【黒ウィズ】覇眼戦線2 Story2
目次
story3 敵を打ち倒すため
グラン・ファランクス騎士団が撤退する音が聞こえ、やがて遠ざかっていく。
戦場は見るも無残なもので、ゲルデハイラが廃村であったと言っていたが、かつて人が住んでいた面影すらない。
なにせ統率のとれた騎士団じゃからの。うちのような傭兵団じゃ限界もあろう。
いい?お前たち。グラン・ファランクスは逃さないわよ!追いつき打ち倒すまで前進しなさい!
君には気がかりがあった。
ゲルデハイラをして、不気味と言わせる集団。
生きたものではない走狗や異形が、覇眼を狙っている……ということだけは、どうやらわかっているようだった。
ジミーが君の肩に手を置いた。
その意図を察したのか、ウィズが言った。
グラン・ファランクスに追いついて、ルドヴィカをぶん殴る。
こんだけ目的が明確化されているんだから、あとはわかるわね?
漆黒の兵団を倒しながら進むということ。
だがグラン・ファランクスは強い。追いついたからといって、果たして勝てるのか。
先の戦闘を見ても、十分理解していた。
そう、君たちがこの異界から去り、再び戻ってくるまでの間に、彼女たちも大きく成長していた。
たとえ名を轟かせる怪物が相手だろうと、引けをとらないほどに。
リヴェータの持つ覇眼が、煌々と力強さを宿している。
***
指揮杖を持ち上げたリヴェータが、先を促す。
蹄の跡が、グラン・ファランクスが近いことを示していた。
もう背中が見えてくることだろう。
ゲルデハイラと共に獣に乗った君は、一抹の不安を抱いていた。
覇眼という力。ルドヴィカが持つ眼。あれは人が持っていていいものではない、と。
煌眼という力があるとはいえ、やはりルドヴィカと正面からぶつかるのは、あまりにもリスクが大きい。
リヴェータが軍の士気を高めていく。
その最中――。
君の不安を膨れ上がらせるような轟音が、背後から不意に訪れた。
『敵軍だッ!!』と叫んだのは誰だったか、
それらはハーツ・オブ・クイーンの兵を蹴散らし、一点を狙ってきていた。
大地をどよもして迫り来るは、軍勢。
闇をつき、圧倒的な物量で押し寄せる敵は、間違いなくリヴェータを狙っている。
君も同じことを思ったが、指揮官が道を示したのなら、従わない訳にはいかない。
そう、ここで従わなければ、隊列を乱すことになり、士気に影響を与えかねない。
どんな問題を孕んでいるにしろ、リヴェータが戦うと言った以上、退くことは許されない。
鎧に身を包んだ巨躯が、先頭にいた。
ハーツ・オブ・クイーンの兵を散らしながら、傲然と速度を増し、ここへ突っ込んでくる。
さァ、益荒男たちよ!狙いはハーツ・オブ・クイーン、女が率いるたかが傭兵だ!蹂躙するぞッ!
喊声をあげて、怒涛の如く襲いかかってきた。
異様なまでに統率の取れた動き、立ちはだかるかのように前方からも軍が現れる。
間違いなく、待ち伏せされていたと考えていい。
足の一本はもらっていくぞ、イレの娘よッ!
お腹に響くような声で、男は言う。
足の一本?そんなにほしいなら、あんたの首が落ちる前にとってみなさい!
哮り立つ声が轟いて、ハーツ・オブ・クイーンと敵軍が激突する。
砲弾が落ち、剣が交わり、無数の蹄が音を立てる。
怒号のような音が、君の体に熱を宿す。
***
BOSS:メンジャル
***
リヴェータたちと共に、男を打ち倒した君は、大きく息を吐いた。
軍の統率力はともかく、単体ではそう強い相手ではなかった。
奇襲をかけられなければ、相手にすらならない。
君は大丈夫、と返答する。
ゲルデハイラが眉をひそめる。
覇眼を持つ者たち……。
そしてあの反乱によって崩壊したカンナブルで、特異な立ち位置を守り続けてきたゲーの一族。
かのイレの当主でさえ、忌避していた右眼の覇眼……。
ジミーがかぶりを振る。面倒が増えた、と言いたいようだ。
だけど「グラン・ファランクスと衝突する前に、戦力を削っておけというのは、少し気になる。
何故、そんな命令をするのか?――疑問は払拭されない。
story4 右眼の覇眼
燃え盛る村から、強い死の匂いを感じる。
轟々と音を立て崩れ落ちる家屋。もはや呼吸すらしていない者たち。
だがこの死の匂いは、別のところから発せられていた。
進むたび空気の重みが増し、息苦しささえ覚える。
大剣を背負う女と、そしてそれに背を向けて走り出す奇っ怪な影。
逃げた者は、フードで顔が隠れていた。
見えたのは黒猫を抱えていたところだけ。
常識なんて容易に覆される。
争いの最中に身を役じれば、誰だってわかることだ。
右眼に陥を宿す女性がひとり、こちらの殺気に気づいたようだ。
アシュタルがにやりと笑う。
結果的に、見知らぬ魔法使いらしき者を逃がすため、立ちはだかる形になった。
“だがまあ、いいか。これのほうが都合がいい”
構えた剣の切っ先が、カノンの首へと向いている。
大剣を携えたカノンは、ただ無言でアシュタルを睥睨している。
斬り合いでもまあ、それぐらいの礼儀は弁えるもんだ。
無論、覚える必要はない。
初手は必ず相手より速く。――それはアシュタルの信条だ。
思考で相手を上回れ。より速く動き、確殺の距離を作るために。
殺すために重要なのは、思考の速度だ。
どこまでも加速しろ。右眼に炎を宿す、その女をぶっ殺すために。
***
アシュタルは力強く気を吐いた。
沸き立つ血潮が、喰らい甲斐のある敵を見て歓喜に震える。
初手を防がれたことを備え、十の策を巡らせ、それを受け切られたことを想定し、さらに数百の手を考慮する。
そうして振り下ろされた剣が、カノンの首を斬り落とした。――はずだった。
手弱女とも呼べるほどの白肌に、剣が沈み込む感触があった。
炎を照り返し、まるで血を宿したような巨剣がアシュタルヘと迫る。
正面から受け止めるも、その勢いを削ぐことはできず、アシュタルは吹き飛ばされてしまう。
アシュタルは剣を支えに立ち上がる。
その闘志を、眇めるかのような眼差しで受け流したカノンは、息をひとつ吐いた。
カノンは再び構えるアシュタルから目を逸らす。剣を構えることすらしていない。
“強い”と称した相手を前にして、これだけ隙を見せるということは、既に彼を敵と認識していないということだ。
それはアシュタルにとって、何よりの屈辱であった。
強いのをひとり殺るのは時間がかかる。それに“ひとり殺したところで”、あれは来ない。
それだけを言い残して、カノンは歩き出す。
追撃し背を狙うなら、今が好機だ。お前の敵は、騎士道に奉じてなどいない。
隙を見せれば斬りつける。逃げるのなら背を追って叩き伏せる。
勝利を手放すのなら、ありがたく頂戴しよう。
ずるりと身を沈ませたアシュタルに、予期せぬ事態が訪れた。
すぐ熱くなるのはアシュタルの悪いところ。やるべきことを見失うのはよくない。
ああ、悪かったよ……。
確かに、アシュタルは強い――セリアルはそう思った。
ほかの覇眼持ちなど相手にならないほどに。
死線を知っていて、殺すことを知っていて、恐れや不安、苦しみをも凌駕した。
あの首をとれる、と言ったのは偽りなき自信と、過ちを犯さない絶対の自負があったからだ。
だが、だからこそ……彼には踏み止まってもらわねばならない。
あれからは死の匂いがした。