【黒ウィズ】覇眼戦線2 Story1
目次
story1
君はかぶりを振る。突然の出来事に、まだ状況を整理できていない。
轟々と音を立て燃え盛る村。
断末魔の叫び声。悲鳴。熱気に当てられたような咆哮。
ここは間違いなく戦場だ。
だが記憶を辿っても、この場所に覚えはない。
……ここには、何故か村人の気配がない。
あるのは兵と兵……いや村人がいたとして、助かることはないだろう。
それほどまでに、ここには血の匂いが漂っていた。
思いがけない師の言葉に、君は咄嗟に反応して身を屈める。
風を切り伏せるような音とともに、“君が先ほどまでいた”ところに巨剣が奔った。
首を落とさんとする刃の軌道は、ウィズの言葉のおかげで空を切る。
ひとりの女性が、君を冷たく見下ろしている。
君は起き上がってカードを取り出し、力を込めていく。
戦うつもりはさらさらなかった。
ここがどこかもわからないから、距離を置いて状況を肥握するつもりだった。
だが君の本能が告げていた。
強いか弱いかもわからない眼前の女性――これは本当に“まずい”敵なのだ、と。
君の行動、そして魔力を感じ取ったのか、その女性は小さくそう漏らした。
ウィズの言葉を聞き、君は頷く。
目眩まし程度にでもなれば、と魔法を相手に向けて放つが――
“今は人が魔法を使うのだな”。
女性は、躱すことなく真っ直ぐに進み、剣の一振りで“魔法を斬り伏せてしまった”。
力を込めた魔法が斬られ霧散したのを見て、君は背筋を凍らせる。
一も二もなく首肯する。
戦うことを一切放棄して逃げに徹すれば、この混沌とした戦場だ、無理なく離れられるだろう。
君は覚悟を決めて、敵に背を向けて走りだした。
***
君は背後を確認した。
追ってきていない……
ウィズとふたりで、ほっと胸を撫で下ろす。
あの時、背後に立たれたことさえ気づかなかった。
君はそんな疑問を抱きながら、歩き続けた。
何に?と問いかける。
声は突然、何の前触れもなく訪れた。
君は目を見張った。リヴェータだけではない。
そこには、ジミーもアマカドもゲルデハイラもガンドゥも……みんながいる。
ジミーは君をじっと見据え、やがて小さく頷いた。
リヴェータを前にして、君はごめん、と返す。
魔法使いがいなくなってから誰かに捕らえられたか、はぐれてしまったか、悩んでたぐらいじゃからの。
懐かしい面々を見て、君は少し気が緩んだ。
漆黒の兵団……聞き覚えのない言葉に、君はつい首を傾げた。
とにかくそれを見て、横合いから殴りつけようと思ったんだけど、漆黒の兵団に妨害されて戦いになったってわけ。
グラン・ファランクスと漆黒の兵団の衝突を知ったのは偶然だったが、割り込んでやろろとしたらしい。
理由はさておき漆黒の兵団は、ハーツ・オブ・クイーンも敵と認識していた。
でもちょうどいいわ。魔法使い、あんた戻ってきたなら手伝いなさい。
そんなつもりでここに来たわけでは、と君は伝えようとしたが……
そんな間もなく、君はゲルデハイララが従える獣に乗せられてしまった。
***
グラン・ファランクス騎士団とは、遠からず当たると考えていたようだ。
それは既に逃れ得ない運命めいたものである、と移動のさなか、ゲルデハイラが語ってくれた。
事実、リヴェータ、ルドヴィカを筆頭に、お互い兵の士気は高く争いを待ちわびている者までいるらしい。
しかし、漆黒の兵団の存在がそれを許さない。
グラン・ファランクスの行く先々に現れ、妨害を続ける異形の集団。
さしものルドヴィカも手を焼いている、とリヴェータが笑いながら笑っていた。
君もウィズと同じ思いを抱いていた。
指揮官の言葉に呼応して、兵は大きな声をあげる。
ここまで来て、退くことはできないようだ。
story2
アシュタル・ラドは、セリアル、そしてルミアと旅を続けていた。
アシュタルは、理解できないといった顔で、肩を竦める。
どこへ行っても、どこに隠れても、争いが絶えない世界だ。
逃げ道がないのだから当然、甲斐性などというものがあったところで、飯の種になるわけもなかった。
小さな少女――ルミアが口を開く。
3人の前方から蹄の音が聞こえてくる。
急速に近づいてくるそれは、まるで何かから逃げているようにも思えた。
素直に頷きはしたが、ルミアはまだそこに立ったままだ。
そして、その先陣を奔る者を指差した。
お前たちふたりは、命を軽んじるきらいがある。いいか?命というのは幾つもあるものでは――
騎兵が、徐々に近づいてくる。
やがてそれは眼前にまで迫ってきて――
先頭を走っていた女の一声で、停止した。
騎乗の主は、馬から降りることなく、アシュタルを見下ろしていた。
ルドヴィカの隣に並ぶ男が、彼女を諌める。
先の戦いでの負傷者も多く、帰陣し拠点を知られるのはリスクが大きい。
ここは漆黒の兵団と距離を保ち、時が来たところで討たねばならず――。
だがルドヴィカはそんな男の言葉を手で制し、再び口を開いた。
亡霊などという皮肉を受け流し、アシュタルは甘く涼しげに微笑する。
おどけた風情でありながら、決して眼を合わせようとしない。
覇眼を知るものであるからこその行動であった。
……いいや、何を企んでいる?
ガキの遊びで騎士団などと謳うお前らよりは、聡明な子だ。なぁ?ルミア。
ルミアは表情を崩さず、ルドヴィカ以下、数名の兵を見やった。
これだけの騎兵がいるというのに、恐れることなく堂々としている。
対照的に、驚きにほんの一瞬、表情を歪めたのはルドヴィカだった。
ルドヴィカは、あの日の暑い夜を思い出したのかもしれない。
ほんの数瞬、ルミアに向いた意識を、無理やりアシュタルヘ戻した。
そうだ。あの日、カンナブルで死んだミツィオラ・スアの娘だ。
ルドヴィカが瞠目し、そして静かに呟く。
だとするなら、ますますここでお前を見逃すわけにはいかなくなったな、アシュタル。
返答如何によっては、殺さねばならん。
ついさっきのように肩を竦めたアシュタルは、グラン・ファランクスの騎兵でさえも身震いするような冷たい顔で言った。
イリシオス・ゲーを殺しに来た。