【黒ウィズ】覇眼戦線2 Story3
目次
story5 煌眼は、蒼を追う
遠くから噺きが聞こえてきた。
ついに、グラン・ファランクス騎士団の背中を捉えた。
グラン・ファランクスは、どこかの門を潜り、進んでいく。
言葉には出来ない不安を抱く。
ハーツ・オブ・クイーンは、猛然と勢いを増す。
指揮官の号令に応え、突進する怒涛の蹄。
その覇気に気圧されながらも、君はしっかりと前を見据える。
まるで取われるように、君たちはその領地へ入り込む。
しかし、そこにあったのは……
入り込んだ先には炎の壁があり、君たちの退路を塞いでいた。
やがてハーツ・オブ・クイーンの周囲は、炎に包まれていく。
炎の向こうから、亜人の男が姿を見せる。
アレかこの炎の壁を作ったのだと、誰もが理解した。
このままではグラン・ファランクスと遠く離れてしまう。
そこにいたのはゲルデハイラと同程度の外見年齢の青年――亜人であった。
ゲルデハイラが大きく嘆息する。
全くエスメラルダの小娘はよ、亜人の中でエリート?トップクラス?魔法に秀でてる?
馬鹿だよな。結局てめえひとりじゃカスだってことを知らねえ。
挙げ句、ルドヴィカ・ロアのことは何も漏らさなかった。
つまらねえよな。ああ、つまらねえ。だからよ、魔法獣だけ10回ぐらいぶち殺してやったよ。
俺ァ、ゲーの命令でグラン・ファランクスを先に荒らさにゃならねえんだ。
そう言って亜人の男は、再び炎の壁を進み、消えていく。
いつまでも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
そうなると、誰かがウラジアを倒さなければいけない。
君は、ウラジアを追う、とリヴェータに伝える。
炎を越えて、すぐに倒して戻るから、と君は言う。
魔法で作られた壁なら、こちらも魔法で対抗するしかない。
ゲルデハイラが獣の背を叩く。
リヴェータたちの本隊から離れ、君はゲルデハイラと共に駆け出した。
***
精一杯の気を吐くリヴェータたちだったが、もはや三竦みの様相を呈している戦場においては、先ほどの戦闘が響き劣勢と言わざるをえない。
こうしてウラジアを追う間にも、じわじわと漆黒の兵団が近づいてきているだろう。
早くあの亜人を倒して魔法を解かなければ……。
対してグラン・ファランクスは、“慣れていた”。
隙あらば敵の背を狙う滑稽さを秘めながら、正面から迎え撃つ力もある。
ゲルデハイラの言葉に、君は神妙な表情を浮かべた。
とにかく戦局をこれ以上傾けさせないために、行動し続けなければならない。
***
ウラジアと呼ばれる亜人が、魔法で新たな火を生み出そうとしているとこるに、君たちが割り込んだ。
ゲーとあいつらからの借り物だかよ、お前たちを縊り殺すにはうってつけだ。
俺ァな。やりたいことかあんだよ。セリアル……あのバケモンを俺の手でぶち殺してぇんだ。
ゲルデハイラは再び溜息をつく。
あの女を化け物程度だと認識している、お前には……。
言葉に反応し、君たちを囲む漆黒の兵団。
君は咄堤にカードを構え、戦う姿勢をとった。
***
あれだけの魔法を受けても、まだウラジアは倒れない。
再び火を巻き起こそうと手を挙げるウラジア。
はるか上空から落下してきた何かによって、ウラジアがいた場所に砂煙が巻き起こる。
ボロボロのエスメラルダが魔法眼を刊用して、ウラジアを踏み潰した……みたいだ。
ウラジア、あんたの十八番だと思ってた?油断しすぎよ、クソ男。
しかしまずいことになった。
いかに傷を負っているとはいえ、相手はあのエスメラルダだ。
ここで足止めされてしまっては……
後でいじめてあげるから先に行ってなさい。
道を譲ってくれるのなら――と君は口にした。
持たせている人がいる。
一緒に戦わなければならない人がいる。
君とゲルデハイラは、リヴェータの元へと駆け出す。
***
無限とも思えるほどの、無数の兵がハーツ・オブ・クイーンを囲んでいた。
火を起こされ、漆黒の兵団に追い詰められ……
城内へと誘い込まれたような、そんな不安が募る。
ハーツ・オブ・クイーンが力の限り敵兵を押しのけていく。
そうして出来上がった道の先に、凛眼があった。
***
漆黒の兵団を跳ね除け、確実にルドヴィカヘの距離を詰めていく。
あの時、ギルベインを倒してから、彼女たちは本当に力をつけてきたようだ。
不遜極まりない態度ではあるが、しかしそれは一切の虚声ない凛烈なる姿であった。
その瞳は冷たく、だが確実な熱をもってリヴェータを譚睨している。
やがて多くの兵が群がり、乱戦へと雪崩れ込む。
けれどリヴェータもまた、ルドヴィカがいるほうを向いて目を逸らさない。
血の匂いを撒き散らしてたら、ジミーでも追いつけるわよ。……どこまでも馬鹿にして。
リヴェータは苛立ち混じりに吐き捨てる。
君もそうだよ、と口にする。
多くの仲間が守ってくれているが、だからといって彼らの命を粗末にしていいわけではない。
大丈夫……あの寒さは、もう感じない。この眼と、お前たちを信じてる。
小さく漏らした言葉は、きっと君にしか聞こえなかっただろう。
でも――いや、だからこそ。
君は彼女のために、新たな道を切り開くと固く誓った。
story6 狂気を宿した者
城内に侵入し、争いを遠くから見つめる影3つ。
乱戦に加わるでもなく、轟々と燃え盛る城に佇む。
練度の差を指揮官の差だと言うのなら、もはやそこに開きはないだろう。
だが……それが兵の意識の問題だとするなら、グラン・ファランクスには到底追いつけない。
凛眼は恐ろしい力だ。ハーツ・オブ・クイーンに勝てる道理はない。
もう少し殺すことに臆病であれば、付け入る隙もあるだろうに。
アシュタルは小さく『あれは狂気の沙汰だ』と漏らす。
アシュタルは思案げに呟く。
どうせやっているのは「姉妹喧嘩」だ。
厳密に言うのなら、“姉妹のように仲の良かった女の喧嘩”
アシュタルは、ミツィオラがいた頃のことを思い出す。
それなりに楽しく、それなりの人生を謳歌していた頃だ。
あいつらを放っておくわけにはいかないか。
story7 凛眼は、朱を待つ
やおら掲げられたルドヴィカの剣には、あの瞳と同様、冷たい意思が宿っている。
砂煙を巻き上げて迫り来る敵を、しっかりと見据えた。
――思えば、あの敵はまだうら若い少女である。
あの日あの時、血が流れ悲鳴が鳴り響く場所にいなければ……否、私があの場を作らなければ……。
今ごろはまだ何も知らず平和なカンナブルで、あるいは向かの楽しみを得て生きていたかもしれない。
だが、そうはならなかった。
そうさせることは、できなかった。
「…………。」
幸福を与えてやることは、できなかった。
イレ家の当主は何故、覇眼に溺れたのか。
我が父は何故、イレ家の当主を守り抜こうとしたのか。
“何故、私と対立したのか”
――まるで『覇眼』に操られた人間のように。
胸張り裂けんばかりの熱気と、猛然と勢いを増す蹄の音が聞こえ、ふと我に返った。
何たる失態だ。愚か者が……。
今まさに、我が身、我が身を叩き伏せんとする“強大な敵”が近づいてきているというのに。
あの子は仇敵を追ってきたのだ――。
敵を肘つため、父の仇を取るため、幾度も幾度もぶつかった彼女が、近づいてきている。
そこに必要なのは、何ひとつ曇りない純然たる思いだけだ。
なればこそ……。
「私があの子の前に立ちはだかるのは、必定だったのだ。」
――だから来い、リヴェ―タ。お前の仇はここにいる。
私を殺してみせろ。その燃えるような、はじまりの瞳をもって。
***
咆哮する。
剣で切られ、槍で貫かれ、砲撃で揺らぎ、総身を蹂躙された駿馬は、しかし騎乗の主に応え、走り続けた。
もはや死んだに等しい肉体――否、死してなお、リヴェータの声が、姿が、その存在が、愛馬に、ハーツ・オブ・クィーンに力を与えてくれる。
だから戦い続けられる。
心に灯る炎が、“戦いたい”という思いを、より強くさせてくれる。
――応えねばなるまい。
長年追い続けてきたあの敵の元へ送り届けるまで、足を止めるわけにはいかない。
疾駆するハーツ・オブ・クイーンに連なり、君は段々とルドヴィカヘ近づいていった。
***
気づけば、もう夜だ。
暗く、昏く、そして冥い。――ここは闇のような重みをまとっている。
ジミーが不安を口にした。
どういうこと?と君は尋ねる。
結果として、ハーツ・オブ・クイーンはグラン・ファランクスを捉えられたが……。
確かに……いくつか不明瞭な点がある。
次いで君は、あの時の男の言葉を思い出す。
『グラン・ファランクスと衝突する前に、戦力を削っておけとの命令を受けてな』
――そうだ。こうなるように仕組んだ者がいる。
グラン・ファランクスの懐に、深く入り込んでいる者。
君たちの不安をよそに、リヴェータはただただ直走る。
振り返ることはない。
前だけを見て、進まなければならない。
その意志を強く感じ――。
何より“背は預けだという信頼が、君たちを強く強く奮い立たせた。
「集まった」
不意に……。
ぞくりと総毛立つような重みが、訪れた。
死の匂い、闇の気配を帯びている。
ウィズの声に反応し、君は息を大きく吸い込んだ。
最速で打ち倒すための動作に入る。
やがて漆黒の穴が眼前に開き、異形の何かが這い出てきた。
リヴェータは任せる、その思いを伝えるため、君はジミーに視線を向けた。
ジミーは短くそう言って、馬を走らせる。
あんなに騎乗が上手くなったんだ。
君はそんな感傷に浸ったことが、何故だか可笑しかった。
冷たい風も、凍てつきそうな地も、全部蹴りあげて――前に、前に進むのよ!
ついてきなさい、あんたたち!必ず、その寒さを払拭してあげるわ!
リヴェータの背後を追う異形。
巨大な武器を携え、じわりじわりとにじり寄る。
させない――君は戦闘態勢に入った。
リヴェータに向かって振り下ろされる凶刃を、魔法で弾き飛ばすために。
***
強大な闇を振り払ったリヴェータが、手綱を引き、愛馬を急き立てる。
ルドヴィカ――ルドヴィカ・ロアは、巨剣を握り、大地にしかと足をつけていた。
剣の間合いは広い。
馬の首を落とし、返す刀でリヴェーダをふたつに分かつことも難くないだろう。
そんなもの“当然のごとく理解している”。
間合いがどうしたっていうの?斬られたから何だっていうの?――馬鹿みたい、くだらない!
体の、腕の、手首のその先が残っていれば、命朽ち果てようと心ず届く。
止まれない。
このたったひとつの機会を逃すわけにはいかない。
「…………。」
多くの死線を潜り続けてきたルドヴィカに真っ向から眺んで勝てる道理はない。
ルドヴィカは強い。“どんなものよりも”強い。
しかし、いやだからこそリヴェータは、軍略も戦略も捨て、踏み込むことに賭けた。
憎悪や憤怒は多分にあった。ただそれは過去のことだ。
この胸に灯り、瞳に熱く宿る煌眼は、あくまでも頭を冷静にさせた。
剣を躱し、受け止め、たとえ肌が焼きつくような痛みに晒されようと、立ち止まらずに踏み込み、近づき、肉薄した。
理由なんてものは――
「“ぶん殴ってやる”。」
これだけで十分だ。
冷たく燃え立つ蒼い瞳が、眼前に迫る。
指揮杖と剣が交錯する。
まるで火花が散るような激突に、ジミーは思わず顔を伏せた。
もはや馬は失われた。
多くの仲間も傷つき、力も残されていない。
その思いだけ抱いて近づき、剣の間合いを殺していく。
確殺の距難を縮められ、さしものルドヴィカも吐き捨てるほかない。
だが――。
剣を振り下ろすより早く、ルドヴィカはリヴェータを蹴り飛ばした。
リヴェータはその華奢な休を丸め、苦しみに呻きながらも再びルドヴィカに向かう。
満身創痍の体を気が狂いそうなほどの熱だけで持ち上げる。
指揮杖と拳を血が出るほど強く握る。
心臓の鼓動が激しく、肉体全てが破裂してしまいそうだ。
けれど、殺されたって構わないと、そう思えるほどの熱が、ここにはあった。
――それは、季節の巡りに囚われない冬だった。
降り積もる雪のような冷たさは、幾重にも幾重にも広がり、やがて心を覆った。
永遠に春は来ないと思っていた。
挫けそうな何もかもを、必死に奮い立たせた。
倒れても立ち上がり、何度だって奔った。
――そうして。
“そうして辿り着いた先には、蒼い瞳があった”
侮っていた。賤しめていた。愚かなりと見向きすらしなかった。だがお前は這い上がってきた――!
だがリヴェータ、私を見くびってくれるな。この凛眼ある限り、容易に殺せるとは思うなッ!
ルドヴィカが凛眼に割れんばかりの力を込める。
むせび泣く子どものように、大きな声を上げた。
突如として響き渡る声は、だが前を見ていたリヴェ―タには届かない。
ソレはじわりと這いよる――。
リヴェータは気づかない。
ルドヴィカの、視線の先に、現れた、ソレに。
考えるよりも早く、ルドヴィカが反応する。
思考の何倍もの速さで現れた、闇よりも深い死の匂い。
リヴェータを蹴飛ばし、剣を振るった。
だが――。
ぞぷり、と沈み込む静かな衝撃が、ルドヴィカと剣を別つ。
吹き飛ばされたリヴェータは、思いがけない光景に言葉を失う。
冥い影から現れた大鎌が、ルドヴィカの胸元を貫いていた――。