【黒ウィズ】心竜天翔 Story1
story
からっと晴れた空に雲が流れていた。雲の行方を追うようにふたつの影が飛んでいる。
それは最強の竜人ミネバとその化身アニマだった。
あにま、おなかぐうぐう。ぺたんきゅー。
ミネバは目指す谷に目を向けた。ふと、流れてゆく雲が自らをどこへ導くのかと、思いを馳せた。
君は迫る魔物の顔面に魔法をぶつける。すぐに魔物の頭を踏み台にして、空中へ逃げた。
君がいた場所に殺到した魔物目がけて、魔法を打ちおろす。
アデレードは魔物の爪を大楯で受け流し、体勢が崩れた魔物に剣を振り下ろした。
仲間が打ち倒されたことを見て、本能的に距離を取る魔物へ、アデレードが鋭い双眸を向ける。
イニューの声でアデレードは思いとどまり、余勢を逃がすように剣をくるりとー回りさせた。
季節外れの吹雪が魔物を包んだ。吹雪は氷の彫刻を数体残し、過ぎ去っていった。
少女が黄金の翼を振るうと、その彫刻は跡形もなく砕け、ごっただ微塵となった氷がキラキラと舞うだけだった。
言いながら、背後から襲い掛かる魔物をひらりと交わす。
まるで道があるかのように魔物の隙間を縫い、群れの中を通り過ぎる。
背中の戦輪を取り上げると、魔物たちに背を向けたまま、前方へ投げつける。
高速で回転する戦輪は、少女の真横を通り過ぎて、背後の魔物たちを切り裂く。
戻ってくる戦輪を流れるように受け取ると、
やる気を見せずに、戦いのない方へとひょこひょこと歩いて行った。
魔物たちが猛烈な勢いで自分に向かってきているのを見て、イケルはミーレンに告げる。
と、穏やかにミーレンが返す。
イケルは魔物の突撃に対し、悠然と斧を振りかぶる。
そして、怯むことなく、その斧を魔物に叩き落した。
衝撃が地面に大きな陥没を生み出し、魔物たちを跳ね飛ばす。
ところで、あの魔法使いは無事だろうか?
まるでイケルの言葉に反応するように、小屋の壁が破裂する。
ごめん、と君はウィズに頭を掻きながら言う。
ふと見やると、イケルとミーレンがこちらを見ている。
慌てるウィズとは対照的にその反応はそっけないものだった。
君は首肯する。イケルに驚かないのかと尋ねる。
確かにこの世界では竜が話していた気がする。こういう反応が普通なのかもしれない。
何気ない調子で戦いを促された。ここでは普通のことなのかもしれない。と君は思う。
***
大方の魔物は倒しただろうか。
戦いの喧騒が過ぎ去った村は、ガランとして静かになった。
人を病人扱いしないでくれ。竜力さえ使わなければ、普段と変わらない。
翼を持った少女と鎧の少女の会話にイケルが割って入る。
イケルの言う通り、彼らのー行だけ風体や戦い方が違った。
要領を得ないー行に、説明する。イケルが試練について、
セトの谷では、新たな王を選ぶ時に試練が行われる。
そして最近先王が崩御し、新たな王を選ぶ試練が今日、ここであるのだという。
「キュー……。
小屋のひとつから軽装の少女が現れる。木箱を逆さにして、何かないかと確かめているようだ。
その言葉を聞いて、君はあることに思い当たる。
確かに戦いが始まってから、ひとりの村人も見かけなかった。
痩身の竜人がニヤリと笑って、顎をさする。
事情が見えてきたことで、わずかに安心感が芽生えた。
それは他の戦士たちも同様である。
ほっとー息つける瞬間に、君は奇妙な光景を見る。
まだ立って歩けるようになったばかりの子供が誰もいない往来をひとりでよたよたと歩いている。
魔物が子供にじりじりとにじり寄った。
あまりにも奇妙な光景は、理解するのに時間がかかる。
何が起こっているのか分からないのだ。
もっとも早く、気づいたのはアデレードだった。
アデレードが魔物と子供の間に体を滑り込ませる。
殺意を帯びた牙は間ー髪、アデレードの盾によって防がれた。
魔物にやり返そうとするアデレードの動きが止まった。
空白。攻防のやり取りにー瞬の空白が生まれる。
魔物は次のー撃の動作に入るが、アデレードは動かないまま。
見て取った君は、魔法を魔物の顔面めがけて速射する。
威力は小さいが、隙を作るのには充分だった。
もうもうとした煙が風で流され、魔物が顔を出した時。
その首はあらぬ方向へと吹き飛んだ。
イケルだった。君が魔法を打つ間に距離を詰め敵を仕留めた。
だがもう一匹。
イケルとアデレードの上に大きな影が覆いかぶさる。
上に向けられた盾を踏み台にし、上空から飛びかかる敵をー閃。
第ー波はしのいだ。
君や他の戦士たちはアデレードたちの元へ駆けつけ、戦いの構えを取る。
残るアマイヤもいそいそと戦いの輪に加わると、魔物たちも再度の襲撃を開始した。
***
最後の魔物が崩れ落ちると、子供はまたよたよたと往来を横切った。
小屋のひとつの傍まで行くと、落ちていた人形を拾い、大事そうに抱えて、にっこりと笑って見せた。
すぐに母親らしき女性が駆け付け、精ー杯の力で抱きしめられる。
「ギュー!キュー!
どこからか現れた巨漢の竜人がそう言った。
そして、今回の王の試練を取り仕切っている。
子供のことは不測の事態だったが、無事に親元に返すことができた。
谷の住人として君たちに礼を言いたい。
と言って、大きな体を折り曲げて、竜人は深々と頭を下げた。
ガンボはちらりとイニュー、サバール、リティカに目をやる。
ここには偶然来たんだ。
だが、アレンティノは王となる者にしか会わない、お前には試練に参加する理由があるようだぞ。
それに、長い王の試練の歴史の中には、偶然谷を訪れ、王になった者もいる。
仕方がないかも、と君は諦めまじりに言った。
竜人は同行を促すように、先へと歩いてゆく。
君とウィズはその後をついていった。
ふと、イケルは黒鎧の女に目をやる。
ぼそりと何か呟いた彼女にイケルは話しかけた。戦いの中で気になったことがあったのだ。
とだけ言って、アデレードはその場を立ち去った。
イケルはその後ろ姿を見送る。
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村を後にし、君は船に揺られていた。
君だけではなく、王の試練を受ける全ての者がひとつの船の上で揺られていた。
自然と話題はお互いの身の上話になっていった。
君の話を聞いて、イケルは君とアデレードに目配せを送る。
君は頭を掻き、苦笑いを返した。
アデレードは、
と自虐的な注釈を入れた。
すぐには無理でも、ロートレック家もクロード家のようになれるかもしれない。
クロード家。ミネバのことだろうと、君は思う。
たしか彼女は最強の竜人と呼ばれていた。
この世界では、彼女の名声は相当なものなのだろう。
この世界では「力こそが全て」なのです。
竜に竜力を授かり、己の力を高めるのはとても重要なことなのです。
持つ者と持たざる者には決定的な差がある。この世界ではな。
君は隣でぼんやりと空を眺めているアマイヤに尋ねる。
アマイヤも竜力が目的なのか、と。
だ・か・ら。
彼女はむくりと起き上がって、さらに続ける。
本当の最強は、戦わないことさ。
このふたりは水と油だな、と君は思う。考え方がまるで違う。
君は前甲板で話し込むふたりの竜人を見やる。
自分がー番理解しているだろう。
セトの谷に向かっていたミネバたちは、たき火の前でー休みしていた。
小枝を串代わりにしてあぶった干し肉を、アニマに渡す。
しばらく冷まそうと試みるも、アニマはこらえ切れず、勢いよく干し肉にかぶりつく。
口の中でもぐもぐと噛み、飲み下し、最後に口の周りについた油を舐めとると、満面の笑みを浮かべた。
腹が満たされたアニマは、その場にコロンと寝転がり、すぐさまお昼寝の体勢になった。
昔、谷にセトという竜がいたの。セトは最強の竜と呼ばれていたわ。
本当に誰も勝てなかったみたいね。でもセトは少女に自らの竜力を授けたのよ。
ふと見やると、すでにアニマは瞑目し、寝息をたてている。
ミネバは優しくほほ笑み、細い枝をたき火に投げ入れた。
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そう言うと、ガンボは呪文の詠唱を始める。
指先からこぽれる光が船を包むと、船はゆっくりと浮上を始めた。
そのまま船はゆっくりと前に進み始める。詠唱を終えたガンボが君たちの方へ向き直り、言った。
唐突な宣言に船上が緊迫する。
だが、ここには魔物が多く生息している。本来なら魔法を使い、ー気に抜けるが……。
それでは試練にならん。だから、この船はゆっくりと峡谷を進む。
候補であるお前たちがひとり船上からいなくなるごとに速度は上がる。
たったひとりとなれば、十分な速度が出るだろう.
ガンボに促され、リティカたちは別の船に移動した。
船はなおもゆっくり進んでいる。魔物の巣となっている峡谷にじりじりと近づいていた。
船の速度を見て、イケルが言った。だがアマイヤは知らぬ顔で船の縁の方へ歩いていく。
くるりと振り返り、アマイヤは言う。
とそのまま背中から倒れて、見えなくなってしまった。
アデレードの言葉を聞いて、君はアマイヤの立っていた場所を見た。そこにある船の帆柱に鎖が結びつけられている。
その鎖を追っていくと、船の下でアマイヤがぷら下がって、
と呑気に呟いていた。
予想?ー体何のだろうと君は首を傾げる。
船の下から飛び上がり、アマイヤが舞うように甲板に降り立つ。
君はなるほどと思う。
竜人が下船したことで、速度が上がらないということは、魔法の条件は重量ではない。
つまり自分たちが乗っていること自体が、船を遅くしている理由である。
それならひとり甲板に残し、他の者は降りよう。
そしてー気にここを抜ける。
とアマイヤは君を指さす。
君は責任の重さを感じながら、深く頷いた。
魔物の巣は目前に迫っていた。
ギリギリまで近づき、最大速度で突っ切る。
他の者は皆、船の縁でその瞬間を待っている。
君はカードを持った右腕をあげる。それが合図だった。
仲間たちがー斉に船から飛び降りる。船は唸りをあげて峡谷に向かっていった。
***
君は前方の魔物に魔法を乱れ撃つ。
すでに数えきれないほどの魔物を撃ち落としていた。
時折、防御魔法を展開し、後方で追いすがる魔物を振り払う。
みんなを気に掛けたいが、そうも言ってられなかった。
君はひとつ頷いて、さらに魔物を撃ち落とす。
アデレードが向かってくる魔物を薙ぎ払う。
猛烈な速度で進む船にぶら下がりながらの戦闘。
アデレードほどの実力者の「思ったよりも」は只事ではないということだった。
それに想定外の出来事も。
巨大な岩壁がアデレードの正面に迫る。船の通り道は開けていても、船の下まではその通りとは限らない。
なにしろここは狭い峡谷であった。
すぐに剣を握りしめた手から力を抜く。彼女の中に迷いが生まれた。
出来る限り、竜力の使用は避けた方がいい。彼女の身体がそう告げていた。
アデレードは前方に盾を出し、身構える。
衝突の瞬間、盾を滑らせるような角度で岩壁に押し付ける。
衝撃は後ろへと逃がされ、盾を緩衝にして、そのまま岩壁を滑るように進む。
ほどなくすれば岩壁は終わる。アデレードがそう思った矢先。
小さな突起が目の前に現れた。
突起にぶち当たった盾はバランスを失い、アデレードを弾き飛ばす。
岩壁と船底に何度か打ち付けられ、アデレードはだらりとぶら下がっていた。
イケルは船底にナイフを突き刺すと、命綱の鎖を外した。
そしてナイフひとつを頼りにして、じりじりとアデレードの方へと向かって行った。
アデレードの傍に辿り着いたイケルは、大声で彼女に呼びかける。
ぶら下がったままのアデレードから返事はない。
すぐにイケルはアデレードの鎖に飛び移り、彼女の傍まで下りていく。
お、おい……。
とイケルは前方を見た。今度は下から突き出た岩が迫っていた。
アデレードを抱え、鎖を昇る。だが間に合いそうにもなかった。
すると、どこからか飛んできた鎖がふたりに絡みつく。
鎖の行方は、アマイヤに辿り着いた。
彼女はこちらを見て、
と笑う。そして手に持った鎖の端を岩壁に投げつけた。
先端の分銅が船と同じ高さの岩に突き刺さる。すると、船が進むごとに後方に引っ張られて、イケルたちの身体が持ち上がった。
イケルたちは、下から突き出た岩の上を超えていく。
信じるしかない、と君は前を見据える。
峡谷の終わりは目の前まで来ていた。
***
峡谷の真ん中にポツンと船が浮かんでいた。
船上には黒猫と魔法使い。
……だけではない。他の候補者たちもくたびれた体を休めるように、腰を下ろしていた。
この中から選ばれるのは、たったひとりだけ。
……惜しい。
余計なお世話だったかもな。
とイケルは少し笑った。
他人に言われて、自分でも初めて気づいた。そんな笑いだった。
気取りもてらいもない態度だった。少なくともアデレードにはそう見えた。
そしてそれは、満足のいく答えだった。
……ありがとう。
案外、船上にいられたことは幸運だったのかもしれない。と君は思った。
イケル様は、戦争でご両親を亡くされ、しばらく孤児として生きていました。
その後、ロートレック家に養子として引き取られたのです。
ご自身の境遇もあって、ああいう状況では自然と体が動いてしまうのでしょう。
そういうのは中々変えられないものにゃ。
アマイヤはごろりと後ろに転がり、勢いそのままに立ち上がる。
それ以上の感想はない、というように気の無い返事を残して、アマイヤは立ち去った。
ミーレンは君を見て、言った。
そして、私はあの方の手となり足となり、あの方の夢を叶えたいのです。
それが私の夢です。
こう言っていいのなら、私たちの夢です。
立派ですね。と君は返す。ふとミーレンは何かに気づいて、ほほ笑んだ。
竜の住処というには、そこは汚れていた。汚れ過ぎていた。
この地で起こる竜力の乱れについて、ミネバは土地の古竜アレンティノに話を聞きに来た。
だが、そこは思い描いていた場所と違った。
奥の方で何かが動いた。ミネバはすぐさま身構える。
魔法を放ってしまってもよかったが、状況を教える手がかりも何もない状態である。
見極める必要があった。
岩場の陰から、まず手が出た。岩を掴むその手は人のものではなかった。
そして……。
耳をつんざくような奇声が洞窟内に響き渡る。
ミネバの指先から放たれた光がー条、怪物の頭をかすめ天井を穿つ。
狙ったというよりは、外した。だが、魔法の威力が天井の岩盤を砕き、怪物の頭に岩の雨を降らせる。
何度か岩が頭を打っと、怪物は予想以上に苦しみ始めた。
そして狂乱のていで手足を振り乱し、ミネバに向かって突撃してくる。
アニマをひっつかんで、怪物の突撃をかわす。体を翻し、反撃の構えを取るが……。
怪物はそのまま洞窟を抜けて、どこかへ行ってしまった。
瞬間、ミネバの背筋が凍った。
背後にいる何者かによって、まるで自分が殺されたような、そんな感触があった。
すぐさま振り向くが……。
すでに遅かった。