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【黒ウィズ】黄昏メアレス3 Story2

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作成者: にゃん
最終更新者: にゃん


目次


Story6 ありえざる再会

Story7 すれ違う願い

Story8 心は揺れて

Story9 どんなに信じたくても


登場人物



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story6 ありえざる再会



都市……どうして……?

 コピシュは茫然と、黄昏の街並みを見つめた。

都市を出て2週間ほど旅を続け、不思議な森に入った――そのはずなのに、いつのまにか慣れ親しんだ石畳を踏んでいる。

踏んでいる――にしては、感覚が頼りない。

ふわふわとした、けだるい浮遊感に包まれている、深くあたたかな海に浸かったような――

あれ……?みなさんは――

 振り返る。誰もいない。道行く人は確かにいるが、そこにいたはずの人は誰ひとりとしていなくなっている。

そんな……わたし、確かにいっしょに……。

 誰と?

思い出せるはずの記憶が、するりとこぼれる。

自分は何をしていたのだったか。

何のため、誰と、どこに行っていたのか。

wコピシュ。

……!

 あまりのことに、心臓が跳ねた。

まさかという思いに頭を殴られながら、コピシュは愕然と振り返る。

そして見た。ここにいるはずのない人。声をかけてくるはずのない人を。

お母さん――なんで、ここに……。

 殺伐とした記憶が脳裏をかすめる。

母。この都市にいるはずがない。でも現れた。

かつても同じことがあった――〈ロストメア〉。父の気持ちを利用し、傷つけた悪夢――

反射的に剣を取ろうとする手が、ぎゅっと握りしめられる。

びくりとする。目の前。いつの間にか母がいた。泣いている――喜びと愛しさの涙で。

w会いたかったわ。コピシュ。ああ――こんなに大きくなって。

 ほろほろと。母は本当にうれしそうに涙を流す。

それを見て、コピシュはようやく思い出した。

(そうだった。お母さん、手紙をくれたんだ。都市に来るって。もう一度、会って話そうって――)

 なぜそんな大事なことを忘れていたのだろう。不思議がるコピシュを、母は物も言わずに抱きしめた。

懐かしい感触。心の底から安堵が湧き上がる。ぬくもりに埋もれる顔に、じわりと涙がにじむのを止められない。

ややあって、母が身を離した。目元の涙をそっと拭いながら、穏やかな微笑みを向けてくる。

wごめんなさいね。久しぶりだったから。

あ、いえ――その……うれしかったです。

wありがとう。あなたがそう言ってくれてよかった。

ああ。本当に、なんて懐かしい。幼い頃から大好きだった母の微笑み。コピシュもまた、はにかむように笑顔を返す。

wそれじゃあ、行きましょうか、コピシュ。

 握った手を引かれ、コピシュは戸惑った。行く。どこへ?いや。それよりも。

あの、でも、お父さんが――

wゼラードのことなら、心配しなくていいわ。

手紙に書いたでしょ?あの人が、やっと、あなたを手放すと言ってくれたって。

えっ……。

wさあ、コピシュ。

 変わらぬ笑みで、母は言う。

w新しいお父さんが、あなたに会うのを楽しみにしているわ。



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story7 すれ違う願い



城……よね。ここ。どう見ても……。

 まちがいない。自分は今、混乱している。

その自覚があったから、ルリアゲハは、あえて声に出して、そうつぶやいた。

あの都市には――と言うより、夢と現実の狭間の地にはあるはずのない、独特な造りの城のなか。

そこに自分は立っている。いつの間にか。

1歩を踏み出すと、靴越しに木の感触が伝わって、思わず足を止めてしまった。

やだ。土足じゃない。

 反射的に脱ごうとして、思いとどまる。今は、状況がわからない。とりあえずそれを確かめてから――

(……あれ?あたし、そもそも……どこで、何やってたんだっけ?)

w姫さま!

 突如として背後から声をかけられ、ルリアゲハは反射的に刀の柄を握りながら振り向いた。

そこにいたのは、家臣のマワリだった。ルリアゲハとは歳も近く、昔からさんざん振り回してきたのを覚えている。

片膝をつき、頭を下げたマワリは、感激に堪えないという様子で、滂沱と床に涙を落とした。

w長らく、お待ちしておりました。姫さまが、お戻りになる日を……

戻るって――ちょ、ちょっと待って。

 まずい、という思いが脳を叩いた。故郷に戻るわけにはいかないのだ。自分が戻れば、国がふたつに割れかねない。

違うのよ。なんでここにいるのか、あたしにもよくわからないんだけど。あたしには、国に戻るつもりなんて――

w事情をご存じで、お戻りになったわけではないのですか?

事情?待って。まさか、あの子に何かあったの?

 問うと、マワリは一瞬、唇を結んだ。

しかし、武士の衿持から顔を上げ、はっきりとルリアゲハの目を見つめて答える。

wあの方は、自害されたのです。

……?

脳が、その言葉を受けつけなかった。

ぽかんと口を開けたルリアゲハの前で、マワリは強く拳を握りしめ、吼えるように語る。

w他国の付け入る隙が生まれぬよう、国の土台を整えられて――その上で、自害されたのです!

wあなたが……ルリアゲハさまが、真に君主となられるように!

 くらりと。

ルリアゲハは、よろめいた。目の前が暗い。首を絞められたように。したたるようなうめき声だけがこぼれる。

ま――待って。嘘でしょ。ちょっと。そんな、だって、あたし、何も聞いてない――

 震えるルリアゲハの前にかしずいたまま、マワリが血を吐くような叫びを上げる。

wご遺志を……お継ぎください、ルリアゲハさま!この国の主として、国を、民を、お守りください!

…………っ。

 何も言えず、ルリアゲハはただ首を振った。

声が出ない。出しようもなかった。

何もかもを否定したいという気持ちが、細い喉を絞め続けていた。




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story8 心は揺れて



 くらくらする。ふらふらする。ここはどこだ。何をしている?

く……。

 考えることを放棄したいという強い衝動をこらえ、リフィルは黄昏の街並みを歩く。

ざわめきは遠く、粘るように空気が重い。石畳の地面は不確かで、視界はおぼろに濁っている。

いったい、どうなっている……?

 ありえない。自分たちは森のなかを進んでいた。その先にどうしてこの都市がある?幻覚か、あるいは精神に干渉されているのか――

考えようとすればするほど、気が重くなる。

楽になりたい、と脳が叫んでいるのを感じる。何も考えず、風景に溶け込んでしまいたい――

……意地でも、そうしてやるものか……。

 頭を振る。

とにかく仲間を見つけなければ。いっしょに来たはずの仲間。どこかに――

誰かであるはずなのに誰ともつかない人々が、空を流れる雲のようにすれ違う。

その向こうに、見知った影を見つけた。誰だったか。一瞬を要してから、リフィルはその名を呼んだ。

ルリアゲハ!

 街角に佇んでいた女が、つと顔を上げた。

ああ……リフィル。久しぶりね。

え……?

あたし、なんでこの都市に戻って来たんだっけ――ああ、そっか。忘れ物を取りに来たのね。

待って、ルリアゲハ。何が何だか――

そうよね。ごめんなさい、何も言わずにいきなりいなくなったりして。

実はね。妹から連絡があったのよ。戻ってきてほしいって。

 沈む夕日に背を向けて、女は微笑した。そのまま焼けた空に溶けてしまいそうなほど儚げな立ち姿だった。

それでね。行ってみたら……妹は、もう亡くなってたの。自害だって。

あの子――最初からそうするつもりだったのよ。

なにもかも全部、お膳立てをしておいて……死んで、あたしを呼び戻すつもりだった。

あたしに、夢を返すために。

ルリアゲハ――

 ルリアゲハは、かすかに顔をうつむかせた。帽子のつばが、その表情を覆い隠す。ただ影だけで染めていく。

あたし、ずっと、夢のために生きてきたのよ。国と民を守りたい、って。

二度と抱くことのない夢だと思ってた。でも、どんなに願ったかしれない。取り戻せたらって。なのに……。

何もうれしくない。こんな形で返されたって……あの子の代わりに取り戻せたって、なんにもうれしくなんてないのよ!

 叫びが。空を、痛々しく震わせる。

銃が、弾丸を吐き出すように。喉の奥に押し込められていた悲鳴がほとばしり、黄昏を焦がした。

もしも心に血が流れていたら、きっと今の叫びは赤い色をしていた。

……。

 鉛のような吐息をこぼしてから、ルリアゲハは、繕うように微笑みを戻した。

ここに来たのは、けじめのためよ。

あたしはもう〈メアレス〉じゃない。だから最後に見ておきたかったの。第二の故郷の街並みをね。

 遠い。女の笑顔が。その名とともに。どこか遠くへ、よどむように、かすれていく――

楽しかったわ――リフィル。

 違う。そう叫ぼうとした。声は出ない。

激しい焦慮に駆られながら、リフィルは首を振る。

違う。

でも、何が?




んっと……あたし、なんで都市にいるんだっけ?

 ミリィは、街角で途方に暮れていた。

あれ?都市にいるのは当たり前か……え、でもそうだっけ?なんかぜんぜん別んとこ行ってたような……。

 首をひねりながら、都市を歩く。

どうにも落ち着かない。大事なことを忘れているような焦りがある。でも、その正体がわからない。

んあー、むずむずするぅ!

wミリィさん?どうかしたんですか?

あ、コピシュ。

 とことこと、少女が寄ってくる。その顔を見ると、なんだかすごくホッとした。

いやぁ……なんだかね、変な気がして。

あ。その服、好みに合わなかったですか?

あああいやいやいやぜんぜんぜんぜんぜんぜん!変なのは服じゃなくてあたしで、あれ?あたしかな?あたしっていうか……世界?

はあ。

 よくわからない、という顔で首をかしげてから、コピシュは思い出したように居住まいを正した。

そうだ、ミリィさん。ごあいさつをさせていただこうと思ってて――

ん?ごあいさつ?

 コピシュは、深々と頭を下げた。

そこでミリィは、初めて気づいた。コピシュの背には、あるべきものが――数多の剣が、一振りたりともないことに。

これまで、どうもお世話になりました。

 ミリィは思わず息を呑んだ。喉に氷の塊を放り込まれたような心地だった。

お世話って……あれ?コピシュ、もしかしてどっか行っちゃうの?

はい。お母さんと一緒に、都市を出ることになったんです。

あーなるほどはいはい母さんえええええ!?えええそれ、えええ、んじゃ、セラードさんは?

お父さんは、行ってこいって。俺のことは気にするな、って。

 寂しそうに、コピシュは微笑む。

実はお父さんも、男手で育て続けるのをずっと悩んでいたらしくして。

お母さんが再婚して、わたしを引き取りたいって言ったら、その方がいいだろうって……。

お、おお、おおおお……そすかー……セラードさんがねえ……はあー……。

 いつまでも変わらない関係などない。見慣れた人が突然いなくなるのも、別に珍しい話ではない。

そのくらいわかっているはずなのに――なぜだろう。氷を呑み込んだような感覚が消えない。

(いやいや、ここは年上として、バンッと明るく送り出してあげるべきっしょ!)

 ミリィは、強いて笑顔を浮かべ直した。

驚いたけど、当人同士がそれでいいなら、それがいちばん!……だよね?

ありがとうございます、ミリィさん。わたしもそう思います。

 礼儀正しい微笑みを返してから、コピシュは、ふと首をかしげる。

ミリィさんは、まだこの都市で暮らすんですか?

え?うん。今んとこ、これしか食ってく自信ないし、しばらくのところは――

もう〈メアレス〉じゃないのに?

……え?

 喉の氷が、ぎしりと軋む。広がる冷気が、血という血を凍てつかせる。

コピシュは、固まるミリィを不思議そうに見つめた。

だって、ミリィさん、この前、叶えましたよね?ファッションデザイナーになるって夢。だから、そろそろ都市を出るのかなって――

 ミリィは動かない。答えられない。

喉から這い上がった冷気が、桜色の唇を固く凍りつかせていた。




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story9 どんなに信じたくても



にゃはは、よくやってくれたね。おかげで人間に戻れたよ。

キミのおかげだね。さすが私の弟子ってとこかな?

これからは、師匠としてもっとビシバシ鍛えてあげるからね!

 君は。

そっと肩の上に手を伸ばす。

そこには何も見えない。だけど、ぬくもりを感じる。いつものように。

君はカードに魔力を込めて、魔法を放った。

目の前のウィズが――ただの幻影でしかないものが、吹き散らされて消えていく。

……ろくでもないものを、見せられたにゃ。

 肩の上。ウィズが吐息する気配を感じた。

視線を向けると、つややかな黒い毛並みが揺れた。

つまらない手にゃ。

 あきれたように、ウィズは言う。

こちらの願望を反映しようとしたんだろうけど、あまりに都合が良すぎて、逆に笑えてくるくらいにゃ。

 彼女が何を見たのか、聞く気はなかった。小さな身体に秘められた静かな怒りを、君は無言のまま感じ取っていた。

行くにゃ。リフィルたちが心配にゃ。

 うなずいて、君は歩き出した。





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