【黒ウィズ】黄昏メアレス3 Story1
目次
登場人物
story1 夢と現実の狭間の地
言われるまま、君は〈ピースメア〉についていく彼女は慣れた足取りで森の奥へと進んだ。
〈ロストメア〉は狭間の地に生まれて門を目指す、都市の外の方が〈ロストメア〉が多いの。当然、開拓も簡単じゃない。
この森にもたくさんいるんだね、と君は言う。
淡々と答える〈ピースメア〉の背中を見つめ、君は、聞いていいのだろうか、と思いつつ、浮かんだ疑問を口にした。
門を目指そうとはしないの?と。
〈ピースメア〉は、やるせなく吐息した。
私は〝争いを止める夢〟だから。そのために誰かと争うなんてことは、できない。
他にも、いろんな〈ロストメア〉がいるわ。臆病で傷つくのが怖い〈夢〉や、〈メアレス〉に負けて、叶うことを諦めてしまった〈夢〉……。
どこにも行けなくなって――仕方がなくて、ここにいる。
でも、それは――という君の言葉を、〈ピースメア〉は、ため息交じりに継ぐ。
人が生きることを諦めるように――叶うことを諦めた〈夢〉。
7まるで〈メアレス〉のようだ、という言葉を、君は呑み込む。
〈ロストメア〉の〈メアレス〉――
人擬態級以外――会話できるほどの自我や知性を持たない〈ロストメア〉は止められない。
〈ピースメア〉は、そっと目を伏せた。
〈夢〉は、互いに喰らい合うものだから。
story2 戦いは静寂を引き裂く
門を通ったか、敗れて倒れたか……どちらにしても会えないと思っていたのに、名前をつけて帰ってくるなんてね。
ふたりは今、ここにいるの?と君は問う。
ううん。もう行っちゃった。この森の奥に。
〈絡園〉を探す、って言って。
聞いたことのない単語に、君とウィズが顔を見合わせたとき。
ひとりの男が血相を変えて飛び出してきた。
〈ピースメア〉は真剣な表情でうなずき、男が指し示す方へと走り出す。
君はあわてて、その後を追った。
怒号。悲鳴。戦いの喧騒が、森の静寂を引き裂いている。
戦場に辿り着いた君は、見た。
人擬態級の〈ロストメア〉たちと、相対する、5つの影を。
指先から魔力の糸を伸ばした少女が、骨骸の人形を操り、雷撃の魔法を放つ。
右手に刀を、左手に銃を手にした女が、木々を跳び移りながら銃撃を見舞う。
白い霧を吹きかけられた少女が、ほとんど感覚だけで杭打機をぶん回し、〈ロストメア〉の横っ面を殴り飛ばす。
大量の剣を背負った少女が叫ぶと、地面に置かれていた大剣が跳び上がり、数体の〈ロストメア〉の接近を阻む。
蝶のような羽を生やした少女が手を叩くと、大きな金ダライが落ちてきて、〈ロストメア〉たちの頭部に直撃する。
そう。リフィル、ルリアゲハ、コピシュ、ミリィ、リピュア――かって共に戦った仲間たちが、人擬態級の〈ロストメア〉たちと交戦している!
君はうなずき、悲鳴の響く戦場へ飛び込んだ。
***
そんな師匠のアドバイスに従い、君は最大の魔法を放った。
リフィルたちに、ではなく、開けた空に向かって。
轟音が鳴り響き、森を揺るがす。その場の誰もが、ハッと君の方を向いた。
君の姿を認めたリフィルが、半ば唖然と、半ばあきれて声をかけてくる。
気がついたらいた、と言いながら、君は〈ピースメア〉とともに、〈メアレス〉と〈ロストメア〉の間に割り込む。
そして、〈ピースメア〉と出会った経緯や、彼女たちに敵対する意志がないことをザッと説明した。
リフィルは厳しい表情で相手方を見回す。
〈ロストメア〉たちは、あるいは敵意、あるいは恐怖を顔に浮かべ、じっと成り行きを見守っている。
リフィルたちが構えを解いてくれたので、君はホッとした。
探したいもの?とリフィルを見ると、彼女は〈ロストメア〉たちに目を向けて、少し意味深な口調で告げた。
リフィルと〈ピースメア〉が、互いにまじまじと見つめ合う。
リフィルは、森のように深い瞳を見つめ、数秒の沈黙のあと、うなずいた。
story3 〈見果てぬ夢〉たち
森のなかの、一軒の小屋へと案内された。周辺には、似たような木造の小屋が何軒か立ち並んでいる。
怪物の住みか――にしてはあまりにも素朴な室内を見渡して、リフィルが不思議そうに言う。
自然な相槌に〈ピースメア〉は、きょとんとした、〈メアレス〉にそんなことを言われるなんて、思ってもいなかったのだろう。
一同が席に着くと、〈ピースメア〉は申し訳なさそうに切り出した。
〈メアレス〉と、〈ロストメア〉。〈夢見ざる者〉と、〈見果てぬ夢〉。両者の間には不思議な距離感があった。
その距離感を測るような口調で、〈ピースメア〉は問う。
あなたたちのことも〈ロードメア〉から聞いてる。もしかすると、彼女たちも〈絡園〉を目指すかもしれない、って。
リフィルもまた、どこか言葉を選んでいる。事情を知らない君の方に目線を送りつつ、説明を始める。
それが何かはわからない。でも、知らなければならない。そう思った。
そのイメージのなかに、アストルムの魔法陣が見えたから。
アストルム。魔法を保存し続けることを使命とし、リフィルを〈代替物〉たらしめた一門。
それが、〈絡園〉とやらに関わっているのなら、確かに彼女にとっては他人事ではないだろう。
〈絡園〉を探すために、この森に?と君が尋ねると、リフィルは、こくりとうなずいた。
その糸を辿って着いたのが、この森よ。糸は、森の奥に続いている……。
ゼラードは剣以外ほんとにからっきしだから、対応力の高さって意味じゃコピシュの方が良かったっていうのもあるけど。
女衆は、うんうんとうなずき合った。
それからリフィルは、改めて〈ピースメア〉に向き直る。
門を目指さない〈ロストメア〉と戦う気はない。だから、あなたたちに手は出さない。
その代わり、というわけではないけど――
思いのほか、あっさりと〈ピースメア〉は答えた。
こちらも思いのほか素直に、リフィルが礼を述べた。
そう言って〈ピースメア〉が小屋を出ていく。
穏やかな静寂のなかで、リフィルが、ぽつりとつぷやいた。
ルリアゲハが、あっさりと肩をすくめた。
story4 過去の残響
〈ピースメア〉は小首をかしげ、その言葉を口のなかで転がした。
素朴な木造の小屋のなか。木のテーブルを挟んで〈ピースメア〉の向かいに座した〈ロードメア〉が、首を横に振る。
〈オルタメア〉に言われて、初めて思い出したが。
だが、きっかけがあれば思い出せる。〈絡園〉についても、徐々にだが思い出してきた。
〈ロードメア〉の隣の椅子に腰かけた〈レベルメア〉が、ぶらぶらと足を宙に遊ばせながら言う。
〈ピースメア〉は視線を外し、つぶやいた。
〈ロードメア〉は毅然と言って、傍らの〈レベルメア〉に視線を向けた。
〈レベルメア〉は、ニッと歯を見せて笑った。
そして、〈ピースメア〉にも同じ笑みを見せる。
あるかどうかわからない救いより、〈レベルメア〉の気遣いがうれしくて、〈ピースメア〉は口元をほころばせた。
〈ピースメア〉は、にっこりと微笑んだ。
story5 夢の蝶のはばたく森
〈ピースメア〉の案内で、君たちは森の奥へと踏み入っていく。
進むにつれ、不思議な気配が濃くなっていくのを君は感じた。
ただ魔力が濃いというのではない。まるで、あたたかな水に身を包まれるような頼りない浮遊感を覚える。
海のようだ、と君は思った。森という海。広く、深く、あたたかく、暗い……。
〈ピースメア〉が言ったときには、リピュアが、ひょいっと蝶に触れていた。
瞬間、さあっ、と目の前が白く染まった。
音が消え、風が失せ、ただ光だけに包まれる。
魔力の光だ。そう感じた君の耳に――いや、心そのものに、声が響いた。
脳に、ぱっと何かのイメージが閃く。唸りを上げて走る鉄の箱。それに乗り込む自分。制服の感触を誇らしく思いながら――
光が弾けた。君はハッと我に返った。
リフィルも同じものを見たのだろうか。戸惑うように瞬きを繰り返している。
だから言ったのに、とでも言いたげな顔で、〈ピースメア〉が告げる。
行く手を見据え、リフィルは歩みを再開する。
***
夢の蝶だけでなく、〈ロストメア〉が現れ、襲いかかってくることもあった。
君はリフィルたちと力を合わせて〈ロストメア〉を撃退した。
打ち砕かれ、叫びながら散っていく〈ロストメア〉を、〈ピースメア〉は哀しい瞳で見つめていた。
倒した〈ロストメア〉の魔力を吸収しながら、リフィルが言った。
彼女の魔法を受けて散ったその〈夢〉は、〈ピースメア〉を喰らおうと狙ってきたのだ。
そうだった、と君は思いだす。〈オルタメア〉が門の魔力を欲したのも、大きすぎる夢を確実に叶えるためだった。
夢は互いに喰らい合うもの、という〈ピースメア〉の言葉は、彼女らにとっては比喩でもなんでもないのだ。
どこかしょんぼりと言ってから、ミリィは、きょろきょろと首を振った。
リピュアが、ぽつりと言った。その場の全員が、彼女の方を振り返る。
妖精の少女は、いつになく神妙な顔で、蝶の舞う森の奥を見つめている。
捨てられた夢だから。自分が行かなきゃ、もう叶いっこないって、知ってるから。
だから、なにがなんでも森を出ようとするの。
沈黙が降りて、帳のように場を覆う。
それを払うのは己の役目だと言うように、リフィルが静かに口を開いた。
かつて、〈ロストメア〉であったという妖精。失われたはずの記憶――その残滓が、彼女にそう告げさせたのか。
この森は、願いの融け合う森なの。
出口を見つけられず、さまよううちに、他の願いと融け合って、自分がどんな夢だったのかさえ忘れてしまう。
捨てられた夢だけが、その呪縛を抜け出せる。忘れてなるものか。忘れさせてなるものかって。そう叫んで……〈ロストメア〉になる。
言っておくけど、この森を焼き払って〈ロストメア〉を潰そうとしても無駄よ。できるなら〈オルタメア〉がとっくにやってる。
リフィルは、かぶりを振って、森の奥へと視線を戻す。
――えっ?
その表情が、茫然と固まった。
視線の先にあるのは、森ではなかった。
あまりにも見慣れすぎた黄昏の街並みが、広がっていた。