【黒ウィズ】メインストーリー 第10章 Story3
7 牢獄
story 檻の中で
格子の窓の向こうには〈ノクトニアの柱〉が見える。何日かはそれを見て過ごしていた。
手には魔法が施された伽を嵌められて、魔力が思うように操れない。
とても久しぶりに魔法なしの生活を送ることに、しばらくは驚きを感じていたが、それももうない。
「クォとアナスタシアの思うままにゃ。」
そうだね、と君は答えた。
ウィズは格子の窓から漏れる光が作る日向で寝そべっている。
たぶん体力を温存しているんだるう。自分だってそうだ。
ずっとこうしていることはない。……はずだ、と君はベッド上に腰かけた。
地べたで寝るのとそう変わらないくらい固い、床の感触。それがここでの暮らしの全てを表現しているようだった。
「ん? ……ネズミにゃ。」
檻の向こうに一匹のネズミがやってきて、立ち止まる。こちらを見て、鼻をひくひくさせている。
こうして見ると、自分たちがネズミ以下の自由しか持っていないことがわかる。
それは君も同じだった。
ウィズはもうネズミを見ていない。見飽きたのだろう。
ネズミが廊下の方を見て、すぐに逃げ出していった。
靴音が近づいてくる。
「食事にしては早いにゃ。」
それに足音が違う気がする。カツンカツンというしっかりした靴底が床を叩く音。
それがいくつか……。こちらに近づいてきて、
「……まずは謝るのが先かな?」
君は思わず、立ち上がる。牢屋の錠が外される音が、もったいぶって鳴り響いた。
最初から裏切るつもりだった? と君は言う。
「あの時はすまなかった。予定外のことが起きて、計画を中止せざるを得なかった。」
予定外の事? と君は聞き返した。
「計画がクォに漏えいしていた。あのまま続行しても失敗していた。何よりもルベリ様に生命の危険が迫っていた。……全て私が独断でやったことだ。」
「彼の独断ではないよ。最初から彼らがこういう行動に出ることはわかっていた。彼は私の指示の範囲で行動したに過ぎない。もし恨みがあるなら私を殴れ。」
そう促されて、君はルベリの目をジッと見据える。瞬きひとつせずに彼も君を見返した。何か用があるんじゃないの? と君は話題を変えるように、訊いた。
「信用してくれるのか?」
わからないけど、と前置きして君はルベリに言った。
敵の敵は味方だ、と。それに……。ここでこうしていても何もできない。
「ふふ。そうだったね。」
と、ルベリは君の手棚に一度触れると、その魔法を解除した。
不思議なことに魔法を使った様子はなかった。
「さあ、行こう。詳しいことはここを出てからだ。一応、脱獄だからな。」
ルベリはカツカツと快活に靴音をたてて、廊下を進んでいく。君もその後を追った。
「全部は信用できないけど………。仕方ないにゃ。それと……。」
とウィズは地面に落ちている手枷を見る。
「あの魔法……。いや魔法じゃない何か……。ちょっと気になるにゃ。」
君はウィズの言葉に頷いてから、ルベリたちを追いかけた。
story 脱獄。
やあ、元気そうだな。
君はルベリに付いて、収容棟の中を進んでいた。先を行く彼は、突き当りの扉の前で立ち止まるとくるりと君の方を見て言った。
「ここから先は大変だよ。」
君は問題ない、と答える。
お前の装備だ。
と、君の持ち物を一式渡される。君はそれらを身に着けながら、ルベリに訊ねた。
ここからは警護が増えるのか、と。
「警備はそれほどでもないけど………。
ガコンという音が建物の全体から鳴り響いた。君は訝しげに周囲を見回す。
「囚人たちの暴動が大変なんだ。」
「にゃ!」
どうやらさっきの音は一斉に牢の錠が外れる音だったらしい。
どうして……。と君は訴えるように、首を傾げた。
「君だけ逃げたら、私が疑われるし、捜索も簡単になる。
木の葉を隠すなら森の中。脱走者を隠すなら脱走者の中だ。さあ突っ切るぞ。
背後からも前方からも騒がしい怒号が聞こえ始める。どうやら看守も囚人も巻き込んだ大乱闘が始まったようだ。
やれやれ、と君は覚悟を決める。
「……結構強引にゃ。」
脱獄!
ずいぶん無茶をするにゃ。
にゃ。
牢獄の錯乱
混戦を抜け出せ
こっちの道で合っているのかにゃ?
進めばわかるにゃ!
自由への道
お、出口にゃ!
にゃ。
「脱出できたようだな。……改めて話がある。」
story 自由への道
君は大混乱の収容棟を何とか脱出することができた。
「塔へ向かおう。大至急だ。」
①塔を目指して
まずは塔に向かうにゃ!
にゃ。
story 目的のための手段
目的の塔の近くまで進んだころ、ウィズが君に話しかける。
9 奔炎の塔
上へ向かうぞ。遠慮はいらない。邪魔者は倒してくれ。
塔の前に到着した。
様子を伺うと、幾人かの魔道士がおり塔の入り口を警備している。
……いやしていた。
魔道士たちは悲鳴を上げることもなく、次々に倒れていく。
何かの魔法だろう……。そんな気配がした。すると、影の中から彼らが現れる。
お待ちしていました、ルベリ様。
周囲の掃除はこの通り、終わりました。後は塔の中だけ。
ですが、中は相当厳重に守られております。
ルベリは君を見て、言った。
「覚悟はいいか?」
君は力強く頷く。
「いい返事にゃ。さあ、始めるにゃ!」
②火の絶えぬ場所
炎の激しさがこの塔にはあるにゃ。
炎は力の象徴にゃ!
③一瞬即発
真正面からぶつかっちゃダメにゃ。
炎をいなし、隙を突くにゃ!
④偉大なる炎の 智
もうすぐ最上階にゃ。
まずはひとつ。もうすぐにゃ。
仲間たちと塔の最上階に到達した君は、大水晶が設置されている部屋へと駆け込んだ。
「あれにゃ!」
そこには発光する巨大な石があった。オベルタワーの大水晶と形が似ていた。あるいは、それを模したものかもしれない。
「ありがとう。ここからは私の番だ。」
と大水晶の前に立つと、その右手を近づける。彼の触れた場所は光を失い、徐々にその範囲が広がっていく。
「ぐぅ……。」
同時にルベリの顔も苦痛に歪む。
「反魔法にゃ。ルベリの手は魔法の効果を受け付けないようにされているにゃ。
しかもかなり強力な処置にゃ。あんなことすれば普通なら体がどうかなってしまうにゃ。
魔法の力は、大なり小なり誰にでもあるにゃ。人が生きていくうえで必要なものにゃ。
ルベリは要するに、右腕に毒を抱えて生きているようなものにゃ。」
とウィズは言った。それなら、どうしてルベリは平気なんだろうか。
それはルベリ様が魔法の力が一切ない体質だからだ。
魔法の力がない体質? 確かにルベリが魔法を使っている所は見なかった。
でもそんなことが……いや、あった。ゲルニカのリアナ。彼女もそうだった。
あの体質だから、お父上はルベリ様にあの力を与えた。自分が生涯をかけた――。
柱を壊すための〈鍵〉を。
「私は自分を哀れだとは、いまは思っていない。四聖賢の息子でありながら、魔法不能者だ。
普通なら笑われても仕方がないが、私はいま〈鍵〉として道を拓こうとしている。
私にしかできないことだ……ツッ!」
ルベリが大水晶から手を雌すと、水晶は光を失っていた。
ルベリの腕は痙攣し続けている。激痛に耐えて、そうなっているのか。彼は額に大粒の汗を浮かべていた。
君は大丈夫? と訊ねる。
「問題ない。次に行こう。……まだふたつある
俺のことは気にしなくていい。……問題ない。次に行こう。
10 水流の塔
story
「次はあの塔にゃ。」
事前に先行していた仲間たちが周囲の危険を取り払っていたおかげで、塔の中には簡単に潜入できた。
しかし――。
「おかしい……。私の部下の姿が見えない。」
「先に上に行ったかもしれないにゃ?」
君がつられて上を見上げると、何かが落ちてきたことに気づく。
布? 違う……!君はすぐさま魔法を使い、落下してきたモノを受け止める。
うう……。
は……あっ!
それはズタボロに引き裂かれた仲間たちだった。
「お探しのモノはそれですか?」
入り口の方から聞こえた。君が振り返ると共に、入ってきた扉が音を立てて閉じられる。
そして、そこには……。
「差し上げますよ。もう使い物になりませんけどね。」
「クォ……!」
「よくもまあ、私の計画を邪魔してくれましたね。……坊ちゃん、あなたのその手……。
まさかそんな所に〈鍵〉が隠されているとは。残念ですが、あなたを殺さないとね。お父上と同じように……。」
君は思わずルベリを見る。
「驚くことはない。大方察しがついていた。」
涼しい顔で言っていたが、彼の右手が固く握りしめられていたことを君は見逃さなかった。
「ルベリ様を連れて、上へ。」
彼はそう一言告げると、クォの前に出る。
「まずは大水晶の停止にゃ。」
「…………。」
ルベリの目も同じことを言っていた。この中の誰もが同じことを考えている。
君はひとつ息を吐くと、体を反転させて、ルベリと共に一気に上階を目指した。
「おや、まあ……。お利口なことで、坊ちゃん。」
「…………。」
「あなたは残るのですね、お馬鹿さん。」
清らかな水
毛が湿って来たにゃ。
にゃ。
怒涛の如く
水は癒すだけじゃないにゃ。
時には圧倒的な破壊をもたらすにゃ。
雄大な水の力
よし、一気に上に駆け上がるにゃ。
にゃ。
story
「そこにゃ!」
最上階まで駆け上がると、目の前に現れた扉を押し開ける。
すぐさま、ルベリは大水晶の停止に取り掛かり、
「グッ……。」
大水晶の光は徐々に曇ってきてはいるが……。
まだ、時間がかかる。
……まだか。
……まだか。
君は階下を覗いてみる。
……誰もいない。
「もうすぐ終わる……。」
ルベリが苦痛に顔を歪めながら、言った。
「なんとかなりそうにゃ。」
君はもう一度様子を見ようと、扉の外を覗き込んだ。
「それはよかったですねえ。」
眼前に突如現れたクォ。君は驚くよりも先に後ろに飛びのいた。
「でも、私にとっては全然よくないことなんですよ。……邪魔をしますね。」
クォの指先が妖しく光り始める。
「坊ちゃん。さよう……なら!」
君は身構える。この攻撃だけは耐え抜いてみせる。
だが……クォの魔法は君とルベリから遠く離れた壁に激突し、その壁に風穴を開けた。
クォの方を見ると、
「……させん。」
クォの体にがっちりとしがみつき、その動きを阻止していた。
クォは彼に向けて冷たい一瞥をくれる。
「……服が汚れたじゃないか。」
「クソッ、クソッ、クソッ!」
大水晶の停止を続けながら、ルベリは地団駄を踏んだ。
何度か地面を蹴りつけた後、ようやく大水晶の光が消える。
ルベリは自分の腕の痛みすら忘れているようだった。
「イライラさせないでください。これ以上、あなたたちの遊びに付き合う気はありませんよ。」
服についたホコリを払いながら、クォが近づいてくる。
「クォォォ!」
「止めるにゃ! ルベリは頭に血が上っているにゃ。」
君は瞬時に判断する。ルベリを冷静にさせ、かつここから離脱する方法……。
君はルベリめがけて、走り出す。
「なっ! 何をする……!」
君はルベリを抱え、クォの空けた壁の大穴の方へ向かう。そしてそのまま――。
「キ、キミ。もしかして……?」
君は塔の下へと飛び降りた。
「おやおや、お馬鹿さんですねえ。」
story
「にゃにゃぁぁぁーぁ!」
迫りくる地面に向けて、君は魔法を放つ。
その反動を利用して、落下の勢いを殺すことに成功した君は、ウィズとルペリをかばう態勢で、受け身を取る。
「なんて無茶を……。」
こうでもしないとあんな無茶苦茶な奴の意表は突けない、と君は返す。
すぐに最後の塔に向かおう、と君はルベリに告げる。
電巧の塔
……急ごう。まずは塔の解放だ。
①稲妻の光
毛が逆立ってきたにゃ。
ビリビリしてるにゃ。
②
歯車がぐるぐるしてるにゃ。
たぶん雷の力で動いているにゃ。
③痺れる展開
敵も雷の力を使ってくるにゃ。
対抗手段を考えるにゃ。
④大いなる電巧
頂上が見えてきたにゃ。
もうここで終わらせるにゃ。
story
大急ぎで塔を駆け上がる君とルベリ。相変わらずルベリは黙ったままだった。
君も黙々と目の前の敵を倒し続けた。
クォよりも先に頂上に到達しなければいけない。
急がなければいけない。そのことが君たちに後ろを振り返るのを妨げていた。
そんな時に、ルベリが口を開いた。顔は前に向けたまま、歩みは止めずに。
「彼らには名前はなかった。あらゆる裏の仕事をするために、名前も過去も捨てた者たちだ。」
君は、彼が語る言葉を黙って聞いていた。
「中には子どもの頃から、その任に就く者もいた。彼らは魔道士ギルドの影だ。
そして、私の影だ。大事な……私の体の一部だ。クォに父を殺され、体の半分も殺された。
少しだけ悲しむ暇をくれ。」
それだけ言うと、ルベリはまた黙って走り続けた。
君はルベリの前に出て、しばらくの間、後ろを振り返らずに走った。
***
最上階が見えてきた。
「クォより先に着いたにゃ!」
「ああ!」
君が扉に手をかける。だが、その扉は君の手から逃げてゆく。奥へと消えてゆく。
そして、現れる。
「遅かったですね。」
君は戦いの構えを取る。
「どうせここに来るのですから、先に来て待たせて頂きましたよ。
最後の戦いを、逃げ切りで済ますなんて考えていないですよね。
そんなこと誰も認めませんよ。」
クォがスッと手刀を水平に薙ぐと、目の前に叡智の扉が現れる。
「どうするにゃ?」
戦うしかない、と君は答える。
「でも、クォに勝つことが目的じゃないにゃ。それは忘れちゃいけないにゃ。」
君は、ウィズの言葉に頷く。何か方法を考えないといけない……。
「さあ、始めましょう。あなたたちの最期にふさわしい戦いを!」
クォの開いた叡智の扉から……。禍々しい者たちが飛び出してきた。
story
禍々しいクォの傀儡たちを退けたが、戦いは続いていた。
「ほう。なかなかやりますね。」
君はクォの繰り出す魔法を避け続けた。相手の周囲を回るように、場所を何度も変え続けた。
「逃げているだけでは、私に勝てませんよ。」
逃げてるわけではない、と君はクォに言い返す。
「口ではなんとで言えますよ。ちゃんと私に見せてください!」
「それなら、見せてあげるにゃ。」
とウィズが囁いた。それを受けて、君は地面に魔法をぶつける。
魔力の地走りがクォを囲むように円を描く。グラリっと床が傾いてゆく。
「なっ、これは……!?」
クォの周りの床が抜けて、塔の下へと落ちる。
「いまは勝たなくてもいいにゃ。時間さえ稼げれば問題ないにゃ。」
あれで勝ったとは思わないしね、と君はウィズに同意する。
「なんでもいい。大水晶を停止させよう。」
大水晶の傍へ歩いていくと、ルベリは石の上に手を置いた。
これまで見たのと同じように、徐々に大水晶は曇り始める。
「クォは必ず戻ってくるにゃ。」
そうだね、と君は穴の下を見下ろす。案の定、オウランディで見せた加速術を駆使して、穴の中を飛躍しながら、上がってくる。
「阻止するにゃ。」
君はクォが次に足場にするであろう場所を予測し、魔法で破壊する。
さしものクォも、足を止めざるを得ない。
「チィ……! やめろぉ! お前たち! やめろと言っているだろ!」
「もう大丈夫だ。この大水晶は停止する。」
とルベリが言う。君は穴から離れた。もうクォでも間に合わない。
そして完全に大水晶の光は失われる。
「さよなら。」
誰に言ったのかは、なんとなくわかった。彼が見ていたのは〈ノクトニアの柱〉だった。
柱は、少しずつ崩れ始めていた。
「なんてことを……やめろと言っただろ……。」
ようやく、やってきたクォはその光景を見て、戦慄き声を振り絞る。
「終わったよ、私たちの勝ちだ。」
クォは呆然と立ち尽くし、空を仰ぎ見ている。彼もまた柱を見ているようだった。
「……終わりだ。……もう終わりだ……。
ククッ。」
ノクトニアポリス Story4