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【黒ウィズ】黄昏メアレス4 Story6

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目次


Story30 黄昏凶夢

Story31 RE FILL

Story32 MARELESS



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story



〈ロストメア〉が大通りを走り出す。

尋常ならざる巨体の疾走に、都市はたちまち悲鳴を上げた。

石畳が割れ、身体の擦れた家壁が砕ける。ガラス窓が震えてむせび、家に隠れる人々の恐怖の絶叫が唱和する。

どうすんすかこんなのぉ!?

止める!こんなものが門を通ったら、何がどうなるかわからん!

 〈メアレス〉たちは大通りの左右の屋根に跳び上がり、〈ロストメア〉と並走を始めた。


銃が、矢が、剣が、怪物の巨体に殺到する。

止まらない。止まるはずもない。〈ロストメア〉は〈メアレス〉たちに目もくれず、一心不乱に駆け続ける。

くそっ! こんなデカブツ、ちまちま削ったってどうにもなんねえぞ!

だが、やるしかあるまい!

リフィルさんはどうします!?

魔法使いさんが考えてくれてる!


 いる。あの〈ロストメア〉の、中心近くに。

脈動するカードが、それを教えてくれる。〝彼女と共に戦う魔法使い〟を呼ぶ魔法が。

結局、こっちでも削って、リフィルを〝掘り出す〟しかないにゃ。

 君はうなずき、屋根を走りながらカードを構える。魔力の濁流に押し流されたおかげか、消耗した力は多少回復していた。

魔法使い!

 〈ロードメア〉が屋根の上に降り立った。

ありがとう、と君は礼を言う。あの濁流の中、無事に戻れたのは、彼の〝導き〟のおかげだ。

礼はいい。俺もおまえには世話になったからな。それより、あれだ。

あの〈ロストメア〉のこと、何かわかるにゃ?

 〈夢〉は、苦々しい面持ちでうなずいた。

あれは〈夢の繭〉から生まれた〈ロストメア〉だ。

そして、その〈夢〉は――


 ***


う……。

 重くのしかかるまぶたを押しのけるように、リフィルはどうにか目を開く。

一片の光とてない暗闇が、周囲に広がるすべてだった。

動こうとするが、動けない。何かが身体に食い込み、縛り上げている。

〈秘儀糸〉……。

 つぶやき、リフィルは前方に視線を向けた。

やはり、おまえか。〈ミスティックメア〉――

警戒はしていた――という目ね。リフィル。

 闇のなかに、うっすらとした笑みが浮かぶ。

〝魔道再興の夢〟――〈ミスティックメア〉。彼女の、からかうように挑戦的で、自信と余裕と親しみに満ちた笑みが。

当然、それはこちらも織り込み済みよ。だから、どんなに警戒していても防ぎようのない手を打たせてもらったわ。

何をした……。

あなたが使った、都市とつながる〈秘儀糸〉。あれを利用させてもらってね。

あなたの人形を媒介に、顕現させたの。〈夢の繭〉の、〈ロストメア〉をね。

〈夢の繭〉は、数多の〝願い〟の集合……意志もなければ、夢もなく……〈ロストメア〉になるはずもない――

そう。でも、さすがディルクルムというところかしらね。彼は万が一敗れたときの策を講じていた。

自分が死んだら、〈夢の繭〉が自分の夢の――〝世界を平和にする夢〟の〈ロストメア〉になるよう、術を施していたのよ。

 ディルクルムの最善の狙いは、〈夢の繭〉の魔力を使い、世界中の人間に〝世界を平和にする夢〟を植えつけること。

もしそれができなかった場合は――〈夢の繭〉をその夢の〈ロストメア〉に変え、強引に現実を目指させる。

確かにそれでも〝世界平和〟は成る。引き換えに何が起こるかわからない以上、できれば避けたい策ではあっただろうが――

おまえは……それを利用したのか。

ディルクルムを倒す直前……〝夢を植えつける〟ことで……。

さすがに理解が早いわね。一度その手に引っかかっているだけあって。

 あのとき。〈ミスティックメア〉の秘儀糸が、ディルクルムの魂に巻きつき、わずかにその動きを止めた。

同時に彼女は、魔法を使っていたのだ。

かつてリフィルにも使った、〝夢を植えつける魔法〟を。

死力を尽くしに尽くした最後の局面。彼を守るあらゆる魔法が消え去り、私の〝毒〟が通じる唯一の瞬間。

際どかったわ。私も必死だったの。ディルクルムを勝たせるわけにもいかなかったしね。

それで奴に植えつけたのか……おまえの夢――〝魔道再興の夢〟を。

〝森〟の話は……やはり嘘か。

そうなってくれればいいという気持ちは本当よ。でも残念ながら、ディルクルムを倒したところで、あの森が消えるわけではないの。それに――

見たでしょう? あの〈絡園〉を。〝夢を叶える夢〟――それこそ、魔道の目指すべき極致なのよ!

叶わぬ夢のない世界――願いが魔法となる世界!それこそ真なる魔道再興!そうでしょう――リフィル!

まさか――おまえが植えつけたのは!

そう。〝夢を叶える夢〟そのものよ!

あれほどの魔力を持つ〈ロストメア〉が門を通れば、現実それ自体が〈絡園〉になるでしょうね!

そんなもの、すべてがぐちゃぐちゃになるだけだ!

結構、上等! 夢とはそもそも混沌そのもの!互いに互いを蹴落とし合うものなのだから!

人種国籍生い立ち能力、一切合切無関係!夢の強さがすべてを決める!誰もが魔法を使う世界!

それこそが真の平等!そうではなくて?ねえ?リフィル!

 〈ミスティックメア〉は笑いながら、そっと白い指先でリフィルの顎に触れた。

あなたの人形はこの子になった。人形も魔力もないあなたに魔法は使えない――この〈ロストメア〉が叶わない限りはね。

だからね――リフィル。

 ささやく。優しく。愛おしいほどの喜びを込めて。

私と一緒に行きましょう。あなたが本当の魔法使いになれる――魔道再興の夢の果てへと!


 ***


オールウェポンズ・フルドライブ!

それゆけ、あたしの全財産!!

 ユバル社から急遽買い取った魔匠具一式が、起動呪文を受けて一斉に飛ぶ。

爆薬入りの筒弾が雨あられと降り注ぎ、〈ロストメア〉に着弾、爆発――その巨体を激しく揺るがした。

数撃ちゃ当たるの理屈で攻めます!

ファルシオン!レイピア!エストック!カットラス!イルウーン!バスタード!――クレイモア!

 さらにコピシュが、背負う剣を次々に射出し、爆炎に悶える〈ロストメア〉の肉体を削ぎ落としていく。

そうして動きが止まったところへ、ミリィは屋根の上から跳びかかった。

オーバーブースト!フルティルトぉっ!

 パイルバンカーの後部が火を噴き、加速。〈ロストメア〉に突っ込んで杭を射出――杭の魔力を解放し、周辺を爆散せしめる。

〈ロストメア〉が叫び、身を振った。あまりの激しさに、ミリィはたやすく振り落とされる。

おわわわわ!

ミリィさん、これに!

 空中に、コピシュの飛ばした剣が滑り込む。

ミリィは何本かの剣を踏んで、どうにか屋根の上へと戻った。

あっぶなぁ~……サンキュー、コピシュ!

飛ばしておいてなんですけど、よくあんなことできますね……。

 〈ロストメア〉の足は止まっていた。痛みに唸り、撃たれた頭を振っている。

そこに、都市中から集まった〈メアレス〉たちが、雄叫びを上げながら跳びかかっていく。

w好き勝手やってんじゃねえぞ!

wケヒヒヒヒ――報奨金は俺がいただくぜ!

wここで止めるわよ!なんとしても!

 様々な武器、様々な技が殺到する。〈夢〉の絶叫など、〈夢見ざる者〉たちは意にも介さない。

へっ。金目当てのごろつきどもが、蟻みてえに群がりやがって!

このでかさだ。山分けしても、それなりの値にはなるからな!

さすがに、あいつらも金だけで動いているわけじゃないだろ!

どうかしらねえ――っと!

 〈ロストメア〉が強引に進行を再開した。群がっていた〈メアレス〉たちが、周囲の屋根へと後退する。

あのダメージでも、怯む程度か!

怯ませ続けて、その間に削りきるしかない!

しかしよ、誰かいんのか?さっきみてえな大技の使い手がよ!俺ァああいうのは専門外だぞ!

それこそ魔法でもなきゃ――

 屋根を走りながら、ルリアゲハは目をむいた。

ちょっとあれ――リピュア!?


 走り出す〈ロストメア〉。その道の先に、彼女はひとり、立っていた。

…………。

 唇を結び、まっすぐ見つめる。迫りくる〈悪夢〉を。微塵も臆することなく。

〈ロストメア〉は止まらない。こんな小さな存在など見えていないし、見えていても止まる理由があるはずもない。

圧倒的な巨体が、石畳を踏み割りながら迫る。

激突の寸前、リピュアは願うように両手を広げ、魔力を解放した。

お願い――ここで止まってぇっ!!


 止まった。

あれほどの巨体が。あれほどの〈悪夢〉が。小さな妖精の願いひとつで、ぴたりと動きを止めていた。

が。

動く。わずかに。巨大な〈悪夢〉が微細に震え、唸るような声をもらす。

だめ!待って、お願い、進まないで!

 リピュアの魔力が、しぼんでいく。常識を超えた妖精の魔法でも、それが限度だった。

もういい、やめろ!

リピュア!逃げてっ!

やめない……だって――

 じわりと、〈ロストメア〉が進む。足を踏み出し、リピュアの目の前の石畳を粉砕する。

飛んでくる石つぶてに撃たれながら、それでもリピュアは魔法を止めない。

私の魔法は、みんなを助けて……喜んでもらうためにあるんだからぁっ!

 轟音が走る。

〈ロストメア〉の足が、すべてを砕いた音だった。

後ろ(・・)にあった石畳すべてを。

前にゼラードが言っておったこと――あれは存外、真理なのかもしれんねえ。

 ぱちくりとするリピュアの肩に、長い指が触れる。

おじちゃん。

 見上げるリピュアにニヤリと笑いを返し、アフリトは前を見据えた。

娘のピンチに気張らん親父はおらんとな。

 〈ロストメア〉が唸る。警戒しているのだ。自分を一撃し、後退させた存在を。

自分にも匹敵する全長を誇る、煙の巨人を。

長いこと、夢を喰らって得た力。ここで使うと決めたかい。

我が本体――全ての夢を喰らう者、フムト・アラトよ!



 ***


……私は、ずっと考えていた。

 リフィルは言った。暗闇のなか。縛られたまま。

自分がどうしたいのか。どう生きたいのか。どんな魔道士でありたいのか――

ふぅん。それで?答えは見えた?

 顔を上げる。

面白がる〈ミスティックメア〉の瞳を見つめ、力を込めて唇を開く。

見えた。気づいてしまえば、簡単な答えが。

私にとって、最もしっくりくる生き方。私の魔法の、あるべき姿。それは――

 闇に、雷光が閃いた。

けたたましい雷鳴が静寂を破砕し、獰猛なる雷撃が〈夢〉へと走る。

……っ!?

 背後からの一撃を、咄嗟に展開した魔法陣で受け切りながら――

〈ミスティックメア〉が、君を見た。

魔法使い……!

にゃは。ふたり揃って助けに来たにゃ。

助けるまでもなかったみたいだけどにゃ。

 その言葉に、〈ミスティックメア〉がリフィルの方を振り返ったとき。

繋げ――

 すべてを失った指先に、青白い光が灯っていた。

〈秘儀糸〉!!



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〈ロストメア〉が、咆哮を上げた。

門の前の広場である。

煙の巨人に勢いを殺され、〈メアレス〉たちに肉体を削がれながらも、そこまで辿り着いた〈夢〉が、足を止めて身悶えていた。

震えて呻く頭部から、天をも焦がす稲妻がほとばしる。

君とリフィルは、その稲妻を追うように〈ロストメア〉の頭部から飛び出し、広場へと降り立った。

導いた甲斐はあったか。

 〈ロードメア〉が、唇の端にわずかな笑みをたたえて君たちを迎える。

あなたが魔法使いを飛ばしてくれたの?

俺は手助けをしただけだ。

 彼の視線は、君の手にするカードに向いている。

リフィルを助け、共に戦ってほしい、――そんな願いから生まれた魔法に、〈ロードメア〉の導きを合わせ、敵の内部に突入したのだ。

そう……あの子の――

 噛み締めるようにうなずいてから、リフィルは、キッと顔を上げた。

〈ロストメア〉が傷ついた頭部を振り乱し、憤怒もあらわに、こちらを睨(ね)めつけている。

繋げ――〈秘儀糸〉。

 リフィルは確かめるようにその名を呼んだ。

細い指が、複雑な印を結ぶ。指先から光り輝く糸が伸び、周囲に無数の魔法陣を形成する。

見慣れた魔法。見慣れた光景だった。

あの人形がないことを除けば。

修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て降り荒べ!

 彼女が自ら織りなした魔法陣。その1つ1つに込められた魔力が、迅雷の槍となってほとばしった。

千々の雷火が空を裂き、巨大〈ロストメア〉を容赦なく撃ちすえる。

悲鳴を上げて、〈ロストメア〉がよろけた。雷火に撃たれた皮膚が霧散し、魔力となって散っていく。

zフフ――アハハハハ――アハハハハハハ!

 楽しくて楽しくてたまらない。嬉しくて嬉しくて仕方がない。そんな笑い声が、高らかに響き渡った。

zすばらしい――なんてすばらしいのかしら!まったくもって最高よ――あなたは本当に素敵な子よ、リフィル!!

 現れる。〈ミスティックメア〉。巨大〈ロストメア〉の内側から、じわりとにじみ出るようにして。

まさか――あなた自身の力で、魔法を使ってみせるなんて!

 ルリアゲハたちが、広場に集まってくる。あの〈ロストメア〉との戦いで傷つきながらも、誰もが目の奥の灯火を失っていなかった。

彼らにうなずいてみせてから、リフィルは凛と〈ミスティックメア〉を見上げた。

前に1度、人形を吹き飛ぱしたことがあってね。以来、予備の魔力をコサージュに仕込んでいる。

魔力があったところで、魔法はコツを知らなければ使えない。だからあなたはあの人形に頼っていたはずよ。

 〈夢〉が問う。子供のようにわくわくと、期待に満ちた声色で。

なのにどうして、あなたは魔法を使えるの?

〝習うより盗め〟が、母の教えよ。

あれだけ魔法を見せられて、コツのひとつも盗めなくては、〈黄昏〉の名が廃る!

ずいぶん大事にするものね――〈メアレス〉としての字(あざな)なんかを!

〈メアレス〉として生き〈メアレス〉として戦う。それが私の、〈黄昏〉リフィルの魔法だ!

自ら望んで生きるというの?夢を持たない人生を!

私にとっての〈メアレス〉は、ただ夢見ざる者じゃない。

夢があろうがなかろうが意地を抱えて生きていく。甘い夢想に唾を吐き、泥まみれの現実と戦う!

私の魔法は、そのためにある!

 秘儀糸が、鮮やかな光を放つ。すべてを染め抜く黄昏のなかにあってなお、まざまざと咲き誇る力強い光を。

我が字(な)を刻め――〈秘儀糸〉!!


 ***


ぐぁあぁあぁっ……!

 君の魔法を受けたところへ、リフィルの魔法の追い打ちを受け、〈ミスティックメア〉は石畳の上に墜落した。

さすがに……正面きっての魔法戦なら……場慣れしたあなたたちに分があるわね……

 倒れ伏すまいとしながら、彼女は笑う。

だけど――〝諦める〟なんて言葉はね、〈夢〉の口からは出ないのよ!!

 〈夢〉が笑いながら吼えた瞬間、君たちの足元に、カッと光が広がった。

魔法陣――広場全体を呑み込むほどの!

貴様――すでに!

そうよ!雌雄を決する罠を張るのに、これ以上の場所があるかしら!

 魔法陣のあちこちから闇色の雷が立ち昇った。

獲物を定めた猟犬のごとく、一斉にリフィルヘと喰らいつく。

おいたが過ぎたわね――リフィルッ!!

リフィルっ!!

 雪崩撃つ雷の群れが、黒く、暗く、リフィルを塗り潰した。

世界がそこだけ壊死したように、リフィルのいる空間が、暗黒に包まれる。

だが。

その闇を破り、現れる光があった。

夜闇を燃やす朝焼けにも似て。

これは――!

 リフィルを包む、3つの光。

リピュアの魔法と――君の放った、ふたつの魔法。

w夢を持たないあなたも、誰かの夢にはなれるんだよ――リフィル。

w娘の夢を、救ってくれてありがとう。

 命尽きていようと、魂が砕けていようと関係ない。

誰かが誰かであった証。その想いの軌跡を呼び覚まし、解き放つのが、君の魔法だ。

リフィルを助け、守り抜くのに――きっと、これ以上の魔法はない。

……っ!

 リフィルの指が糸を繰る。この黄昏を切り裂くように。

〝雄々しき獅子の咆陣よ〟!

なら――!!

 〈ミスティックメア〉もまた〈秘儀糸〉を操り、魔法陣を弓のように組み上げた。

〝砕いて散らせ、降る雨粒も〟――

〝闇を貫く我が烈矢〟!

〝泥さえも〟!!

 荒ぶる雷が渦を巻き、束となって直進する。

〈ミスティックメア〉の術とぶつかって、知るかとばかりに打ち砕く。

リフィルの生き様、そのままに。

暴雷は〈ミスティックメア〉を呑み込んで、渦巻く魔力を撒き散らし、天も震えよと吼え猛った。

…………っ!!

 黄昏に、激しくきらめく華が咲く。

ふ……。

 雷華の奥で、小さな身体がくずおれた。

広場に展開していた魔法陣が光を失い、暴れ回っていた〈ロストメア〉の動きが止まる。

ふふ……ふ……。

 〈夢〉は笑った。それが自分の、最後の意地とばかりに、笑ってみせた。

まったく……やってくれるわ。今度こそうまくいくと思ったのに。

 力なく上げられた瞳が、君を見る。

あなたのせいよ――黒猫の魔法使い。あなたがいなければ、とうに事は成っていた。

でも――良かったのかもしれないわね。

あなたがいなければ――リフィルが、自分だけの魔法を使うこともなかったでしょうから。

あなたのおかげで、新たな魔道士が生まれた。それなら、魔道が途絶えることはない――

 〈夢〉の視線が、リフィルに移る。

挑むようでもあり、慈しむようでもある。彼女なりの誇りに満ちた瞳が、凛ときらめく少女の瞳を映し出す。

リフィル。あなたが、新たなる器となるのよ。新たな魔道の……未来を満たす器に――

おまえのために魔法を使うわけじゃない。

自分を何で満たすかは、自分で決める。

いいわ――それでも。私という〈夢〉が叶うことに違いはない。

あなたの勝ちで――私の勝ちよ。

フフ――アハハハハハハ……!!

 勝ち誇るような笑いを残し、〈夢〉は消えた。

終わりゆく黄昏の、その果てへと。



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勝っても負けても目的は達成できる……したたかな〈夢〉に育ったもんにゃ。

まったく……最期まで、気に食わない。

 仏頂面で言ってから、リフィルは巨大〈ロストメア〉に目を向ける。

……世話になったわね。

 その言葉は、〈ロストメア〉の奥にある、アストルムの人形に向けたものなのだろう。

ありがとう。

 〈秘儀糸〉が、〈ロストメア〉に絡みつく。

〈ミスティックメア〉の支配が消えたからだろうか。〈夢〉は、抵抗もせず、それを受け入れた。何もかもがほどけるように、巨体が崩れる。

〈夢〉を織りなしていた魔力が、光り輝く無数の蝶となって、ざあっと門にはばたいていく。

……〈夢の蝶〉か。

 懸命にはばたく蝶たちを見つめ、〈ロードメア〉は目を細めた。

ふと、1匹の蝶に触れた。それは跳ねるように〈ロードメア〉の眼前を舞い、また門へ向かって飛んでいく。

……そうか。おまえもそこにいたんだな。

 〈夢〉の唇に、優しい笑みが浮かんでいた。

彼が手を貸してくれたのは、この光景を見るためだったのかもしれない。


見果てぬ夢も、そうでない夢も――みな等しく魔力の蝶となって、願い主の元へ戻り、新たな力となる。

これが夢と〈絡園〉の、本来のあり方なのね。

 いつかあの森がなくなる日がくるといいね、と君は言った。

気づけば、身体が淡い光に包まれている。〝あの子〟の魔法が効果を失いつつあった。

結局……何度も助けられてしまったわね。魔法使い。

 それが自分の魔法で、〝あの子〟の魔法だから、と君は笑った。

私も磨くわ。私の魔法を。次に会うとき、あなたたちを驚かせられるように。

楽しみにゃ。また来ることができればいいけどにゃ。

私が今後、平穏無事な人生を送ると思う?

 まさか、と君は肩をすくめた。

リフィルが危ないときは、また力になるにゃ。

お返しの方法を考えておくわ。助けられてばかりじゃフェアじゃない。

 光が強くなっていく。黄昏の光景が歪み、融けるように消えていく。

じゃあね、魔法使いさんにウィズちゃん。寂しくなったら、『叡智の扉』とやらで呼んでくれてもいいのよ。

本当に、お世話になりました。また、お会いできるといいですね!

なんだかんだ、おまえらがいると助かった。元の世界でも元気でやれよ。

この都市に来ることがあれば、いつでも歓迎する。そのときは、また一杯奢らせてくれ。

ウィズさん、元に戻れるといいっすね!ここから応援してますよ!

俺にとっては、おまえたちも目標だ。どこに行っても、自分らしさを貫ける強さ。俺も、きっとそうなってみせる。

いろいろいっぱい、楽しかったね!あ、お土産にシチュージンいる?

おまえたちの夢――叶うことを、俺も願おう。

おまえさんには、不思議と縁がある。ここで出会うとは、わしも思わなんださ。

いずれ会うやら会わぬやら――

今は、さらばと言っておこうか。魔法使いと、黒猫のウィズよ。




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〈ロストメア〉の魔力は、もともと誰かの〝願い〟から生まれたものだった。

倒した〈ロストメア〉の魔力を解き放てば、蝶となって願い主のもとへ帰るはずだ。

ゆえに今後、〈メアレス〉が〈ロストメア〉魔力を奪うことは禁じるものとしよう。無論、これまで通り換金には応じるがね。

今まで当たり前に魔カブン取ってましたけど……ホントは誰かのとこに帰るのが正しいってなると、確かに、自分のにはし辛いっすよねえ。

〈ドレスメア〉のときみたいに、願い主本人が〈ロストメア〉を倒して魔力を得るなら、ありでしょうけどね。

けどよ、コピシュみてえに魔力を使って戦う奴はどうする。

それに、〈ロストメア〉から魔力を得られないと、今後、魔匠具も作れなくなるだろう。あちこちから文句が出るんじゃないか?

それについては、門から魔力を引き出してまかなう。

〈オルタメア〉との戦いの時、リフィルさんがやったみたいにですか?

そう。あの門の魔力はどうやら、〈絡園〉から流れ込んできているようなの。

きっと〝現実に通じる道、を開くことが、〈絡園〉――〝夢を叶える夢〟の能力のひとつなんでしょうね。

門から魔力を引き出す方法については、〈黄昏〉の知見をもとに、すでに〈ラウズウィール〉で実証済みだ。

今後、〈ロストメア〉の魔力はすべて換金。魔力が欲しければ、別途、レッジから買い取るということになるねえ。

ひと手間増えるだけってことか。なら、いいけどよ。

全魔力を一括管理するとなると、責任重大ね。各企業との折衝で胃が悲鳴を上げるんじゃないかしら。

 他人事の口調で言うリフィルを、レッジがじろりと睨む。

言っておくが、勝手に魔力を引き出すのは禁止だ。それを認めたら収拾がつかなくなる。

一割でいいわ。

一割?

技術供与料。引き出す魔力の一割を提供してもらう。

言うと思った……。

 リフィルとレッジが交渉を始めるのをよそに、コピシュは、こっそりアフリトに尋ねた。

あの、アフリト翁。

うん?

フムト・アラトつて、わたしたちが倒した〈夢〉の力を食べてたんですよね。それは魔力とは違うんですか?

我が本体が喰っておったのは、〝願う力〟の方さ。失われた夢とともにこぼれ落ちた、な。

もっとも、これからどうするつもりなのかは、本体に訊かねばわからんがねえ。

パパもこの都市に住めばいいんだよ!それでみんなを守る正義のヒーローになるの!

あの見た目で?

都市を守る、か。


おうレッジ、おまえ、稽古つけてやってんだからコピシュの魔力は安くしろよな。

そういうのだめですよ、お父さん。

ピリオド!ピリオドを穿つ!ちょっとラギトくんそれ力込め過ぎでしょ~。

……誰か助けてくれ……。

そだそだ、レッジさん!今回ので思いついたんすけど、こんな魔匠具あったらどうすか!?

悪くないアイディアだな。……見た目以外は。

これでリフィルも真の魔法使いだね。魔法使いの先輩として、いろいろ教えてしんぜよーう!

じゃあ先輩、ちょっとそこの皿取ってもらえる?あとテーブルを拭いておいて。


……まあ、それは〈メアレス〉に任せたいところだねえ。




黄昏メアレス -END-





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