幻魔特区スザク2 Story2
暗い道をしばらく進んだ先に現れたのは、広大な廃墟だった。
そう言うと、ヤチヨはヘッドフォンをして周辺の様子をじっと観察する。
彼女はシキの機能を使って、この場所のことを調べているようだ。
ロッドが完成してから、使われなくなったのかな……。
くだらねーことに、自分のガーディアンを使うんじゃねえよ。
イライラした口ぶりで、君たちに向かってスミオは言う。
確かに、今は緊急事態であることに変わりは無いが……
……以前のスミオなら、この光景を見れば喜んでいたんじゃないか、と君は思う。
気にはなるけど、これはとても聞ける雰囲気じゃないにゃ……)
叫ぶように、トキオは言う。その声に驚いたのか、スミオはビクッと体を縮ませた。
誰とも目を合わせずに、トキオは傷だらけの体をひきずって歩き始める。
ふと、君の袖を控えめに引いて、アッカは不安げに声をかけてきた。
キワムがね、ここなら隠れられるかも、って砂をどかしてたから、手伝おうと思って……
私が触ったら、開き始めたの。
アッカは天井の穴を見上げながら言う。そこからは、巨大なスザクロッドの一部が見えた。
君とウィズは、そんな彼女を見て言葉に詰まる。どう答えればいいのか、わからなかったからだ。
だが――
困った君を見かねたのか、キワムが助け舟を出してくれた。
キワムは抱きかかえたクロを撫でながら、ぽつぽつと話し始めた。
今日のアッカは、今日生きるのにすげー忙しいんだって。
だからさ、明日の悩みは明日のアッカに任せとけばいいんだよ。
俺達は、ずっとここで生きていかなきゃいけないんだからさ。
キワムの言葉は、どこか自分にも言い聞かせているようにも聞こえる。
けれど、それを聞いて、アッカは少し気分が晴れたようだった。
えヘヘ、ボーっとしてたら、置いてかれちゃうね。行こう、二人共!
君とキワムとアッカは一度顔を見合わせると、少し遠くなったスミオたちの背中を追った。
***
それに、収穫者とも戦わなきゃいけないからさ。あそこの人達を巻き込むわけにはいかないよ。
でも、キワムはあんまり変わってないように見えるにゃ。
この20年は、特に色々とさ。
…………?ふと、君は自分の耳を疑う。20年とは、なんのことだろうか。
おかしい。キワムは何を言っているのだろう。君にはよくわからない。
君は深刻な表情で黙りこくるウィズに目配せをする。
すると、彼女は君にだけ聞こえる、小さく震えた声でこう続けた。
クエス=アリアスと異界は、時間の流れが違う場合があるにゃ。
もし、ここがそうだとしたら……。
……君は、ウィズの仮説を聞いて、背骨に氷水を流し込まれたような錯覚を覚えた。
前回の訪問から、そう時間が経っていないはずだと君は思い込んでいたのだ。
……だが、それは大きな間違いだったとしたら。
……20年もの時間が、この世界では経過していたとしたら。
そしてそれを証明するように、君の脳裏に、彼らと交わしたいくつかの会話が蘇る。
「もー、「今の今まで」どこに行ってたのよ!ずいぶん探したんだからね!!」
「「ずいぶん戦い続けてきた」し、みんな私達ガーディアンの扱いが上手になってきたの!」
「キミがまた居なくなっちゃったり、怪我したりしたら、キワムが泣いちゃうからさ。」
……アッカやシキの言葉、少し大人びたヤチヨの雰囲気。
「ガーディアン持ちの収穫者が来る!全員手伝え!」
「……!?魔法使い、お前、なんでここに!」
……スミオの変貌と、トキオの言葉。
「だからさ、明日の悩みは明日のアッカに任せとけばいいんだよ。
俺達は、「ずっとここで」生きていかなきゃいけないんだからさ。」
自分に言い聞かせるような……キワムの言葉。
……彼らの明るい言葉で、ハッと君は思い出す。
君がガーディアンではない事を知っているのは、この中ではトキオだけだ。
ウィズの質問に、キワムは前を歩く二人を見て、少し悲しそうに目を伏せる。
20年ずっと変わらない自分自身が、本当に人間じゃないんだ、っていうことに。
だからさ……少し荒れてるけど、嫌ったりしないでくれよ。
申し訳無さそうに言うキワムに、君はもちろんだ、と返す。
俺達はさ、ずっと一緒に暮らしてきたんだ。このくらい、すぐ乗り越えてみせるさ。
キワムの頼もしい言葉に、思わず君が微笑んだ……その時だった。
地面を揺らすほどの異様な叫び声が、君たちの進む方向から響いてくる……!
そう言いながら走りだすキワムの背を、君は追いかけた!
***
ごめん、キワム。こいつ、姿を表わす直前まで検知できなくて……。
ヤチヨは、破壊された人形を見下ろしながら、申し訳なさそうにため息をつく。
襲ってはきたけど、あまり攻撃的ではなかったですし……。
今しがた倒した敵は、いったい何が目的だったのだろう。君たちは首をかしげた。
銃の先で、動かなくなった敵を小突きながら、スミオは言う。
はは……もしかして、こいつって警報装置みたいなもんだったんじゃ……?
顔をひきつらせながら、た。彼がそう口にした時だった。
「当たりだぜえ、侵入者さんがた。いやー、元気だねぇ。」
聞く耳を持たない、という様子で、スミオは手にしたノイズを低く唸らせる。
いやぁ~、俺以外のはぐれガーディアン、初めて見たわ!すげぇ~、ほんとに居たんだなぁ!
アトヤは大声で笑いながら、嬉しそうに君たちへと歩み寄る。
その様子だとアレかァ?そろそろ色々と不安になってきた頃合いだろ?
楽しかったよなぁ、毎日毎日、“自警団“として、魔物を狩ったりしてさぁ……。
うろたえるトキオに向かって、アトヤはにやりと笑いながら、こう答えた。
住むべきロッドを失った、ガーディアンだって。
story
アトヤにそう言われ、案内された先は、奇妙な柱が立ち並ぶ異様な空間だった。
キワムたちと境遇が同じとは思えない明るい調子で、アトヤは無遠慮に話し、豪快に笑う。
すごいな……俺も、あんなふうにできたらいいのに。
そう言うと、アトヤはわざとらしくごほん、と咳払いをする。
すると、彼の足元のガーディアンも、アトヤと同じジェスチャーをした。
言いながら、アトヤはまだ腕をかばっているトキオに目配せをした。
不快感を露わにするトキオを見て、一瞬アトヤは動きを止める。
それから、せきを切ったように彼は笑い始めた。
そうすりゃ、多少楽にはなるぜ。例えば……そうだな、そこのネジヅカ弟とかとな?
スミオの態度と言葉は、変わらず刺々しい。それを見て、アトヤは大きなため息をついた。
お前らのチームは見たところ脆い。誰かが欠けたらそっからダメになる。
お前がそのダメになるきっかけになるんじゃねえぞ、って言ってんの。わかる?
あくまで、アトヤはヘラヘラと笑い続けながら、不真面目そうに言う。
だが、その言葉は異様なほど彼らの状況を的確に表していた。
ウィズの言葉にうなずき、君たちはアトヤの背中を追う。
***
歩きながら、君たちはアトヤと色々なことを話した。
アトヤは、百年ほど前に天災で壊れた第430号ロッドの住人だという。
そしてやはり、スミオたちと同じように、「スザクロッド」へと「報告」をしに行ったらしい。
仲間は自分たちが人間じゃねえ、ってことに絶望してどっか行っちまったり……。
ネジヅカ兄みてえに、もうどうでもいいや、って感じでムチャない方して消えてったりよ……。
と、その時、……妙な音が聞こえてきて、アトヤの言葉は一瞬止まる。
と、そこまでアトヤが話した時だった。
今までの軽い調子は突如として消え、アトヤの声は一段低くなる。
皆の考えや気持ちを斟酌した上で、的確な指示を出す。
その表情は、少し前に見たキワムとは比較にならないほど、冷たく鋭い。
走りだしたアトヤを、君とキワムは追いかける。
いくつかの角を曲がったその先に、それは居た。
アトヤの言うスピーカードローンを踏み砕いている、巨大な機械が……!
ウォォォォオオアアアア!!
アトヤの叫びに呼応して、彼のガーディアンは飛び上がると、空中でその身を変化させる!
そして、そのままの勢いで巨大な機械を殴りつけた!!
ヴゥオォオオオ!!
アトヤの声に後押しされ、とてつもない暴力同士のぶつかり合いに、君は躊躇なく飛び込んだ!
***
リベルタス、アウデアムス、そして君の魔法。
3つの異なる破壊の力に圧倒され、既に巨大兵器はその形を半ば失っていた。
キワムの言葉に、アトヤは怪訝な表情を浮かべる。
それから少し考えこむように、彼をじっと睨むと……
と言いながら、キワムの背後を指さした。
…………?
誰も少女の素性を知らない。嫌な予感が皆の間に満ち始めたその時。
壊れかけた巨大兵器が、何故か再び起動し始めた!
君たちは、キワムの背後でこちらを伺っていた少女に気を取られていた。
故に、振り上げられる巨大兵器の腕に、反応することができない!
まずい、と咄嵯に感じた君は、ぎゅっと目を閉じる――!
そして、次の瞬間!!
「慌ててはいけませんよ、アトヤ。」
「…………。」
ばらばらと周辺に散るのは、機械の破片。それを叩き潰したのは、異様な怪物だった。
「大丈夫かしら、あなたたち。」
優しく笑う少女が、君を見下ろしている。
その腰には、見覚えのある文様が刻まれた札が下がっていた。