【黒ウィズ】覇眼戦線2 Story4
目次
story8
自分でも思いがけない行動だった――。
君は、ほんの一瞬、自分のソレを振り返る。
突然現れた冥い何かに、君は渾身の魔法を放った。
戦いに戦いを重ね、既に魔力がほとんど残されていない、この状況で。
“あろうことか”リヴェータの敵であるルドヴィカを守るために――魔法を撃った。
ゲルデハイラに目を向けると、彼女は静かに頷き獣をポンッと叩いた。
飛ぶように走りだした獣がルドヴィカに近づき、君は必死に手を伸ばして彼女を抱え上げた。
逆脇からルドヴィカを抱えていたのは、ジミーだった。
どうして……と君は呟く。
そういうゲルデハイラも、意図を汲んでくれた、と君は言う。
苦悶するルドヴィカの頬には、顔にそぐわない、熱を帯びた汗が一滴。
そうだ、とにかく距離をおいてどうするべきか、しっかりと考えなければ……君はそう思った。
耳元に届く囁き。
君は目を見開き、それを見た。
冷たい瞳。固く結ばれた口。そして――。
“あまりにも濃い死の匂い”
君の魔法を正面から受けたにもかかわらず、大鎌を携えた女性は無傷だった。
頭の奥に響くその声は、まるで死への誘い。
女性が鎌を振り下ろすのを、君はルドヴィカを抱えたまま見ていた。
避けられない。防げない。逃げられない。
金属の交わる音がするその直前まで、君はここで死んでしまうことを覚悟していた。
だけど――生きている。
男が、見えないほどの速度で振り下ろされる鎌を横から打ち払っていた。
おい、セリアル。ルドヴィカ死んじまうぞ。助けてやれ。
亜人の子が近づいてきて、ルドヴィカに触れる。
冥い女性がゆらりと動く。
君はただならぬ殺気に、声をかけられない。
意識を君に向けたまま、大鎌の一撃をいともたやすく受け止める男。
君は咄嵯にありがとう、とだけ口にした。
その言葉を残したまま、君はゲルデハイラ、ジミー、そしてルドヴィカと共に城へと急いだ。
story9
漆黒の兵団は、“その主”が現れたことで、さらに暴威を振るう。
1つ1つは、アマカドにとっても、ガンドゥにとっても、大した敵にはならない。
しかし激化する戦場において、物量は圧倒的な暴力となりうる。
正規軍だろうと傭兵団であろうと飲み込まんとする黒い波を押し留める防波堤は、ここにはないと言っていい。
ハーツ・オブ・クイーンも、グラン・ファランクスも、濁流に抗う余力がなかった。
リヴェータの号令とともに、残った兵が駆けていくのが見えた。
だがガンドゥ、アマカドはあまりにも距離がありすぎた。
砲撃は効いている。斬撃も効いている。
だが――減らない。
退かず耐えることだけが精一杯で、奥に見える門を乗り越えられるとは思えない。
可能なら、リヴェータの後を追いたかったが……。
ガンドゥは溜息をつく。
大猫狩りのオーリントール。
つい先ほど戦ったばかりなのに、また一段と厄介な敵である。
“お前とやりあうつもりはない”それを示すようにオーリントールが両手を広げる。
イスルギがアマカドを眸睨する。
幾つもの感情がその内にわだかまるが、それでもイスルギはアマカドに“背を晒すことを選んだ”。
漆黒の兵団を受け止めたオーリントールが、苦悶に表情を歪める。
置いて行かれたと思ったか?ふん、そうではないことぐらい、お前らならわかっているだろう。
そうだ。見捨てて行ったのではない。
リヴェータは、ガンドゥ、アマカドたちが必ず来ると信じて先へ進んだのだ。
アマカドもガンドゥも、口にしようと思ったことは幾つもあった。
だがグラン・ファランクスの背を見てしまっては、そんなくだらない野暮を言えようはずがない。
ガンドゥは固く決意する。
振り返らず、あの門をぶっ壊して、リヴェータたちの元へ駆けつけると。
story10
何故ルドヴィカを助けたのか、君は考えたが答えは見つからなかった。
ただ助けなければいけないと思った。
救わなければ、絶対に後侮すると思った。
だから奔った。
ルドヴィカを必死に抱え上げ、奥へ奥へと進んだ。
ルドヴィカが荒い呼吸のまま、ぼんやりと呟く。
……ッ、ちぃ。
貴様らは見るからに誘導されている……兵の動きは明らかにこの城内へ引きこむよう統率されていた……。
亜人女性の魔法によって、傷口は確かに塞がりかかっているが、出血止まった――その程度だ。
君は慌てて、喋らないほうがいいよ、と告げた。
リヴェータの配下じゃないから、と君は言う。強いて言うのなら……仲間だろうか?
少し荒っぽく、かなりキツい言動で、だけど弱さを知り、挫けそうな心を切り抜けた、大切な仲間だ……と思う。
馬鹿げているかもしれない。
つい今しがたまで争っていたリヴェータの敵を、この状況下で救おうなんて、馬鹿を通り皿して、愚か者も甚だしいほどだ。
やにわに城内で響く低い声。
隊長クラスは削っておけと言ったはずだがな。なァ、ヤーボよ。
君たちを見下ろしていたのは、ゲーと呼ばれる男だった。
そしてルドヴィカの片腕と言われていた、あのヤーボも……。
苦楽をともにした愛すべき主君を殺さねばならないと思うと、俺は……俺は胸が痛くなる。
貴様の差金だったというわけじゃな、ヤーボ。
この城へ誘い込むように動いていたのは、そういうことだったのか……。
あの死神と殺し合うなど正気の沙汰ではない。
ルドヴィカが憎悪に瞳を揺らす。
この右眼を使い、イレの当主と、貴様の父君の覇眼を暴走させたのだがな。
あのときは失敗してしまった。はは、カンナブルが漬れたのは笑えただろう?
ルドヴィカは静かに言葉を漏らす。
闇の気配を感じたことで抱いた、不安、恐怖、焦燥……それらから覇眼が覚醒めたのだろうな。
ヤーボと冥界の死神を使い、漆黒の兵団を待機させていたからな。それも必然であったか。
……ふふ、今度はミツィオラのときと同様、眼を壊してやる。
君の肩に手を回し立ち上がったルドヴィカが、おぼつかない足取りで一歩前に出た。
多量の出血と痛みで動けないはずなのに……だが、君の心配をよそにルドヴィカが言う。
傷つこうと、死の淵に立たされようと……。
再び闘志の、冷たく蒼い焔を瞳に宿す。
ゲーの兵が一斉に群がり、君たちの道を塞ぐ。
***
既に戦うだけの体力を持ち合わせていないのか、肩で息をするルドヴィカ。
何とか前へと進むが、このままでは立ちゆかなくなる。
君の魔法だって無限に使えるわけではない。
没落して、怪物だけがひとり息を潜めるラド。和を尊び多くの信頼を集めたスア。
そして崩壌したカンナブルにおいて、特異な立ち位置を守り続けたゲー。
ゲルデハイラが教えてくれた情報だ。
ギンガ・カノンに植えつけられた覇眼だが、主の眼はそのどれらとも違う。
人間を駒にすることは出来なくとも、強力な眼を持つ者を扱えるのだ。
ギンガ・カノン――それが何かはわからない。
だが、その眼を持つことの重みは、何故か君にも理解できた。
覇眼が何を意味するのか、身を持って教え込んでやろう。
ここにはルドヴィカ、そしてリヴェータがいる。
少なくともふたつ覇眼があって、それを暴走させたとなると……
眼を持たない人間にも大きな影響がある。
人間の心を屈服させる惺眼は、役立つ玩具だったろうに。勿体無いことをしたよ。
まあいい。ロアの娘を押さえつけろ、ヤーボ。その眼に、我が覇眼の力をくれてやる。
ほんの一瞬の隙をつき、ヤーボとその兵がルドヴィカヘ接近する。
そして……
肩で息をしていたルドヴィカが、力強く剣を振るった。
それほどまでに彼女は強壮で、息も絶え絶えだったことが嘘のようだ。
ヤーボが、まるで糸が切れた人形のように頽れ、群がった兵も同様に、一閃で吹き飛ばされてしまった。
しかし、それがルドヴィカの限界であった。膝をつき、額に汗をにじませる。
押し寄せるゲーの兵が、彼女を取り囲む。
普段のルドヴィカなら、ごんなものすぐに跳ね除けただろう。
だが今は、やられた傷のせいで、動くこともままならない。
――考えるよりも先に、君はカードを取り出していた。
どんな関係性があるうと、たとえルドヴィカがリヴェータの敵であろうと、この非道を見過ごすわけにはいかなかった。
ぶん殴ると言ったリヴェータの、あの熱い闘志が今も君の胸に宿っている。
強く煌々と輝くような声音。
城へと入ってきたリヴェータが、君たちに笑いかけた。
その横にはガンドゥ、アマカドもいる。
ふたりは有無を言わさない力で、ルドヴィカから兵を引き離す。
リヴェータは、イリシオス・ゲーを無視して、君に向き直った。
煌眼の力が――君に再び大きな気力を与える。
あの時、ギルベインの前で植えつけられたソレよりも暖かく強い思いが君の中で膨れ上がる。
そう思わされる覇眼ではなく、戦って勝とうという自分の意志。
――勝とう。そしてここを切り抜けよう。
君はリヴェータに言った。
ルドヴィカの言葉を待たず、リヴェータは身を翻し、あろうことか彼女をぶん殴った。
リヴェータの猛る思いが爆発した。
――だけど遊びだっていいじゃない。ただアンタに追いつきたかっただけ。それでも私は――。
ううん、ハーツ・オブ・クイーンは強くなった。その背中に届いたし、こうしてここに立ってる!
だいたいいうまでもガキ扱いしてんじゃないわよ!身を隠して覇眼に怯えているゲーなんて、すぐにぶっ飛ばしてやるわ!
それにね、ハーツ・オブ・クイーンは万全よ。負ける理由が何一つとしてないわ。ねえ、ジミー?
リヴェータの言葉にジミーが頷く。
仲間を失い、傷だらけになり、気息奄々としようとも、負けるとは思っていない。
いや……欠けたものがあり、消耗があるからこそ、ハーツ・オブ・クイーンは十全なのだ。
獰猛でいて凶暴でいて、だけど弱さと負けを知るからこそ、“ここで負けるわけがない”。
君は首肯する。
この程度のことで退くわけにはいかない。
あの日――リヴェータが“甘っちょろい”と言ったあの日。
その時の思いはまだ変わっていないけれど、これ以上話さなくても、思いを伝えることは十分にできると君は知っている。
さあ、戦おう。
眼の力も、ハーツ・オブ・クイーンの力も、全てを君の魔法に乗せて――。
***
BOSS イリシオス・ゲー
***
君の魔法がゲーを捉える。
だが、それでもゲーは倒れない。
ま、それでもあの程度ってことなら、笑い話にしかならないわ。
この眼を見ろ、リヴェータ……ッ!!
君は咄唯にリヴェータに、“あの眼は”と伝えようとした。
だが……。
しっかりとゲーの眼を見据えながら、リヴェータが面倒くさそうに吐き捨てる。
さあ、見ろ。カンナブルを崩壊に導き、ルドヴィカ・ロアを利用したこの眼を……ッ!
お前の父を殺し、多くの仲間を失わせた、私の覇眼を――ッ!!
くだらない……そんなことでわめくんじゃないわよ。
辟易しているのか、リヴェータが肩を竦める。
それは本心であり、いつだったか、ギルベインに向かって言ってみせた、あの時のリヴェータそのものであった。
指揮杖を振り、リヴェーダは溜息をつく。
眼の力がどうだなんて理由で、私の道を……
私たちの道を阻もうなんて馬鹿は許さないッ!
ゲーが全てを口にする直前に、その背後から冥い穴が闘く。
ルドヴィカを突き剥した大鎌が姿を見せ、次いで漆黒の女性が現れた。
ぐるりと鎌を回転させ、ハクアが地に降りる。
ゲーを倒したばかりだというのに、決して心が休まらない。
目の前に立つ強大な威圧感……。
相手にしなければならないと思うだけで、自然と及び腰になってしまう。
ハクアを見たイリシオスが、即座に撤退命令を出した。
楽しい悲鳴を聞くためだ。カンナブルよりも、俺を興奮させてくれ、なァ、同郷の者たちよ。
ただそれだけを言い残して、イリシオスが姿を消す。
もはや万全とは言い難かったが、君は最後の力を振り絞って追いかけようとした。
大鎌をどこかへしまいこんだ死神が、その表情を崩すことなく囁く。
ハクアは静かに目を伏せる。
覇眼を――欲していたのだろう?
つい先ほど、ルドヴィカを剌した者とは思えないほど淡白な声。
まるで興味を失ったように、ハクアと呼ばれた女性が口走る。
次にその眼が暴走に近づいたときが、あなたの最期となる。努々忘れぬことです。
理解し、考慮し、容認し、そして力を行使しなさい。
闇は――いつもあなた方の傍にある。
それだけを残し、ハクアは再び現れた冥い影の中に消えていく。
君はリヴェータの溜め息を聞き、我に返った。
ゲーを逃してしまった。
ゲーの兵も、漆黒の兵団も、闇の気配も――。
いつの間にか、この城から消え失せていた。
最終話
再び、リヴェータが盛大な溜息をついた。
外に出ると、そこにいたはずの漆黒の兵団は消え失せていた。
何かに飲み込まれたように、ゲーの兵も……。
いや、これは考えないようにしよう。君はそう思った。
勢い余って、あいつのことぶん殴っちゃったし。
それを俺に言われても……という表情だ。
もしかして、ハクアという漆黒の女性に……。
君はそれを聞き、ぞっとした。
確かにあの鎌をいなす動きは、相当な手練ではあったか………
どうすると言われても……と君は言葉を濁す。
ルドヴィカが君を突き飛ばして、剣を支えに立ち上がった。
これでさっきの借りは返したし、それに……。
今のアンタとやりあうつもりはないわ。“弱い”アンタとは、ね。
思いがけない笑みを見てしまった。
それはルドヴィカの隣に立つ君にしか見えてなかっただろう。
そしてその呟きもまた、君にだけ聞こえるほど微かなものであった。
ほうっと息を吐いたルドヴィカは、痛みも苦しみも乗り越え、あの強壮な面持ちへと戻っていた。
ハーツ・オブ・クイーンに嫌気が差したらいつでもグラン・ファランクスに来い。
貴様の力は利用するに足る。この傷が回復したら、貴様をもらいに来よう。
君は苦笑して、これからどうするの?と問う。
まだ戦は終わっていない。彼女の眼はそう語っていた。
そうして君たちに背を向け、イスルギたちの元へ戻るルドヴィカ。
……本当にそれだけでよかったの?君はリヴェータに尋ねる。
リヴェータが静かに、怒りを堪えて言う。
もう少しだった。あと1歩だった……邪魔者が入って出来なくて、死にかけのあいつにしか届かなかった!!
グラン・ファランクス騎士団の回復を待って、もう1回ぶっ叩く!今度は――。
…………。
今度は、そうね。さっきは右の頬を殴ったから、次は左を殴る。それで……話をしてみるわ。ね、魔法使い?
君は、できるかぎり満面の笑みを浮かべて頷く。
話でどうにかなるものではない。その言葉もよくわかる。
だけどきっと……リヴェータとルドヴィカのわだかまりは、解決できると信じている。
で、魔法使い。アンタはどうすんの?
君は逡巡したあとで、小さくかぶりを振った。
どう?ウィズちゃんぐらいは置いていってもいいのよ?
それは無理だよ、と言った。
そこまで言われるものでもないけど……と思ったが、口にはしなかった。
困惑を露わに、ジミーが君を見る。
だが君にはもう何も出来ない。
かき氷とやらを食べさせてもらえるなら、とりあえずお腹いっぱいもらっておくといい。
じゃあ、行こう――と君はウィズに伝える。
君はリヴェータたちとは反対に歩き出した。
君は振り返り、騎乗のリヴェーダを見上げる。
リヴェーダは一呼吸置いて、言う。
ルドヴィカを助けた時のアンタ――何だかすごくかっこよかったわよ。
じゃあね、魔法使い。どこかで会えたらまた会いましょ。
それだけを言い残して、ハーツ・オブ・クイーンは遠くへ去っていった。
君は、そうだね、と言った。
視界が白に包まれる。
君も――ウィズと共に戻る時が訪れたようだ。
争いだらけのこの場所を離れ、クエス=アリアスヘと。
優しく包み込むような“闘志の炎”を持って。