【黒ウィズ】黄昏メアレス4 Story1
目次
story
Dふんっ!
互いの剣が音高く噛み合い、剣花を散らす。
驚くべきことだった。たいていの剣士が相手なら、1合たりとて剣を合わせずに斬る自信が、ゼラードにはある。
だが、すでに5、6合と刃を交えていながら、いまだシードゥスに剣が届かない。
互角。そう呼ぶしかない相手だった。
それだけではなく――
がぁんっ、とゼラードの剣を大きく打ち弾き、シードゥスはわずかに距離を取った。
Dこの夢の持ち主と、同じ流派か。
D〝剣を極める夢〟――
どうやら〝これ〟は、おまえと同門の人間が見た夢の成れの果てらしい。
そんな人間は、ひとりしか知らない。
ゼラードに剣を教え、病で息を引き取った男。父にして師。ついに超えられなかった大きな壁――
見知った太刀筋。互角の技量。それは、剣の極みを夢見ながら死んでいった父の〈夢〉がもたらす力なのか。
墓参りもろくにしちゃいねえんでな。その〈夢〉をブッた斬って、親父への供養にしてやらァ!
***
拳が交わる。正面から。
互いに1歩も退くことなく、岩すら砕く威力をぶつけ合う。
打ち合わせる拳から、伝わってくるものがある。〈ロストメア〉の歪んだ魔カ――そして、〈ロストメア〉にはない何かが。
〈夢〉は必死だ。どんなに余裕を見せていても、胸の奥に、焦りや怒りや悲しみを抱えている。
コルティーナからは、その必死さを感じない。
伝わってくるのは、ただ決意。
優れた名匠が、その魂のすべてを賭けて、分厚い金属の塊から削り出した彫像のような、揺るぎなく、そして精緻(せいち)に整えられた精神。
これまで戦ってきたどんな敵とも違う。得体の知れない強さを感じさせる相手だった。
N馳せ来たれ、咆呼遥けき地雷!
拳撃の応酬――その最中に敵が指先で印を結ぶ。瞬時に魔法陣が形成され、蛇のごとくのたくる雷条を吐き出した。
ラギトは後退しつつ手を伸ばした。迫りくる雷条を右手でつかみ取り、魔力を込めて粉砕する。
瞬間、真横から、暴風のごとき拳が来た。
まさか、という体勢でこちらの死角に回り、扶るような貫き手を繰り出してくる。
避けられない。そう悟ると同時に、ラギトは背から鎖を放った。
コルティーナの顔面に、ジャッ、と鎖が走る。
彼女がそれを撃ち払う一瞬の隙に、ラギトは距離を空けていた。
相手の戦術を、ラギトはそう看破した。
敵が何人いようが、どんな武器を使おうが、身体の構造と周囲の状況と相手の精神、あらゆる要素を利用し尽くし、とにかく殺す。
ただそれだけに特化した、死の芸術。そんな技の使い手が、〈ロストメア〉の武装とアストルムの魔法を併用してくるのだ。
並みの〈メアレス〉では、相手にもなるまい。
Nおまえこそ。〈メアレス〉は多種多様と聞いてたけど、まさか夢に半身を喰われた者すらいるとは。
まったくもって世も末ね。おまえのような子供ですらが、そうまでして戦おうとするのだから。
ラギトは、何とも言えない表情で息を吐く。
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L〈光華月鏡〉!
魔弓から放たれた光の矢時雨を、輝く障壁が弾いて散らす。
レッジは魔輪を換装しながら、青年へ走った。相手はすばやく印を結び、次の術を編み上げている。
L八十葉をなして、天霧らせ――地より逆撃つ雷雲樹!!
魔輪を回し、一気に加速。足元に生じた魔法陣から樹上の雷が立ち昇るより早く、敵に肉薄する。
L空裂く刃の刃鳴りあれ!
破壊の魔力を宿した魔弓と、雷電を束ねた刃とが激突した。
魔力と魔力の鍔迫り合い。威力においてはこちらに分がある。そう判断し、レッジは魔弓を押し込んでいく。
Lそうだ。俺はアーレス。〈園人〉のアーレス。
L平和を。
L世界中の人間に、〝世界を平和にする夢〟を植えつける。それが我らの大望だ!
雷の剣が膨れ上がり、弾けた。
レッジは後退し、飛び散る雷電から逃れる。その場に留まるアーレスは、雷電をまともに浴び、顔色ひとつ変えずに立っている。
L誰もが誰もに優しくなれば――世界はきっと穏やかになる。
冗談を言っているのか、とレッジは思った。
しかし、アーレスの瞳は真剣だった。純粋に、真剣に、自らの言を信じている。頑ななほどの真摯さがそこにあった。
だからこそ不気味だった。
吐き捨てるように叫び、レッジは新たな車輪を取り出した。
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D囚われよ、不朽の雀羅に囚われよ!
シードゥスは、右手の剣でゼラードの一撃を受け流し、左手のみで印を結んだ。
ゼラードの足元に魔法陣が浮かび、無数の光の糸が伸びてくる。
ゼラードは魔匠剣を振るい、糸を斬り払った。それでも数本が残り、腕や足に絡みつく。
厄介だった。ほんのわずかに動きが止まるだけでも、同格の剣士の立ち合いにおいては致命的だ。
間髪入れず、剣が来る。
〝連鳴(つらなり)〟。手首、足首、肩、腰――全身の関節を駆使し、小刻みに剣撃を連ねる技だ。
詰んだ。ぞっとするほどの確信が、ゼラードの背筋を貫く。
1合、2合と弾いた直後、猛然たる返す刀が、どうしようもない角度とタイミングで、胸元に吸い込まれる。
D――む。
寸前、剣が退いた。
大きく距離を取るシードゥス。その眼前を、黒い砲弾が駆け抜けていく。
次いで、威勢のいい雄叫びとともに、豪胆きわまる怒涛の一撃が、脇からシードゥスに襲いかかった。
シードゥスは後退し、斬り返そうとして、やめた。その前に、少女が爆発的な勢いで踏み込み、巨大な杭打機を叩き込んできたからだ。
やたら大雑把に見えて、その実、〝それが通じる最適な一瞬〟を逃さずつかんだ、あきれるほど見事な一撃だった。
すぐそばで、幾筋もの剣閃が瞬く。魔力を帯びた二刀が、ゼラードを縛る糸をことごとく断ち切った。
くるりと反転したミリィが、ゼラードの左に戻る。合わせて、背後にいたコピシュが右に並んだ。
コピシュは、はにかむような笑顔を見せ、シードゥスヘと向き直った。
途端、幼い横顔から一切の甘さが消える。
〝剣の境地〟――剣士の至るべき最高の境地へ、ためらいなく踏み込んだ証だった。
無数の雷火と銃撃が雨あられと降り注ぎ、ラギトとコルティーナの間の地面に突き刺さる。
近くの家の、屋根の上――人形に抱かれた少女と銃を手にした女が、悠然とこちらを見下ろしていた。
からかうような物言いに、ラギトは苦笑し、軽く手を振った。
久々に、共闘と洒落込むか!
君とリピュアの魔法が、同時に走る。
激しい雷撃の嵐が、〈園人〉――アーレスの障壁と激突し、ばちばちと弾け散った。
レッジは怪厨そうな表情を、場に現れた君と――〈ロードメア〉に向けた。
いろいろあったんだよ、と言って、君は新たなカードを取り出す。
〈ロードメア〉の視線は、先ほどから1点だけに注がれている。
雷撃の嵐の晴れる先――〈園人〉アーレスヘと。
story
それぞれ二刀を手にしたゼラードとコピシュが、呼吸を合わせて同時に斬りつける。
シードゥスも左手に新たな剣を生成し、左右からの猛攻をさばいてのけた。
敵が反撃に移るより早く、ゼラードは新たな剣に持ち替え、嵐のごとく攻め立てる。
コピシュの背から飛来したのは、いずれも小回りの利く剣である。このまま手数で押し切る算段だ。
状況に合わせ、最適な剣に切り替える。〈徹剣(エッジワース)〉と〈裂剣(ティアライザー)〉のふたりが、最高のポテンシャルを発揮する戦術だ。
D己が子を、戦場(いくさば)の道具に使うのか!
シードゥスが吼えた。これまで見せなかった、赫然たる怒りの叫びだった。
同時に、右から攻めるコピシュの態勢が崩れた。
〝雪崩し〟。相手が踏み込むタイミングに合わせ、足元に剣を突き入れて体勢を崩す技である。
ほんの一瞬、連携が乱れる。
その間に、シードゥスは電撃的に剣を返した――コピシュの細腕を斬り落とす軌道で。
金属音。剣が弾かれる。
間に入ったミリィが、杭打機を楯にして防いでいた。
さらに至近距離で銃口を向け、砲撃。シードゥスは、とんぼを切って逃れる。
これはどのレベルの剣士たちの戦いとなれば、割り込む隙などそうそう見出せるものではない。
剣士ならずしてそれができるのは、かって〈ラウズメア〉にも〝センスの化け物〟と評されたミリィくらいのものである。
軽口を叩き合う3人を、シードゥスは何も言わずに見つめ――
すぐそばで縮こまっていた〝怪物〟を、八つ当たりでもするように斬り伏せた。
***
リフィルが放った雷撃を、コルティーナは、先ほどラギトがしたように、あっさりつかんで握り潰した。
Nおまえがリフィルか。ずいぶん早いお帰りね。
こっちが何をするつもりかは、ディルクルムから聞いてるだろうに。
N夢想を現実に変えるのが、魔法のあるべき姿。それがアストルムの教えでは?
ルリアゲハのファニング。6発の弾丸が、立て続けにコルティーナを狙う。
かわした瞬間、待ってましたとぱかりに喰らいつくものがあった。
〈夢魔装(ダイトメア)〉。
渾身の力を込めた拳がコルティーナを捉え、砲弾じみた勢いで吹き飛ばす。
コルティーナの身体は御者にも馬にも逃げられて壊れかけで転がっている馬車へと突っ込み、盛大に木片をぶちまけた。
馬車の残骸を跳ねのけるようにして、コルティーナがゆっくりと起き上がる。
手に、あの怪物の頭部をつかんでいた。馬車の中か陰にでも隠れていたのだろう。
コルティーナは、無言でそれを握り潰した。
***
空中に、巨大なドーナツが出現した。
怒鳴りつつ、レッジが〈ゲイルウィール〉を起動。
現れた巨大ドーナツを加速し、アーレスヘと叩きつける。
L〈下天暴雷槍〉!
無数の雷がドーナツを迎え撃ち、破砕する。
その陰から、〈ロードメア〉が跳んだ。
矢のごとくアーレスに接近し、拳を叩き込む。〈導き〉の力を受けた拳は、吸い込まれるようにアーレスのみぞおちへと伸びた。
伸びはしたが、直前で止まった。
〈ロードメア〉の意志ではない。愕然たる表情が、それを物語っている。
L……〈レベルメア〉は最期まで、おまえを逃がすために戦った。
止まった拳を、わずかにジッと見つめてから、アーレスは後方に跳躍した。
無造作な仕草だったが、非人間的な脚力で屋根の上へと跳び上がる。
Lおまえたちの強さを、俺は知った。だから、侮るつもりはない。
指先が印を結ぶ。
途端、君の背筋が、ぞくりと震えた。
魔力の嬬動(ぜんどう)。その気配だった。何かが起ころうとしている――大規模な何かが。
どうすればいいのか、考えるより早く
L〈召夜門(フォリス・アド・ノクテム)〉
〝それ〟は、起こった。
story
星が、瞬いている。
月はない。太陽も。巨大な怪物に呑み込まれたかのような間色の空に、星の光だけが灯っている。
まぎれもない〝夜〟の景色が、目の前にあった。
コルティーナが消えている。こちらの注意が逸れた一瞬の隙に、姿をくらましていた。
がくん、とコピシュが膝を突き、そのままうつぶせに倒れた。
攻撃を受けたようには見えなかった。〝立つ〟という行為を支える力のすべてが崩れたような、手放された人形めいた倒れ方だった。
ゼラードが血相を変えて駆け寄り、肩を揺する。
返事はない。目を開けることも。ただぐったりと、倒れ伏したまま。
屋根の上に立つアーレスに、光の矢が向かう。
アーレスは避けるそぶりもなく、それを受けた。
胸元を貫かれた身体が、ふっとほどけ、糸となって消える。
以前、〈ロードメア〉が夜を導いたのは、〈オルタメア〉の〝黄昏の力〟を封じ、時間を稼ぐためだった。
〈園人〉たちは、この〝夜〟を使って、何をしようとしているのか――
〈ロードメア〉が言った。
星々の瞬く夜空を――都市を見下ろす天そのものを見つめて。
M術は成ったか。
D邪魔が入った。想定より規模が小さくなっている。
N時間を稼ぐしかないね。〈夢の繭〉が育ち切るまで、この状態を維持できればいい。そうだろ?
D〈メアレス〉が邪魔だな。それに、あの娘が戻ってきた。
Mリフィルか……仕留め損なったのは私の責任だ。
Nネブロが裏切ったからだろ。
背負い込むな。あんたの悪いところだ。
Mすまん。
Lなんとしても、時間を稼ぐ。それが俺たちのすべきことだ。
そのためには――
〈メアレス〉を、狩る。