【黒ウィズ】空戦のシュヴァルツ Story3
story 竜を探して(上級)
髑髏諸島ドックは、地上から隔離された空賊艦の停泊地であり、休息所でもあった。
大小様々な艦艇が立ち寄り、燃料の補給や整備などを行なっている。
空賊ならば誰でも利用できる共有施設だが、仲の悪い空賊同士が顔を合せると、当然トラブルも起った。
少数部族風の出で立ちをした男が、荒くれものどもに背中を押されながら、歩いている。
そいつは、いけねえなあ?大地が生み出した恵みは、みんなで分け合わないと。
若い男は、乱暴に連れて行かれる。
ローヴィは、見かねて助けに入ろうとするが、そういった考えなしの行動をフェリクスが諌めた。
しかし、その強さは、羊を率いてきだ”狼”の指揮によるところが大きい。
指揮官を失ったドルキマス軍など、いかほどのことがあろうかと、ローヴィは自嘲する。
ハリールースの手下たちは、地下アジトを我が物顔で占領していた。
また1隻、変わった形の空賊艦が、アジトの係留所に入ってくる。
ローヴィは、ハリールースと親しげに話すこの男の顔に見覚えがあった。
副官として、ディートリヒが、どこで誰と会ったかを覚えるの万仕事のひとつだった。
空賊を装っているのだとしたら、自分のようになにか目的があるはずだ。
とはいえ、直接聞きただしても、答えはしまい。
ここは、ハリールースー家の空賊艦。
食料や水などが積み込まれた船倉は、薄暗く湿っており、時々ネズミが走り回る劣悪な環境だった。
ジークは、ポケットから船倉の鍵を取り出し、ドアの小窓から投げ渡した。
黒い鴉は、暗がりの中に消えた。入れ替わるようにして、別の人物が、船倉の扉を叩いた。
……さっきは見捨てて悪かったな?いまこのドアをぶち破って外に出してやる。
ハリールースの艦から出てきたばかりのジークに忍び寄る気配。
振り返って身構えると、そこにいたのは、ローヴィだった。
その人物を見つけるためにも、どうかあなたの右眼を拝見させてください。
あなたにその印がなければ、もう話しかけたりはいたしません。
ローヴィが腰の拳銃に手を伸ばした。とっさにジークもナイフを抜こうとする。
半分まで抜かれたナイフをつかむ手に、銃口が突きつけられていた。
首筋に冷たいものを感じる。ローヴィは、背後に殺気を感じて振り返る。
Nうちのおかしらを脅すつもりなら、このナディちゃんが許さないよ!
ナディが持っている鍵盤型小銃は、いつでも爆音を奏でられる状態だ。
ローヴィは、大人しく引き下がるしかなかった。
悪いが、これから俺たちの艦に乗ってもらう。疑いが晴れるまでな……。
嗜虐的な笑みを浮かべるジーク。
それを見たローヴィは、恐怖を覚えるのではなく、胸にチクリとした痛みを感じた。
人の心の底を見透かしつつ、誰も信じず、決して希望を抱くことのない目だ。
同じ眼を持つ男をローヴィは、よく知っていた。
ローヴィの中で小さく爛っていた疑念の火種は、赤く大きな炎となって燃えはじめた。
***
一方、ロレッティの艦に乗っていた君たちは、なんとかして〈原石〉を持ち出せないかと頭を捻っていた。
しかし、ロレッティの持っている逃眼鏡の効力は、回避不能だ。下手な動きは見せられない。
……で、どうやってルヴァルに連絡するの?と君は冷めた目で答える。
君に対して媚びるような視線を向ける。
ろくなお願いじゃないことは予想できた。見え見えの態度に苦笑しているとー―突然、艦外で爆発が起きた。
艦の外では、大きな戦艦が、ロレッティのメーヴエ号に向けて砲撃を続けていた。
いや、よく観察すると……砲撃の対象はロレッティの艦ではない。
君も見覚えのある竜だった。
竜に乗った少女が、ウォラレアルの竜を空賊から逃がそうとしていた。
少女が懸命に呼びかけるも、ウォラレアルの竜には届いていないようだ。
気炎をあげながら、興奮気味に翼を羽ばたかせている。
魔力と同等のエネルギーを内包するこの聖なる石の〈原石〉が、あの竜を興奮状態にさせている――
あり得ないことではない。
ブルンヒルト様のためならば、鬼にでも悪霊にでもなれる!
ミラディアが、ケーニギン号に設置されている捕縛網投射器の狙いを付ける。
瞬時に割って入った黒い影は、ドロシーだった。だが不運にも、投射器の引き金は、すでに絞られていた。
ちょっとお仕置きが必要かもね、と言って、君はカードを引き抜いた。
甲板に出る。吹きすさぶ風の圧力が、君の身体を薙ぎ払おうとする。
両足にぐっと力をこめて、君は後ろを振り返った。
竜は、なんとかこの艦に追いつこうと、懸命に翼を羽ぱたかせている。
ブルンヒルトとウォラレアルの竜にどんな因縁があるのだろう。
そんなことは、君には関係なかった。いま考えるべきことは、竜を空から追い落とそうとしている奴を止めることだ。
君は答える。前の大戦でウォラレアルの竃には助けられた。戦いで、空に散った竜も沢山見てきた。
彼らが戦ってくれたから――ウォラレアルの竜たちが、血を流したから――
いま、この空はこんなに青く澄んでいるんだよ。と、君は告げる。
ドラゴンは、命の恩人!今度は、ドロシーがドラゴンを助ける!
だからその血を引くあたしも、弱っている人は放って置けない性分なの!
ドロシーちゃん、あんたのことロレッティー家が助けてあげる。
これは、立派な人助けだからね。いつも以上に気張って戦うのよ。いいわね!?
ならば来い!空の支配者は、我々ブルンヒルトー家だということを教えてやる!
君もカードに魔力を込めた。叡智の扉の向こうから、精霊の問いかけが、奔流のように流れ込んでくる。
それに答えて君は魔法を放った。蒼天に稲妻が走り、竜のいななきが轟く――
***
ふたりを乗せた竜――グウィスは、雲を掻き分けるように飛ぶ。
先に進むごとに、風に混ざって届く。竜の鳴き声が鮮明になる。
悲しげに響くドラコの声を聞くたびに、キャナルは落ち着かなくなった。
竜は聖なる石の〈原石〉に覆い被さるように鳴いている。
君たちが、手を出せずに困っていると――
翼のはためきによって起る風圧と共に、別の竃が近づいてきた。
やはり、あの竜は、ウォラレアルの竜だった。主人と無事に再会を果たしたのを見て、君たちはほっと息をつく。
ドロシーという少女と共にいるのは、ドラコよりもよっぽど竜らしい竜だった。
でも、この子に命を助けられた。ドロシー、ドラゴンに感謝している。お前たちも、もっとドラゴンを大事にしろ。
ドラコは、〈原石〉の側から離れようとしない。淡く周囲に拡散する光をうっとりとした瞳で見つめている。
その目は、哀しんでいるように見えるし、惑わされているようにも見えた。明らかに正常じゃなかった。
最初は、踊らんばかりに狂喜していたドラコだったが、やがてその鳴き声は、悲愁を漂わせる。
キャナルが、ドラコをはじめて見つけた時、めずらしい鳥の雛だと思った。
けど、雛はどんどん成長して、立派な竜へと成長を遂げた。
ドラコはどこから来たのか、母親は、どこにいるのか……。
キャナルはなにも知らない。いつか秘密を解き明かしたいと思っていた。
のんきに〈原石〉を持ち帰ろうとしているふたりに、君たちは口を挟まざるを得ない。
この〈原石〉は、古代法文明の遺産の一つ。もしかしたら、ドラコも関わりがあるのかもしれないね、と君は言った。
生き残りにしては年代が、離れすぎている。ただ、なんらかの関わりがあるのは、間違いないだろうが……。
おっと、のんびり話し込んでる場合ではない。敵と交戦中だったことを、君は思い出す。
だが、逃げる暇などなかった。君たちが、身構えた時には、曳航用の話が、何本も放たれていた。
メーヴエ号全体に衝撃が走る。舷側に、いくつも巨大な話が突き刺さっている。
傾く空賊艦。ブルンヒルトの艦から、武器を手にした空賊たちが乗り込んでくる。
〈原石〉は、傾斜がきつくなった甲板上を、転がっていく。ドラコは、脇目も振らずそれを追いかけた。
心配いらないと応えるように、リクシスの竜は、雄々しい鳴き声をあげた。
広がる両翼。甲板を滑り落ちていく〈原石〉に向かって、リクシスは手綱を引き絞った。
海面に落ちようとする〈原石〉。それを追いかけるドラコ。リクシスたちは、そのあとに続く。
なにか手を打たなきゃいけない。わかっているが、君の背中には、銃口が突きつけられている。
どうやら、命令を勘違いしたようです。
お詫びとして、ケーニギン号にお越しください。おもてなしをさせていただきます。
銃を突きつけたまま言う台詞かな、と君は訊ねた。
銃をしまう。
story 女王のお願い
君たちが、ブルンヒルトに招かれている間、ロレッティはケーニギン号の船倉に投獄されてしまった。
ブルンヒルトは、君たちをお客として考えているようだが、ロレッティたちは、そうではないらしい。
もしくは、君たちがおかしなことをしないための保険として捕らえたのかもしれない。
不安を押し殺しつつ、君たちは招待どおり、艦橋にやってきた。
ケーニギン・ブルンヒルト。空賊の世界で生まれ、空で生きる女空賊。
彼女の父も母も空賊だった。そして兄も姉も空で生まれた。空でしか生きる術を知らない一家であった。
ブルンヒルトは、そんな家族から空賊としての生き方を学んだ。
お陰で空は、生まれてから慣れ親しんだ自分の庭も同然の場所となった。
女だてらに空賊を率いていることに、疑問を挟むものなど誰も居ない。
ブルンヒルトがいかに空を愛しているか、知っているからだ。
同じドルキマス軍ではなかったが、ブルンヒルトとは一応友軍同士だったわけだ。
義手になった片方の腕を気にする素振りを見せた。その腕は、ブルンヒルトの命の代償として、空に置いてきた(・・・・・)らしい。
空の勢力を二分するほどの二空賊だと聞いていたから、最初は、恐い人だと思っていた。
だが、君の目の前で紅茶の用憲をはじめたブルンヒルトは、人々を恐れさせる空賊の頭領らしくはなかった。
紅茶の葉が詰め込まれた缶を開いて、ブルンヒルトは首をかしげている。
大雑把に匙で葉をすくい、ティーポットに投げ込む。
細々と動き回るブルンヒルトは、君たちをもてなすのを心底楽しんでいるように見える。
ティーカップが、君とウィズの前に置かれた。注ぎ込まれた紅茶は……紅茶に見えないほど黒々としていた。
けど、飲まないのは、一生懸命滝れてくれたブルンヒルトに申し訳ない。君たちは怖々と紅茶を口にする。
あ、そうだ。砂糖を入れるのを忘れてました。
ティースプーンに白い穎粒をすくって、君たちのティーカップにどさどさと放り込む。ついでに自分のカップにも入れる。
よかった。これだけ砂糖を入れたら、どんなに苦い紅茶でも、多少はマシに――
塩だった。
***
ミラディアは甲板から落ちた〈原石〉を見つけられずに戻ってきた。
キャナルたちが拾ってくれたのならまだ救いはあるが……。どうか、悪人の手に渡らないことを祈るばかり。
早く〈原石〉を探しに行きたいのだが、ブルンヒルトは、君たちとじっくり話し込む態勢になっている。
話しながら、ミラディアに滝れ直してもらった紅茶を口にする。
それだけの力が、聖なる石にはあると感じました。
あの〈原石〉の危険性、人にもたらす影響を、ブルンヒルトは十分に理解していた。
ブルンヒルトの義手が、金属音を軋ませた。
あの男は、自分と繋がりのある国の軍をこの弱酸諸島に介入させようと画策しています。
我らカー族も、昔、裏切りものによって滅びかけた。裏切りもの。悪い奴!
我が家族の眠る空をかき乱す輩は許せない。そのためにも、ハリールースをなんとかしたいのですが……。
ブルンヒルトは、空賊として名を馳せているが、所持している艦は、たった戦艦1隻。
かたやハリールースは、100を超える艦艇を有した大勢力。
ブルンヒルトですら、ハリールースー家には、そう簡単に手出しできないのだ。
もし、敵に回るのであれば、この空を自由に飛び回るのは、難しくなるでしょう。よく、お考えになってください。
物腰は柔らかいが、ブルンヒルトもやはり空賊。
敵に回るものには容赦しないという意思が、言葉の端々に表れていた。
寄り道はしたくない。だけど、無駄な敵も増やしたくない。
悩みどころだった。
しばらく、考えさせて欲しいと君たちは態度を保留した。
でも、彼女の願いを聞いてしまったら、〈原石〉は、ブルンヒルトのものになりそうな予感がするにゃ。
空賊であれば、誰でも〈原石〉は欲しがるだろう。きっと、プルンヒルトも例外ではない。
勢力が捨抗している間は、〈原石〉のような貴重なお宝が、誰のものになるのか不透明だが――
どこかの勢力だけが勝ち残ると、きっとお宝を独り占めするだろう。
いまちょうど脱獄してきたところだから、一緒に逃げよう。いやー、探しにいく手間が省けてよかったよ~。
君たちは、目を見合わせた。
君たちは、とほほと肩を落とした。
story その男、ハリールース
髑髏諸島上空は、日を追うごとに物々しさを増してきた。
続々と参集する様々なタイプの空賊艦。それらのほとんどは、ハリールースの一家であることを示す空賊旗を掲げていた。
ハリールーズ一家に比べれば、フェリクスの存在など濁流に呑まれる1枚の木の葉でしかない。
〈原石〉はもう諦めて、髑髏諸島を離れた方がいいかも……そんな弱気な考えが過ぎった。
前方で、小さな影が、ゆらぐように舞っていた。
それは、力なく、よろよろと飛ぶ竜だった。その脚には、巨大に光る岩――〈原石〉が抱えられている。
最早飛び続けるのも限界だった。リクシスは、グウィスの手綱を緩めて、フェリクスの艦に竜を着陸させた。
振り返ったフェリクスの視界いっぱいに、開いたドラコの口があった。
フェリクスは、食べられるかと身構えたが、ドラコの目的は、あくまでも〈原石〉だった。
とは言ったものの、フェリクスは内心でガッツポーズしていた。
探していた〈原石〉が、なんの努力もせずに転がり込んできたのだ。喜ぱずにはいられない。
このまま持ち帰ってレベッカに引き渡せば、フェリクスの任務は達成となる。
……だが、それではキャナルたちを裏切ることになる。
周辺の雲の中から、とつぜん無数の浮島が現われた。
浮島の影に潜む殺気。島の陰には、無数の空賊艦が潜んでいる。
先ほどまでこの空域に浮島などなかった。だから、空賊などいないと踏んでいたのに。
浮島に偽装して接近してきたのだろうか?それにしては、出現の仕方が唐突だ。
どうなってやがる――?フェリクスは、口惜しさを噛み殺すしかなかった。
おめえら、聖なる石の〈原石〉を、この島から持ち出そうとしているんだって?
俺たち空賊は、どこにも所属しない。どの国ともつるまない。それが信条だ。
なあ、そうだろお前等!? ボーディスだか、なんだか知らない小国の王なんぞに、舐められていいのかよ!?
空の大気を震わせるような怒声が、周辺を取り囲む空賊艦からあがる。
「空賊ではないものは、殺せ!」「艦ごと海に叩き落とせ!」
フェリクスたちに凶悪な罵声が、投げかけられる。竜たちは、恐怖で身を縮こまらせた。
フェリクスは、16粍高射砲の銃身を構えて狙い撃った。
大口径の砲弾は、近くの空賊艦に命中した。直後鈍い金属音とともにマストがへし折れた。
指を鳴らす。空の彼方から、猛スピードで突き進む艦が見えた。
フェリクスは、再び狙いを付ける。推進機関を狙おうとする――だが、向こうの方が早かった。
フェリクスの砲弾をかいくぐり、ランダバルは、ゲヴィッター号の側面に猛烈な突進を叩き込む。
派手な金属音をあげながら、ゲヴィッター号は、姿勢を崩す。
ハリールースは、さらに合図を送る。
準備を整えた配下の空賊艦は、鋭利な鋼の話をずらりと並ばせた。
ハリールースの合図で、いままさに、無数の銑括が放たれんとする――
フェリクスから〈原石〉を受け取ったハリールースは、早速、聖なる石の淡い光に手をかざした。
フェリクスは、苦々しい表情でハリールースを睨んでいる。
何の変哲もない羊皮紙を手に取った。
〈原石〉から発する光が、その羊皮紙に吸い込まれていく。
無地だった羊皮紙に、ぽつぽつと島が浮かんでいく。
それは、この世のものではない、幻想で出来た浮島だった。
これこそ、古代遺物〈幻惑の海図〉の力。
大空賊なんていう、チャチなものじゃ満足できねえ!
この空も陸も、全部俺様のものにする!俺は、この世のすべてを支配するんだ!はーっ!はっ!はっ!はっ!はっ!
フェリクスは、服の内側に隠している拳銃に手を伸ぱす。
意を決して、抜こうとしたその時。一本のナイフが飛び込んできて、ハリールースの足元に突き刺さった。
ナイフには、黒い鴉の模様が、刻まれていた。