【黒ウィズ】幻魔特区スザク2 Story1
story
……足に触れる冷たい感覚。どこか懐かしい潮の香り。静かに響く波の音……。
そう、君は今、何故か波打ち際に立っていた。
ここはスザクロッドからは少し離れた場所のようだ。
周辺を見回すと、打ち捨てられた船や、朽ちかけた灯台が見える。
……最悪にゃ。
そんな声が聞こえ、ふと足下を見ると……
朝から変な声と音で叩き起こされたと思ったらこれにゃ……。最悪にゃ……。
ずぶ濡れになったウィズが、この世の終わりのような顔をして君を見つめていた。
塩水は毛がギシギシになるから嫌にゃ~!嫌にゃ~!!
彼女はそう言いながら、君の服に濡れた体を擦りつけてくる。
君はそんなウィズを抱きかかえ、砂浜へ戻ろうとした……その時だった。
「あ~~!!」
もー、今の今までどこに行ってたのよ!ずいぶん探したんだからね!!
久しぶり!元気にしてたの?
聞こえてきた大きな声に振り返ると、そこにはアッカとヤチヨの姿があった。
バカバカバカ!どこか行くならちゃんと教えてよ~!
ぷんすかと頬を膨らすアッカをなだめながら、君は色々あったんだよ、とお茶を濁す。
ウィズの方を見ると、彼女は彼女でシキやロッカに絡まれていた。
まったくもー、アンタらが居なくなってからしばらく、キワムもクロも元気なかったんだから!!
後でちゃーんと謝っときなさいよ!
にゃはは、ごめんにゃ。挨拶もできなかったし、悪いことしたにゃ。
ギシシ、シキも心配して落ち込んでたくせに。
うるさいな、そこは放っときなさいよ!
にゃはは。
……そういえば、なんでヤチヨたちは水着なのかにゃ?
思い出づくりだよ、今までずーっと戦ってばっかりだったから。
収穫者は相変わらずアッカを狙ってきてるんだけど、最近はナリを潜めてるの。
それに……私達にあるのは故郷のロッドの想い出だけだから。
少し寂しげに笑いながら、ヤチヨはそう言う。
それじゃ、キワムたちもこっちに来てるのかにゃ?
えーと……一応、来てるよ。あっちの方にいると思う。
ボーっとしてたら、置いてっちゃうぞー?
にゃはは!待つにゃー!
君の横をすり抜けて、アッカとウィズは楽しそうに砂浜を走って行く。
そんな一人と一匹を眺め、ヤチヨは苦笑しながら君に話しかけた。
この辺の魔物は弱くてほとんど害らしい害はないけど……気をつけてね。
キミがまた居なくなっちゃったり、り怪我したりしたら、キワムが泣いちゃうからさ。
心配性なキワムなら、あり得ない話じゃない。思わず君は吹き出してしまう。
笑い事じゃないんだってば!最近キワムの心配性がひどくなって、もう大変なのよ。
水着を着ているせいだろうか、楽しそうに話すヤチヨは、以前よりも少しだけ大人びて見える。
さ、行こう。みんな待ってると思うし、色々話したいこともあるからさ。
君はそう言う彼女にうなずき、ゆっくりと砂浜を歩き始めた。
***
砂浜をしばらく歩いていくと、見覚えのある後ろ姿が見えてきた。
彼は何故か、足元の砂を一生懸命に掘りながら首をかしげている。
君はキワムの名前を大きな声で呼びながら手を振る。
すると、顔を上げたキワムは一瞬顔をしかめ……
すぐにぱっと明るい顔になり、叫びながら君たちの方へと走ってきた。
うおおおおお!!この野郎ォォォォ!!
元気だったか、おい!まったくこの、コイツゥ!どこ行ってたんだよまったく!
君の体を肩から背中からバシバシとまんべんなく叩きながら、キワムは嬉しそうに言う。
ワンキャンヒャンワウ!クゥーン!ンー!ンゥー!
ワンワン!フンフンスンスン……フガッ、クシュン!
彼の気持ちが伝わったのか、クロもむせるほどテンションが上がっているようだ。
ううっ、グス……ホントよかった……無事だったんだな、ホントよかったよ……!!
ヤチヨ、結局キワム泣いてるにゃ。
ホント心配性は直らないわよねキワム……。
な、泣いてないやい!でもこんな時くらいは泣いてもいいだろ!
ぐす……それにしても、どこに行ってたんだ?心配してたんだぜ、みんな。
さっき浜辺を歩いてたら、シキが「異様な空間波を検知した」って言い始めて……。
ヤチヨはそう言うと、シキの手を指先で握る。
すると、シキが一瞬輝き、ヤチヨの周囲に透明な板がいくつも現れた。
そこに行ったらふたりが居たのよ。まったくもう、ビックリさせないでよね!
シキが薄くなっちゃったにゃ!?
ずいぶん戦い続けてきたし、みんな私達ガーディアンの扱いが上手になってきたの!
スミオの言葉を借りれば、デバイス形態って奴ね。私は全方位万能探知機ってとこかしら!
ロッカも、爆発できるようになったんだよね!
ギシシシ、なんでもぶっ飛ばしてやるぜぇ……!
にゃっ!?ちょ、ちょっと、ココではやめてほしいにゃ!
大丈夫大丈夫、危ないことはしないよ~。
み、短い間にずいぶん皆強くなったんだにゃ……!
短い……かな。まあ、そうかもね。結構大変だったし、あっと言う間だった気もするなぁ。
キワムとクロはなにか新しいこと、出来るようになったのかにゃ?
よくぞ聞いてくれた、クロはお手ができるようになったぞ!
……そ、そうかにゃ。よかったにゃ。
おかわりもできます!!
う、うん……。
そういえばキワム、さっきは何してたの?死に砂を掘ってたように見えたけど……。
ああ、なんかこう……変な扉みたいなもんが埋まっててさ。ちょっとみんなに見せた――
おしゃべりはそこまで。敵の反応よ。
一段低いヤチヨの声で、キワムの言葉は遮られる。
そしてそれを合図に、皆の表情が瞬間的に引き締まった。
我が心の化身よ、共に進もう、我と共に挑め。
……アウデアムス。
キワムは、迷うことなく戦いの構えを取った。
……さっきまで談笑していたのが信じられないほどに、冷たい目をして。
……なんだか、みんなの雰囲気、ちょっと変わらなかったかにゃ……?
不安げなウィズの言葉に君は小さくうなずく。
しかしながら、それを確かめている余裕は無い。
……来るわ!
***
やあああ!!
君の魔法と、ロッカの爆弾、そしてアウデアムスの凄まじい力により……
収穫者の尖兵たちは一瞬で蹴散らされた。
クロ……アウデアムス、前よりも強くなってる気がするにゃ!すごいにゃ!
グルル……。
ウィズが褒めてくれたのが嬉しいのか、アウデアムスは大きな頭を一度振る。
そうかな……。
そうにゃ!キワムはもっと自信持っていいにゃ!
ヘヘ……ありがとな、ウィズ。そう言ってもらえると、俺も自信が――
ねえ、ちょっと静かにして。
ヘッドホンを耳に当てたヤチヨは、何かを探るようにデバイス形態のシキを操っている。
な、なんだよ、またかよ!ちょっとくらいさあ、俺が調子に乗っても――
しっ!……なんか変な音が聞こえるのよ。
眉間にシワを寄せながら、ヤチヨは聞こえてくる音の正体を探ろうとしているようだ。
反応が4つ、スミオとトキオさんの反応もある、もう一つは……。
皆が固唾をのんで見守る中、彼女はハッと頭を上げ、海の方向へと顔を向ける。
その方向から現れたのは……!
ガーディアン持ちの収穫者が来る!全員手伝え!
……!?魔法使い、お前、なんでここに!
エクスアルバの背に乗った、険しい顔をしたスミオとトキオの二人だった。
何故か二人は、全身にひどい傷を負っている。
スミオ!トキオさんも、またこんな怪我して……どうして毎回こんな……!
戦ってたんだよ。お前たちが遊んでる間にな。
そんな、俺達はただ……。
ただ、なんだ?言ってみろ。気晴らしに海に行こうだなんて言ったのは誰だ?
そ、それは俺だけど……でも……!
もういい。どれだけ時間が経ったと思ってるんだ、あれから……!
舌打ちをして、トキオはキワムから視線をそらすと、次に君を睨みながら言う。
魔法使い、お前も手伝え。戦力は一人でも多いほうが良い。
大きな傷を負ったのか、トキオは不自然に右腕をかばっていた。
そんな状態であるにも関わらず戦おうとするトキオの姿に、君は言葉を失っていた。
……なんだ、お前もやる気がないのか。本当に甘ちゃんばかりだな、全く……。
もういいよ兄ちゃん。俺たちだけでやろう。
君に向けて軽蔑するような視線を向けながら、スミオは巨大な銃を構える。
……ああ、そうだな。
いつの間にか、トキオの腕にも骨で出来た銃が生まれていた。
どうやら、これが彼らのガーディアンがデバイス形態に変化した姿らしい。
……何があったんだにゃ、二人共。
あの時の彼らと、今の彼らは、まるで別人のようだった。
何か変だ。事情を聞いたほうが……と君がウィズに話そうとした時だった。
おい、こっちだ皆!
早く、この中に!
キワムの言葉に皆が駆け寄ると、そこにはぽっかりと丸い穴が開いていた。
どうやらそれは人工的に作られた穴のようで、端にはハシゴのようなものがついている。
底は暗<て見えないが、下に降りられるようになっているらしい。
……これは?
さっき俺が掘り返そうとしてたやつだよ。
ここに身を隠そう。スミオたちの怪我じゃ……言いにくいけど、今戦っても……負けるだけだ。
んだとテメエ……もういっぺん言ってみろよ!
喧嘩はやめてくんない、見苦しいし。調べ終わったよ、中に危険はないわ!
な、シキもこう言ってるし、頼むよ!
……どうするよ、兄ちゃん。
…………。
キワム、ヤチヨ、アッカの三人は、不安げな表情をしてトキオを見つめる。
彼は湧き上がる感情を押し殺すように一度深呼吸をすると、キワムたちを見ずに言った。
仕方ない、戦略的撤退だ。
……扉が閉まっていくにゃ。
全員が穴の底に降りると同時に、ゆっくりと天井の扉が閉まり始める。
…………。
体を引きずりながら歩くトキオに、キワムは声をかけられずにいる。
……彼らに、何があったのか。それを、確かめなければならない。