【黒ウィズ】Birth of New Order 3 Story1
Birth of New Order 3 Story1
Birth of New Order 3 Story7
登場人物
story
インフェルナ軍は、リュオンたちの援軍到着によって不利を悟り、一時軍を退いた。
君が知る歴史でのインフェルナ軍は、サザを敗死させた余勢を駆って第4聖堂に攻め込んだと聞く。
ここで軍を退いたとは聞いていない。君が介入したことによって、すでに歴史が大きく変わっている。
なんども言うとおり、人間同士で争っている場合じゃないにゃ。
今は森で眠っている審判獣も、やがては目覚める。人間たちは、彼らの餌にされる運命。
そうなれば、サンクチュアもインフェルナも関係なくなる。人がこの大地から消えてしまう。
大審判獣エンテレケイアが目覚めるとギガント・マキアが起きる……。そういう言い伝えにはなっているがな。
言い伝えじゃないにゃ!私たちは、この目で見たんだにゃ。
そこまでにしておけ。人が時間を移動できるわけがないだろう。
お菓子の一件でリュオンは、君をより警戒するようになった。
世迷い言で人を惑わす奴は見過ごせない。これ以上、余計なことを喋るなら俺が斬る。
待て。審判獣アスラは、こいつらを敵視していない。俺は時々間違えるが、人を見誤ったことはねえよ。
安全な奴らだよこいつらは。俺が保証する。
団長の保証が、いままで一度でもあてになったことがありましたか?
……酷いわ!部下との信頼関係の構築には、1番心を砕いてきたのよ!
あなたは、あえて信頼を損なうことで、部下の忠誠心を確かめているのかと思ってました。
なんて酷な言われよう!でも、その通りなのが悔しいっ!
私も魔法使いさんを信じるわ。未来から来たなんてロマンがあっていいじゃない。
それに団長のピンチを救ってくれた恩人だもの。恩も返さないうちに変人扱いは、ちょっとかわいそうよ。
恩を返してもらうどころか、変なスープを飲まされたにゃ!夢に出てきそうな昧だったにゃ!
なんでも好き嫌いせず食べるウィズも、さすがにあのスープは癖にならなかったらしい。
未来から来たのなら聞かせてよ。あなたのいた未来で、私はどうしてたの?
ラーシャは、方舟を巡る戦争でリュオンを庇って死んだ。
それ以前に審判獣との同調のしすぎで、自我が不安定になり……暴走してしまった。素直に打ち明ける気にはなれず、君は躊躇する。
その顔色だと、あまり良い未来じゃなかったようね?
ラーシャは、未来でも恋人ができなかったか。うちのじゃじゃ馬娘のせいで、変な気を遣わせちまって悪いな。
そうそう。私、お転婆でじゃじゃ馬の15歳~。将来の夢は、お嫁さんになることなの~。
……て、バカね。執行騎士になった時点で人並みの幸せなんて諦めてるわよ。あー、孤独、楽しい。ひとりは最高!
……うん。
そんな目で見ないで!?
知っている執行騎士団と、雰囲気が全然違うんですけど!?
なにバカやってるんですか?敵は動き出してますよ?
インフェルナ軍はサンクチュア軍を迎撃するために軍を移動させていると斥候のシリスは報告する。
ついでに大教主からの命令も持ってきた。
インフェルナ軍を追撃しろとのご命令だ。二度とサンクチュアに逆らえないように徹底的にやれだとさ。
戦場に出てない癖にこういう時だけは、命令が早いな。
大教主には逆らえねえし、パッと行ってサクッと敵を懲らしめてくるかな。
敵の審判獣は、俺がいただく。手出し無用だ。
もたもたしていると私の鎌が獲物を横取りしちゃうわよ?
両軍が向かい合ってる状況で、君たちの訴えが届くはずもなく、結局、戦争は継続されることになった。
こうなったら、力尽くで止める他ないにゃ。
一刻も早く、人間同士で争っている場合じゃないことをわかってもらわないと。
***
ある程度は、予想していたが、やはり、未来から来たという話は信じて貰えなかった。
では、どうやれば両軍の戦を止められるのか、頭を捻るしかないだろう。
この先は、狭い崖になっています。インフェルナ軍は、その崖の向こうに陣を敷いています。
もたもたしてると向こうに体勢を整える時間を与えちまうな。一気に攻めるべきか……。
大教主様からも、手を抜かずに攻めるように言われています。手抜かりのないようにお願いしますよ?
戦場にいない人になにがわかるというの?
彼らの話を聞きながら、君はある大事なことを思い出す。
ここにいない大教主の正体は、インフェルナ軍の頭首マルテュスだった。
彼の目的は、インフェルナ軍に聖都を陥落させ、エンテレケイアの契約者である聖皇を殺させることだった。
その男が、なぜこの状況で急いで攻めさせようとしているのか……引っかかるにゃ。
彼の目的は、サンクチュア軍の弱体化のはず。ならばこの先には、インフェルナ軍の待ち伏せがあるということか。
魔法使い。なにか言いたそうな顔だな?
君は、この先インフェルナ軍の待ち伏せがきっとあると告げた。
あなたは、うちの軍事顧問かなにかですか?
それぐらいのこと、見抜けない俺たちだとでも思っているのか?
この先の崖は、兵を伏せるには格好の場所だ。インフェルナ軍も気づいているだろう。
だから、俺とシリスが崖の上を進み、伏兵を叩く。
こういう仕事は、いつも僕なんですから……。
その伏兵を叩く部隊に同行させて欲しい、と君は申し出る。
リュオンたちがやりすぎないように見張りながら、なんとか戦争を終わらせる糸口をつかみたい。
いいだろう。その磔剣をどう操るのか見せて貰おう。
***
君たちは、先行して崖の上を進み、インフェルナ軍の伏兵を捜索する。
……なぜ、団長まで付いてきた?
シリスに代わってもらった。敵の審判獣とは、一度交戦している。奴のやばさを教えなきゃと思ってな。
荷物がもうひとつ増えた気分だ。
おーおー。どうせリュオンは、強いよ?けど、俺だってまだ負けるつもりはねえんだがなー。
わかってます。まだ団長の方が俺より強い。荷物と言ったのは……団長が方向音痴だからだ。
方向音痴じゃねえよ!俺は、地図の見方がわかんねえだけだ!
まるで、子どもの言い訳にゃ。
……ん?おしゃべりはここまでのようだ。
前方から、足音を殺して向かってくる者たちがいる。
……敵か?
そのようです。
向こうもこちらに気づいた。視界に捉えているのはイスカと……もうひとり大剣を持った男――クロッシュだ。
あの娘だ。インフェルナの審判獣は。
奴が契約者なのか?
いや、彼女自身が審判獣だ。形態を変化させて襲ってくるぞ。油断するな?
story
欺瞞に覆われた聖堂が遣わした騎士たちよ。あなた方に真理を司る資格などありはしない。
審判獣イスカよ、目覚めよ。この裁きは悪の熔印を押されし者たちの怒りと知れ!
殻衣(かくい)が、イスカの体表を覆う。指先は、刃物のような爪が。背中からは、一撃必殺の蠍尾が伸びていく。
審判獣の血を引く娘――イスカの審判獣化した姿がここに。
俺たちのように同調したわけではなく肉体を変容させて審判獣化したのか。面白い。
イスカはインフェルナ軍で共に戦った仲ではあるが、この時代のイスカが、そのことを知るはずもなく……。
まずイスカを説得して、この戦いに利がないことをわからせるにゃ。
サンクチュアの執行騎士に、私を捕まえることができますか?
イスカは、空に舞い上がった。太陽を背にして地上にいるこちらの目を眩まそうとしている。
審判獣は空を自在に飛び回る。審判獣を操る執行騎士が、なにも手を打っていないと思うか?
リュオンが鎖を引いた。その先には、十字刃の執行器具――磔剣が繋がっている。
磔剣は巧みに操作され、意思を持つように宙を旋回し、イスカを狙った。
そんな奇妙な剣では、私の鎧は貫け――ないっ!
空中に半円を画いて戻ってきた磔剣を片腕で弾き返す。審判獣の体表を覆う殻衣は、刃など容易く弾く。
蠍尾の餌食となれ!
イスカの意識は、攻撃に集中していた。その機を逃さず、リュオンは地面を蹴った。
空を飛ぶ蠍か。ならば、こちらは地を這う鷹だ。
方舟が飛んだあの日も、信じるもののために、ふたりは命を削り合っていた。
……フェンリナル。その憎悪の炎で、我が血を滾らせろ。
あんたの相手は、俺か……。審判獣のお嬢ちゃんの相手がよかったんだが、ここは可愛い副団長に譲ってやろう。
……団長サザ。イスカが仕留め損ねた死に損ないか?
そう言われるとカチンとくるねえ。俺の剣は、この通り……まだピンピンしてるぜ?
鎖に繋がった二刀を抜く。濡れたように美しい刃が、陽光を反射して煌めいた。
それがサザの契約した審判獣アスラのもう一つの姿。契約者だけが手にすることができる執行器具。
……2本とも、この牙の餌食にしてやろう。
そのぶっとい剣で斬られたら、いてえんだろうなあ。まともに相手するのは、バカらしいな。
クロッシュの大剣は、大気の壁を削るように振り払われた。胴体ごと輪切りにせんとする躊躇のない斬撃。
ひーっ、おっかねえなあ。弾き返すので精一杯だ。
振り抜いた一撃だったが、あえなくいなされた。おかしいと感じたクロッシュは、つづけて繰り出す。
たいした剣だ。刃が、大気の上を滑ってやがる。その腕、もっと世のために使えばいいものを……もったいねえ。
喋りすぎだ……少し黙れ。
あんたが、喋らなさすぎなんだよ。俺は、おしゃべりしながらも、こうしてちゃんと戦ってるぜ?
決して剛強とはいえない薄い刃を操り、その何倍もの重量のある大剣を何度もいなし、弾いている。
……なんだこの剣は。
決して力任せではない。その剣には、確かな技量と経験に裏打ちされた強さがあった。リュオンがサザの腕を認めるのも当然に思えた。
サザの方は、問題なさそうにゃ。
やはり、止めるべきはリュオンとイスカの争い。君は右手にカードを抜き、左手で磔剣を構えた。
煉獄の住人よ。聖域を侵すな!
磔剣を操る鎖が、金属音をたてながら、宙を飛び回る十字刃を引き戻す。
私たちを煉獄に落としたのは、あなたたちサンクチュアよ!私のお母さんを聖域で殺した癖に!
サンクチュアヘの憎しみが、イスカに無限の闘争心を与える。
――っ!?
リュオンに無数の細かい刃が襲い掛かる。それは、殻衣の欠片を放射状に飛散させたものだった。
サンクチュアヘの憎しみが、お前の戦う理由か?
殻衣の薄刃は、リュオンの皮膚に微かな傷を付けただけで、あとはすべて磔剣によって払い落とされていた。
そうよ。あなたにわかって貰おうなんて思っていない。だから、ここで終わらせる……。
イスカの手に白い光の粒子が集まっていく。審判獣が放つ、裁きの光だ。
聖域から手を引いて。あなたたちが富を独占しているから、いつまでも飢えて死ぬ人達が、いなくならないのよ。
***
執行騎士!私は、あなたを――
充填された裁きの輝きは、まさにいま放たれんとしている。
ぬるま湯のような戦い方だ。これから、執行騎士の戦い方を教えてやろう。
心臓に繋がった鎖をつかむ。リュオンは、審判獣ネメシスに変身して正面から攻撃を受け止めるつもりだ。
させない――君の放った炎の魔法が、ふたりの間で爆ぜ散った。
戦場での作法を知らんようだな?魔法使い!
作法なんかよりも、重要なものがある――君は磔剣を飛ばす。湾曲した軌道を描き、ふたりの間合いを分断する。
ふたりがかりなんて……。不利になる前に執行騎士だけでも先に仕留められれば!
戦場で、容易く願望を口にするな!
リュオンもまた磔剣を飛ばす。君の飛ばした磔剣と空中でぶつかり合って激しい音を立てた。
弾けた磔剣が、イスカの元へ向かう。振り払おうと、君の磔剣に触れた。
君の磔剣に触れた瞬間、ふたりの脳に電流のようにある映像が流れ込んだ。
――なにっ!?
現在とは違う時空で起きた殺戮と悲劇の記憶。磔剣を通じて矢継ぎ早に流れ込み、争うふたりの記憶として植え付けられていく。
――なんだ……これは……。
受け取った記憶は、もうひとりのリュオンの記憶であり、もうひとりのイスカとの戦いの記録でもある。
私はこの人と……前にも戦っていた?
説明すれば、長い話になるにゃ。一言で言えば、それはもうひとつの悲しい未来の結末にゃ。
リュオンたちは、身に覚えのない記憶を懸命に頭から消し去ろうとしている。
どうして消えてくれないの?身に覚えがない記憶のはずなのに……。
イスカは、力尽きたように地面に膝を突く。脳裏を巡るリュオン殺害の衝撃に、感情が耐えきれない様子だ。
イスカ!
己の戦いすら忘れてクロッシュは駆け寄る。その首を切り落とす寸前の位置で、サザの刃が止まっていた。
戦いの最中に相手に背を向けるな。俺が手を抜かなきゃ、今ごろ死んでたぜ?
戦いは、決着した。
あなたは、誰?私になにを見せたの?
切実に訴えるような瞳で、君を真っ直ぐに捉えている。
教えてあげたいけど、ここでは落ち着いて話もできないにゃ。
イスカを連れて帰ろうと君は提案する。そうすれば、インフェルナ側も下手に戦をしかけてこれないだろう。
私も、あなたたちの話を聞いてみたい……。
捕虜として連れて行くのか?それはいいが、この剣士の兄ちゃんはどうするよ?
イスカは責任を持って必ず連れ戻す。だから、イスカが戻ってくるまで戦いは止めるようにとクロッシュに言付けた。
待て。勝手なこと、させるか。
私のことは心配しないで。話を聞くだけだから。メルちゃんたちをお願い。
敵の言葉を容易く信じるとは……。甘い。まだ甘い。
***
Q執行騎士様が、インフェルナ軍の審判獣を捕虜にしたらしい。
Q新参者の魔法使いが、相当な活躍をしたそうだ。これでこの戦、勝ったようなものだな。
サンクチュア軍は、君がイスカを連れてきたことで捕虜だなんだと湧き立っていた。
しかし、そんなこと君には関係なかった。
ようやく落ち着いて話ができるにゃ。イスカ、久しぶりにゃ。……と言っても、知るはずはないにゃ。
最初から聞かせて。あなたたちは何者なのかを。
時間を遡って来たこと。もうひとつの未来では、なにが起きたのかなど。
君たちは、イスカにすべてを語って聞かせた。
story
話が荒唐無稽過ぎるわ。ついて行けない。
言葉だけで信じろという方が、無理があるのは承知の上にゃ。でも、これは事実にゃ。
俺はあながち嘘じゃないと思うぜ。ギガント・マキアが起こり、地上は審判獣が支配する――
それは、聖堂の聖職者たちが、サンクチュアの信徒どもに常日頃、説いて回っている話だ。
その癖、奴らは密かに方舟を建造していた。いざという時は、この大陸から逃走できるように。
その方舟を巡ってインフェルナとサンクチュアで争いになり、私がこの人を殺した……そういうこと?
リュオンを指さす。
俺が負けたというのか?納得いかんな。
ふたりは敵同士でありながら、互いに理解しあっているように見えた。
だからリュオンは進んで死を選んだ。イスカをその手で殺さないために……。君はそう思っている。
あなたの話と流れ込んできた記憶との整合性は取れてるわ。それで、私にどうしろというの?
いますぐ戦争を終わらせるにゃ。そして、ギガント・マキアを起こさないように協力して欲しいにゃ。
大教主がこの世界の支配者となるためにエンテレケイアを起動させたのが原因。ひとりの男の野望によって世界は滅びた。
大教主は、昔から得体の知れん不気味さがあった。しかし、そこまでやるとは思えん。
信じて欲しい。今のうちに大教主を止めれば、エンテレケイアが目覚めることはない、と君は力強く説得する。
そこまで言うなら、奴の周辺を探ってみよう。結果次第で魔法使いの言葉の真偽もわかるというもの。
お願いするにゃ。それまで無駄な血は流すべきじゃないにゃ。戦争は、もうやめるにゃ。
私だって戦争はしたくないけど、サンクチュアとインフェルナには、積年の因縁があるわ。
殺されたお母さんのことを忘れて、いますぐサンクチュアと手を結べと言われてもできないわ。
お前の口ぶりは、まるでインフェルナだけが不幸を背負い、その元凶はサンクチュアにあると言わんばかりだな?
あら、違うの?
俺の両親は、まだ幼かった頃に死んだ。俺は聖域のドブの中を這いずり回って生きるガキだった。
あとで調べたが、俺の両親が死んだ日に、インフェルナの男が聖都に侵入した事件があった。
侵入者は、あちこちに火を放って、ひとりの女と赤子を聖都の外に連れ出したらしい。
俺の両親は、その時の火災に巻き込まれて死んだ。他にも大勢の死者が出た。
幼かった俺は、その時たまたま熱を出して乳母と診療所にいたから助かったそうだ。
そ、そう……。
誘拐された女は聖域の外で死んだらしい。
イスカは目を伏せたまま、リュオンから顔を逸らしている。
誘拐された女と赤子。聖域の外で女が殺された。イーロスから聞かされている話と重なるところがいくつもある。
火を放ったインフェルナの男が誰だったのか、知るつもりはない。いまさら知ったところで無意味だ。
ただ、お前たちに戦う理由があるというのなら、こちらにだってある。それを忘れるな。
ごめんなさい。あなたのことを知らないのにあなたを責めてしまって……。
そうだな。俺たちは、いままで互いのことを知らなさすぎた。理解が進めば、そのうち相手を許すこともできるかもしれない。
お嬢ちゃんに命を狙われたこと、俺はとっくに許してるぜ?
その節は、どうもすみませんでした……。
あ、いや……。そう、ご丁寧に出られるとよ……調子狂うぜ。
団長、それにリュオンさん。聖都にいる大教主様から密書が届きましたよ。
見せろ。
密書の内容は、端的だった。捕らえた敵の審判獣を即座に聖都まで護送するようにという命令だった。
耳の早いお方だ。優秀な密偵を味方の陣営にまで忍ばせているんだろうな。
リュオンとサザのうしろで、シリスが子どものようにぺろっと舌を出しているのを君は見逃さなかった。
きっと大教主に報告したのは、シリスだろう。手紙の到着が早かったのも彼が直接報告したからだ。
なんですか?僕に、なにか言いたいことでも?
いや、と君は首を横に振る。いまのシリスは、まだ大教主の手先だ。下手な刺激はよそう。
イスカを聖都に引き渡したりはさせないにゃ。そんなことのために、イスカを捕虜にしたんじゃないにゃ。
安心しな。俺たちもその命令に従うつもりはない。
まさか、このまま解放するのか?
俺もこの戦争には意味がないと思っている。インフェルナが引いてくれれば、それで戦争は終わりだ。
魔法使いの話とリュオンの話。両方聞いてお嬢ちゃんなりに思う所もあっただろう。持ち帰って、仲間とよく話し合ってくれ。
サザは、テントの入り口を開いた。いつ出て行ってもいいというメッセージだった。
……この戦争を続けるかどうか、インフェルナのみんなと話し合ってみます。
大教主様の命令を無視するなんて……。僕は知りませんよ?
団長が決めたことなら俺はそれに従う。しかし、それほど魔法使いに肩入れするとは。
長い年月、森の審判獣は眠ったままだった。けど、この先もそうとは言い切れない。なんとなく、嫌な予感がするんだよ。
団長の予感か……。当たったことあったかな?
あっただろうが!?リュオンの身長が伸びて、俺に近づくこととか、シリスの髪が伸び続けることとか!
……。
それは予感とは違います。ただの成長です。
story
待って欲しいにゃ。
君たちは、インフェルナの陣営へ向かうイスカを追いかけた。
サンクチュアの中には、イスカを敵と見てる者が大勢いるにゃ。私たちがインフェルナまで送っていくにゃ。
私の仲間が、近くまで来ているはずよ。あなたたちに気を遣ってもらわなくてもいいわ。
言葉に多少の輯がある。まだ君たちのことを警戒しているらしい。
ウィズ先生と呼んで慕ってくれたイスカは、いないんだにゃ。それはそれで、寂しいにゃ。
でも、生きててくれるだけで嬉しい、と君は言う。
それもそうにゃ。
あ、イスカ!?良かった。無事だったよ!
メルちゃん。それにクロッシュ兄さん!
インフェルナの仲間たちとの合流を果たし、イスカは喜びを満面に表した。
待つにゃ。この気配――なにか来るにゃ!?
巨大な影が、空から落下してくる。
こざかしい人間どもめ。ここが、審判獣たちの墓場だと知ってのことか!?
審判獣!?
イスカ下がって!
威風をなびかせて地上を見下ろすのは、審判獣アバルドロス。
1番知性があり、イスカとも深い縁で結ばれている審判獣が、なぜこんなところに。
なぜここに審判獣が……という顔だな?ふん。愚か者どもめ。
お前たちが、祖先が眠る墓を荒らさなければ、私の怒りに触れることはなかったものを!
墓とは、この場所のことだろうか?言われてみれば、審判獣の死骸や骨が散乱している。
消えろ人間!この地上から滅するがいい!
アバルドロスが放った光条は、近づこうとしたメルテールたちの足元をなぎ払い、地中に穴を穿った。
あとちょっとで、つま先がなくなってたよ!
悪いのはこちら。けど、一方的に断罪するつもりなら、こちらも抗わせてもらうわ――
激しい怒りと共に殼衣を着装し、審判獣へと変化する。
危険は伴うが、アバルドロスを抑えられるのは、同じ審判獣であるイスカしかいない。
娘……!?人ではなく審判獣だったか?
人の身でありながら、審判獣の血も引いています。あなたには、珍しいでしょうね。
蠍の尾が素早くアバルドロスの堅い殻衣を穿つ――たまらず呻いた。
むうぅぅぅっ!?蠍の尾を持つ審判獣だと……?娘……名前は?
イスカよ。あなたに聞かせる名前は、これが最初で最後!はあああああっ!
鎌首をもたげた蛇のようにイスカの尾が、狙い付けた。
先ほど穿った殼衣にできた穴。もう一度深々と貫けば、いかなる審判獣といえどひとたまりもないはず。
甘いわ!私に言わせれば、軟弱そのもの。その程度で、私を貫けるか!?
イスカの尾は、なんなく払い飛ばされる。イスカのものよりも重量感があり、ふたまわりほど太いアパルドロスの尾で。
それでも仲間を守るぐらいはできるわ!
怒気が膨らんでいく。このままでは、両者どちらかが傷つかなければ、戦いが終わらない。
待つにゃ!
人間ごときが、審判獣同士の戦いに介入するな!
もう気づいているはずにゃ。そのイスカが、自分の娘だと。
時間を遡る前の世界でマグエルから聞いていた。この審判獣が、イスカの父親だと。
なにを言ってるの?この人が、私の……?
お互いはっとして鋭尖な尾と爪を静止させた。アバルドロスは、難しく呻りながらも声を絞り出す。
イスカと言う名前。そして蠍の尾を持つ審判獣。その意味を知るものは、天地で私ひとりだと思っていた。
人間。いったいなにものだ?
君は、ギガント・マキアが近いうちに起きる。それを防ぐためにやってきたと答えた。
ほう?ギガント・マキアが起きると?
その様子じゃ、まだ共に戦う相棒は見つかってないようにゃ?
先ほどの戦いも、イスカの腕を試していたんだよねと君は言う。
はっ!はっ!はっ!こうも、ことごとく考えを見抜かれるとは。面白い人間と黒猫だ。
私たちは、なんでもお見通しにゃ。
元いた未来でマグエル先輩から聞いた。アバルドロスは、ギガント・マキアを勝ち抜くために戦力となる相棒を探している。
確かに私は、実力のある者を相棒に選ぶつもりだ。力さえあれば、人でも審判獣でも問わん。
アバルドロスの足元に、君の持っているものとは別の磔剣が突き刺さる。
所属不明の審判獣が出現した。団長、執行騎士の出番だ。
たまには、騎士らしいことをさせていただこうかねえ。
執行騎士団が、駆け付けてきた。サンクチュアの陣営近くで、派手に暴れたのだから、気づかれて当然か。
邪魔が入ったようだ。娘……いや、イスカよ。お前はまだまだ未熟者だ。私と組むに値しない。
だが、いつの日か、共に戦うことがあるかもしれん。それまで……腕を磨くのだ。
story
飛び去っていくアバルドロスを見送ってからイスカは、後ろを振り向いた。
執行騎士リュオン。そして、サンクチュアの騎士たち。助力いただき……感謝します。
インフェルナの人間を助けたわけじゃねえ。俺たちは、飛んできた火の粉を払っただけだ。さっさと行きな。
なにあいつ?すっごい尊大な奴。あたし、石なげてやろうかな?
落ち着いてメルちゃん。向こうは、これ以上事態を広げないようにわざとああいう言い方をしてくれてるのよ。
……大人の会話という奴だな。気に入らんが、ここで奴らとぶつかるのは得策ではない。
貴方たちの助力に報いるため、戦争終結に向けて私なりに努力したいと思います。
益のない戦いは、お互い望むところではない。頼んだ。
それから執行騎士リュオン……。あなたのご両親のこと……ごめんなさい。
なぜ謝罪する?貴様が殺したわけではないだろ?
それでも、心の優しいイスカは、責任を感じてしまう。たとえ、聖都から連れ出された赤ん坊が自分ではなくても。
イスカは、私たちが責任を持って送り届けるから安心するにゃ。
命の恩人に、行くなとは言えねえな。話がまとまるように上手くやってくれや。
君はぐっと親指を突き立てた。
魔法使いさんと黒猫さんも、助けてくれてありがとうございました。
お礼はいい。それよりも……。
さっき言ったとおりイスカは、アパルドロスの血を引いているにゃ。
遅かれ早かれ知る事とはいえ、勝手にバラしちゃって悪かったと君は言う。
なんとなく予感はしました。向こうも私のと似た尻尾を持っていましたから。
アパルドロスは人の言葉を話し、人を理解しようとする変わった審判獣にゃ。
審判獣なのに人間であるイスカの母と出会い恋に落ちた。世にも珍しい審判獣だ。
いますぐ、あの人を父と思うのは無理ですが、いつかゆっくり話してみたいです。
その時は、きっと来るにゃ。
元いた未来で、イスカはアバルドロスと手を結んだ。
共にギガント・マキアに参加したが、その選択は間違いだった。
アバルドロスには、すでに往年の力はなく、他の審判獣との争いに敗れて死んだ。
アバルドロスを破ったのは審判獣アウラだった。
審判獣アウラは、アパルドロスの血を手に入れ、それを糧に巨大な力を身につけた。君では太刀打ちできないほどの存在になった。
(前にいた世界で起きたことは、イスカには言わない方がいいにゃ)
イスカは、父を殺したアウラに復讐を果たそうとしたが、結局、待ち受けていたのは悲劇だった。
イスカを救うには、やはり歴史を変えて、ギガント・マキアそのものを阻止するしかない。
君の中で、またひとつ決意が固まった。