して、国を富ませようなど……せこいことを考える)
軍人ではなく空賊という立場に立ってみて。はじめて祖国ドルキマスの裏側を垣間見た気がする。
ディートリヒが、いたらまず報告し、善後策を仰いでいたところだが、いまはそれも叶わない。
奴に代わって貴様に制裁を加える。観念しろ。
黒い鴉が高々と飛び立った。空を飛翔し、難なくハリールースのヴァルネン号の甲板に着地する。
手下たちは、頭であるハリールースを信じて付いてきた。
強い者には従うのは空賊の常だが、空賊としての最低限の誇りまで失ったわけではない。
もし、ハリールースが空賊の裏切り者ならば、彼への服従を拒む空賊も出てくるだろう。
ご高説、たいしたものだ。ジーク・クレーエのおぼっちゃんよお。確かにあんたは、立派な空賊だよ。
でもよ、てめえが俺の秘密を暴いたように、俺もてめえの秘密を握ってるんだ。おい。
艦橋に手招きする。現われたのは、ひとりの男。
空賊たちは、誰もその男を知らない。
ジークだけが、顔色を変えていた。
墓守の男は、ある人物に頼まれて、クレーエ族の墓を守っている。
そのある人物には、特徴があった。ジークと同じ紋様を顔に浮かべるという特徴が。
かなり暴行を受けたらしく、墓守の顔には無数のあざがあった。
ですが、そのお子は、王宮内の陰謀に巻き込まれ、年端もいかないころに王宮の外に出されました。
ハリールースは、墓守の襟元をつかんで引き上げた。男は、苦しそうに呻きながら、言葉を漏らす。
ハリールースに刻まれた深い皺が、醜く歪んだ。
墓守が怯えたような目で、ジークを見つめていた。
言わなければ殺されるだろう。ジークは、うなずいて証言を促すしかなかった。
おやおや?それって、そこにいる黒い鴉の旦那じゃねえのか?
ジークは、懐に忍ばせていたナイフを抜こうとした。だが、一瞬の躊躇いがあった。
ナイフを抜いてどうする?墓守の口を封じるのか?
躊躇いの渦中――一発の銃声が轟いた。
ハリールースの子分が放った弾丸は、甲板に立っていたジークの脚を撃ち抜いて、赤黒い血の花を咲かせた。
***
大気の壁を突き破り、雲を纏いながら、両機一杯の速度で追い迫るのは、ブルンヒルトのケーニギン号。
ロレッティの脱獄に巻き込まれた君たちは、メーヴェ号で絶賛逃亡中だった。
ブルンヒルトとは敵対したくなかったのに、と君が嘆いても、最早後の祭りだ。
ロレッティの手下たちは、こういうことに慣れているのか、あまり動じた様子はない。
ケーニギン号を爆発されて、向こうの怒りは相当なものだろう。
……やだっエッチ、あんまり見ないで!
話している間にも、追い迫るケーニギン号との距離は、じわじわと縮まっていく。
ロレッティのメーヴエ号も、かなりのスピードを出しているが、艦の基本性能が雲泥の差だ。
幾層にも折り重なる巨大な雲が、壁のように聳えていた。
メーヴェ号があそこを目指しているのは明白。しかし、積乱雲の中は、稲妻が飛び散る危険な空域でもある。
ブルンヒルトは、側にあった羅針盤に触れる。義手の中央には、光る石が埋め込まれている。
羅針盤があやしげな光を放つ。
前方を進んでいたメーヴエ号は、磁石に吸い寄せられでもしたかのように、向きを後方に変えさせられた。
ロレッティたちは、方向転換させられたことに気づいていない。ブルンヒルトの艦に艦首を向けたまま直進して行く。
君たちだけが異変に気づいた。いつの間にか、進路が変わっていると……。
そして、目前に迫ってくるのは、間違いなくブルンヒルトのケーニギン号だ。
いつの間に、方向を変えられたんだろう?もしかして、ブルンヒルトの仕業かな?
相手の艦に接触せず、方向を180度変えさせてなおかつ相手に気づかせない。
そんな魔法みたいな芸当ができるのだろうか?君は、ひとつだけ心当たりがあった。
ブルンヒルトも古代遺物を所持していて、切り札として隠し持っていた一一のかもしれない。
ロレッティの古代遺物は、遠くにあるものに触れることができる力を秘めている。
これだけ接近すれば大丈夫とロレッティは違眼鏡を覗き込み、レンズの中にケ―ニギン号を捉えた。
ウィズは、君を差し出した。
池の中の水を吸い上げるように、君の体内から魔力を吸い取ろうという目論み。
ケーニギン号の船首にある主砲一一こちらを向いている真っ黒な砲口が、いまにも火を吹かんと、狙いをつけている。
でも、ロレッティはどうするつもり?と君は訊ねた。
君は、同意してうなずく。
さあ、あなたの艦と魔法使いさんをこちらへ引き渡しなさい。
赤髭バロームは、若い頃に受けた傷のせいで、脚と同時に子どもを作る身体の機能も失つたのです。
後ろにいる手下たちを振り返る。
全員、申し訳なさそうに顔を伏せていた。
返事はない。だがこれは、同意しているも同然の沈黙だった。
艦橋の奥に座り込む。ショックを隠しきれないのが、顔色からも窺える。
この間にも、ケーニギン号は、接舷されそうなほどの距離にまで迫っていた。
***
>困っている人は放っておけないにゃ。
***
メーヴェ号とケーニギン号の艦。鉄の艦同士が、ぶつかりあって装甲の隙間に火花を散らしていた。
飛び交う砲弾と銃声。硝煙の匂いと、滋る火柱の間を潜りながら、君たちは、ケーニギン号に乗り込んだ。
ブルンヒルトの狙いは、君たちだ。直接訴えれば、艦を引いてもらえるはず。
戦うつもりはない。ブルンヒルトのところへ向かうだけだと君は答える。
しょうがない。少しだけ、脅かすとしよう。君は、カードを引き抜いた。
カードに込められた魔力を解放する。
お前は、なぜ魔法を使えるんだ?クレーエ族なのか?
本心から来る言葉ではないだろう。だが、薄い微笑みの下に宿す真意は、君にはつかめなかった。
ハリールースが、どこかの国の軍と結託している証拠を見つけるという依頼。
君のすべきこととは無関係だが、断れる雰囲気ではなかった。
それで、戦いをやめてくれるなら、と、君は引き受けた。
貴方に免じて、艦を撒退させましょう。しかし――それと、艦を爆発させたロレッティの処分は別です。
ですが、あの子はなにも知らないまま、お頭として担がれていたようです。お尻ペンペンぐらいで許してあげましょう。
君たちは、ほっと胸を撫で下ろす。
ブルンヒルトの持っていた羅針盤が、不自然に揺れ動き、どこかに飛んでいった。
ロレッティの手には、遠眼鏡とブルンヒルトの羅針盤の両方があった。そして、淡く光る石の欠片も……。
お尻ペンペンなんて、ごめんだね。あたしだって空賊だもん。子分たちの前で、変な姿見せられないよ!
ブルンヒルトの古代遺物を持って、ロレッティは逃げ去った。
隠せない怒気をオーラのように纏いながら、ブルンヒルトは配下に号令する。
情けない声をあげる手下たち。
異変を察知したブルンヒルトは、すぐに状況を悟った。
艦の外には、無数の空賊艦が浮かんでいた。
暗い空か戦艦で埋め尽くされ、無骨な金属色だけが、星の間隙に輝いている。
これだけの艦隊が接近しているなら、多少なりとも気配があったはず。
だが、なにも気づかなかった。これには、なにかカラクリがあるのでは、と君は感じた。
観念しな。空の女王よ……。てめえが持っている古代遺物を差し出したら、命だけは助けてやらんこともないがな?
ブルンヒルトの瞳の奥に深い悲しみが湛えられる。過去を思い出しているのだろう。
父も母も、兄も、姉も……。生まれてから空賊として生き、そして最期は、空に還って行ったのです。
私は、家族が眠るこの空を守りたかった。でも、今はもうそれも叶わない……。
力なく子分たちを見回す。
子分たちが口を揃えてケーニギンの名を呼ぶ。
ブルンヒルトに長年仕えてきた子分たちにとって、空の支配者は、ハリールースではない。
支配者は、ケーニギン・ブルンヒルトただひとり。
艦隊の数だけを比較すれば、1対100。いや、それ以上の戦力差がある。
それでも、女王の近衛兵は怯まず、共に戦う道を選ぶという。
どちらが、この空を制するにふさわしいかここで白黒付けるのも、一興です。
義理だの衿持だののたまっている間は、空賊に新しい未来が訪れえ。そんなことすらわからねえのかよ?
ハリールースは、手下たちに号令を下した。
砲火が至るところで上がった。圧倒的戦力差の無謀な戦い。
それでも、プルンヒルトには、譲れないものがある。
またハリールースにも、空を支配したい、理由があるようだ。
あなたは、逃げたロレッティを追ってください。あの子に盗まれた古代遺物は、人の手に渡ってはいけないもの。
もし、私か死ぬことがあれば、正しく扱える人が、あれを持っていて欲しい……。
この新しい依頼は、君たちを戦いに巻き込まないためのブルンヒルトの優しさだと感じた。
君はブルンヒルトに加勢したかったが、これは空賊同士の戦いだ。君が首を突っ込む余地などなかった。
かなり迷ったが……。君は最終的にはうなずいて、依頼を引き受けた。
story 落胤の証明
闇が目に染みる。喉の渇きに喘いで口を開くと、血の味が広がった。
殴打された部位は、全身に及んだ。至るところが熱と痛みを放ち、ジークはたまらず苦痛に呻いた。
ここは、ハリールースの旗艦。おそらく、最下層にある船倉だろう。
ジークは、囚われの身となっていた。脚に受けた弾傷が疼く。
間抜け面の子分に水を掛けられ、無理やり立たされた。
なぜ、長老はてめえにだけ、図酸諸島の秘密を打ち明けた?どんな密約がある?とっとと吐きやがれ!
囚われてから、ハリールースの手下が入れ替わり立ち替わり、船倉にやってきてジークを拷問した。
拳で、殴られ。靴で蹴られた。空賊らしい手荒な扱いだった。
俺みたいな、どうしようもねえ空賊にいたぶられて、ここで死ぬんだよ。それが嫌なら、とっとと吐きな。命だけは、許してやるぜ?
固い鉄の棒で腹部を殴打され、たまらずうずくまる。
拷問は、しばらく続いた。それでもジークは、決して口を割ることはなかった。
拷問官が去ったあと、ジークは傷だらけの身体をやっとのことで起こした。
口の中にしまっておいた鍵を吐き出す。
先はどの拷問官の腰にぶら下がっていた鍵を気づかれないように、口で奪っておいたのだ。
ジークは、その鍵を使い、両手と両足を拘束していた鉄輪を外して脱獄する。
墓守の目に映ったのは、漆黒に混じる鴉だった。
前ドルキマス王グスタフに献上されたクレーエ族の娘。それがジークの母親だった。
その母の名は、リント。ジークは、この墓守の口から初めて母の名前を聞いた。
前王様が晩年まで愛されたお方ですので、いまも大事にされているはずです。
大事にされていると言っても前王の側室などたいした扱いはされていないだろう。
しかし、それ以上に許せないのは、前王グスタフが、自分の父であるということだ。
グスタフの巷での噂は耳にしている。暴君、愚君、迷君、暗君……。
良い噂などひとつもない。ドルキマス国を混乱に陥れたあげく、クーデターの混乱の最中、謎の死を遂げた。
一説では、空軍元帥ディートリヒの裏切りによって命を落としたと言われているが、真相は明らかにされていない。
クレーエ族を弾圧し、滅亡に追い込んだ王のひとりである、グスタフ王の血を俺自身が受け継いでいるということだ。
一族の受けた恨みを晴らすために、軍人、王族、貴族。すべて地獄へ送るつもりだったのに……。
この俺が、復讐されるべき対象の血を受け継いだ存在だったとはな……。もし、お前の話が本当ならば笑い話だ。
それまで、お前の言葉は信じない。二度とその話題は口にするな。
ドルキマス国内は、いま共和派による革命が起き、混乱しております。もし、共和派が勝利した場合……。
王族は、すべて処刑されるでしょう。リント様も、ご無事ではないかもしれません。
君とウィズは、ロレッティを追いかけて、ハリールースの艦に潜入した。
忍び込む前に、ハリールースの手下から、服を奪って着用したのだが、どうも着心地が悪い。
さっさとロレッティを見つけて、脱出しよう。
それにしても広い艦だ。
ケーニギン号との戦闘が始まったおかげで、手下たちは甲板や艦橋に出ており、艦内に人気がないのが幸いだった。
おかげで、見つからずにここまで来られたが、その幸運もいつまで続くだろう?
君は、ロレッティを見なかったかと訊ねた。
知ってて、ロレッティに黙ってたんだね?彼女を傷つけないために、と君は言う。
この声は。
君たちは、ロレッティから一通りのことを教えてもらった。
そうすれば、一匹狼のジークを空賊の輪からはじき出せるから。
空賊の掟では、どこかの国に所属するものは、周囲から、ちゃんとした空賊として認められない。
軍人や貴族が、食い詰めて空賊を装ったケ一スが過去に多発したため、そういう輩と真の空賊を分けるための掟だった。
真の空賊でなければ、他の空賊からは認められない。髑髏諸島に立ち寄ることも難しくなるし、他の空賊からの援助も受けられない。
なにより、誰もが憧れる大空賊の称号は、真の空賊以外には与えられない。
けど、あたしの子分になれば、あんたは真の空賊でいられる。だって、あたしはまだ一家を構えているし――
空賊の子分は、空賊に決まってるもん!
その夢が、こんなところで潰えていいの?よくないでしょ?
バロームの最期を思い出す。
ジークを小僧と蔑み、侮り続けてきた。だが、最後はその小僧を逃がすために命を捨てた。
目を閉じると、いまでもあの時の光景がありありと蘇る。薄っぺらい感謝の言葉や、哀悼の言葉など無意味。
ジークを救うために命を賭けてくれた彼の心に応えるには――
せめて彼と同じ立場に立ってやることが、自分の務めだと考えていた。
だからジークはナハト・クレーエを作った。大空賊の証である空賊旗をいつか、甲板にひるがえすことを夢見て。
漆黒の艦影が、ハリールースの盾の裏下から、舷側をかすめて浮き上がる。