【黒ウィズ】空戦のシュヴァルツ Story6
空戦のシュヴァルツ Story6
闇夜の果てに(覇級)
髑髏諸島の秘密
〈原石〉の行方は……
***
ハリールースは、愛艦ヴァルネン号にいくつかの兵器を運び込んでいた。
そのうちのひとつは、物理砲撃を防ぐ、疑似魔法障壁の発生装置だった。
〈原石〉に内在される魔法エネルギーがあれば疑似魔法障壁(ヴォーゲン・マオアー》をほぼ無限に発生させ続けることができる。
前の大戦を見ていたハリールースは、それを学んだ。
髑髏諸島から発進した空賊艦は、無謀にもハリールースとドルキマスの連合艦隊に牙を剥く。
手下の空賊艦に号令を下した。
ブルンヒルトとの戦い、そしてメーヴエ号の自爆により、ハリールース艦隊の数は、70隻ほどに減っていた。
だが、髑髏諸島から飛び出した空賊艦は、10隻にも満たない。おまけにこちらには魔法障壁がある。
どう足掻いても、空賊たちに勝機は無いとハリールースは睨んでいた。
本国は共和派のクーデターで、国内がめちゃくちゃだってのに、私はここでなにをしてるんだ。まったく……。
空に浮かぶ星の隙間に、砲火が煌めく。
放たれた弾丸は、闇に紛れ、戦いの行方は誰にも読めない。
ハリールース艦隊の砲撃は、まるで煮え立つ湯の水面のように忙しない。
ジークたち空賊を容赦なくここで沈めるつもりのようだ。
出来ることといえば、弾よけになることぐらいです。
艦の横っ腹を敵に晒すのは、空戦においては自殺行為だ。
だが、あえて弱点を晒すことにより、ハリールースの手下たちに、ケーニギン号は、狙いやすい相手だと認識させることができる。
取り出したのは、古代遺物〈混迷の羅針盤〉。聖なる石の欠片を使い、その力を呼び覚ます。
直後―ケーニギン号に殺到していたハリールース艦隊は、たちまち船首を返して、意図しない方角に砲撃を始めた。
キャナル、しっかり捕まってろ。飛ばすからな!
悲しげな声をあげてドラコは、ハリールースのヴァルネン号の周りを飛んでいた。
砲塔が旋回する。狙いを付けられたにも関わらず、ドラコは艦に張り付いたまま、動こうとしない。
ヴァルネン号の主砲が火を噴いた。ドラコは無残、砲撃を受けて空に散った……かに思われた。
「クアッ!クアッ!
ドラコは無事だった。しかし、先ほど主砲から、雷鳴のような砲轟が、鳴り響いたはず。
フェリクスのゲヴィッター号。そして、ローヴィのポーラル・シュテルン号。
2隻の空賊艦が、ハリールースの旗艦を沈めるべく、一斉に砲撃を開始する
彼を守るはずの磨下の艦は、ケーニギン号に手こずっている。さしものハリールースも、万事休すかと思われた時――
魔法障壁に対抗するには、同じく古代魔法文明の技術を応用して作られた兵器が必要となる。
ナハト・クレーエ号が、闇の中から颯爽と現われる。
星を蹴り、月をまたいで、夜空をかける漆黒の鴉。
その船首に立って風をあびるのは、外套をはためかせて仁王立ちしている君。そして肩に乗ったウィズだった。
漆黒の空賊艦は闇のー撃となって、ヴァルネン号の周辺に巡らされた、魔法障壁に突っ込んでいく。
この障壁を突破し、〈原石〉さえ奪えば……勝負は決する。
君はカードを引き抜き、魔力を込めた。
このー撃で、勝敗が決まる――空の支配者が誰になるのか、決着をつける瞬間がいよいよ訪れた。
***
君が渾身の怒りを込めたー撃は、魔法障壁の防御限界値を難なく突破した。
一度破れた障壁は、しばらく無効化される。聖なる石から供給される魔力を蓄積するまでに勝負を決める!
君は言う。
あなたが最新兵器と言ったそれは、ディートリヒ元帥。そしてアーレント開発官とー緒に作った対イグノビリウム用の兵器だ。
人を傷つけるために作った兵器ではない。悪用させないためにも、完全に破壊させてもらう――
もっとも、先の大戦中、ずっとナリを潜めていたお前にこいつの凄さがわかるわけもないか。
ジークはぽんっと、君の肩に手を置いた。
口では言わないだけで、内心では認めてくれていたのか、と君は意外に思う。
ブルンヒルトに翻弄される手下の艦。そして、動こうとしないドルキマス軍。
魔法障壁を失ったハリールースを倒すための障害はなにもなくなった。
バルフェット司令官はなにしてるんだ!ドルキマス空軍は、なぜ動かねえ!?
所詮ハリールースは、利用されただけの存在。髑髏諸島の場所を伝えた段階で利用価値を失っていた。
それに散々貢いできたぜ、髑髏諸島の鉱石やお宝なんかをよお!?
ハリールースの顔に、嫌悪感を抱く笑みが張り付いている。
まだ、勝負を諦めていないのか――
ハリールースが掲げた右腕には、起爆装置のようなものが握られていた。
その間に、俺は逃げるぜ。こんなところでくたばるのは、まっぴらゴメンだ。
ジークは、とっさにナイフを抜いて、ハリールースの右腕に突き刺した。
ナイフを突き刺されても、ハリールースは起爆装置を手放さない。
親指を動かして、スイッチを押す。たったそれだけで、この辺りは地獄に変わるだろう。
何に使うか、聞くまでもない。
君が、ロレッティに手をかざした時には、彼女はすでにバロームから受け継いだ遠眼鏡を覗いていた。
そのレンズには、ヴァルネン号の旗艦に置かれている〈原石〉が映っていた。
ハリールースが、スイッチを押すのと、ロレッティが〈蒐集の遠眼鏡〉の魔力を発揮するのは、ほぼ同時だった。
なぜだ?なぜ、なにも起きねえ!?スイッチはちゃんと押してるだろうが!?
ジークの拳が、ハリールースの頬骨を打った。
醜い悲鳴を上げながら、ハリールースは膝から甲板に崩れ落ちた。顔に絶望と悔しさを浮かべながら……。
起爆装置の外れた〈原石〉が、ロレッティの目の前にあった。
ロレッティが、〈蒐集の遠眼鏡〉で奪い取り、君が、-瞬で起爆装置を破壊したのだった。
これを、ハリールースがスイッチを押す、ほんの僅かな隙にやってのけた。
成功したからいいものの少しでも遅れていたらと思うと……さすがの君も冷や汗が止まらない。
そして、1匹の竜――ドラコが、〈原石〉の元に飛来した。
子どもでも抱きしめるように、〈原石〉を両方の翼で覆う。
ハリールースみたいな人が手にしないように、手の届かない、安全な場所に移さないと。
ドラコが悲しむことはしたくないけど……私はドラコのルーツがわかっただけで、十分だよ。
この〈原石〉を人間たちの手の届かない、かつ安全な場所に保管してくれる人を知っていると君は言う。
あの人の手に渡ったら、とんでもないことに使われそうだしな。
そもそも、この〈原石〉を元の場所から奪ったのはジークだ。
この〈原石〉を奪って、本当は、なにをしたかったのかと君は訊ねる。
ロレッティの目から火花が飛び散るのが見えた。
だが、魔法使いならその心配はないだろう。〈原石〉は、お前に任せる。
信じてくれてありがとう、と君は答える。
ハリールースの艦隊が敗れたと知り、エルンストは指揮下にある艦隊に命令を下す。
狙うは、空賊の全滅。そして根城である髑髏諸島。
ハリールースという脅威は消したが、それ以上の敵がまだ残っている。
ジークは、懐から〈天運の六分儀〉を取り出した。それを見たロレッティが、にやりと笑った。
魔力を込め、古代遺物としての効力を発動させる――
たちまち、風が吹きすさぶ海上の夜空に、濃い霧が立ちこめた。
一陣の疾風が、確かな威力を宿して艦隊に襲いかかった。
それは視界を奪われ、右往左往するドルキマス艦隊への鮮烈なー撃となる。
艦隊間の連携を断絶するように縦横無尽に疾駆する黒い艦。
ドルキマス艦隊は、なすすべなく翻弄され、無様な姿をさらす他なかった。
当直士官が、エルンストに指示を仰ぐ。
エルンストたち第4艦隊は、霧が晴れるまで辛抱強く待った。
その間、第4艦隊は四分五裂し、艦隊同士の連絡すら望むべくもない状況となった。
そして霧が晴れた空には、空賊たちの艦は残っていなかった。
夜が見せた幻想のように1隻残らず姿を消していた。
story
大量の霧が晴れ、再び南海に陽が昇った。
海面は穏やかに波が行き交い、陽光を浴びてきらめいている。
静寂の海に墜落した空賊艦の欠片が浮かび、波に流され、水平線の向こうへと運ばれていく。
ハリールースを使って、空賊たちを同士討ちさせる策は失敗したが――
代わりに、これまで所在が不明だった空賊たちのアジトを突き止め、追い詰めたはずだった。
あるのは、ただ青く広がる海だけだった。
ドルキマス第4艦隊は、その後も周囲に偵察機を送り込み、辺りをくまなく探したが――
結局、髑髏諸島を見つけることはできなかった。
エルンストたち第4艦隊が、髑髏諸島があったはずの空域に留まっている頃――
実はこれは、赤髭バロームの案なのじゃ。巨大空母を調達してきたのも、島にカモフラージュすることを提案したのもな。
ジークに殴られて失神したまま、アジトの牢にぶちこまれている。
手下ともども、突き出しておくわい。裏切りものに情けは無用じゃ。
羊皮紙を差し出す。それは、ハリールースが所持していた〈幻惑の海図〉だった。
ジークは、ふたつ目となる古代遺物を懐にしまいこんだ。
〈原石〉は君とウィズが、責任を持ってルヴァルに引き渡し、安全に保管してもらうことで意見はまとまった。
寂しげな鳴き声。キャナルに頭を擦り付けながら、〈原石〉との別れを惜しんでいる。
それにドラコの謎はどうするの?ー緒に解き明かしてくれるんじゃないの?
さてと。俺もボーディスに帰るかな。もらった報酬を届けないと。きっとみんな首を長くして待ってるだろうな。
フェリクスの両手には、たっぷり金貨が詰まった袋がある。それが、今回の傭兵代だった。
激励し、立ち去ろうとするフェリクスだったが、途中なにかを思い出して踵を返した。
どうも、あの人の裏から、指示を出している人がいるようなんだよな。
変わり者と噂のアーレント開発官に命令を下せるのは、ディートリヒ以外にいないだろう。
アーレント開発官は、あの〈原石〉を手に入れてどうするつもりだったのか、ずっと気になってな……。
イグノビリウムに匹敵する脅威は、この世界にはもういないはずだ。
アーレント開発官の個人的な興味を満たすためだったならまだいいが、もし違うのならば――
それで、なにかつかめればいいのだが。
民を預かる立場になった以上、前みたいな大戦は、できるだけ避けたいんだ。
これも、ディートリヒに繋がる手がかりのひとつかもしれない――とローヴィは、胸の奥にしまい込んだ。
story
立派な空賊になるために、ブルンヒルトさんの艦で修行させてもらうことにしたの。
いまのあたしは、とてもじゃないけど、ジークのお頭だなんて名乗れないからさ……。
少しだけ、ロレッティの両目に涙が潜みかける。
ジークと君、そしてウィズに握手してから、ロレッティはケーニギン号へ向かって行く。
赤髭バロームが作ったとされる空賊たちのアジト。
この場所のあらゆるところに、赤髭バロームの空賊としての信念と血が通っている。
そう思うと、たちまちロレッティは、いつか自分が帰るべき家のように思えた。
ケーニギン号にロレッティは乗艦する。うしろは振り返らなかった。振り返る必要などなかった。
もうすでにロレッティの心の中では、空賊の修行がはじまっているのだから。
力を貸すことも、やぶさかではありません。
……それより、ロレッティを頼む。
それが、命を救ってくれた、あの空賊たちへの恩返しだと……心得ています。
王子がいつ来られてもいいように、しっかり守ってみせます。
ローヴィは、手に濡れた金属片を持っていた。
それは、ランダバルのラザンツ号が墜落した海域で拾った物だった。
それには、ドルキマス国共和派に所属するものであることを示す、紋章があった。
ドルキマス国を救うには、やはり、元帥閣下が必要だ……。なんとしても見つけ出してみせる)
ジークは、ナハト・クレーエ号に乗り込む。ローヴィも自分の艦に向かった。
これから、共にドルキマスヘ向かうつもりだった。
自分の生まれの真相に決着を付けるため。囚われている母親の存在を確かめるために――
***
〈原石〉を取り戻せた君たちは、ようやくルヴァルと再会できた。
今回の旅で、聖なる石の〈原石〉の恐ろしさを体験した。
こんな危険な〈原石〉は、天の使いであるルヴァルたちに託す方が、この世界のためだ。
無事、役目を果たせたことにほっとする。
この世界に飛ばされたと知った時は、また大きな戦に巻き込まれるのかとヒヤヒヤしたけど……
君たちは、ルヴァルの前から立ち去った。
ふっ……。ふふふふっ。
不適な笑いが周囲に響き渡った。
ルヴァルは、自分の顔に手を当てる。そして、自らの手で顔の皮を剥ぐ。
それは、実際の皮膚ではなく、本物の顔の上に張り付けた、ルヴァルにそっくりな偽の顔だった。
これだけ巨大な聖なる石の〈原石〉をこのレベッカ様が、放っておくわけないじゃないの!
この〈原石〉さえあれば、魔力光子核分裂爆弾や魔力光子融合炉すら作り出すことも夢じゃないわ。
さっそく、元帥閣下……
いえ、テオドリク様に報告しないと――
***
―方、いつまで経ってもクエス=アリアスに戻れない君とウィズは、不思議に思い、ルヴァルと再会した場所に戻ってきた。
そこには、ルヴァルはいなかった。そして〈原石〉もなくなっていた。
君は瞬時に察知した。先ほどのルヴァルは、偽物だったのだと――。
いや、ひょっとして目の前にいるこの男が、偽物なのかもしれない。
キラッと、尖る爪を出す。
傷だらけにされたルヴァル。当然、化けの皮など剥がれるはずもなく……。
つまり、まだクエス=アリアスには、戻れないということだ……。
君は、がくっと頭を垂れ下げた。
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