【黒ウィズ】メインストーリー 第07章 Story3
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祭りの残り香の残る街路を歩いていると、突然、そんな話が君の耳に飛び込んできた。
ウィズはすんすんと鼻を鳴らし、ひげを動かして風を読んでいる。
君も空を見上げて風を感じてみるが、特にいつもと変わらないように思えた。
だが、大風車に近づくにつれ、その異変がただならない騒ぎを呼んでいるのがわかった。
郷じゅうの人が集まったかのような人混み。
そしてその人々は、ー様に大風車を見上げている。
爺さんが言ってたんだよ。大風車が止まる時は、良くないことが起きる前兆だって。
異変は起きているが、その実態が掴めていない。
騒ぐ村人の様子は、端的に言えばそういった状況だった。
そうウィズが言った時だった。
声が上がった方向には、少し顔色の悪いオルネが立っている。
それを隠すように苦笑いを浮かべて、彼女はよく通る声で皆に話しかけた。
それと、大風車は少し整備が必要で……それは今日中にやっちゃうね!
ごめんねみんな!心配しないで!数日のうちに大風車も動き始めるから!
彼女の言葉を受けて、大風車に集まっていた人だかりは散り散りになっていく。
それに紛れて、オルネはフラフラとした足取りで大風車へと入っていった。
昨日の戦いぶりや祭りの時の様子とは、明らかに違う、と君は思う。
全身からすさまじい魔力が溢れだしてる……。
なんでギルドの連中はあれを止めようとしないんだにゃ。
何か事情があるのか、それとも単に体の不調なのか。
君はー抹の不安を抱え、まずはギルドヘと足を運ぶ。
何が起きているのか、調べなければならない。
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風車の中に<秘宝>がない?
君は大風車を目前にして、隣を走るウィズに聞き返す。
彼女は黙って頷くと、前足で地面に絵を書きながら続けた。
おそらくアレは魔力の増幅装置のようなものなんだにゃ。
盗賊たちと戦った時、オルネの力が数倍に跳ね上がったように感じたのは……。
オルネと<秘宝>の距離が、ほぼゼロだったからなのにゃ。
ウィズの言葉を受けて、キミはひとつ大きくうなずいた。
だが、大きな矛盾がひとつ残る。
以前、この郷の老人から聞いた話によれば、<秘宝>は風の神からの贈り物だという話だった。
<秘宝>は<無窮の風>を産み、郷を守り、恵みをもたらす……。
だが、実際には<秘宝>は<無窮の風>を産んでいなかった。
オルネ、ということになる。
<秘宝>無しでまだ風を吹かせていられるなんて……。
才能がないって自分では言っていたけど、あの子とんでもない力を持ってるにゃ。
……けど、個人の魔力には限界があるにゃ。ましてや、郷ひとつ覆う風を吹かせるには。
……大きな代償が必要になってくるにゃ。
代償……
その言葉に、確信めいた嫌な予感が鎌首をもたげる。
その代償とは……。
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君は未だ動くことのない大風車の扉を叩く。
しばらくして、不機嫌そうなオルネの声が返ってきた。
普通に話しかけたところで、オルネは答えてくれないだろう。
だから君は、単刀直入にこう言うことにした。
隠し事は、もういい。
何の理由があって、アタシが隠し事なんか――。
オルネは目を泳がせる。その様子を見て、君は確信を持った。
……今、大風車の中に<秘宝>は無い。そうだよね?
あっ……!
言いかけた言葉を飲み込み、オルネはバツが悪そうに唇を噛んだ。
黙ったままの彼女をじっと君は睨む。
やがて、オルネは観念したようにため息をついた。
この谷に<無窮の風>を起こしているのは、アタシの魔法。
父様に厳しく教えられてたのは、風を生み出し、操る魔法だったってわけ。
それじゃあ、<秘宝>の封印を毎年解いてるのは何故?
君が訊ねると、オルネは自嘲気味に答える。
ー種のパフォーマンスなの。まあ、盗賊みたいな悪いモノも引き寄せちゃうのが難点だけど。
……でも、もうそれも終わりね。秘宝は無くなっちゃったし、私の魔力も、もう限界。
そこまで言うと、オルネは天井に手を伸ばし、それを見上げながらため息をつく。
オウランディは数日で、谷から溢れる瘴気に飲み込まれるわ。
風の神様も、フタを開ければそんなもんよ。奇跡なんて、ひとつもありゃしないわ。
君は聞く。<秘宝>を、どうしたのかと。
いいじゃない。<秘宝>がなくたって、アタシの命が続く限り、風は吹いているんだから。
……私が前を向いてる限りは、ずっと。
ウィズなら絶対にそんな事は望まない。
君は力強く、そう言い切る。
オルネは、祭りの日、君の命を救った時に言った言葉を、自分の命を捨てる理由にしている。
君には、それが我慢ならなかったのだ。
仕方ないじゃない!父様だって限界を越えて風を吹かせ続けて、それで……!
これが私達ー族の運命なの、仕方ないのよ!
オルネの悲痛な叫びを受けても尚、君の心は揺るがない。
君は静かに続ける。
だから、お父上は君を鍛え上げた。その若さでギルドマスターを務め上げられるほどに。
たとえ<秘宝>が失われても、独力で<無窮の風>を維持できるほどに。
そして、君はその力を才能ではなく努力で勝ち取った。
それはひとえに<そうしたい>と願ったからだと。
父様の命を奪って、今度は私の命を削ろうとしてる、この魔法が!
それに、どんなに手を伸ばしたって、風が背中を押してくれたって……。
どんな追いきり届かないものがあるのよ……掴めないものがあるのよ!
それでも、風は前にしか進めない。
足元にいるウィズを抱き上げ、君と彼女はまっすぐオルネを見据える。
<君>は、言ったはずだ。風を吹かせる奴は、後ろ向きになっちゃいけない。
いつだって、前を向いているんだと。
まだ修行中の身だよ。と君は抱き上げたウィズを見ながら言う。
君だけに聞こえる声で、ウィズは囁いた。
ほんの少しの間を置いてオルネはひとつ鼻を鳴らすと、ため息をついてこう続ける。
この世界の仕組みを変えるのに、どうしても必要だからって。
オルネの言葉に、君とウィズは顔を見合わせた。
私は……魔力も体力も、今は限界。だから、ここでアンタを待ってる。
君はうなずき、オルネに背を向け扉に手をかけた。
急がなれば、また<ウィズ>を逃してしまうかもしれない。
そうなれば、オルネもこの街も、瘴気の海に沈んでしまう。
背中にかかる声に、君はもうー度うなずく。
それは、何よりも心強い追い風だった。
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全くと言って良いほど、手がかりは掴めなかった。
長椅子に寝転がっていたオルネが、緩慢に体を起こす。
最後に<ウィズ様>を見たのは、他でもないアタシなんだから。
明らかにオルネの顔からは血の気が失せている。
あれからも、オルネはずっと風を吹かせ続けていた。
おかげで郷の暮らしに支障はなく、瘴気もまだ郷にたどり着いてはいない。
いったん風を止め、村人たちを避難させた、あと……。
秘宝を取り戻した後で、もうー度風を吹かせれば良いのではないか?
そんな話も出たが、人は無事でも土地は死んでしまうだろう。
……それは、ー度瘴気に蝕まれた君がよく知っていた。
言いながら、足をもつれさせたオルネは書類の山の上に倒れこむ。
……考えがあるの、乗ってくれる?
オルネは倒れたまま、書類にまみれて君を見つめる。
君はうなずき、オルネに手を差し伸べた。
君の手を掴んだオルネの手は、冷たい。あまり時間がないのは明白だった。
……祭りの日の後に、クォ様を見た人、居る?
周りを見回すオルネに、誰も返事をしない。
当然、君もクォの姿をー度も見ていなかった。
たぶん、クォ様は<ウィズ様>の手がかりを掴んでる。
……それを渡したくないから、私達の前に出てこないのよ。
ウィズの言葉に、君はオルネの直感が正しいと確信する。
それなら話は早い、早速君はクォを探そうと、外へ続く扉へ手をかけ、
勢い良く、それを開いた。
君は驚いて飛び退く。扉を開けたそこに、クォが立っていたのだ。
単刀直入に聞きます。<ウィズ様>はどこですか?
いつかクォが君たちに放った質問を、オルネはそのまま繰り返す。
クォはにっこりと微笑みを返し、つかつかと部屋の中へと歩みを進めた。
では?と君は訊ねる。
クォはちらりと、君の隣で丸くなっているウィズに目を向ける。
とにかく、急ぎ風車群に向かい、ウィズの捕縛をお願いします。
クォの言葉に、君は力強くうなずく。
オルネのためにも、早<<ウィズ>を見つける必要があった。
だが、駆け出そうとする君の腕を、誰かが掴み引き止める。
……この郷のギルドマスターとして。
そして、<ウィズ様>に憧れる魔法使いとしてね。
オルネの言葉に、クォは呆れたように肩をすくませる。
君はオルネとー度顔を見合わせて、どちらともなく無言でうなずいた。
行こう、<黒猫の魔法使い>。
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君たちはウィズが潜んでいるという風車群にたどり着いた。
行くわよ、<秘宝>の気配も近いわ。
よそ者の君にとって、いくつも立ち並ぶ風車はどれもー緒に見える。
だが、オルネにとっては自分の庭も同然なのだろう。
……まったく、嫌になるわ。
オルネがふと足を止める。
どうしたのか、と君が聞くと、彼女はぽつりとこうつぶやいた。
そして<ウィズ様>に、あの言葉を貰った場所でもあるわ。
……でも、変ね。確かこの辺りにもうーつ風車があったはずなのよ。
オルネは周囲を見回しながら首をかしげる。
ふと、君は中空に浮かぶ<歪み>に気づいた。
その場所だけが、何かの渦に巻き込まれているような……。
君は、ウィズにそれを伝える。
<歪み>……?どこにあるんだにゃ?
……なんでもない、気のせいだった、と君はウィズに言う。
ウィズにも見えないということは、ー体「これ」は何なのだろう。
確かめよう……君は意を決して、ゆっくりと、その<歪み>に触れる。
すると、次の瞬間!
小さく、空間が「割れた」
君は言う。わからない、と。
だが、そこに『何か』があるのはわかった。
その『何か』は、じわじわと歪みながら姿を現す。
……これは、まさか隠されていた、ってこと?
風車が、まるまるひとつ……!
ウィズは驚いた表情で君を見つめている。
それもそうだろう、君自身、何が起きているのかわかっていないのだ。
……行きましょう。
戸惑いながら、君は頷く。
現れた風車からは、強い魔力があふれていた。
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中は薄暗く、埃っぽい。
今のところ、人が立ち入ったような形跡はなかった。
……気をつけて。足元、暗いから。
先行するオルネを追いかけながら、君はある気配に気づく。
強い魔力が渦巻いてる……けど、変にゃ。これはまるで……。
ウィズが何かを言おうとした、その時だった。
無造作に床に置かれたものが目に止まる。それは見間違う事なく街の<秘宝>だった。
必要だって言ったと思ったら、こんなところに置いて行くなんて……。
悲哀の混じった言葉をぶつぶつと吐きながら、オルネが秘宝に手を伸ばす。
だが。
秘宝はまるで霧のように消え……。
その場所には、無表情の<ウィズ>が立っていた。
手には、<秘宝>が握られている。
あなたは、ー体何を――。
すがろうとしたオルネの額に、<ウィズ>はトンと人差し指を当てる。
すると、オルネは糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
何をした、と君は叫ぶ。
……これ以上、オルネを裏切る自分を見せたくないのかにゃ?
挑発するように、ウィズは<ウィズ>に言う。
ぎしり、と空気が軋む感覚があった。
……だけど、それは――その<秘宝>は、オルネの大事なものにゃ。
それを奪うなんてこと、絶対に私はしないにゃ。
歯を軋らせて、<ウィズ>は杖を構え、<秘宝>を握りしめる。
全身の毛を逆立てて、叫ぶようにウィズは言う。
自分自身に向けて、怒りをぶつけるように。
そして、小さな背中で君に向けて語りかけた。
ウィズの言葉に、君の全身が粟立つ。
できるだろうか、ウィズを<ウィズ>を超えることなど。
魔法っていうのは、<そうしたい>って願う心がー番大切なんだにゃ!
ウィズの言葉を受けて、君はカードを持つ手に力を込めた。
君と同じように、<ウィズ>は力ードを手にする。
彼女の手にある<秘宝>が光り、莫大な魔力が形を成した!
圧倒的なプレッシャーが、魔法陣の中から君を睨む。
だが、君とウィズは怖じることなく臨戦態勢へと移行した。
そう。君は、ウィズという師匠を超える。
今、ここで!
***
BOSS:ウィズ
***
ウィズの問いかけに君は体を起こし、どうにかねと返した。
先はどの戦いが嘘だったかのように、辺りは静まり返っている。
大の字で床に転がる君の姿を見て、笑いながらウィズは言った。
……とは言っても、正直な話―あれは私の全力には程遠いにゃ。
だよね、と言いながら君は苦笑する。
君の渾身の魔力をその身に受け、<ウィズ>は跡形もなく消え去ってしまった。
それこそ、魔物を倒した時のように。
あれは私であって私じゃなかったにゃ。どう言えばよいかわからないけど……。
彼女は<ウィズ>が立っていた場所を見る。
そこには淡い緑色の光を放つ<秘宝>が転がっていた。
それを見つめながら、ウィズは静かに呟く。
キミも少し休むといいにゃ。しばらくしたら起こしてあげるにゃ。
そうする、と君は答える。瞬間、意識はまどろみの中に落ちていった。
おやすみ、と……。
そんな声が耳元で聞こえた気がした。
エピローグ
力強い風が、大風車を回している。
<秘宝>は戻り、<無窮の風>がオウランディに戻ってから、数日が経った。
何度目かわからない言葉を呟きながら、オルネは今日15回目の大きなため息をつく。
……黙っていなくなるし。
……私を放ってこんなヤツを弟子にするし。
頬をふくらせながら、オルネはじっとりと君を見つめる。
このボヤキも、この数日で何度聞いたか、わからなかった。
そしてこの後には……。
あーもう!なんでなんでなんでー!
オルネの感情に合わせ、吹く風が強く激しくなる。
ぎしぎしと大風車が軋み、その回転を早くした。
周囲の人々が風車を見上げどよめき、君はしどろもどろにオルネをなだめる。
なんとか平静さを取り戻したオルネは、涙目になりながら君をもうー度睨んだ。
<ウィズ>様を追って旅してたんでしょ?
オルネの問いに、君は<ウィズ>を探す旅を続けると告げた。
何しろウィズは奔放すぎる。
ふらふら消えてしまわないように、首輪をつけておかないといけない。
冗談交じりに君はウィズを見ながら言う。
君の言葉に、ウィズはくぁっと欠伸をすると、ふらふらと尻尾を揺らした。
アタシにはアタシの役割があるし……。
きっと<ウィズ様>を探すのは、アンタの役割なんでしょうね。
<ウィズ>に固執していたオルネは、もう過去を振り返るのを止めたようだ。
アタシが立派な魔法使いになれば、そのうち<ウィズ様>から私に会いに来ると思うし!
……見てなさい、アンタのこともすぐに追い抜いてやるんだから!
それは、君に向けてのライバル宣言。
くすくすと、オルネが笑う。
その笑顔は、この郷に吹く風のように清々しかった。
***
無事、<秘宝>を取り戻す事ができたようで何よりですよ。
回る風車群を見上げながら、クォはにこやかに言う。
それで、このような場所でどうしました?ご報告なら街の中でもかまわないでしょうに。
……なるほど、聞かれては問題がある類の報告がある。そういう事ですね?
クォの顔から笑みが消え、まじめな顔を君に向けた。
君はここで起きた事をかいつまんで話す。
…。
……。
…………。
クォの言葉に、君は小さくうなずく。
それに、あの<ウィズ>のチカラは本気のウィズには程遠い、と君は付け加えた。
だが、クォは少し考えてから首を横に振る。
いくら姿を変えたとしても、魔力まで代替はききません。
魔力はその個人固有のものです。どれだけ真似しようと、そのクセや特徴は消せないもの。
けれどもし、あのウィズがウィズであってウィズでないとしたら?
謎かけのような君の言葉に、クォが明らかに表情を曇らせた。
君は<ウィズ>と戦い、勝った後の事を話す。
それは、魔法で呼び出した<精霊>、あるいは<魔物>が……。
力を使い果たして消える時のそれと、全く同じだったのだ。
現れたのは<ウィズ>のチカラのー部――つまりは、精霊だったと。
君はもうー度頷く。
そして、それが事実なら召喚者がいるはずだ。
つまり真犯人それが誰なのか、調べる必要がある、と君は続ける。
そういえば、私の知人に<精霊>や<魔物>の事柄に詳しい者が居ましてね。
ー度、訪ねてみてはいかがですか?いろいろと面白い話が聞けると思いますよ。
君はウィズをちらりと見る。
もうー人の<ウィズ>について、聞きたいことや調べたいことは山ほどある。
それにその人ならば、もしかしたら、ウィズを元に戻す方法を知っているかもしれない。
だが、クォは信じるには胡散臭い部分が多すぎる……。
目的とリスクを天秤にかけ、君は少しだけ考えると……。
よろしくお願いします、と言いながら、クォに頭を下げた。
ああ、中央の事は安心しておいてください。<ウィズ>の件は私からお話ししておきます。
クォはにこやかに笑うと、それでは、と言葉を残して去っていった。
君はうなずくと、そっとウィズの頭を撫でる。
オウランディはご飯も美味しくて良い郷だけど……。
自慢の毛皮がケバだって仕方ないにゃ。
言いながら陽気に駆けていくウィズを、君は慌てて追いかける。
オウランディの風が、追い風となって君の背中を押す。
振り返るな、と誰かが言っている気がした。
to be next――???
君たちが駆けていくその背中を、じっと見つめる眼がある。
その人物はクククと……。
実に愉快そうに喉を鳴らした。
「驚きですよねえ。精霊とはいえ、<ウィズ>を倒してしまうのですから。
やはり、私の見立てに間違いはありませんでした。
おかげで計画は滞りなく進める事ができますよ。あなたは新たな世界を開く<鍵>だ。
ふふ、貴女もそう思いませんか?」
「……。」
to be next――