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【黒ウィズ】空戦のシュヴァルツ Story3

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story 竜を探して(上級)



 髑髏諸島ドックは、地上から隔離された空賊艦の停泊地であり、休息所でもあった。

大小様々な艦艇が立ち寄り、燃料の補給や整備などを行なっている。

空賊ならば誰でも利用できる共有施設だが、仲の悪い空賊同士が顔を合せると、当然トラブルも起った。

ハリールースの手下たちが、集まっているようですね。

遠方での仕事が、―段落したらしいぜ。奴ら、いよいよ本格的に〈原石〉を奪いにいくつもりだ。

zおら、さっさと歩け!

 少数部族風の出で立ちをした男が、荒くれものどもに背中を押されながら、歩いている。

wあそこは神聖な土地だ。お前たち空賊が、土足で踏み込める場所じゃない。

そんなこと言いながら、てめぇが、資源を独占するつもりなんだろ?

そいつは、いけねえなあ?大地が生み出した恵みは、みんなで分け合わないと。

wお前たちのような悪者に奪われないよう、守っていたはずなのに……。こんなことになったのは残念だ。

おい、こいつを船倉に閉じ込めとけ。

 若い男は、乱暴に連れて行かれる。

ローヴィは、見かねて助けに入ろうとするが、そういった考えなしの行動をフェリクスが諌めた。

周りを見ろ。ハリールースの手下だらけだ。ここは、実質奴らのアジト。さからっちゃ、命がない。

強い者が、弱い者を虐げる。空賊の世界も、同じですね。

あんたが言うと説得力に欠けるぜ。いまこの世で、一番強い奴は、ドルキマス軍人だ。

 しかし、その強さは、羊を率いてきだ”狼”の指揮によるところが大きい。

指揮官を失ったドルキマス軍など、いかほどのことがあろうかと、ローヴィは自嘲する。

お互い、目的があって空賊をやってるんだろ?大人しくしてようぜ?

少女を救いに入ったあなたが言うと、説得力に欠けますね。

 ハリールースの手下たちは、地下アジトを我が物顔で占領していた。

また1隻、変わった形の空賊艦が、アジトの係留所に入ってくる。

よお、ランダバル。遅かったじゃねえか、待ってたぜ。

ここに来る前に仕事を終わらせたかったのだが、なんとも摩詞不思議な妨害にあってね。逆に奪われてしまったよ。

小娘が持っているバロームの遺品だろうな。あれはやっかいだ。

やはり、古代遺物か。それをなんとかしないかぎり、例の〈原石〉は、奪えまい。

 ローヴィは、ハリールースと親しげに話すこの男の顔に見覚えがあった。

(元帥閣下とともに出向いた、シュネー国との休戦協定締結祝賀会。あの場にいた男だ……)

 副官として、ディートリヒが、どこで誰と会ったかを覚えるの万仕事のひとつだった。

(あの時は、シュネー国の軍服を着ていたはず。その男がなぜ、空賊としてここにいる?)

 空賊を装っているのだとしたら、自分のようになにか目的があるはずだ。

とはいえ、直接聞きただしても、答えはしまい。

こんなところじゃなんだからよ。奥で話をしようぜ。例のものを強奪する打ち合わせをよ……。

そうだな。ここは誰の目が光っているか、わからんからな。

 ここは、ハリールースー家の空賊艦。

食料や水などが積み込まれた船倉は、薄暗く湿っており、時々ネズミが走り回る劣悪な環境だった。

w来たね?

ハリールースは、上手く餌に食いついてくれたようだな?

w餌にするためとはいえ、管理していた鉱山のひとつを奪われたんだ。良い気分はしないよ。

俺は、奴がどこの国に資源を横流しするか、そいつを突き止められればいい。あとはお前の好きにしろ。

 ジークは、ポケットから船倉の鍵を取り出し、ドアの小窓から投げ渡した。

w君は、一緒に脱出してくれないの?

お人好しが助けに来るだろう。そいつと共に行け。

 黒い鴉は、暗がりの中に消えた。入れ替わるようにして、別の人物が、船倉の扉を叩いた。

おい、助けに来たぞ!

……さっきは見捨てて悪かったな?いまこのドアをぶち破って外に出してやる。

wその必要はないよ。鍵ならここにある。

 ハリールースの艦から出てきたばかりのジークに忍び寄る気配。

振り返って身構えると、そこにいたのは、ローヴィだった。

ジーク・クレーエ。あなたに話があります。

俺はない。お前がとびっきり上品なメス猫なら、聞いてやらんことはないが……そうじゃない。

私はある人物を探しています。元帥閣下に関係あるお方です。

その人物を見つけるためにも、どうかあなたの右眼を拝見させてください。

あなたにその印がなければ、もう話しかけたりはいたしません。

……断る。お前は、知らない男にとつぜん右眼を覗き込ませろと言われて、大人しく従うのか?

私は真剣です!この任務には、私の復讐とドルキマスの未来が掛かっているのです。

ここにドルキマスの犬がいるぞ、と叫んでもいいが?

 ローヴィが腰の拳銃に手を伸ばした。とっさにジークもナイフを抜こうとする。

今度は、私の方が早かったようですね。

 半分まで抜かれたナイフをつかむ手に、銃口が突きつけられていた。

いや、やはり俺たちの方が早かった。

 首筋に冷たいものを感じる。ローヴィは、背後に殺気を感じて振り返る。

Nうちのおかしらを脅すつもりなら、このナディちゃんが許さないよ!

……脅してなどいません。

 ナディが持っている鍵盤型小銃は、いつでも爆音を奏でられる状態だ。

ローヴィは、大人しく引き下がるしかなかった。

お前への疑念は、まだ晴れたわけではない。

悪いが、これから俺たちの艦に乗ってもらう。疑いが晴れるまでな……。

 嗜虐的な笑みを浮かべるジーク。

それを見たローヴィは、恐怖を覚えるのではなく、胸にチクリとした痛みを感じた。

人の心の底を見透かしつつ、誰も信じず、決して希望を抱くことのない目だ。

同じ眼を持つ男をローヴィは、よく知っていた。

ローヴィの中で小さく爛っていた疑念の火種は、赤く大きな炎となって燃えはじめた。


 ***


 一方、ロレッティの艦に乗っていた君たちは、なんとかして〈原石〉を持ち出せないかと頭を捻っていた。

しかし、ロレッティの持っている逃眼鏡の効力は、回避不能だ。下手な動きは見せられない。

いいこと考えたにゃ! 私たちが〈原石〉をルヴァルのところに持っていくんじゃなく、むしろ、ルヴァルに来てもらうにゃ!

 ……で、どうやってルヴァルに連絡するの?と君は冷めた目で答える。

そ、それもそうにゃ……。

もし、〈原石〉が欲しいなら、あげてもいいよ。光る岩なんて、お宝としてあまり恰好よくないし……。

本当にゃ?

その代わり、ロレッティのお願い聞いてくれる?

 君に対して媚びるような視線を向ける。

ろくなお願いじゃないことは予想できた。見え見えの態度に苦笑しているとー―突然、艦外で爆発が起きた。

んもー。どうせこの〈原石〉が狙いなんでしょ?余計な戦いは、避けるに限るね。

w了解でさー。面舵―杯!

魔法使いさん。ちゃっちゃとやっつけてきてよ。強い人、あたし大好きなんだ。

 艦の外では、大きな戦艦が、ロレッティのメーヴエ号に向けて砲撃を続けていた。

いや、よく観察すると……砲撃の対象はロレッティの艦ではない。

クアアアアツ!クアッ!

あの竜は、ウォラレアルの竜じゃないかにゃ?

 君も見覚えのある竜だった。

wドラゴン、逃げろ!ここには、来ちゃダメだ!

 竜に乗った少女が、ウォラレアルの竜を空賊から逃がそうとしていた。

wひとりで、どこに行くつもりだ?ドロシーとともに、空域を離れよう。

クアッ!クアッ!ケーッ!ケーッ!

 少女が懸命に呼びかけるも、ウォラレアルの竜には届いていないようだ。

気炎をあげながら、興奮気味に翼を羽ばたかせている。

もしかしてあの竜、この艦に追いつこうとしているんじゃないかにゃ?

竜に好かれる覚えはないよ?

〈原石〉の影響じゃないかにゃ?

 魔力と同等のエネルギーを内包するこの聖なる石の〈原石〉が、あの竜を興奮状態にさせている――

あり得ないことではない。

その竜。ミラディアが捕まえる。逃さない。ブルンヒルト様の命令だ!

wどういう事情があろうと、ドラゴンは人間の敵じゃない。ドラゴンだって、この星の生き物だ!

ミラディアにとってブルンヒルト様がすべて。惚れた人にとことん尽くすのが、我ら力―族!

ブルンヒルト様のためならば、鬼にでも悪霊にでもなれる!

 ミラディアが、ケーニギン号に設置されている捕縛網投射器の狙いを付ける。

wダメ!ドラゴンたちには、手を出させない!

 瞬時に割って入った黒い影は、ドロシーだった。だが不運にも、投射器の引き金は、すでに絞られていた。

wきゃあああっ!?

いくらなんでも、竜を守ろうとした子を狙うなんて酷いにゃ!

 ちょっとお仕置きが必要かもね、と言って、君はカードを引き抜いた。

甲板に出る。吹きすさぶ風の圧力が、君の身体を薙ぎ払おうとする。

両足にぐっと力をこめて、君は後ろを振り返った。

クアッ!クアッ!

 竜は、なんとかこの艦に追いつこうと、懸命に翼を羽ぱたかせている。

ブルンヒルトとウォラレアルの竜にどんな因縁があるのだろう。

そんなことは、君には関係なかった。いま考えるべきことは、竜を空から追い落とそうとしている奴を止めることだ。

なんだ?お前たち、その竜の味方をするつもりか?

 君は答える。前の大戦でウォラレアルの竃には助けられた。戦いで、空に散った竜も沢山見てきた。

彼らが戦ってくれたから――ウォラレアルの竜たちが、血を流したから――

いま、この空はこんなに青く澄んでいるんだよ。と、君は告げる。

wそうよ!ドラゴンがいてくれたから、ドロシーは、イグノビリウムに捕まらずにすんだ!

ドラゴンは、命の恩人!今度は、ドロシーがドラゴンを助ける!

竜に命を救われた子か……涙をそそるね。

そういうの嫌いにゃ?

なに言ってるの?空賊は、こういうお涙頂戴話には、弱いの。お爺ちゃんも、涙もろい人だったらしいわ。

だからその血を引くあたしも、弱っている人は放って置けない性分なの!

ドロシーちゃん、あんたのことロレッティー家が助けてあげる。

w助けるなら、早く助けろ!そろそろ限界だ!

野郎ども、戦闘準備だよ!取り舵―杯。砲門開け!標的は、竜を虐める悪い奴らだ!

これは、立派な人助けだからね。いつも以上に気張って戦うのよ。いいわね!?

wよーそろーでさあ!お頭のためなら!

愚かな……。ブルンヒルト様。そして、ケーニギン号を敵に回すとは。

ならば来い!空の支配者は、我々ブルンヒルトー家だということを教えてやる!

 君もカードに魔力を込めた。叡智の扉の向こうから、精霊の問いかけが、奔流のように流れ込んでくる。

それに答えて君は魔法を放った。蒼天に稲妻が走り、竜のいななきが轟く――


 ***


聞こえる……。これは、ドラコの鳴き声だ!リクシス王子、向こうだよ!

いてて、そんなに揺さぶるなって。いま向かうからさ。

 ふたりを乗せた竜――グウィスは、雲を掻き分けるように飛ぶ。

先に進むごとに、風に混ざって届く。竜の鳴き声が鮮明になる。

悲しげに響くドラコの声を聞くたびに、キャナルは落ち着かなくなった。


クケーッ!クケーッ!

 竜は聖なる石の〈原石〉に覆い被さるように鳴いている。

君たちが、手を出せずに困っていると――

翼のはためきによって起る風圧と共に、別の竃が近づいてきた。

やった!ドラコが、いた!リクシス王子、すぐに降ろして!

あれは、竜騎軍にいた子にゃ!?

ドラコ!勝手にいなくなっちゃ、ダメじゃない。心配したんだから一。

 やはり、あの竜は、ウォラレアルの竜だった。主人と無事に再会を果たしたのを見て、君たちはほっと息をつく。

私たちとお家に帰ろう?ここは危険だよ。

w待て。そのドラゴン、お前のドラゴンか?

君は……?君も竜に乗るの?

 ドロシーという少女と共にいるのは、ドラコよりもよっぽど竜らしい竜だった。

wドロシーは、悪い竜を征伐するー族の生まれだ。ドラゴンは、ドロシーの敵だった。

でも、この子に命を助けられた。ドロシー、ドラゴンに感謝している。お前たちも、もっとドラゴンを大事にしろ。

もちろん、大事にしてるよ。ドラコは私の友達だもん。

 ドラコは、〈原石〉の側から離れようとしない。淡く周囲に拡散する光をうっとりとした瞳で見つめている。

その目は、哀しんでいるように見えるし、惑わされているようにも見えた。明らかに正常じゃなかった。

クアッ!クアッ!クアッ……クアッ……。

 最初は、踊らんばかりに狂喜していたドラコだったが、やがてその鳴き声は、悲愁を漂わせる。

竜のこんな悲しそうな声を聞くのは初めてだ。この岩が、そうさせているのか?

もしかしてドラコ、故郷を思い出しているのかも。

 キャナルが、ドラコをはじめて見つけた時、めずらしい鳥の雛だと思った。

けど、雛はどんどん成長して、立派な竜へと成長を遂げた。

ドラコはどこから来たのか、母親は、どこにいるのか……。

キャナルはなにも知らない。いつか秘密を解き明かしたいと思っていた。

この光る岩が、ドラコの秘密を解き明かす鍵になるかもしれない!

なら、こいつをウォラレアルに持ち帰って、ライサさんたちに調べてもらおうぜ。

うん!

 のんきに〈原石〉を持ち帰ろうとしているふたりに、君たちは口を挟まざるを得ない。

待つにゃ。この〈原石〉は、私たちのものにゃ。持って行かせはしないにゃ。

いやいや、ロレッティのものだよ。

でも、この岩を調べたら、ドラコの秘密がわかるかもしれないんだよ?

それも大事なことかもしれないけど、この〈原石〉は、世界の大事に関わってるにゃ。

 この〈原石〉は、古代法文明の遺産の一つ。もしかしたら、ドラコも関わりがあるのかもしれないね、と君は言った。

もしかして、ドラコは古代魔法文明の生き残りなのか?だとしたら、凄いけど………。

 生き残りにしては年代が、離れすぎている。ただ、なんらかの関わりがあるのは、間違いないだろうが……。

おっと、のんびり話し込んでる場合ではない。敵と交戦中だったことを、君は思い出す。

wお頭!ブルンヒルトの艦が、突っ込んで来ますぜ!

えー? 突っ込んでくるの?……どうしたらいいかな?

に……逃げた方がいいにゃ!

 だが、逃げる暇などなかった。君たちが、身構えた時には、曳航用の話が、何本も放たれていた。

メーヴエ号全体に衝撃が走る。舷側に、いくつも巨大な話が突き刺さっている。

wやつら、乗り込んでくるつもりだ。お頭、もうダメだ!

空の男が、こんなことぐらいで泣いちゃダメだよ。最期は、明るく笑って、ね?

これで最期は嫌にゃ!もっと、美味しいもの食べたかったにゃ!

 傾く空賊艦。ブルンヒルトの艦から、武器を手にした空賊たちが乗り込んでくる。

wドラゴン、逃げるよ!

ドラコ、アタシたちも一旦離れよう。え……ちょっと待って。ドラコ、どこに行くの?

 〈原石〉は、傾斜がきつくなった甲板上を、転がっていく。ドラコは、脇目も振らずそれを追いかけた。

キャナル!いまがチャンスかもしれない!

……そっか、空賊たちが争っている間に、あの〈原石〉を奪うんだね?

グウィス、かなり大きなブツだが、抱えて飛べそうか?

 心配いらないと応えるように、リクシスの竜は、雄々しい鳴き声をあげた。

広がる両翼。甲板を滑り落ちていく〈原石〉に向かって、リクシスは手綱を引き絞った。

進め、グウィス!

 海面に落ちようとする〈原石〉。それを追いかけるドラコ。リクシスたちは、そのあとに続く。

キミ、〈原石〉が盗られてしまうにゃ!

 なにか手を打たなきゃいけない。わかっているが、君の背中には、銃口が突きつけられている。

我がー家の者が失礼いたしました。竜の様子が、おかしかったので我が艦で保護するように命じただけですが……。

どうやら、命令を勘違いしたようです。

お詫びとして、ケーニギン号にお越しください。おもてなしをさせていただきます。

 銃を突きつけたまま言う台詞かな、と君は訊ねた。

それは失礼を……。

 銃をしまう。

これでよろしいですか?……では、どうぞこちらへ。



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story 女王のお願い



 君たちが、ブルンヒルトに招かれている間、ロレッティはケーニギン号の船倉に投獄されてしまった。

ブルンヒルトは、君たちをお客として考えているようだが、ロレッティたちは、そうではないらしい。

もしくは、君たちがおかしなことをしないための保険として捕らえたのかもしれない。

不安を押し殺しつつ、君たちは招待どおり、艦橋にやってきた。

ようこそ、お越しくださいました。

 ケーニギン・ブルンヒルト。空賊の世界で生まれ、空で生きる女空賊。

彼女の父も母も空賊だった。そして兄も姉も空で生まれた。空でしか生きる術を知らない一家であった。

ブルンヒルトは、そんな家族から空賊としての生き方を学んだ。

お陰で空は、生まれてから慣れ親しんだ自分の庭も同然の場所となった。

女だてらに空賊を率いていることに、疑問を挟むものなど誰も居ない。

ブルンヒルトがいかに空を愛しているか、知っているからだ。

……やはり、あなたたちが、あの魔道艇を操縦していたのですね? ならば、私たちは戦友ですね。

先の戦争、ブルンヒルトも参加していたのかにゃ?

軍人には手を貸しません。私は、自分の空を守るために、勝手に参加していたのです。

 同じドルキマス軍ではなかったが、ブルンヒルトとは一応友軍同士だったわけだ。

戦争はいやなものです。なにもかも奪っていく……。

 義手になった片方の腕を気にする素振りを見せた。その腕は、ブルンヒルトの命の代償として、空に置いてきた(・・・・・)らしい。

まだ、お茶を出してませんでしたね。すぐにご用意いたします。

お構いなくにゃ。

 空の勢力を二分するほどの二空賊だと聞いていたから、最初は、恐い人だと思っていた。

だが、君の目の前で紅茶の用憲をはじめたブルンヒルトは、人々を恐れさせる空賊の頭領らしくはなかった。

ブルンヒルト様。お茶なら、お任せを。戦いに負けた、償いをさせてください。

久しぶりのお客さんですもの。私におもてなしさせてください。ミラディアは、〈原石〉の行方を追ってください。

でも、ブルンヒルト様のお茶は……。いえ……。

 紅茶の葉が詰め込まれた缶を開いて、ブルンヒルトは首をかしげている。

これ、どのぐらい入れればいいのでしょう?いつもこのぐらいだったかしら?

 大雑把に匙で葉をすくい、ティーポットに投げ込む。

お茶菓子は……。あ、そうでした。ビスケットがまだ残ってました。

 細々と動き回るブルンヒルトは、君たちをもてなすのを心底楽しんでいるように見える。

準備できました。先の戦争で生き残れたことを祝して、紅茶で乾杯いたしましょう。

 ティーカップが、君とウィズの前に置かれた。注ぎ込まれた紅茶は……紅茶に見えないほど黒々としていた。

けど、飲まないのは、一生懸命滝れてくれたブルンヒルトに申し訳ない。君たちは怖々と紅茶を口にする。     

ぶふっ!?……予想していたけど、ものすごく苦いにゃ。

おかしいですね。ミラディアが、いつも滝れているようにしたつもりなのですが……。

あ、そうだ。砂糖を入れるのを忘れてました。

 ティースプーンに白い穎粒をすくって、君たちのティーカップにどさどさと放り込む。ついでに自分のカップにも入れる。

砂糖がないから、苦かったのです。これできっと美味しくなるはずです。

 よかった。これだけ砂糖を入れたら、どんなに苦い紅茶でも、多少はマシに――

ブーッ!?

 塩だった。


***


 ミラディアは甲板から落ちた〈原石〉を見つけられずに戻ってきた。

キャナルたちが拾ってくれたのならまだ救いはあるが……。どうか、悪人の手に渡らないことを祈るばかり。

早く〈原石〉を探しに行きたいのだが、ブルンヒルトは、君たちとじっくり話し込む態勢になっている。

ブルンヒルトは、あの〈原石〉がどういうものか、知っているのかにゃ?

先の大戦で、ドルキマス軍が新しき燃料として聖なる石を利用しているのを見ました。

 話しながら、ミラディアに滝れ直してもらった紅茶を口にする。

あの聖なる石がもたらすエネルギーによって、世の戦争のあり方は、変わるかもしれません。

それだけの力が、聖なる石にはあると感じました。

 あの〈原石〉の危険性、人にもたらす影響を、ブルンヒルトは十分に理解していた。

 (空賊の中にまともな人がいてくれてよかったにゃ)

ゆえに……ハリールースには、渡せません。あの男は、手に入れた〈原石〉を悪用し、空を支配するでしょう。

そんなに悪い奴なのかにゃ?

私と同じように、この空で生まれ、ずっと空賊として生きてきた男です。

赤髭バロームのような、大空賊と呼ばれることを望んでいる。でも、人望がない。

ぶっ。辛辣にゃ。

ブルンヒルト様は、この空で最強……。でも、あの男は、毎回邪魔をする。

あの男ごときに遅れを取っているようでは、この空で最強を名乗るなど、とてもとても……。

 ブルンヒルトの義手が、金属音を軋ませた。

もうひとつ、ハリールースを許せないのは、空賊として自分の力だけで空を支配しようとしないことです。

あの男は、自分と繋がりのある国の軍をこの弱酸諸島に介入させようと画策しています。

どこかの国が、彼の背後にいるにゃ?

そうだ。空賊は、どこの国にも所属してはいけないんだ!

我らカー族も、昔、裏切りものによって滅びかけた。裏切りもの。悪い奴!

世が乱れるに従い、空賊の掟をないがしろにする者が現われ――空が騒がしくなります……。

我が家族の眠る空をかき乱す輩は許せない。そのためにも、ハリールースをなんとかしたいのですが……。

 ブルンヒルトは、空賊として名を馳せているが、所持している艦は、たった戦艦1隻。

かたやハリールースは、100を超える艦艇を有した大勢力。

ブルンヒルトですら、ハリールースー家には、そう簡単に手出しできないのだ。

彼が空賊の掟を破っている確かな証拠をつかめれば、勢力を削げると思うのです。

もしかして、私たちにハリールースが、どこかの軍と繋かっている証拠をつかんで来いと言うのかにゃ?

強制はしません。ですが、この図駿諸島で行動する以上、後ろ盾がある方が、行動しやすいはずです。

もし、敵に回るのであれば、この空を自由に飛び回るのは、難しくなるでしょう。よく、お考えになってください。

 物腰は柔らかいが、ブルンヒルトもやはり空賊。

敵に回るものには容赦しないという意思が、言葉の端々に表れていた。

(キミ、どうするにゃ? 私たちは、〈原石〉を取り戻さなきゃいけないにゃ)

 寄り道はしたくない。だけど、無駄な敵も増やしたくない。

悩みどころだった。


 しばらく、考えさせて欲しいと君たちは態度を保留した。

ブルンヒルトの後ろ盾は魅力的にゃ……。

でも、彼女の願いを聞いてしまったら、〈原石〉は、ブルンヒルトのものになりそうな予感がするにゃ。

 空賊であれば、誰でも〈原石〉は欲しがるだろう。きっと、プルンヒルトも例外ではない。

勢力が捨抗している間は、〈原石〉のような貴重なお宝が、誰のものになるのか不透明だが――

どこかの勢力だけが勝ち残ると、きっとお宝を独り占めするだろう。

ば……爆発? なにごとにゃ!

あ、ウィズに魔法使いさん。ちょうど良かった。

いまちょうど脱獄してきたところだから、一緒に逃げよう。いやー、探しにいく手間が省けてよかったよ~。

なにっ!?脱獄だと!?ブルンヒルト様の艦を爆破するなど………許せん!

 君たちは、目を見合わせた。

はあ……。これでブルンヒルトに加担する話はなくなったも同然にゃ。なんとなく、こうなる予感がしたにゃ。

脱獄者は、生かして帰さない!絶対に捕まえて、皮を剥ぐ!

 君たちは、とほほと肩を落とした。




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story その男、ハリールース



 髑髏諸島上空は、日を追うごとに物々しさを増してきた。

続々と参集する様々なタイプの空賊艦。それらのほとんどは、ハリールースの一家であることを示す空賊旗を掲げていた。

こんなにデカい勢力だったとは。少々侮ってたぜ。

 ハリールーズ一家に比べれば、フェリクスの存在など濁流に呑まれる1枚の木の葉でしかない。

〈原石〉はもう諦めて、髑髏諸島を離れた方がいいかも……そんな弱気な考えが過ぎった。

いやいやいや。ボーディスの王たるもの、受けた依頼に挑みもせず、逃げ帰れるかよ。

 前方で、小さな影が、ゆらぐように舞っていた。

それは、力なく、よろよろと飛ぶ竜だった。その脚には、巨大に光る岩――〈原石〉が抱えられている。

あれは……!?ウォラレアルのキャナルとリクシスじゃねえか!?どうして、ここに……?おーい! おーい!

あれは、フェリクスのアニキ!?空賊になったとは聞いてたけど………。まさか、こんなところで出合うなんて。

 最早飛び続けるのも限界だった。リクシスは、グウィスの手綱を緩めて、フェリクスの艦に竜を着陸させた。

……なるほど。そういうことがあったのか。

ドラコがこの〈原石〉を見て興奮したってことは、きっとドラコの生まれと、なにか関係があると思うの。

ドラコって、ウォラレアルの竜じゃなかったのかよ?

ドラコはドラコだよ。

で……その肝心のドラコは、どこにいるんだ?

後ろ、後ろ。

え?のわっ!?

 振り返ったフェリクスの視界いっぱいに、開いたドラコの口があった。

フェリクスは、食べられるかと身構えたが、ドラコの目的は、あくまでも〈原石〉だった。

クアッ!クアッ!?

フェリクスさん。この光る岩をライサさんに見せたいんです。ウォラレアルまで乗せていってもらえませんか?

そりゃあいいけどよ……。

 とは言ったものの、フェリクスは内心でガッツポーズしていた。

探していた〈原石〉が、なんの努力もせずに転がり込んできたのだ。喜ぱずにはいられない。

このまま持ち帰ってレベッカに引き渡せば、フェリクスの任務は達成となる。

……だが、それではキャナルたちを裏切ることになる。

 (そんなことしたら、俺は卑劣な空賊どもと一緒だ。死んだ父や兄にも、顔向けできねえ……)

”おやおや? お坊ちゃんにお嬢ちゃん。こんなところで、のんきに立ち話かい?”

この声は……

 周辺の雲の中から、とつぜん無数の浮島が現われた。

浮島の影に潜む殺気。島の陰には、無数の空賊艦が潜んでいる。

いつの間にか、囲まれてやがる……。なぜだ? なぜ、気づかなかった?

 先ほどまでこの空域に浮島などなかった。だから、空賊などいないと踏んでいたのに。

前も後ろも、下も上も。完全に囲まれちゃってるね……。

 浮島に偽装して接近してきたのだろうか?それにしては、出現の仕方が唐突だ。

どうなってやがる――?フェリクスは、口惜しさを噛み殺すしかなかった。

悪いがここら一帯は、俺様の縄張でね。なにが起きてるかは、大体把握してんのよ。

おめえら、聖なる石の〈原石〉を、この島から持ち出そうとしているんだって?

バレてる……。

生憎、俺様の縄張にあるものは、俺様のものだ。黙って持ち出してもらっちゃあ、困るなあ。

おっさん。元々この〈原石〉は、あんたのものじゃねえだろ?

いや、一度この空域に入っちまったら俺のものだ。なあ、ボーディスの王様よお。

なるほど。なんでもお見通しというのは、はったりじゃなさそうだ。

ボーディスの王が、空賊に偽装して、俺たちのお宝をふんだくろうだなんて、とんでもねえ悪党だ。

俺たち空賊は、どこにも所属しない。どの国ともつるまない。それが信条だ。

なあ、そうだろお前等!? ボーディスだか、なんだか知らない小国の王なんぞに、舐められていいのかよ!?

 空の大気を震わせるような怒声が、周辺を取り囲む空賊艦からあがる。

「空賊ではないものは、殺せ!」「艦ごと海に叩き落とせ!」

フェリクスたちに凶悪な罵声が、投げかけられる。竜たちは、恐怖で身を縮こまらせた。

恐いよ……。

安心しろ、キャナル。俺が守ってやる。

空賊ごとき。俺様の敵じゃねえ。それを今から教えてやるよ。

 フェリクスは、16粍高射砲の銃身を構えて狙い撃った。

大口径の砲弾は、近くの空賊艦に命中した。直後鈍い金属音とともにマストがへし折れた。

ひゅう、なかなか良い腕してるじゃねえか。おい!

 指を鳴らす。空の彼方から、猛スピードで突き進む艦が見えた。

フェリクスは、再び狙いを付ける。推進機関を狙おうとする――だが、向こうの方が早かった。

私の艦は、砲弾よりも速い。無駄なことはやめなさい。

 フェリクスの砲弾をかいくぐり、ランダバルは、ゲヴィッター号の側面に猛烈な突進を叩き込む。

派手な金属音をあげながら、ゲヴィッター号は、姿勢を崩す。

水平姿勢を取り戻せ!空中でひっくり返っちゃ、目も当てられねえぜ!。

”はははっ。どうだい、ランダバルの高速戦艦の突撃は!?驚いただろ?”

 ハリールースは、さらに合図を送る。

準備を整えた配下の空賊艦は、鋭利な鋼の話をずらりと並ばせた。

やっちまえ……。わかってるだろうが、〈原石〉を傷つけるんじゃねえぜ?

 ハリールースの合図で、いままさに、無数の銑括が放たれんとする――

……わかった!〈原石〉は渡す。

アニキ!?……いいのかよ?

どれだけ大切なものだろうと、命には替えられねえよ。その竜も、ここで死ぬよりはいいだろ?

wうん……。ドラコ、ごめんね。ようやくあなたのこと、わかると思ったのに。

 フェリクスから〈原石〉を受け取ったハリールースは、早速、聖なる石の淡い光に手をかざした。

フェリクスは、苦々しい表情でハリールースを睨んでいる。

凄まじい力を感じるぜ。こいつさえあれば、古代遺物は使い放題だな?

 何の変哲もない羊皮紙を手に取った。

〈原石〉から発する光が、その羊皮紙に吸い込まれていく。

これが、古代魔法文明の力か。へっ、たいしたものだぜ。

 無地だった羊皮紙に、ぽつぽつと島が浮かんでいく。

それは、この世のものではない、幻想で出来た浮島だった。

これこそ、古代遺物〈幻惑の海図〉の力。

この〈原石〉と、この海図があれば、俺はこの空を……いや、世界を支配できる。

大空賊なんていう、チャチなものじゃ満足できねえ!

この空も陸も、全部俺様のものにする!俺は、この世のすべてを支配するんだ!はーっ!はっ!はっ!はっ!はっ!

……。

 フェリクスは、服の内側に隠している拳銃に手を伸ぱす。

意を決して、抜こうとしたその時。一本のナイフが飛び込んできて、ハリールースの足元に突き刺さった。

……誰だ!?

 ナイフには、黒い鴉の模様が、刻まれていた。




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