【黒ウィズ】黄昏メアレス3 Story4
目次
登場人物
story14 知られざる世界
君たちは、途方に暮れた顔を見合わせた。
光に呑まれ、意識を取り戻したとき、周囲の光景は一変していた。
魔力の糸と、それで編まれた無数の魔法陣。見渡す限り、それだけに埋め尽くされた世界。
君は身震いした。恐ろしいほど濃密な魔力が、膨大にたゆたう空間。とても人が足を踏み入れていい領域とは思えない。
リフィル、リピュア、そして〈ピースメア〉。いっしょにいたはずの3人は、少なくともこの近くには見当たらない。
どちらにしても、と君は言う。あの黄昏の力を使われたら、魔法を使ったところで対抗しようがない。
おあーーーーっ!?
突然ミリィが大声を上げた。君たちはびっくりして彼女の方を振り返る。
ミリィが指差す、魔法陣の通路の奥。そこで、1体の怪物が、じっとこちらを見つめていた。
〈かけら〉が、くいっと尻尾を動かした。通路の奥を、くいくいと尻尾で指してから、ふよふよそちらに移動を始める。
君たちが動かないのを察したのか、〈かけら〉が振り向いた。
イーッと歯をむき出しにしたかと思うと、〝なんで来ないんだ!〟とばかり、空中でじだんだを踏む。
首をひねっていたルリアゲハが、ぽん、と手を打った。
〈かけら〉が、しゃかしゃかと高速でうなずく。〝そうそうそうそうそう!〟という声が聞こえてくるようだった。
君たちは、〈かけら〉の後について魔法陣で作られた通路を動き始めた。
***
無邪気にはしゃぐリピュアとは対照的に、リフィルの表情には警戒と緊張が満ちている。
この場所にある魔法陣ひとつひとつが、アストルムー門の魔道の極みといえるほど、精緻に編まれた代物だった。
目に見える範囲だけでも、1年や2年で用意できるものではない。
通路の奥から穏やかな声がした。長衣をまとった男が、ゆっくりと歩み出てくる。
先ほど遭遇した〈園人〉アーレスと似た装いだが、まとっている雰囲気はまるで異なる。
研ぎ澄まされた氷刃のごときアーレスに対し、こちらは、うららかな春の日差しを思わせる、和やかで親しみあふれる笑みをたたえている。
リフィルは男を睨みつけ、いつでも魔法を放てるよう身構えた。
あっさりと答え、ネブロが右手を持ち上げる。
指の先から、そろりと魔力の糸が伸びる。その気配は、すでにリフィルにとってはなじみのあるものだった。
恩着せがましい風はなく、淡々としたものだった、あっさり信じてもらえるとは思っていないのだろう。
聞いた名に、リフィルは眉をひそめる。〈ロードメア〉に、ではなく、〈レベルメア〉に、というのが引っかかった。
ネブロは、くるりと背を向け、歩き出した。
story
〈レベルメア〉は、不安そうに周囲を見回した。
目に映るすべてが魔力で構成された、霊妙の地。ぞっとするほど膨大な魔力の流れが、無数の魔法陣によって制御されている。
実体を備えた場ではない。いわぱ純粋な力場だ。魔力によって肉体を構成する〈ロストメア〉だからこそ、到達することができた。
つぶやく横で、〈ロードメア〉が、がくりと膝を折った。
かつて、世を、人を導こうとした魔道士。〈ロードメア〉を夢見た男の、〈絡園〉に関する記憶が、色鮮やかに脳裏をよぎっていく。
〈絡園〉の性質。夢との関わり。魔法の意味。そこから導き出される可能性――
自分のものではない記憶が濁流となって押し寄せてくる。苦痛と不快感に耐えながら、〈ロードメア〉は、真実をつかもうとあがいた。
願いの融け合う森……まさか……〈ロストメア〉がこの世界に生まれたのは――ならば、俺たちにとっての〝救い〟とは――!)
魔力で満たされた空間に、高らかな詠唱が響いた、無数の小さな雷条が宙を馳せ、ふたりめがけて降り注ぐ。
〈レベルメア〉が、あわてて前に出た。〝抗う力〟で雷条の半分を反射させ、もう半分を撃ち落とす。
もはや誰も使えないはずの魔法。アストルム一門の末裔ですら、魔道書型の骨骸なくしては発現させられない力。
術者は、魔法陣の通路の奥にいた。〈ロードメア〉を見て、顔に驚きを浮かべている。
貴様……ディルクルムの〈ロストメア〉か!
思い出す。それが自らの願い主の名であることを。
アストルムの古き当主の名を知る者が、アストルムの魔法を使ってみせた。それはなぜか。〈絡園〉に何が起きているのか。
考えている余裕はなかった。男が指先で印を結び、〈秘儀糸〉を伸ばして、アストルムの魔法陣を形成する。
刻め雷陣、果てどなく!
戦うしかないらしい。
〈ロードメア〉は覚悟と拳を固め、自ら前へと踏み出した。
***
通路を進んでいくと、あちこちから、〈悪夢のかけら〉が現れ、道を阻んだ。
罠にはめられたのかと思ったが、先導している〈かけら〉も襲われているところを見ると、どうやら別口の〈かけら〉らしい。
ルリアゲハは得意のファニングで数体を蹴散らし、残る敵との間合を詰めた。
銀光一閃。
左腰の刀を片手だけで抜き放ちざまに斬る。神速の妙技は、数体の〈かけら〉を、反応の暇も与えず斬り伏せた。
分割した杭打機から砲撃を見舞い、向かい来る〈かけら〉たちを撃ち落とす。
かと思うや、一気に前進。
2体の〈かけら〉が前後に並んだところへ的確な間合から杭打機を叩き込み、まとめて粉砕してのけた。
コピシュの手から二振りの細剣が飛び、〈かけら〉同士の戦いに割り込んで、奇襲側の〈かけら〉を串刺しにした。
直後、振り向く少女の手に大剣が滑り込む。
横薙ぎの一閃。幅広の刃が、背後から忍び寄っていた〈かけら〉たちをまとめて薙ぎ散らす。
君も魔法を放った。カードを取り出すとき、なんとなく違和感があったが、魔法は問題なく発動し、敵を撃ち砕いた。
ほどなくして襲撃してきた〈かけら〉は全滅した。
逃げ惑っていた〈かけら〉が、ひょこんと立ち直り、早く来い、とばかり身体を揺らしてから先を急ぐ。
ついていくと、やがて、魔法陣で作られた小部屋のような場所に出た。
そこに、男が座していた。
手伽、首伽代わりにいくつもの魔法陣を埋め込まれ、ぴくりともせずにいる――
かつて4体の〈ロストメア〉たちとともに、君たちと渡り合った強敵。
〈ロードメア〉――〝みなを導く夢〟。
彼は、閉じていた瞼を、ゆっくりと開く。
自嘲めいた苦笑が、静かにこぼれた。
道を先導しながら、ネブロは語る。
ネブロは歩きながら、宙に浮かんだ魔法陣を撫でる。
魔法陣は淡い光を放ち、しゃらしゃらと幼子の笑うような音を奏でた。
人の心とつながっている〈絡園〉には、〝こうなってほしい〟という願いや夢が流れ込み、混ざり合う。
君たちが普段見る夢は、その集合だ。世界中の人の願望が混じり合って生まれる、いわば〝願いのカクテル〟というところかな。
リフィルは黄昏の森を思い出す。夢を乗せた蝶が融け合うことで生まれる、とりとめもない混沌の世界を。
ネブロは、また別の魔法陣に触れた。それだけで魔力のさざなみが起こり、しぶきとなって散っていく。
さなぎは魔力の蝶として羽化し、人の心に戻る。すると、願いが叶う――とまでは言わないが、そのための力にはなる。
すると蝶が持ち帰った魔力が、持ち主に力を与え、仕事がはかどり、結果、金が儲かる……という寸法だ。
〈夢の蝶〉が持ち帰る魔力は、あくまで、その人が持っている資質や能力を高めることしかできないのさ。
笑いながら言って、ネブロは、リフィルに意味深な視線を向けた。
リフィルについて、こちらの想像以上に調べている。言外に、そうにおわせる話題運びだった。
考えながら、リフィルは別の疑問を口に出す。
優秀な生徒の正解を喜ぶような笑顔で、ネブロは答えた。
story
逃げる。駆ける。魔法陣の床の上を。背後から降り注ぐ雷の嵐を必死にかいくぐりながら。
アストルムの魔法使い。肉体を持たぬ人間。まるでわけのわからない相手だったが、ふたりで協力すれば勝てるはずだと思った。
相手は、かつて〈オルタメア〉が使ったのと同じ、〝黄昏の力〟を使ってみせた。こちらの攻撃は、いっさい通用しなかった。
〝抗う力〟も〝導く力〟も無意味だった。あのときとまるで同じだ。大切な仲間たちを失った、あのときと。
〈レベルメア〉は、並走する〈ロードメア〉を横目に見やる。
彼は、全身を焼き焦がされていた。〈レベルメア〉をかばって、黄昏の雷の直撃を受けたせいで。
〈ロードメア〉の魔力が、ひどく弱まっている。敵の魔法で削られた上に、〝導きの力〟で自分と〈レベルメア〉を転移させたからだ。
そのおかげで、わずかに距離を開けられた。しかし、相手は執拗にこちらを追いかけ、魔法を放ってくる。
決めたんだから。みんなでいっしょに叶うって!)
残ったのは、彼と自分だけだ。だから、叶わなければならない。散っていった〝みんな〟の分も。
「〈ロード〉。〈レベル〉。私は叶った。だから、この力――使って!あなたたちの〝願い〟のために!!」
思う。願う。
だが。
黄昏色の光の糸が、〈ロードメア〉に巻きついた、すさまじい力でその魂を押さえつけ、問答無用で地面に叩き伏せる。
あわてて駆け寄ろうとする〈レベルメア〉に、〈ロードメア〉が叫ぶ。
ほとんど同時に、暴雷が来た。逸らしようも抗いようもない雷撃が、足を止めた〈夢〉を容赦なく襲う。
割って入った光の楯が、雷撃とぶつかった。いずれ劣らぬ魔力が弾け、光のしぶきが場を覆う。
傍らから声がした。びっくりして振り返ると、いつの間にか、そこに男が立っていた。
君の力が必要なんだ。〈園人〉の長――ディルクルムを倒すためにね。
その〈ロストメア〉はどうする?
アーレスはうなずき、呪文を詠唱した。光の糸に囚われた〈ロードメア〉ごと、その姿が消え失せる。
ネブロは〝こちら〟を振り向き、ぱちりと指を鳴らした。
〈レベルメア〉を覆い隠していた魔力の糸がほどけ、姿があらわになる。
〈レベルメア〉は、何も言わない。じっと、睨みつけるようにネブロを見据える。
苦笑し、ネプロは背中を向けて歩き出す。
〈ロストメア〉は、どうして生まれたのか。
〈レベルメア〉は、きゅっと唇を結んだ。
何をすべきか、自分に問うた。何がいちばん大切で、何がいちばんいいことか。
顔を上げ、歩き出す。男の背中を見据えながら。
彼がいたから、名前をもらえた。仲間と出会えて、共に〈夢〉を語り合うことができた。
捨てられた夢――〈見果てぬ夢〉にすぎない自分たちにとって、同じ境遇の仲間と笑い合うことが、どんなに楽しく、ありがたかったか。
戦わねばならない。自分を叶えるためでなく。仲間を救って一緒に叶う、そのために。
不安はある。怖さも。
だが、それすら焼き払うような熱が、〈レベルメア〉の心を支え、奮い立たせていた。
story
目を閉じて集中していた少女が、快哉を上げて跳び跳ねる。
〈レベルメア〉――〝反抗の夢〟である。周囲に浮遊している〈かけら〉たちが、主人の動きに合わせて軽快に踊る。
氷柱のような声が背を刺した。〈レベルメア〉は、ぎくりとして振り向く。
〈絡園〉の魔法陣に干渉し、流れる魔力を逆流させて、俺が〈メアレス〉どもに近づけないようにする――
腹立たしいが、効果的な手段だ。
探るように睨みつけてくるアーレスヘ、〈レベルメア〉は、ベーっと舌を出す。
〈絡園〉の魔法陣は複雑精緻な作りになっている、〈園人〉たちですら、おいそれとその構造をいじることはできない
が、それは、〝アストルムの魔法を使っての話〟である。
〈レベルメア〉の〝逆流〟の力は、〈ロストメア〉固有の能力だ。アストルムの魔法理論など知ったことではない。
アーレスと〈メアレス〉の間の魔法陣に流れる魔力を、とにかくでたらめかつめちゃくちゃに、めったやたらのしゃにむに逆流させてやった。
その結果、通路はぐちゃぐちゃに破壊され、アーレスの手に負えない状況となったのだ。
複雑な作りが仇になった形だった。
アーレスが指で印を結ぶと、無数の魔印が周囲に浮かんだ。
〈下天暴雷槍(フルゴル・クルエントゥス)〉!
すべての魔印が雷条に変わり、〈レベルメア〉へと殺到する。
〈レベルメア〉は気合を入れて、内なる魔力をほとばしらせた。
7向かい来る暴雷のことごとくを〝逆流〟させ、アーレス自身へと一斉に跳ね返す。
防壁の魔法でこれを防ぎ、アーレスは唸った。
ついでにあんた、〝黄昏の力〟、もう使っちゃってるでしょ?知ってんだからね、あれ、一度使うとしばらく使えないって!
アーレスが再び印を結ぶ。〈レベルメア〉の足元に魔法陣が浮かび、そこから無数の雷撃が立ち昇った。
檻のごとく〈レベルメア〉を囲った雷の群れが、四方から喰らいついてくる。
〝逆流〟の力を使い、向かいくる雷を反転させる。
しかし、跳ね返された雷は別の雷とぶつかり、弾け、再び〈レベルメア〉へと向かった。
閉じ込めたものに喰らいつくまで延々と荒れ狂う、雷の檻。逃れようも跳ね返しようもない雷陣の結界。
それが、弾けた。
跳ね返された雷が別の雷と激突し、その雷がまた別の雷とぶつかって弾け――連鎖の果てに、すべての雷が一斉に消失した。
もし再び〈メアレス〉たちと戦ったとしたら、アストルムの魔法の使い手たるリフィルが、どんな手段で攻撃してくるか。
〈ロードメア〉はそれを想定し、〈絡園〉探索の片手間に、アストルムの魔法の返し技を、〈レベルメア〉に覚え込ませていた。
もっとも、簡単にできることではない。相手がこう来るだろうと見越して、あらかじめ周囲に〈悪夢のかけら〉を散らしておいた。
〈かけら〉たちは〈レベルメア〉の力を中継し、より精確に〝逆流〟を補助する。
遭遇戦では、この手段は採れない。迎え撃つという形でしか、〈園人〉に対する勝ち目はなかった。
あらん限りの魔力を振り絞り、〈レベルメア〉は決然と啖呵を切る。
***
それを叶える手段を求め、研究した結果、アストルム一門が作り上げたのが、呪文や魔法陣による〈絡園〉への干渉技術だ。
より効率よく、かつより高度に意志を届ける方法、それを何千年と研究し、〝雷を落としたい〟という願いを実現させる魔法さえ生み出した。
ネブロが苦笑する横で、リピュアは、つんつんと通路の魔法陣をつつく。
身を固くするリフィルに、ネブロはうなずく。
しかし、志半ばで命を断たれた。アストルムのためではなく、世界全体のために研究を続ける姿勢が身内の不興を買ったらしい。
その話が本当だとすると、アストルム一門は、当主を暗殺した上で、その骨骸を勝手に人形型の魔道書に改造したということになる。
願い主を裏切り、暗殺した者たちの見た夢だ。己の封印を解いてくれたといっても、信じられるものではないだろう。
さらりと重要なことを言われて、リフィルはハッとする。
胸が焼けつくような感覚を、リフィルは味わう。それが怒りなのか苛立ちなのか、自分でも判然としない。
とうに魔法の失われた世界で、魔法が存在することを示し続けるため、人形に魔法を使わせる〝代替者(リフィル)〟として生きてきた。
だが、〈メアレス〉として戦い、異界の魔法使いと出会って――いつしか、そんな生き方がしっくりこなくなった。
それでも魔法を捨てたいと思ったわけではない。魔法と自分は、分かちがたく結びついている。リフィルにとって、もはや半身にも等しい。
見つけたいと思った。魔法を使い、どう生きるか。その道を。自分にとってしっくりくる生き方を。
思い知らされた。自分の魔法が本物でないことを、真なる魔法の継承者は〈園人〉たちであり、自分はまがいものに過ぎないことを。
敵である可能性、罠である懸念は捨てきれないが、語るすべてが嘘であるとも思いがたい。
どこまでが真実で、どこからが嘘なのか。ネブロの真意はどこにあるのか。それを探るため、リフィルは疑問を口に出す。
さっきの理屈なら、話が違う。
意志や願いが〈絡園〉から魔力を持ち帰ることで魔法が成立するなら――人はそもそも魔力を持っていなかったってことでしょ?
だったらどうして、人は魔法を失ったの?
切り込むような問いを、ネブロは肩をすくめて受け流す。
それゆえに、〈ロストメア〉が生まれた。
story
君は魔法で〈ロードメア〉の拘束を破壊し、彼を救い出した。
そして、〝次はこっちだ〟とばかりに尻尾を振る〈かけら〉の後に従い、魔法陣の道を進んでいく。
君の肩を借りた〈ロードメア〉が、樵悴しきった声で尋ねてくる。
〈ロードメア〉と〈レベルメア〉は、〈絡園〉を探し、森の奥に踏み入って、ついにこの場所に至ったらしい。
そして〈園人〉と戦い、敗北したが、〈レベルメア〉だけはネブロに助けられた。
ミリィが言った瞬間、前を行く〈かけら〉が絶叫を上げた。
〈かけら〉を構成していた魔力が、血しぶきのように飛散する。
たおやかな手が、魔力のしぶきを払いのける。すぐに、その全身があらわとなった。
謎めいた仮面に半ば顔を覆われているが、確かに、〈ピースメア〉その人だと、君にも思えた。
異を唱えたのは、君の後ろの〈ロードメア〉だった。
この世のものとは思われぬほど、痛々しく禍々しい咆呼が上がった。
〈ピースメア〉の全身から魔力が噴き出し、その余波が烈風となって君たちを撃つ。
膨れ上がる殺意と敵意の風を前に、〈ロードメア〉が、怒りと苦みのうめきを上げた。
***
絶叫とともに放たれる力が、君たちを襲う。
まるで制御されている感じがない。ただでたらめに力をあふれさせ、暴れさせて、こちらをねじ伏せようとする。
他者を傷つけ、痛みで従わせるだけの力。まさしく、彼女が忌避する暴力そのものだった。
ルリアゲハとミリィが左右から撃ちかかる。ルリアゲハは刀の峰を、ミリィは杭打機の側面を使っていた。
しかし、一撃を叩き込む寸前、その動きが、ぴたりと止まる。
君も魔法の衝撃波を叩きつけたが、〈ピースメア〉の叫びに打ち消されてしまう。
獣のように叫んだ〈ピースメア〉が、振り下ろした拳から魔力の波動を放つ。
左右に散ってその一撃をかわしながら、君たちは見た。
愛らしい顔立ちを覆う、いびつな仮面。その下から、透明なしずくが、ぼろぼろと流れ落ちるのを。
少女が叫ぶ。泣きながら。
それは、〈夢〉の悲鳴だった。
自らが叶うことより、誰かと争うことを嫌った彼女が、戦いを強要させられている。それゆえの、魂の悲鳴だった。
〈夢〉が、〈夢〉そのものを穢される痛み。存在そのものを捻じ曲げられる痛み。
意志も。覚悟も。意地も。誇りも。魂すらも顧みられることなく、名もなき道具として、壊れるまで利用され、使い捨てられる。
目的さえ達成できればいい。使われるモノの心など、どうでもいい。
そう思っていなければ、こんな扱いはできまい。
全力の攻撃を、同時に叩き込め。あとは……俺がやる!
怒りに満ちた声だった。同じ〈夢〉として――何より彼女に名を与えた友として。その名を無にする行いを決して許さぬ声だった。
〈メアレス〉たちの判断は早い。〈ロードメア〉の言葉を聞くや、パッと三方に散っている。
君もうなずき、うまくいってくれ、という強い願いを込めながら、呪文を詠唱した。
〈ロードメア〉の言葉を信じ、威力の高い魔法を選んで、〈ピースメア〉へと解き放つ。
同時にルリアゲハたちも動いた。銃が、杭打機が、剣が、容赦なぅ〈夢〉の身体に吸い込まれる。
〈ピースメア〉の咆呼。〝争いを止める力〟が、四方からの攻撃すべてを打ち消してのける。
合わせて、君の背後で魔力が膨れ上がった。
〈ロードメア〉。その〝導く力〟が解き放たれるや、すべての暴力を打ち消す力が、矛先を変えた。
〈ピースメア〉自身へと。
細い肢体が〝争いを止める力〟に呑まれ、震えたのけぞった喉から、ガラスの軋むような切ない悲鳴が上がる。
ばきん、と硬い音が響いた。少女の顔を覆う仮面が、粉々に砕け散る音だった。
〈ピースメア〉は糸の切れた操り人形のように、どさりとその場に倒れ伏す。
魔法を使うときの違和感を、君は思い出す。カードば手元、にあるが〝ここ〟にはない。だから発動はしても違和感があったのだろう。
ルリアゲハが〈ピースメア〉を担ぎ上げるのを見て、コピシュが目を伏せた。
君は、拳を握りしめながらうなずいた。
〈メアレス〉たちと共に、何度も〈ロストメア〉と戦った。
だから、知っている。〈夢〉そのものである彼らの、純粋であるがゆえの強さと恐ろしさを。
自分さえ叶えばいい。彼らはそういう怪物だ。たとえ人を、夢の願い主の大切な人を殺してでも、自らを叶えようとする。
力が、存在そのものが、だけど、だからこそ、恐ろしくて禍々しい。どこまでも儚くて、痛々しい。
人の夢から生まれ、捨てられた儚き魂。願い主の代わりに夢を叶えようと、ただ必死に命を懸けて戦う怪物。
その魂を意のままに操り、道具のように扱う敵を――
君は、許せそうもない。
story20 REBELMARE
富豪の家に生まれたひとりの少女が、〝反抗する〟という夢を見た。
親の言いなりになるのではなく、抗い、立ち向かい、自らの意志を通したいと。
そう願い――叶えられずに、諦めた。
彼女がどうなったのか〈レベルメア〉は知らない、〈ロストメア〉が引き継ぐのは、自分が生まれたときまでの願い主の記憶だけだからだ
自分を捨てた願い主に、そう文句を言ってやりたかった。
生きてんだから――生きなきゃだめじゃん!)
抗いたいと――言いなりになりたくないと、そう願ったのはまちがいなんかじゃないと。
それを、証明したいのだ。現実に出て、自分という夢を叶えることで。
自分を捨てた願い主に、〝捨てたものじゃなかった〟と言わせたい。
だから。
放つ魔法のことごとくを返され、魂を焦がされたアーレスが、ついに業を煮やし、最大の術を放った。
来る――あまりにも巨大な雷の奔流が。小さな〈夢〉など簡単に吹き散らしてしまう、圧倒的で絶対的で抗いようもない力が。
解き放つ。すべての意志。すべての魔力を。
抗いようもない力に抗う。そのために願われ、そのために生まれた。その意志を示す名を、仲間からもらった。
だから、どんな力が来ようと構うものか。
すべて、返してやる。
抗い、退け――弾き返してやる!
渾身の力とともに、〈夢〉は抗う。
押し寄せる雷の奔流。かぶりつくように真っ向から挑み、その膨大な魔力を受け止める。
すさまじい圧力が全身にかかるのを感じた。とてつもない魔力の猛り。小手先の返し技など無意味だと、嘲笑うように。
だからこそ、〈レベルメア〉の魂は燃えた。かってないほどの烈志が湧き上がり、己の魂そのものを支えるのを感じた。
向かい来る力が強いほど。状況が絶望的であるほど。
抗う気持ちが、燃え盛る。その名が、夢が――意味を持つ!
カッと眼を開き、限界以上の力を引き出した。
あるいはそれは、消えていった仲間のことを脳裏に浮かべたおかげかもしれなかった。
魔法の構造を把握し、取つかかりを見つけ、そこを起点に力を流し込んで、裏返す。
ただ単純に――強烈に――ひっくり返す!
跳ね返す。暴れ狂う雷撃そのものを。驚愕に震える〈園人〉へと。まっすぐに。
そのとき、ふらりと、影が立った。
アーレスの眼前。何もなかったはずの虚空に。忽然と。
仮面をつけた、長身の男の影が。
くい、と男が指先を動かした。
それだけで雷の奔流は急激に反転し――絶望的なほどあっけなく、〈レベルメア〉を丸呑みにした。
どうしようもなかった。
暴虐なる轟雷の牙が、彼女の魂を喰らい、噛み砕き、すり潰していく。
それでも悲鳴は上げたくなかった。痛みという痛みを噛み殺し、〈レベルメア〉は悔しさを吐き出した。
いいじゃないか。胸の奥の自分が言う。
〈ロードメア〉は助けられた。自分の死は無駄ではない。だから、いいじゃないか――
そう自分を納得させようとしながらも、唇からこぼれる言葉は止まらない。
そのつぶやきすら、雷轟のなかに消えていった。
〈夢〉が消え、何もなくなった虚空を、アーレスは、じっと見つめていた――そこに何かの答えが書いてあるかのように。
何もない。ありはしない。かつてそこに立っていた〈夢〉の名残さえ。何ひとつ、残ってはいない。
〈園人〉の心に焼きついた、驚愕と戦慄以外は。
認めるしかない。自分は負けたのだ。〈ロストメア〉――人に捨てられた夢に。
その、強さに。
胸の痛みを押し殺すようにして、アーレスはうめく。