【黒ウィズ】心竜天翔 Story2
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いつの頃からだったか。竜力を使い始めてからすでにその兆候はあった。
人の身でありながら、竜力を使う。
無理があったのだ。
その無理が徐々に拡大して、決壊した。
「ギュウ!ギュウーイ!
「人」の身体が「竜」の力に負けたのだ。
あるいは、仇であるヴシュトナーザを討ったことで、自分の中の何かが途切れたのかもしれない。
暖かい光がアデレードを包む。
同じように人の身体で竜力を使うリティカには、白霊竜よりもらった翼があった。
竜人とまではいかないが、それでも媒介とするものがあった。
己が肉体を媒介とする自分とは違う。
そこにイニユーを責める調子はなく、むしろ言葉を濁さずに伝えてくれた彼女に対して、アデレードなりの感謝をにじませていた。
俯いたままアデレードは呟いた。
あたしにはグリフを守ること。アディにもきっと何かある。
あなたに竜力を譲ったゾラスヴィルクは自分の敵を討っためだけに、力を譲ったわけじゃない。
アデレードは黙っていた。自分の中から答えを探すために、黙っていた。
感じの良くない沈黙を拭うようにザバールが言った。
何かが外壁にぶつかった。
リティカは音のしたテラスの方へ向かう。
戸を開けると、そこには傷だらけのアニマと生気を失ったミネバが倒れ込んでいた。
みねばを……たすけて。
慌てて駆けつけたー同も、我が目を疑う。
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「アディは気にせずに試練に参加して。
ミネバさんたちのことは、あたしたちが絶対なんとかするから。」
「それに戦いー辺倒のお前がいても、あたふたするだけだろう。
アレンティノに会うことは、お前の身体にとっても重要なことだ。」
君はアデレードの様子が変だと思った。心ここにあらず、そんな感じだった。
そうだったと思い直し、君は再び、ガンボの話に耳を傾ける。
ガンボの説明では最後の試練は怪物退治だった。
「ログォーズ」と呼ばれる怪物は夜な夜なこの近辺に現れ、家畜をさらっていく。
それだけではない。人をさらうことも稀にあるという。
我々で倒せないこともないが、それならば試練にしてしまえというわけだ。
ガンボは腰袋から何かの草を取り出した。
君もその話をもっともだと思った。
ガンボは何度か頷いて、その意見に答えた。
ひとりでなければ試練にならんだろう。
君は頷く。
ログォーズと遭遇したら、城内の中庭に誘導する。
そして中門を閉めて、怪物を逃げられなくしたところで、仕留める。
仕留めた者が王となる権利を得る。
時間を知らせる角笛が鳴る。
君は〈百舌鳥の眼〉に火を点した。
白い煙がもうもうと夜空に伸びていく。
木が揺れた。君の目の前である。
君は身構える。まずは城内に引き込むことが先決だ。
そして、敵が姿を現した。
***
リティカはベッドの上に横たわるミネバに視線を向ける。
苦しむミネバに何もできず、ただ立ち尽くすしかなかった。
半ば涙目になってアニマは聞き返す。さきほどからそれは何度も繰り返されていた。
ザハールはミネバの傍らで沈み込んでいるアニマに声をかける。
その竜力をミネバに注ぎ込め。
ミネバの竜力の化身であるお前ならそれが可能だ。
アニマは力強く頷いた。その眼には決意の光が宿っていた。
君は城門へむけて全速力で進む。
怪物も滅茶苦茶に手足を振って、君を追いかけている。
君は城門を潜る。
怪物も自分の身体を押し込めるように、城内に侵入する。
君は、さらに中門を通り抜ける。
怪物も咆呼と共に追随する。
中門の上に、ふたつの陰が浮かぶ。
ふたりは中門を持ち上げている縄を同時に断ち切った。
轟音。そして静寂。
闇の中から現れたアデレードが言う。
***
戦ううちに夕暮れから夜へと変わったが、戦いはまだ続いていた。
アデレードの剣が、袈裟懸けにログオーズを斬り裂く。
ログォーズは斬り裂かれた自分の体を不思議そうに眺める。
どうやら胴体を何度攻撃したところで、相手には効かないらしい。
戦いを優勢に進めながらも、仕留めるに至らなかったのはその為である。
愚鈍な頭で何かに納得すると、ログオーズはアデレードにむけて巨大な腕を振り下ろす。
アデレード!と君は呼びかけ、彼女に向けて魔法を放つ。
視線でお互いの考えが結びつく、アデレードは避けずに、巨大な盾で君の魔法を受ける。
その勢いで後方へとー気に退いた。
振り下ろされた腕は誰もいない地面を叩き、石床をへしゃげさせた。
次の打撃動作に入る怪物がギロリと君を見る。
その眼が。
裂けた。
輪のような何かが怪物の顔を斬り刻み、再び飛んできた方へ帰っていく。
中門の上に立つアマイヤが戦輪を受け止めて、言った。
ログオーズは痛みに耐えかねて、ドスンドスンと後ろによろける。
君はその歩みに合わせて、怪物の出足を魔法で弾く。
たまらず怪物は尻餅をつき、その場に倒れ込む。
そこへ。斧を携えたイケルが立ちはだかった。
振りかぶった瞬間。
光が爆発した。
城内の塔から届くまばゆい光が君たちの視界を奪う。
逆光が視界を奪ったのは君たちだけだった。
虚を突かれたイケルを怪物の手が鷲掴みにする。
鎧が軋む。曲がる音、割れる音が徐々にイケルの肉体に迫る。
君が魔法を放つより先に、竜の如き猛炎が怪物に向かっていく。
炎は怪物の頭を掠め、頭上の城壁を砕く。石の雨が怪物の頭上に降り注ぎ、
と怪物は必死に頭を押さえる。
そして、拘束が解けたイケルは再び斧を手に取り、ー閃する。
イケル。いや、ロートレック王と呼ぼう。
セトの谷は新たな王を歓迎するぞ。
ー言返すと、イケルはアデレードの方へ向かった。
アデレードは冗談めいた笑いを見せた。それにつられて、イケルも笑った。
だが、誰にも悟られてはいなかったが、アデレードの体は震えていた。
内側から引き裂かれ、燃えるような痛みに、震えていた。
もう戦えないの間違いか……)
残念さを微塵も感じさせず、ウィズは君に言った。君もそれに同意する。
リティカたちは呆然と光を見上げた。
光の主は確かめるように、自らの体を眺めていた。
突然、光が消える。ベッドに落ちた時、その体はふたつの個体に分かれていた。
山の奥深くにある洞窟の前に三人が立っていた。
促され、イケルは前へ進む。
その後を追おうとミーレンがー歩踏み出すと、行く手を遮るように太い腕が差し出された。
お前がいなくても大丈夫だ。
ミーレンの心に、ゆっくりと不安が広がってゆく、根拠のない予感でしかないが、それは確かに、あった。
洞窟の奥には泉があった。静けさに包まれた美しい場所だった。
イケルは水面を見つめた。
水面に映る自分の顔が歪む。
泉の真ん中から伝わってくる波紋が原因だった。
波紋は水面を持ち上げ、その正体を現す。
その質問には答えず、女はー言呟く。
さあ、来い。お前に私の力を与えよう。
イケルは泉の中へ進む。
洞窟から出てきたイケルは、人ならざる竜人であった。
ー瞥し、竜人は冷たく答えた。
心に広がった漠とした不安は、確かな剣となり、ミーレンの心を刺した。いまはまだ、心だけを。
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試練が終わり、参加者である君は、国の客人として遇された。
柔らかく煮た羊の肉をカツカツと頬張りながら、ウィズが言った。
そういうわけにはいかないよ、と君はウィズに返し、供された赤いスープを口に運ぶ。
珍しい味だった。スープの上に添えられた酸味のある乳脂肪が味に深みをつけていた。
ミネバは自分のスープの肉をアニマの皿に取り分けてやる。
意外だったのは、ミネバとアニマに出会ったことだった。
彼女たちもここには「偶然」訪れたらしい。
話ではアニマが竜力の乱れを感じた為、ここへ調査にやって来たらしい。
だが調査の途中に傷を負い、いまは傷を癒しているところである。
ミネバは黙ってうなずく。鋭い視線がアマイヤに向けられていた。
気にする様子もなく、アマイヤはパンを千切って、口に放り込んだ。
指先で震える匙を、アデレードは忌々しげにスープの皿に投げ入れた。
ちゃんと食べないと、いつまでも経っても元気になれないよ。
アデレードはしばらくスープ皿に沈む匙を見つめ、思い直したように手に取った。
玉座の前に恭しく膝をついたガンボが新王を見上げる。
それで話を進めてもよろしいですか?
住む場所を失った民を無下に扱うのは王道のあるべき姿ではありません。
再度お考え直し下さい。
ミーレンの顔すら見ずに、ガンボに意見を求めた。
貴方もロートレック家に恩のある身ではありませんか?
その恩をお忘れですか?
イケルは昔を思い出すように呟いた。
だがそれだけ言うと、立ち上がり王の間から出て行ってしまった。
おもむろにガンボがミーレンに呼びかける。
お前は、竜人ですらないのだ。人が竜人の判断に口を挟むな。
言い捨て、ガンボは王に続いた。
アマイヤは廊下ですれ違いざま、ミーレンに声をかける。
ミーレンは立ち止まり、アマイヤの方を見た。
と去っていくミーレンを見て、アマイヤは不安を覚える。
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さらに数日後。
それをもうー度再現すれば、あの時起こったことの正体が分かると思うんです。
自分に起こった異変について、ミネパ自身も興味がないわけではなかった。
いまー歩前に出られないのは、彼女のプライドのせいであった。
誇り高いクロード家の人間として、軽々しく助力を受ける気にはならなかった。
それに、竜力は竜人や竜にとってかけがえのないものである。それをおいそれともらうのも、気が引けた。
とはいえ、いまはアニマがいる分、その頑なさは少し和らいでいた。
リティカが放出した竜力をアニマが体全体で受け止め、喰らう。
リティカの竜力に呼応し、アニマの体にも変化が現れる。
続いてサバールが竜力をアニマに向けて放出する。
さらにアニマの体に変化が起こる。
竜力を帯びたアニマがミネバの手を取る。ふたりの間で竜力が混ざり合い、激しい光を放った。
光の波動が終息し、その場に残ったのはアニマとミネバだった。
ミネバは思わず自分の胸を押さえる。無意識に自分の心の何かを確かめるように。
ミネバたちを眺めていたアデレードははたと考え込む。
閃きに似た何かが芽生えた。そんな感触があった。
もう戦えるわけじゃないのにな。
そう言われてアデレードは初めて気づいた。自分の頭の中はまだ戦士としての習性にとらわれたままである。
まだ死んでいない。それを自覚した。
君は食事の支度が整ったことを聞き、ウィズに急かされるように、食堂にやって来た。
戸を開けると、先客の姿があった。
主催の席に座っていたのはイケルである。彼が君たちと食事をー緒にするのは珍しい。
彼が王になってからは、そんな機会はほとんどなかった。
君は彼と初めてあった時のことを話題にした。
あの時も、彼の卓に案内された。環境は雲泥の差があったが。
素っ気なく、実に素っ気なく彼は答えた。それ以上続ける気はないようだった。
雰囲気が変わったね、と君は彼に言った。
君はイケルの正面の席に座る。お互いの顔を見つめたまま、しばらく黙っていた。
沈黙は、誰かが扉を押す音で終わった。
それに続いて、ぞろぞろとアデレードやミネバがやってくる。
それぞれが席に着いたのを見計らって、スープが供された。
肉のたっぷり入ったスープだった。
ミーレンが食堂に現れる。物音をたてず、イケルの隣に座った。自然と食堂の緊張感が増した。
イケルが王となってからの彼らは、ずっとこの調子だった。
彼らの夢を叶えたはずの食卓は、うらぶれた酒場の卓よりも乾いたものである。
その場にいた誰もがそう思っていた。
イケルの顔を見ずに彼女は呟いた。
咎めるというよりは、ただ事実をありのまま報告した。そんな調子である。
何事もなく、そう答えたイケルを、彼女は睨みつけた。
これからロートレックの名は大きくなる。……俺たちは順調だ。
ミーレンは立てかけていた剣を手に取る。
その剣は淀みない動きで、衆目に白刃をさらす。
止せ!という君の言葉は届かない。
剣は、その持ち主の胸を貫いた。
寄りかかってくる体を抱き止め、その重さにイケルも崩れ落ちる。
君はすぐに卓を飛び越え、ミーレンの体を抱え、床にゆっくりと寝かせる。
胸に突き立てられた剣に、君は震える手を近づけた。
君はアマイヤに譲り、魔法を準備する。
イケルはその光景に言葉を失い、震えていた。
あまりの変貌を見て、アデレードは驚きを隠せなかった。