【黒ウィズ】空戦のシュヴァルツ Story2
story3
ロレッティの空賊艦だと思い、慌てて飛び乗った君たちだったが、どうも様子がおかしい。
君は、すぐに頭を下げて乗り間違えたことを謝罪する。
ミラディアも、過ちを許してもらった。だけど、2度目は許されない。
艦の外で火薬が爆ぜ、爆音の波が大気を震わせていた。
早くも、艦隊同士の砲撃戦が起きている。ひょっとして襲われているのが、ロレッティのメーヴェ号なのか?
ロレッティの艦が沈められたら、〈原石〉も無事では済まない。
ハッチを開ける。凄まじい風が、入り込んできた。
襲われているロレッティの艦はちょうど、君たちの視界の真下を航行していた。
君はウィズを懐に潜り込ませると、2、3度深呼吸してから、ロレッティの艦目かけて飛んだ。
吹きすさぶ猛風に流されそうになりながら、君は空を駆けるように飛んだ。そして目的の艦に無事着地する。
怪我ひとつなく着地できたのは、ルヴァルから借りた〈天翔靴〉のおかげだ。
あの〈原石〉は、人間に魔力と同等の力を与えてくれる。それだけに、人の手には負えない代物だと君は告げる。
立ち塞がるのは、ロレッティの子分たち。自らを盾にして親分を守ろうとするとは、なかなか健気だ。
大きな震動が起きた。立っていられないほどの激しい揺れに、視界が、大きく揺らぐ。
見るとメーヴエ号の甲板に鈎状の曳航用ロープが、いくつも引っかけられていた。
ハリールース艦の舷側が、巨大な壁のように君たちに迫ってくる。
左舷からだけではなく、右舷にもハリールースの仲間の戦艦が、曳航用ロープを引つかけていた。
ロレッティの空賊艦は、ハリールースたちの艦に比べると一回り小さい。
左右から挟み込まれれば、ひとたまりもないだろう。
絶対絶命の危機。だが、この艦を指揮するロレッティは、不適な笑みを浮かべていた。
ロレッティの艦が高度を下げた。曳航用ロープを引っかけていたハリールースたちは、当然、メーヴエ号に引き摺られる。
左右から押し迫った壁は、潰すべき対象を見失い、あえなくお互いの舷側に、艦を衝突させてしまう。
ロレッティの狙いどおり。見た目とは裏腹な機転と度胸は、大人の空賊たちを見事翻弄した。
敵艦は、早くも体勢を立て直そうとしている。翻弄されたとはいえ、どちらの艦も致命傷を受けたわけではない。
ここは、任せてと君は力―ドを引き抜く。
君は、ウィズを懐にしまいこむ。そして、ハリールースの艦に飛び移った。
艦内には、ハリールースの手下がひしめいていた。その数ざっと、100人以上。
君は魔法を放ちながら、ロレッティたちが逃げる時間を稼ごうとする。
だが、ロレッティを逃がしたいという君の願いは通じなかった。
別の巨大な艦影が、ロレッティの艦に覆い被さってる。それはブルンヒルトのケーニギン号の影だった。
ハリールース、ブルンヒルト。名を馳せた彼らの空賊艦は、戦艦級のサイズである。
―方、ロレッティー昧が操縦する艦は、駆逐艦級の小型艦。
機動力は、戦艦よりも勝るが、艦の戦闘力は、比べるまでもなく貧弱だった。
攻め込んできたブルンヒルトの空賊艦。その武威は、空賊の間に名を馳せた女空賊らしく凶暴である。
奪った〈原石〉は、あなたの手には負えない代物。大人しく、こちらに渡すのです。悪いようにはしません。
ハリールースの手に渡したくはないが、ブルンヒルトの手に渡るのもまずい。
君は、またしてもウィズを懐に入れて、ハリールースの艦から飛び降りた。
魔法使いなんです、と君は心の中で答えた。
君は再び、ブルンヒルトの戦艦に乗り込んだ。
手に得物を持った女空賊たちが、君とウィズを取り囲んだ。
あっちこっち飛び回るのも疲れた。
面倒だからまとめてかかっておいで、と君は、空賊たちを挑発した。
***
> 〈原石〉を取り戻さなきゃ、帰れないにゃ!
これを奪い返してきてくれたら、軍工廠の予算から材料調達費として、報酬をたんまり差し出す用意があるわ。
フェリクスが空賊家業に手を染めるにあたって用意した艦は、小型の中古駆逐艦であった。
乗り心地は最悪で、ところどころガタガタ鳴る。
しかし、焦土となった母国で貧しい思いをしている民たちのことを思えば、文句を言う気にはなれない。
でもよぉ、女の子から奪うなんてできるわけねえよ!空賊にだって、誇りってものがあるはずだぜ。
だからよ。それ以上、ロレッティを虐めるんじゃねえ!聞けないってんなら、俺が相手になるぜ。
16粍対空砲を担いだ。傭兵時代から無数の艦を撃墜してきたこの対空砲をフェリクスは愛用していた。
狙いを定めて砲撃する。砲弾は、空賊艦の推進機に直撃した。
空賊らしい啖呵だった。しかし、艦の装甲に穴が空いた雷光号は、為す術もなく海へと落下していく。
……だからさ、ちょっとだけ預かってくれない?いいよね?”
ロレッティの艦が、スピードを落とす。そして高度をあげて、フェリクスの艦の真上に到達する。
淡い光を放つ巨大な岩が、フェリクスの艦の真上から降ってきた。
フェリクスは、〈原石〉を見たことはないが、聖なる石の欠片は、いくつも目にしてきた.
そしてあの光は、紛れもなく聖なる石が放つ光だ。
フェリクスは、手下であるボーディスの傭兵たちと共に円陣を組む。そして、落ちてくる〈原石〉を受け止めようとした。
〈原石〉は甲板に落下する直前で、まるで翼でも生えたかのように、速度を落とした。
フェリクスたちの眼前に〈原石〉は、ゆっくりと落ちてくる。
〈原石〉が落下する最中、ロレッティは、遠眼鏡を覗き込んでいた。
そして、開いた手でなにかを操作する仕草をしていた。〈原石〉の不可思議な動きは、その仕草と関連性があるのだろうか。
ロレッティの艦は、第一戦速でフェリクスの艦から離れていった。
***
澄み切った海風に乗って、一匹の竜が飛んでいる。
竜の寓は、海面と空の間を埋める大気をつかみ、一定のリズムを刻んで羽ばたいていた。
リクシスがウォラレアルに来てから、ふたりは、昔を思い出したかのようにあっという間に気の置けない仲になった。
俺が王子だなんて、なにかの間違いだ。第―、俺はキャナルを探しに故郷を飛び出したんだからな。
いつかお前とドラコを連れて故郷に帰るつもりだ。王子なんて柄じゃない……。
視界に広がる水平線。その向こうに島が見えた。
ずっと海の上を飛んできた。リクシスの竜グウィスにも、疲れが見えてきたところだった。
グウィスの手綱を引き、最後の一踏ん張りを促す。
直後、リクシスたちは、背後から大気の圧力にも似た、ひとかたまりの衝撃に襲われた――
驚いたグウィスは、空中でひっくり返りそうになっていた。
なんとか態勢を整えて顔をあげる。空中に浮かんでいるのは、装備を最小限に削り取った小型戦艦だった。
”失礼。お嬢ちゃんと……少年。
急いでいたのでね。怪我はなかったかね?”
”はっはっはっ。それはない。私の操艦技術は正確無比。空中に漂う、1枚の羽根すら避けられる。
もっとも、私が避けようと思えばだがね……。
そう言い残すと、小型戦艦は凄まじい速さで飛び去った。
空気の衝撃を受けた水面が、遅れて高波を起こした。
リクシスたちは、したたかに飛沫を被った。
この波も狙いどおりだとしたら、人間業ではないとリクシスは背筋を冷たくした。
>キミ、落ち着いて敵の攻撃をかわすにゃ!
フェリクスの空賊艦ゲヴィッター号。甲板上にある〈原石〉は、どの鉱石にも似ていない淡い光を放っていた。
手下からは、売って金にするべきだという意見が出た。
……でも、ひと欠片ぐらいなら、削ってもばれないかな?
振り返ったフェリクスの頭上に、見慣れない形の小型戦艦が静止していた。
艦影や機関音すら感じさせず、瞬時に距離を詰めたその操艦技術に舌を巻く他ない。
Q私の名前は、ランダバル。君と同じ空賊だよ。私がなにをしに来たか、空賊なら言わずともわかるね?
おやおや?獲物は甲板に置いてあるじゃないか。早速、盗らせていただこう。
ランダバルの艦から飛ばされたロープが、〈原石〉に巻き付いた。
Qこれで用はすんだ。では、さらばだ。
〈原石〉を奪って、ランダバルの艦は両機を吹かす。
フェリクスは、砲撃によってロープを断ち切ろうとするが――
フェリクスー味がもたついている間に、ランダバルの艦は、来たときと同じように、音もなく立ち去っていった。
その強引かつ、迅速な強奪は、熟練の空賊の技と度胸を感じさせた。
「だんだん、口ぶりが空賊らしくなってきましたね?
空賊艦ナハト・クレーエ号には、一味以外の人間が搭乗していた。
ジークが、自分の艦に子分以外の者を乗せるなど滅多にないことである。
その者、見た目は老人であるが、鋭敏な目付きには、昔、空賊として鳴らしていた面影が宿っている。
じゃあ、俺にその多すぎる心当たりとやらを、ひとつずつ潰して行けと言うわけか?……面倒だな。
ただなあ。どこの国にも属さないあぶれ者たちが集まる場所。それが髑髏諸島じゃ。
それを守ることが、空賊としてのワシの最後の役目だと思っておったのだが……。
年寄りが背負うには、あの島は大きすぎるわい。
赤髭の最後の子分だったお前が、手を貸してくれれば、ワシの腰痛も多少は和らぐと思うんじゃ……。
あれ、ちょっと待て!前からなにか、凄い速さで飛んでくるよ!
水平線に浮かぶ小さな点にすぎなかった艦影は、瞬く間に巨大に膨らみ、ジークたちの艦とすれ違った。
Qふっ……。
その航行速度は目を張るほどだったが、ジークたちが真っ先に気にしたのは、艦からぶら下がっている巨大な岩だった。
君とウィズは、ブルンヒルトの艦から命からがら脱出し、ふたたびロレッティの艦に戻ってきた。
しかし、メーヴエ号に先ほどまであったはずの〈原石〉が、消えてなくなっている。
空の上だろうと、このフェリクス様は、舐められたままじゃいられねえ。奴を追いかけて、取り戻してやる!”
ロレッティは〈蒐集の遠眼鏡〉を取り出した。
相手の位置がわかったとしても、高速で移動する艦にどうやって追いつくか、それが問題だ。
フェリクス、ジーク、ロレッティの艦は、お互い争うように、艦を飛ばす。
空賊艦の浮力を受け、3つの荒々しい波紋が海面に描かれた。
これはチャンスってやつだね。
ロレッティは、再び遠眼鏡を覗き込む。
逢か前方を航行するランダバルの艦。そして、ロープにぶら下がっている〈原石〉をレンズで捉えた。
ポケットから、光る小石を取り出す。それは、聖なる石の欠片だった。
遠眼鏡を覗きながらロレッティは手を伸ばし――なにもない虚空をつかみ――そして、それ(・・)を手元に引き寄せた。
なにもなかった空間に、聖なる石の〈原石〉が、突如として現われた。
古代遺物を正しく扱えるのは、魔力を持って生まれたクレーエ族だけだ。寄越せ。俺が預かる”
見れば、ジークはナハト・クレーエ号から身を乗り出して、ロレッティの艦に飛び移ろうとしている。
なんという命知らずな行為だ。
ジークは、すでにナハト・クレーエ号の甲板を蹴って、大空に飛び出していた。
ジークとハルトゲビスは、ロレッティの艦に飛び移ることは叶わず、蒼い海へ、真っ逆さまに落ちていった。
story
黒い影が君たちの視界から消えたあとも、空は青く輝いていた。
波頭に飲み込まれ、サメの餌にでもなるか、海面に叩きつけられた衝撃で死ぬかのどちらかだ。
〈蒐集の遠眼鏡〉――魔力が宿った古代遺物を掲げて見せた。
レンズに映ったものならば、たとえ遠くにあるものでも、ロレッティは触れることができる。
実演されても、君にはよくわからなかった。
でも、子分になるならないは本人同士の問題だから、他人が口を挟むことじゃないかもしれない。
残った子分たちは、こうして生き残って、赤髭バロームの一家を続けようとしているの。
まだ小さいのに、しっかりした子だと君は感じた。
自分の立場と、周囲の期待に応える義務というものをよくわかっている。
お頭を務めるために、ロレッティは背伸びしすぎているんじゃないかという不安はあるが……。
それは君が心配することじゃない。
それよりも、君の役目は、〈原石〉をルヴァルのところに届けて、クエス=アリアスに戻ることだ。
ロレッティは、遠眼鏡を覗き込む。レンズを通して、彼女と目があった。
君の視界は、唐突にペンキで塗り替えられたように模様が移り変わる。
視界には、空と雲だけがあった。
おそるおそる視線を下に移すと、ロレッティの艦が小さく見えた。どうやら上空に飛ばされてしまったらしい。
君は、短い空の旅を終えて、再びロレッティの艦に戻ってきた。
怖かった……と君は正直な感想を述べた。古代遺物の力を改めて思い知った。
そして、あの厄介な遠眼鏡を持つロレッティから、どうやって〈原石〉を奪ったらいいのだろうかと君は頭を悩ませた。
***
無数の墓石が並んでいる。海と風だけが行き交う、静寂の空間。
海から上がってきたばかりのジークは、風の冷たさに身を強ばらせた。
暖を取ろうと、魔法で火を起こす。
この墓地の墓守だろうか。その格好は、みるからに怪しげだった。
この世界に魔力を持つ人間はいない。唯一、クレーエ族という小数部族だけが、魔法を扱うことができた。
そして、ジークは、そのクレーエ族の生き残りである。
彼らが、魔法を使うと独特の紋様が身体に浮かぶのだった。
慌てて魔力を押さえ込む。同時に、紋様も消えていった。
私は、昔そのクレーエ族のお方に大変世話になりました。
その方に頼まれてこうしてクレーエ族の墓を守っているのです。
墓守の口ぶりでは、まだそのクレーエ族は、存命しているようだった。
それは誰だ?名前を言え。どこにいるのか教えろ。
墓守はなにか引っかかったのか、ジークの顔をまじまじと眺め、そして頭を振りたくった。
血の気が引いた表情。なにが、彼をそこまで怯えさせるのだろう。
墓守の男は、急に背を向けるとジークの前から走り去った。
走り去ったまま、墓守は戻ってこなかった。
詳しい話を聞きたかったが……ここに来ればまた会えるだろう。
同胞たちの静かな眠りを願うための花を1輪だけ供えて、クレーエ族の墓から立ち去った。